心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2005年04月29日(金) 台北(その2)

traditionalな朝食は、揚げパンみたいなもの(原料は小麦か米か)に、砂糖の入ったソイミルクみたいなものでした。ちょっと油っこいけれど、寝起きの悪い僕の胃にはちょうどいいものでした。
台北の渋滞を抜けていく1時間の間、車の助手席でぐっすり寝てしまいました。やっぱり朝は苦手であります。

仕事の方は(午前中だというのに)割りと簡単にアイデアが浮かんで、お昼までにはプログラムの実装も終わり動き出しました。午前中に作り込んでしまったバグも午後には取れて、夕方にはオーケーがでました。というわけで、予定通り明日はオフであります。
ただ、「問題が起きたらいつでも呼び出すから」と釘を刺されているので、あまり台北から離れるわけにもいかないでしょう。

昼食は、炒飯のお弁当です。お弁当にぎっしり炒飯だけが詰まっているというシロモノです。飲み物はいつでもなぜかヤクルトが添えられます。

夕食は工場のひと数人と一緒に、近所のお店に行きました。店というか屋台というか中間のようなところであります。台湾の人がごくふつうにチープな外食に食べるようなものを、出されるままに食べました。彼らの話す中国語(台湾語)はまったく聞き取れません。たぶん一生話すことも聞き取ることもできずに終わるのでしょう。ともかく彼らは大きな声でよくしゃべるのであります。

僕はこれで台湾に来るのは6回目ですが、食べ物で苦労したことはありません。口に合わない人は香辛料や脂っこさに辟易してしまうようですが、何でも喜んで食べています。
唯一の例外は鴨鍋を食べに行ったときで、鴨肉だと思って最初に口にしたのがショウガの固まりで、二番目に取ったのが鴨の頭(くちばしがついていた)、3回目の正直が足(爪があった)、四度目が肛門であったときであります。

昨夜とは違うホテルへ送り届けてもらいました。
ここからは電脳街が近いので歩いていきました。こういうところでどんな部品を買うかは難しいところです。家へ持って帰ってパソコンに取り付けてみたら不良品だったとしても、交換してもらうのは至難の業です。
サーバーPC用に、PC133で256MBのSDRAMを買いました(1260NT$)。

電脳街の地下は、以前は違法コピーのソフトをおおっぴらに売っていましたが、現在はそういうものは一掃されてしまってつまらなくなりました。ここでもハリウッドの映画は安く、日本のアニメは高いです。「げんしけん」が平積みになっていましたが、誰が買うんだろう?
「美鳥の日々」の1巻はこちらでもフィギュアつきだ。月姫のDVDのセットが2500NT$であったので、思わず買おうかと思いましたが、3回前を往復したあげく「自分はそんなものほしくない」ということに気づくのでした。

夜9時で電脳街が閉まって追い出されたので、帰り道をとぼとぼ歩いているとフィギュアを売っている店を見つけたので入ってみました。「ゆびさきミルクティー」のセットが日本円で1000円ぐらい(高いのか安いのか)。おねがいツインズが1300NT$。草薙素子が100NT$で投げ売りされていました。僕はフィギュアはあまり好きではないので、見るだけで決して買いません(等身大アスカとかだったら考えるかも)。

さらに帰り道を歩きながら考えたことは、おたくをやるには、気力・体力・財力・部屋のスペース・時間、そのすべてが潤沢に必要なのだということです。僕なんかおたくを気取っていても、所詮は「おたくもどき」にしかすぎないのであります。

PHSでインターネットには接続するのですが、週末で混んでいるのか、日本のサーバーにも、ロンドンのIEJI.ORGにもなかなかつながりません。これをポストするのも明日のホテルに移ってからからになるかもしれません。

ともかくすごく疲れています。明日はチェックアウトぎりぎりまで寝るぞ。


2005年04月28日(木) 台北(その1)

朝9時起きというのは、この前東京に行ったとき以来の早起きであります。
まあ仕事に復帰することを考えれば、もっと早く起きることも当たり前なのですが。

特急しなのの中では気持ちよく寝てしまいました。
初めて乗る名鉄では、別に急ぐ必要もないのに、特急電車に乗ってしまいました。

新しく中部国際空港ができて、いままでの小牧の空港はどうなるのでしょうか? 軍民共用の空港だったから、軍(じゃなくて自衛隊か)専用になるのでしょうか。

国際空港の案内板には「インターネットコーナー」という掲示があるのですが、そこの場所に行ってみても、ネット端末などはありません。2台だけ存在するという無料端末を探して、空港中を歩き回ってしまいました。ギャラリーがあって油絵が展示してありましたが、芳名帳をみると今日の訪問者は3名のようであります。屋上に出て、飛行機を見ながらまた歩き、10分100円の有料端末で「ぶどうの〜」に書き込みをしました。

その後、ビジネスクラス向けのラウンジに行ったら、パソコン用のLANが無料で提供されていました。ディバッグから緩衝材(プチプチだ)にくるんだThinkPadを取り出したら、隣のガイジンにぎょっとした目を向けられました。今度はなにかまともなバッグに入れておきましょう。

たまには紙の新聞を読みたいと思って朝日を買いました。でも、機内でも朝日を配っていました(くそ、エコノミーだと中日新聞しかくれないのに)。
アテンダンスが配ってくれたシャンパンはとってもおいしそうでしたが、代わりにトニックウォーターをもらいました(おかわりもした)。初めてのビジネスクラスに感激です。でも、食事はコンビニ弁当のようなエコノミーの機内食が好きです。

入国審査がえらく厳しくなっていて、40分以上列に並んでいました。空港に迎えに来てくれた相手の会社のSさんとPHSで連絡が取れたので、まあ役に立ってよかったです。並んでいる列の中で下手な英語でしゃべるのはすごく恥ずかしかったけれど。

ホテルへ荷物を置いて、街中へ買い物へ。台湾のコンビニに置いてあるものは、どんどん種類が増えて日本のコンビニと大差がなくなってきているような気がします。
足つぼマッサージの店に入って、ついでに肩ももんでもらいました。1時間で1000元。

ホテルにもLANが引かれていましたが、ちっともつながりません。DHCPサーバーがアドレスを割り振ってくれません。きっとリース期限が長すぎるのでしょう。デフォルトで48時間とかになっているサーバーも多いですから。手動でアドレスを割り振りました。

明日朝は7時20分に迎えに来てくれるそうです。えらく早いと思ったら、traditionalな朝食につれてってやるから、ホテルの朝飯は食わずに待っていろだそうであります。
今日は移動だけで気楽でしたが、明日は仕事。

おやすみなさい。


2005年04月27日(水) 多忙

予定では今夜ホームグループのミーティングに出席するつもりだったのですが、出発の準備が整わなくてミーティングはキャンセルしてしまいました。

予定が遅れた最大の原因は、ノートパソコン関係の準備が全然できていなかったことです。
前の会社では、泊まりがけで仕事に行くことも珍しくありませんでした。(おかげで、バスケットを預かっているミーティングを欠席する時には、いつも頼りがいのあるメンバーに頼ってばかりでした、感謝)。
そのためもあって、ノートPCには開発環境一式がインストールされていて、ホテルの電話だとか、PHSだとか、携帯電話だとかでダイアルアップする設定もばっちりなのが常でした。海外でも、iPassだとかGRICの設定さえ日本できちんとしていけば苦労することはありません。

でも、会社を移って、出張先と言ったら本社ぐらいしかなくなって、ノートパソコンを持ち歩く必要もなくなった時に、ノートパソコンは一度まっさらにしてしまったのであります。ときどきまっさらにインストールし直さないと調子が悪くなるのが、窓OSの問題点でもあります。そして、そのノートPCは「会社から仕事用に提供されているPCにはインストールできない怪しいソフトを入れるための箱」となって仕事机の上と自宅を往復することになったのでした。

で、あわてて開発環境をインストールしているだけで2日つぶれてしまいました。
さらにこの時期に無線LANカードを買い換えたのも混乱に拍車をかけました。ブリッジの設定も変えたので、やれ「ノートパソコンからインターネットできない」とか「ネットワークメディアプレーヤーでしまじろうが見られないぞ!」とかいう苦情が起こり、それをそのままにしたまま留守にするわけにもいかなくなったのです。(まあ、自家製の問題には違いありません)。

台北では馬偕紀念醫院という病院で、No Name Groupという英語グループが、金曜は20:30、土曜は19:30からミーティングをしているようであります。ホテルは毎晩違うところだし、場所の位置関係がどうなっているのか、地図もろくに見ていないので、移動はタクシーが頼りであります・・・が大丈夫か自分。

30日には南信州でオープンスピーカーズミーティングが開かれて、僕も出席の予定でした。東京からもたくさんメンバーが来てくれることになっていて、再会を楽しみにしていた人もいるのですが、残念であります。

これからソースコードを見るのですが、3年前に書いたコードは他人のコードと同じであります。万が一にも寝過ごさないように、早めに寝ることにします。

自分がいなくてもホームグループのミーティングは滞りなく進んでいることでしょう。うれしいような、ちょっと寂しいような。

明日の朝、荷物に入れるもの:ノートパソコン一式(ウルトラベース含む)、パジャマ。


2005年04月26日(火) 持ち物リスト

パスポート
飛行機のチケット
JRのチケット
デクラレーションカード
ホテルの地図(2カ所)
馬偕紀念醫院(AA会場)の地図
PHS
PHSの充電器
PHS用のUSBケーブル
H"問屋で電話帳の編集
ダイアルアップの設定
PHSの説明書
相手の会社の人の名刺
ソースコードを入れたCD-R
LANのHUB(買ってくること)
256MBのコンパクトフラッシュ(要領収書)
ノートパソコン一式(ウルトラベース含む)
3泊分の着替え
パジャマ
手持ちの現地通貨
歯磨きセット
シェーバー
目薬
うつの薬
水虫の薬
台湾の旅行案内二冊
ビッグブック(英語版・日本語版)
商社の人の電話番号
PDA
PDAの充電ケーブル
仕事の資料2冊


2005年04月25日(月) 疲労

1月に休職を始めてから、明け方に寝るような昼夜逆転の生活が続いていたのですが、最近になってようやく午前中に起きられるような生活になってきました。

しかし夕方になると眠くなることもあります。

夕食を食べた後、ごろっと横になったらすぐに寝てしまいました。
30分後、セットしておいたアラームで起こされた僕は、「むぅ〜」という不機嫌な声をあげてしまいました。

(あー、ミーティング休みたい)

そうは思うのですが、また仕事に戻ってしまえばホームグループ以外のミーティングにはなかなか出られなくなるでしょう。僕はAAミーティングは霊的な貯金をする場所だと思っています。現実生活はすべてが霊的な生活ではないので、その霊的貯金を引き出して使うことになる場面も多いのだと思うのであります。その霊的貯金の残高がゼロになってしまうと、きっと僕はスリップ(再飲酒)してしまうことになるのでしょう。そんなふうに考えているので、ためられる時に貯める(出られる時には出る)ことが必要だと思っているのです。

夜半過ぎには眠くなってしまい、コンビニに夜食を買いに行って、それを食べて寝てしまいました。こんなペースで台湾の仕事が片づくのかわかりません。

やっぱり日曜に東京まで行ってきた疲れが出ているのでしょう。きっと台湾行きを無事にこなすことができても、ゴールデンウィーク後半は疲れを癒すために寝て過ごす羽目になるに違いありません。


2005年04月24日(日) 足からの衰弱、足からの回復

前の日の天気予報で、朝の最低気温が氷点下になると言っていたので、覚悟していたのですが、やっぱりいつも「ワイシャツの上にトレーナー」というおたくファッションでは、かなり寒かったです。
ですが、朝に信州で寒いからと言って下手に上着など着ていくと、昼に東京に着いた頃には大汗をかく羽目になることは明白なので、寒いのは我慢しました。

新宿駅西口で高速バスを降り、山手線で池袋へ、西口から劇場通りを北へ向かいます。首都高の高架が見えてきたあたりで左に折れて、小学校の裏に回り、細い路地を抜けていくと、そこにAAのオフィスが、「ないじゃん」。

実は道に迷ったのではなく、気がつかずに通り越してしまったのでありました。

いくつか印象に残った話からひろってみます。
「AAの本は、相変わらず売れないね」という話ですが、僕がつながった頃に比べれば、本を回復の道具に使おうという動きははるかに活発になっていると思います。当時は(へたすると今でも)「本なんか読んだって回復しない」と断言されたものでした。

でもそれは、コンテキストを無視した話で、本を読んでいたって回復しない。その時間があったらミーティングへ行きなさい。本を読むのはミーティングに行った後でいいじゃないか、と言う文脈から、「本よりミーティング」というふうに乱暴に抜き出された言葉でありました。
「本なんか嫌いだ。ちっとも読まない」というAAメンバーがいたって、それはちっともかまわないと思うのですが、そういう声が大きくなってしまっても困るなということであります。

台湾のAAの情報をもらいました。GSOの出しているコンタクトリストには、ふたつ英語グループが存在しているようです。仕事が空く予定の土曜日の夜にはミーティングがあるようであります。外国のAAミーティングに行った経験を話すメンバーのことを僕はうらやましく思っているので、可能なら訪問するつもりでいます。問題は英語で表記された住所を、どうやって漢字の地図から見つけるかであります。

今の日本のJSOの所長は、こういった情報の引き出しはたくさん持っている人で、悪い人ではないと思うのですが、リーダーシップをぐいぐい発揮して皆を引っ張っていくタイプではありません。AAにリーダーなんているのか? やつはグループのしもべでは? と言っている人は12の概念を読んでみてください。前の所長は強引と陰口を言われるところもあったけれど、日本AAの発展に寄与した部分も大きかったように思うのであります。今の所長も、失敗をおそれずに冒険をして欲しいと思うのですが、まあ自分にない物を人に望むのは悪い癖ですか。
まあ、自助グループのリーダーシップの好ましからぬ例も話に出ていました。

帰り道の新宿駅西口までも遠く感じました。最近家に引きこもりぎみで、歩いていないせいでしょうね。お昼を食べに行った店までも距離も、地元だったら間違いなく車で移動した距離ですから。

アルコホーリクは頭の先の方からは回復しない。ミーティングに出て歩くことで、足の先の方から回復するのだ、という話がありましたが、僕の足はすっかり弱っているようであります。


2005年04月23日(土) クレジットカード

最近クレジットカードを2枚も作ってしまいました。

一枚は、ガソリンスタンドの提携カードです。
最近のガソリン価格の高騰は生活を直撃している(はずなんだけどカードで払っているので今一歩実感がないけど)のであります。もはや有人のスタンドで給油するなんてことはなくて、セルフのスタンドばかり使っています。
セルフのスタンドでも、まったくの無人ではありません。

「また値上がりしたよね」と店員になにげなく話しかけたところ、「このカードを作って頂ければ、今お使いのカードよりさらに○円お得になります」とセールスされてしまいました。
「でも、年会費とかいるんでしょ?」という問いに対し、「いえ、このスタンドで年に一回でも給油してくだされば、会費は無料です」というので、おもわず入会してしまいました。

もう一枚は、インターネット接続プロバイダーの提携カードです。これは、そこのプロバイダーの接続料金が値引きしてもらえるというもの。そのプロバイダーを解約しない限り、年会費は無料というわけです。今後、このプロバイダーと一蓮托生というわけです。

こうやって顧客の囲い込みに、皆さん必死であるわけですね。

カードを作った理由には、ひょっとすると復職に失敗して会社員をやめることになる可能性を考えたからです。
20代の頃、フリーランサー(といえば聞こえがいいが、ぷーたろー同然)のプログラマー稼業をしていたのですが、結局その間はクレジットカードが作れませんでした。
カード会社の審査を通るためには、2年分の確定申告のコピーを送る必要があったからです。そして、そんなものを律儀に取っておくような生活はしていませんでした。

今は審査も軽くなって、「家事見習い」とかの身分でもカードを発行してくれるようでありますが、「会社員の身分のあるうちにカードはつくっとけ」というのは僕の処世訓のひとつでもあります。

もっとも、何枚ものカードを使い分けるほど器用じゃないので、たいていのカードは机の中で眠っていることになるわけですが。

明日は東京。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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