無責任賛歌
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| 2003年06月04日(水) |
無知の巣窟/『美女で野獣』2巻(イダタツヒコ) |
夜中(っつーか朝か?)、帰宅したしげがいきなり私を叩き起こす。 「アタマ上げりぃ!」 寝惚けたまま、なにがなんだかよくわからず、「ふぁ?」と声を上げる私。 いきなり枕を蹴飛ばされて、頭がガクンと落ちる。 「な、なにすんだよう!」 と頭を起こしたら、すかさずしげが何かを私の頭の下に滑りこませた。 しげ、「ふんっ!」と鼻息をねずみ男のように吹かして、私の頭を「それ」に押しつける。沈みこむような感覚。 そこでやっと気が付いた。 これはしげが「買いたい」と言っていた「低反発枕」とかいうしろものである。父の日のプレゼントに、とか言ってたが、自宅用にも買って来たのか。 なるほど、確かに今までの枕とは感触がひと味もふた味も違う。どう言ったらいいのか、柔らかめの土の中に沈みこんでいく感触とでも言えばよいか、まるで頭の鋳型を自然に取られているような感じである。もちろん、それが「気持ちいい」のだ。 まあ、しげも買って嬉しいのは分かる。でも寝てる私を叩き起こす必要はないじゃないの。どうして起きたあとで見せるってことをしないのかなあ。
「噛みつき魔」こと、フレッド・ブラッシー死去の報。 この人と力道山との流血試合をテレビで見てショック死したおばあさんがいたとかいうのが伝説となっているけれども、テレビ創世記ならそんなこともありうるよなあ、と納得できちゃうくらい、昭和30年代のテレビの持つ意味あいは、現行のそれとは大きく違っていたのだ。 なんたって「プロレス」がゴールデンタイムに放送されてたころである。テレビはそこにそれがあるだけで「刺激的」であった。どこにでもある、「惰性」で流される番組なんて一本もない時代だった。 一人の悪役プロレスラーが死んだというより、また一つ「テレビの黄金時代が終わった」と感じる人も多いことだろう。
唐沢俊一さんの「裏モノ日記」に、黒澤明の『天国と地獄』に関する以下のような記述を見て、ちょっと首を傾げる。
> 北野武が、黒澤明に招かれて、“『天国と地獄』の、間違えて違う子が誘拐されるのがいいですね、面白かった”と言って恥をかいたことを書いていた。まあ、確かにあの映画の原作がエド・マクベイン『キングの身代金』であることはほとんどの映画ファンが忘れていることだが。しかし、世の黒澤ファンたちがあの映画を持ち上げるあまり、ことさらに原作を“つまらない作品”“あまり大したことのない作品”とけなし、“そこからあれだけの映画を作り上げた黒澤は凄い”という風に話題を持っていくのには腹がたつ。
「ほとんどの映画ファンが忘れてる」って、普通そんなヤツは「映画ファン」とは言わないと思うがなあ(^_^;)。まあ、私も映画ファンのハシクレではあるが、『天国と地獄』がマクベイン原作であることを忘れたことはないし、私の知る限り、知人でそのことを知らない人間もほとんどいない。だいたいネットで『天国と地獄』を検索すれば、たいてい「これはマクベイン原作で」と注釈が付いている。どう考えても「ほとんど」じゃないよなあ。 「忘れられてる」ということで言うなら、『酔いどれ天使』の原作が菊田一夫の『堕胎医』であることの方が「忘れられ率」は高いと思う(読みたいヤツはウチに来な)。 唐沢さんの日記を読んでると、時々「今時こんなことを知ってる(気にする)のは私くらいのものか」といったような記述が目につくが、たいてい私も知ってることばかりである。なんだか孤独感と言うか寂寥感を感じさせる表現だけれど、唐沢さんの周辺にいる人間って、そんなにモノシラズなバカばかりなんだろうか。 『キングの身代金』についても、「つまらない」という意見を誰がどの口で言ってるのか、所詮は若造の青二才の半可通の、ミステリをマトモに読んだこともないスットコドッコイの言質としか思えない。そんなやつらが本当に「映画ファン」だの「黒澤ファン」だのと言えるのだろうか。 私も87分署シリーズはそんなに読んではいないが、さすがに『キングの身代金』くらいは読んでいる。黒澤明脚色を除いてもあれはなかなか面白かった記憶がある(随分昔なんで、細かい内容を忘れてるのはいつものことだが)。テレビシリーズの『87分署シリーズ・裸の街』(古谷一行がスティーブ・キャレラ、田中邦衛がマイヤー・マイヤーだった)でも前後編で映像化されているくらいの、シリーズ中でも特に人気の高い、傑作の部類に入る作品なのだ。別に黒澤が映画化したから傑作になったわけではない。マトモな鑑賞眼を持った人間なら、「つまらない作品」などと切って捨てられるはずがないのである。 この誤解には、黒澤明自身が「エド・マクベインの小説はほんの一部分を借りただけです。誰をさらおうとも脅迫は成り立つというあの思いつき、あれがすばらしい着眼だったので、そこのとこだけもらったんです」と述べている点に原因があるのだと思う。この言い方だと、原作を読んだこともなくて短絡的なオツムしか持ち合わせていない人間なら、「他の部分はつまらないんだな」と思いこんでしまうだろう。 当たり前のことを真面目腐って口にするのも気恥ずかしいが、全く、「貶すならまず読んでからにしろ」なのである。
> ネットの映画サイトでも、『天国と地獄』をコトコマカに批評家ぶって分析しながら“原作は読んでません”などとツラリと書いている人が多いのには呆れる。ただ見るだけならいいが、一応批評めいたことを書こうというなら、原作くらい読んでおかないとたけしのように恥をかく。
ネットに参加する人間の知的レベルが著しく低いのは、某SF秘密基地の定連を見ていても分かる。チェック機能の働かない、書きたい放題の映画サイトに集まってくる連中など、無知な上に恥知らずの塊みたいなやつがほとんどである。そいつらを基準にイマドキの連中を語られてもなあ、とは思うが、そいつらに「分を知れ」と言ったって、聞く耳なんか持ちゃしない(持ってりゃ、SF秘密基地があんな惨状になりはしない)。実際にそういう有象無象がはびこるのも、ネットの避けられぬ弊害なのだ。 バカの淘汰は不可能としても、「指摘」だけはしておかないと、バカが増殖する。唐沢さんにはやっぱり「小言幸兵衛」になってほしいんだけど、そこまで老けこみたくはない、と思ってらっしゃるのかなあ。
その「無知の巣窟」、某SF掲示板であるが、しばらく覗いてなかったが、いつのまにかまた、いくつもの香ばしいスレッドが立ちまくっている。 洋モノの特撮・テレビ番組の翻訳の名訳・迷訳のスレッドの中で、『刑事コロンボ』の翻訳について、某作家さんが戸田奈津子と額田やえ子を取りちがえた挙句、「コロンボはキリストのカリカチュア」などとトンチンカンな批評をしているのを見つける。 さすがにこれには「あれは『罪と罰』のポルフィーリィ判事がモデルなんですよ」とツッコミが入ったが、コロンボファンには周知の事実をその作家さん、ご存知なかったようなのである。 一応、コロンボをキリストに見立てること自体は面白い見方だし、不可能だとも断言しないが、そもそもミステリにおける「探偵」が主役ではなく「狂言回し」に過ぎないことは自明のことであるし、だからこそ「神」に例えられるのは別にコロンボに限ったことではなかったのである。私生活が明らかになっていない探偵なんて腐るほどいる。「隅の老人」もキリストのカリカチュアだと言うつもりかね(^o^)。 「そう断言できる」というのと、「そう解釈することも可能だ」ってのをとっちがえちゃいけないんである。 その作家の方も、随分トンデモ擬似科学を批判されてる方なんだけれども、自分が思いこみっつーか妄想にとらわれちゃシャレにならんと思うんだが。 ついでに言っておけば、額田さんの訳を「名訳」と称える人も多いが、それも原典に当たらずにイメージでモノを言ってるだけの「錯覚」である。「my wife=かみさん」と訳したってだけで名翻訳家に仕立てあげるのは、いくらなんでも乱暴ってものだろう。実は額田さんの珍訳の多さは、戸田奈津子に勝るとも劣らないのだ。そのいくつかはこの日記でも指摘しておいた。 プロがものを調べないで放言するようになるんだから、ネットはやっぱり参加する者の常識を狂わす「何か」があるのではないか。こんな言い方すると、いかにも「ネットの幽霊」なんてアヤシゲなものがいそうに聞こえて、話が一気に胡散臭くなっちゃうけれども。 他のシロウト衆のトンチンカンぶりは今に始まったことではないので、今更いちいち指摘しないけど(『あずまんが』関連のスレではもう読んだだけで萎えちゃったけどさ)、これはプロの方の書きこみだったんで、つい文句つけちゃいました。またたまに覗くだけのROMに戻ります。
『キカイダー01』のDVD−BOXが発売されることになったそうであるが、既発のDVDに大幅な新作画を加えた上に、原作の『イナズマン』中の短編『ギターを持った少年』を完結編として付加するとか。ああ、また、そういうアコギなことしてくれるし。 結局、前の分のDVDが「未完成品」だったってことじゃないのよ。テレビシリーズで一編放送したものがスケジュールの関係で未完成品だったなんて事件はもう日常化しちゃってるが、OVAがハナからツクリが適当だったなんて、客を舐めてないか。 え? じゃあ、そんな制作会社のインケツなやりくちに反対するのなら、DVD‐BOXは買わないかって? それはもちろん(以下自粛)。
広島アニメーションフェスティバルの事務局から、「アニメーション作品を出品しませんか?」と手紙が届く。 昔しげと参加して、ワークショップで見よう見まねで一回だけヘタクソなアニメを作ってみたら、こうして毎年案内が来るのだ。 ったって、今や『ほしのこえ』なんてのが作られる時代に、今更私ごときが何を作れますかってねえ(^_^;)。「国際」フェスティバルなんだよ? それとも私みたいなのにまで声かけなきゃならんほどに出品作が減ってきてるのかなあ。まあ、ホントは単にかつての参加者全員に宣伝のつもりで送って来てるだけだろうけれども。 でもほんの遊びで、5秒ほどのアイデア一発勝負のでアニメを作って、ホームページに載せたいとは思っているのである。そういう機能もビルダーには付いてるみたいだし。まあ、これも遠い夢ではある。
マンガ、イダタツヒコ『美女で野獣』2巻(小学館/サンデーGXコミックス・560円)。 オビの推薦文が加藤夏希である。これだけで「買い」だね(^o^)。 いやまあ、ナカミは1巻同様、「女の子の地下プロレス、ちょっとえっちあり」ってだけの話です。まあ、それだけだからリクツなんてこねくらずにすんで楽しいんですが。
2002年06月04日(火) 日常ってつまんない?/『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』1巻(安彦良和)/『ヒカルの碁』17巻(ほったゆみ・小畑健)ほか 2001年06月04日(月) Nobles oblige/『韃靼タイフーン』1・2巻(安彦良和)
| 2003年06月03日(火) |
路傍の石のように生きたい/『ああ探偵事務所』3巻(関崎俊三)/『爺さんと僕の事件帖』4巻(しかくの) |
同僚の一人がなにやら真剣な面持ちで、「藤原さん、ちょっとお願いがあるんですが」と耳打ち。 「なんですか?」と聞き返すと、「ここではナンですから」と、暗闇に(^o^)連れていかれる。 なんだか怪しげな雰囲気なので、まさか「いい○○○があるんですが」とかそんなんじゃねーだろーな、とちょっとびくつく。 あたりを見まわし、ヒト気がないことを確かめて、その同僚、「実は」と切り出す。 ゴクリと唾を飲みこむ私。 「……藤原さんに余興に出てもらいたいのです」 ……はあ? とは思ったが、声には出さない。そういえば、忘れかけてたが、もうすぐ宴会があるのであった。 「藤原さんには、ある『役』を演じてもらいたいのです」 「と言うと、芝居か何かをやるんですか?」 「はい」 宴会に参加する気などこれっぽっちもなかったのだが、私が劇団に参加しているということを一部の同僚は知っている。どうもそこを勝手に見こまれたらしい。私は脚本専門だってのに。 もしかして……と思い、同僚に質問する。 「……イロモノですか?」 ニッコリ笑う同僚。それ以上は全く話してくれなかったが、どうも何やら「かぶりもの」をしなくてはならないらしい。その同僚には先日欠勤したせいで、迷惑をかけており、とても断れる雰囲気ではない。 ああ、いやだなあ。目立つことはできるだけ避けて生きるのが私のポリシーだというのに。仕方なく引き受けてしまったが、いったいこれからどうなることやら。
昨二日、北九州市八幡西区黒崎の複合商業ビル「コムシティ」が自己破産を申請。負債総額は130億円に上るとか。96の店舗は全て閉店に追い込まれ、北九州市が無利子で融資した35億円は回収不能のまま。 第三セクターの破産としては、宮崎シーガイアの3261億円倒産には遠く及ばないものの、一市町村の破産としては結構な額だろう。これだけの税金が無駄に使われたんですぜ、どう思いますかね、よしひとさん(←北九州市民なのである)。 北九州市の末吉興一市長は、「多くの人に迷惑をかけ申し訳ない。市として、できる限りのことをやりたい」とコメントしてるが、いつぞやの北九州博と言い、アンタが頑張っていい目が出たことなんてほとんどないと思うんだけど。 そごうの倒産と言い、今度のコムシティと言い、立地的には駅に隣接、それなりの集客は見込める好条件であるにも関わらず、こうも失敗続きと言うのは、やはり資金投資の規模がデカ過ぎるのである。 ハッキリ言うが、わざわざ北九州くんだりまで買い物に行く人間がどこにいるのか。福岡の人間は福岡だけで充分買い物ができる。九州の他県の人間だって、遊びに行くなら福岡だ。北九州でメダマになる施設と言えば、スペースワールドと、松本清張記念館しかないではないか(後者は違うというツッコミは聞かん)。地元の人間しか利用しないのが最初からわかりきってるのに、どでかい施設を作ったって無意味なのである。 人口流出が進み、既に政令都市の基準に達しなくなりつつあることから焦っているのはわかる。けど、鉄鋼業が駄目になっちゃった時点で、北九州市に未来はなくなったのだ。町というものが発展するためには、そこが他の町からも「必要」とされる何かがなければならない。福岡への対抗意識から、福岡のマネをしてみたところで、それはただの二番煎じではないの。誰が振り向いてくれるというのか。 例えて言うなら、今の北九州の狂乱ぶりは、男に捨てられ、ほかの女に走られてしまった女が、嫉妬に狂って、「ほら見てよ! 私の方があの女よりいいカラダしてるわ!」と前をはだけて見せてるようなものである。誰がそんなん見るかい。 自分たちが「捨てられた女」であるという客観的な事実から目を逸らしたって、立ち直ることはちょいと無理だと思うんだけどねえ。まずはつつましやかに、一人で生きていくことを考えた方がいいんじゃないでしょうか。
昨日、ウチに届いた「金払えメール」(厳密に言えば借金メールではなくて、「コンテンツの使用料を払え」って内容でした)、唐沢俊一さんのところにも届いていたようだ。 どうやら、サイトを開いてるところに手当たり次第に送りつけているもののよう。唐沢さんの本を読むとかしてその人柄を知っていたなら、こんなアホなメールに引っかかる人ではないと判断できるはずだし。 チャットでヨナさんが「百人のうち一人が引っかかればいいんですよ」と仰ってたが、そんなに率が高いものなんだろうか。
アニメ『成恵の世界』第5話「香奈花学校へ行く」。 このアニメも途中を見損なっているが、まだまだ見逃せない。まあ美少女ほのぼのラブコメではあるけれど、基本的に藤子F系の日常SFはできるだけチェックしておきたいのでねえ。『天地無用!』ほどにドギツクないところも「買い」だし。 でも、さすがに5話目ともなると1話ほどの作画レベルではない。別に体操服姿のときにどうしてチチ揺らしをせんのだ! とは言わんが、もちっと線が柔らかくてもいいんじゃないかと思うんである。
マンガ、関崎俊三『ああ探偵事務所』3巻(白泉社/ジェッツコミックス・530円)。 表紙は茜ちゃんの、恐らくはロリコン親父に対してはとてつもなく凶悪なポーズ。関崎さん、絶対昔、エロ雑誌で描いてた経験があると思うな。冒頭のテニス話は特に推理モノではない。っつーかこのマンガを推理モノとして読んでる読者ってあまりいないかもしれないねえ。私くらいか(^_^;)。実際、四分の一くらいはエロマンガだからなあ。 でも、今巻特筆すべきことは、流行りのミステリマンガのいい加減さに対して、ついに作者の怒りが爆発しちゃった描写が表れている点だ。 大学の卒業論文を手伝ってほしいという依頼を引きうけた妻木。ところがその卒論のテーマは「コミックスにおける探偵の表現について」。山と詰まれた探偵マンガを読むうちに、妻木が思わず漏らした述懐。 「人が次々死んで、戦争みたいでした。次々トリックを解いていく探偵たちがなんだかTV番組の『手品の種明かしスペシャル』でトリックネタ我がもの顔で暴露してるマジシャンに見えてきて」 もう、コナンだのキュウだのに聞かせたい言葉だよ(T∇T)。 で、コナンと言えば、コナンの脳内でしか解けない暗号ネタ(別名ナゾラーの謎々)ですが、もうこれに対する皮肉ネタも今回入ってます。妻木の「こんな暗合っわかってたまるかーっ!!」の絶叫も青山剛昌に聞かせてやりたい。 やっぱさあ、『コナン』とかに対して怒ってる人間って、たくさんいるんだよ。 それから、前半はロリコンオヤジ向けですが、後半は美少年背徳モノ、いけない女教師の放課後レッスンって話になってます(^o^)。 「授業中……あんな目で見ないで……先生恥ずかしいから」 「先生だって……僕のことよく見てたよね? でも僕は恥ずかしくなんてないよ? 嬉しいよ?」 そうかそうか、女教師ってそうやって落とせばよかったのか。ちっ、あのころこのマンガ読んでれば……。ああ、いやいや。〜( ̄▽ ̄〜)(〜 ̄▽ ̄)〜 そういう方面のオハナシが好きな人は、買ったらマルトクです。
マンガ、しかくの『爺さんと僕の事件帖』4巻(角川書店/アスカコミックス・デラックス/546円)。 小学生の推理モノだからと言って、『コナン』みたいにチャチにならないところが、このマンガのスゴイところ。作者が、子供たちの世界をこよなく愛しているからこそ、動機もトリックも不自然ではないミステリが書けるのである。 殺人や誘拐がなくたって、「事件」は少年たちの身の周りには一杯ある。オトナが見逃している、あるいは忘れ去っている断片。それを子供たちの好奇心の目は、見付け出さずにはいられない。子供は、自らの行動を抑制する術をまだ知らないから。 しかし、オトナたちがそれらの記憶を封印してきたのにも、口に出せない訳のあることだ。真相が明らかになったとき、子供たちは、何気なくそこにいるように見える大人たちが、深く、切ない心の傷を抱えて生きてきたのだという事実を知る。そして、その傷を抉り出したのが自分たちの心に巣食う悪魔だということにも気付く。子供たちは恐怖する。自らの心に。 子供たちの流す涙は、決して彼らの誰も救いはしない。悲しいことだが、それが事実だ。けれど、ただ一つだけ言えることがある。 その傷を得て、少年は、また一つオトナになるのだ。
「清か水求む」。学校のプールの水がいつの間にか抜かれ、プール開きが危ぶまれる事態に。このトリック、実行が可能っぽいから、これ読んだ子供たちは同じような動機でイタズラしちゃダメだよ(私も高校時代、このトリック考えたことがあったなあ。もちろん実験はしなかったが)。 関係ないけど、逸実たちの担任の「玄田哲明」って、やっぱり声優さんがモデルなのかなあ。 「閉鎖書架の神様」。 古本好きには嬉しくてたまらない一編。捨てられる寸前だった図書館の本。その中に隠されていた一枚の紙片。 「神の手蹟を無の本に隠す」。 実のところ、この「暗号」、古本に関する知識がないと全く解けない。 もしも、「作者と読者の知恵比べ」としてこの作品を捉えると、古本の知識のない読者は圧倒的に不利になる。しかし、ミステリの楽しみ方は、単に「知恵比べ」にのみあるのではない。子供たちが「知識」を一つ一つ手に入れて真相に近づいていく過程自体に、読者をして「知的興奮」にいざなう力が含まれている。そういう形式のミステリだってあるのだ。 「『コナン』素敵!」なんて喚いてる腐女子、これ読んでもまだコナンがカッコいいなんて言えるか。
余談。 小学五年生にして、逸実の愛読書は『�郢犂椹�人事件』に『ドグラ・マグラ』。なんていい趣味なんだろうねえ(^o^)。 小学生でそんなコムズカシイの読むのか、とか文句つけるヤツはモノを知らない。そういう発想自体が小学生をバカにしているじゃないの。もちろん「趣味の違いで」読まない小学生だってたくさんいるだろうけれど、読む小学生だっているんだよ。私がそうだったんだし(中学に上がったとき、校長先生が夢野久作の息子さんだったんで狂喜したんだから)。 読んだ当時はよく意味が取れなくたって、本ってのは人の心の中で熟成していくものだ。小学生のころから活字に慣れさせとけば、「オトナの」活字離れなんてことは起こりゃしないのよ。
2002年06月03日(月) 「八手三郎」は「やつでさぶろう」/『ふたつのスピカ』1・2巻(柳沼行)/『僕らのスーパーヒーロー伝説』(堤哲哉)ほか 2001年06月03日(日) 全集員合(←解る人には解るね)/『だめだこりゃ』(いかりや長介)
| 2003年06月02日(月) |
人間みんなどこか狂ってるけどな/『るくるく』1・2巻(あさりよしとお) |
夕べのチャットで、あやめさんから「高校時代の原稿とかホームページに載せないの?」と言われたのだが、私が当時書いてた小説というのは、悪魔くんが気弱な少年にとっついちゃう童話とか、病弱な美少年が蔵の中で耽美な妄想に耽る話を旧仮名遣いで書いたものとか、文芸部の仲間を全員モデルにして書いた館もののミステリとか、まあ、創作をしたことがあるものならば一度は通る恥ずかしい道の数々なのである。そんなん読んでもイタイばかりでとても面白いとは思えないんだがなあ。 それよりも、あやめさんが昔書いたというダークで陰鬱なSFっぽい小説を読んでみたいものである。だいたい世間というものはむさくるしい中年男の書いたものよりも、妙齢の美女の書いたものの方を好むものと決まっているのだし。
博多祇園山笠振興会が、昨6月1日、山笠期間中に男衆たちの詰め所に立てていた「不浄の者立ち入るべからず」の看板を撤廃することを決定したという。「振興会には「不浄の者とは女性を指すのではないか」という意見や問い合わせが寄せられていて、会長さんは「時代にそぐわない慣例は廃止する」といかにも進歩的なコメントを発表している。 ただちょっと気になるのは、この会長さん、「詰め所は精進を誓う男がいる神聖な場所。それを汚してはならないと言う意味で看板があった。女性を軽視していたわけではない」なんて言ってるのね。 じゃ、なんで今まで詰め所に女が入れなかったんだ? この「不浄の者」が「女」を指すってことは博多んもんにとっては常識だったはずだが。それに看板を外すのはいいけど、で、女が詰め所に入れるようになったかどうかってのは、記事には一切書かれてないのね。もし相変わらず「女立ち入るべからず」って実態が変わらんのだったら、看板だけ変えたって意味はないと思うが。
しばらく収まっていた顔面のチック、また再発。仕事を終えて帰宅すると途端に収まるから、やはり原因は職場の人間関係であろう。 というのが、例の心の弱い同僚の女性、ついに会議をすっぽかして帰っちゃったのである。もうあんたらと一緒の席にはいたくもない同じ空気も吸いたくないということなんだろうが、もちろん、会議の内容はその方の業務にも関わってくることであるから、このままほったらかしにするわけにもいかないのである。何より、今日の会議の内容を誰が伝えるというのか。もちろん、その役目は上司がやらねばならないことなのだが、ともかくこの上司との仲が最悪と来ている。 「藤原さんにはあの方も心を開いていらっしゃるようですから、お願いしては」 なんて発言も出るが、私の方はべつにアチラに心を開いた覚えはないぞ。なんだか知らないが、そういう心の弱い人ばかりが私に近寄って来て、勝手に親密になった気になり、こちらがちょっと忠告めいたことを言うと「裏切られたあ」と言って騒ぎ出すのだよ。そんな経験をこれまで何度したことか。 上司はちゃんとモノゴトの筋が判断できる人だから「いや、ちゃんと私から伝えます」と仰ってくれたが、これでまた一悶着が起こることは避けられないのである。 かと言って、上司に「あの人、いつかあなたを刺すと言ってますよ」なんて伝えられるわけがない。 ああ、結局、上司がその人に接触する前に、私がさりげなくその人をなだめておかなきゃならないのか。こんなことしてたら私の方が先にキレるかもしれないぞ。夜中、通りすがりのねーちゃんの前にいきなり飛び出して、「へへへへ、ええもん見せたろか」とか言って前をはだけたりするようになるのだ。そうなったら誰が弁償してくれると言うのか(何を?)。
仕事が遅くなって、帰宅は9時半。ホントに残業が増えたなあ。上司からは「あなたがいてくれて助かります」と労われるが、問題はこの調子で体力が持つかどうかだ。 一息ついて、メールボックスを開くと、「借金払えや、コラァ」という内容の身に覚えのないメールが来ていて萎える。ってのが、これが詐欺メールだってのがバレバレのシロモノなんた゛よね。私の宛名も書いてないし、「問い合わせは受け付けません」ってのも、なんでやねんである。一応、「ふざけんなボケエ」と返信。 あとでヨナさんとチャットしたときにこのことを話したら、「今、東京じゃ、詐欺メールが大流行です」とのこと。で、「実際にお金払っちゃう人も多い」とも。身に覚えのない借金を払う人がいるってのもちょっと信じられない話だが、案外、大家族だと、この手の詐欺に引っかかる人がいるのかも知れない。自分はそんな借金したことなくても、家族の誰かがナイショでとか勘繰ってね。 ……でも、もしも一人暮しなのに、うっかり払っちゃったってヤツがいたりしたら、それはまあ、すごく臆病過ぎるっつーか、お人よしっつーか、すごくさびしいヒトなのかもしれませんねえ(ちょっと言葉を濁してます)。
CSチャンネルNECOで、劇場版『エクスドライバー』を見ながら寝る。CGがどうにも違和感ありまくり。で、ナカミは『逮捕しちゃうぞ』未来版だしなあ。
マンガ、あさりよしとお『るくるく』1・2巻(講談社/アフタヌーンKC・各510円)。 なんかもー、男の子のウチにかわいい悪魔が押しかけ女房してくるという、ありがちの上にマンネリとワンパターンをトッピングしたような。なのにこれが面白いんだから、やはりマンガはアイデアもさることながら「職人の腕」が必要なのだよなあ、と実感。料理の仕方次第で、陳腐な材料も極上の味に、ってことだね。 いやもう、ヒロインの悪魔、るくちゃんのかわいらしさときたらもう。まあ黒髪のロングで目隠しがちのってキャラがもともと私の好みだってのはあるが、マジでいいキャラだよ。こういう絵をあさりさんが描くのも初めてじゃないかな。このキャラデザ一つ取ってみただけでも、あさりさんが一歩でも二歩でも自分のマンガを先に進めていきたいって考えてるのが伝わってくるね。 ああ、料理ヘタでもいいし悪魔でいいから、こういうるくちゃんみたいな子に……。イカンイカン。悪魔の囁きが(^o^)。 るくたち悪魔が地上にやってきた理由ってのが、「地獄はもう定員オーバーだから、これ以上、人間に悪行を犯されて地獄に来てもらっては困る」ってんだから奮ってる(一応、これにも元ネタはあるけど)。おかげで、やってきた悪魔がみんな「善行」を行ってんだからねえ(^o^)。おかげで一番パニクってんのが天使たちなんである。「悪魔がいいことをするなら、我々は悪いことをすればいいのだ!」って、違うでしょ(^_^;)。 ギャグのキレも昔みたくよくなってきたし、あさりさんの復調が嬉しい。できればこの物語、ハッピーエンドで終わってほしいなあ。
2002年06月02日(日) 天動説健在/『ブレーメン�供截慨�(川原泉)/『殉教カテリナ車輪』(飛鳥部勝則)ほか 2001年06月02日(土) レトロポリス/アニメ映画『メトロポリス』(2001)
| 2003年06月01日(日) |
再開シンクロ日記(^o^)/映画『あずみ』 |
あとからこの日記を読んでる人にはよくわかんないだろうけれど、実はつい2週間ほど前まで、この日記、1ヶ月以上も更新が遅れていたのである。 理由は要するに1回1回の書いてる分量がやたら長かったせいなのだけれど、それをあるときは数行ですっ飛ばして、なんとかこの2週間で追い付いたのである。まあグータラな私のことだからまた更新が遅れることもあるかもしれないけれど、そのときは温かく見守って下さいまし。
で、いきなり痴漢の話から始める(^o^)。 5月30日の夕方のこと、埼玉県の所沢市の路上で、自転車に乗った高校3年の女の子を、後ろから自転車で近づき、追い抜きざまにスカートの中に手を伸ばして触って逃げた寺西誠司容疑者(34)を、一緒に帰宅していた同級生の女の子が自転車で3.5キロにわたって追跡し、疲れ果てて「負けた」と観念した寺西容疑者を駆け付けた所沢署員に引き渡したというニュース。 その同級生はソフトボール部部員で、「体力には自信がある。自分は被害に遭わなかったが『女の敵』は許さない」と話していたとか。 実に拍手喝采、溜飲の下がる事件なのであるが、なんだかその情景を想像してみると、まんま昭和40年代の東宝喜劇のオープニングあたりに使えそうな気がして笑ってしまった。 まあ、痴漢さんはそうですね、当時の小島三児あたりに演じてもらって、追っかける女の子はデビュー当時の森昌子(^o^)。私は森昌子の主演映画が『どんぐりっ子』だけで終わっちゃったのがもったいないと思っていたので、もう一本くらい、こんな元気なソフトボール少女の(本人にソフトが出来るかどうかは別として)明朗快活青春コメディとか作ってくれてたらよかったのになあ、と残念に思っているのである。 いやね、あの当時って、アイドル映画は山口百恵主演の辛気臭い映画が多くってさ、それはそれで好きではあったけれど、もうちょっとカラッと明るいやつがないものかと思っていたのよ。これが更に10年経つと逆にアイドルのバカ映画が増えてくるんだけどね。 でも、実際のこのソフトボール少女、多分そんなに華奢じゃないんだろうなあ。二の腕とか多分すっげぇぶっといんだろうなあ。それはそれで喜劇になりそうだけれど。
某掲示板に某氏が「『マ○○○棒ラーメン』は美味い」と書いてあるのを見て驚く。人によって味覚に個人差はあるとは言え、四十年生きてきて、アレを「美味い」と言ってる人に出会ったのは初めてだからだ。 なんたってあの麺の歯応えがねえ、固く茹でると糸食ってるみたいだし、柔らかくするとベちゃベちゃして気持ち悪いし、細くて真っ直ぐなもんだから汁が麺に絡まなくて味がしねえし、百円足らずでとりあえず腹は充たせる以外に何の取り柄もない、そう思ってたもんで、「出前一丁」だの「チャルメラ」だの、縮れ麺が出たときにはあっさりそちらに移行したものである。 しかし考えてみたら、最後に棒ラーメンを食ったのはいつの日か。結婚してからはまず間違いなく食ってない。就職してからも記憶にない。学生時代にカネがなくて一回か二回は食ったか。ヘタすりゃ20年食ってないのである。 もしかしたらその20年の間に技術革新か何かがあって、マ○○○ラーメンも美味くなったのかもしれない、そう思って、試しに昨日、マルキョウに寄ったときに買ってみたのである。棚にはズラリと、味噌味だの九州味だのトンコツ醤油味だの、いろんな種類の棒ラーメンが並んでいる。いつの間にかこんなに種類が増えていたのだなあ。 そのうち、「醤油トンコツ味」を買って、今朝になって作って食ってみたのである。麺だけでは寂しいので、卵も入れてみた。 ところがである。 ……不味い。 固くて糸である。あんまり不味いので、もう一度茹で直して今度は柔らかくしてみた。 ……不味い。 ベちゃベちゃして気持ち悪い。マジで吐きそうだ。 なんだか20年間封印していた悪夢が蘇えったかと思うくらいに不味い。 味覚に個人差があると言っても、いくらなんでもこれはヒドすぎるのではないか。それとも私が食った棒ラーメンは某氏の食べたものとは別モノなのか。 ともかく作ったものは食わねばならぬ。 昭和30年代生まれは出されたものは残せぬようにインプリンティングされているのだ。 なんとか全部食ったのだがその途端に。 腹が鳴り出したのだ。迅速にして火急。先日、健康診断を受けたときにバリウム飲んで下剤飲んだが、そのときだってこんなにすぐには利いて来なかった。 痛みがハラにキリキリと走り出す。 あとはもう、レ・ミゼラブルである。 私は〜、かつて〜、この〜ような〜、悲惨な〜、光景を〜、見たことがな〜い〜♪ 便器、何日か前に掃除したのにまた洗いなおしちゃったよ。 考えてみたら、朝っぱらからとんこつ醤油ラーメンなんて濃いものを食ったのがよくないと言えばよくないのである。味覚だってまだ充分に働いてはいなかったであろう。 けれどたとえ夜だろうと、私はもう二度とマ○○○ラーメンは食わないだろう。多分一生。
朝方から頑張って日記の更新。 けれど、もう最近は記憶力がヘロヘロで、チャットで誰と何を喋ったかもすぐに忘れてしまっている。 過去ログを開くが、1000件以上表示されるはずが、重過ぎるのか途中でブツ切れてしまう。なんとか2、3日前の分まで開けて、ちょっとトイレに席を外したら、その間にしげが起き出してきて、勝手に消してしまっていた。 「なんで開いてたの勝手に消すんだよ!」 「消してないよ!」 何の気なしにやった行動はすぐに忘れてしまうのがしげであるが、ほんの数分前の自分の行動も忘れるのかこいつは。 「だってアンタがわざわざ過去ログ取って人の言質取って喜ぶようなイヤラシイやつだなんて思わんもん!」 「単に日記書くために見返してるだけだよ! メールならともかく、いちいちチャットまで保存しねーよ!」 二人で喧嘩してたはずなのだが、なんだか矛先は誰ぞに向かっているような(^o^)。まあ、チャットの記録は管理人は管理放棄してそのまま流しちゃいますんで、取っておきたい方は御随意に。ただし、しげから上記のような人間だと見なされます(^o^)。
『仮面ライダー555』『明日のナージャ』と見ているところによしひと嬢、ようやくお目覚め。 『金色のガッシュベル!!』にはなんとか間に合う。今日は原作にないオリジナルエピソードで、魔物の声を若本規夫さんがアテている。よしひと嬢、聞くなり「この声、『ツッチー』?」と呟く。何のことか一瞬わからなかったが、これが若本さんの愛称らしい。でもなんで「ツッチー」なのかよくわからん。 しげと二人で練習に出かけたあと、私は『鉄腕アトム』第9話『フランケン』を見る。絵コンテが出崎統。と思って見るとアングルとかいかにも出崎っぽい。ラストシーンは止め絵だし(^o^)。ストーリー自体は原作を大幅に改変。とゆーかまんま『われはロボット』みたいだけど。原作の「狂ったロボット」って設定はもう使えないんだろうなあ。
久しぶりに映画の日と休日が重なったので、天神東宝まで『あずみ』を見に行く。 11時の回を見るつもりが、なんと満席。 あまり芳しい評判も聞こえてこないが、結構ヒットしているのだろうか。映画の日だけの現象かもしれないが。次の回は2時半。仕方なく、それまで福家書店、ベスト電器を回る。 食事はこのあいだ入った天神コアのバイキングの店でカレーライス。ランチバイキングは品数が少なくて今一つ。やっぱりしげと一緒でないと、メインディッシュを注文できないのである。
時間を潰して天神東宝に行くと、また知り合いに会う。全くどうしてこう世間は狭いのか。 さて、肝心の『あずみ』の感想だが、悪評を聞いていたわりにはそれほどひどくはない。かと言っておもしろいかどうかというと、やっぱ、ビミョー? まず、あずみ役の上戸彩が原作みたいに脱がないしなあ。いや、これは意外と重要だと思うんですぞ。私は原作の小山ゆうさんの絵って、はっきり言って下手だと思うんだけど、女性のヌードだけは上手いなあと感心してるんで。 ストーリーはメリハリのない原作のエピソードを順序を入れ替えうまく張り合わせた印象。その過程で、豊富秀頼とあずみの恋愛は完全にカットされた。原作ファンは怒るかもしれんが、あんなエピソードは要らん。 一番の改変は「果たして正しいのは本当に徳川の方か?」という疑問が一切描かれない点にある。もっともそれやっちゃうと、話が終わらないから仕方ないんだろうが、原作の根幹を成してると言ってもいいこの設定がカットされたことで、原作と映画は全くの別モノとなった。あずみはあくまで「使命」を疑うことなく、刺客の道を行くのである。 ある意味、ヘンな思想が入らなくて物語としてスッキリはしてるのだが、やっぱ役者がみんなド大根だからなあ。脚本家も時代劇をあまり書いたことないんだろうけれど、なんだよ、「それってカッコいいじゃん」なんてセリフは。 若い連中に、時代劇の登場人物らしさを演じることが全然できていないのは致命的だと思うんである でも最上美女丸役のオダギリジョーの怪演はよかったね。あずみたちとの対決がなんとなく『クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望』の吹雪丸対股旅猫之進に似てるのは気になったけど。
帰る途中、晩飯は「金龍」で。ついうっかりまたカレーライスを頼んでしまった。ハラを壊したというのに何を食っているのかね。案の定、帰宅したらまたトイレに駆けこむハメになる。 しげは仕事に向けて仮眠中。おかげで鴉丸さんにイラストをもらえたかどうかも聞けやしない。 ようやく8時過ぎに目覚めたので、風呂場で髪を洗ってやる。一人で映画に行ったお詫びでもあるのだが、こういうことすると、しげ、すぐに、私が何か企んでるのだろうかって疑うんだよなあ。10年以上も一緒にのたくってて、今更なにを疑うのかね。
夜、しげが仕事に出かけたあと、あやめさんとチャット。あやめさんの恥ずかしい話を一杯聞く。 とこう書くとアチラの話かと疑う人もいるだろうが、あやめさんが昔書いた小説のことである。筋を聞くと面白そうなのでホームページに載せたいのだが即座に固辞される。惜しいなあ、ホントに面白そうなんだけどなあ。
夜中、11時を回って愛上嬢が、先日録画してあげてたなんたかよく知らないがサッカーの試合のDVDを取りに来る。 それはいいのだが、つい二、三日に録ったはずのDVD‐Rがどこにあるか見つからない。ようやく部屋の隅に落ちていたのを発見するが、そのときには愛上嬢、このホームページを見るのに熱中していた。 そのあとプライベートな面白い話もいろいろ聞けたのだが、これはもうとてもここには書けないのだった。悪しからず。しかしみなさん、いろいろと楽しい人生を送っているねえ。
よしひとさんから訂正がありました。若本さんの愛称は「ツッチー」ではなくて「ツッキー」だそうです。若本「規」(ツキ)夫だからだとか。 でもどうして「のリリん」でないか、疑問は残りますなあ。
2002年06月01日(土) マトンウォーズエピソード0(^o^)/『ボンバーガール』1・2巻(にわのまこと)ほか 2001年06月01日(金) あえて美人殺しの汚名をきて/『「彼女たち」の連合赤軍』(大塚英志)
| 2003年05月31日(土) |
追い込み日記/サボっていた男 |
朝から久しぶりに通院。前回から数えてみるとほぼ半年ぶりではなかったか。 サボるにしてもほどがあるというものであろう。 案の定、主治医からはキツク叱られる。クスリの効果があったかどうかも、これだけデータが飛んでいてはわかるものではない。来月はちゃんと通院することを約束する。
帰りにマルキョウで買い物。トイレットペーパーがなくなっていたので、まずはそれを買うが、食料も大量に買い込む。カレーやスパゲティなど主に非常食であるが、月末はたいてい非常事態になるので必要食となるのである。
しげは夜、仕事があるので、風呂に入って寝る。 私は買い置きの弁当を昼飯にして、あともうちょっとで追いつく日記の更新。鍋屋さんに頂いた『キノの旅』のDVDをやっと見る。未見の2話、3話、どちらもよく出来ている。キノに撃ち殺されたウサギの作画が悲壮感漂う見事なもの。もちろんこれは「人間の命も動物の命も等価」と見る者に認識させるための演出であろう。……やっぱこれ、DVDを買わないとなあ。
よしひと嬢、夕方より来訪、先週に続いてのお泊まりである。 今日は、ミッシェルガンエレファントのコンサートを見に福岡まで来られたのだが、最近のバンドはどんなものだか私にゃよくわかりません。 先週はお疲れだったので何のDVDも見せられなかった。今日は『カレイドスター』『キノの旅』などをお見せする。
定例チャットはヨナさん、鍋屋さん。 ようやく鍋屋さんと『キノの旅』の話が出来る。予想はしてたが、原作ファン、アニメファンとの間で、『キノ』の人気は賛否両論、分かれているそうな。再はあるが、結構よく出来てると思うんだけどなあ、アニメ版。
マンガ、丸川トモヒロ『成恵の世界』4・5巻。 もしかして私が成恵にハマったのは、彼氏がオタクでも気にしないココロの広さゆえであろうか。嫉妬心は強いけど、まあこれは女のアクセサリーのようなものであろう。ただ、私には彼女にコスプレさせて喜ぶ嗜好はないのである。念のため。 それにしてもパンチラの多いマンガだな、これ。わざわざ八木ちゃんオトナにしてまでパンチラ披露するかね。中学生のままじゃダメなんか(そっちは成恵の専売特許とか?)。 えーっと、それから超ナマイキな人気声優「貝柱きりり」ちゃんって、なんかモデルがいるような気がするんですが気のせいでしょうか。「きりり語」使ってるあたりからの勝手な推測ですが、間違ってたらすみません。
2002年05月31日(金) 病気はハンデじゃないってば/映画『スパイダーマン』/『ミステリー民俗学者 八雲樹』1巻(金成陽三郎・山口譲司)ほか 2001年05月31日(木) 多分まだ20世紀は終わっていない/DVD『なぞの転校生�供�
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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