心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」

たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ過去へ未来へ


2002年01月10日(木) 難しい

病院で行われたミーティングに参加しました。
本当は僕の担当の番じゃないんですが、昨年12月に二回大遅刻をやらかし、地元の仲間に臨時で司会をお願いしたぶん、埋め合わせにいこうかと・・・地元のふたりの仲間に、月一回この会場をお任せすることになっていて、今日がその初日でしたので、彼らも気合がはいってきていたのかもしれません。
それを、「昨月の埋め合わせに司会をさせてください」と頼んでやってしまいました。
これが良かったのか、悪かったのか・・・本当は、会場の隅で順番が回ってくるのをおとなしく待っているべきだったんじゃないかと、今この瞬間も悩んでいたりします。ともかく来月の第一木曜日はお願いします、とだけ伝えて帰りました。



2002年01月09日(水) 時間

委員会の議事録を作成しています。
全部の発言を記録できているわけじゃない(自分が絡む話には熱中して議事録を取るのを忘れる)ので、記憶鮮明なうちに作成しないといけません。以前書記をやったときや、臨時で頼まれたときは、土曜の晩か、日曜日に作っていました。しかし、今回は日曜日に子供が「耳がいたい」というので、耳鼻科へ連れて行ったりしていたら、時間がなくなってしまいました。平日の夜に少しずつ進めるしかありません。
「持てる時間すべてをAAに注ぎ込める幸運なメンバーは、ほんの一握りだ」とどこかに書いてありました。家族のあるメンバーは、家族と過ごす時間が必要です。
最初の一年とか大事な期間は、家族よりもミーティングを大事にしないといけない時期もあるでしょう。しかし、安定したソブラエティを得るにつれ、家族と触れ合う時間が求められるのは当然です。
また、一人暮らしのメンバーの生活も大変です。仕事やミーティングから帰って、ご飯を作って食べ、選択や掃除をし、また明日の準備をして・・・ま、僕は一人暮らしで飲んでいた頃は、そういったことは全部放棄してましたから、本当の一人暮らしの苦労はわかってないんですが。でも、「一人暮らしのほうが、AAのプログラムに取り組む時間が取れるぶん回復する可能性が高い」なんていう話もあったりして。
ま、ともかく平日の夜にこんな時間が取れる自分は恵まれているのかなと。
都市部では、生活保護を受けて暮らし、ミーティングとサービス活動への参加を活発にやっている人々がいます。彼らには時間があるから、とひがむ人もあったりして。



2002年01月08日(火) 郵便物

郵便箱を開けたら、中から大きな荷物がでてきました。
ひとつはセントラルオフィスから。先日注文したハンドブックと「こちらAA」とビッグブックの文庫版が2冊。いちおうグループの名義での注文ですが、僕が勝手に頼んで、勝手に支払いをします。グループの名義にするのは、グループ毎の献金の一覧表に「書籍」の項目で載るからです。グループから毎月献金できるわけじゃないので、すこしでもリストを賑わそうと。で、これらの品はグループとしての活動じゃなく、僕個人の12ステップ活動のために使われたり、ハンドブックの不足している会場に「献品」されたりするのです。献金箱に献金して、グループのビジネスミーティングで購入を決めて皆で使っても良いのですが、「何事も自分でコントロールしたがる」アル中としては、思い通りにしたいがゆえに、こうやっているメンバーも少なくありません(笑)。オフィスは財政状況の悪化で、書籍の一割引販売を止めてしまいましたが、ハンドブックなどを一度に沢山注文すると一割ぶん余計にサービスしてくれます。
もうひとつは、hazelden からのメダルとトークンです。こちらは財政難のオフィスには申し訳ないのですが、アメリカの出版社から直接購入しています。去年はオフィスがメダルの品切れを起こし、数ヶ月メダルなしの状態が続いたのも心理的な要因です。バースディやメダルのオープンミーティングに、メダルが間に合わないという事態が(オフィスに責任はなく、グループの、というかチェアマンである僕の怠慢が原因で)何度も起きているので、予備的にたくさん仕入れておいた次第です。
NAとかACとかニコチンとか、アラノン用とか、いろんなメダルも向こうにはあるのです。



2002年01月07日(月) 今日のテーマは「ターニングポイント」

仕事は、一日中会議でうんざり。
オープンミーティングでした。9ヶ月の仲間がふたりいます。6ヶ月までは、プラスチック製のメダル(トークンという)なんですが、9ヶ月からはブロンズに変わります。というか、6ヶ月までもブロンズのメダルはあるんですが、消費量が多いので、トークンで代替してるわけです。
正月明けのミーティングは緊張します。やっぱり年末年始はリスキーな時期だし、そこでのスリップが原因で、2月ごろは病院も患者さんで溢れます。だから、今日来ない仲間がいると、かなり「どうかな?」という心配がでてきます。
そういえば、大学病院から先生が若い方をふたりほど連れて見えました。前回はもふたりほど連れてこられました。正直言って、経験豊富な医師が、いまさらAAのミーティングにやってきて、何の意図があるのか、図りかねていました。でも、やっと少し判りました。だいたい、アルコール依存症というのは人気の無い分野であること。だから、依存症のことを学んでいない医師が多いこと。そんな話をしていただきました。二人の若い方は医学生で、「なんで連れてこられたか最初はわからなかった」とおっしゃっていましたが、自助グループという手法があるってことを知っていただいただけでも、それは素晴らしいことでしょう。医師は医師の立場で、努力してくださっているんですね。

ねむいです。


2002年01月05日(土) 委員会

いつもながら、委員会は疲れます。
今日は雪でしたから、あまり多くのグループが集まらないのでは? でも、結局全グループがそろいました。委員会が始まる前は、いつもながら和やかな雰囲気につつまれています。でも、委員会が始まると・・・・あるメンバー曰く「どんなに揉める会社の会議だって、こんなに辛らつな言葉の応報はあり得ない」。やはりアルコホーリクは感情の病気です。みな真剣なのは確かです。感情的になりすぎて、酷い言葉が出てくるというのとは違います。でも、「自分の考えのほうが正しい」という思い込みをベースに、思い通りにならない苛立ちが吐かせる言葉は、辛らつという形容を超えることもしばしば。とくに、集まった献金をどう使うかという話になると、すんなり決まるような場合なんてめったにありません。
それでも、初の女性議長が、獅子奮迅で多数の議題を定刻の90分で消化してくれました。ミーティングのテーマに「謙虚」とかが選ばれるのには、立派な理由があるのです。今年一年書記を勤めさせていただきますが、それも議事録を取っていれば、黙っていられるだろうという考えなんですが、いざ自分も関係ある議題になると、議事録なんてほっておいて、口角泡を飛ばしていたりします。
9時を過ぎると、降って解けた雪が凍り、面白いように道が滑りました。心が疲れ、いらいらしています。全体サービスへの参加なんて、つくづく損な役回りだななんて思ったりします。「みんな病気だよ」とつぶやいてみたり。でも、僕がこうして帰宅して風呂に入り、モルモットを運動させた後に、くつろいでパソコンの前に座っている間も、凍てついた帰路を急いでいる仲間もいるのです。彼女が家に着くころには日付が変わっているでしょう。
それを思い出すと、自分だってひどい感情の病気持ちだって気がついたりするのです。



2002年01月04日(金) 走れ!

今日は平日です。でも不景気なんで僕はお休みです。
つまり、公共機関や病院は開いていて、僕には自由な時間が与えられているというめったに無いチャンスなのです。仲間とも、「4日は広報活動」と打ち合わせていたのですが、起きたら昼でした。
慌ててお昼を食べ、ポスターの原稿をイライラしながらプリントし、家を飛び出しました。
1時半。コピー印刷屋さんで、ミーティング会場地図を刷り、AAのポスターのほうは、A4をA3に拡大コピーしてもらいます。この時点で仲間に電話・・・留守でした。携帯なら捕まったのに、と後で責められました。
2時半。最初の病院は、お付き合いの長いSWさんとすぐ会えました。ポスターも快く引き受けてくださって、病棟と外来の両方に張っていただけるそうです。感謝。
2番目は保健所。酒害相談担当の保健婦さんは変わっていました。地図を喜んでいただけました。一ヶ所に長く居られません。
次の病院に向かう前に、まったくお付き合いの無い病院の前を通りました。いきなり駐車場に車を停め、窓口に「AAというアルコール依存症の患者会の者です。ケースワーカーの方に面談をお願いしたいのですが、10分ほど時間を割いていただけないでしょうか?」 この際、表現の正確さは置いといて、判りやすい表現にしてみました。会社の営業の人の「飛び込み」ってこういう感覚でしょうか? 会っていただけました。患者さんに紹介して良いか、一度ミーティングに出てみたい。それは当然ですね。大歓迎です。やっほう。3時半。
次もお付き合いの長い病院。担当の方が変わっていました。これも貴重な情報。4時。
次は半年前にいきなり訪問した病院。もうポスター貼ってくれるかどうか関係なく2枚づつ渡しちゃいます。もうお任せ。4時45分。
近くにあとひとつ病院があります。ダメ元で行ってみました。5時5分前。会っていただけました。驚いたことは、CW/SWの方ばかりでなく、先生方にも自助グループの存在というのが認知されていることでしょうか。医療関係者の皆様の努力もありましょう。精神保健センターや保健所の方の活動。AAのサービス機構。断酒会の方の努力。頭が下がります。
夜電話したら仲間に怒られました「約束したのに・・・」。大丈夫、大学病院と市役所はあなたのために取ってあるよん。ポスターも地図も残ってるし。



2002年01月01日(火) お雑煮+ミーティング

隣の県の県庁所在地のミーティングに参加しました。
お雑煮を作ってくれるという話に釣れられて・・・僕が初めてAAのミーティングに出だした頃、その会場のチェアマンが、その隣の県のミーティングまで毎回出かけていることを知りました。僕が病院からAAに Coming Back してくる頃には、隣の県のAAも成長を始めて、二つの会場の間はメンバーが活発に行き来する状態になりました。おかげで僕も沢山の仲間の話に触れることができて、とても助かりました。彼らは時には、もうひとつ峠を越えて、僕のホームグループの会場にも顔を何度も出してくれたりしました。人数の少ない会場には、遠来の客はとても嬉しいものです。
僕も、「いつかは彼らの会場に行くね」と誓って以来数年、一回も行くことはありませんでした。彼らが会場を増やし、グループを増やしていく過程は聞こえてきてもいました。また、順風もあれば、逆風もあることも、二つの県に共通のこともあります。
きのう仲間から、その会場が元日の晩に開くという話を聞いたとき、迷いなく決めました。「行こう」と。
懐かしい顔に出会えました。新しい人たちとも会えました。顔を見なかった人たちにはそれなりの事情があるのでしょう。再会を喜び、握手をし、世間話をするでもなく、またの再会を誓うわけでもなく、別れて帰ってきました。
お雑煮以外、何も特別でない、普通のミーティング。今日一日。


もくじ過去へ未来へ

by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


My追加