無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年04月27日(火) お客さまに感謝。してるんだって、ほんとに。

 この日記のアクセス数、だいたい平均すると日に、4、50件なのだけれども、そのうちホームページにまず来てくれている人が常時20人ほどいらっしゃる。もっともその中には「日に三度は開いてるよ」と言うヒマな某友人もいるので、実数はその半分くらいだろうか。多分「お気に入り」にでも入れてくださっているのだろう、全くありがたい限りである。もちろんその中には「バカなこと書いてるやつがいやがらあ」という興味で御覧になってる方もいらっしゃるだろうが、そういう方も含めて、自分の女房からも扱き下ろされ続けている駄文の群れにお付き合いいだけているということは、やはり嬉しいのである。
 これだけ好き勝手なことを書き散らしている日記だから、私の書いたものの内容にムッとされたことはきっとあると思うのだが、そのことで文句をつけてきたお客さんは殆どいない。みなさん、「人にはいろんな意見があるからな」と鷹揚に構えていらっしゃるのであろう。昔からいつも感じているのであるが、私と長く付き合ってくださる方と言うのは、殆ど「神」のような(^o^)人格者ばかりである。日記等を御覧になればおわかりの通り、私は性格がかなり歪んでいるので、よっぽど性格のいい人間でないと、すぐ「疲れる」とか「付いてけない」とか言われて、縁が切れてしまうのである。若いころにはそれで振られたイタイ思い出が(~_~;)。
 いやね、昔の彼女とは「一緒にアニメを作ろう」と紙アニメの制作を始めたんだけど、何しろ私は「真剣」だったものだから、彼女の描いて来る絵、描いて来る絵にダメ出ししまくってね。で、仲がちょっとこじれたなあと思ったら、ほかの男に走られてしまいました(T∇T)。
 教訓。オタクはたとえ彼女が同じオタクであっても、オタクの趣味を相手に押しつけてはいけない。まあ、たいていのオタクはそのことを10代20代のころに学ぶと思うのだが、学んだからと言って、失敗を繰り返さないでいられるという保証もないのである。なんかねー、オタクな男って、どんなに世間にまみれて汚れてもココロのどこかにピュアなものを(^o^)持ってるからね〜、どうしても女性に対して夢見ちゃうとこあるのよ。
 だからも一つ教訓。世の独身オタク諸兄、「どこかに自分の趣味を理解してくれる女の人がきっといるはずだ」なんて考えは捨てなさい。それはただの妄想です。
 ……なんか感謝しときながら、読者(多分殆どがオタクであろう)に対してケンカ売ってないか、オレ(^_^;)。
 いやまあ、最近はオタクでありながらオタクを扱き下ろしたマンガ描く人とかも多いから(阿部川キナコさんとか金田一蓮十郎さんとかね)、ちょっとマネしてみました。


 まあ、日記とも何とも言えないことをツラツラ書いたのも、今日は出張で家に帰らなかったので、ニュースも見てなきゃしげとの会話もない、仕事関連のことはヒミツなんで書けないということで、書くことが何にもないからである。
 書けることっつったら、こっそり『ハレグゥ』の2巻と『名探偵コナン』の45巻持ってって、読んでたこととか、夜中にしげから「寂しいよん」とメールが来たことくらいかな。ちょうどその時私はズボンのほつれた裾を自分で縫ってました。うちにいるときは、しげがしょっちゅうまとわりついてくるもので、こういうちょっとした家事もできないのである。

2003年04月27日(日) メモ日記/アニメとマンガな一日。
2002年04月27日(土) 東京再訪� 浸安襪凌好献屮衄�術館/アニメ『くじらとり』ほか……“NEW”!
2001年04月27日(金) 祝、2000ヒット/映画『チキンラン』


2004年04月26日(月) まあ比較的平穏だった一日。理由は明白(~_~;)。

 今日はトンガリさんが休みであった(もちろん連絡はナシ)。
 途端に一日全くチックが出ない。なんとまあ、クリアーであることよ(^_^;)。このままずっと休んどいてくれれば、ともなかなか言えないのは、どんなにヘンな人でも、その人がいないと回らない仕事があるからである。技術屋というのは強いやな。
 夕方から雨が降ると言うので、昼間のうちに運動しておきたかったのだけれど、仕事が立て込んで、結局、午後しか時間が取れなかった。雨がパラつく中、職場の周囲をぐるっと回るが、我ながらよく続いているなあと思う。体重も体脂肪率もたいして変化していないが、これをやめるとまた太ることは分かっているので止められない。せめて目に見える効果でもあれば、もう少しやる気も出るのだが。
 もうひと月以上、この運動が続いているので、私の姿が見えなくても、同僚は「ああ、また運動だな」と理解してくれるようになった。当然、ほかの部署の人にもみんな知れ渡っているのである。ありがたいことではあるが、こう「有名」になってしまったら、やっぱり止めるに止められないのである。いや、そういうところに自分を追いこみはしたのだけれどもね。


 今日はしげの仕事が昼間だったので、夜は一緒。
 久しぶりにほか弁を買って帰って食事。期間限定販売とやらの天とじ丼はしげ、私はデラックス弁当。本当は普通の幕の内にしたかったのだが、夕方はたいてい売り切れていて、カロリーバランスがまだしも取れているのはこれしかなかったのである。おかずをいくつかしげに食べてもらって、量を調整する。
 明日出張で。一晩家を空けるので、しげが甘えてくること。「だってもしかしたら出張先でアンタが隕石に当たって死ぬかもしれんやん!」
 あってたまるかい(-_-;)。

 たけしの『TVタックル』、例の三馬鹿の自己責任論話であるが、ただのがなりあいで、討論にも何にもなっておらず。しかし日本人というのはディベートというもののヘタな民族であることだ。なんかもう、相手がどんな立場で、何をもって根拠としているか、把握しようとする努力自体を放棄してるんだよねえ。そりゃ、ケンカにしかならんて。
 みんな、討論を「相手を負かす」ことだと勘違いしているから、結局は討論にならない。討論って、勝ち負けのためにあるんじゃなくて、結論を出すためのものだという弁証法の基本すらわかっちゃいないのである。仮に相手が大馬鹿野郎で話すに値しない相手だと思える場合でも、それならそれで、さっさとこちらが手を引きくということもできるし、テレビで何か言わなきゃいけない立場上、それができないというのなら、それは相手だって同じはずだから、相手のベースを理解してその上で何ができるか考えていきゃいいのである。朝ナマとか、この手の番組は、全部そういう基本的なことすらできなくて、結局はどっちもどっちの泥沼に陥ってしまっているのだ。……『サンデーモーニング』がまだしもマシに見えてくるけど、アレはまだしも人数が少ないおかげもあるか。こんなん見せられたら、イラク問題について考えること自体、馬鹿らしくなってくるよなあ。
 今日は大竹さんが舞台のために休みということであったが、いよいよ我々の上京も今週末に迫ってきているのである。いつまでシティボーイズの公演が続くかわからないけれど、ことしも楽しい舞台であってくれたらいいなあ。


 録画しておいた古谷一行主演の金田一耕助シリーズ31弾『臘美人』を見る。まあもう今更このシリーズに完成度は求めない。老境に入ってしまった、古谷、谷啓ご両人のやりとりを楽しむばかりだ。
 夜、今一つ寝付けなかったので、深夜の『探偵学園Q』まで見てしまった。作画はマンガ原作よりスッキリしてるんだけど、声優さんたちのアニメ演技がこの手のミステリーものだと妙に浮いて聞こえてついていけないっス(-_-;)。

2003年04月26日(土) メモ日記/口にチャックな夜。
2002年04月26日(金) アッパレ再び/『学園戦記ムリョウ』7巻(完結/佐藤竜雄・滝沢ひろゆき)ほか……“NEW”!
2001年04月26日(木) イシャはどこだ!/映画『黒蜥蜴』(1962年・大映)ほか


2004年04月25日(日) おじょうさま、ごめんあそばせ。

 夏から秋にかけて、またぞろDVDの販売攻勢が始まり、財布の中身も心配しなければならなくなるのだが、『ピンク・パンサー フィルム・コレクション』と『ロード・オブ・ザ・リング コレクターズ・エディション トリロジーBOX』は外せない。特に『ロード』はこれを待って、今まで単発で出ていたのを買っていないのである。でもどっちも発売が8月なんだよなあ。ボーナスが一気に出て行くなあ。どっかに1億円くらい落ちてないか(こればっか)。


 今朝の『サンデーモーニング』で、人質事件のフリージャーナリスト、安田純平さんが出演、「自己責任論」についての討論が行なわれた。つか、わざわざスタジオに呼んでその話題か、とちょっと呆れる。普通、「テロリスト」はどんな人たちだったか、とか、そっちの方を聞かんかね。
 世論が圧倒的に人質たちの馬鹿さ加減に呆れているのだから、サヨク的なマスコミがやっきになって人質たちを擁護しようというのは分らないでもないのだが、そのやり方がもうアタマ悪いったらない。うじきつよしが「自己責任論を言い出す方が間違い」って、言ってたけど、日頃、言論封殺に対して文句ばっかり言ってるやつが言論封殺しようとしてどうするんだろね。
 今日も田原総一朗が「高遠さんが『イラクに残りたい』と言ったのは、その前にイラク・イスラム聖職者協会のクバイシ師から『イラクに残ってくれ』と言われて返答したものだ。そこがカットされているのに小泉首相が高遠さんを非難するのは軽率である」と非難してたけど、そこの部分カットしたって結論は変わらないと思うけどな。つか、逆に「やっぱあんた、イラクは向いてないわ」という判断しか出てこない。
 前にも書いたが、あのクバイシ師ってのは間違いなくテロリストたちと通じているのである。「恩人」ではあるが、形の上でしか感謝はしようがない。高遠さんは、あいつの誘導尋問にまんまと乗せられて、「イラクに残りたい」と言わされてしまったのだ。自分の発言が政治的に利用される危険を想定していれば、「まだ今はそういうことは考えられません」とか、「かわす」こともできたろうに、そんなこともできないほどに彼女は「お嬢様」だったわけである。世間知らずな人が、いや、そういう人だからこそ無謀な行為にも出られたのだろうけれど、戦場にいたって戦争が見えない人にいられても、最終的には骨までしゃぶられるだけである。やっぱり地元にすっこんでて、地道にボランティアでも何でもしてくださいな、としか言いようがないんだよねえ。
 サヨクは海外のマスコミも使って、「人質を非難するな」キャンペーンをやっきになって張ろうとしているけれど、外人さんたちは三馬鹿がボランティアじゃなくて政治屋だってことを知らないのだから、トンチンカンな反応になるのは当然である。そういう卑劣な手段を取っていけば、サヨクはますます孤立していくだけなんだが、それも分らないくらいに馬鹿になり果てているのだな。


 練習に顔を出すつもりが、疲れて寝過ごしてしまい、しげからえらく怒られる。日頃、叱られることが多いので、こちらがちょっとミスるとすぐに突っ込んでくるのだが、こういうところがせせこましくてイヤラシいのである。
 言っとくがわしゃ、おまえのように14時間も寝てたわけではないぞ。私のは事故だが、しげのはいつも優柔不断が原因なんで、同じミスでも質が違うんである。
 練習が終わったら映画に行くつもりだったのだが、しげが時間を間違えて覚えていて、間に合わないと勘違いし、行き損なう。これもしょっちゅうで、自分に記憶力がないということが分ってるんだから、自信たっぷりで断定したりなんかするなよ。
 食事だけはしないとからだが持たないので、スーパーまで買い物。いつものうどんのほかに豊の果イチゴを買ったが、これが今朝取り立てのもので、瑞々しくて美味い。明日になれば味が落ちると分かっているので、今日のうちに食べておきたかったが、これも一日の量が決められているので、五個以上は食べられないのであった。残念。

2003年04月25日(金) メモ日記/シカゴな夜。
2002年04月25日(木) あの人にだけわかるナニの話(^^*) /DVD『エイリアン9 DVD対策BOX』……“NEW”!
2001年04月25日(水) おむすびころりん/『最終兵器彼女』4巻(高橋しん)ほか


2004年04月24日(土) 『CASSHERN』とヘンなメール続報。

今朝はトリアス久山で「わくわく動物ふれあいランド」(だったかどうか名前は忘れたが、要するにそういうもの)に行く予定だったのだが、いつものしげの寝坊のせいで結局中止。起こしても起こしても「うーん、もう起きてる」とか寝言を言うばかりで、いっかな目を覚まさないのだ。どれくらいしげが寝惚けていたかというと、「うどん食うか?」と言っても「食う」と返事をするだけで目覚めないことである。あの、食欲だけは普通の人間の3倍はあって、寝ていても匂いさえすれば起きてくるしげが何としたことだろう。
 しげが起きてきたのは午後3時。だからどうして平気で14時間も眠れるのだ。寝ようったって眠れるもんじゃないぞ。あああ、せっかくラマに触れるチャンスだったのに。


 どこにも出かけないのもサビシイので、前売券を買っておいた『CASSHERN』を見に、キャナルシティに行く。
 しかし見事なくらいに若いカップルばかりで、オタクっぽいやつが殆どいない。初日ということもあるのだろうが、満席で、座れない人は次回に回されているようだ。この感じだと、かなりヒットしちゃうんじゃないか。恐るべし宇多田の夫。
 でも、映画を見たあとの若い人たちの感想は「わかんね〜」とか「まじめ〜」である。見事なくらい「戦争反対」スローガン映画だったからなあ。アニメの『新造人間キャシャーン』とは明らかに別もの。けれど昨日見た『コナン』に比べりゃ、今の私にはどんな映画もおもしろく見られてしまうのであった。思いが上滑りする映画というのも若さの証明だし、何の思いもない映画よりは数段マシである。
 「宇多田の夫ってこんな仕事してたんだ〜」と言ってた人もいたが、いつまで経っても「宇多田の夫」としか認識してもらえない紀里谷氏もチトかわいそうである。大評価まではしないものの、そこそこ映画が撮れることはわかったんだけどね。情に流され過ぎてまるで大林宣彦の初期作品を見るようではあったが。
 帰宅してネットニュースを見ると、実は『CASSHERN』にはGLAYのTAKUROとHISASHIが「ほんの一瞬だけ」出演しているとか。この客の多さはそれを確かめる意味もあったのかも。


 先日、ヘンなメールが来たってことを日記に書いていたのだが、そのあとすぐに受信拒否しちゃってたので、「続き」があるとは全く知らなかった。かなり広範囲に渡ってばら撒かれていたものらしく、交際を求めているわりには随分活動範囲の広い方のようである。
 もう正体はバレちゃってるので、フルネームでお名前も紹介しておきましょう。
 最初のはこないだもアップしたものだが、ほぼ同じ内容だが文面が私のところに来たものとはちょっと違っている(誤字もあり)。

> 「突然ですが、私の月収85万円です。その中の20で契約しませんか?
 急ではありますが連絡させて頂きました。私は関係を求めています。それによる代価として金銭が発声するのも覚悟しています。条件は色々とリードして欲しい、一緒にいる時間を月最低二回。以上が私の望みです。私自身既婚者と言う事もあり、貴方が既婚者である私とでも問題がなければ。代価として月に20万円サポート致します。それで契約関係になってはいただけないでしょうか?興味頂ける内容とは思えます。まず明日はお手すきでしたらお会いしてみませんか?場所は指定して頂きたいので、どこにお住まいかお教え願えますか?明日の場所は指定して頂いて結構です。場所指定と共に返答お待ち申し上げております。 小野愛」

 私のところに来たのをもう一度掲載すると、以下の通り。

>「急ではありますが連絡させて頂きました。私は関係を求めています。それによる代価として金銭が発生するのも致し方ないと考えています。条件は癒しと開放、月最低二回。以上それが私の望みです。既婚者である私とでも問題がなければ。代価として月に20万円のサポートをお約束します。上記を踏まえた上で契約関係になってはいただけませんか?興味頂ける内容と思います。まず明日お手隙でしたらお会いしてみませんか?場所はご指定ください、重ねてどこにお住まいかもお願いします。」

 日付けは私のところに来たものの方があとなので、誤字などを訂正したものであろうか。何日にも渡って送り続けたということは、「反応した」人もいたのであろう。馬鹿はいるねえ。受信拒否をせずに単に放置しておくと、次のようなメールが来るらしい。

> 「返答が無いのは提示額のせいですか?50万円ならいかがでしょうか?
 初見で50を用意するのは私にとっても難しいので、一度お会いして貴方の値踏みさせて頂きたいのですが。それを了承して頂けるのなら、50用意する事も悩みません。どうですか、それで契約は無理でしょうか?それとも明日はお忙しいですか?出来ましたら、夜が希望なんですが。都合のいい時間もしっかり確認したいのですが。」

 だからどうしてどこに住んでるのかもわからん相手の「都合」を勝手に決めつけるかねえこのひたー。しかも「値踏みする?」。顔のことか、それとも一回「お手合わせ」ってことかい。自分を信用させる手段というものが全くと言っていいほどないねえ。けれど「詐欺」というものは決して高等な手練手管は要しないのである。こういう馬鹿なメールに引っかかる程度のアタマの持ち主だからこそ簡単に騙せるわけで、怪しい宗教の教祖なんかがたいていいかがわしい格好をしているのもそのためだ。だからまあ、こういうのに引っかかってイタイ目に合うやつもやっぱり「自業自得」ってことになっちゃうんだけどね。
 で、これで返事しないで終わりかと思うと、まだ続きがあるんだって。


> 「言いづらいのですが私の条件を飲んで頂きたいのです。
 条件は二つ。一つは貴方の顔の写真をお会いする時のために確認としてお願いしたいというのと。もう一つは、私の持っている携帯電話は主人名義の物なのでアドレスをお教えする事はかないません。当日にお会いする時はこのパソコンからメールする事が出来ないのと、電話番号にしても携帯のアドレスと同様教える事はかないません。ですからお会いする時に連絡手段として『ある出会い系サイト』へ登録して下さい。そこで私は「約束の人を待っています」と登録しています。そこで当日はそこで連絡とりあいおちあいましょう。それと顔は伏せさせて頂きましたが、私は身体には自信があります。これが証拠になると思いますが。どうでしょうか。」

 これと一緒に何やらの写真が送られてくるらしい。しまった、ここまで待っていればよかったかな。けどこれでこのメールの正体が分かりましたね。「出会い系サイト」に登録させることが目的で、あとで馬鹿高い使用料が送られてくるという仕掛け。「人妻」って設定も、本当はありもしない自宅の電話や携帯を教えないための口実なわけだねえ。
 本人はうまい手のつもりかもしれないけれど、さすがにどんな馬鹿でもここで気がついて「これは怪しい」と思うんじゃなかろうか。でも千人に一人くらいは馬鹿の上を行く大馬鹿三太郎がいるかなあ。
 次がいよいよ最後のメール。

> 「今、すませました。
 □□□-□□-□□□-□□□□□□□□□.□□□に空メール送ると無料だそうです。登録したら一報ください。主人が携帯をチェックする前に登録の確認をしたいのでお願いします。お金は明日の朝、銀行に立ち寄り用意します。では、明日。いい時間を過ごせるの期待してます。」

 「行く」とも何とも言ってなくても勝手に話を進めるのだね。こういう女と付き合いたいという男がこの世にいるとも思えんが、世間って広いしね。これに引っかかって、イタイ目に合ったって人、いないかね。いたら見てみたいよ、どんな人か。

2003年04月24日(木) メモ日記/マクドな夜。
2002年04月24日(水) しげ伝/『人生は五十一から』(小林信彦)ほか……“NEW”!
2001年04月24日(火) ギャグマンガの地平に/『相原コージのなにがオモロイの?』ほか


2004年04月23日(金) 今度の『コナン』は覚悟しろ!&「Aemaeth賞」受賞。……って私!?

 今日もまたチックと戦いながら仕事。
 いやもう、溜まった仕事片付けるためにほぼ一日、トンガリさんの隣で仕事してたから(~_~;)。
 もちろんその間、トンガリさんは独特の言葉遣いでずっと話しかけてくるんである。
 実を言うと、この日記では意味が少しでも通りやすいように「意訳」して内容を紹介しているが、このトンガリさん、意味不明な言葉をしょっちゅう喋っているのである。
 例えば、いきなり「おうちはいかがですか?」なんて聞いてくるので、初対面のころは、いったい私の家のことをこの人はどうして気にするのだろう、と不審に思っていたのだが、この「おうち」というのは、「あなた」と同義で、つまり挨拶のつもりで「あなたの今日のご機嫌はいかがですか?」と言っていたのであった。「おたく」と似たような使い方らしいが、あまり知らない用法である。どこかの方言なのかもしれないが(って、地元の人のはずなんだが)、少なくともこんな言葉遣いする人は職場にはほかにいない。こういう「この人だけが使っている用語」がやたら挿入されるので、意味を理解するのがかなり難しい。
 更にはやたら言い間違いや用語の間違いが多いので、その点でも同僚はみんな、この人が何を喋っているのか意味を汲み取るのに手間がかがって苦労させられているのである。今日も「担当」というのを「担任」と言い間違えていたので、「担任」って誰やねん、ここは学校とちゃうぞと苦笑させられた。
 たいていの場合、この人の喋る内容は、やたらと長くダラダラと続く。「こんなことを申し上げるのは余計なことかもしれませんけれど、また○○(トンガリさんの名前。自分のことを名字で自称するのである)が要らないことを言ってると思われるかもしれませんけれど、これもおうちのためだと思いますからあえて申しますが……、」と前置きがやたら長い。
 短く喋るときもあるのだが、そのときは主語や目的語が省略された(そんなことはわかっているだろうと思いこんでいるのだろう)意味不明な言葉が多いので、これも意味を想像するのに骨が折れる。まあ、普通の人でも、「困りますねえ」とかいきなり声をかけて来て、何が困るんや、と相手をビビらせるというやり方をしないわけではないが、この人の場合、そのあと何を困っているのか言わないで、そのままスッと去っていったりするものだから、「だから何を困ってるの! 一人ごとかい、今のは!」ということになってしまうのである。
 それから、あとは「解読不能なメモ」。これも今日の出来事だが、私の机の上にメモが置かれていて、ヒトコトただ「規則」と書いてある。いったい何のことやら全く見当がつかず、これは私が何かのルールを破りでもしていて(身に覚えはないが)、そのことを注意でもしたいのかと思って、首を捻り、さすがにこれはどうにも解読できずに、仕方なく「どういうことでしょう?」と本人に聞いてみた。そのときの返事もかなり意味不明で、読解するのにひと苦労したのだが、要するに「パソコンのマニュアルを読んでおいてください」ということなのであった。……どうやら、「教本」の意味で「規則」という言葉を使っていたようなのである。それにしても、「何の規則か」書いてくれないと、意味なんか取れやしねえ。ともかく同僚がみんなこの人を避けているのは、「何が言いたいんだか分からない」点が大きい。
 でもねー、一番つらいのはねー、言葉遣いそのものよりもその内容がほぼ全て職場と職場の同僚と上司への愚痴と呪詛だってことなんだよね〜。
 「こちらに勤めさせていただいて、初めは○○もいろいろと言わせていただいておりましたし、こちらにはこちらのやり方があるのであろうと理解はしておりましたけれども、だんだん○○も知恵がついてまいりまして、こんなことを言っても全て忘れられてしまうのだな、○○の言うことなど聞いていただけないのだな、言っても仕方がないのだな、と○○も学習いたしましたので、もう何も申し上げるつもりはございません」と前置きして延々と愚痴を言い始めるのである。
 今日も出たくもない宴会に付き合いで出なきゃいけないことを仕事をしている最中の私の隣で延々と愚痴る愚痴る。だったら出なきゃいーじゃん! 「おうちならお分かりいただけるでしょう?」って、私だってわかんね〜よ!
 ……あなた、それをまる一日聞かされて御覧なさい、どんな気分になるか。
 私も最初はこの人の言葉を「解読」するのに時間がかかったが、ヘタにある程度「解読し慣れ」てしまったために、「あの人のことは頼むよ」ということになってしまったのである。これもやはり意味不明な言葉を喋りまくる女房と長年付き合ってその言葉を「解読」してきた努力の賜物であろうか。しげに言わせると、「そりゃあんたが世間との『勝負』に『負けて』んだよ」ということになるのだが、当のお前がそれを言うか。
 でも言葉の意味は解読できても、気持ちまでは理解できない。ココロの中で私は「助けてくれ〜」と叫んでいるのだが、その気持ちを「解読」してくれる人はいないのだ。
 あああ、なんて楽しい職場(T∇T)。


 ぶっくたびれはしているけれど、神経は高ぶっているので、仕事を終えたあとは眠いのに眼ぶたが閉じようとしないという疲れた状態。
 迎えに来たしげと、姉の店まで散髪に行く。散髪してもらうのはしげだけの予定だったのだが、結局私も父からむりやり「散髪してけ!」と椅子に座らせられる。それはいいけど親父、客待ちにどでかくMEGUMIのカレンダー飾るのはやめてよ(~_~;)。
 父親と例のイラク人質事件について、雑談。性格も考え方も親父譲りなものだから、意見はほぼ一致で、父ももともと自衛隊の派兵自体には反対だったのだが、あの三馬鹿に対してはかなり呆れていた。
 「偏見かもしれんが、差別で言うとやない」と前置きして、父は「結局、北朝鮮のことがあるけん、アメリカの言うことば聞かなならんもんな。俺もそげんとは好かんばってん、自衛隊以外にイラクには行かれんめえが。それを人質になった人たちは何も考えとらんもんなあ」と憤る。
 「本人たちはいいことしようつもりやろう、ばってん、あげん『正義』ば振りかざすのが一番好かん」
 唐沢俊一さんは「裏モノ日記」で、彼ら三馬鹿への憤りの裏には大衆の、ええご身分やねえ的な「ひがみ」がある、と指摘されていたが、それが全くないとは言わないが、私自身は、それはかなり希薄なのではないかと思っている。ボランティア活動自体に反対する意図は父にも私にも、いや、世間の怒れる人々の大半にそれはさほどなかろうと思うからだ(いつも思うのだが、唐沢さんの周囲には「そういうことをロコツに感じさせる」下卑た人間が多すぎるんじゃなかろうか。職業柄、それも仕方がないのだろうが)。ネットをあちこち散策してみても、「あの3人に怒りは覚えるが、だからと言って中傷の手紙を自宅に送りつけたりするのは許せない」という意見もかなり見受けられる。
 もしあの三馬鹿が、危険区域に無謀にも入りこむことをせずにNGO活動を続けていたとしたら、残された家族が「自衛隊撤退」を訴えた政治活動をしなかったら、ここまで世論が沸騰し、「自業自得」論が語られることはなかったはずだからである。
 「自分が正しいことをしている」「いいことをしている」という思いこみは、一切の批判を拒絶する。マトモな神経の持ち主なら、彼ら三馬鹿を批判しつつも、それが自分にもはねかえってくる可能性を充分知っている。善意の虚偽性は自らを殺すのだ。だからこそ、彼らへの怒りは「公憤」となりえていると思うのであるが。

 店を出しなに、近所のおじさんが私を見かけて、「随分スッキリされとりますなあ」と感心したように言った。最初、散髪したことを言ってるのかと思ったが、「前はなかなか立派な体格でござらっしゃったが」と続いたので、痩せたことかと気付いた。
 けど、顔のデカさは変わってないので、「痩せた」というより「やつれた」という印象の方が強いのである。それに肉が落ちてるのは肩と腕ばかりで、腹は落ちてないんだよなあ(T∇T)。


 そのまま、夜はキャナルシテイまで出かけ行って、映画『名探偵コナン 銀翼の奇術師(マジシャン)』を見る。
 毎年毎年、どんどんどうしようもなくなってくる『コナン』映画シリーズであるが、今回のは特に最低を通りこし、見ている最中は脱力をはるかに越えてただひたすら「無」としか言いようのない境地でいられるほどのスバラシイ出来であった。これはもう、『アルマゲドン』とか『パール・ハーバー』の比ではない。制作者たちが何を作ろうとしているのかははっきりと見えているのだが、それが見事なくらいに「何も描いていない」のだ。この超絶脳天逆落とし大馬鹿三太郎ムービーの前では、「こんなの映画じゃない!」なんて罵倒すら甘く聞こえてしまう。ここまでひどいと、もう笑っちゃうしかないというか、世にこれ以外の駄作は存在しない、と断言してもいいくらいなのだが、私は既にこの映画を批評する言葉自体、失ってしまっているようだ(^_^;)。
  隣に座っていた子連れの20代と思しいママさんが、見終わったあと、感極まったように「面白い! 面白すぎる!」と声をあげていた。口調から慮るに、「本気で」面白がっているのではないことは明白であった。いや、ある意味「本気」か。実際私もそう叫びたくなったしな(^o^)。ああ、この映画の感想、コンテンツの方にはどんな風に書いたらいいだろうか。
 ともかくこの筆舌につくしがたい超ケッ作を見逃すのは一生の損である。みんなぜひ見なさい。


 帰宅して郵便ポストを開けると、どこぞから書籍小包が届いている。
 本を送られる覚えなどなかったし、送り先の会社にも見覚えがなかったので、どこぞのシューキョーの宣伝本か何かかと訝みつつ開けてみたのだが、中から出てきたのは、押井守著『イノセンス創作ノート』。
 これは既に買ってるし、注文した覚えもなかったので、どこかほかの人への荷物が紛れこんだのかと、宛先を見てみるが(封筒を破く前に見ろよ)、間違いなく私宛てである。本の間に手紙が挟み込んであったので、表紙をめくってみて手紙を取り出そうとした途端、私の目はテンになってしまった。
 こ、こ、こ、こ、これは押井守監督のサイン!
 慌てて、震える手で手紙を読んでみる。

〉「このたびはイノセンス感想文コンクールにご応募いただき、ありがとうございました。公開後、短い募集期間にも関わらず、イノセンスと向き合い真剣な感想を文章にして、わざわざご応募いただいたことを深く感謝いたします。
 あなたがお送りいただいた作品は、全作品を読んだ製作委員会のスタッフが特に多くの方に読んで欲しいと切に願うほどの作品でした。押井守監督も喜んでサインしてくれた直筆サイン入り関連グッズを贈らせていただきます。ご査収ください。」

 イノセンス感想文コンクール。そう言えば映画を見た直後に勢いで書いた感想を、『イノセンス』の公式ホームページに「感想文募集」のコーナーがあったので、押井監督やスタッフへのエールのつもりで書き送っていたのであった。受賞することを考えて書いたわけではなかったから、そのまますっかり忘れていたのである。
 慌てて『イノセンス』の公式ページを開いてみたら、発表は既に今月の14日に行なわれていた。私の文章は、確かに百選の中のNo,50に掲載されている(私のホームページの「黄泉比良坂電気館」にアップしたものを、字数の規定があるために一部カットしたもの)。
 よく見ると、私のものには★印が付いていて(数えてみると29作品に★が付いていた)、「★Aemaeth賞★」という名前が付いている。これはつ、つ、つまり、なんか「賞」をもらったということ? あああ、賞なんて賞なんて、中学校のころ、H.G.ウェルズの『宇宙戦争』の読書感想文を書いて、校内コンクールで優秀賞を受賞、賞品として『二葉亭四迷・幸田露伴・樋口一葉集』をもらって以来じゃないか! 小躍りしたくなる気持ちを抑えて、前書きに書かれてある選考の経緯を読んでみる。

>「多様に感じることができる「イノセンス」という映画においては、応募作品に明確な順位をつけるというのは、ナンセンスであると判断し、順位はつけておりません。掲載された作品の順序は無作為であり、作品の優劣とは無関係であることをご了承下さい。ちなみに★印がついた作品は、製作委員会スタッフが、文章の技巧の優劣ではなく、特に多くの方に読んで欲しいと切望した感想文です。」

 つまり、中身の優劣ではなく、「『イノセンス』って、こんな読み方もできるんだよ」っていう「多様性」を感じさせるものを選んだ、ということだ。私は日記でも何度となく書いていることなのだが、自分の文章というものに全くと言っていいほど自信を持っていない。今回書いた『イノセンス』の感想文も、勢いで書いただけのしろものだから、読み返すだに「こいつはつまり何が言いたいのだ? 『愛』を肯定したいのか否定したいのか?」と、その論旨の曖昧さに赤面してしまう。だから、決して「優劣」ではない、このような基準で自分の文章が選ばれたということがとても嬉しいのである。
 ともかく、「映画」はいろんな見方ができるから楽しいのだ。賛否両論、毀誉褒貶、様々な意見が飛び交うということは、それだけ作品に力がある証拠であり、批評とは誉めるにしろ貶すにしろ、その作品の持っている「力」を引き出してみせることにその使命がある。当たり前の話だが、「主役」なのは批評の対象となる「作品」そのものなのだ。
 ところが世の中には、作品の批評や感想を、自分を語るため、世間に自分を認めさせるための手段だと勘違いし、半可通な知識で「映画論」とやらをぶつ腐れた人間が山のようにいる。これは自己宣伝のために「映画」を利用しているだけであって、映画に対する「愛」に全くと言っていいほど欠けている行為である。
 宣伝されるべきは「作品」なのであって、「自分」ではない。自己宣伝をあえてせずとも、そこに「魂」が、「愛」がこもっていたならば、自然、「自分」は表出されるものだし、「作品」を壊してしまうことにもならない。「イノセンス感想文」にはその「愛」に満ちた文章が多々あった。私のようにくどくもなく、すっきりと内容の伝わってくる文章や気の利いたものも多い。その中に私の駄文も並べてもらったことは、言葉を尽くせぬほどにすばらしい果報だと思うのである。
 まあ、そういうことなんで、ささやかな受賞ではあるが、浮かれちゃっているのである。数少ない読者のみなさん、もしよかったらサイトが消える前にちょっくら覗いてみてくださいませ。↓

http://www.innocence-movie.jp/comingsoon/kanso.html

 リンクの色、解りにくくてすみません。

2003年04月23日(水) メモ日記/顔面神経痛の夜。
2002年04月23日(火) くましげ。/DVD『紅の豚』(フランス語版)ほか
2001年04月23日(月) 駆けて行った白い雲/DVD『ヤング・フランケンシュタイン 特別版』ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)