心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2002年05月05日(日) 連休3日目

車を repair する予定でした。オープンスピーカーズの翌日、仲間の家にPCを届けに行きました。彼のアパートには駐車場が無いので、いつも駐める場所は近くの公民館です。でも、公民館前に止めたとたんに「今日イベントやるもんで、遠慮してくんねぇかぃ」と言われてしまいました。 次の候補は、神社前の空きスペースなんですが、こちらは時おり警察の取締りがあるので、あまりとめたくありません。しかたないので、彼のアパート前の細い道を無理やりバックで入れていたら、納屋にぶつけてしまいました。リヤバンパーに、細かい凹みがボコボコと出来ていました。そのときは、まあいいやという気分でいたんですが、さすがに目立つので、パテ盛って、タッチペイントで塗ることにしました、が・・・。 諦めました。素人には無理なレベルです。
しかたないので、洗車してワックスをかけ、窓ガラスには撥水剤を塗りました。ワックスは6ヶ月ぶりぐらいでしょうか。撥水剤のほうは重要な意味があって、ミーティングが終わって夜9時・10時に峠を越えて帰ってくるときに、ウィンドウに撥水剤が塗ってないと、ぎらぎらして見難くていけません。
そうすると、ミーティングを休む口実が一つ増えちゃうわけです。



2002年05月04日(土) 連休二日目

家族で出かけることにしました。目的地は、市のごみ焼却場に隣接した公衆浴場です。プールもあるのですが、上の子の水着が見つからないので、お風呂だけにしました。もっとも、天気がよければ、朝から新潟に向かって、海岸でのんびりする予定だったのですが、天気予報は無情にも雨を予想していましたので、距離をぐんと縮めて市内にしました。でも、その前に「荷物を置きに(昨日のですな)実家に行く」ということに強引に決めてしまいました。妻は姑と会うのはあまり好きじゃないので渋い顔です。
いきなり訪れたにも関わらず、母は歓迎してくれて、兄一家はレジャーで泊まりに行っているから気兼ねなく風呂を使ってくれていいよ、と言ってくれました。お言葉に甘えて、風呂に入り、ちょっと横になるだけのつもりが、夫婦でぐうぐう寝てしまいました。その間に、雨模様にも関わらず、母は孫たちを公園へ連れ出してくれたようです。夕方をのんびりと寝て過ごし、皆で食事にでかけ、家に帰る車中で子供たちは寝てしまいました。
あとは、子供たちを布団まで運んで一日が終わりました。
妻は手書き原稿のタイプを、僕はハードコピーしか残っていない資料のOCRに、のんびりと取り組んだのでした。



2002年05月03日(金) 連休一日目

50円で入手したスピーカーがあるんですが、ACアダプターがついていませんでした。アダプターを買って、(多分コネクターのサイズが違うだろうから)コネクターをはんだ付けすれば、大丈夫なはずです。
近くの電子部品屋さんに行きました。歩いて行っても良かったのですが、車で出かけました。ACアダプターが意外と高くて、全部で2000円弱になりました。ついでにその店の二階のジャンク品売り場を覗きました。電界強度計が2000円だったので買おうとすると、店の主人(社長)に、「これ全部で500円で買わねぇか?」と言われました。わりと大きな品が10個ぐらい並んでいます。あどACアダプターが三個・・・。買いました。「いや〜、助かるねぇ〜」、そりゃそうでしょう。こんな古い品欲しがる人は滅多いないし。ステーションワゴンの荷室が一杯になりました。家に戻って冷静になると、なんでこんなもの買ったのか自分でも不思議になりました。ミリボルトメーターやら19ラック用シャーシとかはともかく、工場用のモーターとか、昔の教室にあった放送用スピーカーとか。狭い我が家にそんなもの置いておく場所はないし、ベランダに出しておけば雨水でダメになってしまいます。
うっすらとではありますが、やりきれない「怒り」とか「後悔」とかが心の中に湧いて来ます。粗大ゴミで出すと、それだけで数千円はかかるでしょう。困ったなぁ。ひさしぶりに実家の母に電話して、「悪いんだけど土蔵の中にでも置かしてくれない?」と頼んだら「お前の車に積めるぐらいだったら、いいよ」と言ってもらえました。
ありがとう。



2002年05月02日(木) ゴールデンウィークの間の3日間

僕の勤めている会社は「カレンダーどおり」なので、火・水・木と出勤になりました。でも、この景気ですから、お客さんの方は10連休なんて会社も珍しくありません。もちろん、それを相手にしている会社も「この際だから」と休みになってしまうところも多く、全般的に仕事も停滞して、のんびりムードが漂っています。僕はといえば、オープンスピーカーズではしゃぎすぎたツケがまわり、体力的にしんどい3日間でした。だからこそ、のんびりムードで助かりましたが。そういえば、今週はミーティングに行く予定を立てていません。
ホームグループのミーティングは月曜で、会場施設が祝日になると休館になってしまうので、ミーティングもお休みです。代替の会場を探しても良いのですが、お金もかかるし、どうせオープンスピーカーズもあるんだから・・と、代替会場なしにしてしまいました。隣のグループのミーティングに行ったっていいわけだし。来週も月曜が休みなんですが、その日は「曜日が重なっている会場」に行く予定です。
後半の4連休は出勤の可能性もあったのですが、木曜のこの時点で、この日記を書いているぐらいですから、まるまる休みになりそうです。やっと翻訳にあてる時間がとれたというわけです。
楽しみだな。


2002年04月29日(月) ピンクの雲の上で(その��)

さて、夜のフェローシップで、僕には「会わねばならない」と心に決めた人が二人いました。
ひとりは隣県の仲間で、僕はいつも彼のソブラエティの後を追いかけているというような、そんな人です。要件は、僕のスポンシーのステップ5を受けてもらうよう、お願いをすることでした。快諾していただけたので、あとは二人を引き合わせ、スケジュールとかは二人で決めてもらうようにお願いしました。僕も、スポンサーにはステップ5は受けてもらえず、別の仲間を紹介されました。比較的年齢も社会的背景も近いその仲間とは、それまであまり親しくはなかったんですが、それが縁になって、ラウンドアップの実行委員など一緒にやりながら、忌憚のない意見のやり取りもしましたっけ。(そういえば、その仲間とも2年ぶりに会えました)。

もう一人は、新年早々からチャットやらメールやらで、親交の復活している仲間とです。「12&12は、BigBookを読んでることが前提の本でしょ? だから、ステップ2・3をすっ飛ばしてステップ4・5をやっても形だけになっちゃうのよ」という意見には傾聴すべきものがあります。僕は、彼女の外貌が attractive であることが心配の種で、ジャンク箱の中に放り込んだ磁石のように余計なものを引きつけるのを、はらはらしながら見ていたわけなんですが、内面に spritual な貯金が貯まる様子を見るにつれ、(同じジャンク箱の中のくず鉄として)僕なんかの心配は無用だと思い直したのでした。
「おやすみ」を言ったのが2時だったかな。(僕は何か食べないと眠れないので)柊の摂食障害とからかわれながら、夜食を食べ、麻雀部屋には近寄らないようにして、布団に入りました。



2002年04月28日(日) ピンクの雲の上で(その�◆�

会場到着は5分遅れ、しかもついた途端に、持参の朝食を食べ始めるというルーズな僕です。以前も、オープンスピーカーズの駐車場案内の件で、案内図を掲示しない・案内係が居ないというチョンボをやらかしたことがあったのですが、その反省が活かされず、今回も同じ事態が発生してしまいました。
会場前の駐車場は、図書館?との共用駐車場で、「会場側の利用者が駐車場を占領してしまうと図書館利用者が大変迷惑する」ので、「会場裏側の駐車場に誘導して欲しい」と言われていました。でも、張り紙をしていないので、皆が会場前に駐車します。そこへ僕が行って「AAの方ですかぁ? すみません、会場の裏手に移動してください」とお願いするわけです。「張り紙ぐらい、仲間が用意してくれるだろう」という甘えが自分にありました。皆さんには二度手間をおかけして、ごめんなさい。

さて、ミーティングが始まって1時間もすると、もう来る人もわずかです。会場の中の後ろの椅子に座って、仲間の話を聞くことにしました。東京から来た女性の仲間を「関係者」と勘違いして、「無理なさらずに、途中でお帰りになってもかまいませんよ」などと余計なことを言ってしまったりしました。
仲間の話に、思わず涙が出てしまいました。一瞬「恥ずかしいな」と思ったのですが、仲間の話で涙を流すのは、決して恥ずかしいことではない、と思い起こしてハンカチを取り出しました。



2002年04月27日(土) ピンクの雲の上で(その� �

「ねむい」

ノバのレッスンから帰ってくると、既に9時過ぎです。
夕食を済ませて、「ちょっと横になるつもり」が、起きてみると1時近くになっていました。家人に「そのまま寝ればいいのに」と言われましたが、風呂を沸かしなおして入りました。仲間の書いた記事のなかに、「疲労を取るには睡眠・入浴・飲酒しかない」てのがありましたが、僕も、ほぼ同意見です。しかも、入浴が大切であると思っています。例え仕事で朝5時に帰ってきても、風呂に入ってから寝ます。睡眠時間に1時間を加えるよりも、入浴したほうが(僕の場合)疲れが取れるのです。明日はオープンスピーカーズ。
駐車場案内やら、受付やらで、仲間の話がどれだけ聞けるかも定かでありませんが、
ともかく、僕にとっては久しぶり(2年ぶり?)のAAイベントへの参加なのです。

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だいたい、前の日からパニックに陥っていたのです。
このWebサイト作成の元になった「ミーティング会場地図作成」は昨年の秋でした。あれから、ひとつの会場が休止し、新しい会場がひとつできました。今回のオープンスピーカーズには、その変化を反映した地図を用意することになっていました。議長と相談して300部刷る事になっており、原稿も「とっくに出来上がっている」ハズだったのですが・・・・。新しい地図を格納したファイルを開いてみると「2001年12月版」
あれれ? どうやら、古いファイルで新しく描いた地図を上書きしてしまったようです。バックアップのZIPディスクの中身も、DATテープの中も、全部「2001年12月版」です。パニック状態の頭の中で、「どこかにデータが残っていないか」必死で考えました。ああ、「心の家路」のファイルの中に、新グループの地図はあるはず。そこに、Web用に変換する前のデータが残っていました。いそいで「2001年12月版」にそれを貼り付け、編集を加えて、プリントアウトしたものを、コピー印刷屋さんに持ち込んだのは5時半でした。閉店する6時までに、なんとか300部刷ってもらうことができました。
B4版両面コピー印刷300部で2700円。紙代コミで一枚9円です。(前回は500枚で3500円)。この老夫婦の経営する文房具店がなくなってしまったら、いったいどうしたらいいことやら。
それにしても、「お出かけ」の予定を延々待たされた子供たちよ、ごめんね。



2002年04月26日(金) はっぴば〜すでぃとぅゆぅ

仲間のバースディミーティングに行ってきました。
仕事を抜けるのが遅れて、ついたときにはケーキも切り分けられ、本人の話も終わりに近いところでした。県内のAAメンバーでも、僕の「飲んでいた頃」を知る仲間は、次第に減ってきました。さびしいと言うか、何と言うか。でも、自分の酷かった頃を知る人に会うのは、大切なことですね。
昨夜、母親と話をしました。

「あの人(僕のスポンサー)は、今どうしている?」
「よくわからない。たまにしか会わないから」
「あの人には恩がある。何かお返ししなくちゃいけないよ」
「AAはそういうのと違うんだ。あの人は、あの人の生活の中から時間を割いてくれた。だから、僕も自分の生活の中から時間を割いているの」

最近はすっかりフットワークも重くなっているので、なかなかバースディミーティングだからと言って、遠くまで出かけることもできなくなりました。
もっと時間が欲しいよなぁ。



2002年04月25日(木) やっちまった〜〜

岐阜県の某所から、高速道路をぬうわKm/hで走りながら長野へ戻ってまいりました。そのまますぐに自分の車に乗り換えて、病院でのミーティング会場へ急ぎました。なんとか2分遅れで、会場に飛び込んでみると・・・・あれ?
患者さんがこんなに多いのは・・・これは前回と同じ。でも、なんで隣のグループの仲間がふたり揃って来て、司会もしてるの? 彼らの輪番は第3週(先週)では? それとも僕が何か大切なことを忘れているのか? 昔のブラックアウトの翌朝に、連結しない記憶の空白部に、何が起こっていたのか、周囲に聞くこともできない、あの感覚ににた「じゃあ、僕が先週のミーティングの担当になったんだっけかな、だとしたら、先週はいったいどうなったのか?」疑問と不安がよぎります。ミーティング終了後、

「あのね、柊が第5週を担当してるから、第4・第5と二週続くと仕事とかで大変でしょ。だから、4月から、第3と第5に変えたんだけど・・・」
「そ、そうでしたね」
「いや、僕らも、先週柊に確認するの忘れてたから」
「いや、それは僕の責任ですから・・・」

で、先週のミーティングですが、「ふと何かに駆られて」ミーティング場に顔を出した地元の仲間が、司会を勤めてくれたそうです。ありがとう。また仲間に助けられましたね。
しかし、彼曰く。「ハイヤーパワー、ですね」



2002年04月24日(水) 旅先でAA

一泊二日の出張でした。
とある製品の使い方のトレーニングコースという名目で、一日半、ディスプレイとにらめっこでした。初日は4時半に終わってしまったので、ホテルにチェックインしてもまだ時間があります。夕食にふさわしい店がなかなか無くて、一緒に行った同僚と、駅周辺をだいぶ歩いてしまいました。落ち着いたのは、うどんがメインメニューのファミリーレストランでした。そこを出ても、まだ6時半だったので、駅まで戻ったところで、「ちょっと友人と連絡が取れたので、会ってくる」と言って、同僚と別れました。
電車でふた駅110円で、ミーティング会場最寄りの駅に到着です。そこから歩いて5分のところに会場はありました。夕暮れの中に「AA」と書かれた看板がかかっているのを見るたびに、なんだか「ほっ」とした気持ちになります。中に入って、献金箱にお金を入れ、コーヒーを自分で入れて飲めば、「新しく来た人」ではなく、「どっかヨソのグループの人」だとわかってくれます。
ビッグブックミーティングで、仲間が7章を読んでいました。
それが終わると明かりが消され、一本の大きなろうそくに火が灯され、キャンドルミーティングが始まりました。初めての体験でした。見知らぬ人々、僕は名前も顔も覚えませんでした。次に会っても、判らないでしょう。それでも、確かに僕は、彼らから「何か」をもらったのです。



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by アル中のひいらぎ |MAIL |HomePage


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