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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2004年06月26日(土) 肝炎 健康診断の結果が来ました。
かなり以前の労使交渉のときに、「会社の費用で健康診断をして欲しい」という希望を出したところ、すんなり通ってしまった経緯があります。その後も毎年5月に診断を受けています。
肝機能・腎機能・すい臓ともに良い数値であります。
僕の場合には、酒を止める直前のときは、飲んでもγGTPがあまり上がらなくなっていました。何だ安心じゃんと思っていたのですが・・・。医者に「γGTPは、肝臓の細胞が今この瞬間にどれだけ壊れているか示すものです。たくさん壊れていると数字が上がります。でもあなたの場合には、もう壊れるだけの細胞が肝臓に残っていません。だから酒を飲んでもγGTPが上がらないのです」と脅されてしまいました。
たしかに肝臓の機能が弱まり、缶ビール2〜3本で長時間泥酔していました。
酒を止めるとγGTPはすぐに正常値に戻ったのですが、GOTの値は2年以上も異常値を示し続けました。肝臓の再生には時間がかかるものですね。
そして、半年後の11月に精神科医のところで、血液検査を受けています。こっちではウィルス性肝炎の検査もついでにしてもらっています(エイズ検査はしていません)。頼んだわけじゃないのに、値段は同じだからと医者が頼んでしまいます。いまのところどの型の肝炎にも感染していません。まあ、感染してないってことを知るのは安心ですが、いきなり「B型肝炎に新規感染しました」とか言われても困っちゃうでしょうね。
2004年06月25日(金) じんかんいたるところせいざんあり 男児立志出郷関 男児、志を立て郷関を出ず
学若無成不復還 学、もし成るなくんば復還らず
埋骨何期墳墓地 骨を埋づむる何ぞ期せん、墳墓の地
人間到処有青山 人間到るところ青山あり
幕末の長州の僧、釈月性の漢詩「将東遊壁詩」です。
少なくとも高校二年の時までは、学で身を立てるつもりでいました。
その道は貧しいだろうけれど、自分には向いているであろうと。しかしそれは何か「あなたは学者になるのがよろしかろう」という植えつけられたものの様に感じて、僕は急速に勉学に対する意欲を失っていきます。
それでも惰性で東京の大学に受かって、上京する前に、この詩を固く心に刻みました。
学が成らねば、二度と故郷には帰らぬだろうと。しかし、その道はうつとアルコールによってあっという間に頓挫します。
東京は墓場の多い街です。というか墓場のすぐ周囲まで家が建って、町の中にぽつりぽつりと墓地がある印象です。学も成らない、財もならない自分は、故郷に帰るわけにも行きませんでした。泥酔の中で「死んだらどこに葬られるのだろうか」と考えました。
骨を埋めるのはどうして先祖代々の墓地のみに限ろうか、いや世間にはどこに行っても骨を埋める場所ぐらいある(だから大志を立てて大いに雄飛すべきである)。
子供の頃から見慣れたあの墓地に入るのは嫌でした。僕はなんとか、東京に青山を獲得したかったです。それはつまり生計を共にする家族を得ることを意味してもいました。しかし、それは叶わぬ夢でした。
今は僕は婿養子となり、つつがなく死ねば、この家の墓地に混ぜられることになるのでしょう。「それはそれでいいか」と思っています。つまるところ僕は、僕が滅した後も僕のことを憶えていてくれて、墳墓へ参ってくれる人を求めていただけの淋しがりやだっただけなのかもしれません。
僕が死ねば、この雑記やウェブサイトも契約期限が切れて存在をやめるでしょう。いつかは消え去るものに、なぜエネルギーを使っているのでしょうか? 生きる意味の自明さは、飲んでいた頃の僕には感じることができませんでした。意味のない生は、スピリチャル・ペイン(実存の苦しみ)そのものでした。
僕が伝えたいことは今となっては単純です。生きる意味は自明であるということです。
2004年06月24日(木) 氷の解ける音 長女の担任の先生が「うつ」になってしまったという話は以前にも書きました。
原因は、慣れた養護学校から普通の小学校に移り、担任も持ったせいで、環境の変化とプレッシャーに押しつぶれたということらしいです。療養一ヶ月という診断書を提出して休んでいたその先生ですが、一ヶ月過ぎた後も復帰できなかったようです(当たり前なんだけどね)。
3月まで担任だった先生が、教師を辞めて遊び歩いていたのを、校長先生が拝み倒して臨時の教師になってもらっていました。その先生が一学期いっぱい担当してくれて、夏休みの後は他の学校で補助役の教員をやっていた先生が正式に着任してくれることが決まったそうです。
「うつ」の先生にとっては戻る場所がなくなっちゃったので、少しかわいそうではありますが、ここはじっくり病気を治してもらうチャンスだと思います。なんと言っても初期療養が大切な病気です。焦って早く復帰すると、またも長期お休みする羽目になりかねませんから。
この前に修理のために郵送したディジタル腕時計ですが、ムーブメントとケース交換(つまり元のままなのはバンドだけ)で返ってきました。請求書が入っているかと思ったら、保証修理だそうです。ちなみに保証期間が切れた後の料金表が同封されていました。今回の件が有償だったら2万円+消費税だったようです(汗)。
ホームグループのミーティング、テーマはBOX-916から「自分の理解する神」。
ミーティングをしていると、たまに仲間の心の中の氷(スピリチュアル・ペイン)が解ける音を聞いたような気がすることがあります。もちろん何も言いませんが「良かったね」という気持ちになります。きっと僕の心の中の氷も、一緒に解かされているのでしょう。
それは「カタルシス」などという無粋な言葉とはちょっと違うような気がするのですが、専門でない僕にはなんとも分かりません。
2004年06月23日(水) ときに信仰について 「AAメンバーが信用できるか、できないかの判断は、その人がハイヤー・パワーを持っているかどうかでできる。ハイヤー・パワーがある人は信用できるし、そうでない人にはどこかで裏切られる」
そう言ってくれた人がいました。理屈っぽく反論するならば、その人がハイヤー・パワーを持っているかどうかを相手じゃなくて自分が決めている点。それに、ハイヤー・パワーがある人だって時には人を裏切ることもあるわけで、それを許せるかどうかの判断に「持っている・いない」を使っているだけのような気がしなくもありません。
でも、その言葉に僕は共感を覚えなくもありません。AAとは平たく言えば信仰であります。キリスト教的な神に限らず、自分の好きな神を選べばいいし、とりあえずAAそのものを信じるということもできるわけです。信仰と言う言葉が嫌いならば、「信頼」と言う言葉に置き換える手段もあります。「AAに対する信頼」というものを人は持てるでしょう。
「信頼には信頼で応える」というのが社会のありようである以上、AAだからと言って特別なしきたりが生きているわけではありません。
話は変りますが、AAの中にも「信仰」と言う言葉を好かない、どちらかというとその言葉は嫌いであるという人もいます。彼らは「AAは何かを信じることを強要しない」という言葉を自分たちの足場にしています。仲間やその交わりであるグループやAA全体を信じる人たちは、その自由を謳歌しています。
僕はそれは、いたってよい事だと思います。でも一つだけ注文をつけるとするならば、AAには明確な信仰を持った人「も」受け入れるだけの自由さが必要だということです。
「AAの核心はいたって簡単であり、個人を主体としたもの」であります。個人個人によって、プログラムの解釈に違いがあるのは当たり前で、だからこそ私たちは集団でいる意味があるのでしょう。
僕のソブラエティのごく初期の頃に、僕の前にいきなり現れて「神様」について明確に語ってくれた人がいました。僕は「AAは宗教じゃないのに、嫌だな」と思った覚えがあります。でも、もし彼のその話がなかったならば、僕はAAの持っている広がりを感じることはなかったかもしれません。だから彼には感謝しています。
「信仰は常にもっと深められる」とあります。僕のように大きく壊れた人間は、簡単な信じ方では救われないのでしょう。
「霊的な成長や感情面での成長は、楽しいときではなく、苦しいときに成し遂げられる」といいます。AAを純粋に楽しめないときがあったとしても、それは問題ではありません。大切なことは僕が、神とAAと他の人を信じられるかどうかという点にあるのですから。
2004年06月22日(火) 脳疲労 神よ我に与えん
変えられざるものを受容する沈着と
変えるべきものを変える勇気と
その違いを分別する知恵を
とある軍司令部の壁に刻まれた文字を日本語として紹介した文だそうです(記憶あいまい)。
僕は変えられざるものを変えようと、無益な努力を続けていたようです。
もちろん、変えられざるものは変えることなど出来ようもなかったのです。
「そのままを受け入れる」と言いながら、行動では変化させようと力を加えるという自己矛盾。
残ったのは徒労感と無力感と心の傷だけです(なんで日本語には複数形がないんだ)。
うつではないのに、調子が良くありません。脳疲労でググって< みました。
夜遅くまでパソコンに向かう、仕事をする、考え事をする、思い悩む等々、脳を酷使している状態に加え、夢をよく見る、寝つきが悪い、浅い眠りなど眠りの質が悪い場合、脳の疲れがとれず慢性的に疲労状態となり、結果的に自律神経の乱れや鬱的気分、情緒不安、記憶障害などが起きてきます。
夜遅くまでパソコンに向かい、仕事をし、考え事や悩み事にふける自分には耳の痛い話であります。もっとも夜はパソコンもそこそこに布団に横になってしまいましたけど。
距離を置いてみて、初めて気付くこともあります。気付きはいつも深刻になってから与えられるのは、知恵を望んでいないからでしょう。
解決の方法なんてわかりません。ただ時間が押し流していってくれると信じるほかはありません。
「時間」は僕が最初に抱いたハイヤー・パワーの概念です。時間は誰にも抗いがたい強大な力で、何もかもを押し流していってしまいます。そして、世の中には時間が解決してくれる問題もあれば、時間だけしか解決できない問題もあります。焦ってみたところで仕方ないけれど、待つことは僕の苦手です。
ここで中島みゆきの「時代」とかを引いたりするとペシミスティックになるのでやめておきましょう。
「無名の性依存症者の集まり(SA)」 のページを紹介するメールを頂きましたので、リンク集に追加しておきます。
2004年06月21日(月) レ・ミゼラブル・コンテストの誘惑 処世訓というものを持っている人もいれば、いない人もいるでしょう。
僕のは「壊れていないなら修理するな」(If it ain't broke, don't fix it.)。壊れていないものを修理すれば、壊してしまうこともあるのです。なぜこれを処世訓としているかと言えば、僕がしょっちゅう壊れていない何かを直そうとして、壊してしまうからです。それは機械かも知れませんし、人間関係かもしれません。
「ソブラエティ一桁なんて、まだまだひよっこで、狂っていて当たり前だ」と仲間に言われてしまいました。確かにそのとおりなので、笑ってしまいました。
台風のせいか、ミーティングの参加者は少なかったものの、一人一人の時間の長い分かち合いができました。人それぞれ悩みはまったく違うものの、悩みのない人はいないという確認でした。僕は思わず「自分が一番不幸」コンテストを開いてしまうところでしたが、救われました。
2004年06月20日(日) 日曜日 こちら の記事でありますが、実は紙の新聞の上には見つかりませんでした。
僕の住んでいるところでは、地方紙以外は夕刊はありません。前日の夕刊の分と、当日の朝刊をあわせた「総合版」というのになります。当然総ページ数は少なくなるので、削られる記事がでます。この記事もそれだったのでしょう。
父が死んだあと、母は淋しさを埋めるためか様々なことを始めました。海外旅行・日本画・洋画・水泳。定年で仕事を辞め、パートにも出なくなった後は、とりわけ油絵に凝っています。今回、地元の美術展に応募し、展示されることになったというので、母と一緒に見に行きました。もちろん無料券があるからこそ美術館に入ってみようという気になったのです。
最終日でもあり、自分の絵を搬出に来たアマチュア画家の人がたくさんいました。大体は年配の方であり、女性のほうがちょっと多め。若い人はほぼ例外なく女性でした。
4月からパソコンの調子が悪くなっていたものの、我慢してあと2年は使おうと思っていました。けれどこの夕方、ついにまったく起動しなくなってしまいました。土日に作業した仕事のデータが取り出せない状態で途方にくれましたが、パーツ類を買ってきて復旧作業にかかりました。
夜、仲間と電話。終わったあと、自分がなぜAAを続けているのが、しばらく考えてしまいました。結局のところ思いつくのはあのリストです。
1.義務感。
2.楽しみだから。
3.自分にこれを分け与えてくれた人へ借りを返すこと。
4.再飲酒に対する保険が少しずつ増えるから。
一年半のサービス活動で、僕の視野は広がり、いろいろなことを知りました。知らないでいたかったことも知りました。AA外部から見たAAの姿も知りました。人は皆不完全でありますから、この共同体もまた不完全で欠点だらけのものであります。もはや「AAって素晴らしい」と無条件に信じられた頃には戻れません。
けれど僕は、いくら不完全であっても、AAを信じ愛することをやめることはできません。なぜならそれは、僕に「生きる意味」を与えてくれた存在であるからです。
例え苦しみが大きくても、そのぶん得るものも大きいと信じて、神様の照らしてくれる道を、ただ歩いていくのであります。
復旧完了は夜2時半。
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