ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」
たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ|過去へ|未来へ
2002年04月07日(日) ひさかたのオフ まずまずの週末だった・・・のかなぁ。
部屋の掃除ですが、「それよりもベランダに出してあるダンボール箱を片付けてくれ」という要望にこたえることにしました。 自分の望むことよりも、周りの人の願望をかなえるほうが、おおむね日々は順調に流れていくようです。
土曜日、閉鎖病棟に居ると聞いた昔の仲間を訪ねることにしました。お土産には、タバコを4箱。しかし・・・、面会制限で会えませんでした。「制限、いつごろ解けますかねぇ」と受付嬢に尋ねても判るはずもなく「主治医に確認とってから来てください」と言われても、ごもっともな話です。 余ったタバコをお土産に、仲間の家を訪ねました。 昔のPC-9821xxに、Windows95をインストールするためですが・・・・、やっぱ無理でした。 同じぐらい古い ThinkPad に、プリンタードライバーをインストールする手段も・・・だめでした。
何しにいったのか判らずじまいで、帰って焼肉を食べました。
日曜日。イチゴ農園にイチゴ狩りに行く予定だったのですが、予約がいっぱいで来週に繰越しました。しかたないので、DIYストアに買い物にいって、2時間店内を歩き回っていたら、疲れ果てて帰って寝てしまいました。 NOVAに行くために、夕方起き出してみると、義父が自分の車のついでに僕の車のタイヤもサマータイヤに交換してくれてました。
2002年03月30日(土) 手をつけてません Big Book 4th Edtion の「個人の物語」の翻訳ですが、最終的には二十人近くのボランティアが集まったみたいです。全部で四十数編ですから、一人あたま2〜3編を訳せばいいわけです。僕は、気に入りそうなのを3篇選んでしまいました。ただし、2編は、僕の訳出前に「誰かが取り掛かりたい」と言ったら、回してくださいと現場監督(出版局の方に付けられた愛称)にお願いしてあります。
で、全然手をつけていません。それだけ時間的余裕がないというのが、第一の理由です。でも、できるなら期限の年末までに、(仲間内での校正を済ませて)下訳を提出したいと考えています。ゴールデンウィークあたりにでも、まとめて2編ほど訳したいと思っています。
2002年03月29日(金) 休暇(欠勤とも言う) 仕事を休んでしまいました。
一応理由は「風邪で熱が下がらない」ということにしておきましたが、実際には過労気味なんで一日休みたいというのが本音です。本当は出て行かなければならない用事はあるのですが、実のところ「僕がいなくても何とかなる」用事は多いのです。多忙なときは「あれもやらなくちゃ、これもやらなくちゃ」という切羽詰った気分でいますから、何でも自分ひとりの肩に背負っている気分でいますが、実は「他の誰か」でも十分にそれをこなせる場合が大半です。
仕事の「うまい」人は、自分の仕事が手一杯になってくると、新しく来た仕事を周囲に回してしまします(押し付けるとも言う)。そうやって仕事が溢れないようにできるのが一人前なのでしょうが、僕は「何でも自分でコントロールしたい」アル中そのものなので、何にでも絡んでしまい、いつの間にか身動き取れなくなっている自分に気づくのです。
去年の9月に「長い夏休み」から復帰して以降、一度も休まなかった仕事ですが(遅刻はけっこうあったけれど)、今回は一日半休んでしまいました。初日は夜8時まで寝ていまして、二日目(きょう)は午前中も寝ていました。出てきて見ると、昨日休んだ仕事は、既にきちんと片付いていました。なにか愛知のほうでトラブルの雰囲気がしますが、昨日休んで打ち合わせに出ていないので「当事者意識」はまったくありません。
あんまりのんびりして、サボり癖がついても困るのですが、たまにはのんびりしなくちゃね。
2002年03月26日(火) ね、ねむい。 病院からミーティングにやってきた人が、懐かしい人から伝言を預かってきてくれました。
「今度は処置入院で5年ぐらい外に出られないけど、よろしく伝えてくれ」
ミーティングには来たいようですが、閉鎖病棟から出してもらえないようです。しばらく考えた後に、僕が出した結論は、「慌てて面会に行く必要はないな。時間ができてからにしよう」でした。
毎月一回、市内の各精神病院に、ニューズレターやらのコピーを届けているのですが、今回は4月にあるオープンスピーカーズ・ミーティングの案内も入れる予定です。が、忙しがっているうちに、3月も終わりに来てしまいました。
2002年03月24日(日) ひょんなこと ひょんなことから、病院メッセージに飛び入り参加してしまいました。
でも、日曜日の午前中に活動する、というのは「僕には」負担のかかる話です。だもので、「もし〜だったら」という条件付けをすると、多分病院には行かなかったでしょう。なので、前夜に仲間と相談して、無条件に行くことにしました。久しぶりに会えた仲間がいました。
僕が「一番最初」にAAミーティングに出たときに、十数人のメンバーがそこにはいたのですが、彼女が話してくれた内容だけを覚えています。そんな仲間とひさしぶりに会えました。
もちろん僕は嬉しかったです。もし、僕が不機嫌そうに見えたとしたら、それは日曜日の午前中だからです。仲間の助言に従って、午後はゆっくり寝ることにしたのはゆうまでもありません。
2002年03月23日(土) ただ面白いから ぼくは、オンラインでの「経験の分かち合い」については、長い間否定的でした。
Niftyのパティオで「オンラインミーティング」が開かれていた時代も、何回か顔を出してみたのですが、そこに混じっていこうとは思いませんでした。ひとつには、「ひとの書いた長い文章を読むのは実は苦手」というのもありますが、「言いっぱなし」にならないというのも、どうも気にいらなかったのです。
インターネット普及後も、アルコール関係の掲示板とかには近寄らないようにしていました。アル中でない普通の人々でも、フレームとよばれる過熱した議論が発生し、単なる揚げ足の取り合い、避難の応報になることは、珍しくありません。そこまでひどくなくても、あまり気分のすっきりしない記事も多いものです。
今でも、「じかに人と人とが顔を合わせ、話をする」ことが、回復には最も良い手段である、という意見に変わりはありません。でも、こうして実際にサイトを運営するようになって、見知らぬ人と(薄いながらも)やりとりが生まれてみると、なるほど現実に自分が移動できる範囲を越えて、いろいろな経験が分かち合えるのだなぁ、と少し考えも変わってまいりました。少しずつ巡回先も増やしていって、リンクに加えていきたいと思います。
でも、このサイトをアルコール依存関係のポータルサイトにまで成長させようとは、夢にも思っていません。そもそもこのサイトは、ステップ12(メッセージを運ぶ)という高邁な精神でやっているわけじゃなくて、「Just fun」というシンプルな動機で駆動されているだけですから。
2002年03月18日(月) 不運続き 不運続きでした。というか、根本的な原因は自家製なので、不運と呼ぶのはふさわしくないのかもしれません。ともかく、僕は前の晩の深夜に、注意不足からショートサーキットを起こし、1800円で買ったばかりの12V 1250mAのACアダプターをおしゃかにして、さらにそれをつなげた発信機自体を壊してしまって、総被害額8000円という事態に、憤懣やるかたないといった心持ちで、今朝を迎えたのでした。
睡眠不足の不機嫌と、思うにまかせない仕事の状況で、終日イライラを募らせながらの一日でした。さいわい、ホームグループのミーティングの日でもあり、司会を頼んでいる仲間がインフルエンザで休みなので、「思い通りにならない」というテーマで司会をさせてもらいました。僕が休んだ先週から通い始めた仲間もおり、数ヶ月ぶりで顔をみた仲間もおり、僕は自分で決めたテーマで勝手なことをしゃべって、なんとか心理的安定へとたどり着き、帰宅したのでした。
FAXから紙が吐き出されていました。AA出版局からで、「PCがウィルスにやられて、ここ数日メールのチェックができていません。下記の話はすでに決まってしまっていますから、これ以外から訳したいものを選んでください」という主旨でした。僕が3つ選んでメールしたのは、確か金曜深夜ですから、おそらく失われてしまったのでしょう。決定済みのリストは長く、二十数編に及んでいます。つまり、全体の過半数です。どう考えても、僕の選んだ3篇は、その二十数編とダブっているでしょう。
「ああ、きっと全部ダブってしまって、また選びなおさないといけないんだぁ」と悲嘆にくれました。ふたたび、イライラが顔をもたげてきます。何度も起動に失敗するわがPCに罵声を浴びせながら、何を訳すと決めて連絡したのか、記録と照らしあわせてみました・・・・、3篇とも誰ともダブっていませんでした。
サイコロを3個降って、全部奇数がでる確率と、ほぼ同等です。AAでは、こういうのを「偶然」とは呼ばずに、「ハイヤーパワー」と言うのでしょうね。
もくじ|過去へ|未来へ![]()
![]()