先日、大学の生協で斎藤和義のニューアルバム「35STONES」を買ったのですが、 「2000円以上お買い上げの方はクジが引けます」 というキャンペーンがあったので引くことにしました。
四角い箱の丸い窓に手を突っ込んで、いじって、さわって、 こねくり回して、ころがして、ようやく四角い紙のクジを引きました。 もう汗で手がべとべとです。でも実は汗じゃないかもしれません。
特賞から5等まであったのですが、なんと結果は5等。 「あ〜あ、5等かぁ〜」ってぼやきながらも、 でも5等は5等なりの景品があるのだろうとちょっと期待して受け取ると、 それはポケットテッシュでした。
裏面には武富士放火事件の犯人の似顔絵が書かれた紙は入ってなかったですが、 ポケットティッシュには変わりありません。
あまりにレベルの低い景品にかなり失望しました。 生協の人も「こんなんでごめんね」と言って渡してくれましたけど、 僕はかなり「なんじゃこれは!?5等といえども程がある!プンプン!」 って顔をしてたと思います。
それから暫くして学科の忘年会で梅田に行ったのですが、 梅田の至る所で5等の景品が配られていたのでした。
そんな事情もあるけど、悟空も子供の頃はピラフがついた初歩的な嘘に引っかかるほど、 相手の事を鵜呑みに信じる純粋な心を持っていた。
しかし大人になってからは、まったくそういう手口に引っかからなくなった。 それは悟空が相手を疑うという事を覚えたからで、 そのお陰でキント雲には乗れなくなってしまった。 そういう訳だ。悟空とキント雲にはこんな事情があったのだ。
大人になってからの悟空は、かなり俗っぽく、本当にしたたかで、とても計算高い。 そして、なによりかなりのMである。 そうでもなければ宇宙船の中で、自らが出した気を自分に当てて楽しんだりしない。
「カメハメ波ー!」 (カメハメ波が旋回し「キュイーン」と戻ってくる。悟空はそれを避けられず当たる) ドン!(悟空跳ね飛ばされる) 「うわぁ!!・・・うっうっううう。。。くそっ、負けるものか!!」
おいおい。それはあなたが出した気ですよ。あなたが。 まるでコント。まさに一人漫才。だから彼は面白い。 超人的なパワーを持ちながらも、綿密に計算されたコントと一人漫才。 やはり彼から目が離せない。
真実を隠し、子供達を騙しながらキント雲に笑顔で乗ることは、かなり心が痛んだらしい。 僕がその立場でもやりきれない気持ちだろう。 同じような僕の過去に照らし合わせると、とても良く解る。
悟空がそんな悩みを抱えていた時、僕の行きつけのBarに悟空もよく来ていて、 お互いひとりだった時は2人で色んな話をした。
「TVなどでは”オラ”って言ってるけど普段は絶対言わないよ。 普段は”俺”。でもTV的にもプロデューサー的にも”オラ”の方がいいんだって」 っていう暴露話から全ては始まった。
「あまりに善人ぶり過ぎて、何をやってもお金が受け取れなくなってしまって、 全くお金が無いんだ」と愚痴っていて、飲みのお勘定は6:4で6が僕だった。
「やっぱりかしこいブルマにしとくんだった。チチは本当に何もしないし、何もできない!」 って結婚相手まで否定してた時はビックリしたけど、今ではうまくやってるらしい。
ふぅ、ひと安心。
3日前の日記で「僕は悟空を疑っている」と書いた。 それに対しBBSでぴかそっこさんから、以下の書き込みをされた。
「悟空はキント雲から落ちたためしがないのです。 そんなけがれ無き悟空を疑ったらバチがあたるのです」
ぴかまだまだ甘いな。悟空には君達には計り知れないような真実がある。 悟空は大きくなってからあまりキント雲に乗らなくなった。 それは何故か?どうして?なんでなんでしょうか? 実はここに謎の全てが詰まっているといっていい。
その理由として大半の人は、「武空術で飛べるようになったから」と言うかも知れない。
しかしながら、実の本当のところは、初心がけがれて乗れなくなっていたのだ。 ある日悟空がいつものようにキント雲に乗ろうとしたらすり抜けて落っこちたらしい。 その時のショックときたらもうそれはそれは。筆舌に尽くし難いほどであったろう。
悟空が大人になってからも、たまにキント雲に乗っている時があったかもしれないが、 実際は、武空術を使って乗っているように見せかけていたに過ぎない。
悟空は自分がキント雲に乗れない体になってしまっては、 「日本全国の子供達の期待を裏切ることになる」と思って、そのことはひた隠していたのだ。 悟空とキント雲にはそんな隠された事実があったのだ。
今更ながらも遅いながらも新年会。 本日は学科の友達と梅田で飲みました。 場所はいつものスーパー百番。
ほとんどの同期は学生生活残り3ヶ月。4月から社会人。 ということで、皆々様の新たな門出の新年をみんなで祝おうということです。 久しぶりに馬鹿騒いで楽しかったなぁ。
学部で卒業して社会人3年目を迎える上山と、2年目を迎える備前も参加でした。 上山はあい変わらずナンセンストークしてたし、備前もあい変わらずオドオドしてたので、 「社会人になったからってそんなに変わらないんだろうな」って思いました。
だから、4月から予測不可能な未来が待ち受けているけれども、少し勇気が沸いてきました。 「上山はいいとして、備前ですら社会人が出来るなら、俺が出来ない訳が無い」 っていうか、 「備前が出来るなら誰でも出来る。元気があれば何でも出来る」
| 2002年01月17日(木) |
辛さ×10倍 vol.2 |
さて昨日の続きになるが、辛いというのはかなり曖昧で、あやふやで、主観的である。
それらを「辛い成分」と決めてしまうのはおかしなことであるのだ。 そのおかしさを巧く描写した文献があったので、下に示しておく。 ----- A君は「αという成分だけ辛いと感じる」 B君は「βという成分を辛いと感じるが、αは辛いと感じない。むしろ甘いと感じている」
こういう状態があれば、αとβは「辛い成分」に入れていいものかわからない。 リンゴとハチミツを入れたら本当にカレーが美味しくなるのか!???? というぐらいわからないのだ。 (「辛さについての空騒ぎ」著者:カーリー・バートモン) ----- そんな状況だけど、この×何倍という表示はかなりウケがいいらしく、 今では×100倍というのですら見かけるようになった。 しかしながら、100倍までくると辛さがまったくもって全然イメージできない。 はっきり言って×100倍という表示が意味をなさないでいる。
クイズダービーの最後の問題で、大橋巨泉が 「倍率ドン!さらに倍」 と言って、井森みゆきが30倍になったりもしたが、 あの井森みゆきですら高々30倍であって、100倍にはならなかった。
あれはただの1クイズ番組だったけど、僕達はあれから何かを学ばなければならないと思う。 繰り返すが、かの井森みゆきですら、100倍にはならないのである。 まぁここまで言えば、僕の気持ちが君達においおい伝わっているだろう。
むろん当然ながら今日の晩御飯に「ご飯?パン?麺?」で、迷ったなら、 「三択の女王 竹下景子 に3千点」 で決めてもらいましょう。
| 2002年01月16日(水) |
辛さ×10倍 vol.1 |
カレーの辛さを表す時、甘口・中辛・大辛などがある。
最近では「辛さ×10倍」などといった表示を見掛ける。
しかしながら、この辛さというものは主観であって、数値で測れるはずが無い。 それを無理に測って、×5倍だの、界王拳10倍だの、と言われても説得力は無い。
でもカレーを提供している店や、会社の言い分としては、
「我々は人が辛さを感じる成分が数値的に何g入っているかで辛さを決めているのです。 まず、仮に辛いとされる基準が「辛さ成分5g」である時、 辛さが知りたいカレーの辛さ成分が50gなら×10倍となる訳です。おわかり?」
そんなもの解る。理論もまっとうだ。 しかしだ。やはり「人が辛さを感じる成分」というのが、 あまりにも不確かで、あやふやで、主観的なのだ。
当たり前だが、界王拳に成分というものは無い。 だから、悟空が「界王拳3倍」と言ったところで本当に3倍かどうかすら怪しいものだ。 もしかするとはったりかもしれない。
「界王拳4倍だー!」と叫びながら、実は「3.2倍」くらいかもしれない。 計算高く「0.8倍」分も嘘をついているのだ。 純粋無垢の悟空であっても、真実を見極める時は疑わねばならない。 そんな時代さ。
| 2002年01月15日(火) |
パッチ(別名:ももひき) |
1月2月になると町のパッチ屋は大忙し。 朝も早くから生地からパッチを製造する機械がうなる。ウォ〜ン。
全国のパッチの82%を生産しているその町の入り口には 「パッチの町にようこそ」と書かれた看板がある。 「パッチ」の文字の上には、小学生のいたずらであろう片仮名で「ア」と書かれている。 即ち、「アパッチの町にようこそ」となっている。
「アパッチ」って、ジェロニモの事なのか、ケイジが主演してる洋画の事なのか、 アパッチ野球軍の事なのか、全く解らないけどここはひとまず穏便に。
友人のフクイは一浪のため、僕より1歳年上だ。即ち25歳。彼は言う。 「この歳でバイク通学だとパッチが手放せないね」
ごもっとも。 僕もバイク通学だけど、まだ24歳のため、未だパッチは使用していない。
しかしながら、25歳になってもパッチは使用しないつもりだ。 もし25歳で既にパッチを使用してしまったら、 この先80歳まで生きるとして、55年間パッチを履かねばならない計算となる。
これでは田舎の親戚のパッチ屋のおじさんが「儲かる儲かる」と嬉しがってしまう。 それは口惜しいからまだ我慢する。
だがだがだが、後輩の中面は23歳だというのに、パッチを既に使用している。 「お前23歳でパッチは早いだろ?」と言うと、 「いいえ。僕は21の時から履いてますよ」と居直られた。
話は変わって、フクイに、「実は力道山もパッチやろ?」と言うと、 「あほぅ!あれはレスラーパンツや!」と教え諭された。
「でも、三木道山は"一生一緒に居てくれや"、やろ?」 と言うと、フクイは何も言わなくなった。
何も言わないから自分の世界に入り込む。むむむむむ。 レスラーパンツとパッチの差は解るとしても、タイツとパッチの差は難しいな。 でも、全身タイツはあっても、全身パッチは無い。 その辺に答えがあるのかもしれない。
でも、パンストとタイツの差も難しい。 たぶんだが、「生地の厚さ何ミリからタイツ。厚さ何ミリまでパンスト」 というような規定があるのだろう。
でも実はこれらに規定なんて無くて、生産された時に決まっているのかもしれない。
「これはパッチ」と決めて生産されてしまうと、「パッチ」になってしまうように。 「人間」で産まれたら「人間」で、「超人」で産まれたら「超人」であるように。
ウララララ〜
| 2002年01月14日(月) |
仮定:もしアメリカが敵で日本が戦争状態になったら |
日本人は協力してアメリカに立ち向かえるであろうか?
答えを否。即ち「立ち向かえない」として想像を進めよう。
日本人は近所の人すらも信じあえずに、家に閉じこもってしまう。 常識がイカレタ奴や自分を恨んでいる奴に殺されてしまうんではないかと周囲を疑って、 自分を守ることしかできない。家族ですら信じ合えない家庭も存在するだろう。
ニュースなどもまったく放映されないほど機関が麻痺してしまう。 自分の命をかけてまでやるべき価値ある物など何も無いと信じて、 自分の命を守るばかりで、尽くそうという気持ちなんて誰にも無い。
一部の心有る日本を思う人達が、「今こそ力を合わせる時だ!」 と叫んでも、自分だけの安全が欲しくて自分だけが可愛い日本人の心には響かない。
日本人が一致団結し、アメリカに立ち向かうことなど想像しがたい。
そんな日本内は、内紛状態。 犯罪+強盗+強姦なんでも有りの世界。
アメリカのミサイルで舞い上がった砂埃や粉塵で空は一面黒い闇。 そこには混沌と混乱と狂熱だけが存在する。
そんな日本社会で良いのだろうか?
当然これはかなり偏った想像であるし、ありえないことだろうけれども、 言いたいことは、こんな悲惨な状況を少なからず想像出来たりもするってことかな。
日本なんて、お金だけばらまいて、他国に良い顔だけして、まるでスネオである。 ジャイアン(アメリカや中国)の顔の様子を見て意見を変えてしまうようなスネオである。
けんかに負けてもいいから筋を通すのび太のような気持ちが欲しいものだ。
本気で泣ける時って、
試合で勝ったなど、自分が認められて嬉しい時と、 自分では想像できないくらい口惜しい思いをした時と、 自分にとってとても大切な人が死んでしまった時と、
それぐらいしかないと思う。
映画で泣くことや、恋愛ごとで泣くことは、 所詮は、無理したり、計算したりしてると思う。
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