心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」

たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ過去へ未来へ


2009年12月15日(火) 韓国行きは・・・

韓国へ行く必要があるのかどうか、まだ確定しません。
「旧姓のパスポートの有効性を確認しておけ」と本部長に言われたので、県の地方事務所に電話してみました。
残り期限が2年なら、新規申請でICパスポートに切り替えるのが望ましいのだが、それには8日必要。名字の変更だけなら6日間、ただし料金は新規と一緒。
「書き換えなしで、このパスポートのまま使えますか?」と聞いてみたら、渡航書類と航空券を旧姓で予約すれば渡航はできる。でも、現地で起こるトラブルは自己責任で解決してくれ、だそうです。
「例えばどんなトラブルですか?」と聞いてみると、一番多いのはクレジットカードとパスポートの名字が違っていると使えないのだとか。そういえば海外でカードを使うときはパスポートを見せろと言われたような気がします。となると、ホテルの支払いなど現金をたくさん持って行かないとまずいな。
他には現地で病気や怪我をしたときに病院などで本人確認でトラブルとか。いずれにせよ、そういうトラブルを現地語か英語で切り抜けられるのだったら、自己責任でどうぞ、という話でした。
韓国語はまるでわかりません。英語も自信がまるでないな。「あい・はぶ・ちぇんじど・まい・ふぁみりー・ねーむ・びこーず・あい・・・」とか言っている自分が目に浮かぶようです。
以前仕事で台北に行ったついでに病院の一室でやっているAAに言ってみようと思ったものの、病院の救急入り口で僕の英語がまるで通じてくれず、ほとんど涙目でした。ふと思いついて、漢字で筆談を試み「禁酒会」と書いたら、親切な看護婦さんが部屋まで連れて行ってくれました(正式には戒酒無名会)。ビバ・漢字文化!(どうりでエーエーじゃ通じねえわけだよ)

などと書いていたら、トラブルが解決したので来なくてもいい、というメールが来ました。やた!

ところで、上の子が携帯を買い換えたいという話をずっとしています。
端末の割賦が残っているので、それが終わるまで待ってくれと言ってあったのですが、その期限ももうすぐです。同じソフトバンクで買い増しをすると高いので、ドコモかauにナンバーポータビリティで移そうと思います。僕と同じauにしてくれれば、いろいろ手間が省けます。が、本人に聞いたら、auはかわいいのがないからドコモがいいそうです。
auよ、春モデルには可愛いのを出してくれ!


2009年12月14日(月) 微妙な話題(その3)

ここで話の切り口を変えるのですが、以前に日本における原点回帰運動を振り返る文章を書いた中で、日本のAAに見切りを付けてアメリカに渡った人たちに触れました。その中で西海岸のグループに立ち寄った人たちの話をいくつか聞きました。伝聞情報なのですが、複数から話を聞いて総合したので、それほど間違っていないと思います。

例えば、ある場所では24時間ミーティングが開催されています。1時間ごとにミーティングが終わると机と椅子が片づけられ、床がきれいに掃除されて、休憩時間中に再び椅子と机が並べられます。何もそんなに掃除しなくても、日に1〜2回で十分だと思うのですが、毎回の掃除に意味があるのだそうです。ビギナーはともかくこの掃除に参加したり、コーヒーを準備したり片づけたりして、次のミーティングに出るわけです。ともかくこれに「参加」することが大事なのだそうです。

休みの日にはスポンサー宅に行ったり、仲間と一緒になったり、ともかく飲まない人たちと一緒に過ごして、飲まない生活を身につけます。

スポンサーシップも生活指導に近く、例えばミーティングには肌の露出の多い服やミニスカートで来てはいけないと教えたり、銀行のATMの使い方というか、そもそも金の使い方そのものから教えたりして、社会性を身につけさせるわけです。
(日本でも、キティちゃんの健康サンダルに短パンサングラスでハローワークに行って「ひょっとしてそれで面接に行くのか?」と職員にヤな顔をされている若者がいたりしますが、まあそんな感じかも)。

ビッグブックは読まれているものの、あまり字句通りにステップが行われているわけではなく、例えば棚卸しはスポンシーが半生記をとつとつと語るのをスポンサーはただ聞くだけであり、退屈で寝てしまうといけないので、スポンシーを助手席に積んで、ハイウェーを走りまくることで眠気を払って最後まで聞く、というテクニックがあったりするわけです。

(無論、こうしたグループばかりでなく、比較的少人数で基本に忠実にやっているところもあるわけですが)

こうしたグループの姿を想像すると、これがAAの「欠点」に対する一つの解答であることがわかります。西海岸では若者に薬物が蔓延し、ハイスクールを途中でドロップアウトして社会経験もろくに積まずにアルコホーリクになる人も少なくないと聞きます。こういう人たちにビッグブックをいきなり読ませても成果を出すのは難しいでしょう。

これはどこか日本のAAの現状に重なります。ようは行動療法的なのです。仲間の言葉ではありませんが「これも確かにAAには違いない」。しかしAAのスピリチュアルな力はどこへ行ってしまったのでしょう。

話をジョー・マキューに転じます。彼は黒人であり、まだ人種差別の激しかったころの回復者です。彼の文章を読むと、とても頭の良い人物であることが分かります。彼はAAのオリジナルなメッセージの力を強調していました。そのため、彼はステップを分かりやすい言葉でかみ砕いて説明し、把握しやすい身近な例に例え、より広い層にステップが広がっていくように心を砕いている様子が、その文章から見て取れます。

僕はAAの12ステップを理解するために高い知的水準が要求されるとは考えていません。(もしそうなら僕だって理解できない)。しかし、ステップの本来の力を引き出すためには(つまり抽象的な欠点の概念を把握して内省を実行するためには)、それなりの国語力が必要であることは、認めなければなりません。

結局のところ、「仲間の支えによって断酒が継続していく」タイプのフェローシップ指向のAAグループも現実に必要とされているのです。ビッグブックに忠実なステップのやりかたがAAを埋め尽くせば良い、ということは決してありません。ビッグブック・ムーブメントにたずさわる人が忘れてはいけないことだと思います。

アメリカでは、AAがステップからフォーカスを外した結果、メンバー数の減少を経験しました。一方で、様々な支えがあったとしても、メンバーシップサーベイを見る限り、社会的マイノリティにとって回復が険しい道であることに変わりないようです。なかなか難しいものです。

さらに日本に話を移します。
日本でAAを始めた二人は教養高い人たちでした。M神父は京都大学で教えていた人で、P神父も学校はどこだか知りませんが教鞭をとっていた人です。まあ神父だから頭の良いのは当然か。
M神父は、社会的に恵まれた人たちが断酒会で助かっているのを東京で見て知っていました。だから日本でAAを始めるにあたって、その人たちは断酒会に任せることとし、手を差し伸べる人のなかったドヤ街のアル中さんたちにメッセージを運ぶことに決めました。そうした決断の背景には、19世紀以降アメリカに存在したキリスト教によるドヤ街での救済ミッションの姿があったと思われます(日本でも救世軍が活動しています)。
だから二人の神父は、助けるべき相手にあわせてビッグブックという道具を捨てたのではないか、と僕は思っているのです(もはや確かめる術はありませんが)。そして、その選択が合理的だったからこそ、AAが日本に根付いたのだと思うわけです。


2009年12月13日(日) 微妙な話題(その2)

AAでなぜ白人は助かり、黒人やヒスパニックは助かりにくいのか? AAで人種差別が行われているわけではありません。実はこれは教育レベルの問題なのです。

どこの国でもそうですが、裕福な人たちは教育レベルが高い傾向があります(逆に貧乏人は学歴が低い)。貧しいがために高い教育が得られず、それがために低収入の職業に就き、生活に余裕がないので子供にも高い教育が与えられない、という悪循環が形成されます。貧困の固定は貧困の遺伝とも言われ、さまざまな政策が取られていますが、すぐに解消できる問題ではありません。とりわけアメリカのような低負担・低福祉の国では難しいのですが、フィンランドのような高負担・高福祉の国でも低所得層に教育を施すのは簡単なことではないようです。

アメリカでは過去の人種差別の影響から、黒人やヒスパニックに貧困が多く、しかもそれが増加しつつあります(貧困率が白人の3倍程度)。黒人の貧困の多さと、AAにおける黒人の少なさはどう関係しているのでしょうか?

AAのサーベイの数字には出てきませんが、実は白人でも教育程度の低い層はAAで助かりにくい傾向があることが知られています。アメリカはWASPの国(白人でアングロ・サクソン系でプロテスタントの人の国)と言われますが、AAも同じと言えなくもない。極論すれば、AAは白人の中流階級以上で知識層のためのものというわけです(ここらへんは本来すこし冗談交じりにしておかなければならないところですが)。

なぜ、こんなことになってしまったのか。
それを理解するには、AAが始まった頃のメンバー構成と、メッセージの運ばれ方がヒントになると思います。ドクター・ボブは3つの大学に行った人で、ビル・Wもとりあえず一つは出ています。初期のAAメンバーたちは、経済的に成功していたものの、世界恐慌とアルコールで地位を失った人たちでした。
ビッグブックの文章(原文)は格調高いと言われますが、それは当然修辞が理解できる読者を期待してのことです。彼らがメッセージの受取り手として想定したのは、自分たちと同じ階層の人たちでした。(それは「第四版に寄せて」から読み取れます)。

12のステップ自体にしても、例えばステップ4・5で行われる自己分析は(正直なところ)容易に習得可能とはとても言えません。「自己中心と身勝手はどう違うんだよ」みたいな質問はそれを象徴しています。「簡単な霊的な道具」と言いながら、ちっとも簡単でない小難しいプログラム、という印象を持ったとしても、あながち間違いとは言い切れないわけです(だが全般的には間違いで難しくはないのだけれど)。

12ステップにしてもAA共同体にしても現実は(ぶっちゃけな表現で)「頭の良い人たち向け」になっている。これがAAプログラムの「欠点」であることは明白で、サーベイの数字はその反映です。

AAの中でもそれは意識されていて、特にマイノリティにリーチアウトするためのパンフレットを作ったり、AAを紹介するコミックを作ったりしました。しかし、12ステップを「たやすい形」に翻案することは、公式には一切行われませんでした。

(たぶん続く)


2009年12月12日(土) 微妙な話題(その1)

2007年のアメリカ・カナダのAAメンバーシップ調査がここにあります。
http://www.aa.org/pdf/products/p-48_07survey.pdf
この中の「人種」の分布を見ます。

白人 85.1%
黒人 5.7%
ヒスパニック 4.8%
インディアン 1.6%
アジア系他 2.8%

ではアメリカとカナダの全体の人種人口比はどうなっているのか?
ちょっと古いのですが、2000年のアメリカの国勢調査と、2001年のカナダの人口調査の結果を使います。アメリカの人口調査では、白人・黒人・先住民・アジア系という分類と、ヒスパニックか否かという分類は別になっています。なので、ヒスパニック系の中の各人種の数を勘案し、さらにそこにカナダの人口を足します。するとこんな感じ。

白人 72%
黒人 11%
ヒスパニック 12%
インディアン 1%
アジア系他 3.6%

この二つを比較するために、AAでの%を人口の%で割ります。

白人 1.18
黒人 0.50
ヒスパニック 0.41
インディアン 1.60
アジア系他 0.79

この数字から何を読み取るか・・1.0以上の数字は「その人種がAAで助かりやすい」ことを示します。逆に1.0未満の数字は「AAで助かりにくい人種」です。

AAで白人は助かりやすく、アジア系は助かりにくく、ヒスパニックや黒人は最悪です(原住民系は数が少ないのでおいとくとして)。

AAでなぜ白人は助かり、黒人は助かりにくいのか? AAで人種差別が行われているわけではありません。実はこれは教育レベルの問題なのです。

(続きます)


2009年12月11日(金) ピンチ!

社用の携帯が鳴ったので、出てみると本部長でした。上司を二人も飛び越してくるからには、どうせロクでもないことに違いありません。
「韓国へ行ってくれ」
ああ、やっぱり。
今週、韓国からの事案が二つあったのに、他を優先させて後回しにしたのがいけなかったのか。業を煮やした韓国人たちが人身御供を要求したようです。
「行ってもかまいませんが(いや行きたくないけど)、身柄を拉致られると他の件が止まります。今日中に解決を送りますから、それで韓国人たちが納得しなかったらにしてください」
というわけで、行く・行かないの結論は来週に持ち越しです。
本音は面倒だから行きたくないだけの話ですけど。
「ところで、パスポートの期限は大丈夫か?」
「あと2年残ってます・・・あっ!」
「何だ?」
「今年名字が変わったので、パスポートが無効です」
(へっへっへ、再取得には最低6日間必要だから、少なくとも来週の出張はこれでなくなった。あとは来週末まで逃げ切れば年末年始の休み、来年になれば風向きも変わるだろう)
それにしても、再取得の費用は会社に出してもらおうかな・・・などと甘いことを考えていると、本部長からのメールが着信しました。
「旧姓で飛行機のチケットを取ってください」
くそ、その手があったか。
追いつめられるひいらぎであった。

日付が変わって、今日(土曜ね)はスポンシーの恐れの表を聞いていました。前回は恨みの表を聞いたのですが、これは過去まで遡っての表になりました。対して恐れの表は現在の人間関係が中心で、過去のものはありません。これは、過去の恐れの中で恨みに転化したものが、現在まで残って恨みの表に載り、転化されずに去った恐れは時間とともに忘却された、ということかもしれない、という話を二人でしました。
ステップ5の相手をするといつもそうですが、脳みそが疲れました(仕事よりも)。


2009年12月10日(木) 翻訳権の十年留保

交野市断酒会 をリンクしました。

「翻訳権の十年留保」というのは、先進国から後進国への文化の輸入を促進するために、先進国側の著作者の翻訳権を制限したものです。日本はこの規定の適用を前提にベルヌ条約に参加しており、国際的に認められた権利?です。主要国では日本にだけ認められていますが、それは欧米の言葉から日本語への翻訳の難しさを考えてのことだそうです。

1970年までの旧著作権法では、海外で発行された著作物が発行後10年間日本で翻訳出版されていなければ、翻訳権は消滅し誰でも自由に翻訳出版できることになっていました。これが「翻訳権の十年留保」です。1970年に新著作権法が施行され、この規定はなくなりましたが、1970年以前に発行されたものにはこの規定が有効です。

さらに、著作権の戦時加算というものがあります。第二次大戦中に戦勝国側の著作物の権利が尊重されなかったことを理由に、戦勝国側の著作権の有効期間を10年ほど延長しました(国によって長さが違います)。翻訳権の十年留保に対しても戦時加算が有効であるため、戦勝国側の著作物に限っては、1980年頃までに本国で出版されたものが対象となります。

したがって「一日二十四時間」の例で言えば、Twenty-Four Hours a Day は1954年に初版であり、これが1964年までに日本で翻訳出版されていなければ、日本での翻訳権は消滅しており、誰が翻訳出版しても問題ありません。したがってP神父が翻訳を出版することに問題はありませんでした。

しかし翻訳されたものには新たに日本語での権利が発生しますから、P神父の翻訳である「一日二十四時間」をそのままリプリントして出版してしまうと、P神父の翻訳著作物の権利を侵害することになります。別に新た日本訳したものであれば、この問題は発生しません。

「翻訳権の十年留保」というのは、原著作者にとってみれば勝手にどんどん翻訳されてしまい、印税も入らないので面白くないはずです。実際日本の出版社では、翻訳出版に当たって原著作者への連絡をしていないそうです(無用なトラブルを避けるため)。しかし、戦後の日本ではこの項目のおかげで、多数の翻訳出版が行われ、一冊の原著に複数の訳本が出版されることも珍しくありませんでした。その競い合いによって日本の翻訳の技術は向上し、現在の出版文化を支える基盤となりました。


2009年12月09日(水) 自助グループは必須か?(その2)

僕はある種の人たちに対しては「自助グループに行け」とうるさく言わないことにしています。自助グループは人と交流する場所なので、精神状態が悪く人との交流でさらに悪化してしまう人の場合には行かない方がいい場合もあるからです。うつ病や統合失調の具合が悪い場合、性被害などの重いトラウマがある場合です。そちらが悪化して入院した、自殺したとなると断酒どころではありません。

ただ、飲酒によって生じた抑うつ(アルコール性抑うつ)の場合にはそういう配慮は必要ありません。これは断酒後1年以上続くこともあります。となると、アルコール性抑うつと本来のうつを鑑別する必要がでてきますが、それほど難しくはありません。本来のうつの人は、「うつだからミーティングに行けない/行けなかった」という話はまずしません。これはアルコール性抑うつの症状を自助グループに行かない言い訳に使っていると思ってほぼ間違いありません。自殺しちゃうほど危ないのは、「会場にいるだけでとても辛いのですが、いつか良くなると思って毎日通っています」と言う人のほうです。辛いことでも行かねばと思って続けてしまうところが、いかにもうつなのですが、これを見落とすといきなり自殺されてしまったりします。

過去に自殺未遂のあるケースはリスクが高いのはわかるでしょう。それから、アルコール性抑うつの場合には抗うつ剤の効きが良くないので、他の薬が使われます。となると、抗うつ剤を飲んでいてその効果が出ている場合は、本来のうつ病について気をつけた方が良いことになります。うつ病が悪い場合には自殺する気力も出ませんから、自殺はある程度良くなってから、例えば働きだしてから起こることが多いのです。「元気になってきたあたりが危ない」ということは肝に銘じておいて欲しいことです。

医者もそういう事情を勘案して、自助グループに行かせる・行かせないの判断を下しているでしょう。医者だって患者に自殺されたくはない。アルコール依存症は死に至る病気とはいえ、一回の再飲酒で死ぬ確率はそれほど高くありません。「行かなくて良い」と言われる人の場合、再飲酒のリスクより、自殺を防ぐベネフィットのほうが大きいわけです。そういう人に無理に自助グループを薦めるのは禁忌で、症状が改善したときに改めて判断されるでしょう。

そちらの症状が改善すると、医者が自助グループを薦めるようになります。これをご本人は症状が悪化したと判断されたからと勘違いして医者ともめた例がありました。良くなっているのに追加の治療が必要だといわれて不本意だったのでしょう。しかし、良くなったからという根拠があってのことです。


2009年12月08日(火) 自助グループは必須か?(その1)

アルコール依存症者はAAや断酒会という自助グループに通うべきなのかどうか。
もちろん、ここで僕は「通うべきだ」としか言いようがありません。そういう立場でここにいる以上、それ以外のことは言えません。そういう僕に対して「私はこのような事情で自助グループに行きません」と言われても、「ああそうですか」としか答えようがないのです。間違っても「わかりました、そういう事情なら行かないのも当然ですね」という肯定的な返事は期待してはいけません。

しかしながら、行くのも行かないのも、まったくその人の自由だと思います。
もちろん、行ったほうが断酒の維持率が高いことはデータが示しているのですが、それも分かった上で行かない選択をするのもありだと思います。なにぶんにも、その人の人生はその人のものなのですから。

もし自助グループに行かずに何年も断酒が継続していて、いまの生活に満足していて、今後も再飲酒の不安がないのだったら、「断酒の三本柱」とか「自助グループへ通いなさい」なんて言葉に惑わされずに、自分のやり方に自信を持っても悪くないと思うのです。

であれば「行きたくないから行かない」とか「自分には合わないから行かなかった」とあっけらかんと言って朗らかにしていられるはずなのです。裏返して言えば、自分のやり方でよいと思っていながら、自助グループへ通わないことへのエクスキューズ(言い訳)が出てくるのは、やはり自然ではないのです。防衛機制、再飲酒への不安を表している可能性があります。

まとめると、自助グループなしでも断酒が順調だと自信が持てるならそれでオーケーだし、自助グループが気になるのは不安のある証拠ですからもう少し自分の状態に正直になった方が良いということです。

僕はある種の人たちに対しては「自助グループに行け」とあまり勧めないことにしています。それはどういう人たちで、理由は何か、ということは明日。


2009年12月07日(月) 偏食

普段のミーティングでは、説教くさい話になるのを避け、なるべく自分の酒やステップの体験を話すようにしています。しかし、いつもそうできるとは限りません。
昨夜は仲間のバースディミーティングで、本来であれば少しおめでたい話でもして、(誰だって自分の酷かった頃のことは忘れるので)以前のその人の姿を知るものとしてチクリと一言クギを刺すぐらいにしておこうかと思っていたのです。ところがご本人の話が「○年AAをやっても、自分はこれしか回復していなくて・・」という暗ぁ〜い話だったので、思わずむかっ腹が立ってしまい、僕の順番の時に「今日はお説教(をする)ね」と断って始めてしまったわけです。

アラカルトというのはメニューの中から自分の好きな料理を選んで食べます。またバイキング料理(スモーガスボード)では、セルフサービスで自分の好きな料理を取り分けて食べます。最近は安ホテルの朝食はもっぱらこれです。AAもそんな風に自分の好きなことを選んで楽しむ?ことも可能です。好きな仲間とだけ付き合い、お気に入りのミーティングやイベントにだけ参加していても、それなりのボリュームが確保されていれば、十分努力しているように見えます。
けれど好きなものだけ選んで食べていると偏食になります。体は正直なので、必要な栄養素が足りなければ不健康になります。AAも同じです。病気は正直なので、必要な栄養素が足りなければ心が失調します。真面目にAAをやっているつもりでも、結果を見れば不足があるのは明らかで、それを自己憐憫のネタにしていては、今後も同じことが続くばかりです。

何年か前、僕は東京で一人のメンバーと会いました。彼は「何年経っても惨めなソブラエティを送っているヤツは人殺しだ」と言うのです(彼はどこでもはばからずにそれを言うようです)。
僕はAAに来るまでは最高でも一ヶ月半しか断酒が続きませんでした。「いつでも酒がやめられる」と思っていたものの、心の奥では一生酒をやめるなんて無理だと思っていました。そんな自分にとって2年、3年酒をやめ続けているAAメンバーは天上の人みたいなもの。もしその天上人たちが「何年酒をやめてもちっとも回復せず辛いばかりだ」と話していたら、僕は「ほらやっぱり酒をやめても何も解決しない」と諦めて、死んでも構わないから飲み続けることにしたでしょう。東京で彼と会ったころの僕は、酒はやまっていたものの、会社が倒産し、子供は不登校になり、自分はうつが悪化して酷い状態でした。避けられない運命があるにしても、それを乗り越えていくステップの強さと希望が話の中になければ、「他の人が酒をやめる手助け」どころか「人殺し」のスピーチである、これがおそらく彼の言いたかったことでしょう。

酒を飲んでいると不幸が押し寄せてきます。回復すれば自業自得の不幸はなくなりますが、誰にでも訪れる不幸は酒をやめてもやってきます。幸せとは不幸が訪れないことではなく、不幸を乗り越えられる手応えみたいなものではないかと思います。栄養の足りた肉体が病気を乗り越えていくように。


2009年12月06日(日) mil 原点回帰運動について(その9)

最後にビッグブック・ムーブメントの他の団体への広がりについて。
僕自身は地元のACグループに出席したことがあるぐらいで、AA以外のグループの歴史も現状もわかりません。なので、これは伝聞情報です。

最近でこそNAでベーシックテキストが訳出され、OAではステップと伝統の本が、ACAでは「ACのための12ステップ」やアダルト・チルドレン・ビッグブック(ACBB)が出版されていますが、それまではミーティングでもスポンサーシップの中でも積極的に本を使っていくという話は聞きませんでした。

12ステップは、それを通じてハイヤーパワーとの関係を作っていくことが回復の基盤になるのですが、日本のAAでその部分が希薄になっていったのと同じ現象が、他のグループでも発生していたと考えられます。たとえば、このサイトに収録している新聞記事では日米のGAを取材してその違いに触れています。
http://www.ieji.org/archive/newspaper-clipping/ga-01-asahi.html
アメリカのGAでは「神の意志を理解し、自分の卑小さを確認することから始まる」のに対し、日本のGAでは自分の体験を語り、人の体験を聞くことで、人生のストーリーを再構築するとなっています。この外部からの視点を、自助グループ側の視点にてんかんすると、スピリチュアリティが重視されている状態と、仲間意識が重視されている状態の対比と言えないでしょうか。

日本のAAが、他の12ステップグループの成長の見本にならなかった、ということはよく言われることです。12ステップはAAが発祥だと聞き、ステップの話を聞こうとAAのオープンスピーカーズに行ったものの、そこでステップの話はほんの少ししか聞くことができなかった、という体験は少なからずあちこちから伝えられました。(オープンミーティングやオープンスピーカーズでステップの話をするべきか、というのは置くとして)。
また、援助職の人が生のAAの姿を知りたくてAAに行ってみたものの、本に書かれたことと現実があまりに違って驚いた、という話も実は珍しくありません。

12ステップの本質を「パワーゲームから降りること」と解釈し、必要なのは神を含む12ステップそのものではないとして10ステップを作ったり、「自己内部からの批判的な声に耳を傾けない」というグループ文化を作った麻布の先生の影響が、12ステップグループに及んでいました。

それぞれのグループが、始まりからしてステップが曖昧だったのか、AAと同じようなステップの希薄化が起きたのか、あるいは地理的な広がりによってステップの伝達が妨げられたのか。事情はそれぞれでも改めてステップを求める人たちと、AA内部のビッグブック・ムーブメントが相互につながるのは時間の問題でした。

BBF(ビッグブック・ファミリー)は、回復のプログラムとしてAAのビッグブックを使うグループとしてスタートしました。対象はアルコールや薬物依存者の家族の人たちです。このグループは結局アラノンに合流することを選んだのですが、現在でもBBFとしての活動も行っているようです。

秀眉はギャマノンで、基本テキストを持たなかったギャマノンのなかでビッグブックのステップのやり方が広がり、それが本人達のグループであるGAのメンバーに広がっていきました。同じ回復のプログラム、同じ価値観はGAとギャマノンの関係を(本人のグループと家族のグループとして)理想的なものとしている、と評する人もいます。

各グループでは、ビッグブックを読み合わせるときに、「アルコール」をそれぞれの依存対象に、「アルコホーリク」を自分たちの呼称に置き換えて読むのだそうです。例えば医師の意見をそう置き換えて読むことで、身体的アレルギーと精神的とらわれのモデルが自分の問題にもあてはまることを確認します。

ジョー・Mの功績を日本に紹介することを目的とした「回復研究会」には、各グループから横断的にメンバーが参加していますが、AA・NA・EA・GA・ギャマノンメンバーの姿を見ることができます。個人的には、AA以外のグループでビッグブックが回復のテキストとして使われるのは、それぞれのグループの基本テキストが有効に機能し始めるまでの限られた期間ではないか、と思っています。

ともあれ、現在日本の12ステップグループの中で「並列的に」ステップの(再)獲得運動が起きていることは間違いありません。たまたまAAのビッグブックがその手段として使われているために、ビッグブックの存在が目立っているのですが、焦点はあくまで12ステップそのものであることは強調しておきたいところです。

ステップを伝える「パケット」としてのビッグブックや、ジョー・Mについて、あるいは回復研究会についても書こうと思っていたのですが、長くなりそうなのでそれはまた別の機会にして、とりあえずこの文章はこれで終わりにします。


もくじ過去へ未来へ

by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


My追加