心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2001年09月14日(金) 狼と赤頭巾ちゃん

午前中から打ち合わせ・資料作成・また打ち合わせ。そりゃそれも仕事かもしれないけど、せっかくコードをたくさん書こうと意気込んで出社したのに、1行も書けなかった。などと考えてしまうのも、悪いことは人のせいにしたがるアル中的思考でしょう。スポンシーに昨日の名刺の件で、ちょっと言葉がキツすぎたかな、と思ったので、電話をかけてみました。が、留守電でした。ところがすぐに折り返しかかってきて、いろんな話をしているうちに1時間半も過ぎてしまいました。電話を切ってPCに向かうと、すぐに県外の仲間から電話がかかってきました。その仲間と僕とはシェアできる経験が少ないんで、話題は主に世間話です。アメリカのテロの話・東京の鉄道の非統一性について・アノニミティの話。アルコホーリクじゃないけど「さびしい」からAAにやって来る女性たちの話。

「そう、僕も昔はAAの中で起こる『狼と赤頭巾ちゃん』のことについては、軽蔑のまなざしで見ていたんだ」と話したら、「じゃあ、私のことも軽蔑のまなざしで見てたんだ」と言われました。うん、そのとおり。でも、僕もAAもやっぱり人間の集まりであって、男と女がいれば起こることは起こるべくして起こる、ということは学びました。「誰かを非難する前に、その人の靴を履いて歩いてみろ」と何かのテキストにありましたが、このケースもそうでした。「ほんとに気をつけてね」。ありがとう、心配してくれて。
僕もずいぶん「先行く仲間面」をしたもんだけど、どうやら君のほうが回復が速いかもしれない。いや、たぶん速い。速いです。
でもな、デートの約束をすっぽかすなら、連絡ぐらい入れなさい。電話しているだけで、すっかり真夜中です。

この日記、新しく作るWebサイトのコンテンツのひとつとして書いてるんですが、肝心のホームページの作業が進んでません。遅れの原因の一つは、やっぱり長電話かな。



2001年09月13日(木) ステップ1と敗北宣言

病院でのミーティングに行きました。テーマは、ステップ1です。ステップ1は、アルコールに対する敗北宣言です。ほかの問題であっても、自分が何かに敗北したことを、受け入れるのは難しいものです。再挑戦してみよう、という考えを持つ人がいてもあたりまえです。ハンドブックの3章の終わり付近の文章は、「納得できるまで、再挑戦してみればいいよ」という主旨でしょう。再挑戦して、そのたびに敗れ去り、そのたびに何かを失っていく。何かを失ってみて、もしくは失う予兆が出始めて、自分がとっくの昔に敗北していたことを、認めざるを得なくなるのです。

さて、前からスポンシーに、名刺を作ることを頼まれていました。パソコンとプリンターがあれば簡単な話です。専用紙もあるし。僕が作った下書きには、彼の住所に「○○荘○○号室」が入っていたのですが、彼はそれを取り去ってほしいと言ってきました。気持ちはわからなくもありません。○○荘○○号室があれば、アパートの一室に住んでいることが明確になり、なければ一軒家に住んでいるかもしれないと思わせることもできるのです。「それがなくても、郵便も届く」と彼は言いいます。そうでしょう。そのたびに、郵便局員や宅配便の人に、余計な苦労を背負わせていることに、気が付いていないのです。結局は自尊心の問題であり、虚勢をはることは、謙虚と正直とは反対の方向なのです。そして、その方向には酒瓶が待っている。
そのことは、沢山の仲間によって、証明されているのです。



2001年09月12日(水) 今日一日だけ

あいも変わらず America Under Attack という字幕が消えません。
さて、スンポンシーから、身体障害者手帳の申請をすることになったというメールがありました。夜、電話をかけてみると、案外落ち着いているので安心です。リハビリは今後も続けるそうですが・・・
「今の自分にできることは、リハビリとAAだけ」という言葉には、現状を認める響きがあります。でも「一生生活保護で暮らすよ」という言葉には「それは今日一日の生き方とは違う」と返しておきました。
「一生××する・しない」というのは(本人は気づいていなくても)傲慢さの現れですから。「××する・しない」なんて気持ちは、明日になったら消えてしまうかもしれません。現実の生活では、遠い未来のことまで考えて行動するにしても、気持ちの上では「今日一日だけ」の生活を続けていくべきなのです。



2001年09月11日(火) CNNかぶりつき

早めに帰れたので、新しいWebサイトの構築をしようかと考えていたのですが、夕食を食べながら、ニュースステーションを見始めたら、なんだかとんでもない事件が発生しています。結局CNNを4時間近く見つづけてしまいました。America Under Attack というセンセーショナルな字幕が張り付いたままです。



2001年09月10日(月) 台風の日のMeeting

台風が来ています。出張に行くはずだった人々も、皆会社で待機です。あずさも、新幹線も止まり。中央道も関越も通行止めです。朝から雨が降ったり止んだり。そう言えば先週の月曜も(台風じゃないけど)雨でした。スポンシーの彼は、片松葉杖をつきながら、バスにのり、電車に乗り、最後は駅から歩いてミーティング場にやってきました。靴下はびしょ濡れでした。それ以前は、僕も病気休職だったんで、ヒマがあるから、迎えに行ってあげました。でも、仕事に復帰してしまうと、夕方会社を出てから、彼の家まで回っていたんではミーティングに間に合いません。「だから自分で来てね」という話はしてありました。さて、今日はどうでしょうか。あさから台風の話題ばかりです。でも彼は、ちゃんと来て会場を開けてくれていました。帰りは送っていってあげます。そう約束したから。

「冬が来て道が凍ったら、片松葉じゃ怖い」と彼がいいます。
僕も、「さて、帰りに送っていってあげるのは、いつまでにしよう」と内心思います。でも、そんな何ヶ月も先のことで悩んじゃってもしかたないのです。「先取りの不安」はせずに、感情の面では常に「今日一日」を生きないと。



2001年09月09日(日) ひさしぶりの病院メッセージ活動

仲間から念押しのメールが届かなかったら、今日の病院メッセージのことはすっかり忘れていたでしょう。危なかった。ありがとう仲間。この前の担当の月は、うつで動けなかったので、実に6ヶ月ぶりです。午前10時半にスポンシーを迎えにいくはずが、ちょっと遅れてしまいました。仕事でいくなら、間違いなく高速道路利用の距離ですが、下道をいきます。途中ガストで食事。病院に到着すると、二人の仲間がすでに到着して待っていてくれました。片方はなんと僕のスポンサー、もう一人は数ヶ月前にこの病院を退院した仲間です。患者さんの数は二十数人でした。司会はスポンシーに任せました。彼のやりかた(例えば氏名の順番とか)は僕のやりかたとは違います。「そこはこうしたほうが良いんじゃないかなぁ」と思っても、黙っているのが最善です。ひとつには「アル中は他の人のやることが気に入らない」という性格的欠点が原因かもしれないから。
もうひとつは、「彼のやり方より僕のやり方のが優れている」という根拠が何もないからです。
終わった後で、顔見知りの人たちが談笑しています。僕もゆっくり話をしたかったのですが、夕方会社に顔を出す予定だったので、すぐ帰りました。帰りは高速経由、仲間を降ろしてから仕事へ。自宅に戻ったときには疲れ果て、夕食も風呂も抜きで寝てしまいました。「しんどいなぁ」と正直思うのですが、病院メッセージ活動を止めたら新しくミーティングにやってきてくれる人々はいなくなり、そしてグループは消滅してしまいます。僕も5年前の入院時に、仲間が病院まで来て話してくれた内容は良く覚えています。今日話を聞いてくれた人たちの中で、退院後に僕らのミーティングに来てくれそうなひとは、多分いないでしょうが、でも、無駄ではないと信じるほかありません。



2001年09月08日(土) 仲間に電話

飲んでいる仲間のところに、電話をかけてみました。
今夜は酔っ払ってはいないようで、きちんと会話も成り立ちます。でも、話の内容は、同じところを言ったりきたり。



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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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