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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2006年12月02日(土) 倶利伽藍行 日々雑記ではなく、週3雑記になっている、今日この頃です。
土曜日7時半起床。8時半出発。交通情報で安房峠が雪になっていると言っていたので、白馬から糸魚川に抜けることにしました。
松本、安曇野あたりでは、まだスタッドレスタイヤを履いている人はほとんどいません。しかし、北の方に行くと、ノーマルタイヤの車は皆無になりました。
10時、白馬の道の駅。11時、北陸道糸魚川インター。日本海側は、鈍い色の曇り空になっていました。北陸道は、ひたすら空いていて、ひたすらまっすぐで、眠くなるのでありました。北陸の空は、鈍い色の曇り空で、やがて1時に富山石川県境の倶利伽羅峠につく頃には、その空から激しい雨が降り出しました。
スピーカーの話は1時間半ぐらい聞いただけでした。あとは、3年ぶりぐらいに会った仲間とひたすら話をしていました(もちろん別の仲間とも)。
9時頃帰ろうと思っていたのですが、ずるずると10時半頃まで居残ってしまいました。夜の峠はみぞれになっていました。しかし、富山まで行けば、気温もあがって雨になりました。そのまま8号線を朝日まで行って、高速に。
糸魚川ではふたたびみぞれになり、融雪のために道に水が撒かれていました。
南下して標高が上がるにつれ、気温が下がり、みぞれが雪に変わり、道路も白い部分が増えてきました。なにしろ(前回も書きましたが)、スタッドレスタイヤがあまりにも古く、あまり雪が激しくなるようなら、南下を諦めねばなりません。
一番怖いのは、ずっと進んでから諦めることになり、糸魚川まで延々戻る羽目になることです。金沢の温泉施設で朝まで過ごした方が良かったかと思ったのですが、後悔先に立たずです。
後悔先に立たず・後悔役に立たず・後悔後を絶たず。
しかし、雪は激しくならず、生まれ故郷を通り過ぎる頃には、雪の姿も見えなくなり、3時半に自宅につく頃には、よく眠れそうな疲労に包まれていました。
たまったメールの返事はこれから書きます。
2006年12月01日(金) ほっと一息 今週は仕事が忙しく、ほぼ毎晩残業になってしまいました。
商売は相手のあることなので、どうしても思い通りにならないこともあります。
その電話をたまたま(他の社員ではなく)僕が取ってしまった、というだけの理由で、大変な思いをしたわけですが、それを貧乏くじと思ってしまうと、自分が辛いばかりです。
こういう時は、いつもユダヤの言い伝えの話を思い出します。
「スマート・マン(利口な人)とワイズ・マン(賢明な人)とは違う。スマート・マンは状況から抜け出すのが上手な人だが、ワイズ・マンは状況に入るのが上手な人だ」
状況への入り方がうまいってのは、いろんな意味に取れますから、毎回違うことを考えるわけですが。
賢くありたいと思います。困難な状況から自分だけが抜け出す「ずる賢さ」ではなく、状況にうまく関与していく「知恵」を持ちたいと思います。
ともかくいろいろ勉強になりました。
でも、やっぱり自分の能力以上のことをすると疲れますね。
というわけで、今日は昼まで寝ていました(罪悪感無し)。
明日は金沢のAAイベントに行ってくる予定です。
安房峠を越えるか、糸魚川へ抜けるか、上越回りでずっと高速道路で行くか。明日起きた時間で決めたいと思います。夕食は頼んであるので、会場で食べ、夜に帰ってこようと思います。
今日、新しくスタッドレスタイヤを買って交換しておこうかと思いましたが、明日は気温が高く推移しそうなので、そのまま行くことにしました。雪になると帰って来れなかったりして。
今年前半の自分のテーマは、「その人のハイヤー・パワーが進化する」でした。後半のテーマは、「直感とかインスピレーション」でした。いずれも、霊的なふれあいの中から与えられた言葉でした。
明日も運が良ければ、何か与えられるかも知れないと、期待しています。
それよりも、ビンボーなのに何万円も衝動買いしてしまった自分を、正気に戻してくれる何かが欲しいんですけどね。
2006年11月28日(火) 自己主張 自己主張とは、「自分の水差しをワインで一杯に満たす」ことだといいます。
アル中には、あまり良い例えじゃありませんね。水で満たしても、ジュースでもいいと思います。炊飯ジャーをご飯で一杯に満たしてもいいかもしれません(別の意味で問題ある?)。
みんなのグラスに、ワインを注いであげて、挙句に「ああ、私の水差しは空っぽになってしまった」と嘆くのは、自己主張とは対極なんだそうです。
どうしてそうなるのか考えています。
例えば、
見返りを求めないで親切をしていると、自分では思っていても、実は(感謝されるとか一目置かれるとか)見返りを求めている気持ちを抑圧しているだけなのかもしれません。
あるいは、その気持ちに気が付いていても、それを外に表すことができないのかもしれません。
愛していると言いながら、実は相手に見捨てられないことを求めているのかも知れません。
どうすれば、ワインを皆に分けながら、水差しを満たし続けることができるのか。
感謝することは、役に立ちそうな気がします。
自分の気持ちを言葉で表現することも大切だと思います。
人生はギブ・アンド・テイクであることを思い出すのもいいかもしれません。もらっているものの多さは、表に書き出すとわかりますな。
嫌々仕事をやっている人は、仕事をサボる人や仕事をしない人が、たいそう気に食わないのだと言います。自分が嫌々やっていることを、他の人がサボったり、免除されているのは、不公平だというわけです。自分を不幸であると感じていて、なのに他の人が幸福になるのは許せないという状態。
たまたま自分が働いていないと、自分もそのように嫌われていると不安になるでしょうね。
仕事に喜びを感じている人は、その喜びを感じられない人や、感じる機会を与えられない人を、少しかわいそうだと思っても、憎んだりしないと思うのです。だから、働けなくなっても、人にどう思われるかはそれほど気にならないんじゃないかと。
霊的に健康でありたいと思います。
まあ、水差しが空っぽになっちゃったときは、休むしかないんじゃないかと、人生を休み休みやっている僕は思うのであります。
2006年11月26日(日) 過去 5年日記の話は、ミーティングでもたまにしています。
ソブラエティ1年後から、実家の近くの病院で、院内のAAミーティングが始まりました(病院メッセージともちょっと違いました)。
それで僕も、それまで通っていたミーティングを一個減らして、そちらに出席するようになりました。
すると、母が近くまで来ているのなら、帰りに顔を出せと言ってきたのです。
最初は、他のAAメンバーと一緒に行っていたので、本当に必要があって寄る時にしか実家には顔を出しませんでした。でも、そのうち一人で行くようになって、ミーティング後に実家に寄るのが当たり前になり、夕食と風呂にあずかるようになりました。
当時、母は5年日記というのを付けていました。それは各ページに毎日の日付が振ってあって、ページの中が5段に別れていて、毎年同じ日は同じページに書き足していく仕組みです。
僕が飯を食ったり、テレビを見たりしている間、母は日記を付けていることもありました。
すると、母が今日の日記を書いているページには、2年前、3年前に僕がやらかした所業と母の苦悩が書き記されているのであります。それを見て母が、「一昨年の今日、お前はこんなことをやった、あんなことをやった」と言うわけです。
例えば、車庫の柱に車をぶつけて屋根を落としたとか、自転車で酒を買いに行って(川に落ちたのか)ずぶ濡れになって帰ってきたとか。
聞いている方としては、心中穏やかではありません。というか、いたたまれません。
自分でも忘れていた所業が白日の下に晒されるのですから。逃げ出したい気分でした。
僕の態度も穏やかでなかったのか、最初のうちは母も遠慮して言っていましたが、そのうちその遠慮もなくなっていきました。
そしてそれは、5年日記が尽きるまで続きました。
僕らは、AAミーティングで、ステップ4・5、8・9で自分の過去と正直に向き合うべきだとされています。でも僕は、自分の自己洞察ってやつが、どんなに甘っちょろいものかは良く理解しました。自分の過去の記憶は、酷いなら酷いなりに美化されていて、事実とはかなり違うんだってことを。
だから、AAミーティングに家族がやってきて本人の話を聞けば、「おいおい、思い出を良い方に改変すんなよ」って気持ちになるんではないか、そう考えています。
昔のことを言われるたびに、表面に出して(あるいは内心で)感情的になっていた自分ですが、だんだん諦めにも似た気持ちで、他者の視点から見た事実と向き合えるようになりました(ちょっとはね)。
そういうチャンスを与えてくれた、母の5年日記には感謝しています(今ようやく)。
院内ミーティングが病院メッセージに衣替えした後も、あいかわらず通っているのは、母が月に一回は来いと言うのも理由のひとつです。
2冊目の5年日記を書き終えた母は、もう日記を書くことに興味を失ったようで、少し安心しています。
2006年11月23日(木) 好きになれない 人間関係の悩みって、突き詰めると「相手に好意が持てない」ってことに尽きると思います。
好意が持てない理由として、相手の行動を挙げるってことはできます。
でも、それで悩みが消えるかと言えば、消えてくれません。
嫌いな相手とは距離を置くのが正常だと思います。僕は連続飲酒の中で、相手をしてくれる友人をすべて失いましたが、それは彼らが全員マトモな人間だったからでしょう。
けれども、社会の中で生きていれば、嫌いな相手を避けてばかりもいられません。そういう時に、少なくとも「好意を持っているふり」は無理にしないほうがいいと思います。もちろん、敬意を持って相手を尊重することは必要なことですけどね。
自分で自分に強いた好意は、必ず相手にばれてしまうのではないでしょうか。
「これからも一緒にやっていかなければいけない以上、あなたのことを好きになりたいのだが、どうにも好きになれない」
それが偽らざる自分の感情なら、それに正直になるべきだし、それを相手に伝えてもいいと思います。
好きになれないと言われれば傷つきます(少なくとも僕はそうです)。
好きだ、尊敬していると言われるよりは、確実に傷つきます。
でも、無理矢理作った好意は、やはり不自然でばれてしまい、その方が深く人を傷つけると思うのです。
世の中には、どのような痛みにも耐えられない(好きと言われる以外は耐えられない)人がいるのは確かです。でも、それはその人の問題です。
仕事の悩みは、実は人間関係の悩みだったりします。この人間関係から抜け出して、別の場所に行けば、楽になれるかも知れないと思うこともあります。ところが、仕事を変えてみても、どこの職場でも「嫌なヤツ」が必ず一人はいたりします。それは「世の中が腐っている」のではなく、自分の側に問題があるんだと思います。
2006年11月21日(火) かぜで一回休み かぜで一日休みました。
医者には行きませんでした。いつも行っている内科医では、こちらが依存症で、かつうつ病治療中ということは伝えてあるので、たいした薬は出してもらえません。点滴もなるべくしない主義らしいので、診察を受けても「風邪であること」を確認しに行くぐらいの意味しかありません。
風邪を引くと、誰でも多少うつ傾向になるらしく、抗うつ剤とか効き目の弱い精神安定剤を一緒に処方してくれる医者もあります(あと胃薬とか)。でも、そういう変動要因を加えると、かぜが治った後に、今度は気分の変調に悩まされることになります。飲まなければいいんですが、薬代の無駄ですし、新しい医者にかかるたびに依存症やうつの説明をするのも面倒です。
関係ない話ですが、最近書店に行っていません。
まず第一に、本を読んでいる時間が取れません(貧しい生活だ)。
次に、それでも欲しい本があれば amazon.co.jp で買ってしまいます。
たまにリアルな書店に行っても、うろうろした挙句、何も買わずに出てくるのがオチです。それに、長居をするとトイレに行きたくなります。これは「青木まりこ現象」と呼ばれるもので、本屋に行くと不思議とトイレに行きたくなります(大きいほう)。
この生理現象の原因には諸説があります。が、僕の説はこうです。
だいたい本屋に行くような人間は、肉体労働に従事していることが少ないです。どちらかというと、一日中机に座りっぱなしで、運動不足になっていることが多いでしょう。すると便秘がちになります。毎朝ちゃんとお通じがあるんだったら、本屋でしたくなるほうがおかしいです。
普段運動不足の人間が、本屋で立ちっぱなしという(運動というにはちょっと情けない)運動をすると、腸の働きが活発になるのでありましょう。そしてトイレに行きたくなる・・・。
違うかなぁ。
2006年11月19日(日) 大事なこと 大事なことは、自分の考えを使わないってことなんですよ。
いままで、自分の頭で考えて、自分で判断して生きてきたんでしょ。
それで結果はどうなったの? 精神病院に入院でしょ。
精神病院に入院したくてしたのかな? 違うよね。初めてじゃないんだから、あそこが楽しい場所じゃないってことぐらい知っているはずだよ。
仕事だって、お金や家族のことだって、トラブル起こしたくて、起こしているわけじゃないでしょう。
肝に銘じて、今度こそまじめに生きていくって・・・そう言ったって、じゃあいままで不真面目に生きてきたの?
不幸せになろうとして生きてきたの?
真面目に、幸せになろうと生きてきたんじゃないの?
でも、幸せになれなかったんじゃないのさ。
今度こそって、今度と前までと、どこが違うのさ。相変わらず、自分の考えに頼って生きていけば、結果は今度だって同じだよ。
毎晩ミーティングに通っても、なんの役に立つんだろうって思うんだろう?
それが「自分の考え」を使っているって言うんだよ。
だって、自分が納得できることはやるけど、納得できないことはしたくないんでしょ。
でもなあ、あなたの「自分の考え」ってのは狂ってるんだよ。だから今こうなってるんじゃん。その「狂った考え」に納得できるように説明してあげるのは無理なの。
自分で何かを決める前に、誰にでも相談すりゃいいの。
家族がいれば、家族に聞きゃいい。AAにきたら、仲間に聞けばいい。職場だったら、だれでもとっ捕まえて相談すりゃいい。誰にも聞かなくて、自分の考えだけで決めてさ、それで結果が悪くても、反省なんてしないだろ。どうせどこかの誰かが悪いって、人のせいにした挙句、「俺は傷ついた」なんて言ってるに決まってるんだよ。
ともかく今は納得できなくても、言われたことをやるんだよ。続けていれば、「良い考え」と「自分の考え」の区別が付くようにだんだんなってくるからさ。ミーティングに出るんだよ。
2006年11月18日(土) オフ会 今ごろ、二郎さんの掲示板のオフ会が盛り上がっているところでしょうか。
実は行こうか行くまいか悩んでいて、いざ高速バスの予約をしようとしたときには、帰りの便が全滅で諦めたのでした。
それよりも、10月末までという期限で引き受けた仕事(?)を、まだ引っ張っていて、それが昨日までに終わる見通しがなかったからです。そしてもちろん、今日も作業中です。
オフ会というと思い出すのが、インターネット以前の掲示板のオフ会です。
NIFTYとかPC-VANのような大手ではなく、個人が自宅でやっているBBSホスト局がたくさんありました。オープンに参加者を募集しているところもあれば、一見さんお断りでスポンサー(紹介者)が要るところもありました。
実名で参加する人もいましたけれど、ニックネームを使う人がほとんどでした。その名前のことは、CB(市民無線)用語の転用で「ハンドル・ネーム」といいました。
そういった掲示板のオフ会にはたまに行きました。
例えば、あるホスト局のオフ会は、毎週決まった曜日に秋葉原の飲食店で行われていました。僕もときどき参加していましたが、いつも酔っぱらって身なりの汚い僕の評判は、芳しいものではありませんでした。
オフ会で恥ずかしかったのは、ハンドルネームで呼び合うことです。いい大人がオタッキーな単語で呼び合う世界。他の客もいる場所なのに。
ある焼き肉屋でオフ会をやった時には、遅刻者から連絡が入り、店内放送で幹事が呼び出されました。「ひろひろネットワークのフレイヤ様。アムロ様よりお電話が入っております・・・」(すべて仮名)。どんなヤツが立っていくのか、店内注目でありました。
まあ何にでも慣れますけど。同様のことは伝言ダイヤルやパーティラインのオフ会でもあったと聞いています。コンピューターネットワークや携帯電話の発展もあって、変な名前で呼び合っているコミュニティも、珍しくはなくなりましたが。
「心の家路」はオフ会やらないのか? と聞かれることもありますが。「やらない」と答えています。みんな自分にあった自助グループに行って、そこの人と会えばいいと思っています。オンラインの仲間同士、顔を直接合わせなくても、霊的な交わりの中で一緒にいられると言って、ごまかしています。
それでも、AAイベントでお会いした時には、お話をしたりしています。
実は「掲示板の○○さん」は「AAメンバーの○○さん」、という対応付けを人にバラしてしまうと、せっかくその人が掲示板で別の名前を使っている意味がなくなったりします。本音を語るためには、別の名前が必要な時もあるでしょう。
実名を名乗らなくても、それが誰かを識別する(ハンドル)名前、それがハンドル・ネームです。
2006年11月17日(金) 献金 先週車をぶつけてしまいました。
スーパーマーケットの駐車場で、バックさせている時に、下げすぎて後ろの車にボコリとぶつけてしまいました。相手の車には、買い物中の奥さんを待っていたとおぼしき男性が乗っていて、さっそくバンパーの傷の確認などをしました。
ともかくこちらとしては謝るほかありません。なにせ、相手には何の非もないのですから。再塗装の請求書をこちらに送ってもらうことにして、連絡先を交換して別れました。
相手のバンパーはすでに傷だらけで、そこに新しい傷が加わっても大したことはなさそうだったのですが、そこでごちゃごちゃ言っても始まりません。
数日後、ディーラーから3万5千円+消費税という連絡がありました。
大きな事故は別にして、自動車に乗っている限りは、細かな事故は避けられないものだとしか言いようがありません。こういう話をすると、「私はぶつけたことがない」と言う人が出てきますが、そう言う人に限って、何かの力に守られていることに、感謝しようという気持ちを感じられないのは、気のせいでしょうか。
毎日AAミーティングに出ている人は、毎日100円の献金という人が多いと聞いています。もちろん、献金は義務ではありませんし、どれぐらいすればいいと言う目安があるわけでもありません。けれど、毎日出席派の人は100円という人が多いような気がします。一日100円でも、一ヶ月で3千円。十分立派な額だと思いますね。もちろん、少ない人もいれば、もっとたくさんしている人もいて、それは自由なことです。
僕は週に二回なので、500円玉にしています。ミーティングに行く前には、なるべく500円玉が財布に残るように努めていますが、ない時は100円玉三つで(自分に)勘弁してもらっています。もちろん、忘れてしないときもあります。
献金て何なのか? と問われれば、それは「感謝」でしょう。
感謝とは気持ちでするものではなく、行動でするものだと思うのであります。
「金銭と霊性(スピリチャリティ)が結びつくところが、この世の中にひとつだけある。それが献金箱の中だ」と本にもありました。
献金箱にお金を入れるのは、そのお金で自分に何か買ってあげるのを諦めることです。それから、誰か他の人が責任を負えばいいことではなく、それが自分の責任だということでもあります。
そうやって何かを手放し、何かをもらっていると、いざお金が必要になった時(たとえば車の修理費が必要になったとき)そのお金は不思議と都合が付くのであります。まあ、裕福にはならんですが。
ところが、献金を節約していると、金回りも心も苦しくなってきます。
どういう理屈かはしりませんが、それが僕の経験です。
結局自分の利益のために献金しているのであります。
2006年11月15日(水) テーマ AAミーティングにはテーマがあります。
もっとも最近の僕はあまりテーマ・ミーティングには出ていません。ホームグループの週二回のミーティングは、片方はビッグブックを読んでの分かち合い。もうひとつは12ステップです。
たまに行く会場では、『今日を新たに』の今日の日付のところが対象のところもあります。あと、『スツールと酒ビン』をやっているところもありました。
でも、読むのは薄いミーティングハンドブックだけで、後は司会者(進行役)が決めたテーマで分かち合いをする「テーマ・ミーティング」に出ることもあります。僕がつながった頃のグループでは、そのテーマミーティングがとても多かったです。
どんなテーマを選んでも、それは司会者の自由(というか司会者の権限)ではあるのですが、AAらしいテーマを選ぶかどうかは、その人の力量(という言葉がふさわしいかはともかく)もあると思います。たとえば、提案されているテーマの中には「無条件降伏」というものがありますが、わざわざこのテーマを選ぶには、ステップ1・2・3が強く意識されていないとできないような気がします。
なにしろ、たいていの会場では、司会進行役は、最初に経験を話す役割でもあり、最初にテーマに沿って話をするのは、結構難しいものであります。
もちろん、個人的悩みを抱えた司会者が、その悩みについて皆の考えや経験を聞きたいと思い、「家族」とか「お金」とかいうテーマにした結果、素晴らしい分かち合いになる場合もあります。テーマを決めた司会者が、テーマとぜんぜん関係ない話をするのもOKだと思います。それは他の参加者も同じことです。
AAらしいテーマにはステップの精神が反映されていて、わざわざそれを選ぶためにはステップ3の「やる気」が求められると考えています。
スポンサーからは、「テーマに沿わない話をするのまったくの自由だが、テーマに沿った話ができないのも(依存症という)病気である」と言われました。
そうは言っても、昨夜はビッグブックの巻末付録の「AAに連絡を取るには」を読んでの分かち合いでありました。それに絡めて何を話せばいいというのか? しかも司会の次に順番が回ってくるし。まあ、テーマが自分の能力を超えていることを素直に認めればいいだけの話かもしれません。
提案されているミーティングテーマ
Suggested Topics For Discussion Meetings
魚拓
日本語訳は、『ようこそAAへ』という100円のパンフレットの巻末にあります。
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