ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」
たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2002年01月27日(日) アルジャーノン 土曜日の晩に、4月に行う「オープンスピーカーズミーティング」の打ち合わせのために土曜のミーティング会場に1時間半前に集合しました(僕は例によって遅刻しましたが)。打ち合わせ(実行委員会)が終わって、レギュラーミーティングに移るときに、遠くから来た仲間二人は「明日の午前中に病院メッセージがあるから」と帰っていきました。
僕は思わず、「起きられたら、僕も行くよ」と言ってしまいました。なぜだか判りません。二人も「柊が?」とおどけた様子でした。そう、僕は大変朝に弱く、午前中はとても苦手なのです。たぶん彼らも僕の空手形を額面どおりに受け取ったりはしなかったでしょう。「Yes/Noをはっきりしろ。できない約束はするな」。昔、スポンサーにそんな提案を受けたことを思い出しました。
はたして深夜から大雪になり、雪かきをしながら「これは彼らが病院に10時までにたどりつくのは無理だ」と思って、「だめだったら、朝電話でたたき起こしてください」とメールを送っておきました。
朝、彼らから電話はきませんでした。でも、別の仲間から(もうひとつ同じ時間にやっている別の病院に)仲間が来れるか心配なので、念のため病院に行ってみる、という電話がありました。僕も飛び起きて、出かけることにしました。積雪は40cmを超え、渋滞が続いています。10時に病院にたどり着いて見ると、きのうの二人はちゃんと病院に到着していました。朝の6時に出発したそうです。
僕の大好きな小説に『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キース)というのがあり、その中に、うろ覚えですが「お金を分かち与える人間は世の中に沢山いるが、時間と愛情を分かち与える人はほとんどいない」という言葉があります。
それを改めて思い出しました。
2002年01月25日(金) ふう(本サイト設置完了) やっと本サイトが立ち上がりました。
場所は、プライマリが http://www.mhl.janis.or.jp/~ieji/
セカンダリが http://nagano.cool.ne.jp/home_of_spirit/ と、ふたつ用意しました。
中身はまったくおんなじです。ただ、COOL のほうは広告が入りますが。出張に行っている間は、JANISのは更新できないので、COOLのだけを更新する予定です。掲示板も慣れたOTDに用意しました。さっそく「あをねこ舎」さんにリンクを張っていただきました。感謝です。
せっかくだからと検索エンジンに登録して回っていたら、夜があけつつあります。どうせだからと、アクセスカウンターも設置しました。明日は土曜日。昼までには起きて、上の子と一緒に児童館に遊びに行くという約束を守らねばなりません。
それから、オープンスピーカーズの実行委員会に行くつもりです。委員会が終わったら、すぐにふだんのミーティングになるでしょう。だとすると、途中でご飯もたべてかなくちゃ。温泉の有名な町ですから、お風呂にも入りたいな。
一日で全部やるのは明らかに無理ですね。無理を無理とも思わず、やるつもりになって結局時間が足りなくてイライラする・・・今から明日の自分が予想できます。
2002年01月24日(木) 道具 「お酒を止めるのは目的じゃなくて、健康に生き直すための手段である」
「AAは人生という道程を歩むための杖の代わり。単なる道具なのだ」
ソブラエティは到達点ではなく、出発点だといいます。人はワンディの緑色のメダルをもらう時に、スタートラインに立ち、ゴールの無いマラソンランナーとして、走り始めるのです。ハイヤーパワーが「もう走らなくていいよ」と引っ張りあげてくれるまで、一日一日を積み重ねていくしかありません。
ソブラエティは貴重な財産でもありますが、もっとも失われやすい財産でもあります。
アディクションから抜け出のも大変ですが、もっと大変なのは、自分のなすべきことを見定めて、それを達成していくことです。12のステップの目的は「アルコホーリクを社会の役に立つ人間するため」にあります。自分はどんな役に立つのか? 何のために生まれてきたのか?思い悩む時期も成長への道しるべなのでしょう。
「だって、酒止めてるだけじゃつまらないじゃないですか」
という仲間の言葉も身にしみます。
貴重な財産を失った仲間が、受話器の向こうでグラスをカチャカチャいわせながら、恨みのこもった言葉を吐くのを3時間も聞いているうちに、最初の言葉を思い出しました。
今は祈るしかありません。
2002年01月19日(土) 英会話学校 英会話学校に通うことにしました。
職安で「教育訓練給付金」という制度があって、それに該当するコースだと8割(最高30万円)まで給付が受けられる、というナイスな話があります。しかし、それにしたって、事前に給付してくれるわけじゃなく、費用をいったん自分で出した上で、ちゃんとそのコースを修了して、それを証明する書類をそろえて、提出すれば給付してくれるという制度です。
ですので、やっぱり最初にかなりの額を用意しないといけません。ボーナスがそれなりに貰えたら、それを元手にレッスンを受けるつもりだったのですが・・・・、残念ながら僕の期待は甘すぎました。しかし、妻が「出世払いで貸してあげる」といってくれたので、その好意に甘えることにしました。初心者用のコースは4月から給付の対象外になるそうなんで、助かりました。
で、レッスン開始の前に、現在の実力を把握するために、筆記試験とインタビュー形式のテストがありました。僕の話すのは、とってもおぼつかない英語ですが、相手もそのレベルに合わせてくれるので、なんとか30分程度の時間が、重苦しい沈黙なしに経過しました。
(でも、やっぱり初心者のレベルからスタートですけどね)。
「仕事が終わった後の時間は、何をしているの?」という質問がでました。
I am an alcoholic so I go to Alcoholics Anonymous.
と答えたら、「Attend to meeting ?」と言い直してくれました。そして、インストラクターである彼も別のアディクションを持ち、本国ではそのミーティングに出ていたと話してくれました。アディクションに関しての話はそれ以上突っ込んだ話にはなりませんでしたが、その話以降、すこし緊張が解けた気がしました。
2002年01月17日(木) 羅列的に 月曜のホームグループのミーティングが休みだったので、県庁所在地のミーティングに行きました。たまたま仲間のバースディでした。18年だそうです。山の奥のほうでは二十数年というメンバーのバースディが行われているはずです。アメリカ人のメンバーに会うこともできたのも収穫です。
English speaker のAAメンバーのサービス機構は、日本人のサービス機構とは独立して存在していて、Intergroupの活動なども日本人のAAとは別に行われています。English Speaking AA in Tokyo という名称がついてます。東京やその他の大都市では、ミーティングの一覧表が作られています。そうでない田舎では、外人のメンバーは基本的にはローンナーであり、日本人のグループに身を寄せています。そして、ミーティングの一覧表の代わりに、自分の電話番号やメールアドレスを掲示して、近くにアルコホーリクが現れるのを待っているのです。県内で連絡の取れる English speaker は彼ひとりです。
で、県内のミーティングの地図を作ったときに、くだんのホームページやら電話番号を掲載したかったのですが、それは彼の個人情報に直結する情報でもあるので、彼の許可をもらいたかったのです(前回の印刷では確認が取れず見送りました)。快諾はしてもらえたのですが、ひょっとすると仕事が3月末で終わり、4月には帰国してしまう可能性がある、と言われました。だとすれば、春の増刷で掲載しても、入れ違いになってしまう可能性があります。
「ともかく、長野県を離れるようになったら連絡をください」と名刺を渡してきました。
木曜の病院のミーティングは、地元の仲間が3人きてくれました。
ひょっとすると・・・中の一人は、グループを立ち上げようと言う考えを持っててくれたりするのかな? だとすれば嬉しいですが。あ、地区委員会の議事録渡さないと・・・・
2002年01月16日(水) 一体性・全体の福利 「AAの一体性とは何なのか? 全体の福利とは何か?」
というようなメールを頂きましたので、もう一度自分なりに考えてみました。
伝統1で示されていることは、AAが分断されてはならない、ということでしょう。
泥臭い派閥争いや、「自分の意見のほうが正しい」と言い争っているヒマがあったら、一人でも多くのアルコホーリクにメッセージを運ぶべきだという考えです。僕が直接聞いたわけじゃありませんが、仲間が「こんな言葉を聞いた」と教えてくれました。
「AAからの要請は断ることができない。なぜなら、今あなたが持っている時間は、AAが分け与えてくれたものなのだから」
そう、僕が今日一日飲まないで、当たり前のように仕事をし、食事をし、家族と会話し、アルコール以外の問題で悩んでいられるのも、すべてAAの先行く仲間が、僕に無償で手渡してくれたスピリチュアルな財産が元手となっているのです。オハイオのアクロンで始まったAAが、僕のところまでに届くまでに、ほんとうに沢山の仲間が関与してくれたはずです。そのどこかの誰かが、
「もう自分が助かったんだから、これでいいや、メッセージなんて運んでも無駄だし」
と考えていたとしたら、僕の手元にAAのプログラムは届かず、僕はおそらく今も酔っ払って
いたでしょう。
「でも僕らも食べていかなくちゃならないからね」とは同じ仲間の言葉です。そう、フルタイムでAAの活動ができる恵まれた仲間はほんの一握りで、残りの大多数は働きながらミーティングに参加したり、病院を訪れたり、委員会やイベントをやったりしているのです。
はっきり言って、自助グループに参加していくのは楽じゃありません。仕事・家庭・AAのバランスをどうとるか。どれにどれぐらい時間を割くか、メンバーは皆同じ悩みをかかえていることでしょう。
「無償でもらったものは、無償で返せ」と言われます。多少の献金は払ったけれど、それで誰かが儲けているわけじゃありません。自分のもらった財産の大きさは、育ててもらった親への恩に次ぐ大きさです。でも、それを返す先は、スポンサーではなく「次の人」だというのですから、やっかいです。なかなかスピリチュアルなプログラムの「次の受け取り手」が見つかるもんじゃないですからね。
まあ、僕も地区委員の役目は途中で放り出したクチですから、先の仲間のような言葉を言えた義理じゃありません。でも、自分の平和な生活が、仲間の一体性と自己犠牲の上に乗っかっているんだということは、なるべく忘れないようにしていたいです。
質問の答えになっているでしょうか。
2002年01月14日(月) DARCの特集番組 年末にローカル民放で放送された、DARCの特集番組をやっと見ました。
予告で気が付いた妻が、気を利かして録画しておいてくれたのですが、なかなか見る時間が取れなかったのです。今日、昼食を摂りながら、ゆっくり見ました。違和感があったのは、メンバーの顔がそのまま写されていたことです。以前にNHKの番組でDARCが取り上げられたときには、入所者の顔はモザイクがかけられ音声は処理されていました。まあ、DARC=NAというわけでもなし、部外者の僕がとやかく言うべきことでもありません。
感想としては、問題への切り口も適切で、問題のバックグラウンドもよく説明されていると感じました。薬物の人の場合、アルコールより深刻な問題があります。つまり、摂取自体が違法行為であることです。それに対する国の取り組みは、売るほう買うほうの両者を「悪」と決め付け、依存が形成された人を、刑務所なり精神病院に放り込んで、あとは知らん振りというのが実情です。そこから社会復帰に対して支援の態勢というのは、ほぼないに等しいと言っていいでしょう。
ちょっと驚いたのは、DARCがすでに24ヶ所もあることです。「あなたの人生を粉々にします」という公共CMも良いけれど、粉々になった人生をどうやって、少しでも元の生活に戻していくのか・・・そうした意味では、DARCの人々の顔が見え、回復者の存在や、それを支援する人の顔が見えたことは、音声処理とモザイク処理された映像より、ずっと説得力とアトラクティブな魅力があったと思います。
県内各地の高校へ、薬物依存者としてメッセージ活動を行っている姿が印象的でした。
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