無責任賛歌
日記の表紙へ|昨日の日記|明日の日記
| 2004年05月02日(日) |
東京の夜は更けて(3)/『スター・ウォーズ』展とシティボーイズ |
もうちゃっちゃと短く書かないと、とても日記がおっつかないので、物足りない方もおられましょうが、急いで書きます。 朝はグータロウくんに案内されて、国立科学博物館まで『スター・ウォーズ サイエンスアンドアート』展を見に行く。ジャバ・ザ・ハットの原型が明らかに『フラッシュ・ゴードン』のミン皇帝風なのを見て、宮崎駿が「『スター・ウォーズ』は白人至上主義がチラついてて嫌いだ」と言っていたのを思い出す。それは確かにその通りだし、私も『スター・ウォーズ』シリーズをそれほど面白くない、と感じていることは事実なのだけれども、民族間の差別意識というものは簡単に乗り越えられるようなものではないし、そこを糾弾してばかりいてもお互い意固地になるばかりである。「映画としてどうか」と尋ねられれば「つまんないよ」と答えるしかないのだが、C−3POとR2‐D2の凸凹コンビのやりとりの楽しさやナタリー・ポートマンの美しさまで否定するつもりはない。 しげは初めて「C−3PO」と「R2‐D2」を「シー・スリーピオ」「アートゥ・ディートゥ」と読むことを知ったとか。周知のことだと思っていても、意外と知らずにいることもあるという落し穴の典型であるか。
そのあと、こども図書館を回って、その偉容に感嘆。 ちょうどいい時間潰しになって、天王洲アイルまで移動、シティボーイズ・ミックス『ダメな人の前をメザシを持って移動中』を観劇。一昨々年あたりをピークに、ちょっと元気がなくなりつつあったシティボーイズのライブだったが、今年はかなり持ちなおしている。レポールはかなりあるけれども、最初から最後まで笑いの渦。「ホレーシオ」のスケッチなどは抱腹絶倒であった。
水上バスで浅草まで戻って、「ぱいち」でビーフシチューを突つく。昔ながらの洋食屋さんの味、と言えばいいだろうか、今まで食べたビーフシチューの中でも飛びきりの美味さに舌鼓を打つ。知る人ぞ知る店、ということだそうだが、近所にこういう店があったら、毎日でも通いたくなりそうだ。 グータロウくんちに帰るなり、しげは眠くなってすぐに横になる。私とグータロウくんは、ちょうどCSでやっていた『妖怪人間ベム』を見ながら、これってこんなにキッチュだったかなあ、と驚く。東京に来てまで見るアニメじゃないとは思うが。
2003年05月02日(金) 東京の空の下�� 2002年05月02日(木) 私は病院に行くかしら/『COMAGOMA コマゴマ』2巻(森下裕美)ほか 2001年05月02日(水) 行って来ます。/『20世紀少年』5巻(浦沢直樹)ほか
| 2004年05月01日(土) |
東京の夜は更けて(2)/小鹿番さんの死去と、またまたテンパる妻。 |
俳優の小鹿番氏が、4月29日、急性腎不全のため死去。享年71。 ついこの間、『放浪記』で菊田一夫を演じていた番さんを見たばかりだった。20年前に見たときにはまだ「作り」の部分があったものが、先日の舞台では実に自然に、菊田一夫本人といった風情を漂わせていて、年を取ってもなお演技が上達していくその素晴らしさに魅せられた。「至芸」とはこういう演技を見て称するべきものなのである。 朝食の席で新聞を読みながら、グータロウくんが、「小鹿番が死んだって聞いて、悲しむのは俺たちの世代が最後だろうなあ」と嘆息する。さて、それも怪しいものだ、と私は更に悲観的になる。いくら全国を回り、上演回数が記録を打ち立てていても、『放浪記』や『ラ・マンチャの男』の舞台を見た人間は、日本人の人口の数%に過ぎまい。「小鹿番」の名前を今回初めて聞いた、という人も多かろう。 悲しいことに、番さんのような浅草出身で舞台を中心に活躍し、テレビにはあまり出ない役者さんの評価というものは“最近では”どうしても低くなる(全く出ていないわけではないのだが、ちょっとしたゲスト、という役が多いので、その真価はわかりにくい)。しかし一度でもその舞台を見れば、「こんな凄い人がいたのか!」と唸ることは間違いないのだ。なのに、テレビしか見ない、という人間が、それがさも当然といった態度で何の興味もなげに「小鹿番? 誰、それ?」なんてほざいているのを見ていると、こめかみの血管が切れそうになる。そんなヤカラには、そもそも役者や演技を批評すること自体、不可能なのだ。シロウトならともかくも、「批評家」と名乗る人間までそんな自分の「不勉強」を恥とも何とも思っていない発言をしばしばしてしまうのは、いったいどういうことなのだろうか。 ナンシー関が、時代観察者としての目は持っていても、ドラマや役者の演技を批評する目をついに持ちえなかったのはそういうことである。おい、世の中のエセヒョーロンカどもよ、喜劇を語りたいんだったら、年間、舞台の100本くらい見とけよ。せめてテレビ中継だけでも。 しげを無理やり『放浪記』に連れて行って見せていてよかったと思う。今後、誰か別の役者さんが菊田一夫役を引き受けたとしても、番さん以上の演技は絶対に望めまい。これまで一度も『放浪記』を見たことがなかった、と仰る方は、人生で最も素晴らしい瞬間の一つを経験する機会を永遠に失ったのである。それくらいの人が亡くなったのだという“事実”くらいは、番さんに興味がない人であっても知っておいてほしいのである。 森光子さんの悲しみはいかばかりだろう。
テレビのニュースで、昨日行なわれたイラク人質事件の今井、郡山両氏の記者会見の中継を見る。のっけから「ありがとうございました」と感謝の言葉を述べても「ごめんなさい」とか「申し訳ありません」とかの謝罪のコトバはなし。予測された展開ではあるが、要するに「我々は悪くない」の一点張りである。 何が問題とされているか、について、本人も含めて周囲が全くわかっていないなあと呆れかえったのが、「自己責任論」についての郡山氏の次の発言。「ジャーナリストは危険だからこそ現場に立って伝えるものがある。リスクを背負っているのだから、僕らには当てはまらない」。 あの、そのあんたが言うね、「リスクを背負っている」ということが「自己責任」ということなんであってさ、だからみんな、「イラクに行きたきゃどうぞご勝手に」と止める気もないし、「死のうが生きようが勝手じゃん」と突っ放してんだけどねえ。だから誰もあんたの言ってること否定してないよ? 仮に死んで帰ってきてたとしても「自己責任だからしょうがないよ」って、君らの功績認めてあげるよ? あんたらの言ってることって、それを望んでるとしか思えないんだけど、国民の感情と利害は一致してるよねえ? それを家族が「助けて助けて」「自衛隊撤退」と訴えたから「なんでそんなん助けにゃならんの」って話になったんだってば。 その家族は会見場の隅で「ウチの息子たちはなんて素晴らしいのだろう」って顔で見てるし、本人たちの顔はもう完全にイッちゃってるし、こりゃ、既知外はもうどこまでいっても既知外のままだわなあ。
今日の第一目的は当ホームページの第2回オフ会。 少し早めに待合場所の日暮里駅に着いたので、しげとグータロウ君と連れ立って、谷中の墓地を回る。ここは夏目漱石の『こころ』の舞台になっていることでも有名で、もちろん当時のままというわけではないだろうが、広さとかなんとなくな感じを味わってみたくて前から散策してみたかったのである。 実際に歩いてみると、舗装された道路などは当然、明治の代にはなかったものだろうが、ちょっとした脇に離れた石畳の路などや、生い茂った木々の間で苔むしている墓石などに往時の面影を見出すことは充分可能であった。 幸田露伴の『五重塔』のモデルとなった塔のあとはまだ残っているが、昭和32年に放火によって消失して以来、五十年近い月日が経っているというのに、未だに再建されてはいない。礎の跡はそぞろ寂しいが、案内板に「設計図は残っており、再建は可能である」と未練ありげに書かれているのがますます物悲しい感興をそそる。 徳川慶喜公の墓は、すっかり観光地になっていて、ただっぴろい庭園の中に鉄柵があって、その柵越しに墓が覗けるようになっている。いくつも墓石が並んでいるので、さてどれが慶喜公なのやらと、キョロキョロしてたら、通りがかった地元のお爺さんと思しい方が、「回りのは側室や息子の墓だよ」と教えてくれ、コピーの図面までくれた。こういう人と触れ合えるのも旅の醍醐味である。
オフ会の参加者は、グータロウ君、鍋屋さん、ヨナさん、あやめさん、しげに私の6人。鍋屋さんは足を骨折していて、松葉杖をついての賛歌。全くありがたいことである。 会場は以前も来たことのある日暮里の怪しいトルコ料理店、続いてやっぱりのカラオケ。詳細はコンテンツの方にレポートを書くのでそちらに譲りたい。楽しい数時間を過ごして、もうちょっといろいろみなさんとお話ししていたかった、と名残惜しがりつつお別れ。もう一つ心残りは、ヨナさんにしげの腰を見て貰えたらと思っていたのだが、会場がちと狭かったので、断念したこと。急な会場変更があったので致し方なかったのだが、これでまた次の機会に上京してオフ会、という目標が立てられると思えばガックリするほどのことはないかと気を取りなおす。 みなさんと別れたあと、新宿へ移動。劇団「うわのそら」公演『水の中のホームベース』を見る。唐沢俊一さんが監修されているということで飛び込みで見に行ったのだが、話の骨子の基本は小劇場の伝統と言ってもいい『ゴドーを待ちながら』である。つまりは第三舞台の流れであって、これに三谷幸喜味をふりかけた、という印象で、悪くはないが「唐沢俊一」の名前を期待して見るとちょっと拍子抜けはするかな、という出来。恐らく唐沢さんの監修は「ギャグ監修」のあたりだろう。「不幸自慢」のギャグ部分などはモンティ・パイソンそのまんまであった。これも詳しくはコンテンツに批評を書く予定。 私は概ね満足していたのだが、しげは終始仏頂面で、一度たりとも笑わない。「つまんなくはないけど、嫌い」とニベもない。地元劇団として見ると悪くはないが、プロの芝居だと思って見ると腹が立つ、ということのようだ。けれど、怒りながらもしげ、「でも自分たちが演じてもあんなにうまくできないんだ」と言って落ちこみ、うなだれている。確かに、会話の間の取り方、畳みかけるようなテンポ、その演劇的センスは、ウチのセンスのない役者たちと比べれば雲泥の差である。でもだからって、落ちこまれてもなあ、そこで発奮してやる気出さなきゃ芝居やる意味なんてないじゃん。他人と関わることを拒否している自分を肯定してちゃ、芝居がうまくなることだってありえないんだから、そりゃ自業自得ってものなんである。
グータロウ君ちに帰ったのは、9時過ぎ。 腹をすかしたしげは、早速コンビニで買って来たおにぎりをぱくついている。 私は昼間、いささか食べすぎているので晩は抜くことにする。グータロウくんが「大変だなあ」と気を使ってくれるのだが、もともと食欲はたいしてある方ではない。会席の類で目の前にモノがあって、それになかなか手がつけられていないと、もったいなくて気分が落ち着かなくなり、つい「俺が食べてやるしかないか」と食べてしまうのである。誰もお前にそんなこと頼んでない、と突っ込まれそうだが、「もったいないおばけ」に取り憑かれているオジサンはこういうものなので、普段はあまり宴会に誘ったりしないようにお願いします。「(^^; ) 今日の芝居のことなどお喋りしているうちに、またしげと口論になる。 しげが「街中で大声を出したり、人の通行の邪魔をするな」と私を非難したのがきっかけだったのだが、「大声を出した」というのは、トルコ料理屋からカラオケに移動する途中で、しげが「陽射しが強いのでサングラスを買いたい」と言い出して、我々をあちこち引っ張りまわそうとしたので怒ったのである。普段ならともかく、今回は鍋屋さんが松葉杖なのだ。自分が今どういう状況に置かれているのかなんで気がつかないのか。「人の通行を邪魔した」というのは、芝居の帰りにグータロウ君と連絡を取った時、携帯の電波状況が悪いので、ウロウロしたことを言っているのである。人のいないところに行こうとしても、東京はどこだって人は多い。誰かの通行は結果的に邪魔することになってしまうので、こんなのはまさに難癖である。 つまりはまたまたしげは「いっぱいいっぱい」になっていて、非常識な言動を繰り返しているのだ。全く、人んちに来てまで口喧嘩なんてしたくないんだが、話の流れでそうなっちゃったのでどうにもならないのである。グータロウくんも一緒にいろいろとなだめてくれはするのだが、結局、しげの気が落ち着くまでかなり時間がかかってしまった。こんなにしてもらっても、明日になったらしげは今日反省したことをケロッと忘れて同じことを繰り返してしまうのだ。しげみたいに何でも忘れられて、罪悪感に一切とらわれずにすむ人生が送れたら、どんなに気がラクなことだろうか。
2003年05月01日(木) メモ日記/淡白なメールの夜。 2002年05月01日(水) 疲労度の爪/『コミック伝説マガジン』No.6ほか 2001年05月01日(火) 実は某大学推理研OBです/『チーズはどこへ消えた?』(スペンサー・ジョンソン)ほか
| 2004年04月30日(金) |
東京の夜は更けて(1)/中洲の夜のキティちゃん |
就業時間ギリギリまで仕事。 旅行行きの準備は昨日、寝るまえに済ましていたので、慌てる必要はなかったのだが、ヘタをしたら、残業して飛行機の離陸時刻に間に合わない可能性すらあった。それくらい、トンガリさん相手の仕事は神経が疲れるのである。 いよいよ時間が間に合いそうになかったので、新入社員のAさんを巻きこんで、仕事を手伝ってもらう。トンガリさんの事情を知っている人にはとても協力はしてもらえないので彼にお願いしたのだが、これもAさんにとっては本来の仕事ではないので、うまくダマくらかして給料外の仕事をさせているわけである。我ながら悪人であることだが、切羽詰まっているので、なりふりかまってはいられないのだ。心の中で手を合わせて、黙々と仕事を進める。トンガリさんはそういう様子を見てもこちらに挨拶一つせず、自分の「仕事」だけをし続けている。あとでAさんからやはり「あの人は何なんですか? どうしてあんな人を放っておくんですか?」と聞かれるが、それが言いたいのはこっちなのである(T∇T)。
帰宅して、出発時刻まで少し間があるので、ピザクックでピザを頼む。しげに「何か食いたいものがあるか?」と聞いたら、最初はやっぱり「うどん」と言っていたのだが、ポストにちょうどピザのチラシが入っていたのを見て、急に気が変わったのである。何だかよく分らないが、「ダイエーホークス応援」とやらで、新発売の「大えびクック」とやらが安いのに目が止まったらしい。Sサイズをしげが3分の2、私が3分の1で分けて食べるが、結構プリプリした歯応えで美味い。 腹ごしらえをしたらすぐに空港に向かうつもりだったのだが、急にしげが「パソコンのモニターを代える!」と言い出して、私のパソコンを抱えて、コードを外し始めた。私のモニターは旧型の場所を取るデカイもので、しかも画像が歪み始めていたので、しげが前に使っていた薄型のモニターと取り替えようとしているのである。 なんで出かける寸前に、と思ったが、しげは「何か仕事してたら、あんたとケンカせずにすむから」とヘンなことを言い出す。よくよく聞いてみると、要するに、毎年東京に出かける寸前になると、しげは「向こうで会う人に嫌われるんじゃないか」とか疑心暗鬼に陥って心が落ちつかなくなり、「もう行かん」とか言い出してしまい、私と口論になるので、そういうことを忘れるために作業に取り組んでいるのだそうな。分ったような分らないようなリクツだが、ともかく「出かけたくない」という気持ちにならずにすみはしたようだ。 午後7時半に家を出る。空港まではタクシーで10分、出発は8時40分なので、1時間も早いのだが、しげは心落ちつかない病なので、早めに到着。 出発までの時間、ロビーでお土産を物色。昨日のうちにキャナルシティでオフ会参加のみなさんへの土産は買っていたのだが、もう一品、何か面白いものはないかと物色していたら、これがあった(^o^)。 あのサンリオのキティちゃん、もちろん数限りないキャラクターグッズがあるのだけれど、地方に行くとその地方限定の郷土色溢れた「演技」を披露してくれていることをご存知の方は意外と少ないようである。福岡でもよく「山笠担いだキティちゃん」というのはよく絵柄として使われているのだが、今日見つけたのはそんなかわいいものではなかった。 いくつかミニタオルが並んでいて、そのうちのいくつかは「博多とよのか」いちごの帽子をかぶってたり、まあごく普通のものだったのだが、そのうちの一つがえらくぶっ飛んでいた。 何とキティちゃんが「中洲の夜の女」になって、ワイングラスの中で「私をめ・し・あ・がれ」ってな感じのポーズを取って誘っているのである。 ……いいのか、サンリオ、こんなの作って。 果たしてこんなん貰って喜んでもらえるかどうかわからなかったが、もう買うとしたらこれしかない。迷わずこれを選んでレジに行ったが、実際、こんなん売れてるのかねえ。 「土産に何を買った」なんてことは日記にはあまり書かないようにしているのだが、これはさすがにびっくりしたので書いちゃいました。この日記の読者で、近々福岡に立ち寄られる予定がおありの方は、ぜひこの「夜の女キティちゃん」をお土産にどうぞ(^o^)。
飛行機は落ちもせず、無事羽田に到着。機内ではずっと桂歌丸師匠の『お化け長屋』を聞いてました。……師匠、まだ68歳だったんだねえ。『笑点』に出始めたころはまだ三十歳そこそこで、まだ二つ目だったわけである。ちょっとご面相に騙されていたな(^o^)。 浜松町でグータロウ君に出迎えてもらって、お宅までワゴン車で連れて行ってもらう。一年ぶりになるが、しょっちゅう掲示板だの電話だのでやりとりをしているので、あまり久しぶりという感じがしない。 「一年ぶりだっけ?」 「そうじゃない?」 「違うよ、その間に秋頃一回来てるよ」 「だったっけ?」 殆どいい加減である(^_^;)。 もう深夜で午前様だというのに、四方山話をしながら、ウチから持ってきたシティボーイズのライブDVD『鍵のないトイレ』をグータロウくん、しげと一緒に見る。持って来たのはこれだけではなくて、12年分、11本なので、これから先、グータロウくんはシティボーイズ漬けにさせられるのである。まあ「洗脳」したがるのはオタクの悪いくせではあるが、頭を固くする洗脳ではなくて柔らかく空っぽにするものだから、別に構わんだろう(^o^)。
2003年04月30日(水) メモ日記/白い人たちの夜。 2002年04月30日(火) 今もまだへにょへにょ(疲れてんだよ)/『開田無法地帯』(開田あや・開田裕治) 2001年04月30日(月) 別れのトワレ/映画『名探偵コナン 天国へのカウントダウン』ほか
| 2004年04月29日(木) |
旅行前でも駆け込み映画鑑賞&ポエムの日々。 |
「みどりの日」で休日。でも、旅行前にちょっとでもコンテンツを更新しとこうと、CSを横目で見ながらなんたらかんたら書いて時間を過ごす。 『クレージー大作戦』、久しぶりに見るが、音楽ギャグのシーンが一番精彩を放っている。とは言え、クレージーに限らずコメディアンの「映画は舞台・テレビに比べて劣る」という法則はクレージー・キャッツについても当てはまってしまうので、テレビで『シャボン玉ホリデー』を楽しみにしていて何度も舞台中継を見ていた幼少時代を過ごしていた身にしてみれば、今の若い人にこれらの東宝娯楽映画シリーズでクレージー・キャッツを評価してほしくはないなあ、と、そんなことは不可能だということは分かっていても、どうしても思ってしまうのである。小林信彦の「同時代に生きていたのでなければ批評は不可能である」という主張は、“遅れてきた”世代の人間にしてみれば、そんなムチャな、という反駁の一つもしたくなるのだが、否定できない真実ではあるのだ。 小林氏がいかりや長介を追悼して書いたエッセイにあった通り、ザ・ドリフターズの最近の過剰な評価は、かれらの『全員集合!』のVTRが現存しているからである。言っちゃなんだが、「それ」しか見たことのない人間にはそれが最上のものかそうでもないのか、識別などできるはずもない。「テレビの黄金時代」のVTRの大多数が消失してしまっている不幸を、今更ながら憂えるしかないのである。
朝方、書庫から本を取ってこようとして、積み上げてある本につまづき、こける。けれど、床に散乱していた新聞紙の束がクッションになってくれたおかげで、膝をちょっと打ちはしたが、特に腫れたりするほどのことはなかった。部屋を散らかしていたのが不幸中の幸いであった。……って、部屋を片付けておけば、そもそもすべって転んだりはしないっての。 ちょっとだけ痛む足を引きずりながら、しげとキャナルシティまで出かけて、AMCで『スクール・オブ・ロック』を見る。 しげは、予告編でこれを見て、興味を抱いてはいたのだが、主演のシャック・ブラックを一瞬、自分の好きなダン・エイクロイドと見間違えたと言うので、ショックを受けている。この二人が似てるかどうかと聞かれれば、「似てないだろ」としか言いようがないのだが、それを言うとしげは、ますます「オレ、ダンの顔の区別まで見分けつかなくなったのか」と落ちこんでしまうのである。落ちこみすぎて、今日は仕事まで休んでいるが(-_-;)、映画自体は楽しいものであったので、ちっとは元気になってくれたらよかったのだが。
帰宅しても、パソコンの前に座ってコンテンツの更新。 今日見た映画の感想を今日のうちに書いておかないと、アップするのが旅行明けになってしまうので、慌てているのだ。アッという間に午前様となってしまうが、劇団ホームページの日記の担当が金曜日、とは言え、もう旅行に出発する日なのでんなもん書く時間はありゃしないのである。日が変わったついでに、そちらの方の書きこみもちゃっちゃとすますことにする。でも慌てているのでネタが思い浮かばない。どうしたらいいものかとしばし悩んで、ふと、ちょうど今、劇団の連中がちょこちょこと連載で「ポエム」を書いていて、大いに笑わせてもらっていたことを思い出した。そこで、私もいっちょう、「ポエム」とやらをでっちあげてみようかと思い立った。 しかし、実を言うと「詩」と名のつくものを書いた経験など私には殆どないのである(芝居の台本のために書いたものは除く)。高校時代にワケありでちょっとやったことはあるのだが、そもそも、「詩を書く」というモチベーション自体が私の中にないかのだ。 ふと目の前を見ると、ウーロン茶のペットボトルがあったので、何も考えずに3分で書いたのが次の詩(?)である。
私はあなたの烏龍茶 苦くてさみしい烏龍茶 いつも底には飲み残し 最後までちゃんと飲んでほしいのに 苦くて全部は飲んでもらえない 仕方がないから水で薄めて飲んでもらうの 緑茶よりはましだと思うけど 玄米茶と麦茶にはちょっと負けそう ほうじ茶ほど辛気臭くはないけれど 梅こぶ茶の甘酸っぱさには敵わない だから私はいつでも二番 永遠に一番になれない二番茶なの ダイエットになら私が一番だと思っていたのに 最近はカテキン茶ってライバルまで現れてきたわ プーアル茶やヤンロン茶はたいして敵じゃないってたかを括ってたけど 最近は全然見向きもしてくれないのね ほんとはあなた太りたいのかしら そんならいっそのことお茶でごまかしたりしないで ジュースでもポカリスエットでも飲めばいいのよ 私に気兼ねなんかしないで もっと太る飲み物を飲みなさいな ほおら増えるわ増えるわあなたの体重 私はしがない烏龍茶 苦くてさみしい烏龍茶 リフレインが入ったからそろそろこのポエムもおしまいね お茶を濁してさようなら そう言えば『デカレンジャー』ってみんなお茶の名前なのね もう何が言いたいんだかわからなくなってきたからやっぱりやめるわ
こっちの日記しか読んでない人もいらっしゃるだろうから転載してみたが、我ながらアホな詩である。でも書いたあとで読み返してみると、ミステリや評論の評論や日記より、こういうアホなものの方が私の人格が一番よく表せている気がするのだ。実際、こういうのなら書こうと思えば、数だけなら芭蕉なみになんぼでも書けるのである。 評判がよかったら、コンテンツに「ポエムの部屋」でも作ろうかとも思ってるんですけど、どうしましょう。いや、「読みたくない」という意見があっても、私は書く時は書きますが(^_^;)。
2003年04月29日(火) メモ日記/メモ日記な夜。 2001年04月29日(日) 涙涸れるまで語ろう/DVD『新しき土』
| 2004年04月28日(水) |
出張の中身はヒ・ミ・ツ。 |
午前中で出張はおしまい。 泊まりの仕事で、しかも会議の連続というチトばかしハードな状況ではあったが、秘書の二人が八面六臂の活躍をしてくれたので、私は実にラクであった(^o^)。 上司が「うちの秘書は『やすきよ』みたいでいいコンビだねえ」と評していたが、一応相手は女性である。せめて「ビューティ・ペアのようだ」くらいは言ってやらねばかわいそうではなかろうか。……どっちも知らないかな(^_^;)。 例のトンガリさんは今回の出張には不参加。されても困るが、一応、今日の出張の内容の報告は休み明けにしなければならないのである。「……こういう結果になったって知ったら、怒り出すかもしれませんね」と秘書の一人が心配していたが、あとあとネチネチと絡んでくることは分かりきっているからこそ、会議の類には極力出てもらいたいのである。でも出ても会議で決まった内容を片っ端から忘れて行くんじゃ、どの道、意味はないわけだが。
昼からしげと待ち合わせて、キャナルシティへ。 「ラ・ブーン」にいつの間にかオムライスの専門店ができていたので、そこに入る。なんと「手持ちで食べられるオムライス」ということで、オムライスをクレープのように巻いて出される。これは面白いアイデアなあ、と感心したが、しげはなんだか浮かない顔である。「だってオレ、絶対『落とす』もん」。そう予告しておいて本当に落とすバカもそうそういないものだが、不器用なしげは、一口オムライスにかぶりついたかと思うと、本当にボトッとトレイの上に落としてしまうのであった。「ほらね!」と眉根にシワを寄せてトホホな顔をしているが、情けなくて涙を流したくなってるのはこちらの方である。何をやってもドジるやつなんて、マンガの中だけにして欲しいもんだ。 AMCは、今日、レディースデイ、あれでもしげは女なので、千円で入場できるのである。しげのポイントカードも招待券が溜まっていたので、私が1800円で買いとって、二人で入ることにした。 「せっかくポイント溜めたのに損してる」としげは文句を垂れていたが、正規料金で買い取ってるのにどうして「損した」と思えるのかねえ。 客は10人弱。公開後十日、平日の昼だから、まあこんなものだろう。けれどこないだのカップルだらけの『CASSHERN』と違って、こちらは一人で来た見るからにオタクな客ばかりであった。最近はアニメ・特撮系のものばかり見てるのに、客層が全然違うのだから、もう「オタク」というカテゴリーは本当に通じなくなってきているのだなあ、と感じる。 映画は「フルCGでなく、普通のアニメだったらおもしろかったろう」としか言えないシロモノ。製作者の意図を根本から否定してるようだけど、その作品を表現するための最も適切な手法とは何かってことを考えることができないマヌケには、こんなもんしか作れまい。同じ士郎正宗原作でも『イノセンス』とは雲泥の差であった。 パンフレットを買おうとしたら、「完売です」とのこと。いったん諦めかけたのだが、「もうしばらく待っていただければ、追加が参りますが」と係りの人に言われたので、急いで帰る必要もなし、待つことにする。そしたらしげが怒ること。「何で待たないかんと?」とくってかかってくる。「5分くらい待ってもいいだろ?」と言い返したら、「じゃあ計るよ!?」といって、ホントに時計で測り出した。……こういう行為がどれほどイヤラシク見えるかってことに、気がつかないのかね。結局「9分」待たされたので、そのあともずっとしげはブーたれていたのであった。
帰宅してパソコンを開いてみると、たった1日家を空けていたただけなのに、「迷惑メール」が140件も来ている。一年前はここまでのことはなかった。つか、こんなん一ヶ月かかってもこんなに来ることはなかったので、迷惑メールの数、30倍とか40倍に増えているのである。 中には、「リクエストをお受けできません」なんて、なんのことだか分らないものもある。私ゃ、どこかに何かをリクエストした覚えなんてないのだが。内容は「あなたのメールアドレスでは、cctalk を利用できません」というものだったが、この「cctalk」、グループメールを作るサービスをしているらしい。誰かが私のアドレスを使って、どこかのグループメールに入ろうと思ったらしいが、未然に防がれたということなんだろうか。しかし、身元を隠すことが簡単なネットで、他人になりすまそうというのはどういった類の人間なんだか、わけがわからないのである。
2003年04月28日(月) メモ日記/インモラルな夜。 2001年04月28日(土) 掲示板開設!/映画『バンパイアハンターD』ほか。
日記の表紙へ|昨日の日記|明日の日記
☆劇団メンバー日記リンク☆
藤原敬之(ふじわら・けいし)
|