ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」
たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2001年09月17日(月) 覚えていない昔 筋肉痛バリバリです。仕事は座り仕事なんで問題ないんですが、ちょっとでも体を動かすと、痛いです。
月曜はホームグループのミーティング。ほかのグループの仲間がやってきてくれました。
「最初は、母親がここのミーティングに通いだしたんだ。
月曜日になると、どこかに行っているんで、何かやっているんだなと思った。
そして、その頃から自分の飲酒について、煩いことを言わなくなった...」
ホームグループは事実上毎回オープンミーティングなんで、家族の方が訪れることも多いのです。僕は記憶力が悪いので、昔誰がきて、自分が何を言ったかなんて覚えていません。でも、相談を受けたとしたら、
「口出しはしないで、飲みたいだけ飲ませてあげなさい。ただし、その尻拭いの手伝いはしないこと。本人の生活が行き詰まらないように協力していると、飲んでいる年数だけが増えていきます。早めにどん底に突き当たったほうが、失うものが少なくてすみますから。仕事とか家族とか。ただ、死なないように、それだけは気をつけてあげてください」
とか何とか言ったことでしょう。
僕も父母と暮らしている頃は、父母の助けで仕事が続いていました。でも、その間は、なかなか自分と直面しようとは思わなかったものです。でも、家から離れてアパートの一人住まいで死んでいった仲間もいます。僕も多分そうだったかもしれない。
2001年09月16日(日) 稲刈り 実家で稲刈りをしました。といっても自家消費用ですから、経費を最低限に抑えるため「バインダーで刈って、ハゼを作り、天日で干す」という、肉体労働です。僕は体を使った労働は苦手なんで、結婚相手は農家の娘でない人と決めていたぐらいです。僕の役目は、刈り取られた稲束を田んぼ全体から集めてきて一列に並べ、ハゼにかけるという単純極まりない労働です。農協から「胴割れ」を防ぐために早めに収穫するよう指導があったものですから、暑い中での作業です。しょちゅう水分を補給し、大量に汗をかきます。体を使う仕事の良いところは、頭の中がカラッポになることです。
いろいろと悩みや希望や欲望を考えていても、次第にそれが消えていき、「ぜい、ぜい」と息をしながら、体だけが動いていきます。休息に稲の上に寝転んで、空を眺めると、透き通るような空色に白い雲が浮かんでいます。春と秋の行楽シーズンを田の手伝いに費やすのは、あまり良い気持ちはしません。でも、体を動かすことが、心のどこかを癒してくれるのは間違いありません。
そういえば、AAのイベントも春と秋の農繁期に集中することが多く、1年目2年目は無理を言って行かせてもらいましたが、最近はそうもいかず、地元のオープンスピーカーズも休まざるを得ないほどです。ラウンドアップも多分脱穀と重なるでしょう。汗だらけになって、何よりも望むのは風呂に入ることです。汗に濡れたシャツが風で冷やされるとなおさらです。
そういや、ドカタをやっていたメンバーが「ミーティングに遅れずに行きたいのはやまやまなんだけど、どうしても風呂行ってからじゃないと」って行ってました。何事も、その人の立場にたってみないと理解できない、ところがそれが一番難しい。
2001年09月15日(土) 場所を求めて右往左往 Webサイト作成のほうは、少しづつ進んでいます。問題なのはそれを収容する空間をどこに確保するかです。理想的なのはホスティングサービスを利用することで、独自ドメインだとなおさらいいでしょう。使っていないドメイン名も二つあるんですが、ドメインの所有者は住所氏名電話番号などが公開されるのが原則なので、無名性という点からは良くないかな。単に空間だけ確保するのであれば、契約しているISPのWWWサービスを利用できれば、無料です。が・・URLの一部にアカウント名が入り、しかもアカウント名は実名です。予備のISPは、再契約しないとWWW空間が貰えません。そういやNIFTYの契約が残っていたから・・・これも再契約しないとだめ。仕方ないので、落ち着き先が決まるまで、無料ホームページスペースのサービスをしているところを見繕っています。広告が入ってしまいますが、まあ仕方ないでしょう。落ち着き先が決まったら、引っ越せばいいわけですし。とりあえず COOL か goo で始めます。
長い病気休暇で被った経済状態が回復したら、この日記もお金を払って、広告を取り除きたいところです。
2001年09月14日(金) 狼と赤頭巾ちゃん 午前中から打ち合わせ・資料作成・また打ち合わせ。そりゃそれも仕事かもしれないけど、せっかくコードをたくさん書こうと意気込んで出社したのに、1行も書けなかった。などと考えてしまうのも、悪いことは人のせいにしたがるアル中的思考でしょう。スポンシーに昨日の名刺の件で、ちょっと言葉がキツすぎたかな、と思ったので、電話をかけてみました。が、留守電でした。ところがすぐに折り返しかかってきて、いろんな話をしているうちに1時間半も過ぎてしまいました。電話を切ってPCに向かうと、すぐに県外の仲間から電話がかかってきました。その仲間と僕とはシェアできる経験が少ないんで、話題は主に世間話です。アメリカのテロの話・東京の鉄道の非統一性について・アノニミティの話。アルコホーリクじゃないけど「さびしい」からAAにやって来る女性たちの話。
「そう、僕も昔はAAの中で起こる『狼と赤頭巾ちゃん』のことについては、軽蔑のまなざしで見ていたんだ」と話したら、「じゃあ、私のことも軽蔑のまなざしで見てたんだ」と言われました。うん、そのとおり。でも、僕もAAもやっぱり人間の集まりであって、男と女がいれば起こることは起こるべくして起こる、ということは学びました。「誰かを非難する前に、その人の靴を履いて歩いてみろ」と何かのテキストにありましたが、このケースもそうでした。「ほんとに気をつけてね」。ありがとう、心配してくれて。
僕もずいぶん「先行く仲間面」をしたもんだけど、どうやら君のほうが回復が速いかもしれない。いや、たぶん速い。速いです。
でもな、デートの約束をすっぽかすなら、連絡ぐらい入れなさい。電話しているだけで、すっかり真夜中です。
この日記、新しく作るWebサイトのコンテンツのひとつとして書いてるんですが、肝心のホームページの作業が進んでません。遅れの原因の一つは、やっぱり長電話かな。
2001年09月13日(木) ステップ1と敗北宣言 病院でのミーティングに行きました。テーマは、ステップ1です。ステップ1は、アルコールに対する敗北宣言です。ほかの問題であっても、自分が何かに敗北したことを、受け入れるのは難しいものです。再挑戦してみよう、という考えを持つ人がいてもあたりまえです。ハンドブックの3章の終わり付近の文章は、「納得できるまで、再挑戦してみればいいよ」という主旨でしょう。再挑戦して、そのたびに敗れ去り、そのたびに何かを失っていく。何かを失ってみて、もしくは失う予兆が出始めて、自分がとっくの昔に敗北していたことを、認めざるを得なくなるのです。
さて、前からスポンシーに、名刺を作ることを頼まれていました。パソコンとプリンターがあれば簡単な話です。専用紙もあるし。僕が作った下書きには、彼の住所に「○○荘○○号室」が入っていたのですが、彼はそれを取り去ってほしいと言ってきました。気持ちはわからなくもありません。○○荘○○号室があれば、アパートの一室に住んでいることが明確になり、なければ一軒家に住んでいるかもしれないと思わせることもできるのです。「それがなくても、郵便も届く」と彼は言いいます。そうでしょう。そのたびに、郵便局員や宅配便の人に、余計な苦労を背負わせていることに、気が付いていないのです。結局は自尊心の問題であり、虚勢をはることは、謙虚と正直とは反対の方向なのです。そして、その方向には酒瓶が待っている。
そのことは、沢山の仲間によって、証明されているのです。
2001年09月12日(水) 今日一日だけ あいも変わらず America Under Attack という字幕が消えません。
さて、スンポンシーから、身体障害者手帳の申請をすることになったというメールがありました。夜、電話をかけてみると、案外落ち着いているので安心です。リハビリは今後も続けるそうですが・・・
「今の自分にできることは、リハビリとAAだけ」という言葉には、現状を認める響きがあります。でも「一生生活保護で暮らすよ」という言葉には「それは今日一日の生き方とは違う」と返しておきました。
「一生××する・しない」というのは(本人は気づいていなくても)傲慢さの現れですから。「××する・しない」なんて気持ちは、明日になったら消えてしまうかもしれません。現実の生活では、遠い未来のことまで考えて行動するにしても、気持ちの上では「今日一日だけ」の生活を続けていくべきなのです。
2001年09月11日(火) CNNかぶりつき 早めに帰れたので、新しいWebサイトの構築をしようかと考えていたのですが、夕食を食べながら、ニュースステーションを見始めたら、なんだかとんでもない事件が発生しています。結局CNNを4時間近く見つづけてしまいました。America Under Attack というセンセーショナルな字幕が張り付いたままです。
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