無責任賛歌
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| 2004年04月07日(水) |
1st. Anniversary! |
実は昨6日で、ホームページを開設して丸1周年が経っていたのだが、風邪でダウンしてしまい、日記を書く元気も残っていなかった。今朝になっても体調は元に戻らず、結局職場に連絡を入れて欠勤。四月そうそう、休みたくはなかったのだが、鼻水と喉の痛みが激しくて、仕事ができる状態ではなかったのだ。 しげにうどんを作ってもらい、食いながら風呂に入り、血行をよくする。昼を過ぎたころには少し気分が落ちついてくるが、鼻水はやっぱり詰まったままだ。咳も時折激しく出る。去年みたいに4、5ヶ月も体調不良が続くような事態にならなきゃいいがなと思う。
以前にも書いたことだが、昔、私は個人のホームページを開くことに何の意味があるんかいな、と思っていた。作家とか芸能人ならいざ知らず、ただの一般人が別に商売をするわけでもないのにホームページを開着たいと考える、その思考が理解できなかったのである。実は劇団のホームページに日記を書いていたころもそう思っていたのだが、それが180度ひっくり返ったのは、森下裕美のマンガ、『ここだけのふたり』を読んでからであった。このマンガに登場する、主人公の妻の友達の、たきえという主婦が、最初登場した時には気弱で引きこもりで奇行もあり、リストカットでもしそうなキャラだったのに、「えっ、ホームページって、自分のつまらない趣味とか、ペットや赤ちゃんの写真をむりやり人に見せて楽しむものなの!?」と叫んで、「街で見かけたヘンな人」みたいなホームページを開設して以来、すっかり「強く」なってしまったのである(奇行は治らなかったが)。 ああ、ホームページって、「個人の反逆」なんだなあ、と気付いたのはその瞬間であった。『太平記』に紹介されている作者不詳の「二条河原落書」の、「このごろ都にはやる物、夜討、強盗、謀綸旨(にせりんじ)、召人・早馬・虚騒動(そらさわぎ)、生頚(なまくび)・還俗・自由出家、偽(にわか)大名・迷者……」、と続くアレがホームページでならやれるんだなあ、と気付いたのである。となれば、出番はむしろ作家のような専門家ではなく、“シロウトでなければならない”。立場のある人間ならば書けないことも自由に書かなければ、個人がホームページを開く意味などないのである。もちろんこれはただの「ラクガキ」である。これをもって誰かに自分の言うことを聞かせようとか、影響を与えようとか、そんな姑息なことは考えていない。けれど、そういったシロウトの声が呼応し重なり合って蔓延すれば、現代の世界の“ありよう”も少しは照射されていくのではないかと思うのだ。 まあ、そのあたりの事情のわからぬ妻がヒス起こしたりして、中断もあった。いくつかの掲示板で謂われのない悪口を書かれたりもしたが、私本人は「まあなるようになるさ」と鷹揚に構えていて、気がついたら喧しかった外野もすっかり静かになって一年が過ぎたのである。やっぱ、あまり心配性になって気苦労するもんじゃないやね。 特別なことを書いているつもりはないが、熱心に読んでくださるお客様もいらっしゃるようで、ありがたい限りである。更新がサクサク進むというわけにはいかないが、今後とも「またバカなこと書いてやがらあ」と笑って読んでいただければ幸いである。
チョコチョコと書いてはいたものの、アップできないでいた記事を5本、ホームページのマンガの部屋にアップした。唐沢なをきの『新・電脳なをさん』は元ネタがわからないのがいくつかあったが、それも自分の現実であるので、そのまんま掲載した。知識をひけらかすやからはネットにやたら氾濫しているが、世の中、知らないことの方がいっぱいだという当たり前の事実をもうちょっと自覚した方がいいと思うのである。 この日記を「マンガ・アニメ」のカテゴリーに入れておきながら、その手の話題が少なくなっていたので、1周年記念にちょっとだけ頑張ってみたつもりである。
しりあがり寿の『真夜中の弥次さん喜多さん』が宮藤官九郎「監督」で映画化とか。脚本家が監督にまで手を出すと失敗する例も多いが、旬の人ではあるし、ワケシリ顔の半可通どものヤッカミの声に遠慮する必要はないと思う。失敗するならするで大いにコケてもかまわないから、好きなものを作ってほしいと切に願う。
2003年04月07日(月) もう迎えは要らない/『花田少年史』1話「はじまりはじまり」/『ドラゴンボール 完全版』9・10巻(鳥山明) 2002年04月07日(日) 少女はやがて怪物になるのだ/映画『WX�掘。丕腺圍味腺贈錬辧。圍硲邸。唯錬孱稗釘魁戮曚� 2001年04月07日(土) 初めての花見/DVD『ブルース・ブラザースBBパック』
| 2004年04月06日(火) |
日記っつーより伝言だな、こりゃ。 |
しげ、『文春』の小林信彦のいかりや長介追悼の記事を読んで、「これはいい文章だ!」と感嘆している。日頃、人の文章をあまり誉めないしげにしては珍しいことだが、それくらい、そのへんの有象無象が書き散らしている、追悼文と称したただの思い出話or自分語りの実のない駄文にウンザリさせられているのだろう。大衆の大半はサルだが、サルであるがゆえに無意識的な権力を行使している。自分が権力者にならないためには、あえて「他人の賛同を得ない勇気」というものも必要になるのだが、安易な追悼を口にする人たちに、そんな勇気は期待すべくもないのである。
昨日までの数日、台本だのコンテンツの更新だので、睡眠時間がかなり不規則になった。それが祟ったせいか、今朝から頭痛と喉の痛みと鼻水が激しい。仕事はフラフラしながら何とかコナしたけど。 つーわけで、元気が無いので今日はこれで終わり。クレヨンしんちゃんが春日部市民になったとか、いくつかちょっと気が引かれたニュースもあったけど、ともかく寝ます。
2003年04月06日(日) マジ!? ホームベージ開設!/『鉄腕アトム』第1話『パワーアップ!』 2002年04月06日(土) スランプで寝てたっス/『COJI−COJI』完全版1巻(さくらももこ) 2001年04月06日(金) プレ花見/『ミスター・クリス』3巻(秋本治)
| 2004年04月05日(月) |
誰を、なんのために追悼しているのか、ということ。 |
ここのところの立て続けの訃報に関して、あちこちで追悼文が書かれているが、若い人の書く文章はやはりどうにも読むに耐えない。本人は気持ちを込めているつもりかもしれないが、どうにも「持ち上げすぎ」なのが気になるのである。亡くなった人を悪く言っちゃイカンという歯止めがかかるのかもしれないが、功罪含めてその人の経歴を俯瞰するのでなければ、歴史そのものを見誤る危険がある。『週間文春』の4月8日号の『本音を申せば』で、小林信彦はいかりや長介について「コントの努力家」以上の評価をしてはいない。いかりや長介自身が、クレージー・キャッツとザ・ドリフターズを比較して、「プレイヤーとしてもコメディアンとしても比べものにならない」(もちろんクレージーの方がはるかに上である)と自伝で語っているのを引いて、しかし、その語っていることの意味が現在のテレビ、新聞のリポーターにはわからなくなっている、と小林さんは説く。まさしく至言で、本気でドリフのことを、長さんのことを思っているのなら、その死に際しても、安易に誉めることなどできないはずなのだ。ドリフターズは「テレビの大衆社会」を築き上げはしたが、喜劇の継承をそこで途絶させた。そのことを一番痛切に感じていたのは長さん自身だったはずである。 中谷一郎の死についても、「風車の弥七はミスキャスト」としっかり書いてくれたのは「裏モノ日記」の唐沢俊一さんだけであった。それが言えるのは、唐沢さんが中谷さんの他の映画を、舞台を見ているからである。恐らく『テアトロ』のような演劇専門雑誌なら、今後中谷さんについての「マトモな」追悼文が載るであろうが、ネットや新聞、雑誌の類の追悼文の9割はクズだろうと断言できる。若い人に限らず、情報の氾濫の中で自ら必要な知識を渉猟する能力自体を失ってしまった人々には、なにが「マトモ」なものであるかも見分けられなくなっているのである。
で、昨日の練習中のことを思いだした。 話題が最近の訃報についてのことになって、悲しいことに鴉丸嬢が「“弥七”が死んだね」と言ったのである。若いんだし、そりゃ「弥七」しか知らんだろうということはわかっちゃいるんだが、思わず「死んだのは弥七じゃねえ!」と言いそうになってグッとこらえた。バカなマスコミの影響を受ければどうしてもそうなってしまうのである。 何でも昨日は、鴉丸嬢、藤本弘と安孫子素雄の区別がつかなくって、しげに本気で怒鳴られたらしい。仮にもマンガ描きなんだから、この二人の区別がついてないってのは、叱られても仕方がないと思うが(小学生時代の私にすら見てハッキリ区別がついていたのに、なぜわからんのだ)、ヘタをすると昨日はしげと私とダブルで怒鳴られるハメになってたかもしれないのである。 「モノを知る」、というのは空気を吸うのと同じで、自然と体の中に取りこんでいくのが一番いいのだが、その空気の中にやたらと混じり物が多いせいで、こういうトンチンカンなことを平然と言ってしまう若い人ばかりになっていくのだ。もちろん、その「混じり物」を現在提供しまくっているのがマスコミであり、もう一つは「学校」なんである。だからいつも言ってるんだが、下らん説教垂れ流すだけの学校なんか、今の半分に減らせって。
今日はしげの仕事が休み。夜、久しぶりに一緒になったので、台所を片付けさせる。 普段は朝、車で職場に送ってもらうときに会話するだけなので、その時に「あとで台所の洗いもの片付けとけよ」と言いつけているのだが、しげは家に帰るころにはすっかり忘れてしまっているのだ。次の日に言っても忘れる。その次の日に言っても忘れる。だいたい、一週間で洗い物をすればいいほうで、たいていは一ヶ月近くかかる。しょうがなく私が料理を作るだけでなく、ちょくちょく洗いものまでしているのだ。どうしてこんなに忘れるのか本人自身が自分のことを理解できないので、ともかく一緒にいる時にこうしろああしろと言うしかない。 でも、目の前でやらせても、やっぱり途中までで止めてしまうのである。 「なんで途中でやめるんだよ」 「洗いもの置くかごが一杯になったもん」 「布巾で拭いて水屋に入れりゃいいだろ?」 「布巾が汚れてるからダメ」 「じゃあまず布巾を洗えよ!」 「洗うのも忘れたんだもん」 「じゃあ、キッチンペーパーで拭けよ!」 「そんなこと、気がつかないもん!」 底無しのバカを相手にするのはムチャクチャ疲れるのである(-_-;)。
2003年04月05日(土) やっぱりヨッパライ(^o^)/『ヒカルの碁』21巻(ほったゆみ・小畑健) 2001年04月05日(木) 鼻血ブーって覚えてる?/『ブレーメン�供截牡�(川原泉)ほか
| 2004年04月04日(日) |
『レジェンズ』とリメイク版『犬神家の一族』と花見の夜と。 |
ボチボチ、春の新番アニメのチェックの時期であるが、昨日は『ケロロ軍曹』を見損ねてしまった。今朝の『レジェンズ』は大地丙太郎監督の新作だが、私はこの監督さんをそんなに買っちゃいないので(アニメ界の山田洋次だと思っている)、感想としては悪かないが、積極的に褒め称えたくなるほどのものでもない、と言ったところ。センスがどうも一昔前と言うか、かわいいキャラが竜巻で吹っ飛ばされたくらいで「なんて残酷なアニメなんだ〜」と叫んだりするのって、それ楽屋オチか自虐ギャグのつもりかどうか知らんが、笑うないんスけど、としか言えないのである。かろうじてあかほりさとるほどには堕落してないとは思うのだけれど。
劇団の芝居の台本、直しを午前中かけて8ページほど付け足す。まだまだ直さなきゃならないところはあちこちあるのだけれど、ドラマ後半の山場の一つは何とか書けたという感じ。でも一番のクライマックスはまだヘボいままである。ここをどうするかがチエの絞りどころであるが、絞って出てくるようなら苦労はしないのである。 しげが練習に出かけたあと、昨日録画しておいた『犬神家の一族・誰も知らない金田一耕助』を見る。原作『本陣殺人事件』に数行しか書かれていないアメリカ時代のヤング・金田一の「書かれざる事件」を映像化したアイデアは買うが、それがあんなオチャラケた『名探偵コナン』並のストーリーとトリックじゃ幻滅である。ダイイング・メッセージものを原作者の横溝正史はトリックとしては下級のものと考えていて、ストレートな形では殆ど使っていないのである。中途半端なマニアに脚本を書かせるとこういう凡ミスをやらかすから困りものなのである。 『犬神』本編が市川崑版の殆どリメイクといった趣きで、一部のカットはセリフのタイミングからアングルまで同じだったのには笑った。原作の改変の仕方もほぼ同一で、盗作扱いされても仕方がないくらいだ。ネタバレになるので細かくは言わないが、市川版を意識していながらディテールにおいてはミステリの昨劇技術が脚本家にも演出家にもないために、結果的に「改悪」版になってしまっている。期待していただけにガッカリ感も大きかった。しかし今度の映像化でも宮川香琴(岸田今日子)は原作のあの人ではなかったのですね。横溝正史本人は大好きだった「実は……」のパターン、嫌われてるんだなあ。もちろん、原作がヘボいのて、その改変だけは正解なのだけれど。 自己顕示欲が結構強い稲垣吾郎金田一は、原作のイメージに近くはあったのだけれど、でもやっぱり「貧相」ではない。鳴り物入りだったわりには今度の金田一もちょっと物足りなかった。けれど小日向文世の横溝正史は、若き日の本人にソックリで驚いてしまった。これなら横溝正史が事件に関わる「病院坂」も映像化できそうなくらいである。次回作は『八つ墓村』だとか。しかしどうしてこう映像化となると横溝作品の中でも完成度の低いやつばかり選ばれるのかね。
夕べから今朝にかけては原稿書きで半徹夜だったので、あとは夕方まで寝る。 5時過ぎにようやく目覚めて、風呂に入って千代町の練習場に向かう。其ノ他くん、鴉丸嬢、カトウくん、ラクーンさんと、今日は比較的揃いがいい日のよう。ただ、穂稀嬢が先週から鬱だとかで、連絡なしにバックレたとか。なんかフォローしてやればいいのにと思うんだが、しげにそういう甲斐性はないしなあ。 台本の打ち合わせを簡単にしたあと、其ノ他くん、鴉丸嬢としげ、私の4人で、山王公園に夜桜見物に行く。桜の名所と言えば西公園だが、こっちはどうせ込んでて座る場所を探すのにもひと苦労だろう。山王公園は意外と穴場なのである。 桜は満開で見ごろ、適度に屋台も出ていて、4人でイカ焼きだのタコ焼きだのトウモロコシなどを食いながら、花見らしく写真を撮ったりもする。「『トウモロコシ』って名前、英訳したら『チャイナ・チャイナ』か?」とか他愛ない会話。シラフで酔ってるようなものである。月もほぼ満月で美しかった。こういう花見は久しぶりなので気分がいい。ちょっと寒かったけど。
ディズニーが、現在本国で公開中のアニメ映画『ホーム・オン・ザ・レンジ(牧場のわが家)』を最後に、手描きアニメの制作を廃止し、今後は全ての作品をコンピューターグラフィックスに切り替えるとか。CG制作の『ファインディング・ニモ』以外の手描きアニメが軒並みコケたせいだが、手描きだろうがCGだろうが、つまらん作品ばかり作ってりゃ、どうせジリ貧になると思うが。 ピクサーとケンカして決別、『トイ・ストーリー3』はピクサー抜きでディズニーは作る腹らしいが、優秀なスタッフがかなりの数、ドリームワークスとかに引き抜かれてる現在、デイズニーがそこまで傲慢になれているのには何か裏の理由があるのだろうか。 ただの思いあがりで二十年後にはディズニー社そのものがなくなるなんてことにならなきゃいいのだけれど。
2003年04月04日(金) 遠い〜気球よ〜/『フライト・オブ・ワンダー』/『OO7/ダイ・アナザー・デイ』 2001年04月04日(水) ちかれた日〜(死語)/映画『宇宙怪獣ガメラ』ほか
| 2004年04月03日(土) |
本物の外人さんって何%だろう。 |
相変わらず外人さんからのメールが毎日何10通も届いているけれど、全部迷惑メールに強制移動させられている。この日記で「外人名前で送ってきても読まないよ」とハッキリ書いてるのに、同じことを繰り返しているというのは、やっぱりこの外人さんたち、日本語が読めないのである。中身を読んでみると「あなたのホームページを読んで感心しました」とか書いてあるんだけどな(^_^;)。だから、それなら日本語で送ってこいっての。 ネットが世界に開かれてるとは言っても、日本人の、しかもたいした内容も書いてないHPをいちいち丹念に見て歩く外国人なんているわきゃない。世界世界って、大袈裟に騒ぎすぎてるよなあ。最近も知り合いで「ネットにハマると危険ですよ」と忠告してくださった方がいたのだが、そういう感覚持ってる時点で、その人の方が危険に片足突っ込んじゃってるんじゃないかねえ。 私自身、ネットを見てまわると言ってもニュース関連の危険のないところを見て回るのが殆どで、あとは好きな作家さんやマンガ家さんのホームページを時々覗きに行く程度、これも殆どROM専門だし、エロサイトはおろか、2ちゃんねるだってごくたまにしか覗かない(映画の感想を見るためくらいである)。ネットに踊らされようにも踊るほど見ちゃいないのである。自分のホームページを更新するのに追われてるし、だいたい本読む時間と映画見る時間の方が私にとっては大事なので、そんなにパソコンにハマってるヒマなんてない。 ネットにハマらないのは、ある程度調べものをしていると、ネットじゃ情報が不充分だということがわかるからである。単語でGoogle検索かけても他愛無い感想文や印象批評に当たるのが殆どで、ホームページ作るために必要な情報がまるで集まらない。文献資料なんてのは特にそうで、本屋や図書館に直接足を運ばなけりゃ、見つからないものが腐るほどあるのだ。ネットを過信しちゃいけないのである。 言い替えれば、情報はネットを見てさえいれば充分、というのは自分がその程度の情報で満足しているということなんで、人間がどんどん薄くなるばかりだと思うがどうかね。
午前中に、キャナルシティまで出かけて、AMCで『花とアリス』鑑賞。しげは眠いと言うので、家に置いてきぼり。もっとも、しげの好むタイプの映画かどうかは微妙なので、無理に誘わなくて正解だったか。こういう青春映画に感動してしまうというのもちょっと年がいがないのだが、したものは仕方がないのである。10代でそれなりのアイドルになれる歌手や役者はどの世代にもいるものだが、「伝説」になれるのは稀である。運もあるけれど、資質を見抜けるだけの監督と出会えることが重要だろう。鈴木杏と蒼井優は、岩井俊二と出会えて幸福だったと思う。 ……しかし、ここしばらくAMCに足繁く通ってたけど、『花とアリス』の映画チラシ、一度も目にしなかったな。誰かごっそり取ってったマニアがいるんじゃないか。
いったん帰宅して、しげを叩き起こす。昼には起きると言ってたくせにやっぱり寝こいているのである。こちらが時間に遅れそうになるとすぐヒス起こすくらいせっかちなくせに、待ち合わせの約束はこうしてすぐに反古にするんだから、ふざけているのである。 起きしなにまた「うどんうどん」と言い出したので、「台所片付けてないし、待ち合わせの約束も破ったくせに何言ってやがる」と一喝する。そしたらまた不貞腐れて出ていこうとしたので懇々と説教。薬を飲むようになって少しは落ち付いてきたかと思ったが、効き目が薄れてきてるみたいである。 博多駅で、来月の東京行きの新幹線のチケットを購入。いつもは往復とも飛行機なのだが、今度は行きは飛行機にしたけれど、帰りは新幹線にすることにしたのだ。ゴールデンウィーク中なので、飛行機代が馬鹿高いのである。そのかわり、博多どんたくの真っ最中に博多駅に帰り着くことになるから、どれだけ混雑するかわからないのだが。
そのまま快速に乗って折尾まで。やんちゃんこと下村ミサト嬢の所属している「うずめ劇場」の公演、『火あぶり/斑女』を見に行ったのである。下村嬢はほんのチョイ役。セリフを言ってない時の方が雰囲気があるというのは役者としては問題だろう。本人がやる気を出せば伸びる素質はあるんだけど、練習サボってたんだろうな。全く困ったもんである。 芝居自体は、原作が三島由紀夫だから、うずめの役者さんにはちょっと荷が重かったろうという印象。私はアンケートに感想を書いたが、しげは何も書けなかった。芝居がハネて、下村嬢とちょっと話をしたが、しげがムスっとしてたのが気になったそうな。 「そんなにつまんなかったんですか?」と聞かれて、しげの口がモゴモゴと動いたのを見て、私が慌てて中に割って入った。「いつもこんな顔だから」。そのまましげに喋らせたら、ホントに「つまんなかった」とストレートに言いそうだったのである。 我々のような芝居好き、映画好きというのは、つまんないモノであっても見所というものは心得ている。完全な芝居がないのと同様、完全にダメな芝居というものもない。だから決して損をしたとは思わないし、義理だけで芝居を見に行ったりはしないので、申し訳なく思う必要はないのである。
帰宅して、風呂に入ったら、そのまま爆睡。疲れはまた澱のように溜まりつつあるようである。
2003年04月03日(木) 地元企業救済旅行(^o^)/葉加瀬太郎プロデュース「フォーシーズンズ・イン・ザ・スカイ」 2001年04月03日(火) ボクの地震、キミの地震/ドラマ『陰陽師』第一回ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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