無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2005年04月07日(木) またもや類友/『Mermaid Heaven(マーメイド・ヘヴン)』(長谷川裕一)

 余震、朝方にまた。
 夕べも夜中に目覚めたのだが、結局、二時間ほどしか寝ていない。このままだと体を壊しかねないので、しげの通ってる病院に行って、睡眠薬を処方してもらおうかとも思うのだが、しげのへろへろな様子を見ていると、クスリに頼るのがちょっと怖くなるのである。
 しげはこないだから余震が起きるたびに「また地震? しつこいって言うか、もう飽きた」と言って、ウンザリな顔をするのだが、いくらしげが文句を言ったって、地震がやむわけでもない。だいたいしげは地震が起きようがクスリが効いているときは全く気が付かずにイビキをかいているのだから、飽きたも糞もないのである。
 熱しやすく冷めやすいというか、「根性なし」がしげの本性のようなものだが、今の病院についても最近は「飽きた。転院しようか」とかつぶやいている。医者と患者の間にも相性というものはあろうから、私も転院自体に反対はしない。けれど、その理由としてもう一つ、しげが、「なんか院長先生がオレのことバカにしてるみたいだし」と言っているのは被害妄想が入っている気がしてならない。
 いや、しげの言動を見聞きしていればある意味誰でも「バカだこいつ」と思いはするのだが、それは単に事実の認識であって、蔑むこととは別であろう。
 「クスリはほしいから、転院するときは院長先生から紹介状を書いてもらおうと思う」と言うのだが、バカにされてると思う相手に最後まで世話を受けたいというのも何だか手前勝手な理屈である。それに転院するにしても、その手の病院で、近場で通いやすいところって、そう多くはない。行った先がまた「合わない」なんてことになって、また情緒不安定に陥ってしまうのも困る。通院するようになって、寝ぼけ癖は増えたが、昔に比べてヒステリックになることはかなり少なくなっているのだ。即座に止めるんじゃなくて、転院する候補先をいくつか物色したあとにしてもらいたいのだが。
 

 職場で、今度私と同じく転勤してきた同僚と世間話をしたところ、この人がまたかなり年季の入ったオタクであることが分かった。
 それこそ実写テレビドラマ版『鉄人28号』や『忍者部隊月光』のころの話題から、内容、脚本、作画、声優、演出家に至るまで、実に詳細に覚えておられる。『ハッスル・パンチ』のテーマソングを私が間違えて覚えていたのを、即座に訂正されたので、思わず頭を下げた。試写会マニアで最近の特撮、アニメ映画もよく見ており、並みのオタクから敬遠されてた庵野版『キューティーハニー』も『鉄人28号』もしっかり見ているのである。しかもちゃんとどこそこがよいとホメているから目が高い。
 仕事はちょっと残っていたのだが、つい話し込んでしまって数時間、とてもその内容全部は紹介しきれないが、最後はお互いの「コスプレ恥ずかしい過去」までカミングアウトすることになってしまった。あちらは『魔女の宅急便』のキキになったことがあるのだそうな(多分それだけではなかろうが)。「いいじゃないですか、私なんか『油すまし』ですから」と言った途端に「お似合いで」と言われてしまったが、さすがに自分の体型で古代君とかシャアとかシンジくんをやる勇気はないのであった。
 しげについて、「うちの女房は変人で」とあれこれとエピソードを披露すると笑われたり受けたり首をひねられたり。首をひねられるのはやはり「ダイエットをしながら肉ばかり食う」

 「またそれ見てる。そんなに好き?」としげに悪態吐かれながら『春だサルヂエ大決戦』二時間特番を見る。前はそんなに当たらなかったのが、「慣れ」てきて、ヒントなしでも当てられるものが増えてきて楽しくなってきた。
 なぞなぞの答えを叫ぶ私を見ながらしげは「小学生男子みたい」と舌打ちをするが、もちろん精神年齢は小学生に戻っているのだから別に構わないのである。


 マンガ、長谷川裕一『Mermaid Heaven(マーメイド・ヘヴン)』(角川書店)。
 温暖化で全ての文明が海中に沈んだ300年未来の地球。わずかに残った文明の遺産は、「海賊」たちの求めやまぬ「財宝」として、激しい争奪戦が繰り返されていた。コールドスリープから目覚めた21世紀の高校生・獅馬渡は、機械化帆船“大ぼら(ビッグフィッシュ)”号の船長・シェルビー・ハーヴァーライトに拾われる。彼女の目的は失われたコンピュータ技術を渡の力で解明し、“世界を変える力”を手に入れることだったが……。
 やっぱり長谷川マンガは「SF」だなあ、と感心させられるのは、財宝“水宝珠(アクアオーブ)”の正体の意外性だけではなく、なぜそんな財宝を必要とする「技術」が残されていたのか、そして、21世紀人である渡ならば、その「技術」を誰よりも欲していたであろうに、なぜそれを「放棄」したのか、その「発想の転換」にある。それがまさしく「センス・オブ・ワンダー」であり、スペキュレイティブ・フィクションとしての「SF」の醍醐味なのである。
 同じ「海賊」マンガでありながら、『ワンピース』がただのヤンキーマンガに堕してしまっているのは、既成概念を打破する驚きに欠けているからだ。長谷川さんは明らかに『ワンピース』を意識して本作を描いていて、300年を経て「海賊」の概念が「海の平和を守る」ものに変化している理由が、「日本のマンガの影響」という設定になっている。つまり『ワンピース』の「でたらめさ」を利用して、逆にこの作品の世界を「ありえるもの」としてリアルに描写しているのである。「嘘から出た真」というのもSFのモチーフの一つで、こういうディテールにまでSFが横溢しているのが長谷川作品にのめりこむファンが多いことの一因だろう。
 『ワンピース』に飽き足らない方にはお勧めのマンガであるが、残念ながら全一巻で続編はナシ。一般のファンが今ひとつ着かないのは、長谷川さんの絵柄が、現在の美少女萌えな傾向とはちょっと離れてるせいがあるのかもしれない。いや、ハザミとか充分かわいいと思うんですが(笑)。

2004年04月07日(水) 1st. Anniversary!
2003年04月07日(月) もう迎えは要らない/『花田少年史』1話「はじまりはじまり」/『ドラゴンボール 完全版』9・10巻(鳥山明)
2002年04月07日(日) 少女はやがて怪物になるのだ/映画『WX�掘。丕腺圍味腺贈錬辧。圍硲邸。唯錬孱稗釘魁戮曚�
2001年04月07日(土) 初めての花見/DVD『ブルース・ブラザースBBパック』


2005年04月06日(水) がんばれ末吉市長/『名探偵コナン』49巻(青山剛昌)

 しとしと雨の、やや湿っぽい日。
 霧雨けぶる駅に立つと、そぞろ漂白の旅に出たくなるが、まんま吾妻さんである。今んとこ、精神的にそこまで追いつめられてはいないので、この日記が途切れることも多分しばらくはないと思うのである。


 『OO7』シリーズに関するニュースが二つ。
 「eiga.com」で「ショーン・コネリーが再びジェームズ・ボンドに?」のタイトルを見て、思わず「うっそーん!?」と叫んじゃったのだが、これゲームの中での話なのであった。
 エレクトリック・アーツ社製作によるゲーム『007/ロシアより愛をこめて』のボンドの声を新しく葺き替えることになったのだそう。考えてみれば、Mのバーナード・リーも、Qのデスモンド・リュウェリンも、殺し屋レッド・グラントのロバート・ショウもみな故人。今でも吹き替えができるのはコネリーと初代マネペニーのロイス・マクスウェルくらいしかいないのだな(ボンドガールのタチアナを演じたダニエラ・ビアンキは多分引退してると思うんだけど、参加するのか?)。
 初代ボンドのファンならば、コネリーが「イメージが固定されることを嫌って」ボンド役を下りたことは知っているはずである(でも『ダイヤモンドは永遠に』と『ネバーセイ・ネバーアゲイン』で二度もカムバックした)。それがゲームとは言え70歳を越えての復帰、しかもかなり“ノリノリ”で、「ゲームと映画がどのように融合しているのか楽しみだ」と喜びのコメントまでしているのである。『リーグ・オブ・レジェンド』でスティーブン・ノリントン監督と大喧嘩して俳優引退を宣言したのはどうなったんだ、と言いたくなるところだが、昔からのファンだから嬉しいことは嬉しいのである。05年末から06年初頭に、プレイステーション2などで発売予定。
 もう一つは、ついに決まったこちらは正真正銘、本家映画の21作目『カジノ・ロワイヤル』の六代目ジェームズ・ボンドの話題。『トゥームレイダー』などに出演歴のある英国俳優、ダニエル・クレイグ(37)だそうな。私はよく知らない役者さんなので、ネットで画像を探してみたのだが(またウィルスに引っかからないかとおっかなびっくりであったが)、映りがまあまあいいのはこんなものである。
 
http://www.bbc.co.uk/films/2004/11/25/images/daniel_craig_enduring_love_interview_top.jpg
http://www.cinefile.biz/tombr12.jpg

 なんかフツーのおじさん? てな感じであまりセクシーにもエレガントにも見えないのだけれど、映画になれば役者さんはバケるからね。それを期待しときましょ。


 周防灘に建設中の新北九州空港が、来年3月16日に開港することを、国土交通省大阪航空局の茨木康男局長と北九州市の末吉市長ら関係自治体の代表が会談して決定した。誰もが予測してることだと思うが、まずもって観光客倍増なんてユメはまさしく露と消え、他県の新空港同様、赤字転落することは目に見えている。打つ手打つ手が裏目に出まくっていて、内情はかなり苦しいはずの末吉市政であるが、これだけ税金の無駄遣いをしていながらどこか憎めないのは、まさしくその「夢見る夢子さん」ぶりによるのだろう(ともかく北九州演劇祭を赤字続きにもかかわらず定着させてくれたことは感謝の念に耐えない)。
 新空港は、早朝や深夜の発着便の就航(実質24時間営業だな)も目指しているとかで、んなことすりゃあ取り返しのつかないくらいの借財背負うことになるぞと、ヨソの市のことながら心配になるのだが、末吉市長の夢は枯野を駆け巡っているのである。ここまで来れば行き着くところまで行ってほしいものですね。


 マンガ、青山剛昌『名探偵コナン』49巻(小学館)。
 終わる気配を見せもせず、サンデーコミックスの最長不倒距離を更新中、話は二番煎じの三番煎じ、超どマンネリはどうにもならないのだが、それでも付いてくファンは腐るほどいるんだからまあいいんじゃないですか。
 どうせまた尻切れトンボに終わるだろうなって予測どおりに、黒の組織とのVS編はあっさり終わり。最近はこれが「場つなぎ」の役割しか果たしてなくて退屈で仕方がない。
 笑っちゃったのがコナンの台詞で、「本家本元のロンドンにあるハイド公園」ってやつ。つまり米花町とか提無津川とか、あのお寒い語呂合わせは偶然ロンドンの地名と日本の地名が似通っていたとか、ロンドンなんて町は「コナン」の世界には存在してません、ということではなくて、“誰かが明確な意志を持って”、ロンドンの地名を移植してきたものだってことになるのだな。戸来村ではなくセントレア市だったわけである。てことは、米花町があるのは東京都内ではなくて、きっとその近郊の「論丼市」とか「呂運貪市」とかいうのであろう(ロンドンは本当は漢字では「倫敦」と書く)。バカな町だ。
 中盤の行方不明の女の子を探す話は、私が学生のころにいろいろ考えてたトリックがいくつも偶然使われていて、自分のトリック創作力は『コナン』レベルかとちょっとガックリ来た。でも、なんてことのない「日常の事件」のほうが、やたら殺人だの誘拐だの、殺伐とした、しかも作りこみ過ぎていて無理のある事件よりは読んでて不快感はないのである。小説化でいうなら仁木悦子とか青井夏海のラインね。
 後半は、これも定期的なテコ入れの新キャラクター・見え透いてるくらいドジだけど、何やらヒミツのありそうな帝丹高校への転校生・本堂瑛祐君の登場。どうやらレギュラー化しそうで、コナン君の正体にも気づいているやらいないやら。でもこういう「わざとらしい」キャラクターにもファンは付いちゃうんだろうなあ。基礎教養がないというのはかくも恐ろしいことなのである。


 今日も余震連発。
 真夜中1時頃にも震度3くらいの揺れ。驚いて飛び起きたが、また睡眠不足な日が続き始めている。ここんとこ一週間くらい、鼻血が止まらないのだ。

2004年04月06日(火) 日記っつーより伝言だな、こりゃ。
2003年04月06日(日) マジ!? ホームベージ開設!/『鉄腕アトム』第1話『パワーアップ!』
2002年04月06日(土) スランプで寝てたっス/『COJI−COJI』完全版1巻(さくらももこ)
2001年04月06日(金) プレ花見/『ミスター・クリス』3巻(秋本治)


2005年04月05日(火) ボケボケ大行進/『毎日かあさん』2巻「お入学編」(西原理恵子)

 いつもの、しげのボケ三題。
 新しい職場に変わって、しげが何だか浮ついている。転勤したのは私であって、しげではないのだが、何かやたらと「プレゼント」をしたがるのだ。
 こないだから博多駅やらキャナルやらに行くたびにあちこちのファンシーグッズの店を覗いては何やら物色している様子なので、「何、探しとん?」と聞いたら、「弁当箱」と言う。
 「かわいい弁当箱と、それを入れるかわいい手提げがほしいとよ。ミッフィーのがあればいいっちゃけど、いいのがないと」
 「……誰がそれを使う?」
 「あんた」
 「オレは要らんぞ。何で四十過ぎたオッサンがそんなの持って歩かにゃならんか。不審人物と間違われるわ」
 丁々発止の末、何とかミッフィーの弁当箱を使うことは回避したが、今、私が持たされている弁当箱はウルトラマンキッズである。

 二つ目。
 このしげの「プレゼント癖」はやはりビョーキと呼ぶしかないくらい激しくて、油断するとどんどん不必要なものばかり買ってくるのである。
 もう何度も何度も「要らないから買ってくるな」と言っておいたのに、「薄型でいいの見つけたよ」と言って無理やり持たされたのが、「折り畳み傘」である。
 これで私の鞄には、折り畳み傘が“三本”仕舞われることになった。
 で、私の鞄を持ったしげが言ってくれた台詞がこうである。「重いよ。無駄なもの入れとかないで置いてったら?」
 ……傘、置いてくぞ。

 最後の一つ。
 しげが突然、「あんた、何でオレの秘密、知っとるん?」と、唇をとんがらせて聞いてきた。言葉だけを聞いたら何だかえらく隠微である。まるで私がしげをストーカーしているみたいではないか。
 「なんのことだよ、いったい」
 「日記に書いとったやん。オレがこっそりコンビニ弁当食べてるって。せっかく隠しといたのに」
 「何だそんなこと……って、お前なあ、部屋の中、食いかすだらけにしといてバレないとでも思ってたのか?」
 「思ってた」
 バカである。ほかにも私は、しげがヒミツにしている“つもりの”あんなことやこんなことも全部知っているが、いちいち調査なんかしなくても、しげの行動したあとの“痕跡”がいたるところに散乱しているのである。メシ食ったあとに米粒が口の端にくっついてるようなものだ。観察力のある人間なら、その日しげが何を食ったか、「匂い」でわかってしまうだろう。つか、牛肉か豚肉か鶏肉か、カレーかラーメンか、その中から選べばいいのだから、推理するほどのものでもないけどね。


 さて、転勤してトンガリさんとはめでたく縁が切れた私であるが、もう一人の既知外さんは、予測していた通りの行動に出られた模様である。
 出勤してみると、机の上に見覚えのあるワープロ印字のハガキが一葉。送り主の名前は、この職場に以前勤めていたある人物の名前になっているが、私とは全く面識がない。もちろん送り主はホモオタさんで、他人の名前を騙っているのである。今日になって初めて知ったのだが、ホモオタさん、五年ほど前までこの支社に勤めていたのだ(もちろん使い物にならなくて追ん出された)。
 本文はかなり社内の事情について詳細に書かれているので、そのまま紹介することはできない。かいつまんで内容を記せばこんなとこだ。
 「あなたはホモオタさんと知り合いでしょう。ホモオタさんはそちらの支社に勤めていたとき、○○さんのカメラとか○○さんのパソコンとかを借りたまま返さずに着服しています。あなたからホモオタさんに返却するように言ってやってください」
 ……関わってほしいんだなあ(苦笑)。こんなにモテたことは、私の一生において数えるほどしかないぞ。最初に出会ったのがまだ私が20代前半のころだから、もう二十年になる。よくもまあ、かつての一念をしつこくしつこく持ち続けられるものだ。でもどんなに思われても相手がホモで(正確にはバイらしい)オタクで既知外だから嬉しくも何ともないけどよ。
 迷彩のつもりなのか、ホモオタさんは無記名で私などへの中傷ハガキをばら撒くだけでなく、これまでにも繰り返し他人の名前を使って「自分の悪口」をこんなふうにばら撒いている。つまり「自分も中傷ハガキの被害者ですよ」というフリをしているのだが、とうの昔にホモオタさんのイカレ具合は本社から各支社に至るまで遍く知られるところとなっているので、迷彩が迷彩の役目を果たしていない。……ってことは本人も分かってるはずなのに止められないのがビョーキなんだよねえ。
 笑えることに、今回送られてきたこのハガキにも総務の付箋が付いていて、「ホモオタさん本人からのハガキと思われますが、一応お渡ししておきます」と注釈が付けられていた。一応、上司にハガキを見せに行ったのだが、私が手にハガキを持っているのを見るなり、「おう、来たかね」と笑って受け取った。もうみなさん先刻ご承知なのである。
 ストーカーと言ってもハガキをばら撒くだけでそれ以上の実害はないので、本社としてもこれまでは、いったん現場を離れてもらって新入社員と一緒に研修・再教育させるといった程度の措置しか取れなかった。そんなことをしたって、根っからお脳の方に問題があるのだから、「あいつもこいつも自分を裏切ったどいつもこいつも自分をバカにしているのだ悔しい悔しいえいくそえいくそみんなみんな死んでしまえ死んでしまえ、きいいいい」というホモオタさんの被害妄想・強迫観念は治りようがないのである。
 本社でも、こげな既知外、どげんしたらよかとねと、持て余してるらしいことはいろいろと聞き知ってはいるのだが、雇ったのはテメエラなのだから、ちゃんと後始末しろよと言いたい。またぞろこういうビョーキが再発しているようなら、本当に強制的にでも病院に叩っこんだ方がいいように思うのだが、それも「人権に鑑みて」ムズカシイらしいんである。で、いつか誰かにもっと大きな被害が出たときはどうするんでしょうね? こういう問題、巷にゃゴロゴロしてると思うんだけど、世の中の「人権擁護派」主義のみなさんに納得のいく説明をしてもらいたいものだよねえ。追求したってどうせ沈黙するだけだろうけど。


 今日で新職場も三日目だが、なかなか慣れない。
 慣れないというか、前の職場に比べて、ある課からある課への連絡がやたら滞ってるので、対応ができないのだ。別に自慢するわけではないが、私は自分の仕事に関して事前準備は怠らないほうである。もちろん、抜けがないとまで言い切るつもりはないが、会議の時間や場所などを確認するくらいのことは誰でもすることだろう。
 で、「これこれこの懸案について、今日、会議はあるんですか?」と課長に確認したところ、「こっちでもう準備しますから、藤原さんは待機しててください」と言われたのだ。
 ところがまあ、それならこちらはこちらで別の仕事の準備を、とやりかけていたら、「会議が始まってますよ、すぐ来てください」と連絡が入って、慌てて会議室に遅刻して駆け込むことになってしまった。要するに課長から課長へと連絡していくうちに、伝言ゲームのように内容がズレていっちゃったらしいのである。
 あー、だったら連絡は文書かなんかできちんと渡すようにしてくださいよ。だから支社のくせに広すぎるんだってば、ここ。


 マンガ、西原理恵子『毎日かあさん』2巻「お入学編」(毎日新聞社)。
 離婚したけど、西原さんは鴨ちゃんのところへ時々子供を連れて行く。父親の権利がどうとかで、調停で会う日が決められているのだろう。だからマンガにも相変わらず鴨ちゃんはあのまん丸のイガグリ頭の無精ひげのへんてこなキャラで登場する。
 娘さんが西原さんの耳元でこうささやく。「おとしゃんとおかしゃんはけっこんしてるの?」
 西原さんは答える。「うんそうだよ」。
 小さなうそだ。いつかはそれがうそだとばれる日が来る。あるいはもううそだと娘さんは気づいているかもしれない。それでも西原さんは小さなうそをつく。このうそはとても冷たくて、そして優しい。
 こういうマンガを描けるのに、西原さんはあとがきで「何描いていいかわかんなくなって」なんて言うのである。何でも描いていいと思う。何を描いたってファンは付いてくると思う。賞を取ったとか、そんなのは関係ない。『ちくろ幼稚園』のころから、『まあじゃんほうろうき』のころからのファンがたくさんいて、決して離れることはないと思う。
 西原さんは、私が一番ファンレターを送りたいと思いながら、絶対にファンレターを送るまいと決めている作家さんだ。多分、私の拙い筆では、どんなに褒めちぎってもファンレターにはならないから。

 巻末の石原慎太郎と西原さんのツーショットがラブリー(笑)。

2004年04月05日(月) 誰を、なんのために追悼しているのか、ということ。
2003年04月05日(土) やっぱりヨッパライ(^o^)/『ヒカルの碁』21巻(ほったゆみ・小畑健)
2001年04月05日(木) 鼻血ブーって覚えてる?/『ブレーメン�供截牡�(川原泉)ほか


2005年04月04日(月) たらいまわしの私/『DEATH NOTE(デスノート)』6巻(大場つぐみ・小畑健)

 新しい職場であるが、これがやたらだだっ広い。昨年度までの職場と比べると、多分三倍はある。それくらい広いとなると、どういう現象が起きるかというと、社員の誰かに内部のことについて聞いても、「よく知りません」という返事が返ってくるのである。
 いやまあ、新しくあれやこれやとやんなきゃならない仕事が増えたものだから、どこの部署に行けばいいかと、人づてに聞いていったのだが、これがサッパリ要領を得ないのだ。
 「ああ、それなら○○課の○○さんに聞いてください」
 「それは私よりも○○課の○○さんのほうが分かると思いますよ」
 「いや、私はよく分かりませんねえ。○○課の○○さんなら分かりますよ。ええもう絶対」
 「いや、私にそんなこと聞かれても」
 ……どないせえっちゅうねん。
 郊外の支社だというのに、前の職場よりも○○課だの○○課だの、十も二十も部署が分かれてるせいでこんなことが起きるのだが、まるで黒澤明の『生きる』の冒頭シーンそのまんまである。……ってよう、社内にいる人間が苦しめられるシステムって、いったいどうなってんだ。なんだか今度の職場もいろいろ苦労しそうではある。


 博多駅でしげと待ち合わせ、新しく定期券を購入。転勤で何かと物入りになってしまったので、実は私の小遣いはもうない。映画にも行けないが、それどころか定期券も買えそうになかったのでしげから借金したのだ。情けない話であるが、もともとはしげが仕事を辞めて実入りが減っちまったので、そのしわ寄せが一番大きい。
 何にせよ、予定外の出費でオロオロしている状態なので、セールスとか宗教とか、私に金目当てで近づいたりしないように。無い袖も襟も裾もスカートも振れんわ。こないだからひっきりなしに「マンション買いませんか?」なんて電話がかかってくるんだけど、私の職業までちゃんと知ってるし、個人情報流してるのはどこのどいつだ。


 食事は博多駅の「吉野家」で、二人とも牛焼肉丼。
 安上がりだし、誘ったのは私なのだが、「そんなに吉野家が好きか」と言われてちょっと怒る。しげが肉好きなのはビョーキだから仕方がない面はあるのだけれど、「高い肉の店」ばかりに行きたがるのは、経済的なかなり苦しいのである。「ウエスト」だろうが「牛角」だろうが、チェーン店でも焼肉屋は結構高くつく。二人で3000円、4000円は普通だ。その点、牛丼屋なら牛皿とかを余計に頼んでも2000円以内ですむ。
 今日もしげは「選べるのが牛丼しかないのがイヤ」なんて糞贅沢なことをほざいていたが、「吉野家」には豚丼だって鶏丼だってあるのだ。しげの脳内では「牛丼屋=しみったれた貧乏人が食いに行くところ」という牛丼屋好きが聞いたら激昂しかねない図式が出来上がっていて、いくら違うといっても聞き入れようとしない。いかにもうらぶれたサラリーマンとかオタクっぽい学生とか薄汚れたジャンパー着たガテン風のおっちゃんとか、居酒屋に行けよお前、みたいな下賎の民が集う場所だと思い込んでいて、それで食わず嫌いになっているだけなのである。でもなあ、そんなふうに偏見の目で見ているお前自身がなあ、紛うことなき「貧乏人」の一員なんだよ。
 いい加減で現実を認識しろよってことで無理やり牛丼屋に連れて行ったのだが、私の肉を分けてやったらやっぱりがっつくように汁も残さず食い尽くしたのである。庶民の口には充分美味いぞ吉野家の牛焼肉丼。
 ついでに言うが、ファーストフードの店だって、我々貧乏人は、本当は「モスバーガー」とかに寄っちゃダメなのである。「ロッテリア」でギリギリ、「マクドナルド」の「チーズバーガー」で充分贅沢。そういう感覚でいてもらわないとなあ。


 マンガ、大場つぐみ原作、小畑健漫画『DEATH NOTE(デスノート)』6巻(集英社)。
 こないだ鯨銃一郎の『新・世界の七不思議』を読んでいたら、何の説明もなく「デスノートに名前書くぞ」という台詞が出てきて驚いたが、ミステリマニアの世界でも、本作は「基礎教養」として認知されているのだ。
 けれど、最近の5、6巻あたりは、メインストーリーに絡み損ねている第三のキラまで出してくるし、露骨に「場つなぎ」の印象がして、以前ほどのテンションは維持できなくなっている。厳密に数えちゃいないが、今巻は月(ライト)の登場シーンがかなり少なくなってるんじゃないか。第三のキラの正体も、はっきり言って「面白くない」。RPGなら中ボスですらない、「咬ませ犬」のようなキャラでしかない。なんだこれは、これじゃあ今までの「ジャンプシステム」で作られた十把一絡げのマンガと代わらないじゃないか。どうしちゃったんだガモウひろし(ホントにそうなのか?)
 ……と思わせておいて、も一つどんでん返しがあれば面白いのだけれど、連載のほうはなるべく読まないようにしているので、この先どうなるか詳しくは知らないのよ。休載中なのは知ってるんだけど、つまり「煮詰まっちゃった」ってことなのかなあ。だとしたら無理やり連載続けさせてきたジャンプがまた一つ「被害者」を作り出したってことになるのかもしれない。切に復活を望む。


 マンガ、細野不二彦『ダブル・フェイス』6巻(小学館)。
 『ギャラリーフェイク』のほうは完結だそうだから、これからはこの『ダブル・フェイス』と『闇の乱破』が細野さんのメインの仕事ということになるのか。……ちょっと小粒ってかんじだけど。本当は細野さんにはSFを描いてほしいんだけど、あまりマニアックなものが受け入れられにくい今のマンガ界の状況を考えると、ちょっと難しいかな。
 本作も昼間は街金のしがない営業員・春居筆美(最近になってやっとこの名前が「ハリー・フーディーニ」のモジリだと気がついた)が、実は闇の奇術師・Dr.WHOOという「ダブル・フェイス(カードマジックに使う両面とも数字のカードのことでもある)」のアイデアは奇抜だけれど、骨子は『必殺』だから、話もキャラクターもそんなにバラエティに富んだものは作れない。
まあそれを言い出せば『ギャラリーフェイク』だって基本は『ブラック・ジャック』なわけで、とうにマンネリの極地だったのだけれど、ネタの豊富さでマンネリをマンネリと感じさせないだけの技術を細野さんは持っているのである。だから決してつまらなくはないのだけれど、そろそろ受付嬢の小泉“世界一だまされやすい女”じゅんちゃんにDr.WHOOの秘密に気づかせてもいいのではないかな。そこで物語が終わるようなら、もうこのマンガは永遠にマンネリの極北を目指すしかなくなってしまうし。
 細野さんは絵に癖があるから(だからアニメ化には向かない)、それだけじゃファンはつきにくい。ドラマ自体は基本中の基本を押さえていかないと、ヒットはおぼつかないってことはわかるのだけれど、やっぱりもっと「濃い」ものを、と願っちゃうのはワガママかなあ。


 マンガ、青山剛昌原作、太田勝・窪田一裕まんが『名探偵コナン 特別編』24巻(小学館)。
 映画公開が近いけど、今度は初日には見に行きません。お金ないから(泣笑)。それにさすがにもうしげも付き合ってくれそうにないし。
 ああ、『特別編』のほうは本編ほどには腹は立ててません。もともと小学生向けに描かれてるんだから、トリックがチャチなのに目くじらなんか立てるほうが変。少年探偵団の話が多いから、微笑ましいくらいですよ。
 収録タイトルは「魅惑のファッションショー」「サーキットのA」「透明ケースに隠された真実」「魔の携帯メール」「宝石に秘められた奇術(マジック)」の五作。この中では「魅惑のファッショショー」がまあ見られる程度。事件が始まる前に、蘭の「無意識の」台詞でさりげなく伏線を張っているあたりはちょっと味がある。メイントリックはバレバレだけど。「サーキっトのA」、相変わらず暗号ネタは子供向けでも駄作。「透明ケース」はなんとタイトルでトリックと犯人をバラしている。いくら読者が小学生だからって、こんなに“親切”にしないといけないのかと疑問。「携帯」も同様でタイトルで中身バレバレ。単に小学生の知能を低く低く見積もってるんじゃないかという気さえしてくる。「宝石」は怪盗キッド登場編。キッドが特別編に出てくるのは初めてだっけ? ともかく無理して出演させてる感じがあって、トリックも一番ばかばかしい。でもこんなものなんだろうなあ。
 巻末のCMページを見ると、ついに小説版まで出るそうな。書き手の「谷豊」って、青山さんのアシストしてた人じゃなかったっけ? わざわざ小説版を出さなきゃならないわけがよくわかんないんだけれども、全国の学校図書館にでも置いてもらおうというハラでもあるのかねえ(タメイキ)。

 夜10時ごろ、また余震。今度は震度1くらいか。

2004年04月04日(日) 『レジェンズ』とリメイク版『犬神家の一族』と花見の夜と。
2003年04月04日(金) 遠い〜気球よ〜/『フライト・オブ・ワンダー』/『OO7/ダイ・アナザー・デイ』
2001年04月04日(水) ちかれた日〜(死語)/映画『宇宙怪獣ガメラ』ほか


2005年04月03日(日) 一日が喜八だけで過ぎていく/映画『ああ爆弾』

 『仮面ライダー響鬼』十之巻「並び立つ鬼」。
響鬼と威吹鬼、ダブルライダー活躍編で今回がどうやら物語の構成上、一区切りにあたるようだけれども、今一つ盛り上がりに欠ける印象。まあ一つは敵の魔化魍、これがここんとこ殆ど苦労もなしに倒されちゃってる「あっさり感」があるせいだろうね。
 今回の魔化魍は「オトロシ」。前回「サイか?」と書いたけど、カメだった。鳥山石燕の『画図百鬼夜行』では神社の鳥居の上にいる妖怪として描かれているが、カメは鳥居の上には登らんだろうなあ。こないだの一反木綿は空飛ぶエイだったし、イメージのすりあわせが、ちーとばかし強引だよねえ。
 つか、もうねー、「ジェット噴射」で空飛んだ時点で、テレビの前で誰もが「が、が、が○ら!」と叫んだであろうことは想像に難くない。往年の特撮ファンには「ウルトラマン対ジラース」を髣髴とさせる「ライダー対○めら」の夢の競演という趣向でしたね。いや、喜んだ人ってあんまりいないかもしれないけど(私もビミョー)。それから、あんなデカイのが空飛んでて、誰かに目撃される心配はないのかにゃん? いや、ダブルライダーも堂々と公道を変身したままで突っ走ってるけどさ。
 それにしても「百年に一度現れる難敵」だの「謎の魔化魍現る」だの「我等の子は決して敗れはせぬ」だのと、かなりな接戦を期待させといて、最後はひっくり返ったら起き上がれないって、やっぱりただのカメじゃん! ということで拍子抜けなのであった。本家がめ○はその弱点、ちゃんと克服してたのに(そのためのジェット噴射!)。
 響鬼が初めてバイクに乗ったけれども、「実は運転がヘタ」というのは「これは『仮面ライダー』ではありません」というスタッフの意志表示かな? いや、今更もうこれを『仮面ライダー』だと思って見ちゃいないけれどもよ。
 一方、明日夢は万引き目撃事件で今回も落ち込み中。勢治郎から説教されたりひとみから慰められたり、なんだかずいぶん優しくされてるけれど、もうちょっと厳しくされてもいいんじゃないか。あきらじゃないけど、「なんでそこにいるんだ」って感じのオミソな印象がかなり強くなっているぞ。多分もうちょっとで物語にちゃんと絡んでくるだろうとは思うんだけれど。


 『響鬼』を見てた時間帯以外は、日本映画専門チャンネルで「24時間まるごと岡本喜八」を立て続けに見る。
 今月のラインナップは『独立愚連隊』『独立愚連隊西へ』『ダイナマイトどんどん』『ああ爆弾』『結婚のすべて』『肉弾』『日本のいちばん長い日』『EAST MEETS WEST』など。何かもう、至福の時間である。
 どの映画も、これまで何度見返したか分からないくらい、好きで好きで好きでたまらないものばかりだが、いったん見始めるとやはりやめられないのであった。いや、こんなの全部感想書いてる余裕はとてもないのでご勘弁。
 あえてこの名作群の中から一本だけを取り上げるなら、和製ミュージカルの傑作『ああ爆弾』。初めて見たのはもう二十年も前の大学時代だが、その斬新なアイデアに度肝を抜かれ、興奮のあまり口をぽかんと開けながら見ていたことを今でも思い出す(実はオールナイトで見ていたので睡魔に負けて少し落ちていたのだ)。
 『幻の女』『黒衣の花嫁』のコーネル・ウールリッチ(ウィリアム・アイリッシュ)のミステリ短編『万年筆』に、岡本喜八はとんでもなく大胆な脚色を加えた。なんとこれを「ミュージカル」に仕立ててしまったのである。しかも、日本の伝統芸能である「能」VSアメリカ発祥の「ジャズ&ゴーゴー」の「対決ミュージカル」として。
 伊藤雄之助演じるヤクザの親分が、自分の組を乗っ取った中谷一郎の代議士を万年筆に仕込んだ爆薬で殺そうとする。ところが、この万年筆がひょんなことから次々と他人の手に渡り……という物語の骨子はサスペンススリラーだが、今やジリ貧の伊藤雄之助や子分の砂塚秀夫は「能」を舞い(ついでに言えば伊藤の妻役の越路吹雪は日蓮宗の「どんつく」がテーマソング)、上り調子の中谷一郎一派はハチャメチャなゴーゴーで踊りまくる。いやもうその様子といったら既知外沙汰だ。
 ミュージカルが嫌いな人は、「何でいきなり歌いだしたりするの? 気が狂ってるみたいじゃん」と貶すが、蓋しその通り、岡本喜八はミュージカルをまさに「狂気」として演出しているのである。出てくる連中がみんなイカレてるんだから、イカレた連中がイカレた音楽に痺れるのは至極当然のことなのだ。『仮面ライダー響鬼』を見ている人は、この『ああ爆弾』を見れば、「ああ、あのミュージカルシーンはこれのマネだったのか!」と気がつくことだろう。そして『響鬼』のミュージカルシーンがなんであんなに「寒い」のか、いったい何が欠けていたのか、ということに気づくだろう。そう、ミュージカルは演者が狂ってないと面白くならないのである(特撮ファンには、有島“タコ社長”一郎と桜井“ゆりっぺ”浩子の掛け合いミュージカルのシーンがお楽しみだろう)。
 結果、日本の狂気はアメリカの狂気に敗れる。しかし、奢る平家は久しからず、最後の最後に中谷一郎に待っていた運命も……。これから先は言わぬが花。

 6時からMOND21で『平成極楽オタク談義』第一回「富野由悠季」の再放送。
 岡田斗司夫さんの「富野由悠季を貶していいのは俺らだけだ!」発言に苦笑。もちろん作品を褒めちぎった上で、「富野さん本人を」笑っているのである。
 7時半よりNHK総合で『名探偵ポワロとマーブル』(もうコメントはしません)、続けて『義経』。
 いつまで経ってもタッキーが全然義経っぽくならないのはどうしたものか。どうにもならないだろうけど。それよりももっと気がかりなのは丹波哲郎の老け具合である。滑舌もままならないんだけど、大丈夫かなあ。

 食事はしげが「カレー、カレー、カレー」とうるさかったので昼も夜も「ココイチ」。カラダが茶色くなりそうである(スパイスが効いてるから)。

2004年04月03日(土) 本物の外人さんって何%だろう。
2003年04月03日(木) 地元企業救済旅行(^o^)/葉加瀬太郎プロデュース「フォーシーズンズ・イン・ザ・スカイ」
2001年04月03日(火) ボクの地震、キミの地震/ドラマ『陰陽師』第一回ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)