無責任賛歌
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| 2005年01月06日(木) |
触んなきゃできない演技指導なんてない/『金魚屋古書店』1巻(吉崎せいむ)ほか |
昨日に続いて、下痢、咳が止まらず、仕事休み。明日は何とか出勤しないとなあ。 そんなわけで、今日もテレビ見て本読んで寝て過ごす1日だったのだけれども、感想全部書いてたらキリないので簡単に。
昨日(つか今朝)WOWOWで再放送してた『伊東四朗一座 熱海迷宮事件』を録画して再見。前に録画してたのはアナログ放送分だったので、今回はデジタルで。何がどう変わってるのかは実はよく分かってないのだが。 ギャグはかなり古く、それは実はあえてそうしていることなのだけれども、今の若い人が見るのにはかなりつらい部分がないだろうか。いや、ギャグの古さと言うよりは、三宅裕司のセリフ回しのヘタクソさがギャグの古さを際立たせているのである。もうかなり前から私は三宅裕司はコメディやる以前に役者の勉強した方がいいんじゃないかと思ってるんだけれども、ホントにいつまで経っても芝居が上達しない人である。伊東四朗の使い方にしても、三谷幸喜の方がはるかに上手い。
デジタル放送に切り替えたおかげで見られるようになったテレ朝チャンネルで、『家政婦は見た2 エリート家庭の浮気の秘密 “みだれて…”』を放映。 第1作だった『熱い空気』は松本清張原作なので、実質上のシリーズ第1作はこの『2』の方になる。市原悦子の「石崎秋子」という役名もこの第2作から(第1作のときは「河野信子」)。でもそのフォーマットはちゃんと松本清張の原作に則っていて、家政婦が覗き見た事実のウラに更にもう一つの真実があったというミステリー的どんでん返し、また、最後に覗き見の罰として手痛いしっぺ返しを家政婦が受ける結末も第1作と共通していることなので、『2』以降の作品にもちゃんと原案者としての清張さんの名前をあげとかなきゃいけないんじゃないかと思う。 今じゃとてもやれないだろうが、働き先の中学生と石崎秋子が妖しい関係になりかけるというのは、そう言えば市原悦子って、昔は“そういう役”が多かったんだよなあと感慨深い。娘役で、初代「地球防衛少女イコちゃん」の磯崎亜紀子が出演しているのもポイント高し。って金沢碧や梶芽衣子のラブシーンよりそっちの方に目が行っちゃうってのは、昨今の世情を考えるとチトマズイか(^_^;)。
夜はWOWOWの蜷川幸雄特週で、『魔性の夏』と『嗤う伊右衛門』の2本。 舞台の蜷川さんの、その場の空気を凍らせるような演出も、映像だとそこまでは行かない。そこそこ出来がいいだけに、「この程度の作品で蜷川幸雄を評価してもらっちゃ困る」との思いがどうしてもしてしまうのである。総じて舞台演出家の映像作品は、舞台と比べると数段落ちるものになってしまっているが、蜷川さんはもっとすごいものを作れるはずだから、せめてもう1、2本は映画を作ってほしいと思ってるんだけれども。
マンガ、吉崎せいむ『金魚屋古書店』1巻。 第1巻だけれども、『金魚屋古書店出納帳』シリーズ2巻の続編。実在のマンガを題材にして、マンガへの熱い思いを語るこのシリーズ、好きは好きなんだけれども、「今の若い人はここに紹介してるマンガの殆どを知らないんだろうなあ」と思うと寂しくもなるのである。『ビリー・パック』などは私が生まれる前のマンガだが、それでも復刻や雑誌掲載などで一部を読んだことはあるし、我々の世代までの人間の多くが過去の作品だって渉猟することに何の苦労も感じてなかったんだが。 つかねえ、このマンガで紹介してるマンガって、「知る人ぞ知る」ようなマニアックなものじゃなくて、60年代〜80年代に生きてた一般人なら誰でも読んでたような超有名なマンガばかりで、オタク臭いのは殆どないんだから、今の人だって、少しは昔のマンガに目を向けてもらいたいと思うのだが。21世紀に入って、『Dr.スランプ』を読んだことがない若い人がゴマンといるって事実がもう悲しくて仕方がないのである。 特におススメなのは、『お江戸でござる』の杉浦日向子女史による『百日紅』。画狂老人葛飾北斎と、その娘お栄の日常を描いた、表面上は静かな、しかしその内面は愛憎渦巻いているトンデモない傑作。マンガ家志望の人なら、一度は読んでおくべきマンガである。
マンガ、駒井悠『そんな奴ぁいねえ!』10巻。しげが惰性で買ってるマンガなんで特に感想はなし。キャラクターの区別がつきにくい4コマは見ててツライ。
アメリカの映画TV情報サイト“Zap2it”が、先月31日、2004年のベスト映画とワースト映画を発表している。以下はそのリストだけれど、これもやはり日本人の感覚とはかなり差異があるのであった。
Zap2it's Best of 2004 List 1. "Phantom of the Opera" 『オペラ座の怪人』 2. "Kinsey" 3. "Finding Neverland"『ネバーランド』 4. "Motorcycle Diaries" 『モーターサイクル・ダイアリーズ』 5. "Eternal Sunshine of the Spotless Mind"『エターナル・サンシャイン』 6. "Hotel Rwanda" 7. "The Merchant of Venice"『ヴェニスの商人』 8. "The Incredibles"『Mr.インクレディブル』 9. "The Aviator"『アビエイター』 10. "Alexander" 『アレキサンダー』
Zap2it's Worst of the Year List From the most to the least offensive-- 1. "Around the World in 80 Days"『80デイズ』 2. "Brown Bunny"『ブラウン・バニー』 3. "Yu-Gi-Oh!" 『遊戯王』 4. "Welcome to Mooseport" 5. "Alfie" 6. "Twentynine Palms" 7. "Laws of Attraction" 8. "Soul Plane" 9. "The Forgotten" 10. "A Love Song for Bobby Long"
さすがにワーストには日本未公開のものが多いね。ベストも今年日本公開のものが多いから、これからが楽しみといところだろうか。 ファン投票によるものなので、批評家賞であるゴールデングローブ賞のノミネート作品ともかなりズレがある。特に『オペラ座の怪人』などはその乖離が激しい。批評家からは散々酷評されているので、見に行くかどうか迷ってしまうのである。 『80デイズ』がワースト、というのは、ジャッキー・チェンが主演になっていることの反発が強かったのではなかろうか。確かにどこから見ても中国人のジャッキーにフランス人のパスパルトゥーを演じさせるというのはムリがあるし、ヴェルヌの原作を無視して設定を改変、中国のシーンを大幅に増やしたことに腹を立てた人もいただろうことは予想はつくが、だからと言ってワーストに置くことはない。第一、中国でのカンフーシーンはジャッキー自身は撮影することを渋っていたのだ。ワースト評価に人種偏見の匂いを感じ取るのは穿ちすぎだろうか。
巷のニュースに関して、最近はあまりコメントはして来なかったけれど、気になるのがいくつかあったのでコメント。 女優志望の中学三年の女の子に、「演技指導」と偽って、ワイセツ行為をしたとして、劇団「テアトル・ド・パラード」主宰の演出家、三村創こと岩窪多摩緒と芸能プロダクション「銀の船」経営、宮沢久美子の二容疑者が逮捕された。取り調べに対して、二人はあくまで「演技の指導だった」と容疑を否認しているそうだけれども、被害者の女の子には「これからする行為は他言しない」という内容の同意書に署名させてたそうだから、公明正大に演技指導してるんだったら、そんな念書を書かせる必要はなかったはずである。だいたい、「ベッドに寝かせ、下着を脱がせて胸を触った」「足を開かせて……」なんて演技指導があってたまるか。 私も演劇関係者のハシクレであるから、世間一般の人が「演出家とかが演技指導の名のもとに女の子のカラダに触ることって多いんじゃないか」とか誤解したらいけないということで注釈を付けさせて頂く。 確かに、指導者が演技者の腹筋の様子を見るために、発声中の役者の腹やワキに触れるということはある。姿勢が悪ければ、肩や背中を押したりして矯正させることもないわけではない。しかし、それは練習着の上から行えることで、裸にする必要は全くない(それどころか裸にすれば触らなくても腹が動いてるかどうかは見て分かるってば)。別に指導者が触らなくても、腹筋の動きは役者自身が自分で手を当てて確認することができるものだし、たとえ初心者で自分の腹筋が動いているかどうかよく分からない場合であっても、オトコに触ってもらわなきゃならないものではないのだ。他の女性の劇団員に確認してもらえばよいことなのに、その「テアトルなんたら」には女性劇団員が一人もいなかったとでも言うのであろうか。姿勢の矯正の指示などは口頭で充分で、いわんや胸を触ったり足を開かせたり、なんて演技指導はありえない。 ネットでもう少し情報を調べてみると、そもそもこの劇団の存在そのものがかなり胡散臭い存在であったことが分かる。結成が2003年1月とそう昔ではないのだが、第1回公演の時点で既にトラブルを起こしている。代表世話人に迎えたある女優さんと演劇に関する方向性の違いから袂を分かっているのだが、ホームページ(現在は閉鎖)上ではその女優さんが未だに劇団に所属しているかのように写真を無断で掲載し続けていたのである。どうやら「代表世話人」という肩書きもその女優さんにとっては予想外のことで、劇団の指導も2ヶ月に1回程度、発声指導をしに行っていただけで、三村容疑者ともここ一年ほどは全く音信不通の状態だったようだ。 小さな劇団の主宰者が、劇団存続のためのハク付けとして、有名人の威を借りたくなった心情も分らないではないのだが、役者や劇団自体に実力、あるいはそれを要請しようという基盤がなければ、結局は何をどうしたところで「未来」は生まれない。客を呼ぶための努力を否定するわけではないが、自らの表現者としての意義を忘れ、劇団の存続自体を目的としてしまうのは本末転倒である。いったい「テアトルなんたら」には、演劇を通して自分たちを表現したい何があったというのだろう。劇団を隠れ蓑にワイセツ行為をしたかったただけじゃないのか。 「芸のためなら女房も泣かす」ではないが、役者、必ずしも道徳者であるとは限らない。「浮気は芸のコヤシ」というような不道徳を賞揚する感覚を残している役者は今でも決して少なくはない。具体的な人名を挙げることは避けるが、浮気事件が発覚して、マスコミに吊るし上げられた途端に堂々と開き直ってそう主張していたアノ俳優、コノ俳優を想起していただきたいのだ。だが、果たして彼らは、本気で自分の芸を磨くためにあえて不道徳に身を置いていたのだろうか? 私にはとてもそうは思えないのだが。 ハッキリ言うが、役者本人が道徳的な人間かそうでないか、そんなことと彼の演技とは何の関係もない。演技は役者の「想像」の産物である。極端な話、童貞の男が百戦錬磨のプレイボーイを、男漁りの女が処女を演じられなければ、それは到底「演技」として認められない。『藤十郎の恋』はヘタな役者の言い訳に過ぎないのだ。 そんな演技の基本も分らない役者モドキが跋扈している現実を思えば、残念ながら今回の事件が氷山の一角に過ぎない可能性も否定はできない。軽いセクハラなら、あちこちの劇団で起こっているのかもしれない。弱小劇団の主宰者が「私に逆らうと役に付けないよ」なんて言って脅迫するのは何様のつもりってなもので笑止ではあるが、本当に有名な俳優から強要されたら、断われないで泣き寝入りしてしまう例はありえることなのではなかろうか。多分、そういう連中から見れば、今回の事件も「女の子に触りたきゃフーゾクでガマンしときゃよかったのに」程度の感覚で捉えられてしまっているんじゃないかと、暗澹たる気分になる。 多くの役者が、自分の仕事をスケベエを正当化し行使するために利用しているのなら、また世間もそのように役者全体を見ているのなら、こんなに腹立たしいことはない。誓って言うが、ウチの劇団じゃこんなことは全くないぞ。女から男への逆セクハラはやたらあってるような気もするが(^_^;)。
2003年01月06日(月) 食えないモノを食う話/『名探偵コナン 揺れる警視庁1200万人の人質』/『ジャイアントロボ誕生編』(伊達憲星・冨士原昌幸)ほか 2002年01月06日(日) 言えない話と男の優しさと英語落語と/『西岸良平名作集 蜃気郎』1巻(西岸良平)ほか 2001年01月06日(土) ああ、今日は土曜か。今気づいた(^_^;)。/映画『ビッグムービー』
| 2005年01月05日(水) |
年賀状のことなど/『パディントン発4時50分』(石川森彦)ほか |
昨日のベストテンの見方が分かりにくい、というご指摘を受けたので、補足説明。 1、2、3、4、……と順位を着けたのが、私の「個人的なベスト」です。隣の☆印は、「普通の人が見たらこうじゃないかな」という「類推」なので、私自身の評価とは言えません。こういう☆をつけておかないと、1位2位の映画を「誰が見ても面白い」映画だと私がオススメしているように勘違いされてしまいかねない、と危惧したのであります。 だから、私自身の評価が高くても(個人的には好きでも)、「これを普通の人が見たらつまんないよなあ」と思える映画の☆評価は低くしてますし、私は全然つまらなくても、「でも一般の人はこういう映画見て受けるんだろうな」と想像できる作品の☆評価は高くしているわけです。前者の代表例は『盲獣VS一寸法師』で、後者の代表は『ファインディング・ニモ』だったりします。 『盲獣VS一寸法師』なんて、「江戸川乱歩の“クソつまらないところ”が大好きだ」ってヘンなファンじゃなきゃ、2時間の映画を見てる間、ただひたすら苦痛なだけでしょう。しげはこの映画見たあと、「やっぱり、おもしろくないものを無理しておもしろいように思いこもうとするのはやめた」って言ってました(-_-;)。
正月からこっち、しげがまた落ちこんでいる。 「あんたんとこに友達からメールや電話、あった?」と聞くので、「まあ、何人かからは」と答えたら急にしょげて、「オレんとこには1件もないよ。オレやっぱり友達いないんだ」とか言い出すのである。年賀状の数も少ないので、なおいっそう元気がないようである。 もともと私自身が年賀状のやり取りも「気が向いたらする」程度で、コミュニケーションのためのツールとしてはたいして重きを置いていない。というのも、実は10年くらい前までは、仕事上の理由もあって、人並に何100通と書いてはいたのだが、年末の忙しい時期に一枚一枚丁寧に宛名書きしてイラストも描いて、なんてことをしていると、年寄るごとに体力気力がまるでおっつかなくなってきたのである。かと言って全部印刷で同じものを送るような手抜きをする気にはなれなかったので、この10年くらいは、例年、受け取った人にお返しするくらいでゴマカシていた。職場関係でそれはマズイんじゃないかと最初はちょっとおっかなびっくりではあったが、こちらの体調を察して下さる方も多かったので、人間関係がその程度のことで崩れることはなかった。つか、年賀状ごときで人生が左右されてたまるか、という気分である。 メールに至っては、もともと頻繁にやりとりしてる相手自体が殆どいないので、来ないほうが自然である。しげの場合もそれは似たような状況で、「便利だから」と私に携帯を無理やり買わせたくせに、特に用事がなけりゃ、メールを送ろうともしない。職場の送り迎えの連絡を私からする方が多くて、その返事も「行く」「着いた」の一言で、味も素っ気もない。しげとメールのやり取りをした経験のある人なら先刻ご承知だろうが、およそ「メールし合う醍醐味」というものがないのだ。だいたい本人が「業務用連絡以外、する気ないし」と表明しているのである。 だからこそ、あけおめメールが来なくたって、別に気にもしちゃいないだろうと思っていたのだが、しげはどうやら、イマドキの「メールが来ないと落ちつかない」症候群に罹っちゃってたようだ。つかさー、オレ、正月からこっち、しげが「メールのやり取り」してるのを何回か目撃してるんだけど、それでどうして「メールが来ない」と言ってるのか、それがよく分からないのである。記憶力、ますます減退してるのか。
咳と頻尿と下痢が激しかったので、仕事初めではあったが、午前中で帰宅。 しげもカラダを壊していて、今日は送りも迎えもしてもらえなかった。夫婦揃って、半日寝込んで過ごす。 食事は帰りに買ってきたコンビニ弁当。和風幕の内とヒレカツを買ってきて、「どっちがいい?」としげに聞いたのだが、迷わずヒレカツを選んだ。だからどうしてそう、「肉」に執着するかな(-_-;)。 しげがカラダを壊しがちなのは、食生活の杜撰さを初めとして、生活のリズムが乱れているのが理由なのは分かっている。栄養バランスの取れた食事、適度な運動など、改善の手段はいくらでもあるのに、「ただひたすら寝る」ことだけで凌ごうとしているから、体調が悪化することはあっても好転するわきゃない。 そのくせ、しげは私の屁が臭いと言って、「肉食うな、野菜食え」と言うのだ。だからさあ、どうして肉しか食わない自分の屁が臭くないと思えるのかね。私は寝ている間、しげの寝屁の被害にあって死にそうな目に会ったことが幾度となくあるのだが。 しげは「家事もして、病院にも通って、仕事もしてたらカラダが持たないよ」としょっちゅう愚痴を言っているのだが、ちゃんと通ってるのは病院くらいで、家事は殆どしないし仕事もよく休んでいる。そんな状況で「疲れた疲れた」と言われても、「身のほど知らずが何を言うか」と返すしかないのである。文句言いたいなら野菜と果物食って日光に当たってから言え。
DVDを続けて3本、『ミス・マープル パディントン発4時50分』『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!栄光のヤキニクロード』『ハーヴェイ』。脈絡は全くない。
ジョーン・ヒックソン主演版の『パディントン』はかなり前に購入していて未見のままだった(テレビ放送時に見てはいる)。改めて見る気になったのは、先日買ったコミック版の『NHKアニメ劇場 アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル2 パディントン発4時50分』(石川森彦)を読んで、原作とちょっと違っているところがあったような気がしていたので、テレビ実写版で確認してみようと思ったのだ。だったら原作小説を読みゃいいのだが、それは山のに中に沈んでしまっていたので、仕方がないのである(いつものことですいません)。 結論から言うと、コミック版の方は、第1巻の『ABC殺人事件』がへなちょこな出来でガックリだったのに比べて、かなり手慣れた描きぶりになっていて、読みやすかった。実写版よりもコミック版のほうが犯人のトリックの描写としては「偶然に頼っていない」点で明らかに優れている。石川さんの絵がチト地味でマンガとしての魅力に欠ける面はあるが、少なくともアニメのように「アヒル」を出してない分、良心的な執筆姿勢だと言えるだろう。原作で重要な役割を示す家政婦・ルーシー・アイレスバロウを、アニメオリジナルキャラのメイベル・ウェストに置き換えたアレンジも悪くない。 じゃあ、テレビ版がダメかというとそこまでのことはない。ジョーン・ヒックソンのミス・マープルはもちろんのこと、役者がそれぞれの役を的確に演じていて飽きさせない。原作を先に読んでいるので犯人もトリックも先刻承知なのだが、それでも「ああ、このへんはうまく演じてるなあ」と感心する部分があった。 スラック警部を演じたデヴィッド・ホロビッチは日本では馴染みがないが、実に上手い。『書斎の死体』に続いての出演だが、「何でこんな婆さんに捜査を引っ掻き回されなきゃならんのか」と苦虫を潰した表情が「かわいらしい」のである。名探偵の引き立て役の警部は単に馬鹿じゃダメなんで、これは理想的なワトソン役の一人と言えるだろう。
『ヤキニクロード』と『ハーヴェイ』はどちらも再見。『ヤキニク』は感想書き出したら長くなるので、省略。 『ハーヴェイ』を初めて見たのはもう十年くらい前になると思うけれども、原作が舞台なだけに、この「仕掛け」はいかにも舞台向きだ。それは「主人公にしか見えない身長6フィートのウサギ」を相手にマイム演技をする面白さだけにあるのではなく、そのウサギか果たして本当に実在するのか否か、そこを曖昧にしているのがミソなのである。不世出のパントマイマー、マルセル・マルソーは、自らの演技で「そこにあるように見えるもの」を瞬時にして別のものに「変えて」見せるが、本作の主役、ジェームズ・スチュアートは、映画的「仕掛け」で「ハーヴェイ」を空想の産物から実在のものへと変換させる。方法は違うが、「現実と空想の境界を反転させ、観客の固定観念を破壊する」ことに演劇の本質を見ている点では同質である。 このネタは演劇人なら1回は使ってみたくなるのだが、実は私も昔ある芝居で応用して使っている。つか、使った時には『ハーヴェイ』が元ネタだとは気付かなかったのだが(だって当時はまだこの映画を見たことなかった)、あとで「あ! この映画、オレの書いたアレと同じじゃん!」と驚いたのである。 マネをしたわけではないが、演技の基本が「マイム」にある点を踏まえて、そこに「応用」を持ちこむとと、どうしても似通ったアイデアになっちゃうのである。そのとき自分の書いた脚本が面白かったかどうか、という点であるが、「不思議な雰囲気が面白かった」というお褒めの言葉を頂きはした。つか、私の書く芝居は自分ではどんなにエンタテインメントにしたつもりでいても、いつだって「不思議」ないしは「よく分からない」って言われちゃうんだよね。それは先日の公演もそうで、ギャグと歌で繋いだだけの芝居のつもりだつたのに、アンケートではやっぱり「不思議」ないしは「よく分らない」と言われちゃってたのである(^_^;)。
2003年01月05日(日) インド人にビックリ/『膨張する事件』(とり・みき)/『バンパイヤ/ロックの巻/バンパイヤ革命の巻』(完結/手塚治虫)ほか 2002年01月05日(土) 食って寝て食って歌って/ドラマ『エスパー魔美』第1話/『ピグマリオ』7巻(和田慎二) 2001年01月05日(金) やっぱウチはカカア天下か
| 2005年01月04日(火) |
2004年度映画勝手にベストテン |
正月は連続放送が多いけけども、午前0時からはキッズステーションで『げんしけん』一挙放送を見る。DVD予約してるから、別に見なくてもいいんだけど、ついまとめて見る機会があると見入ってしまうのである。作画も演出もイマイチなんだけど。 ひと寝入りして起きて、アニマックスで映画『犬夜叉 鏡の中の夢幻城』。こちらもまた、特に感想言わなきゃなんないほどの出来でなし。作画はまあまあなんだけれど、ありきたりの展開、ありきたりのセリフで、いささかゲンナリ。 「犬夜叉〜!」「かごめ〜!」って繰り返し呼び合うだけの脚本、ちったあ何とかしようって気にならなかったのかね。
正月二日、三日と働いてたしげがようやく休みを取れたので、昼過ぎからキャナルシティまで買い物に出掛ける。途中、対向車とすれ違ったときに、ガードレールにぶつかって、前輪のカバーのところがかなりへこんでしまった。「運転席からは傷は見えないから気にしない」とか言ってたが、そのあと「保険利くのに保険使わなかったらモッタイナイかな」とか「ウラから叩いたら元に戻らないかな」とか言ってたので、内心、すごく気にしているのである。素直に修繕するしかないんと違うかな。 福袋を買うのが毎年の恒例なのだが、しげのお気にいりのミッフィーの店もトロの店も、バタバタと閉店してしまっている。目指すのはもう「チャイハネ」しかないのだが、もう三が日は過ぎているし、「福袋あるかなあ」としげは心配していた。店に着いてみると、なんとたった一個だけ、狙いすましたように残っていた。 福袋の表には、「アクセサリーなど」と書いてある。インドなアクセサリーがどんなものか、ちょっと想像するのが怖かったが、しげは屈託なく福袋をレジに持って行く。私にしてみれば「闇鍋」感覚だ。新しい服も買ってご機嫌のしげ、帰宅して早速福袋を空けたのだ。途端に「いやああああ!」とズタ袋を引き裂くような悲鳴(^_^;)。中から真っ先に出てきたのは、妖しい人形の置きモノ。どれくらい妖しいかって、あのオウム真理教の麻原彰光こと松本智津夫ソックリなのである。つまりこれ、「グル」の人形なんだろうけれど、売りモノになるかどうか、わかんないのかねえ。まあだからこそ福袋に詰めこまれちゃったのだろうけれども。 それでもスカーフやら帽子やら茶碗やら、それなりに使えそうなものはいろいろ入っていたので、総体としては損しちゃいない感じだけれども、なんだか「恐るべしチャイハネ」といった初買い物であった。
『キネマ旬報』の2004年度読者選出ベストテンのシメキリが明日なので、慌てて昨年見た封切映画映画をカウントしてみた。ハガキに書けるのは十位までだけれども、一応、見た映画に全部順位を付けてみた。 映画祭やリバイバルの映画も見ているので、実際には劇場で百本以上見てはいるのだが、そういうのは選考対象にならない(『ラスト・サムライ』『ファインディング・ニモ』などは昨年公開されて今年まで続映していたので、これも本当は選考対象にならない)。封切映画だけに絞って、表にしてみたのが以下のものである。 一般人のわりにはかなり劇場に足を運んでいるほうだとは思うが、それでも「おまえにベストを選べるほどの資格があるのか」と問われれば、返答のしようもない。スケジュールの都合がうまく合わなくて見られなかった映画で、もし見ていれば、ベストテンに入れたくなるかもしれない映画がかなりあるからである。日本映画では『バーバー吉野』『下妻物語』『茶の味』『父と暮らせば』、外国映画では『シービスケット』『殺人の追憶』『コールドマウンテン』『パッション』『白いカラス』『モンスター』『コラテラル』『オールドポーイ』あたりを見損ねた。また、昨年公開だけれども、まだロードショー公開中で福岡に来ていない『約三十の嘘』などもある。 『キネ旬』の読者投票に応募する人の中には、全国各地域の映画ファンクラブに入会している人も多いだろう。私以上に年間200本、300本と見ている人もたくさんいらっしゃるだろうが、それでも昨年公開の映画を全て網羅して見たという人は少ないに違いない。邦画・洋画を合わせて、700本近くあるのである。1日2本ずつ見ていかないととてもおっつかない数字だ。一般人どころか、映画評論家だって、そう簡単にクリアできる数字ではない(事実、年間に200本程度しか映画を見ない“自称映画評論家”は腐るほどいるのである。それでプロを名乗るなと言いたい)。 そういう状況であれば、ベストテンを選ぶ行為自体、そもそも無意味である。それでもこういうベストテンがしょっちゅう行われるのは、これが「お祭り」として定着しているのと、集計結果はともかく、選定する個々人の「趣味」を読んで楽しめるからだろう。日記の更新ができなくて、触れることができなかった映画も多いので、おおざっぱではあるが、レンタルやテレビで見るときのご参考になればということで、リストを作ってみた。 ただし、私個人の趣味で選んだベストテンであるから、当然のごとくかなり「偏り」がある。ミステリーファンなら面白いだろうが、そうでない人には見るのがいささかキツイだろう、とか、そんな作品もある。というわけで、タイトルの後ろに「ごく普通に映画を見るのが好きな人」用のホシを付けてみた。これで「私は面白かったけど、ほかの人はどうか分からんよ」「私には全然つまんなかったけど、世間じゃこういうノリの映画がウケるんだろうね」なんて、私と世間との感覚のズレ(^_^;)を察して頂けたら、長々と批評書く代わりになるかと思う。
☆☆☆☆☆ …… 多分、かなりの人が見て満足する出来。わんだほー! ☆☆☆☆★ …… 上質のエンタテインメント。騙されたと思って見てみて! ☆☆☆★★ …… 面白いけど、好みが分かれるかな。内容を事前に調べておこう!。 ☆☆★★★ …… 趣味の世界。合わない人には全然つまらない。 ☆★★★★ …… かなり退屈。どうしても見たいなら、止めないけど。 ★★★★★ …… こんなクソ映画を見て、人生の貴重な時間を無駄にしてはいけません! (`□´)
あと、太字にしたのは「ワースト」。ご意見その他ありましたら、掲示板の方へどうぞ(^o^)。
〔日本映画〕 1『マインド・ゲーム』 ☆☆☆★★ 2『盲獣VS一寸法師』 ☆★★★★ 3『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ! 夕陽のカスカベボーイズ』 ☆☆☆☆★ 4『イノセンス』 ☆☆☆★★ 5『レディ・ジョーカー』 ☆☆☆☆★ 6『いかレスラー』 ☆☆☆★★ 7『誰も知らない』 ☆☆☆☆★ 8『キューティーハニー』 ☆☆☆★★ 9『雲のむこう、約束の場所』 ☆☆☆★★ 10『ラブドガン』 ☆☆★★★ 11『スウィングガールズ』 ☆☆☆☆☆ 12『恋の門』 ☆☆☆★★ 13『花とアリス』 ☆☆☆★★ 14『半落ち』 ☆☆☆☆★ 15『理由』 ☆☆☆☆★ 16『CASSHERN』 ☆☆☆★★ 17『隠し剣 鬼の爪』 ☆☆☆☆★ 18『ULTRAMAN』 ☆☆☆★★ 19『着信アリ』 ☆☆☆☆★ 20『嗤う伊右衛門』 ☆☆☆☆★ 21『ゼブラーマン』 ☆☆★★★ 22『丹下左膳 百万両の壺』 ☆☆☆★★ 23『伝説のワニ ジェイク』☆☆★★★ 24『インストール』 ☆☆★★★ 25『ワンピース めざせ! 海賊野球王』 ☆☆★★★ 26『ハウルの動く城』 ☆☆★★★ 27『ゴジラ FINAL WARS』 ☆★★★★ 28『名探偵コナン 銀翼の奇術師(マジシャン)』 ☆★★★★ 29『ワンピース 呪われた聖剣』 ☆☆★★★ 30『IZO』 ★★★★★ 31『アップルシード』 ☆☆☆★★ 32『世界の中心で、愛をさけぶ』 ☆☆☆★★ 33『スチームボーイ』 ☆★★★★ 34『笑の大学』 ☆☆☆★★ 35『デビルマン』 ★★★★★
〔外国映画〕 1『岸辺のふたり(ファーザー・アンド・ドーター)』 ☆☆☆☆☆ 2『ベルヴィル・ランデブー』 ☆☆☆★★ 3『ドッグヴィル』 ☆☆★★★ 4『父、帰る』 ☆☆★★★ 5『Mr.インクレディブル』 ☆☆☆☆★ 6『プリンス&プリンセス』 ☆☆☆★★ 7『ミスティック・リバー』 ☆☆☆☆★ 8『箪笥』 ☆☆★★★ 9『真珠の耳飾りの少女』 ☆☆★★★ 10『ロスト・イン・トランスレーション』 ☆☆★★★ 11『ターミナル』 ☆☆☆☆☆ 12『カレンダー・ガールズ』 ☆☆☆☆★ 13『レディ・キラーズ』 ☆☆☆★★ 14『ビッグ・フィッシュ』 ☆☆☆★★ 15『LOVERS』 ☆☆★★★ 16『フォーチュン・クッキー』 ☆☆☆☆★ 17『スクール・オブ・ロック』 ☆☆☆☆★ 18『キル・ビルvol.2』 ☆★★★★ 19『真実のマレーネ・ディートリッヒ』 ☆☆★★★ 20『バレエ・カンパニー』 ☆☆★★★ 21『80デイズ』 ☆☆☆☆★ 22『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』 ☆☆☆★★ 23『シュレック2』 ☆☆☆☆★ 24『テキサス・チェーンソー』☆☆☆★★ 25『ファインディング・ニモ』 ☆☆☆☆☆ 26『アイ、ロボット』 ☆☆☆★★ 27『スパイダーマン2』 ☆☆☆★★ 28『メダリオン』 ☆☆☆★★ 29『バレット モンク』 ☆☆☆★★ 30『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』 ☆☆☆☆★ 31『トロイ』 ☆☆☆★★ 32『ポーラー・エクスプレス』 ☆☆★★★ 33『スイミング・プール』 ☆★★★★ 34『ツイステッド』 ☆★★★★ 35『ヴィレッジ』 ☆☆☆★★ 36『ピーター・パン』 ☆☆★★★ 37『ゴシカ』 ☆☆★★★ 38『キャットウーマン』 ☆☆☆★★ 39『ルーニー・テューンズ バック・イン・アクション』 ☆☆☆★★ 40『マイ・ボディガード』 ☆★★★★ 41『21グラム』 ☆☆★★★ 42『キング・アーサー』 ☆☆★★★ 43『シークレット・ウィンドウ』☆☆★★★ 44『ゴッド・ディーバ』 ☆★★★★ 45『ラスト・サムライ』 ☆☆☆★★ 46『ペイチェック 消された記憶』 ☆☆★★★ 47『サンダーバード』 ☆☆☆★★ 48『華氏911』 ☆☆☆★★
私も『ハウルの動く城』をかなり低く見積もっているし、世間でもかなり「つまらない」という意見が散見しているのだが、既に観客動員数は、公開された昨年11月20日から今年1月2日までの44日間で、1000万人を突破しているそうな。一月半で、日本人の十人に一人くらいが見ている計算になるねえ。実際、知り合いでもかなりの人がもう「一度は」見ているのである。これから先、東宝も一年くらいはロングラン上映するだろうし、リピーターも当然出ようから、前作『千と千尋の神隠し』の動員数2340万人、興行収入304億円の日本記録を更新する可能性も充分にある。正直、「あんな“空っぽ“な映画のどこがそんなによかったんだ」と思ってしまうけれどもね。 でも、「空っぽ」だからこそ、観客がいくらでも想像力で物語を補完できるとも言える。斎藤環のように「ストーリーや整合性についての諸問題については、本作の圧倒的なまでの楽しさと、観ることの快楽の前には問題にもならない」(『キネマ旬報』12月下旬号)なんて、本作に数多の根本的欠陥があるにもかかわらず、そこからあえて「目を逸らす」ような、批評にもなってない、愚劣な感想文が垂れ流されている始末だ。もうこれは単に「宮崎駿ブランド」にみんなが群がってるだけにしか思えない。たとえどんなに「つまんないよ」と人から言われても、いったんは見てみないと気持ちが落ちつかない、そしてともかく「誉めなきゃいけない」思い込みに支配されてしまっているのだろう。まるで一時期の紅白歌合戦だ。……その『紅白』は史上最悪の視聴率で、39%だったとか。国民番組はなくなったけれど、国民映画は生まれてるってことか。 けれど、そんなふうに「意味もなく」自分の映画が享受されることに一番苦々しい思いをしてるのは宮崎さん本人じゃないかと思うけどなあ。思いついたシーンから前後の脈略なく絵コンテを切って、あとでむりやりストーリーの辻褄合わせるのは最近の宮崎監督のやり方だけれど、今回の『ハウル』はその「辻褄合わせ」にかなり失敗していること、誰の目にも明らかだと思うんだが。だいたい宮崎監督自身が、「城の中身を作ること考えてなかった」「魔法で何でも解決していいのか」と悩んだ末、最後は「投げちゃった」ことを告白してるんである。てなきゃ、あんなにふざけた結末にゃならないよ(^o^)。 もしかしたら宮崎監督は、「映画をマトモに見ようともせずに、無条件で自分を誉めるブランド志向のファン」を自ら裏切ろうとしてるんじゃなかろうか。穿った見方かもしれないが、そうとでも思わなければ、あんないい加減な映画を作った理由がわからないのである。もしそうだとしたら、『ハウル』を誉めること自体、大馬鹿野郎の烙印を押されることになりかねないので、ヒョーロンカの方々は、今回、いささか注意が必要じゃなかろうかと思うんだけど、どうでしょうかねえ。斎藤環の場合はもともと評論家としてのランクなんて無いも同然だったから、今更何の傷も付かないだろうけれども。
2003年01月04日(土) めかなんて、こどもだからわかんないや/『眠狂四郎』6巻(柴田錬三郎・柳川喜弘)/『ああ探偵事務所』2巻(関崎俊三) 2002年01月04日(金) 消えた眼鏡と毒ガスと入浴シーンと/『テレビ「水戸黄門」のすべて』(齋藤憲彦・井筒清次) 2001年01月04日(木) ああ、つい映画見てると作業が進まん/『快傑ライオン丸』1巻(一峰大二)ほか
| 2005年01月03日(月) |
相変わらずの正月/映画『0011ナポレオン・ソロ/罠を張れ』ほか |
ひと月ちょっとのご無沙汰でした。友人から久しぶりに電話があって、「11月から日記止まってるぞ」とせっつかれたので、ちょっとがんばって再開することにしました。やっぱり、ちょっと間が空いちゃうとねー、もともと自堕落な性格してるもんだから、人から言われなきゃ、なかなか動き出せるものではないのですよ。 年度末で仕事は忙しい上に、劇団の公演が重なってたし、体調も最悪で、血便垂れ流すわ脱糞するわで、とても日記書いてる余裕が無かった(つか、自分が生きてるのが不思議だわ)のだけれど、ちょびちょびと劇団ホームページの方には近況報告を書いてはいたので、だいたいのところはそちらを参照して頂ければ幸いです。休眠中のこれまでのひと月ちょっと分の日記は、気が向いたらアップするかもしれません。そう言ってて、できたタメシがないけどねえ(^_^;)。 近々、ブロバイダを変更することになったので、タイトルも含めて、ホームページの全面リニューアルを予定しています。メールアドレスも変わりますが、小ぢんまりとやってくつもりなので、特にリンク張ったりして宣伝するつもりはありません。新しいアドレスを知りたい方は、今のうちにメールで当方にお問い合せ願います。 このエンピツ日記はそのまま継続しますが、タイトルは変えようと思ってるので、何かいいアイデアがあったら、これもメールで連絡していたただけたら嬉しいです。
体調悪いんで、外出せずにずっと在宅。しげの調子がよければ出かける約束だったのだが、私の方が寝込んでしまった。風呂に入ったり、寝たり、ヒゲ抜いたり、テレビ見たりの一日。
昨晩から、ムービープラスで『0011/ナポレオン・ソロ』の劇場版全8作品の一挙放送(60年代のもののみで、80年代の『帰って来たナポレオン・ソロ』は含まず)をウトウトしながら見る。午前0時から午後2時までだから、14時間耐久レースである。ホントに体調悪いのか、オレ(^_^;)。 このテレビシリーズが放映されてたのは私が小学校の低学年のころだったのだが、キャラクターとアバンタイトル以外、ストーリーやディテールは殆ど覚えてない。劇場版も何度かテレビ放送されてたはずだが、いったいどれを見ていてどれを見ていなかったのやら、記憶はゴチャゴチャである。けれどこうして立て続けに見返してみると、ソロが車に乗り込むシーンとか、「ああ、このシーン、見覚えあるなあ」と思い出せてしまうのだから、相当好きで見ていたことは間違いない。 ともかく主役のロバート・ボーンがカッコよくって大好きだったのだ。ボーンが悪役で出演しているというだけで、あの愚作『スーパーマン�掘‥纏劼陵弸鼻戮眤膣況磴靴討い燭里世�ら、かなり入れこんでいたのである。最近はボーンもロクでもないB級映画にばかり出ているようで悲しい。 第1作『罠を張れ(TO TRAP A SPY)』は、テレビシリーズに先駆けたパイロット・フィルムで、レオ・G・キャロル演じるウェイバリー課長も出てこなければ、相棒のデビッド・マッカラム演じるイリヤ・クリヤキンの出番も殆どない。けれどシンプルなだけに、このシリーズが初めはどのような作品を目指していたかがよく分かるのである。テレビシリーズ原タイトルが“The Man from U.N.C.L.E(「アンクル」から来た男)”である通り、これは単に秘密組織のエージェントの活躍を描くものだけではなく、ソロが“我々一般人の生活に介入してくる身近さ”を狙っていたのだ。なんたってこの第1作、今や敵スパイ組織の幹部となっている男にソロが近づくために、かつてその男の恋人ではあったが、現在は「ただの主婦」にすぎないヒロインを、頼み込んで無理やりスパイに仕立ててしまうのである。でもよう、いくら要人暗殺の危機を回避するためだからってさあ、「今日から君もスパイだよ。さあ、素敵なドレスを着せてあげよう」って言われただけですぐにその気になっちゃうってヒロインもどうなんだかなあ。 ご承知の方も多かろうが、このナポレオン・ソロというキャラクターのクリエートには、本家スパイもの『OO7』シリーズの原作者イアン・フレミングも一枚噛んでいる。なんとなく展開が原作版『私を愛したスパイ』に似ているのは、そのあたり、関係があるのかもしれない(『ナポレオン・ソロ2』には、2代目ボンド、ジョージ・レイゼンビーもゲスト出演している)。 2作目以降については感想書いてたらキリないので省略。ゲストに私の好きなモーリス・エヴァンス(『奥様は魔女』のサマンサのパパ!)や、シリアス役者時代のレスリー・ニールセンとか出てて、そのあたりをチェックしていくだけでも楽しい。『OO7は二度死ぬ』のミスター・オオサト(シマダ・テル)がスケベな首相役で出てたのには笑った。
2時からは日本映画専門チャンネルで『名もなく貧しく美しく』『父と子 続・名もなく貧しく美しく』。続編を見るのは初めてだったけれども、いやはや、すっげえショック受けちゃいましたよ。 1作目は小林桂樹と高峰秀子の聾唖者同士の夫婦が戦後の貧乏と社会の差別に対して健気に戦って行くというヒューマンな物語で、ラストは高峰秀子が交通事故で死んでしまうというお涙頂戴な展開で締めくくられている。それが、続編になると、主役は二人の間にできた息子・北大路欣也(こちらは健常者)に移って、彼の縁談が物語の中心に据えられる。親が聾唖者であるということで差別を受けて、息子はなかなか結婚できないのだが、聾唖者の娘・内藤洋子との結婚がようやくまとまりかける。ところが彼女にはやはり聾唖者の恋人・田村亮がいた。ここで小林桂樹は、息子の結婚を成立させるために、亮と洋子の二人に「聾唖者同士の結婚は必ず聾唖者を生む」と嘘を吹きこむのだ。亮と洋子は絶望して自殺を図る。すんでのところで命は助かるのだが、怒った欣也は父親を殺そうとする。そのときの欣也のセリフがすごい。「あなたは五十年間、本当は人間を憎んで来たんだ! その醜い顔! それがあなたの本当の顔だ!」 ……えーっと、これ、『名もなく貧しく“美しく”』じゃなかったのかなー(^_^;)。なんつーか、2作目で1作目のコンセプトを全否定するってのもスゴ過ぎる。でも、人間の現実ってこういうもんなんだよね。差別を受けた人間が心の痛みを知って、差別をしなくなるとは限らない。逆に他者を恨み、自己保身に走り、より差別的な行動を取ることだってある。この二作、決して正編だけを見て評価しちゃなんないだろう。ある意味、「大破綻」な映画なんだが。
7時半から、NHK総合で『大化の改新』。 NHKの古代史ドラマで、脚本が池端俊策で、何か期待できるわけではなかったけれども、飛鳥人がショルダーバッグで学校通ってるって、今じゃ許せる範疇なのかよ。 いやまあ、あまりに昔過ぎて、当時の風俗、言語でドラマが作れないのは分かっちゃいるけどさ、登場人物たちの「大国“唐”には大義がない」とか、妙にイラク戦争に重ね合わせたような言動とか、蘇我入鹿の暗殺劇を殆ど無批判に礼賛して天皇中心の律令政治が平和国家の礎になったような結末とか、なんか脚本家の政治的意図が透けて見えちゃうもので、どうにも胡散臭くて楽しめない。物語は入鹿を殺したところで終わってるけど、史実ではそのあと中大兄と鎌足は、仲間だった倉山田石川麻呂も殺してるのだ。権謀術数な歴史はずっと続いてるんである。
あとはカートゥーンネットワークで『魔探偵ロキ』と『LAST EXILE』の第1話。DVD『みんなのうた 笑顔』と、映画・アニメ三昧の一日でした。休日はいつもか。
2003年01月03日(金) 日記書いたことしか記憶にないな/『ヘウレーカ』(岩明均)ほか 2002年01月03日(木) 貧乳の夢と鬱と別れのシミュレーションと/『ドラマ愛の詩スペシャル キテレツ』/『本気のしるし』4巻(星里もちる) 2001年01月03日(水) 初夢。……初夢だってば/『雲竜奔馬』5巻(みなもとたろう)ほか
| 2004年11月28日(日) |
「地雷」がいっぱい(^_^;) |
結局、カトウ君は車の中で寝たようである。全く、部屋が狭くて申し訳ない。これで本番前にやたら人が泊まりに来た日には、どこに寝てもらうってんだろう。休日まる一日使って部屋の大片付けでもしない限り、無理な相談だと思うんだが。
練習日はたいてい昼から参加しているのだが、今日は朝から来てくれと頼まれる。正直な話、体力的にまる一日練習に付き合うのはかなりキツイのだが、早目に小道具作りを始めないといけないというから、否とは言えない。ペース配分は勝手にやらしてもらうしかなさそうだ。 私が作んなきゃなんないのは小道具というよりは「ハリガミ」なのだが、墨で字を書くので、これが乾くのに半日はかかる。それで朝から顔を出すことにしたわけなのだが、作業自体は小一時間もすれば終わってしまうので、あとは肉練やダンスが終わるまで、私はやることがない(^_^;)。仕方なく、隅っこに寝転んで(つか、テーブルの下にジャマにならないように隠れて)、通しが始まるまで待つことにする。
本日の参加者、桜雅嬢、カトウ君、鴉丸嬢、草野嬢、下村嬢、其ノ他君、冨田嬢、細川嬢、穂稀嬢、よしひと嬢、しげに私。 本来、今日は黒子役の全員集合日だったのだが、肝心の黒子頭役のラクーンドッグさんが都合で休み。ほかにも圭人さん、ケイ&綾乃の学生コンビも試験中ということで欠席。鴉丸嬢も来てはいるのだが、体調がよくないとのことでダンスはパス。あまり集まりがよくないのである。つか、ヘタすりゃあと集合できるのは本番直前か? せっかくダンスコーチとして富田嬢に来て頂いているのに、いささか申し訳ない感じだ。 概ねみんな振り付け自体はなんとか覚えちゃいるのだが、まだまだ音楽に合わせるのがせいいっぱいの状態。富田嬢が「みんな、演技するつもりで踊ってる!?」と檄を飛ばすが、それに答えられるだけの余裕がないのが見ていて痛々しい。特に風邪気味のカトウ君はボロボロで、顔には生気がないし、動きはダンスというよりタコ踊りである。いや、これ、『死霊の盆踊り』じゃないんだから(^_^;)。おかげで後半は富田嬢に殆どマンツーマンで指導を受けることになった。回数を重ねるうちにだんだん動きはよくなってきたから、本番までにはなんとか形はできるとは思うけれど、カトウ君だけでなく、しげも鴉丸嬢も、日によって演技の浮き沈みが激しいのがネックになっている感じだ。もちっとリラックスしてやってもらったほうがいいんだけどなあ。
テーブルの下で休んでいる間に、みんなの雑談が聞こえてくる。 『ハウルの動く城』、見ている人も多くて、結構誉めてる様子である。しげは先日も「宮崎駿の癖があまりなくて素直に見られて満足した」ってなことを言ってたのだが、その「癖がない」点が「宮崎駿も落ちた」ということを証明しているので、私はあまり素直に誉めたくはないのである。そりゃ、凡百のクソアニメに比べりゃ出来がいいのは歴然としてるのだが、不朽の名作かって言われると「馬鹿を言うな」と反駁したくなる。恋愛についても戦争についても殆ど直観描写ばかりでドラマツルギーを考察した気配がなく、おかげで見事なくらいに中身が「何もない」映画になってしまっているのだが、だからこそあの映画は評価が二分してしまうと言える。つまり、「何もない」からこそ、逆に「何かある」ように錯覚させられてしてしまうわけだ。それを果たして評価すべきかどうか、未だに私は悩んでいる。どんなに無意味な映像だろうと、それがそれとして存在さえしていれば、「映画」は成り立っちゃうっていうことも真実には違いないんである。 でもだからって面白くはないのよ、新しいものは何もないから。 ところがもう、富田嬢も「最高だ」とか喋ってるし、ここで「どこがどう?」なんて水を差すようなことはとても言える雰囲気ではない。おかげでかなり長いことテーブルの下から表に出られなかった(^_^;)。
ひと通りダンスが終わって、時計はもう3時を回り、ようやく演技を見る。ファーストシーンから通しでどこまで行けるか見てみたのだけれど、完璧とまではいかないまでも、セリフそのものは当然入ってなければいけないはずなのに、10分ほどでもう抜けまくり。それ以上は継続のしようがない状況だったので、そこで中断する。正直、もう少し強く言ってでも詰めていくべきかどうか悩んだのだが、主役3人が3人とも、ダメ出しして伸びるタイプではないので、ある程度以上は本人たちの自覚に任せる以外に方法はないのである。
練習が終わって、解散後、カトウ君、草野嬢、よしひと嬢、しげに私で、箱崎の「ゆめたうん」で食事。 オムライスの店に入ったのだが、しげがまた料理を食べ残したので、ポテトの山をみんなでつつくハメになる。だから食べ切れないなら最初からサラダとか頼めって。 脈絡もないお喋りをしているうちに、話が『笑の大学』のことに触れて、舞台版のDVDを借りていたカトウ君が、「面白かった!」と激誉め。私も嬉しくて、「舞台見ちゃうと、映画が全然つまんないんだよ!」と映画版を貶す。 ところがあとでしげから聞いて知ったのだが、草野さん、映画の方の『笑の大学』を見ていて、かなり面白がっていたそうなのである。あいたた、また余計なところで水を差しちゃったか、とアタマを抱えてしまったが、だからと言ってつまんないものを面白いなどと嘘をつく気にもなれないので、これもどうにも仕方がないことなのであった。
血液型性格判断を特集したテレビ番組の影響で、子供たちの間にイジメが起こってるのだそうな。 具体的には、『決定!これが日本のベスト100』(テレビ朝日系)、『発掘!あるある大事典2』(フジテレビ系)などで、血液型性格判断の特集があって、「嫌いな血液型、相性が悪い血液型などのランク付けをする」「タレントが『B型はいい加減』『AB型は二重人格』などと言い合う」「保育園児を血液型別に行動観察する」などの内容が放送されたということである。 能見正比古以来、血液型性格診断の本は多分何百冊、何千冊と書かれてきてると思うが、マトモに科学的に研究をした本は恐らく皆無だろう。私も何冊か読んだことはあるが、「初めに答えありき」で、予め「○型の人の性格はこう」と想定した性格にムリヤリ有名人、芸能人を当てはめていってるいい加減なものばかりだった。「A型はマジメタイプ」とよく言われるが、ほかの血液型はみんな不真面目だってことか。マジメなB型、O型、AB型の人もいくらでもいるのに、全く失礼千万な話である。 血液型と性格との間に相関関係があるなんて、一度だって証明されたことはないのに(あるなら見せてみろ)、それがいかにも科学的常識であるかのように錯覚させられているのはいったいどうしたことなのか。 なんだかねー、それだけやっぱり現代人がどうやって他人とのコミュニケーションを取ったらいいかわかんなくて、安易な方法に逃げてるって気がしてねー、ちったあ人を見る努力ってものをしてみたら? と悪態の一つもつきたくなるのよねー。 今までの日記にも書いたことがあるが、「血液型」というから勘違いされるんで、これ、ただの「免疫型」なのである(だから「血液の流れていない」髪の毛からでも「血液型」は判別できる)。言ってみれば、単なる「体質」にすぎないので、こんなもんで人間の性格を判断することがどれだけいい加減かは、例えば、「デブはおおらかな性格」「ヤセは神経質」って決めつけに根拠がないのと同様だと言えば、容易に首肯して頂けるだろう。 「占い」とかはさ、あくまで「遊び」として楽しむ範囲に留めておかないと、場合によっては身を滅ぼす危険だってあるんだからね。
2002年11月28日(木) 再爆走�ぁ新�をとっては/『恋愛出世絵巻 えん×むす』1巻(瀬口たかひろ)/『ウルトラマン画報』上巻 2001年11月28日(水) ひと月早いぞ誕生日/DVD『キカイダー01』第1巻/『マジンカイザー』2巻ほか 2000年11月28日(火) 〆切はゴムのように延びる(^o^)/『蟲師』1巻(漆原友紀)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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