心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」

たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ過去へ未来へ


2002年12月29日(日) スタイルシート化

とりあえず、ホームページと一部のページだけスタイルシートによる装飾に変えてみました。
といってもホームページは2段組になっている部分があり、スタイルシートに段組の機能が見当たらなかったので、しかたなくテーブルのままになっています。Netscape 4.7xでも「読めないことはない」状態だと思いますが、あまりに酷いようならメールしてください。 IE6の機能を使いたかったのですが、いまでも「家路」を見に来る方の3分の一は Internet Exproler 5.x を使っているようですので、あきらめました。IEの1.x/2.xではマトモに表示されないことは確認しているのですが、3.x/4.xだとどうなのか、Netscapeでも5.xとか6.xだとどうなのか、とか「凝った装飾」をしようとすればするほど、ブラウザーごとの違いに悩まされることになります。 プロの人は大変でしょうね。

百姓であり、園芸家でもあった父が良く使っていた「種屋」に、年末の買い物のついでに行きました。よく通勤の途中で前を通るのですが、店に入ったのは初めてです。お目当ては、3株のイチゴが植えられたプランターです。 もうすでに肥料がはいっているそうで、雨のあたるところに置けば、特に世話をする必要も無く、ゴールデンウィーク明けにはイチゴが楽しめそうです。 その後は、地面上に置けば、ランナーが伸びて子株が広がり、いずれはイチゴ畑が我が家の庭に出現するという計画です(何年かかるやら)。
とりあえず、1300円で買ってきたプランターはベランダに設置されました。

あと、さくらんぼの木を二本買ってきて(雄株と雌株)、庭でさくらんぼ計画というのもあります。(こっちは消毒とか大変そうですが)。


2002年12月28日(土) 始まった理由

3回目の入院のときに、初めて「自分はアル中だ」と名乗る患者さんと一緒になりました。
まわりは他の病気の人ばかりですから、ふたりでよく話したものです。年齢の差を越えて、「よくもこれだけ、自分に似た人がいたものだ」と思ったものです。精神病院への入院が20回を越えると言うその人の姿は、自分の将来を暗示させるに十分でした。あるとき、彼がポツリと言いました。

「俺も、30代の頃に2年ほど酒を止めたことがあるんだ」

どうやって? と僕は、ききました。 彼は、別に何もしなかったと答えました。医者は役に立たないし、当時はAAなんてなかったし、断酒会にも通わなかった。ただ、止めようと思って、何の苦もなく2年間飲まなかったのだと。そして、その後「何の気なしに」また飲み始めたところ、今度は「どうやっても止めることができなかった」というのです。

その後、数年して僕のソブラエティが始まったのですが、時々不安に思うことがありました。「僕のソブラエティは、AAに通う自分の努力によって得られたものではなく、単なる偶然によって与えられたものに過ぎないのではないか。 あの彼の2年間の断酒のように、僕のこれも気まぐれに過ぎ去ってしまうものではないか」と。
飲まないで生きていく時間が延びるにつれ、社会的な責任がいろいろと増えてきます。それらとのバランスを考えながら、はたして今自分がAAに注ぎ込んでいるエネルギーは、本当の意味でソブラエティを支えるに十分であるのかどうか・・・。今手にしているソブラエティを、もっと大事にしないと、それは指の間からこぼれ落ちていってしまい、僕はまた下り坂を転がり落ちていく羽目になるのではないかと。

今の自分なら、当時の自分にこう言ってあげられるでしょう。
「ソブラエティが始まった理由なんてどうでもいいじゃないか。 大事なことは今日一日飲まないことだよ。 そして今日一日の生き方を忘れれば、始まった理由にかわりなく、ソブラエティの終わる理由はひとつなんだから、心配するな」と。


2002年12月27日(金) 報告書

昨年の秋に韓国のソウルで行われた、アジア・オセアニア・サービス・ミーティング(AOSM)の報告書が2部届きました。 今回の報告書は4名のボランティのかたが翻訳に携わられました。たまたま僕の妻がワープロの練習をしていて、「何かタイプする文章は無いか」と言ってきたので、そういうボランティアならJSOにいっぱいやることがあるぞ! と言ってあげたら、とりあえずやってみよう、という話になり、7月に原稿用紙で30枚ほどの量をタイプすることになりました。 正しくタイプされているかチェックするのは僕の役割でしたが、下訳の誤りが明らかなところだけ、ちょびっと訂正させてもらいました。
もともとAAに興味なんか持っていない妻のことですから、それだけやっただけで「もう勘弁して」ということになってしまったのですが、ご丁寧にも感謝の手紙とともに2冊を無料でいただいたというわけです。

この報告書ですが、各グループにも一冊ずつ配られることになります。本来であれば無料で配られてしかるべきですが、その原資となる献金が不足しているので、実費負担の振込用紙がもれなくついてくることになります。
実際AOSMやワールド・サービス・ミーティングの報告書を読んでいる人は珍しいでしょう。でも、読んで見ればわかりますが、この報告書に書かれていることは、各国のAAが抱えたトラブルの報告です。 他の失敗から学ぶという原則は、個人の回復であれ、サービスの分野であれ変わりはないということなのでしょう。
個人の回復のための12のステップも、グループのための12の伝統も、サービスのための12の概念も、根っこはすべて同じものから生えているのだなぁ、と感じます。

JSOはいつも沢山の仕事をかかえていて大変です。 ワープロ打ちでもボランティアでやってもいいよという方は、連絡をとってみてください。 これもまた「メッセージを運ぶ」作業には違いないのですから。



2002年12月26日(木) 年末

幸いなことに、木曜日で帰ってくることができました。 新年はおそらく6日の月曜からまた「いばらき」へ行くことになると思います。 そして、お仕事の年末年始の自宅へのお持ち帰りも決まってしまいました。 それでも重大な懸案材料を解決しての年越しはだいぶ気が楽です。 明日は、会社の大掃除をして、今年の勤務はおしまいです。
風邪が悪かったので、居酒屋は勘弁してもらって、あまりおいしくない食堂で我慢して夕食を済ませ、ホテルの暖かい部屋でノートパソコン相手にすごしました。

それにしても、ADSL接続の速度に慣れてしまうと、ダイアルアップ接続は遅く感じます。
www.ieji.org はとりわけ遅く感じます。その理由を考えてみました。 ひとつには、サーバーの設定が悪い、という点が挙げられます。しかし、これを勉強するには時間が必要なので、これはしばらくこのままで我慢いただくしかありません。次に、HTMLの書き方が悪い、という可能性があります。 www.ieji.org はやたらとTABLEタグを使っているんです。 これは自分で思ったようにレイアウトして表示したいという願望があって、それを叶える手段が(HTML3.2だと)TABLEタグしかないというわけです。www.ieji.org は基本的には3.2ベースで書いてあり、4.0やスタイルシート機能の利用は限定的です。
しかし現在、ほとんどの人はIE5.xか6.x(か互換ブラウザ)を使っていることは、確かです。TABLEタグがページ全体を覆っていると、それが全部ロードされるまで、何も表示されないので、体感的に遅く感じてしまいます。 ならば、そろそろ4.0とCSS機能の勉強をして・・・、というわけで、帰りの列車の中で、いろいろな装飾に取り組んでみました。 IE6やNetscape7やOperaでは、美しく見えるページが出来上がりました。 でも、Netscape 4.x で見ると「ぐしゃぐしゃ」でした。
どうやらCSS機能の実装にはブラウザごとに差があり、そのへんを吸収するコツがあるようです。
というわけで、しばらく見栄えのための試行錯誤が続きそうですので、内容面での更新は先延ばしになります。
いや、年賀状とか翻訳チェックとか・・・。



2002年12月24日(火) イブだというのに・・・

午前中はデスクワークを片付け、午後は特急列車を乗り継いで、今週も茨城へやってきました。 いばらぎではなくて、いばら「き」なんですね、すんませんいままでずっと間違えていました。
「あずさ」のなかで喉と鼻がいたくなったので、喫煙車に乗っていたせいかなと思ったのですが、夕食を取り風呂に入っても消えないところを見ると、風邪をひいたようです。 上の娘は週末に入る前から風邪をひいていましたし、下の娘も月曜のおでかけで人ごみから風邪を拾ってきたようです。 それとも、列車の中でひろったのかもしれません。 体温計がないから熱は測れないけど、たぶんあるでしょう。
みんなに広めなくちゃ。

列車の中で読んだ週刊誌に「出会い系サイト」の連載記事が載っていました。
生きづらさの癒しを求めて、という言葉を読みながら、「しらふで生きている人たちも大変なんだなぁ」と思いました。 「アル中にさえならなければ、こんな苦労はしなかったのに」と何かを恨んでいたあの頃。 でも根本は自ら抱え込んだ生き方の中に「つらさ」があったのが原因だったのでした。 安易な癒しは解決にはならないよ、と彼らに声をかける資格が、僕にあるのかないのか、それはわかりません。
AAにつながっている僕も「寂しさ」の癒しを求めている側面は否定できません。でも、すくなくとも自助グループは「安易な」癒しではないぞと。



2002年12月23日(月)

どうして鉄板のような肩こりになってしまうのか? というテレビ番組をやっていました。
結論から言っちゃうと、一部分だけ集中して揉むことを繰り返していると、そうなっちゃう。そこだけ血流が良くなって、乳酸が取り除かれても、その先の血流が悪くなっていると、またすぐ血流が悪くなって揉んだ効果が薄れてしまいます。 また、揉むことによるマイナスの効果が蓄積してこれほど硬くなるわけです。
たしかにプロに揉んでもらうと、痛みを感じる部分ではなく、その他の部分もまんべんなく揉んでくれます。その上で、伝播する痛みの元の部分をほぐすことで、根本的な治療をほどこしてくれます。彼らはそれを称して「気」と言っているわけですが、西洋医学からみると「血流」なんでしょうね。もっとも中国に元を発する医学は、すべからく「気」という概念を使うのかもしれません・・・。

時に「気」はバランスであったり、リズムであったり、スムーズさであったりするのでしょう。うつ病も「気」の病気かな。 脳内物質であるセロトニンやドーパミン、ノルアドレナリンのバランスの問題。 そして、生活のリズムの問題。 決して「気分」とか「気持ち」の問題じゃないぞと。ストレスが多い現代では、うつ病になれることは、生存に有利なのだと言う説もあります。
たしかに僕もうつ病になる前の生活を続けていたら、今ごろ死んでいただろうなと思います。神様から与えられた「うつになる能力」。
「うつになるときは、神様があなたにブレーキをかけているときですよ」という医者の言葉もあながち慰めばかりの意味ではないのかもしれません。


2002年12月22日(日) 携帯電話

携帯電話を落としてしまいました。
普段だったら、鳴らしてみればたいてい車の運転席の上に(ポケットから転がり落ちたまま)発見されるのですが、今回はそれもありません。 電池切れ寸前だったので、かけてみても留守番電話センターに飛ばされるだけです。
電池がヘタってきていますので、3日に一度は充電しないといけないという事態にもかかわらず機種変更をしなかったのは、いろんなひとから不要になった充電器をもらった結果、自宅・会社・かばんの中と、3ヶ所に充電器を常備しておき、いつでも充電できる体制だったからです。
しかしどうやらそれともお別れしないといけないようです。

ともかく拾った誰かに不正利用されないように、すぐに回線を止め、翌日機種変更にでかけました。本当は、解約→新規契約のほうが安いのですが、そうなるとまた新しい電話番号を皆に知らせねばならず、「なんだよ柊、また電話変えたのかよ。 面倒じゃねえか。 理由はなんだ、ええ? 女か?」などとからかわれるのもいやなので、しかたなく余計な数千円を支払うことにしました。
買ったのはGPSつき、CCDカメラつきというヤツです。GPS機能は魅力的ですが、使ってみたら「月額210円」という表示が出ました(そんなこと事前には知らされてないよ)。 毎月1200円でパケット代が大割引、という話も「これを契約すると、パケット代金は月々の無料通話に含まれなくなります」という小さな文字を見落とすところでした。だいたい「無料通話ぶん」なんていう用語自体が、不当表示じゃないですか。
こんな楽しいオモチャを手にしながら、十分遊んでいるヒマがないなんて・・・。


もくじ過去へ未来へ

by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


My追加