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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年04月24日(木) にゅー・ほらいずん 新しいホームグループで2回目のミーティングをしました(月2回だからねぇ)。地図も新しくしないといけませんね。
会場付近から南を望むと・・・方角としては松本の街の明かりが見えるはずですが、見えません。なぜかというと「地平線があるから」です。360°どちらを向いても山が見える長野県におきまして、地平線が見えるのも不思議な話ですが、地平線の向こうに山が見えているわけですね。もちろん、盆地の中ほどは集水点ですので、凹んでおります。そこから南にゆっくりと上り傾斜になっているのですが、地球の湾曲はそれに打ち勝って地平線を作るのですね。でも、しょぼい山でも湾曲に打ち勝つのは簡単というわけです。
え? 全然珍しくない? そうでしょうね。全国にいくらでも「地平線の上に山が見える」場所はあるでしょうからね。でも、長野県には地平線がないと思ったら、間違いだよん、というお話。
地平線まではふつう20Km。その向こうはどうなっているか、行ってみないとわからない。距離を移動することを必要とする役目を与えてもらっていることは、大変な幸運です。なにせ、AAだって、ちょっと距離を移動しただけで、驚くほど違っていたりするのですから。
「どこへ行っても、アル中はアル中、神は神」という言葉を以前にもらいました。
自分の知っていることはごくわずかで、視野が狭いんだということを忘れずにいないと、「われこそ正義」にすぐなっちゃうから難しいです。
2003年04月23日(水) 中年になるということ 認めたくは無いけれど、「忘れっぽく」なりました。
風呂に入りながら、「ああ、あの人に電話しておかなくちゃ」と用件を思い出しても、ふと気が付くともう深夜だったりします。さすがにそんな時間に電話はできません。若い人を見ていると「スポンジが水を吸うような記憶力」を感じるのですが、もはや、僕にはそれは失われてしまったようです。
6才の子供の1年は1/6だけど、40才の1年は1/40に過ぎないと言う言葉もありました。一日はさらにその365分の1なのですね。でも、大切な一日には違いないのに、なぜか軽い僕の日常(本当に軽いのか?)。
憶えられないのは「生存に重要でないから」だそうです。「生きていくのに忘れてはならない情報」であれば、忘れないそうなのです。その意味では、確かに今回の電話の件など、たいして急ぐことでもありません。
そうやって、忘れっぽくなることで、心の負担を減らす仕組みが出来上がってきてしまったのでしょうか。忘れたふりをしていても、心のどこかに残っていて、くよくよ悩んでいることは多いのにね。でも、忘れていかないと、人生は苦しいことが多すぎます。
それでも、生きていくだけの価値はあるんでしょうけどね。
ともかく、30才を過ぎてから、あの吸収力はしだいに薄れてきてしまいました。忘れっぽくなるのが恵みなのか、苦しみなのか、まだ僕にはわかりません。
2003年04月22日(火) たったひとつの冴えないやり方 結局書類は夜に1/3しか仕上がらず、出社して続きをやりました。
電話が鳴るたびに「びぐびくぅ」としながら、それでもお昼前で2/3ぐらいでした。しかたないので、そのままいったん送信。図を描くのは面倒くさかったので、最後は手書きで3頁描いて送りました。やれやれ。
昨日増えた薬がいきなり効くわけはないので、前回増やされた薬が効いてきたということでしょうか。プラスαの要因として、締め切り前の馬鹿力とか、いい加減なものに仕上がっても「しょうがないじゃん」という開き直りでしょうか。いや単なる「良心の胼胝」なのかも。
ひとつの言葉が人を不安にさせ、ひとつの言葉が人を救うこともあるのさ。
たまには日付が変わる前に寝てみようかな(かえって調子が悪くなったりするんだけど)。
2003年04月21日(月) 私が奇跡 また子供達はジジババ預かりという状態になってしまいました。
今日は定例の打ち合わせがあって、休みたくても休めない状態で、霧のように霞んだ頭で出社していきました。以前はうつの状態のときは、人と話すのが一番苦痛で、嫌でイヤでしかたなかったのですが、うつ状態でも無理やりミーティングに出続けたせいでしょうか、人と話をするのは苦痛には感じなくなってきました。ただ、多少なりとも創造性が必要な作業はまるで進みません。明日の午前中までに、書類を一部作らなくちゃいけないのですが、職場で作業するのは諦めて、医者が午後始まる時間で早退してしまいました。
食事がきちんと摂れていないという理由でミラドールを処方されました。
ああ、また薬が増えてしまった。十何ヶ月もかけて減らしてきたのに、増えるときはあっというまなのね。
先生は学会の人でもあるので、「新しいBigBookが出たので、書評をどこかに書いてもらえませんか?」と頼んでみたら、OKをいただきました。
帰ってから、新グループの登録をふたつのオフィスにFAXしました。夕方は気持ちの落ち込みが激しかったけれど、お風呂に入って、軽く食事したら持ち上がって来ました。それでも知的作業ができる状態でもないので、いったん寝て夜半に起きたところです。
「二流のAAメンバーなどいない」というビルの言葉が大好きです。AAの中は回復を争う場でもなければ、過去の酷さを競う場所でもない。「私が奇跡」の言葉どおり、ひとりひとりの一日が奇跡なのです。僕自身のこんな一日ですら、やはり奇跡なのでしょう。
とは言っても、何時になったら書類ができるやら。
2003年04月20日(日) 寝てました 妻が布団から出てきてくれません。またうつになったようです。
昨日、上の子が保育園で一緒だったお母さん達(なぜか保育園と小学校の通学区が違っていたり、入学を境に移動になった人も多い)とお花見に行って、だいぶ疲れたのでしょう。4月から始まった新生活に家族全員ストレスを感じているのは間違いありません。
しかたないので、子供たちにご飯を食べさせ、洗濯物を干して・・・ここまでで限界だったのでババに頼んで子供たちを預かってもらいました。家事は忘れた頃にやってくる災難。
あとはひたすら寝るだけ。よく眠ってしまったようで、仲間から携帯へ届いたメールで起きたら夜10時でした。
最近AA用のメールボックスが溢れていることが多いので、RAGI@を2MBから4MBに増やしました。
2003年04月19日(土) ようやく春が来ました 起きると10時半。次に起きると1時でした。
急に暖かくなって、花がいっせいに咲き始めました。桜は平野部では五分咲きぐらい。山の中は27日でも花見ができそうかな。花の区別がつくわけじゃありません。あれはこぶしかな、こっちは木蓮かな・・。
夜の町を歩いていても、どこからか漂ってくる匂いがあるんですが、匂いはますます判りません。
レーザープリンター君もそろそろ寿命のようです。今のトナーが終わったら、お役ごめんにしてあげましょう(年末ぐらいかな)。高い買い物と思われるかもしれませんが、コンビニで1枚10円でコピーを取るのを考えると、実のところどっちが安いのか判りません。最近の機種はちょっと高いのだと、両面印刷の機能があってなかなか素敵であります。なんてったって一番苦労するのが、調子の悪いプリンターで両面印刷することですから。それと、カートリッジ給紙方式以外のものは、トラブルが多いので買わないと決めました。
キャノン製が7万弱。でもブラザー製だと5万弱です。
ちなみに7万円なら、ブラザー製の複合機が買えます。プリンターのほかに、スキャナ・ファックス・コピーの機能も果たしてくれるんですが、残念ながら両面印刷はできません。カートリッジ給紙なら、両面印刷機能がなくても、再給紙でなんとかなるかなぁ。
でも、実際に一番手間がかかるのは、仕分けして書類束なり冊子に仕上げる工程なんですよ。業務用機にはもちろん、ソート&ステップラ機能があったりするんですが、何十万円とします。それだけその工程が大変だってことですね。でも、値段の差ほど機構が複雑化しているとも思えません。結局、モノの価格とは「どれだけ時間(手間)と金を節約してくれるか」という基準で決まるのかなぁ。
2003年04月18日(金) 地震・雷・火事・親父 昨日の晩のうちから「休む」と宣言して、確信犯的に休んでしまいました。
たぶん過労熱なんでしょうが、37度台の熱が出てくれたのも、好都合でした。
なるべく案件の無いときを選んで休んでいるのですが、結果として「あいつはヒマな時を選んで休んでいる」「無理すれば出て来られるはず」と話も出ているのかもしれませんが、自分の体が第一であります。
週末に東京に行く予定だったのですが、バスの予約もキャンセルしました。
休んだおかげで、被雷で故障した通信機器の入れ替えをすることができました。ただ設定に戸惑って3時間ほどかかってしまったのは恥ずかしい話ですけど。それだけやって、あとは寝ていただけです。
電話線をアパートの外壁に沿って10m近く配線しているものですから、被雷を受けやすいのです。壊れたのが電話機だと思って、3万円も出して買い換えてしまったのですが・・・まあ忘れることにしましょう。
雷サージ保護器をつけたほうが良さそうですが、滅多に来ない雷のために数千円出費するのが、なんだか悔しいです。
地震・雷・家事・親父、忘れた頃に降ってくる災難ですね。
もう親父の怒鳴り声も忘れてしまいました。まだ乗り越えられないあの背中。
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