心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2002年03月24日(日) ひょんなこと

ひょんなことから、病院メッセージに飛び入り参加してしまいました。
でも、日曜日の午前中に活動する、というのは「僕には」負担のかかる話です。だもので、「もし〜だったら」という条件付けをすると、多分病院には行かなかったでしょう。なので、前夜に仲間と相談して、無条件に行くことにしました。久しぶりに会えた仲間がいました。
僕が「一番最初」にAAミーティングに出たときに、十数人のメンバーがそこにはいたのですが、彼女が話してくれた内容だけを覚えています。そんな仲間とひさしぶりに会えました。
もちろん僕は嬉しかったです。もし、僕が不機嫌そうに見えたとしたら、それは日曜日の午前中だからです。仲間の助言に従って、午後はゆっくり寝ることにしたのはゆうまでもありません。


2002年03月23日(土) ただ面白いから

ぼくは、オンラインでの「経験の分かち合い」については、長い間否定的でした。
Niftyのパティオで「オンラインミーティング」が開かれていた時代も、何回か顔を出してみたのですが、そこに混じっていこうとは思いませんでした。ひとつには、「ひとの書いた長い文章を読むのは実は苦手」というのもありますが、「言いっぱなし」にならないというのも、どうも気にいらなかったのです。
インターネット普及後も、アルコール関係の掲示板とかには近寄らないようにしていました。アル中でない普通の人々でも、フレームとよばれる過熱した議論が発生し、単なる揚げ足の取り合い、避難の応報になることは、珍しくありません。そこまでひどくなくても、あまり気分のすっきりしない記事も多いものです。
今でも、「じかに人と人とが顔を合わせ、話をする」ことが、回復には最も良い手段である、という意見に変わりはありません。でも、こうして実際にサイトを運営するようになって、見知らぬ人と(薄いながらも)やりとりが生まれてみると、なるほど現実に自分が移動できる範囲を越えて、いろいろな経験が分かち合えるのだなぁ、と少し考えも変わってまいりました。少しずつ巡回先も増やしていって、リンクに加えていきたいと思います。
でも、このサイトをアルコール依存関係のポータルサイトにまで成長させようとは、夢にも思っていません。そもそもこのサイトは、ステップ12(メッセージを運ぶ)という高邁な精神でやっているわけじゃなくて、「Just fun」というシンプルな動機で駆動されているだけですから。



2002年03月18日(月) 不運続き

不運続きでした。というか、根本的な原因は自家製なので、不運と呼ぶのはふさわしくないのかもしれません。ともかく、僕は前の晩の深夜に、注意不足からショートサーキットを起こし、1800円で買ったばかりの12V 1250mAのACアダプターをおしゃかにして、さらにそれをつなげた発信機自体を壊してしまって、総被害額8000円という事態に、憤懣やるかたないといった心持ちで、今朝を迎えたのでした。
睡眠不足の不機嫌と、思うにまかせない仕事の状況で、終日イライラを募らせながらの一日でした。さいわい、ホームグループのミーティングの日でもあり、司会を頼んでいる仲間がインフルエンザで休みなので、「思い通りにならない」というテーマで司会をさせてもらいました。僕が休んだ先週から通い始めた仲間もおり、数ヶ月ぶりで顔をみた仲間もおり、僕は自分で決めたテーマで勝手なことをしゃべって、なんとか心理的安定へとたどり着き、帰宅したのでした。
FAXから紙が吐き出されていました。AA出版局からで、「PCがウィルスにやられて、ここ数日メールのチェックができていません。下記の話はすでに決まってしまっていますから、これ以外から訳したいものを選んでください」という主旨でした。僕が3つ選んでメールしたのは、確か金曜深夜ですから、おそらく失われてしまったのでしょう。決定済みのリストは長く、二十数編に及んでいます。つまり、全体の過半数です。どう考えても、僕の選んだ3篇は、その二十数編とダブっているでしょう。
「ああ、きっと全部ダブってしまって、また選びなおさないといけないんだぁ」と悲嘆にくれました。ふたたび、イライラが顔をもたげてきます。何度も起動に失敗するわがPCに罵声を浴びせながら、何を訳すと決めて連絡したのか、記録と照らしあわせてみました・・・・、3篇とも誰ともダブっていませんでした。
サイコロを3個降って、全部奇数がでる確率と、ほぼ同等です。AAでは、こういうのを「偶然」とは呼ばずに、「ハイヤーパワー」と言うのでしょうね。



2002年03月17日(日) お小遣い帳

お小遣い帳をつけています。
僕のお小遣いは1日1000円。月額30000円です。何らかの理由でお弁当を持参できなかった場合には、この中から昼食費を出さないといけません(もっとも理由が県外出張の場合には会社から出た出張手当は僕のものです)。仕事関係の雑誌書籍もここから出費されます。技術系の専門誌は高いのでバカになりません。あとは、PCのパーツ類や散髪、ジュースやカップラーメン、ペットのえさなどの費用に散財されていきます。
なんだかんだ言って、大きな比率を占めているのはAA関係です。献金や書籍の購入などなど・・・。普通の家庭であれば、必要ないはずの経費。でも僕にとっては、命と心の平和を購うのに必須の金額。
僕のソブラエティの始まりは、金銭の欠乏との戦いでもありました。仲間の提案にそってつけられ始めた家計簿。その中に書いた「ミーティング献金」の額について、妻と喧嘩したこともありました。「正直とバカ正直とは違う」という言葉を仲間から貰いました。今は、お小遣いとガソリン代という名目で支給される範囲内であれば、どこに幾ら使っても文句は言われなくなりました。でも、再建されたはずの家計も、車を買い換えてしまったのが原因、ローンで家計は毎月赤字です。
お小遣い枠だけは死守しましたが、おかげで「AAのイベントだから」という理由で特別な出費を強いることもできなくなりました。少しでも、余分な金を用意しておきたくてつけはじめたExcelのシートですが、自分の物欲を再確認するだけの表になり果てています。まあ、足りなくなれば頭を下げるしかないんですが。



2002年03月16日(土) みっつ選びました

Big Book 4th Edition に収められている「個人の物語」は四十数編です。
翻訳ボランティアは15名集まったそうですので、一人当たりのノルマ(?)は3篇てことになります。今なら、好きなの3篇を選んで「これをやります」と宣言してしまえば、通りそうな気配だったので、みっつ選んでJSOの出版局の方にメールしました。「AAの先駆者たち」からひとつ、「なんとか飲むのを止めた」からひとつ、「ほとんど全てを失って」からひとつ。バランスよく選んでみました。なんとか年内には3篇とも下訳を提出したいものです。「心の家路」もリンク先を増やしていきたいのですが、「リンクする自由」には「リンクする責任」も伴うので、「投稿の量が多すぎて読んでいられない掲示板」とかはリンクが躊躇われます。
「ここリンクしたらどうですか?」という推薦がありましたら、掲示板にでも書き込んでください。



2002年03月14日(木) ああ、忙しかった。

富山は良いところでした。上越のジャンクションから北陸道に入ると、二十数本のトンネルを貫いて、直線路が続きます。前にも、後ろにも車がいないぐらい空いています。思わずアクセルを床まで踏みたい衝動にかられます。もっとも社用車で180Km/hでるかは試したことがありませんが。ちなみに金沢に近づくと、もっと車は増えるそうですが。
黒部の山の山容の隣には、「裏側?」からの白馬三山が雪をかぶった姿をみせています。しかし、里はあくまでも平野で、雪も無く、海岸線の向こうに、水平線が広がっています。水曜は、大垣と豊田へ行ってきました。太平洋岸はもう「春」ですね。新潟から妙高を経て帰ってきたときも、恵那山トンネルを抜けたときも、雪の斜面が迎えてくれました。やっぱ、信州は寒いです。
今日は県内を2ヶ所回り、これでとりあえず年度末の営業帯同の行脚は終わりの予定です。ミーティングをふたつすっぽかしてしまいました。留守を預かってくれた仲間に感謝。今度の土日はゆっくりしたいです。
ゆっくり行って、黒部まで2時間ちょっと。金沢も、(時間の点では)そう遠くもないかな。もっとも、高速料金という点では、東京より遠いですが。
え? 安房峠から神岡を抜けろ? う〜ん。



2002年03月10日(日) 眠い一日

ゆっくりサイトの更新をしたいところですが、明日は富山に出張なので、ほどほどの時間に寝ないと「後悔するハメ」になってしまいます。
いや実は今日の病院メッセージも、眠くてたまりませんでした。でも、今回は僕のグループの輪番で、今回動けるのは僕だけですから、いやもおうもありません。でも、現地に付いてみると、ふたりの仲間が応援(?)に来てくれていました。素直に感謝できれば良いのですが、「あいつは頼りないから」と思われているんじゃないかとか、「あいつの話は独善的過ぎるから、心配だ」と思われているんじゃないかとか、そんな疑心が心の中に芽生えたりします。
もし仮に「本当にそのとおり」だったとしたならば、恨むなんてとんでもない、なおさら感謝しなければなりません。でも、素直に「ではそう考えて、大いに感謝しておこう」と思えないのが「性格上の欠点」てやつでしょうか。
帰りの車の中は眠くてたまりませんでした。「遠いなぁ」と思いながら、明日のホームグループのミーティングを、今日行った市にあるグループの仲間にゆだねてきたことを忘れている自分に気づきました。彼女はきっと、今日僕が辿ったのと同じ行程を辿りまた、帰って行くのでしょう。夜に。



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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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