ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」
たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2005年12月01日(木) ホームページ作り(その1) ホームページ(最近はウェブサイトといっても通じないな)にしても、日記にしても、ブログにしても、掲示板にしても、つまるところ「自己表現」であるからには、より多くの人に見てもらいたいという希求が存在するでしょう。
会社の同僚相手の掲示板とか、学生時代の友人どうしのBBSとか、そういうクローズドなものもやっていますが、「心の家路」にしてもアクセスカウンターをつけているのは、どれぐらいの人に見てもらっているかを「僕自身が知りたい」からであります。
ホームページその他の作成の技法だとか、ネタだとかそういう話とは別に、「心の家路」でアクセス数を稼ぐためにやってきた話を(また)書いてみたいと思います。
「心の家路」の始まりは、長野県内のAAミーティングの案内でした。これは当時あをねこさんがACミーティングその他の案内をネット上で始められていて、「ACミーティングの案内がネット上にあるのに、AAのがないのはあかんな」という思いで始めたわけです。
ただ、AAのミーティング案内だけあっても、何がなんだかわからないでしょうから、個人の体験談とか依存症という病気の説明なんかを少し加えておきました。
最初は一日に数人の訪問者でしたが、二桁になる頃、Yahoo!に登録すべく申請を出しました。いまはYahoo!といっても、検索エンジンとして圧倒的な地位にあるわけじゃありませんが、当時はまだまだYahoo!の勢いは強く、Yahoo!のディレクトリに登録されているかどうかというのは、ある意味ホームページの良否を分けるとも言われていた時期でした。
Yahoo!への登録の申請はいまは ここのページ から行うようになっています。正確に言えば「サイトの推薦」なのですが、誰も推薦してくれないので「自己推薦」であります。
申請が通ってディレクトリに登録された場合には、数週間後にメールで連絡が来ますが、残念ながら選に漏れたという場合には、何も返事は来ません。
僕は「心の家路」を自己推薦したあと、何週間か待ちましたが、Yahoo!からはメールはまったく届かないのでありました。
(この項、ときどき続く)
2005年11月30日(水) 真っ赤なドキュメント 昨日上司にメールで送りつけたレポートは、案の定真っ赤な字でたくさんのコメントを付加されて突き返されました。やっぱり自分には協調性というものが不足しているなぁと実感させられる出来事でありました。
「AAのステップは理想を述べたもので、仕事をしていく上ではステップなんて応用できない。謙虚だの今日一日などと言っても世間では通用しない」というような意見を耳にすることがありますが、僕はそういう考え方には賛同できません。
たしかに仕事というものには、自分の利益を確保するために、他を押しのけねばならない側面があることは否定しません。でも、「自分さえよければよい」という行動に傾くと、結局自分の利益にはならないものであります。かといって、自己犠牲に傾けば、生活していくだけの金銭を獲得することすら困難になってしまうでしょう。
つまるところ、すべての事柄はつながっているのだということを意識しつつ、バランスの取れた行動を選択していくというが目標になるのでしょうが、それこそがステップの要求しているものだと思うのであります。
さて、先日日曜日に「サンタの○庫」でプリンターを購入しました。
ここのところ5年ばかり、裏紙印刷専用のプリンターにはキヤノン製を使ってきました。なぜキヤノン製を使っていたかというと、インクカートリッジの使い回しができるからです。リフィル(再充填)インクを使って、印刷コストを抑えようとすれば、インクカートリッジは、家にある何台かのプリンターで使い回しができたほうがいいにきまっています。
1990年代のキヤノン製プリンターは、プラスチック部品が多くて、コンパクトで軽くてよろしいのです。しかしその反面耐久性に乏しく、機械的に摩耗してしまうという壊れ方をしました。ただ中古品が安価に出回っていた(数百円で手に入った)おかげで、とっかえひっかえ使ってきたわけであります。
ところが最近になって、そうした古いプリンターが中古屋から姿を消してしまいました。けれど、同時代のエプソン製プリンターは、まだ店頭に飾られていて、今後のタマも十分にありそうです。
思えばキャノンにこだわったのはカートリッジの再利用が理由です。しかし、以前と比べて僕の印刷する紙の枚数はずっと減ってきました。以前は「画面で読むと肩がこるから」という理由でホームページもなんでもかんでも印刷してから読んでいました。メールを書くにしても、長い場合にはいったん印刷して推敲していたりしたものです。何百枚にもなるプログラムコードを印刷して、それを綴じて持ち歩いていたりしました。
でも最近は、カラーで構成されたページが増えてウェブページを印刷するとカラーインクを大量消費してくれるようになり、滅多に印刷しなくなりました。メールは書きっぱなしで送ります。最近は紙にプリントアウトされたコードを読んでいるプログラマーも見かけません。
というわけで、しばらく前にPM-670Cを500円(税込み)で、日曜日にはPM-760Cを2千円あまりで入手して、キヤノン製を置き換えることとなりました。いずれも別に買ったインクカートリッジのほうが高かったです。
キヤノン製と違って、エプソン製は金属部品が多く、ちょっと重くて大きいのが欠点ですが、機械体としてはしっかりしているので、今後何年もつきあっていけるのではないかと思っています。
2005年11月29日(火) 仕事に復帰 今日は仕事に行きました。
出社すると(午後から出社のくせに)さっそくメンバーを召集して会議を開始し、2時間の後に散会、その会議のレポートの下書きを全員にメールで送りつけて「今日中に目を通して返事をくれ」とコメントしておき、返事が返ってきたところでレポートを上司にメールで送信。ちょうど夕方になったので上司からの返事も待たずに帰ってしまいました。
こんなふうに自己中心的に仕事をしていると、きっといつか周りの誰からも相手にされなくなってしまうんだろうと思うのであります。
しかし、いまの自分には周りに気を配っている余裕がありません。
先週の金曜日にZIPディスクの中身が壊れました。このZIPディスクには、個人的なプログラムだとか、「心の家路」のHTMLファイルだとか、消えても死にはしないが、消えるととってもさびしくなるデータが詰まっています。
新しいディスクをフォーマットして、古いディスクからデータのサルベージをして、およそのデータがリカバリできたのが今日の夜です。さあ、できたデータをバックアップしておこうと思ったら、またZIPディスクの中身が壊れ、ここ数日の作業は水泡に帰しました。
どうやらZIPドライブが壊れているようで、つっこむディスク、つっこむディスク片っ端から壊してくれるようです。
もう前世紀の遺物であるZIPドライブとはお別れの時期が来たのかもしれません。
(そういえばアイオメガに注文したドライブはまだ届かないぞ)
代わりのメディアは何にしようかと悩むのであります。
USBメモリは安くて良いのですが、意外と取り回しが面倒なのと、小さすぎて紛失するという難点があります。iPod miniだとかナノだとか、あんなにちいさくてなくさないのか不思議であります。
無難なところではコンパクトフラッシュでしょうか。
会社の同僚に尋ねてみると、ノートパソコンをどこへ行くにも持ち歩いている人、ZIPからリムーバブルハードディスクに乗り換えた人、相変わらずフロッピーディスクで事足りている人、さまざまでした。
そういえば妻の退院の日付が決まりました。12月7日に内科の診察を受けて、そのまま一時退院してくるそうです。一時退院とは言っても、荷物は全部持って、ベッドを明け渡しての退院です。12日(月曜日)に精神科の外来を受診して、問題なければ正式に退院ということになるそうであります。
ただ、子供たちに「ごまちゃんの大冒険」を話して寝かせる習慣は、今後も続いていくのかも知れません。
2005年11月28日(月) 仕事を休み 仕事を休んでしまって、ついでにミーティングも休んでしまいました。
さて、子供のPHSですが、端末の値段は8,800円でした(税込み)。もちろん1円という端末も隣には並んでいたりするのですが、そういうのは月額基本料金が数千円するのであります。「安心だフォン」は月額料金が980円で、なおかつこれが2台目の契約なので、基本料金が400円値引きになります。しかも「無料通話分」という名前のミニマムチャージがなく、完全従量制であるところもお気に入りです。
ところで、仕事を休んだからには、布団で寝ているわけですが、ただ寝ていてもつまらないわけであります。テレビをつけてみても、見慣れないものばかりであまりおもしろくはありません。
しかたなしに、買ったまま読まずにたまっていた少年サンデーをまとめて読破しました。
マンガの週刊誌ですら、読まずにたまってしまう生活・・・なんとか考え直さないと。
2005年11月27日(日) 子供にPHS 「無限回廊」という名前の戦前戦後の猟奇殺人ばかりあつめたサイトを読んでいました。
そして、新聞を読めば、小学生が殺されたという事件がまた紙面を覆っています。
不審者の情報があったのに、詳細が父兄には知らされていなかったと学校や警察が指弾されています。曖昧な情報は不安をあおるだけで、役に立たないと言うことでしょうか。
実は長女次女の通う小学校周辺でも不審者騒ぎはあります。例えば「某ファミリー・レストランの周辺で、片手に人形、もう一方の手に包丁を持って、顔をマスクで覆っていた若い人物が発見された(男女は伏せられてます)」というような情報がまわってきます。
けっこう具体的なんだけれど、だからどうするという具体策がでるわけでもありません。
長女にPHSを持ってもらうことにしました。といっても、学校にケータイを持っていくのは禁止されているので、防犯には役に立たないかもしれません。
「安心だフォン」という電話は3カ所しかかけられない端末です。そのかわり基本使用料が980円で、通話料金は標準料金が適用されます。メールなどは3カ所以外にも自由に送れます。
しばらくは、このPHSのネタで書こうかな。
2005年11月26日(土) 寝る日々 木曜の夜も、金曜の夜も、仕事帰りに眠くなって、途中のパーキングエリアでラーメンを食べた後に寝てしまいました。そうやって夜遅くまで寝てから帰ってきて、自分一人用に風呂を入れて入るのであります。そして、洗濯をして、アイロンをかけるのであります。
今日は約束通り子供たちとハリー・ポッターのDVDを見ることにしました。
しかし疲れがたまっていて眠かったので、布団をひいて、その中に横になって見ていたら、途中で寝てしまいました。気が付くと映画は終わっていて、子供たちは母屋に戻っているのでありました。
用意しておいたポテトチップスとポップコーンは、ほんの一握りだけ残されていました。これは子供たちの思いやりの心というか習慣であります。
まだ長女が小さかった頃、僕が自分用にポテトチップスなどを買ってきて全部食べ、空き袋をそこらへんに転がして置くと、彼女がそれをみつけて「私の分がない」と泣くのでありました。かといって小さな子供に菓子をあまりたくさん食べさせるのも問題なので、ほんの一握りだけ袋に残して置いておくことにしました。それが発端となって、「ほんの一口分」だけを「まだ食べていない人」のために残しておくという習慣が生まれたのであります。
子供たちは、パパは寝ていてまだ食べていないから、少しずつ残して置いてくれたのでしょう。
筋肉から疲れが抜けて起きあがれたのは深夜になっていました。
そしてまたこれから寝るのであります。
2005年11月24日(木) 良いニュース?と悪いニュース ブログやウェブサイトを開設したというお知らせをいただきながら、なかなかじっくり見に行けていないひいらぎであります。
原因はなぜなのか考えてみますと、午後半日の出勤で一日分の仕事をしているからでありましょう。半日なら半日分の仕事だけしておけばいいのでしょうが、能力いっぱいまで自分を犠牲にしてしまうところが「欠点」なのでしょうね。うつというブレーキがかかるまえに、自分でスピードを制御しないといけないのかもしれませんが、人生全般にコントロール喪失であります。
「良いニュースと悪いニュースがある。どっちを先に聞きたい?」とやるのは、僕の悪い癖で、周囲に大変不評であります。良いニュースから先に話すと「それが良いニュースなら悪いニュースはいったいどれだけ悪い知らせを運んできたんだ!」と言われますし、悪いニュースから先に話すと「良いニュースと言うから期待したのに、ちっともよくない。そりゃ悪いニュースに比べれば良いニュースなんだろうけど」と言われるのが落ちです。
妻の退院が決まりました。来週の水曜か木曜に「一時退院」というかたちになり、退院後にトラブルがなければそのまま再入院はなしということになりそうです。とは言っても、妻のうつの状態に目立った改善はなく、退院が果たして良いニュースなのかは疑問であります。
ただ、まあ周囲の人間に疲労がたまってきているのは確かなので、それを考えれば良い知らせかもしれません。
毎年この時期になると、年賀欠礼のお葉書がやってきます。群馬県からやってきたそれは、50代半ばでの逝去を伝えてきました。しかし、名字と文中の名前をつなげてみても、心当たりのある名前になりません。宛名が僕の名前だけということは、妻の知り合いや妻方の親戚でもなさそうです。
PDAを検索してみて、その名前が群馬の中堅どころのAAメンバーの名前だとわかりました。ふだんはニックネームが通用している世界ですので、本名だとなかなか人の顔に思い当たらなかったりします。長野県にも縁の深かったメンバーです。
それにしても、酒をやめて第二の人生を始めて、そしてそれも50代半ばでついえてしまうとはさびしい限りです。そしてその死を知るのも半年後のはがき一枚というのも。
若い頃は年賀状なんて出さなかったし、欠礼のはがきも父や母が受け取るもので、自分がそういうものを毎年受け取る年齢になるなんてことは考えもしませんでした。しかしいつか自分も、あのときの父母の年齢に近づいてきているわけであります。
今年もインクジェット用の年賀状を100枚買いました。そのうちの半分以上はAAメンバー向けに発送されていくことになります。もう滅多に行き会うこともない、年賀状だけのつきあいの人も多いのですが、お互い飲まずに無事にやっているということをつたえるpingのようなものであります。
そういえば毎年やっている年賀三が日の特別ホームページですが、今年はまだ全然ネタを思いついても仕入れてもいません。どうなることやら。
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