ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」
たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2001年11月19日(月) すれ違い・・・ 地区で刷るミーティング会場地図に、English Speaking AA in Tokyo の情報を載せようと思っています。東京では英語でのミーティングもずいぶん盛んなようで、グループ間での活動も活発みたいです。ところが、地方へ来るとなかなかそういうわけにもいかなくなります。
Outside of Tokyo Area (東京以外の地方)の情報としては、メンバー個人の電話番号やメールアドレスが記載された一覧があり、new comer はそこへの連絡がAAへの入り口のひとつになっているわけです。
その個人情報そのものは掲載しないんですが、そこへつながる情報を掲載し、数百部配布する以上、本人の許可がいただきたいわけなんですが、これがなかなか一筋縄で行きません。
留守番電話は両者行き違い・・・、メールは文字コードが完全に化けて読めません。(hotmailなんとかしてくれよマイクロソフト)。
まあ、「ゆっくりやりましょう」。どうせ刷るのは今週末だし。
ああ、ミーティングですが、転勤族の仲間が一時滞在して、ちょっとにぎやかになりました。1年ぶりにステップミーティングも始めました。古い訳のやつですが。
2001年11月18日(日) 啼鳥山荘と柏茂会館 啼鳥山荘と柏茂会館でのフェローシップとふたつの病院でのメッセージ活動について、ここのメインサイトへの収録の許可をもらうため、金沢のメンバーに電話をしました。収録の許可自体は、ほかのグループとの確認が必要なので、即答は無理だと言われました。それはもちろんそうでしょうし、僕のほうも別に急いではいません。
ただ「啼鳥山荘が今年いっぱいで閉鎖される」という噂をきいたので、来年以降どうするのかという点は確認を取りたかったので、きいてみました。ところが山荘は閉鎖されるのではなく、堀金村の3000万円の予算を確保して山荘の改装をするというのです。まあ、冬は雪に閉ざされる場所ですから、改装は春〜秋に行われるでしょう。そうなんると、その改装期間中は使えないことになるわけですが、それがいつなのかハッキリしないという話でした。
「ともかく私たちは4月から10月まで予約をお願いしてるけど、いつ使えないのかは判らないし、改装後も同じ料金でいいのかも不明なの」
それよりも意外だったのは、山荘が積雪で閉鎖される冬季間に代替施設として使っている、塩尻市の柏茂会館が市に寄贈され、市の「青少年センター」となってしまったという話です。AAは、どうやっても「青少年」とは呼べないでしょうから使わせてはもらえそうにありません。
今年も山荘は10月には閉鎖されてますから、彼らは今週土曜日の宿泊場所も確保できてないことになります。
数年前、頼まれて「啼鳥山荘や柏茂会館のような自炊型宿泊施設」を探したこともあるのですが、さすがになかなかそんな場所もありません。今回も、できるだけ探してみると約束はしましたが、成果は望めないでしょう。
ともかく、僕の用意していたページもそのまま載せるわけにはいかないことは確かです。
2001年11月13日(火) アラノン 僕の住んでいる街で、アラノンのミーティングが始まりそうです。しかも昼間。峠の向こうの街でやっているミーティングは夜ですから、昼間のミーティングが欲しいという話はよくわかります。やっぱりアルコホーリクの家族となると「主婦」の方が筆頭にあがるわけで、昼間のほうが時間が自由になるでしょう。もっとも専業主婦でなければ、なかなか平日の昼間の時間は取れないかもしれませんが。
スポンシーの奥さんがアラノンのミーティングに通っていたりする関係で、彼もその話に加わっているようです。例え彼自身がアラノンのミーティング会場に入れないにしても、何か人の役に立つことは悪いことではないでしょう。
そんな話をしました。
2001年11月08日(木) 遅刻 睡眠不足の日々が続いています。
それでも昼休みに十数分の仮眠を、机によっかかって貪れば、なんとか問題なく過ごせてはいるんです。が・・・、今日の僕の机の周囲は大変とっ散らかっており、机の上に弁当を広げることすらかなわず、ひざの上に弁当を置いて食べるしかない状態でした。
午後もなんだかんだで休憩もせずに過ぎてしまい、午後6時に、病院でのミーティングに参加するために、車で北上を開始したときには、「眠くてたまらない」という状態でした。まあ、経験上これぐらいの眠さなら居眠り運転をするほどでもない、とは思ったのですが、念のため、LOVE PSYCHEDELICO のMDを大音量でかけながら行きました。
病院の駐車場に車を停め、時計を見ると、ミーティング開始まであと15分ほどあります。携帯電話のアラーム機能を設定して、8分ほど寝ることにしました。車内は暖かく、めがねを外して、シートを倒すと、すぐに眠りが訪れました。・・・・、目がさめると1時間経過していました。
最近地区内の病院メッセージで、「忘れていた」「遅刻した」なんていうトラブルが、いくつか続いていたのですが、「しまった自分もやっちまった」わけです。いつも会場になっている部屋に行くと、別の部屋への案内が張ってありました。その部屋の前へ行ってみると、AAの丸い看板が出ており、なかから人の声が聞こえます。
なんだか、出張ついでに見知らぬ会場を訪ねあてた時のように、安心しました。最近地元の仲間二人が、定期的に参加してくれていて、ミーティングも定刻に始めてくれたようです。出張で留守をしている間に、いろんな変化があったのですね。
日々これ同じからず。ちなみに、アラームの設定は19:23のつもりが、17:23になっているという凡ミスでした。
2001年11月04日(日) 公園 子供たちと一緒に公園へ行きました。
もっとも、起きたのが昼でしたから、出かけたのは午後3時近くです。
もう冬も近いので、太陽はあっという間に西に傾きます。
公園内の公民館で、来月の委員会の部屋を予約しました。
子供たちは、ブランコをやったり、滑り台をやったり。
沈みかけた太陽を見に、築山を上って芝生のほうへ行こうとしたら、築山の東屋に二人のホームレスが居を構えていました。でっかい焼酎のビンが置かれていましたが、おそらくその中身は水でしょう。
「アル中は浮浪者にはなれない」と言われます。
ハードな路上生活に耐えられないのだ、と経験者の話をきいたこともあります。ドヤ街の人たちのアルコール依存症の罹患率は、普通の社会と変わりないとか。
2001年11月03日(土) 地区委員会 地区委員会へ出席しました。いつもは、僕の住んでいる市内で開かれるのですが、今日は祝日なのでその施設が夜はつかえません。ので、以前使っていた会場で開かれました。そこへ行くには、トンネルをふたつ抜けなければなりません。それだけで、往復2400円の出費となります。いつも遠くから委員会にやって来るメンバーの苦労がしのばれます。
委員会でもっとも紛糾するのは、いつ・どこで委員会を開催するかという点です。それは、「委員会がどうあるべきか」という理念も絡めた話なので、常にその話が出るのは、ある意味委員会が正常に機能している証なのかもしれません。ともかく、来月は従来どおり僕の地元で会場を確保することになりました。その後は、来月選出される三役(議長・副議長・会計)に委ねられることになります。
2001年10月31日(水) 月末 午後3時ぐらいまでに仕事が終われば、信州に帰ることにしたでしょうが、午後5時すぎ、という中途半端な時間で開放されました。無理すれば帰れないこともありませんが、荷物はホテルの部屋の中だし、これから帰っても遅くについて、朝から出社というのもしんどい、という結論に達しました。仕事は、まだ気の抜けない状態ですが、それでも「10月いっぱいで一通り完成させる」という目標の90%ぐらいは達成したでしょうか。
ともかく長い10月の出張は終わりです。
今夜はホテルに泊まって、明日は一日移動日としました。「海が見たい」という若い同僚の願望に沿って行動することにしましょう。なんと言っても、僕が「長い夏休み」を取った6月半ばから8月終わりまで、この仕事をリードしてきたのは彼なのですから。
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