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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2004年01月08日(木) 夕方、外に出てみると、西の空に金星が輝いています(宵の明星)。
昼間でも肉眼で見えるはずだそうなのですが、周囲に比較物がないと無限遠にピントが合わないので見えないのだとか(雲が近くにあると見える)。
今朝から急に気温が下がりました。
前を行く車が余りにも遅いのでイライラしたのですが、おそらくは凍結路面を恐れているのでしょう。こういう車に限って、いつ洗車したのか分からないぐらい汚れていたりします。まあ洗車は個人の価値観の問題なので、人それぞれなのでしょうが、リアウィンドウもフロントウィンドウも汚れていて、後ろから見ていても前が透けて見えないぐらいだと、「この人、何が危険なのか分かっているのだろうか?」と不安になってしまいます。
車は汚れていてもいいし、遅くてもかまわないけど、ガラスは拭きましょうよ。見えないから。あなたは見えなくて事故にあっても自業自得かもしれないが、後ろから着いていって巻き込まれるほうはたまったものじゃない。ぶつぶつ。
などと心の中でのろいを念じながらミーティング場に到着しました。おくればせながら、このグループの今年初めてのミーティングでありました。
帰り道は満月が雪をかぶった山脈を照らし出して、妙に綺麗でした。山の大きさに比べて、ふもとの明かりの小ささ、人間の営みの心細さを思いました。ふっと湧いて、ふっと消えていく僕の人生。その中の今日一日。分かち合われたぬくもり。
仲間に電話していたら夜半を過ぎてしまいました。
ミーティングがあった日は、帰宅した後にいろいろなことができない。するだけの時間が無いということに、いま一歩納得がいかない自分がいます。
2004年01月07日(水) 魂の労働 車の車検証には「所有者」と「使用者」のふたつが記載されています。
今乗っている車はディーラーでローンを組んで購入したので、ローンの最中は所有者がディーラーに、使用者が僕の名前になっていたわけです。晴れてローンが終わったので、所有者の名義を書き換えてもらうよう、先日ディーラーにお願いに行きました。
ほかのメーカーでの経験からすると数千円の手数料を取られるだろうと予想していたのですが、無料でやってくれるというのはありがたい話です。
委任状に実印を押して、あと市役所で印鑑証明を取ってきてくれと言われたので、今朝市役所に寄りました。市民カードというものを持参すれば、あとは手数料だけで機械が発行してくれるはずなんですが・・・「このカードは受け付けられません」とすげなく断られてしまいました(くそ、機械の分際で)。
そのまま窓口に寄ればよかったらしいのですが、急いでいたのでそのまま会社へ行ってしまいました。
市役所なんてめったに行かないから勝手がわかりません。
昔、東京で飲んでいた頃は、水道料金の振込みを忘れてしょっちゅう水道が止まっていたので、水道課にはしげく通ったものですけど。さすがに電気を止められたことはないけど。あれは水道とかと違って、五角形の専用のボルトを使っているので、素人には手が出せないのだという話です。
魂の労働という本を読み始めました。もっとも、まだ序文を読んでいるところですけどね。
睡眠不足で頭が痛いです。ま、これは寝れば治るので、心配はいらないですが。
2004年01月06日(火) ゼネラルサービスは実験の場所? この2日間というもの、僕はExcelのチャートを眺めておりました。自分で作ったそのチャートとほぼ同じものは昨年の評議会の報告に載っているのですが、僕の作ったものは決算の年次変化ではなく、毎年の予算のほうです。日本AAのゼネラルサービスの財務規模は年々大きくなっているのですが、大きくなっていくのには当然理由があって、それは予算組みの時点で前年より大きな予算を組むからです。その予算が膨らむ理由を探っていたわけです。
予算項目が増える一方というわけではなくて、中には何十万円という予算項目が翌年からすっかり消えてなくなっていることもあります。サービスに携わる人が、新しく何かをやりたいと思えば予算の要求をするわけですし、勝手に何かを始めておいて、後からそれに金銭という裏づけを要求している場合もあります。そして、それを推し進める人が去り、人が変われば、やることも変わってくるということです。
なにも存在しないところにtrustee(理事)という存在が作り出され、彼らが構想するままに「とりあえずやって」みているわけです。今の日本AAのゼネラルサービスというのは、いわば実験の場であって完成したものではありません。そしてその実験の成果(AA全体に恩恵が及んだか、メンバーが恩恵を感じたか)を評価する仕組みが機能していない。いや、悪口を言えば、成果が感じられるほどの実験が行われたことなど無かったと言っても過言ではありません。
だから、新しいことは出来ないよとか、ここ何年か続けてきたことも今年は中止ね、と言い出すの躊躇するべきではないな、という結論にたどり着いたというわけです。
だって、収入が増えないのに支出を増やすわけにはいかないもん。それに家賃とか人件費とかはちょっとづつでも増えつづけているんだから。他を削るしかないよ。
まあゼネラルサービスに対する僕のdutyもあと2ヶ月がヤマです。関心はともかく熱意は薄れつつあります。早くひとりの無名のボランティアに戻りたいという気持ちは強いし、AAそのものの魅力を増すこために試行錯誤する活動に、時間もエネルギーも割いていきたい希望も日々強まっています。
ともかく睡眠不足は今日でおしまいにしたいです。
2004年01月05日(月) 正月ボケ 正月ボケした頭に仕事はとてもきつかったです。
社長も仕事が嫌になったのか、いつもより一時間早く上がろう、なんて言いだしてましたが、夕方になってトラブルが発生し、会社を出たのは夜7時半になってしまいました。
遅れていったAAミーティングで、15分も話してしまいました。ああ、なんだか自分だけ余計に回復してしまいそうです。
ヤフーオークションで、間違えて違うブツを落札してしまいました。落札した時点で商契約は成立しているので、基本的にはキャンセルはできません。しかたないので、5千円近く払って不要な品を買い取りました。もちろんすぐに出品して売り払うつもりです。それにしても、手間ヒマと送料がもったいないです。
最近忙しいせいか、注意力が不足しているのかもしれません。
忙しいのは期限付きなので、その間だけがんばればいいのです。人生、ず〜っとがんばり続ける必要はないのだけれど、がんばる必要があるときに、がんばれない人は不幸であると、何かの本に書いてあった。僕は自らを不幸にしたくはないので、今はがんばってしまうのです。
でも、うつ気質でもあるので、限度というものを知りません。毎度、力尽きるまでやって、やり過ぎたとやっと気づく次第です。「ここまでやれば十分だろう」という自己肯定感がなかなか得られない性格です。家事を毎日完璧にこなそうとして気疲れしてしまう主婦のようなものでしょうか。
テープへのバックアップ作業はまだ終わりません。
2004年01月04日(日) カウンタ ホームページの最下段に設置してあるアクセスカウンター。
これはお手製ではなくて、レンタルです。
たしか昨年末には23,000ぐらいだったはずですが、15,000ぐらいに戻ってしまいました。
どうやらサーバーのハードディスクが飛んだらしく、おまけにバックアップのHDDまで壊れてしまい、古い古いデータしか残っていなかったというのだから、お粗末な限りです。しかし、無料で借りているのだから文句を言えたものではありません。
僕は仕事でパソコンの高信頼化に取り組んだことがありますが、部品点数が増えるぶんだけ故障もふえて、結果的に信頼性が上がったのか、下がったのか判断しかねる場合もしばしばです。
市販のパソコンの値段はひところに比べれば半額ぐらいに下がったけど、信頼性のほうも下がっちゃったのではないかと思われます。メーカーのほうも他社より高ければ売れないわけで、安かろう悪かろうの部品を使うのも背に腹は変えられないといったところでしょう。
他山の石として、自分のところもバックアップを取ることにしました。半年振りにテープドライブを持ち出しましたが、テープ1本に6時間ぐらいかかります。その間PCを使わないのはもったいないので・・・と操作していると、途中でハングアップさせること数回。現在4回目のバックアップやり直し中です。
明日から労働だ。何が嫌だといって、朝のミーティングで「一年の目標」を言わなければならないのが嫌です。工場勤めしていたときにも感じたんだけど、僕は「強いられた自発性」というものが一番に嫌いです。あーやだやだ。
AAの献金だって「自発的な献金」であるはずのなのに、予算とか決まってるとなんだかなぁ、と思ってみたり、唸ってみたり。
2004年01月03日(土) 自らが無力であるからこそ 昨日の電話の番号へかけ直してみました。亡くなっていたのは、妻の手話サークルの友人だと判明しました。自殺であったそうです。
交通事故死の3倍以上の人口が、毎年自殺で失われていく。なのにそれに対する対策が十分に行われているとは思えません。昔の研究ではアルコール依存症者の死因のトップが自殺で、次が事故、内臓疾患はその後で、一番多かったのは「不明」でした。最近では依存症は研究対象として人気がないというお話なので、こうした研究が今も続けられているかは知りません。
1998年から自殺が急増したことは新聞などでも報じられています。増えたのは男性で、50〜64才の年齢層だとか。やっぱり背景に長引く不景気の影響があるのでしょうか。大都市では実数は多いのですが、人口比で見ると実は田舎のほうが多いのです。都市部のほうが、なんだかんだ言っても仕事があるからなのかもしれません。
犯罪も増えています。先日も妻が車を文化センターの駐車場に止めている間に、車内を物色されました(ロックはしてあったそうですが)。もっとも窓ガラスを割られなかったぶんだけ幸運であったのかもしれません。
新聞はそんなことは書かないだろうけど、今後は経済的中流層が崩れて、貧富の差が広がっていくでしょう。僕は真ん中の線より上には行けないでしょう。年収も百万円以上減りました。変わらず暮らしていけるのは車のローンが終わったからに過ぎません。数年後に今の会社が存続しているかわかりません。
まあ、経済的不安の無い人なんてこの世の中に一握りしかいないでしょう。安定を得ようとシャカリキに働いてみたって、一度転んだランナーは先頭には立てないものです。名を成さず、財も成さず、たいして人の役にも立たず、世の中にうずもれて生きていきたいものです。
ただ、挫折に対して強くありたいです。自らが無力であるからこそ、なおさらに。
正月早々、暗い話ばかりですまんす。
2004年01月02日(金) 謎の年賀非礼 二日目の夕食まで実家で頂いて、帰ってくると留守電が一件残っていました。
年老いたしわがれた男の声で「年賀状ありがとうございました。が、○○は昨年3月に死にました。亡くなりましたんでよろしくおねがいします」という内容でした。
内容からして、妻はすっかり僕の範疇だと決め付けています。僕もたぶんAAの誰かだろうと察しました。誰がいつ死んでもまったく不思議じゃないギョーカイ?に生きているのですから。(誰か飲んで死んだかな。でも○○なんて名前に覚えがないなぁ)・・・。
番号通知された電話番号は市内の番号です。亡くなった方の名前は言っているものの、苗字は名乗っていません。こちらからかけ直すには遅すぎる時間であります。住所録をあたってみても、それらしい番号は見当たりません。
こちらが出した年賀状は宛名書きは全部プリンターでやったので、○○という名前を探してみましたが見当たりません。考えてみると、電話があったのは一般用の電話番号です。僕はAA用に別の番号を用意していて、AA仲間に教える番号も、年賀状に載せた番号もAA用番号のはずです。
ところがかかってきた電話は一般用の回線へです。僕は今年は市内へはAA以外で年賀状を出してはいません。妻にも心当たりが無いというし、念のため義父母に聞いてみても知らないと言われました。なにかの間違いなのでしょうか・・・。
僕は数年前から電話帳への掲載は止めています(おかげで電話セールスがすっかり減りました)。わざわざ古い電話帳を引いたのならいざ知らず、僕の名前と電話番号を、相手はどうやって知ったのでしょう?
謎は解けないままなのですが、どうやらどこかのアル中が酒を飲んで死んだと決まったわけでもなさそうです。そういえば、以前より「飲んで死んだ」という話を聞かなくなりました。それは以前はよほど末期でないと医療や自助グループにつながらなかったのが、最近では早期介入・早期治療が当たり前になってきたからでしょう。酒を止めるのはそれだけ難しくなくなったはずです。退院後2年の断酒率の統計を取ったら、きっと1980年台よりずっと向上しているでしょう。
だが、何年酒を止めていようと、一杯飲んだらぶり返してしまうのがこの病気です。何年も、十何年も人生を謳歌した後に、再び酒につかまって自助グループに戻ってくるという話が、日本のAAには相対的に数が少ないだけです。あと10年、20年後には、もっと幅広い経験談が語られることになるでしょう。
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