心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2003年03月03日(月) 数と多様性こそが真の力

僕の2番目のホームグループにおける最後の一ヶ月が始まりました。
このグループは事実上一度崩壊しています。 再建されたグループのほうが、なんとなくいい感じです(手前味噌)。 それはやっぱり無理な気負いというものがないせいでしょうか。背伸びをしすぎたというのが、以前のグループでの反省でした。

ほとんどのメンバーは、週一回だけのミーティングに定期的に参加することを基本にしています。隣のグループまで行くのは、お休みのときや個人の非常時や、用事があるときに限られています。イベントにもしょっちゅう行く人はいません。 委員会や集会への参加も最低限。病院メッセージも誘い合わせてなんとか続けているぐらい。献金はなによりもグループのために第一に使われています(今月は珍しく1万円集まったけど、ほとんどがグループの溜まっていた支払いに使われてしまった)。

人数のほうは、波を繰り返しながら漸増してきました。AAのメッセージ先の病院の出身者が多いというのもあります。一週間ごとの再会を喜ぶ笑顔と、他に対する寛容さがあります。
メッセージを運ぶことや、サービス活動への「強烈な」熱意はないですが、このミーティング会場がアルコールに対する安全な港であって、それを「皆でできる範囲で協力しながら」守っていこうという意識が自発的に生まれ、共有されつつあるんじゃないかと思います。

まあ、飲んでしまったら元もこもないのですが、生活と両立しなければ長くAAは続けられないということです。 一時的に質が高めるよりは、時間軸において量をふやしていく。「ミーティングの回数を減らしなさい」
というスポンサーのあの頃の謎めいた提案の真意がやっとわかってきたということかな。AAにあまりに多くのものを捧げている人は、やぱり同じ種類の人にしか「ひきつける魅力」を発揮できないということかな。 そうは言ってもね。


2003年03月02日(日) 感謝を言葉に

以前仲間に、「感謝を言葉にしなさいよ」と言われたことがあります。言葉にしないと伝わらないじゃないか、と。
そのときは、なるほどと理屈で思っただけなんです。で、以前スポンサーが「最近、誉められると素直に喜べるようになってきた」という分かち合いを受けたときにも、なるほどそんなものかな、と思っただけでした。
今日は、ありがとうと言われて、なんだか素直に嬉しいのであります。以前だったら、言葉に踊らされるようなおめでたい人間になりたくない、などという「屁理屈」が働いてしまって、無理に喜びを自分の中に押し込めていたところがありました。 感謝に踊らされないほうが高潔だというカンチガイをしていたのかもしれません。

「えへへ」と照れながら、頭をかいて見せるというのも、正直のありようかもしれません。
空っぽの器を大きく見せようとした挙句、「なに考えてるかわかんない」と言われるよりは、考えていることが丸分かりの小さい人間のほうが、自分にはフィットしているのかな。んでもって、やっぱり自分は人を誉めるのは苦手なんです。小さい頃から、本当の意味では人を誉めてこなかったからです。
感謝を言葉にする習慣が無いから、人を誉めることが難しいのでしょうか。

ちなみに、ツ○ヤの一件は酒販会社のローカルなキャンペーンではなかったかというのが、とりあえず自分の中での結論です(つまんねーの)。


2003年03月01日(土) 地区委員会前

以前だったら、疲れていれば何時間でも十何時間でも眠れたのですが、最近は8時間連続で眠ることも難しくなっています。 疲れていても目が醒めてしまい、そのまま布団の中にいるとロクなことを考えないので、しかたない活動していると、余計疲れが蓄積するわけです。計画的に動いていかないと、そのうち行動不能になってしまうかも。
来週は県外出張が3回、再来週は海外と、仕事がハードになってきただけに、AA・家庭・仕事とバランスを考えて行動すると自戒しておかないといけません。

さて、ひさしぶりにTSUTAYAでビデオをレンタルしに行きました。 娘たち用に、おじゃ魔女とサクラを借りました。 店員さんの中に、背の低い女性の方がいらっしゃいまして、まあ低身長好みの僕としては大変好みであります(変な日本語だ)。
もっとも、ツタヤのカウンターはラウンドロビン方式ですから、誰にあたるかは待ち行列の中の位置次第ということになります。 で、今日は運良くその方にあたったんですが、別にだからと言って特別な会話をするでもなく、去ろうとしたところへ、「ちょっと待っててください」と言われたので、その人がカウンターの奥へ引っ込んでいる間30秒ほど、ぼうっと待っていました。
そして、その女性が差し出した物体を見て僕の思考は停止してしまいました。きちんとした日本語をしゃべってもらったのでしょうが、僕の頭はそれを理解できませんでした。
ともかく、「いえ、結構です」と言って、その場を去りました。それは僕の大好きなソルティードックのボトルのように見えたからです。

これは、僕だけに起こった事件だったのでしょうか、それとも全国のTSUTAYAでカクテル瓶がプレゼントされているのでしょうか。 もしくは、単なる僕の目の錯覚なのでしょうか。ともかく、「最後の弁護士」のタイトル曲って誰が歌ってるんですか? という質問をし忘れてしまったため、別のところで買う羽目になってしまいました。

セックスうんぬんは別にしても、一緒に遊んでくれるガールフレンドは欲しいなというのが率直なところであります。 まあ、それを浮気というのかもしれませんが。でも、遊んでいるヒマも金もないというさびしい現実もあったりして。



2003年02月28日(金) さようならジャニス

JANISを解約しました。
思えば2年に満たない短い付き合いでした。
ドメイン名を取得して、ホスティングサービスに移行した後も、半年は移行期間としてJANISをダイアルアップ契約で続けて、移行を通知しつづけるつもりだったのですが・・・。
「月の末日の午前中までに、解約の申し込みを済ませてください」とだけ書かれていたので、じゃあ3月末まで維持したい場合には、2月の末日の午後にメールを送ればいいんだ、と思いまして、今日送りましたところ、夜になって「解約手続き終了のお知らせ」が届き、2月末で契約が終了しますと通知されてきてしまいました。

そんなわけで、http://www.mhl.janis.or.jp/~ieji/ は2月末を持ちまして閉鎖してしまいます。 予告なしでごめんなさい。
ほとんどのリンク元は http://www.ieji.org/ に変更がすんでいますんで、JANISのを訪れる人はほとんどいません。それでも、一部のサーチエンジンのリンク先は、まだJANISのになったままのが残っています。
そういうのに限って「アルコール依存症」でのランキングの20位あたりと、比較的目立つポジションを確保していたりするわけです。 残念だったりして。

アノニミティとか言いながら、なかなか名誉(とまでは言わないけど)とか、「注目」という欲から自由になることはできないものです。


2003年02月27日(木) 人間としての限界

飲んでいた頃は、「どうして東京近郊に生まれなかったんだろう」と恨んでいたのですが(イナカ者であるのが嫌だった)、本気にAAに取り組みだしたときにはミーティングにいっぱい出たかったです(まあ他にやることもなかったですから)。でも、長野にはたくさん会場があるわけじゃないですから、せいぜい週に3回でした。最近はそんなに出てません。
「どうしたって休むわけにはいかないミーティング」があれば、その日の夕方に仕事に火がつかないように、別の日にがんばっとかないといけません。
なんだか知らないけど、いろいろやるべきことも増えているし・・・。やりたいこともあります。もしかりに、突然「東京近郊の人」とかになって、「さあ、あなた毎晩ミーティングに行けますよ」とか今言われても、僕は「むう・・・」と言って黙り込んでしまうでしょうね。

昨日・今日と、家に帰ってから2時間ぐらいずつ寝てから、やっと食事と風呂ができるぐらい疲れてます。 スーパーマンになって、毎日ミーティングに出ながら、今抱えていることを全部こなしていけたら、すごいのでしょうけど・・・。 自分の能力の限界というか、身の程というか、それをだんだん叩き込まれてきているのでしょう。

周囲を見ていても誰にでも波があって、AA多動症(楽しいせいなのか、苦しいせいなのか)だったりちょっと遠ざかっていたり・・・。すべてのアルコホーリクにはメンバーになる資格があって、その人がメンバーだといえば誰もそれを否定できないんでしょ。

Hazelden から荷物がちゃんと届きました。



2003年02月26日(水) コミュニケーション・コミュニケーション

ハイヤーパワーとの間のパイプが詰まっていて、「あなたの願い」が伝わってこないってのも、いろいろと不都合なんでしょうが、人と人との間のパイプが詰まっていて気持ちやらなにやらが、伝わってこないってのも不都合なんでしょうね。
努力したって自分なんてどうせ変えられない、っていう諦めが、回復のおおきな妨げになっているケースをよく見かけます。 自分もそうですし。すぐに変わってくれないと、変わるまで辛抱できなくて、投げ出しちゃったりします。グループもそう、AA全体もそう。危機感をもって、変えようというアイデアを持っている人は、たくさんいるんだけれど、自分ひとりがやったって何も変わりはしない、という諦念に押し流されがちなのでしょうか。ひとりでは無力だものね。

だから話をするしかないのね。 できれば直接会って、無理なら電話でも、メールでも
手紙でも。 それはエネルギーがいるんです。 時間もいるんです。言いっぱなしの聞きっぱなしでもないから、もっとエネルギーがいります。

「そんなことしたって、何も変わらないよ。 いまのままでいいじゃないか」

AAにつながるまで、ずっと言いつづけてきた言葉、せっかく捨てられた言葉を、僕はまた繰言のように口にするようになっていたのですね。傷つけあうのは仕方ない。 アル中どうしなんだから。物事が変わるのには時間がかかります。 諦めちゃうのは焦っている証拠。
ゆっくりやろう、でもやっていこう。



2003年02月25日(火) 給料日だ

久しぶりに朝食をまともに摂りました。(昨日の残りのカレーを温めただけですが)。
食事=新聞の人なので、朝刊を読んでいました。 セクハラ(というか暴行だなこりゃ)をした教師を訴えた中学生の話というのが取り上げられていました。「当たり前のこと」がニュースになってしまうことの悲しさかなです。そんなヤツを教師にするな、と言うのは正論ですが、昔はどうだったか知りませんが、中途半端な個人主義者たちの現代社会では、教師とて聖職ではありません。

頭の中にもやもやしたものを抱えている連中を、教師や医師から排除しようとしても、現実にはそんなことはできっこないです。 頭の中で何を考えようと、それは人の自由ですが、実行に移してはいかんこともあるわけで、そこらへんはきちんと犯罪として告発されないといけません。 ところが、告発=有罪の確定ではないという大前提が忘れ去られていて(推定無罪の原則というのもあるし)、告発(告訴)時点で社会的に葬り去られてしまうのですね。 だから、被害者の心情の壁以上に、社会的な圧力が告訴への障害になっている気がするのです。 中学生に対する周囲の冷たさもそうじゃないのかな。
もっと(例えば性犯罪の)告発告訴が当たり前のことになって、それでなお被告が否定するなら罪の確定までは、その人の社会的地位がきちんと守られる世の中になれば、そのほうが良いと思うのです。

痴漢の冤罪で、職を失い、裁判で数百万も使った男性の話もありました。 疑惑の時点で社会的制裁を振り回す世の中が、結局は被害者の泣き寝入りを増やしているのではないでしょうか。もちろん、再犯や証拠隠滅は司法で防いでもらわないと困るんですけど。
片棒を担いでいる新聞が、そんな記事をのっけたってねぇ、と朝から辛らつな気分なのでした。


2003年02月24日(月) ネットニュース

ミーティングを終えて帰宅すると、テレビにはマイケル・ジャクソンが出ていて、妻はご飯にしてくれないのでした。 いや、そんなことで嘆いていてはいけません。待っていればそのうちご飯になるのだから、と新聞を捜したのですが見つかりません。しかたないので Yahoo TV で番組表を見ると、なんと11時過ぎまでやるではないですか。深くため息をついて待つことにしたのでした(ひいらぎはテレビを見ない人です)。

最近は読んでないし、読み方を人に説明するのも面倒なので、あまり教えてまわってはいないのですが、AAのネットニュースグループがあります。 alt.recovery.aa。
最近は Google のウェブから読むことができますので、特別なソフトの設定は要りません。
http://groups.google.co.jp/groups?hl=ja&lr=&ie=UTF-8&inlang=ja&newwindow=1&group=alt.recovery
ちなみに、NA・AC・共依存・過食・セックス・ギャンブル・ニコチンもあります。rational は Rational Recovery(AAとは違うアメリカのアルコールの集まり)かな。

日本語のニューズグループとしては、fj.* と japan.*、それにマイナーなところだとnihon.* や tnn.* とかあります。 でも、どこにも精神の健康に関するグループはないんですよね。 日本の場合には、インターネット=ウェブだという感じになっちゃいましたので、改めてニューズグループなんて作る必要はないのかもしれませんが、公共の場所としての、japan.recovery.aa とか japan.recovery.danshu とか作っても・・・
誰も投稿しないかなぁ。


2003年02月23日(日) ゆるやかな旅路

昼間、妻の友人が子供を連れて遊びにきました。
といっても、二人とも寝込んでいた状態ですし、部屋は正月から一回も片付けられていないし、掃除機も一回しかかけたことがないという状態です。僕は、それでも一向に気にしないという人なので、そのままでした。

来客のおかげで、居間が片付いてよかったのですが、パパは書斎とは名ばかりの倉庫にずっと閉じ込められてイラつき、ママは人疲れしたようでざらつき、夕方は家庭内に殺伐とした雰囲気が漂っておりました。 でも、定期的に来客がないと、多分我が家は大変なことになってしまうのではないかと・・・・。

『別れてもチュキなひと』を見ながら、

「あーゆー、病弱で細身の女っていいよなー。 でも結婚したら病弱じゃ困るけど」

「ふうーん。やっぱ男の人には、毎日外で働いてもらわないとねー」

「おおう、まかせとけ。 朝飯さえ食わせればバリバリだよーん」

「そんなもん、自分で作りなさいよ」

「俺は働くロボットじゃねーって」

「馬車馬のように働きなさい」

「もっと俺の労働に対する感謝とかいうものはねーのか」

「だって、あんた子供の世話しないじゃない。 お菓子あげてるばっかりでしょう」

「パパ、お菓子あげるだけのひとか?」

「うん、パパはお菓子くれるだけの人」

少しづつ家庭らしさを取り戻しつつあります。 冬から春へ、波を越えながら。


2003年02月22日(土) 金銭による解決

さるさる日記にお金を払いました。 たぶんバナー広告が消えていると思います。本サイトをホスティングサービスに移行した時点で、この日記もサイト内に収容する予定だったのですが、その作業は遅れに遅れております。 理由はたぶんいろいろと面倒だからです。
「でもそのうちきっとやるから、皆さんそれまで広告に我慢してね」と思っていたのですが、怠惰な自分に嫌気がさしたので、お金を払って広告を取り除くことで、問題を先延ばしにしました。 (これを消費による精神の安定と呼んでいます)。
1000文字(全角だと500文字かな)までと決められているのも、この日記システムの良いところです。 制限がないと、たぶん僕の文章はだらだらと長くなります。そして、疲れるので長く続きません。

あんまさんからは「できれば月に2回、すくなくとも1回来なさい」と言われているのですが、さすがにそんな贅沢はできません。 疲れに疲れたときの最終手段です。そして、筋肉中にたまった疲れが放出されるせいでしょうか、翌日は全身がだるくなります。

週末ということもあって、娘たちが戻ってきています。 みんなでデパートに買い物に行きました。 椅子がたくさんあるのは良いデパートであります。「どうして買い物にあんなに時間がつかえるのだろう?」と不思議に思い、そういえばお金を使うのも、時間を使うのも、英語では spend なんだよなー、とか考えながら、その椅子で寝ていました。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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