心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2002年02月15日(金)

一月の下旬あたりから、だいぶ鬱が悪化していました。もっとも、毎日ちゃんと通勤して、ミーティングやらを、こなしていたのですから、それほど深刻な状態だったわけではありません。医者にも何も言いませんでした。通常の変動の範囲内だと、自分で勝手に思ったからです。
ただ、はたから見れば、かなり疲れた様子で、無表情に疲れた顔をしていたことでしょう。3連休をのんびり過ごして、やっと浮上のきっかけをつかんだかな、という感じです。それでも平凡な日々だったことは確かです。変成流転、人生には変化がつきもの。今現在、その変化の只中にいる仲間が、いったいどんな気持ちで過ごしているのか、僕の疲弊した脳みそでは、推し量ることがまったくできません。
ただ、5年前、若い仲間の突然の死を告げてくれたスポンサーの電話を受けながら、とくに何の感慨も持たずに「この電話早く終わらないかな」と考えていた僕が、今回は自らの心のなかに動揺が広がるのを抑えることができません。


2002年02月07日(木) ミーティングお休み

今日は第一木曜日なので、病院でのミーティングはお休みです。といっても、ミーティングそのものはちゃんと開かれているはずです。第一木曜を担当しているグループから、そこの病院までの道のりは、雪道や凍結路になる可能性が高いので、冬場の3ヶ月だけ、僕が引き受けていたのです。
しかし、地元の仲間が月に一回引き受けてくれるようになりました。おかげで、自宅でゆっくり過ごしました。小田和正がテーマ曲を歌うドラマ見たりして。こうしてみると、意外と体が(たぶん心も)疲れているのに気づきます。
ちょっと「鬱」っぽいのも気になるところ。3連休は寝て過ごす予定だったのですが、なんだか雲行きが怪しくなってきましたし。
ゆっくり布団で寝たいなぁ。



2002年02月05日(火) バースディ・ミーティング

月曜日は、仲間の1年のバースディミーティングでした。
僕らのグループで1年のバースディをやるのは、久しぶりです。1年半、いや2年半ぶりぐらいかな。今回の仲間は、病院入院中から外泊のたびにミーティングに顔を出していってくれました。2月に退院してきたときに、ワンディのグリーンのメダルを渡しました。よく「入院中も含めると○ヶ月飲んでいない」と言う人もいますが、AAでは入院中はノーカウントが普通です。退院した日か、退院後初めてミーティングに出た日をバースディと呼んで、1年たつごとにお祝いのミーティングをします。もちろん、飲んじゃったらソブラエティもリセットされて、グリーンのメダルからやりなおしです。
僕らのグループでは、1年目のバースディはグループの献金の中からケーキ代を出しています。これは「おめでとう」というお祝いの気持ちからです。2年目からは「自分で買ってきてね」と言われます。ソブラエティは仲間から力をもらって継続できるものですから、バースディは仲間に感謝する機会なんだよ、というふうに決めています。他のグループでは、1年目から自分で買うところもあり、何年でもグループで買うところもあっていろいろです。
ケーキに1本だけロウソクを灯し、部屋を暗くして「ハッピバースディ・ツー・ユー」を皆で歌いました。あとは、ケーキを切り分けて食べながら、普通にミーティングです。今回は、いつも来る仲間が休んでしまい、ケーキの切り分け役がいなかったので、たまたまオープンミーティングに来ていた、女性の心理士の人にお願いしてしまいました。お客様に仕事を押し付けた上、足りなくなったケーキを僕に分けていただきまして、申し訳ない気持ちです。ごめんなさい。ありがとう。
病院からの外泊の人も、奥さんと一緒に来てくれました。ほかの仲間もいつもどおり。月曜日は決してよい一日ではなかったけれど、一日の終わりに和やかなお祝いの雰囲気につつまれて、ほっと癒された日でもありました。



2002年02月03日(日) Big Book 4th Edition

Big Book は前後半に分かれています。前半はビルの書いた「回復のプログラム」で、この部分は60年前に書かれて以来、改版があってもまったく変更なしに受け継がれてきました。後半は「個人の物語」で、ドクターボブや様々な人の回復の軌跡を描いています。英語版では、改版されるたびに(前半はそのままで)、後半の個人の物語を取捨選択し、時代に即した新しい話が挿入されてきました。
ニューヨークのGSOからは、各国版に翻訳する際に、前半は極力英語版に忠実に訳し、後半はその国の人の話を入れるのがふさわしいという提案がなされています。実際に、日本のビッグブックの後半は、(ドクターボブ以外は)すべて日本人の話です。今回の新訳では、前半とドクターボブの話だけが訳出され、それが第3版として出回っているわけです。
しかし、Big Bookは全体が回復のためのプログラムであって、英語版後半の個人の話も読んでみたいという話は昔からありました。今回、英語版が第4版になったのを受けて、約40篇の個人の話を、ボランティアが分担して翻訳するという話がでました。自分にどれだけ出来るかは不明ですが、ともかく何か役に立てればと、ボランティアに応募しました。
第4版のビッグブックは(船便なので)まだ太平洋の上だそうです。それを待つ間「前半の原文と、日本語第3版の前半を良く読み比べておいて欲しい」というリクエストを受けました。しばらくは、苦手な英語と格闘する日々が続きそうです。


2002年01月31日(木) そうか!(オフィス移転の影響)

本サイトのほうに、セントラルオフィス移転のニュースを載せておいて、まったくその影響について考えていませんでした。ミーティング会場の地図や、ポスターにもセントラルオフィスの電話とFAXの番号が載っています。それが変わってしまうのですから・・・・年始に各病院に持っていったポスターも、新しく直さないといけないですし、年始めに増刷したミーティング会場地図も、また新しく刷らないといけません。まあ、新グループも誕生するみたいなので、ちょうど良いタイミングではあります。
それにしても、広報関係の資料にしても、各種案内の連絡先も、ハンドブックの表紙につかれたハンコも、みんなセントラルオフィスの住所と電話番号ですから、移転の影響はかなり甚大です。
僕らがいかにセントラルオフィスの存在に頼っていたのか、思い知らされた事態でした。



2002年01月29日(火) はっぴ〜ば〜すでぃ

8時前に仕事から上がり、ひさしぶりに車の暖機を駐車場で十分やってから、雪道をパワースライドで遊びながら帰りました。妻がケーキを一切れ持ってきてくれました。ああ、すっかり忘れていた。今日は下の娘の誕生日だっけ。
妻の病気のことも合って、年明けから一人暮らし(+モルモット)が続いていたので、家族のイベントまで忘れていました。寝る前のおやつに、そのケーキを食べました。ちょっと躊躇したのですが、やっぱり「はっぴばぁ〜すでぃ とぅ〜ゆ〜」を歌ってしまいました。大の男が深夜に一人で歌う歌じゃありませんが。
来週は、仲間の1年のバースディ。およそ2年ぶりでしょうか。



2002年01月27日(日) アルジャーノン

土曜日の晩に、4月に行う「オープンスピーカーズミーティング」の打ち合わせのために土曜のミーティング会場に1時間半前に集合しました(僕は例によって遅刻しましたが)。打ち合わせ(実行委員会)が終わって、レギュラーミーティングに移るときに、遠くから来た仲間二人は「明日の午前中に病院メッセージがあるから」と帰っていきました。
僕は思わず、「起きられたら、僕も行くよ」と言ってしまいました。なぜだか判りません。二人も「柊が?」とおどけた様子でした。そう、僕は大変朝に弱く、午前中はとても苦手なのです。たぶん彼らも僕の空手形を額面どおりに受け取ったりはしなかったでしょう。「Yes/Noをはっきりしろ。できない約束はするな」。昔、スポンサーにそんな提案を受けたことを思い出しました。
はたして深夜から大雪になり、雪かきをしながら「これは彼らが病院に10時までにたどりつくのは無理だ」と思って、「だめだったら、朝電話でたたき起こしてください」とメールを送っておきました。
朝、彼らから電話はきませんでした。でも、別の仲間から(もうひとつ同じ時間にやっている別の病院に)仲間が来れるか心配なので、念のため病院に行ってみる、という電話がありました。僕も飛び起きて、出かけることにしました。積雪は40cmを超え、渋滞が続いています。10時に病院にたどり着いて見ると、きのうの二人はちゃんと病院に到着していました。朝の6時に出発したそうです。
僕の大好きな小説に『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キース)というのがあり、その中に、うろ覚えですが「お金を分かち与える人間は世の中に沢山いるが、時間と愛情を分かち与える人はほとんどいない」という言葉があります。
それを改めて思い出しました。



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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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