ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」
たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2007年09月18日(火) 燃費の話、薬の話 ハイオクとレギュラーガソリンを混ぜて給油し、燃費の変化を探る実験の途中報告です。まだ7回しか給油していないので、何かハッキリしたことを言えるほどのデータは集まっていません。それでは面白くないので、無理に何か言うとすると・・。
ハイオクとレギュラーの価格差は、僕の近所では約7%です。そしてレギュラーガソリンにすると、燃費が7%ほど悪化しています。つまり、経済的効果は出ていません。普段の走行には影響ないものの、ここ一番では出力の低下を感じることもあります。
これから冬に向かって気温が下がっていくと、空気の密度が上がり、吸入酸素量が増えるので燃費が向上します。だから、毎回ハイオクとレギュラーの比率を変えながら、データを積み上げていきたいと思います。
うつ病の治療のために飲んでいる薬は、昨年10月の記録が残っています。
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=19200&pg=20061018
トレドミン(塩酸ミルナシプラン)については変化がありません。たぶん一生この量(50mg×2回)を飲むのでしょう。
レスリン(塩酸トラゾドン)の量は半分に。
ロラメット(ロルメタゼパム)は減らした後に、ワイパックス(ロラゼパム)に変更。さらに1mg錠を半分に割って出されるところまで減っています。
アタラックスP(パモ酸ヒドロキシジン:通称アタP)は、50mgから25mgに半減し、実は勝手に服用を中止しています。次回止めてもらいます。
夜は5時間眠れればせいぜいで、あとは目が覚めてしまって眠れません。けれど、昼休みに机に突っ伏して寝ているのを除けば、仕事時間中に眠くて困ることは無くなりました。精神状態が悪いと寝付けないこともありますが、棚卸しと祈りが効いてくれます。睡眠の質が改善してくるのが分かります。
医者はだいぶ薬が整理されてきたとは言うものの、最終的には寝るための薬(残ったロラメット)を廃し、トレドミンとレスリンをうつ病の再発防止用に維持量飲み続ける状態に持っていきたい・・・しかも来年あたりまでに。と自分で勝手に治療計画を立ててしまっています。
睡眠薬を切ってうつ病がぶり返しては元も子もなかったので、減薬には霊的状態の改善がどうしても必要でした。長い時間がかかったものの、ようやく睡眠薬と手の切れる未来が、実現可能なものとして見えてきた感じがします。
これも霊的な道具のおかげです。
2007年09月17日(月) 自分の頭で考えろ! 改めて別に書いてもいいのですが、忘れないうちに。
まずルールを求めるのはやめなさい、ということです。
法律という社会ルールは、確かに犯罪を減らすけれど、犯罪常習者を更正させる能力には乏しいものです。依存症者も同じで、酒を飲まないというルールを守れた試しがありません。そもそも、何でそのルールを作る必要があったのか、原理原則のところから根気強くやっていかなければなりません。
ステップや伝統も、ルールではなく、原理原則です。守らなくても、処罰はされません。ただ、AAメンバーが大きくステップからそれ続ければ再飲酒と死が、AAグループが大きく伝統からそれ続ければ、グループの消滅が待っているだけです。
だが、人はルールを求めたがります。その方が簡単だからであり、考える手間を省けるからでしょう。
AAのオープンミーティングで、AAメンバー以外(アル中以外)の人に話をしてもらうかどうか、って問題もその一つです。
「アルコール以外の人には、オープンミーティングといえども、話はしてもらわない」のが正しいという人もいます。でも、それはルールですね。
アメリカのAAミーティングでは、話し出した人がアルコール以外の人だと分かった途端に司会が話を遮り止めてもらうところがある・・ていう論拠を出す人もいます。でもそれは、アルコールとそれ以外で分けているのと違うのです。
伝統5ではAAはアルコールの問題に専念しろと書いてあります。アルコホリズムと、そこからのAA流の回復手段だけを分かち合うのであれば、家族の人や別の依存症の人にAAの回復の話ができるわけがない、というのは分からないでもありません。(そう主張する人でも、なぜか医者の話はありがたく聞いたりする不思議)。
だが、それを言い出すのなら、AAメンバー自身も話の内容を吟味しなければなりません。アルコホリズムとその解決=ステップです。昨日も書きましたが、決して「今日辛いことがあって、ここへ来て打ち明けて楽になった」という癒しの話じゃありません。そこまで厳しい基準を自らに課して初めて、「それ以外の人」にも厳しい態度で臨めるのではないでしょうか。これがルールでない原理原則です。
前述のアメリカの話は、AAメンバーであろうと無かろうと「アルコールの話に限ってくれ」といって遮られてしまう、という話であります。
だが原理に100%沿って生きられる人はいません。AAメンバーだってヌルい話はしてしまいます。だからこそルールはナンセンスなのです。少なくともAAの中では。
まあ、ルールを作るのは個々のグループの勝手で、「自分に甘く人に厳しいルール」で原理から外れたからといっても、処罰がないのもAAであります。
常に伝統やステップの原理に照らし合わせて考え(Think! Think! Think!)、同時に現実は原理どおりにはできないことも受け入れる。清濁併せ呑むことが求められる、それがAAでしょう。てゆーか、世の中なんでもそうでしょうけど。
2007年09月16日(日) 後からついてくる 埼玉のサービスフォーラムから帰りました。
明日は町内会のバスハイクで、三鷹のジブリ美術館であります。
「ステップは後からついてくる」と良く言われたものです。
これは、ステップは意識的に取り組まなくても成し遂げられる、という意味ではなく、AAの中で飲まない生活を続けていれば、いつか必ずステップに取り組もうという意欲が生まれるはずという約束の言葉です。言外に、AAの中にいる限りステップは避けて通れないのだよ、という脅しも含まれている気がします。ともかく、AA=ステップであるという合い言葉です。
最近その言葉が聞かれなくなった、と言う人がいました。
ステップなんぞやらなくても、とりあえず酒をやめていることはできますから。そして、ミーティング場に「回復」ではなく、「癒し」を求めて集まってくるのかも。今日こんなことがあって辛かった、でもここで話せて楽になれました、なんて話ばかりしているのかも知れません。まあ僕の想像に過ぎません。
それにしても、いつか必ずステップはやらねばならない、という覚悟というか、共通理解が失われつつあるのだったら、怖いことです。
話変わって、AAスポンサーから
「誰もあなたを縛り付けて、無理矢理口に酒を流し込んだ人はいない」
と言われたことがあります。
誰かのせいで酒を飲んできたのではなく、自分で飲んできた、ということです。
じゃあ、好きで飲んできたかというと、病気だから飲んできたわけです。
誰かのせいにしたがる、あるいは自分は酒が好きなんだと言い張る、そういう逃げ口上を防ぎ、病気と正面から向き合うための助言だったのでしょう。
仲間の訃報が届きました。僕が初めてAAミーティングに行ったときに、その会場にいた一人です。僕が知っている頃、彼はいつも「ここじゃないどこか」を探しているように見えました。その彼もついに行くべきところを見つけたのかもしれません。
「自分に正直になる能力さえあれば回復する」(第五章)
2007年09月14日(金) 疲れたのでテキトー HA、肥満アノニマスは、経験と力と希望を分かち合って共通する問題を解決し、ほかの人たちも肥満状態から回復するよう手助けしたい、という男女の共同体である。
HAのメンバーになるために必要なことはただ一つ、肥満をやめたいという願いだけである。会費もないし、料金を払う必要もない。われわれは実質的に何も活動していないのである。
HAは、いかなる宗教、宗派、政党、組織または施設にも縛られていない。また、どのようなダイエット方法にも、治療方法にも、支持も反対もしない。
われわれの第一の目的は、肥満の解消であり、他の人たちも適正体重を達成するよう手助けすることである。
(HAは某メーリングリストミーティング上に存在する、AAメンバーの有志の会です。実質的活動はありません)
閑話休題。
ここの下のニュース検索が、またまた偏りを見せている気がします。チューニングをやり直さなければ・・と思いながらもほったらかしです。それにしても、いろいろマイナーなニュース媒体から記事を引っかけてくることに感心します。
ライブドア・ニュースが、ホリエモン騒動の時に、あちこちのニュース媒体から契約を解除されてしまい、困ったあげくにマイナーな媒体と多く契約し、その影響がまだ残っているってのが真相のようです。
次の改造では、どこの検索で引っかけたのかも表示する予定。
閑話休題。
世の中には二種類の人間がいる。片方は、世の中の人間を「〜する人間」と「〜しない人間」の二つに分類したがる人であり、もう一方はそんな分類をしない人。もちろん僕は後者。
閑話休題。
サービスフォーラムは土曜午後一時開始のようです。午前九時に出れば間に合いそう。明日は天気が良さそうですから、運動会は土曜日に済んでしまいそうですね。
2007年09月13日(木) try levitation 「人生は近くから見れば悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」
Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.
人の不幸は蜜の味、という言葉がありました。
笑いの本質は、偏見と差別である、という言葉もありました。
他人事だから笑っていられるのであって、当事者であれば(あるいは巻き込まれていれば)笑ってなどいられません。
でもそれは言葉を変えれば、自分が悲劇の主人公である間は、笑っている余裕なんか生まれないってことです。自分が苦しいときには、自分しか見えていない、クローズアップで見ていますから。もう少し自分から離れて見てみなさい、ということです。
「神の視点から見る」というのは、なかなか難しいことです。
その代わり、10メートル上から、今の自分を見下ろしてみます(try levitation)。実際それをやるには幽体離脱でもせにゃなりませんが、気持ちの上ならいつでもできます。
そうやって見てみれば、つまらないことにカリカリして、きりきり舞いしている自分が見えてくるでしょう。それが神の視点です。
ロングショットで見れば、自分自身のことだって喜劇です。つまらないプライドさえ捨てれば、昔のことを笑って話せるようになるのと同じで、今の自分のことだって、離れて見ればもっと余裕を持つことができるはずです。眉間にしわを寄せていれば、運だって逃げていきますから、緊張を解いてゆっくり寝ることです。
そんな理由で、僕らはミーティング場で気楽に自分の話ができて、また人がくすくす笑っても気にならないのです。辛いときは、自分のことを笑えるようになるために行くのでしょう。
冒頭の一行は、チャップリンの言葉です。
2007年09月12日(水) テレビとラグビー ラグビーのワールドカップフランス大会。フィジー戦を見ていましたが、途中で眠くて寝てしまいました。
国別ランキング18位の日本ですが、本大会ではもう十数年も勝ったことがありません。そもそもアジア地域でラグビーは盛んではないので、予選突破はほぼ確実なのですが、強豪国との力の差は明らかです。一つ前のオーストラリア戦は3−91の大敗でした。
起きてニュースを見たら31−35で惜敗。残念です。
NFLも開幕して、深夜の放送から目が離せない日々が始まりました。
話は変わりますが、テレビを買ってしまいました。
これまで使ってきたのは、妻が抽選で当てたものです。10年ほど前、近所に葬祭センターができたときに、見学者全員に粗品プレゼントというキャンペーンをやっていて、その粗品目当ての義父母に連れて行かれました。葬式費用を生前に分割払いしておく制度の宣伝をやっていましたが、当面死ぬ予定のない僕は契約する気などさらさらありませんでした。
が、妻がくじ引き景品一等の21型テレビデオを引き当ててしまいました。
もちろん、生前分割払いの契約もせざるを得なくなりました。もう払い終わりましたけど。
あそこが倒産しない限り、僕の葬式はあそこでやるんだろう、ということは分かります。
そのテレビ、数年前にチューナー部が壊れてビデオ再生専用機になってしまいました。
チューナーを外付けしてテレビを見ていたのですが、だんだんそれも調子が悪くなってきました。で、ジャスコの家電売り場で液晶テレビを見ているうちに、買い換えることになってしまいました。来週末に届く予定です。
さてさて、AAミーティングの参加ってのは、スポーツで言えば基礎トレーニングみたいなものでしょうか。
2007年09月11日(火) 卒塔婆携帯 先日八王子から帰ってくる際に、貨物列車の機関車が故障して立ち往生した影響で、特急電車が遅れました。JRでは二時間以上列車が遅れると、特急料金を返してくれる仕組みになっています。
僕が特急券を買ったのは午後9時過ぎで、列車が八王子駅に到着したのが11時前だったので、2時間は経過していないのですが、もともとその列車は6時半に新宿出発の電車だったことが問題で、いつ切符を買ったかは不問のようでした。
といっても、出札のところで払い戻してくれるわけではなく、切符にはんこをついてくれて、翌日以降にみどりの窓口へ持ってくるように言われました。
で、週末に自宅近くの駅へ行きまして、二千円あまりをウハウハと懐に入れたのですが、ついでに滅多に寄らない駅ビルの中を徘徊してみることにしました。
そして、ソフトバンクモバイル(SBM)の店に入ってしまいました。
SBMについて知っていたことは以下の通り、
「ホワイトプランという料金プランを使えば、月々980円の基本料金のみでSBM携帯どうしは話し放題。ただし、午後9時から1時までと、他社携帯や固定はかえって高額」
→SBM携帯にだけかける2台目にすれば980円ですむ。
「端末代は高いが、割賦制度を使えば分割で支払えて、(2年間解約できない縛りを受ける代わりに)その代金は割引になる」
→安い機種を選んで2年使う覚悟をすれば、端末代は不要。
冷やかしのつもりだったのに、いつの間にか「端末選択モード」に入っていて、毎月980円ならまあいいか、と契約してしまいました。実際には事務手数料3千円弱が必要だったり、Eメールを使うと+315円だったりして、980円ぽっきりではすみません。
さらに使い勝手をよくしようと、様々オプションサービスを追加していくと、実はずいぶん高額になる・・というYahoo!BBの時に見せた「孫さんマジック」は健在であります。
電話番号は、090-6000-XXXX、メールアドレスは xxxxxxx@softbank.ne.jp です(伏せ字部分は現在のau携帯と同じ)。鞄に入れっぱなしで、ちっとも使っていないのであります。
2007年09月10日(月) 続きものである自分 人間は過去から未来へ向かって生きる連続体ですから、過去を無視して今日を生きるわけにはいきません。
精神病院に入院中のアル中患者さんで、「依存症ということを意識しすぎると、自分は苦しくなってまた飲んでしまう。だから酒のことは忘れて生きてゆきたい」と言う人がいます。
気持ちはよくわかるのですが、人間そう簡単に過去を忘れることはできません。気持ちの上では過去を忘れられても、心の奥深い部分、脳みその特定の部分には、過去がしっかりと刻まれています。
僕は小学校の1年生の時に自転車に乗る練習をしました。毎日練習し、よろけて藪に突っ込んで怪我をしたりしながら、2週間ぐらいで何とか乗りこなせるようになりました。一度乗れるようになってしまえば、最初になんであんなに苦労したのかと思うぐらい、すいすいと乗れるものです。
大人になって、もう何年も自転車に乗っていなくても、体(つまり脳)は自転車の乗り方を忘れません。久しぶりに乗れば、しばらくヨタヨタするかもしれませんが、あっという間に昔のカンを取り戻して、上手に乗れるようになるでしょう。自転車の乗り方を忘れることはできないのです。
お酒も同じことで、たくさん飲めるようになるまでには、多少の苦労もあったことでしょう。でも練習の成果があって、ぐいぐい飲めるようになったわけです。そして断酒を決意しても、酒の飲み方を脳は忘れてくれません。
何ヶ月、何年か酒をやめていて、久しぶりに飲み出せば、なるほど最初は「コントロールされた飲酒」だとか「節制された飲酒」という、へなちょこな飲酒をしているでしょうが、アル中としての本格的な飲み方を取り戻すまで、そう時間はかからないでしょう。
酒の飲み方だけじゃなく、人間関係の反応の仕方とか、感情や考え方の偏りも、子供のころから積み重ねてしまったものを、忘れようとしても簡単には捨てられません。
だからこそ「棚卸し」や内観をして、過去の行動が現在の自分にどう影響を与えているか分析しなくてはいけません。このときに大事なのは、罪の意識や自責を持ち続けないことです。罪の意識を持ち続けることは、それを行った過去の時点での自分を回復させたいという気持ちの現れです。
過去が回復すれば、現在の苦しみも消えてくれるでしょう。でも、過去を変えることができない以上、現在を変えていくしかありません。
(できるはずのない)忘却を望んだりせず、罪の意識で自分を律しようともしない。それが今の自分に責任を持つということでしょう。
2007年09月09日(日) 一人では気づけないかも AAミーティングにやってきた頃、僕は「酒の飲み方がひどくなったのは、ここ1〜2年のことだ」と言っていました。実際には10年以上アル中ライフを送ってきたのですが、そのころの自覚は「悪くなったのはここ1〜2年」という感じ方でした。
それももっともな話で、それ以前には僕の酒の飲み方を、毎日とがめる人はいなかったのです。いつも体調が最悪で、飲んだ酒ですらゲロゲロ吐いている状態でも、それは単に酒を飲んだ結果だという言い訳が成り立ちました。酒は好きで飲んできたのだし、ひどい生活ではあったけれど、サラ金にも手を出さずに生活費を工面してこれたという自負もありました。
それでも行き詰まって、自殺未遂を機に実家に戻り、精神病院への通院、入院、依存症という診断、と1〜2年でドタバタ進んでいきました。
そうなると、いままで詳しいことを知らずにいた良心も、なんとか僕の酒をコントロールしようと、口やかましくもなりましたし、酒の匂いがしないかチェックしたり、持ち物検査をしたりと、いろいろ小うるさいことを始めました。
飲むのをとがめられるようになって、初めて「飲み方がひどくなった」と認識できたわけで、一人で飲み続けていたら、なかなか気づかなかったでしょう。家族がいても、飲むのをとがめられなかったら、同じように気がつかないと思います。
家族がとやかく言ったから病気が進行したのではなく、ずいぶん前に病気になっていたのに、自覚がなかった(病識がなかった)だけの話です。ずいぶん前からアルコールに対して無力だったのに、認めてこなかっただけの話でもありますね。
2007年09月08日(土) 金曜のこと 伊豆半島に上陸した台風は、本州を北へ抜けていきました。
会社の創立記念日パーティーというのがあり、参加は義務ではないのですが、出なかったら出なかったでいろいろ問題が発生するのが会社勤めというものであります。おまけに、僕がいてもいなくても良いような会議が本社で設定されました。
できれば行きたくない・・と思ったものですから、木曜の晩は中央道も中央線も不通であるので、不通の時間が長引いて「交通機関の都合で本社に到達できない」という結果を、ついつい神様に「ね、お願い」とばかりにお願いしてしまいました。
金曜の朝は、まだ特急と高速道路は不通のままでした。「今日は行けるかどうか分かりません」と電話して、内心うぷぷっと噴きながら、こりゃ遅れた仕事を片づけるのに都合がいいわい、とほくそ笑んでいました。が・・、やがて窓の外には晴天が広がり始め、高速通行止め解除の知らせが来てしまいました。
解除直後の大渋滞を抜けて、神奈川へ。
夕方からのイベントは、パーティーといっても立食パーティーであります。どうして立食パーティーで、あんなにたくさん酔っぱらいが出るのか不思議な光景でした。参加する前には、嫌だな、面倒だなと思っていても、その場に行ってしまえば、知っている人と話をしたりもして、それなりに意味は出てきます。
そう、AAのイベントに行くのと同じで、行ってそこで人と会うと何かが違ってきます。
とわ言うものの、ここは酒の席ですから、極めてつまらない人間的な言葉も飛び出します。しかし、静かに笑ってやり過ごせるのはありがたいことです。こういうときに、自分という人間が変化してきたことに気づかされます。トロ3貫食べたし。
往路が車なら、復路も車だと信じていたのですが、ドライバーはすでに飲んで顔が赤くなっていました。「どうすんだよ」と聞くと、「えー、宿取ってないんですか?」と問い返されました。マジ? 今から宿を取るのは面倒です。上司に相談して最終の「あずさ」で帰ることにしました。
飲み会を途中で抜け出して帰るのは慣れたものです。
町田の駅で、最終あずさの指定席を買おうとしたら、駅員に止められました。「中野の駅でポイント故障、それから機関車が故障して大月方面は不通です」
ああ、神様に「交通機関止めてください」とお願いしたばっかりに、電車が止まってしまいました(希望より12時間遅かったけど)。やはり、自分のためにお願いを祈ってはいけないのでありましょう。とりわけ、わがままなことは。
とりあえずスイカ(カード)で改札を抜けて八王子を目指そうとしたら、自動改札にとおせんぼされました。駅員に5分待たされたあげく、「カードの故障ですね。取り替えは明日にならないとできません」という結果でした。
鉄路が復旧して、豊田に止まっていた特急が八王子駅のホームに入ってきたのが11時近く。会社の近くの駅に着いたのが1時。出払ったタクシーを長々と待ち、会社の駐車場で自分の車に乗り換えて、家に着いたらもう3時近くでした。
おかげで「ビッグブックのスポンサーシップ」の日本語版を最後までゆっくり読めました。体はとても疲れたけれど、ともかく頭には来ずに一日過ごせました。それが何しろ一番ありがたいことでした。自分のために祈ってはいけない、とりわけそれを公言してはますますいけない、という教訓を得て。
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