無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年11月01日(金) そう言えば「丹」ってのも何だか知らない/舞台『空飛ぶ雲の上団五郎一座 アチャラカ再誕生』/『聞く猿』(ナンシー関)ほか

 福岡の岩田屋が伊勢丹に売却されたのに続いて、経営破綻していた旧小倉そごうにも伊勢丹グループが後継テナントとして入ることになりそうだと言う。元気がいいなあ、伊勢丹。伊勢の人間に九州人が負けるってのはちょっと業腹で(とかなんとかテキトーなこと書いてるけど伊勢丹って地元はどこだ。「伊勢」ってついてるから勝手にそう思いこんでたけど、ホントに伊勢か。もしかしたら「伊勢」って人の名字かも)地元ビイキの身としてはちょっと悔しくはあるのだが、無理な経営してた様子は傍目から見てもハッキリしてたから、今更どうにもしようがない。
 老舗の百貨店(あまりデパートって言葉、ピンとこないのよ)の経営破綻を聞くたびに思うのは、こいつら「企業努力」って言葉の意味、なにも考えてないんじゃないかってことだ。
 不況なんだよ、今。しかも戦後未曾有の。
 薄利多売じゃなきゃ客が来ねえってこたぁ、サルでもわかりそうなもんだ。
 それをなんでまた、こんなん誰が買うんだって高級品ばかり並べてやがるかねぇ(この場合の「高級品」というのは、例えばスーツだったら2万円以上のレベルである。自慢じゃないが、ウチにあるスーツで2万を越してる服なんて、一着もないぞ)。
 岩田屋とそごうはその点でよく似ているのである。見た目は確かに派手なんだけど、中にいても庶民には買うものが全くないのだ。庶民がモノ買おうってときには千円二千円、へたすりゃ百円二百円の単位で買うか買わないか迷うって感覚が、岩田屋やそごうの経営者たちにはないのな、基本的に。
 そこんとこがわかんない限り、伊勢丹が入ろうが状況は変わらんと思うのだが、駅前の一等地にあるってえのにそう何度も百貨店潰してたら、街そのものがさびれてくぞ。いいのか小倉人。


 CSキッズステーションで『プリンセスチュチュ』12.AKT「闇の宴」。
 よく見るとサブタイトルに“Sheherazade”とあるが、これはリムスキー・コルサコフのオーケストラ曲から(と言ってもパッとメロディーが浮かんでこない。私のクラシックに関する知識なんてこんなもんだ)。
 もちろんその名はアラビアンナイトの語り手、シェヘラザード姫のこと。「卵の章」もあと1話ってことで「お話の本当の語り手は誰?」って意味でつけたサブタイトルなのかな。それは果たしてプリンセスチュチュかクレールか。

 ドラマは一気に畳みかけるように展開、これまで秘密にされてきた事実が登場人物たちの前に次々と明かされていく。るぅはあひるとふぁきあの目の前でクレールに変身して見せ、ショックを与える。
 再び心を失ってしまったみゅうとを連れ去ったクレールを追って湖へ向かったふぁきあは、自分になついていた鳥のあひるが人間のあひるであり、プリンセスチュチュであったことを知る。
 そして全ての謎が結末に向けて流れていくのを心の底から楽しんでいるドロッセルマイヤー。彼に「エル・ドロッセルマイヤー」と呼びかけ、「舞台」を用意させるクレールの真の意図は何なのか?

 盛りあがって来てるなあ。\(^^\) (/^^)/ア、ソレソレソレソレ
 クレールが登場してきてからはそのカッコよさ(セクシーだけどいやらしくなくて凛々しいのよ)にシビレてたのだけれど、それに対抗してか、今話ではついにあひるもヌードをご披露。いや背中だけだけど、ただの清純派ではなかったのだね(* ̄∇ ̄*)。なんたって今話は鳥のあひるの姿からして色っぽいくらい作画にリキが入っている。
 可愛い絵柄でスマートな線だけれど、どんな清純なキャラにもセクシーな魅力を醸し出してる伊藤郁子のキャラデザインは、もっと評価されていいと思うな。心をなくしてるときのみゅうとなんて、完全にジュネの世界のキャラだし。
 私やしげはムチャクチャ盛り上ってるのだけれど、なにしろCSでの放映だから、世間の反応はそれほどでもないようで残念だ。見てる人がいればあちこちに宣伝してほしいくらいなんだけどねえ。
 DVD発売のニュースもまだ流れない。出れば絶対買うのになあ。特典映像を作るのに手間がかかってるのだろうか(^o^)。


 WOWOWで舞台『空飛ぶ雲の上団五郎一座 アチャラカ再誕生』を見る。
 ちょっとWEBサイトに載ってた紹介文を引用してみよう。

 日本演劇界を代表する喜劇作家陣が集結。強力タッグを組んで新しく一座を旗揚げした!「東京ならではの笑い」を目指し、いとうせいこう、井上ひさし、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、筒井康隆、別役実といったそうそうたる人気喜劇作家達が脚本を書いた「空飛ぶ雲の上団五郎一座」。東京・ラフォーレミュージアム原宿で行った、たった5回の公演から8月25日のステージを放送。'69年にイギリスで生まれたコメディ番組「空飛ぶモンティ・パイソン」的不条理テイストと、榎本健一(エノケン)や三木のり平が作りあげた昭和の東京喜劇の「アチャラカ」のスタイルを合体。21世紀の新しい笑いとしてステージに復活させた。ちなみに「雲の上団五郎一座」とはエノケンが座長の東宝アチャラカ喜劇の傑作舞台だ。
 出演する俳優陣も豪華! 劇作家の三谷幸喜をはじめ、くりぃむしちゅー、YOU、住田隆、中村有志、深沢敦などが登場。アドリブ満載のドタバタ劇でありながら、緻密な計算と高度なセンスが要求されるクオリティの高いステージが繰り広げられる。コントと演劇の要素が混在した新しい笑いは見逃せない。

 まあ全然つまんなかったとまでは言わないが、この「新しい笑い」って惹句、やたら使われてるけど、コントも演劇も伝統の上に成り立ってるものだし、ましてやアチャラカなんてもう何十年も前の過去の遺物なんだけど。温故知新とでも言いたいのかね、この解説氏は。
 「喜劇」が滅びることはないが、「アチャラカ」は滅びた。
 それは「アチャラカ」が時代と風土に拠って立つものだったからで、恐らくそれは昭和45年のエノケンの死とともに滅びたのだろう。ほんの数年前まで、三木のり平や由利徹は生きていたが、散発的なものではあえて「アチャラカ」と呼ぶこともなかったし、彼らの芸をそう認識している人間もいなかった。
 私は舞台『屋根の上のバイオリン弾き』で、森繁久彌と益田喜頓の「アチャラカ芸」の片鱗を「見た」が、だからと言ってあの芝居をアチャラカだとは誰も呼ぶまい。そういうことである。
 「滅びた」ものは、「再誕生」もしない。「アチャラカ再誕生」なんて意気込みは評価してもいいけど、結局はごく普通の「ちょっと笑えるかも? なコント」がそこにあるだけである。
 頭に「空飛ぶ」をつけたのはモンティ・パイソンを意識してるのだけれど、どうしてこう、借り物ばかりしてきますかね。しかもどこがモンティ・パイソンなんだかよくわかんないんだもん(-_-;)。

 エノケンの舞台『らくだ』を私は当然見ていないが、今に残るスチールのほうが、今回の『らくだ』よりもはるかに面白そうに見えるんだよね。役者がみんな突っ立ってるばかりで体技が伴っていないのだ。喜劇役者の体技ってのは「こいつが次にどんな動きをするか」ってのを期待させなきゃ話にならんのだよ。
 役者がみんなダブルテイクを見せるところも(あの、一度ものを見てそのときはやりすごし、もう一度見て驚くというやつね)、明らかにヘタクソな三谷幸喜のヤツにまで観客が笑うのを見てると、アチャラカだけでなくて客も死んだのだなと思わざるを得なくて、情けないを通り越して自殺したい気分になってくる。
 なにがヒドイって、役者としては相当ブランクがあるはずの三谷幸喜が、現役であるくりぃむしちゅーより遥かに上手いのである(-_-;)。キュリーに扮した三谷幸喜が「なんでオレのことをキュリー夫人のご主人って呼ぶんだよ! おかしいだろ!?」と叫ぶシーンは確かに三谷幸喜が演じているからこそ笑えた。……この脚本はいとうせいこうさんじゃないかなあ(っつーか笑える脚本は全部いとうさんじゃないかって気がしてくる。明らかに筒井康隆作と思える『アルカイダの伝令』は全く笑えなかった)。
 ともかく役者の芸の質に落差がありすぎるのが見ていてツライ。見られるのはいとうせいこう・中村有志・深沢敦くらいのもので、あとはシロウトに毛が生えた程度。本気で喜劇をやろうと思うのなら、「自分の肉体をどう見せるか」ってことくらいは考えてほしいもんだ。
 あ、あと美術にしりあがり寿さんやなんきんさんが参加してたな。でもあまり印象に残りませんでした(^_^;)。


 ナンシー関『聞く猿』(朝日文庫・546円)。
 『小耳にはさもう』シリーズの第3弾。
 ご本人が「ケビン・コスナー似なかった。スマン」と謝ってるが、大丈夫。他のも全然似ていない。大槻キョージュと橋田壽賀子がおんなじ顔にしか見えないし、多分名前を隠して人に見せたらそのうち半分は「これ誰?」ってことになると思う。消しゴム版画なんてアホなことやる人、他にいなかったからよかったけど、普通の版画だと思って見たら中学生の作品と変わんない。ナンシーさんのコラムは好きだが、版画技術まではちょっとなあ、というのが私の印象なのである。
 そう言えばたくさん彫ったであろう消しゴム、今はどうなっているのだろうか。劣化が激しかろうから保管には手間がかかると思うのだけれど。

2001年11月01日(木) ヒミツな情報/アニメ『ナジカ電撃作戦』4話/『クラダルマ』5・6巻(柴田昌弘)
2000年11月01日(水) 夢で他の女と会うのも浮気なんて言うなよ/『文鳥』(夏目漱石)ほか


2002年10月31日(木) 食い損ねた話/『あたしンち』8巻(けらえいこ)/DVD『ジャングルはいつもハレのちグゥ デラックス』3巻

 漫画家の蛭子能収さんが、映画監督に初挑戦するとか。
 作品は自ら脚本を書き下ろしたという『諫山節考』。深沢七郎かい。
 ほんの二十分ほどの短編で、来年2月に上映会をちょっと開いたら、すぐにDVDとして販売するそうな。映画と言うよりVシネマっぽいけど、まあ大ヒットする類のものじゃないし、こういう売り方も仕方ないんだろう。
 物語は、世間の常識を自分だけ知らないことに苦悩するサラリーマンの姿を描くもの。一見、そこには蛭子さん自身が投影されてるようだけれど、どっちかというと、その「常識」の下らなさに対する蛭子さんの怒りが現われる作品に仕上がるような予感がある。こないだなんのテレビ番組だったか、蛭子さんが高級料亭のオカミから「蛭子さんみたいな客は入れない」とか言われて、本気で怒ってたたものなあ。
 出演はベンガルに神戸浩。こういうクセのあるキャスティングも面白い。結構な拾い物になるんじゃないかとは思うけれど、セルオンリーでもそうそうヒットするとは思えない。奇特な方、どうか買ってあげてくださいな。


 今日は職場で式典だの祝宴だのがあったので、仕事は休み。
 と言っても忙しいのに変わりはないのだが。
 なんだかよくわからんが、「引き」があって、撮影係に任命される。おエライさんたちのスピーチを撮影しといてくれってことなんだが、「ビデオカメラはどこですか?」と聞いたら、「ないよ?」の返事。
 ……ないって、あーた、それでどうやって撮れと(ー∇ー;)。
 しかたなくウチからソニーのデジビデを持ってくる。雨ン中式典会場の外観まで撮りましたがな。ずっと撮ってたんで、いざ食事をしようと思ったら、もう殆どの料理は食べ尽くされていたのでありました。トホホ(T.T)。


 マンガ、けらえいこ『あたしンち』8巻(メディアファクトリー・897円)。
 あ、『あたしンち』の「ン」ってカタカナだったんだ。今まで意識してなかったけど、もしかしてこれまでの日記の中で「ん」にしてなかったかな。
 アニメの方もたまに見てるけど、もう印象は平山綾の『威風堂々』と、渡辺久美子の「じょ・お・ね・つの赤いバラァー♪」に尽きるなあ、と思ってたら、今巻の表紙でお母さんバラくわえてフラメンコ踊っててオビにもしっかり歌詞が(^o^)。
 ちゃんとJASRACに申請してるみたいだが、ってことはこれ、元歌があったのか!? てっきりけらさんのオリジナルだと思ってたんだけど。ネットで検索しても『あたしンち』以外の記事にヒットしないしなあ。もしかしたらちょっと歌詞を変えてるのかも知れない。
 中身についてはいつもの『あたしンち』なんで、特にどうこう言うことはないりだが、私の密かなお気に入りキャラ、ユズヒコの友達の石田さんが、成績が悪くてちょっとばかしチチがあることが判明。これってちょっといい話だと思いませんか(どこがや)。


 DVD『ジャングルはいつもハレのちグゥ デラックス』3巻。
 ……『ハレグゥ』シリーズ中最高傑作じゃねーか、この巻。ときにはちょっとギャグの押しが足りないかなあ、と思っていた回もあったが、今巻はもう誰も水島演出に歯止めをしようと思わなかったのではなかろうか。
 illusion�后峭�くて硬くててらてら光ってて暗くて狭くて湿ったところが好きなわりに速いせーぶつ」……ってアレのことっスけど、役名も「アレ」。声優は櫻井孝宏さんと矢島晶子さんだ。いやあ、矢島さんもアレまで演じてしまうとはホントに演技の幅が広いよなあ(^o^)。
 家でハレがテトリス(^o^)をしていると、いきなりフランス語で「アレの気配はふいに感じ取れたりするものだ」とナレーション。なぜフランス語? と全く意味のないところがまずよろしい。画面も意味なく映画チックにワイド。
 グゥがアレを人間化してハレを恐怖に陥れる展開は原作どおりなのだけれど、ともかく作画がいい。特にグプタの妄想「ときめきメモリアル」はこれで一本別アニメ作ってほしいくらいハイレベル。シンエイ動画でチチゆらしが見れるたあ思わなかったな(#^_^#)。元に戻ったアレの動きも細かいが、さりげないけれど作画陣に実力がなきゃとても描けないものだ。つーか、これだけの技術をアレの動きに使うってか(^_^;)。
 「好き好きおじいさんバーサーカー」……ダマ婆さん全開(~_~;)。
 婆さん追う!「生ませろぉぉぉぉぉぉ!」ハレが逃げる!「人間じゃねぇぇぇぇぇぇ!」
 あーもー、コメントのしようがありまへん(~ー~;)。
 ……今回ホラー二本立てか?

2001年10月31日(水) すみません、ちょっと疲れてます/『蝙蝠と蛞蝓/睡れる花嫁』(横溝正史・児島都・長尾文子)
2000年10月31日(火) 母さん、もうすぐ側に行くよ


2002年10月30日(水) DNAに値段ってあるのか/『源氏物語』第弐巻「帚木」(紫式部・江川達也)

 早稲田実業学校中等部で、50代の男性音楽教師が、パソコンの授業中に、知りあいのキャバクラ嬢(当然知り合い程度ではあるまい)と、えっちな内容の私用メールをやりとりしてたそうな(何を考えてまたそんな時に)。しかもアホな話なのだが、ついうっかりと誤って、生徒用のパソコン画面にこのメールを送信してしまったとか。
 まーねー、イマドキはねー、おカタイ仕事のヒトたちだって遊びたいんだろうしねー、キャバ嬢やソープ嬢とメールのやりとりするのも普通なんだろうけれどねー、昼日中から職場でやるのかねー。これもスリルを味わう感覚なのぉ? しかも、その中身というのがもうどうにもトホホでねー。
 教師「君のキスに遊ばされました」
 キャバ嬢「50代のお客様は初めてで緊張しましたけど楽しかったです」
 ……はあ、遊ばされたんですか。どんなキスだか知らないけれど、よかったですね。
 この教師、日頃「女の子ばかりに歌わせて『口が開いていないなー』と口の中に指を突っ込んで」きたり、フーゾク店への出入りを生徒に目撃されて「ソープ」と仇名で呼ばれてるそうだが、50も過ぎてまだそんなに自分の情欲をおさえきれんのかなあ。ちなみにこの教師、既婚者でムスメもいるそうである。そこまで抑制が働かないのなら、ムスメも危険じゃないのか(-_-;)。
 授業はもちろん大混乱になったらしいが(だろうな)、その後の生徒たちの対応が凄まじい。
 翌日には早速、「あの○○の話聞いた!?」「授業でキャバ嬢とのメールがパソコン画面に!」「メアドがkiss me againだってよ!」と煽って、その中身をコピペして伝えてったとか。ご丁寧にメールの最後には「このメールを見た人は知り合いの早実生5人に送って! マジ話です」と付け加えたために、あっという間に多数の生徒に知れ渡ることになった。不幸の手紙より伝播スピード速かったろうな(^o^)。いや、まさしくそのエネルギーっつーか、パワーには感心しちゃうね。
 教師の倫理感はもう今更どうこう言うつもりはない。所詮、サルまねしか能のない人種だし、日頃から抑圧されてたんでしょうねえ。どっちかっつーと、騒動に巻き込まれたキャバ嬢の方により同情しちゃうね。「私のせいでごめんなさい」とか責任を感じてたりしたら、可愛そうだよな。
 もちろん、生徒も抑圧されてるから、こういう教師のスキャンダルがわかると喜んで騒いじゃうんだろうが、イマドキの若者は元気がないとか言ってるのはどこの世界の話かねって気になってくるね。他人のスキャンダルを楽しむなんて不謹慎だ、と言って眉を顰めるのは簡単だが、世の中を動かしてくのは往々にして不謹慎なエネルギーだったりするものだ。世の中キレイゴトだけじゃない、ということは中学生だってとっくに知っている。今回の件は彼らにとって実にいい社会勉強になったのではなかろうか。
 男性教諭は一応、2週間の授業停止と自宅待機を命じられたそうだが、正式処分は後日になるとか。まあクビになる可能性が高いと思うけれども、世間に解き放って自暴自棄になってヘンなことされるより、どこかの施設に閉じこめて、「これがあのパソコンエロメール教師ですよ」と観察できるようにするってのはどうか(^o^)。
 もう一つマヌケなのは、溝渕日出世事務部長のコメント。「教諭には教諭用パソコンを私信に使わないよう注意しているが、もっと厳しく注意したい」。
 そういう問題かよ(-_-;)。


 晩飯はガスト。
 ここのディスプレイ、“プラスe”と言うんだそうである。タッチパネル式の液晶ディスプレイで、通信衛星を使った情報配信システムなんだけれど、一回遊ぶたびに50円だの100円だの料金を取られちゃうので、ケチなしげはあまり遊びたがらない。私はこういうのは大好きなんだが。
 ほら、昔、デパートのレストランなんかに必ずおツマミ用のピーナツの入った機械(何て名前なんだあれ)置いてたじゃない、子供時分はあれ、必ず食ってた口なのよ。……今はもう全く見かけなくなっちゃったなあ。置いてるとこまだどこかにあるのかなあ。星座占いの機械はまだ見かけるよね? あれもしょっちゅうやってた。
 さて、いつものようにしげは画面をろくに見ようとしないが、私は何か面白いものはないかと「バラエティ」とか書いてあるコンテンツを開いてみる。
 「……おい、これ面白そうだぞ。『DNAの値段を計る』んだってさ」
 タイトルは『りょー子先生の診療室』。いかにもいかがわしげなタイトルで、どうしても松坂慶子の『夜の診察室』を連想しちゃうな(そんなのはお前だけだ)。しげも『DNA』ってとこに興味を引かれたらしく、珍しく「一緒にやってもいいよ」と言う。
 開いてみると、雑なポリゴンキャラで白衣のねーちゃんが現われる。なんかあまり面白そうじゃないな、と思ったが、「あら、いらっしゃい」と喋る声を聞いたら、これがなんと井上喜久子! エレクトラさーん♪(〃∇〃) ☆(普通はベルダンディーかな)
 いきなり「名前を入力するのが遅いわよ!」と叱られてしまう。どうやら「おね〜様に叱られながら占ってもらう」というコンセプトらしい。そのあとも問診に答えるたびに、「彼女と一緒に来てるの? つまんないの」とか医者がそんなこと言っていいのかって感じの返事が返って来る。これはあれだな、一人で来てたりしたら「彼女もいない寂しい人生送ってるのね」とか毒づかれるんだろうなあ。なるほど、一部のシュミの偏ったオタクに受けそうだ。……ってファミレスにこんなの配信するのか(^_^;)。
 結局私は「ビンゾコメガネタイプ」と診断されて、DNAの値段はほぼ400万円。これが高いのか安いのか分らないが、しげがやったら165円(誤字ではない)だったので、やっぱりそれなりには高いんだろう。
 でも、しげって、この手の占いで人間的な価値を評価されたことってないよなあ。やっぱり誰もが認めるカスってことなんだろうな(^o^)。


 マンガ、紫式部原作・江川達也漫画『源氏物語』第弐巻「帚木」(集英社/YJC−UJ愛蔵版・980円)。
 「オールマン」から「ウルトラジャンプ」に掲載誌が移ってたんだなあ。事情はよく分らんけど。
 「帚木」は今なら「ほうきぎ」あるいき「はわきぎ」と読むところだろうが、「母」との掛詞に使われることも多いので、「ははきぎ」と読んでほしいところである。フリガナもちゃんとそうなってるのだが、本編中、「帚」に「はは」と振って、「木」に「きぎ」と振ってるのはどうしてだ。「帚」に「ははき」と三文字振れはずはないんだが。
 表紙に藤壷が出てるけど、この巻には出番がないはずなのに、と思ってたら回想シーンでの登場であった。「帚木」って女の品定めの話だから、楽しい人には楽しいけれど、つまんない人には全然退屈な話なので、ちょっした彩り程度でも、藤壷出しとこうってことなんだろう。源氏の正妻・葵上もやっぱりちょっとだけ出演。
 けれど今巻のメインのヒロインは何と言っても次巻にも引き続き出演する予定の「空蝉」である。光源氏にとっては初めての人妻との不倫なんだけれど、原作ではさほどのご面相でもない空蝉を江川さんは小柄だけれど艶めかしいオトナの女として描いている。キャラクターによってスタイルも描き分けようとしている姿勢もいい(ただ、左馬頭を馬の顔に描くセンスはちょっとなあ)。
 けれど、このマンガの一番のネックは、多分誰もが指摘してると思うが翻訳のヘタさだ。いや、一生懸命現代人にも感覚的にピンと来るようにしようとしているのはわかる。けれど、如何せん、人間のコトバになっていない。
 「あなたの言うそのどの身分がどうだとかってことをまだわからない初めてのことなんです。というか……私のことをそこらへんの普通の男達と一緒にならべて想像していらっしゃるあなたこそヒドい。自然と耳にしたりしてるでしょう私のこと……。私が意味もなくわきあがる情欲にはまったく従わない人間であることを。前世からの運命でしょうか、本当にこのような私の非難されても当然の心の迷いを、私自身も不気味に感じるくらいまで強烈に……あなたのことを」
 ……日本語か? これ。こう言ったあとで空蝉とヤるんだけれど、こんな言語不明瞭な人間に犯されながら感じるというのは空蝉もなかなかのヘンタイ趣味ではなかろうか(ちゃうって)。
 原作の言葉になまじ忠実な訳をしようとするから失敗する。誰も江川さんに与謝野晶子や谷崎潤一郎を求めてはいないんだから、敬語も気にするこたあない、意訳でいいじゃん。
 「身分がどうのって……何なんですか? それ。私が、そんなことを気にする男だとでも? 聞いたことはあるでしょう? 私のことは。これでも理性はあるつもりです。興味本意であなたを抱きたいわけじゃない。運命だって……そう信じてるんです。もしかして、あなたはそんなふうには感じてないかもしれないけれど……私は自分の運命に逆らおうとは思いません……」
 せめてこの程度には訳せないものかね。……江川さん女性を口説くのヘタそうだもんなあ。大塚ひかりさん、監修に付いてるんでしょ? 何とかしてあげてよ。
(訂正 偉そうな口を利いてしまいましたが、大塚ひかりさん御本人から、「監修には付いていない」旨の御指摘を頂きました。単行本で江川さんと対談されていたので勘違いしてしまったのですが、全くの事実誤認ですので、ここに訂正させていただきます。江川さん、大塚さん、お二方ほか、関係者各位には多大な御迷惑をかけてしまったことと思います。まことに申し訳ありませんでした。)


 巨人の2年ぶり20回目の日本一のニュースを見ながら、親父は多分、今頃お袋を思い出しながら酒でも飲んでるんだろうな、と苦笑。
 原辰徳の熱狂的なファンだったお袋は、彼が選手引退した1995年に死んだ。阪神大震災やらオウム真理教事件やら、すさみまくった世相を目の当たりにした末の原引退だったから、お袋にはそうとうショックだったろう。
 もうちょっと体を大事にして、長生きしてくれてたら、こんな楽しいニュースも見られたのにな、なんてことを考えていると、お袋が今でもどこかでこのニュースを見ているかも、とかいうこともふと考えてしまうのである。もちろん死後の世界や霊魂の存在を信じているというわけではないのだが。

2001年10月30日(火) ベランダでフラメンコる女たち/『狼には気をつけて』3巻(遠藤淑子)ほか
2000年10月30日(月) 仕事がたまっているのに眠いぞコラ/ドラマ『名探偵金田一耕助・トランプ台上の首』ほか


2002年10月29日(火) A fluit of “H”/舞台『Bad News ★ Good Timing』/『超少女明日香 学校編』1巻(和田慎二)

 TBSが昨日、ビートたけしの短編小説集を映像化したドラマ『少年』を制作すると発表。中身は「ドテラのチャンピオン」「星の巣」「おかめさん」の3本立てオムニバスとなるそうで、これはちょっと見てみたいかな、と思ったのだが、問題はそのキャストである。
 主人公は3作品とも子役が演じるが、「ドテラ」に武田鉄矢と所ジョージ、「星の巣」にはたけし本人と豊川悦司が脇役で出演とか。これを報道ではどこでも「豪華キャスト」とか「大物キャスト」とか言ってるのである。
 えーっと、「大物」って、誰?(ー∇ー;)
 いや、私は別に武田鉄矢や所ジョージやトヨエツをバカにしたいわけではないよ。でも、このキャストを「大物」と呼称して、それを世間が納得すると思ってる感覚はいったいいつから誰が言い出したことなの? というか、そんな表現は今回が初めてで、「言ったモン勝ち」で押し切ろうというTBSの謀略(^o^)ではないかと思うのだ。
 一応さー、「大物」ってのはさー、演技力が高く評価されてるとか、主役何本も張ってて、その評価が高いとか、スター性があるとか、演劇界の重鎮であるとか、いろんなイメージがあると思うわけよ。
 で、例えば武田鉄矢の演技がうまいか?
 主役は確かに張ってるよねえ、『思えば遠くへ来たもんだ』とか『刑事物語』とか『プロゴルファー織部金次郎』とか『博多ムービー ちんちろまい』とか。『ちんちろまい』以外マトモに見てないけどな。テレビの『3年B組金八先生』を代表作と考えても、さて「大物」感は伝わってくるかねえ? 「日本映画の代表作を1本選べ」と言われて、あなた、『ちんちろまい』を選びます? 私は選んでもいいけど(^o^)。
 所ジョージの出演作って、私、『下落合焼鳥ムービー』と『まあだだよ』とテレビの『私は貝になりたい』しか知らないんですけど(『キッドナップブルース』にも出てたらしいが記憶にない)。
 トヨエツもねえ……主演作は多いけど、「トレンディ俳優」の印象しかないよなあ。映画は『12人の優しい日本人』と『八つ墓村』くらいしか見てないが、追っかける気にさせるほどの演技はしてないし。もしかして、この人たちは私が見てないところでいつのまにか「大物」になってしまっちゃってたのか。そんなち○ち○のような(^o^)。
 なんちゅーか、この人たちを「豪華」とか呼んじゃったら、他の役者さんたちに悪いなとか、そういう配慮は働かなかったのかいな、とそういう疑問が浮かぶわけよ。そりゃ、確かに前世紀の終わりにホントにホントの大物、三船敏郎とか萬屋錦之介とか勝新太郎とかバタバタ死んじゃったけどさあ、まだ仲代達矢とか緒形拳とかいるわけじゃん。若手だって、せめて真田広之とかだったら豪華と言えなくもないかなとか思うんだけど、どうしてあの三人で「大物」とか言ってて、恥ずかしいとか考えないのかね?
 そんなんで「豪華」って言っていいんだったら、ウンナンとダウンタウンと爆笑問題とキャイーンとネプチューンとダチョウ倶楽部と中川家が共演する映画作ったら、すっげえ豪華ってことになると思うがどうか。……あ、見たいわ、それ。 


 仕事帰り、車の中で、しげと駄弁っているうちに、ネットのことが話題になる。
 昨日もこうたろう君と「ネット生活始めて、世界が広がったねえ」という話をしてたのだが、基本的に私はネットで関わった人に対しては、みな同様に好意を持っている。中には諸事情で疎遠になってしまった人も何人もいるのだが、まあ縁があればまたヤリトリすることもあるかな、と気楽に考えているので、ショックを受けたり落ちこんだりはしていない。
 ところがそういう私の態度が、しげの悋気に火を付けてしまうのである。「人を嫌いにならない」というだけでヤキモチを焼かれてはたまったものではない。それではしげのジェラシーを押さえるためには私が全人類を憎むしか方法がないことになってしまうではないか。
 いつも繰り返している会話であるが、いい加減でヤキモチばかり焼くのはやめろ、と文句を言う。
 「夕べもこうたろう君と話したぞ、おまえは『不安神経症』だって」
 「なにそれ?」
 「だから、『自分が裏切られるかもしれない』って不安に思うから、『それなら最初から相手を疑ってた方が、実際に裏切られた時のショックが少ない』とか考えちゃうってことだよ」
 「そんなん当たり前やん。裏切ってないとかわからんし」
 「仮に裏切ってたとしても、それが死ぬまでバレなきゃ問題ないわけじゃん」
 「そう言っててさ、オレが死ぬときになって、『実はおまえを裏切ってたんだよ』って言われたらショックやん」
 「言わねーよ。それに、言ったとしてもすぐ死ぬんだから別にいいじゃん」
 「いやん」
 「何がイヤだよ! ずっと疑われつづけるほうがイヤだよ。だいたいおまえは俺がこうたろう君と電話しててもヤキモチ焼くだろ」
 「当たり前やん」
 「だからこうたろう君は男だろうが! おまえ、男だろうがモノだろうが絶対ヤキモチ焼くけど、モノとどうやったら浮気できるんだよ!」
 「なん、アンタ、『愛情は思いこみだ』って言っとったやん」
 「思いこまなくていい相手まで思いこんでどうする! おまえの言い方だったら、オレはホモでヘテロでマザコンでロリコンでフェチだってことになるじゃんか。なんでオレが世の中のヘンタイを全部一手に引きうけなきゃならんのだ!」
 「がははははははは!」
 「……な、どうした?!」
 「ひいひいひい、アンタが面白いコト言うから……げへへへへへへ!」
 「オレが何、面白いコト言ったよ?」
 「世界のヘンタイを一手にって……」
 「……『世界』じゃないよ、『世の中』だよ……あ、おまえ、俺が世界のヘンタイを全部演じてる様子想像したな!?」
 「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
 ……このあともずっとしげは、思い出し笑いしながら車を運転していくのであった。危なっかしいったらないが、未だにわからない。「世界のヘンタイ」って、そんなに可笑しいか? 


 ちょうどリンガーハットに愛上さんが入っている時間だというので、二人で寄ってみる。
 覗いたとたん、「いらっしゃいませ」の声が愛上さん。
 驚いたような可笑しいような笑顔。しげもいつも着ているリンガーハットの淡いピンクの制服を来ているが、もちろんしげよりほっそりしている。一時期ちょいと太りギミであったがも少しスマートになったようだ。名札にはしっかり「研修」の二文字。
 「お好きな席へどうぞ」の声がなんとなくおっかなびっくりである。
 もともと少しハスキーなところのある愛上さんの声だが、注文を取る時はやはりやや甲高くなる。しげなんか耳に響くくらいにキンキン声になっちゃうのだが、これもいわゆる職業病というやつか。
 そんでもって、やっぱり「ご注文は以上でよろし『かった』ですか?」と過去形。注意はされてるはずだと思うが、なぜここまで蔓延するかなあ。集団で意識の変革が起こったとしか解釈のしようがないな。
 リンガーの制服、はっきり言ってあまりかわいらしいものではない。もちろん往年のアンナミラーズではないのだから(今はどうなってるか知らん)、別に色気を振りまく必要はないのだが、せめてあのなんの愛想もないただの円柱型の帽子はなんとかならんものか。イマイチ愛上さんに似合っていないのである。
 でも、店に来る客は当然なにも知るまいが、この子が既に二人の子持ちであると誰が見抜けようか。だってまだ21歳か22歳だし。そうかヤンママだったか(^o^)。
 いつもの通り、皿うどんセットを頼むと、
 「餃子を一口餃子に代えられますがいかがいたしますか?」
 そう聞かれて、断れるものではない。営業トークだとはわかっていても(それが愛上さんでなくても)こういうセリフには弱いのである。女で破滅するタイプだよなあ、オレ。もうしてるか(-_-;)。
 注文を取って引っ込む時に愛上さんがボソッと「……びっくりしました」と呟いたのがかわいらしかった。全く生活臭さがいい意味で身につかないヒトである。
 家庭に入ってしまったために、劇団のキャストとしてはなかなか板の上に立ってもらえなくなってしまったが、ウチでは一番の演技派なんで、しげたちももっと愛上さんをうまく使う方法、考えてほしいものなんだが。
 食事のあと、「愛上さん、かわいらしかったなあ」と呟いたら、しげ、即座に「惚れたらいかんよ」と突っ込む。
 だからどうしてほんのちょっと人を誉めたただけでヤキモチ焼くのかな。だから私は世の中のヘンタイを一手に引き受けてるわけでは……そこで笑うな、しげ!


 WOWOWで舞台『Bad News ★ Good Timing』を見る。
 裏で「BSマンガ夜話」を録画してるので、片時も見逃せない。ついついテレビに齧りつくように見てしまったが、考えてみたらこれもDVDで出てるので、買えばいいだけのことであった。金はあるのか。
 作・演出は三谷幸喜。三谷さん、映画の演出で役者を動かす楽しみを思い出したのか、何年か前までは舞台の演出を山田和也氏に任せて脚本だけに専念していたのが、ここしばらくは勢力的に自ら演出を担当するようになっている。やはり基本的に、脚本家は演出も手がけたほうが解釈におかしなところが出ずにすむもので、これは悪い傾向ではない(でも池田成志君に脚本投げわたしたりしてるのは無謀だと思うぞ)。
 お話は三谷さんお得意のすれ違い勘違いコメディ。三谷さんの手の内はもうだいたい見当がついているので、先の展開はほぼ読めるのだが、やはり伊東四郎と角野卓三、この二人の呼吸がいいので退屈するコトがない。
 逆に言えば、この二人が出てくるまでのギャグがことごとく滑り巻くっているのがチトきつくはあった。うーん、沢口靖子、最近、随分うまくなったと思ってたんだが、間が悪いなあ。生瀬さんも演技過剰でどうもキャラクターをつかみきれていないウラミがある。ベテラン二人と組んで緊張したのかなあ。まあこの二人と組んで緊張しない役者もいないだろうが。

 ある結婚式場で、新郎・哲郎(生瀬勝久)と新婦・奈々美(沢口靖子)は、今日が結婚式当日だというのになぜか落ち着きがない。実は二人の父親は、一世を風靡した漫才コンビのエントツ(伊東四朗)と、とんかつ(角野卓造)。しかし、十年前につまらぬケンカでコンビを解消して依頼、今も絶縁状態。しかも二人の結婚を、まだ親たちには伝えていなかったのだ!
 一触即発の親たちに二人はどうやって結婚を認めさせることができるのか!?

 まあ、結婚式当日まで二人の間柄を秘密にしてるなんてシチュエーション自体、相当無理があるのだが、三谷さんの脚本で無理がなかったことはないので、それはもうあまり問わないことにしましょう。
 大傑作は作れないけれど、そこそこの佳作を連発する才能というものを認めてこそ、喜劇の発展はあるというものである。三谷さんにプレストン・スタージェスやビリー・ワイルダー、ニール・サイモンを求めるのはなんぼなんでも酷だよ。
 実際、脚本のキモである、二人の結婚式を親たちが「自分たちのコンビの再結成を画策してる」と勘違いさせるための伏線が弱い。そしてその勘違いが勘違いだと分るまでの引きに明確な理由がない。ウェイターの八島智人が事情を全て知ってるのに傍観してるだけってのはどういうことかね。少なくとも、今や議員となったとんかつが辞職しようというのを止めきれないのはちょっと納得がいかない。
 なまじこれまでに勘違いコメディをたくさん書いてきているだけに(特に『君となら』は秀逸だった)、今回の脚本はいかにも雑である。それでも「見られる」ものになっているのは、やはりベテラン二人の力によるものなので、三谷さん、お二人には頭が上がらないと思うよ。


 マンガ、和田慎二『超少女明日香 学校編』1巻(メディアファクトリー/MFコミックスフラッパーシリーズ・580円)。
 表紙が変身前のチンクシャバージョン。
 でも、変身後の明日香は全く好みじゃないので、こっちのほうがいいな(〃∇〃) てれっ☆
 本編でもちょっとしか変身してないし。
 『学校編』とあるが作者後書きによれば『学校に行こう!編』であるそうだ(^o^)。そう言えば、今までセーラー服を着てるわりに学校に通ってなかったよな、明日香。……だれが着せてたんだ? あのセーラー。
 けど、なんと言っても今回最高に嬉しいのは、あの人が出てくれたことである。
 そうっ!
 平泉成!……じゃなくて、沼重三先生であるッ!
 和田慎二の、作品と作品をリンクさせるやり方が嫌いな人もいるようだが(しげもそうである)、別に『ピグマリオ』とリンクさせてるわけじゃなし、永井豪や松本零士みたいに見境なしじゃないから、これは私は許容範囲。確かに明日香が頼れそうなオトナって考えたら、沼先生は一番の適任だよな。戸籍のない明日香に色々と裏工作もしてあげたようだし(^o^)。
 一也「いろいろ言われたでしょ、市役所とか教育委員会」
 沼 「うるさいことをぬかすからしかたなく……ちょっとな。いやもちろん暴力なんか使わんよ」
 何使ったんだ沼先生(^_^;)。
 ……今気づいたが、私が教師に抱く理想像って、沼先生に近いな。熱血教師もプロ教師も結局は理屈こねるばかりだしね。もちろん、沼先生にも和田慎二の理想が過剰に映し出されてる分、説教クサイ面はあるのだが、とりあえず「行動」してるし。教師が生徒のために権謀術数を使わんでどうするかってなもんだよな。
 こういう先生に教わっていれば、私もこんなヒネクレた人生は送らなかったかもしれない(んなことないか)。 
 しかし沼先生の微笑む顔が見られる日が来ようとはねえ。21世紀だなあ(意味不明)。

2001年10月29日(月) 「ばびゅーん」の語源は『宇宙少年ソラン』から/『黒鉄 <KUROGANE>』5巻(冬目景)
2000年10月29日(日) まあスクルドがかわいかったからいいか/アニメ『ああっ女神さまっ 劇場版』ほか


2002年10月28日(月) また上京……?(゚゚)/DVD『刑事コロンボ 魔術師の幻想』/『スパイラル 推理の絆』1〜3巻(城平京・水野英多)ほか

 ここしばらく、しげが迎えに遅れることはなかったのだけれど、駐車場に行ってみると車が見えない。携帯に連絡を入れると「きつくて起きれん」とのこと。
 仕方なく、ミニストップで弁当を買って帰る。もちろんしげの分も。もちろんしげは「ありがとう」のヒトコトもなくただそれを食らうのみなのである。
 何で感謝のコトバ一つ出ねえんだ、と聞いたことがあるが、しげはそれに対して「『ありがとう』なんて負けやん」と答えた。つーことは黙って「搾取」することが「勝ち」か。昔の資本家よりタチが悪いよな。
 なのに私ゃせっせとエサを運んでやってんだからなあ。羽までむしられた親鳥の気分よ、全く(´。`;)。


 DVD『刑事コロンボ 魔術師の幻想“NOW YOU SEE HIM”』。
 原語タイトルは、奇術師が姿を消し、再び現れた時の掛け声から。
 今回の犯人、魔術師ロベルト“グレート”サンティーニは、明らかにハリー“脱出王”フーディーニをモデルとしていて、彼が実際に行った水中脱出術を再現して見せる。その正体が最後に暴かれるラストとも相俟って、このタイトルは実に秀逸である。邦題もコロンボの「完全犯罪なんてアンタの幻想だよ」というセリフに基づいているのだけれど、ややインパクトが弱い。でも「さあ、現われました!」じゃあ、タイトルにならないし、しゃあないか。

 DVDでコロンボを見る時には必ず英語字幕を見るようにしている。これだと日本語訳がいかに苦労をしているか、たまに誤訳をしているかがわかって楽しい。これはテレビ放送だけでは味わえない楽しみである。
 今回登場のフレデリック・ウィルソン刑事(と訳されてるが、原語は“sergent”だから巡査部長)、英語では「ジョン・J・ウィルソン」。すわ誤訳か、と言えばさにあらず、実はこのウィルソン刑事、『悪の温室』に続いての再登場なのだが、そのときは「フレデリック」という名前だったのだ。オリジナル版のミスを日本語訳で訂正してあげたと言うわけ。ウィルソン刑事を演じてたボブ・ディシーも、自分の役名を忘れてたんだろうな(^o^)。
 『悪の温室』の時にはコロンボのむさくるしい風体を見て対立していたのに、今回はすっかりコロンボに心酔していて、「コロンボ警部は完全主義者だからな!」とベタベタベッタリ、やたら根回ししまくるのがおかしい。コロンボの相棒と言えばクレイマー刑事が印象深いが、そこまでベッタリしてない。どっちかというと「また細かいことに拘って」と呆れられてたりしてるから、コロンボのロス警察での立場、余り高くないのかも。

 今話には珍しくもコロンボの声優、小池朝雄に大きな勘違いがある。
 ラスト、サンティーニが観念して述懐する時のセリフに対するコロンボの応答である。

 サンティーニ「私には自信があった。完全犯罪の……」
 Santini:“And I thought I'd performed the perfect murder.”
 コロンボ「完全犯罪? お気の毒ですが、完全犯罪なんてものはないんだよ。それこそあなたの幻想ですよ」
 Columbo:“Perfect murder,sir? Oh,I'm sorry.There is no such thing as a perfect murder.That's just an illusion.”

 で、問題なのは次のコロンボのセリフ。
 「頼むよ」。
 さて、コロンボは何を「頼んで」いるのか? 小池さんの演技は、サンティーニに向かって「いい加減にしてくれよ」とでも言いたげに呟いている。つまり「完全犯罪が可能だなんてばかげたことは言わないでくれよ」という意味に解釈していることがそのセリフ回しから見て取れるのである。
 ところが原音で聞くとわかるのだが、実はコロンボはここで、サンティーニの「後方」に向かって怒鳴っているのだ。

 Columbo:“Officer.”

 ……なんのことはない、この「頼むよ」というのは、ラストでのコロンボのいつものセリフ、巡査を呼んで犯人を連行するように命令しているだけだったのだ。シナリオの訳も当然そのつもりだったのだろうが、声を当てた小池さんが、コロンボの目線を勘違いして、サンティーニに向かって言ったものだと思っちゃったのだろう。
 でも、この「勘違い」のほうがいかにもコロンボっぽく思えるから、意外にこれは怪我の功名ではなかったろうか。原音のコロンボは小池版より冷徹である。

 もう一つ、特撮ファンにはニヤリとできる趣向が一つある。
 サンティーニを演じているジャック・キャシディ、彼はコロンボシリーズに『構想の死角』『第三の終章』に続いて三作出演しているのだが(惜しくも寝タバコで焼死して、本作が遺作)、三作とも声をアテているのは「田口計」である。
 で、今回のキャシディは奇術師役で、しかもその得意技は「水中脱出」だ。
 これでピンと来なければ、特撮ファンとは言えまい。♪(((#^-^)八(^_^*)))♪
 そう、『怪奇大作戦』第一話『壁抜け男』で、脱出王と呼ばれた奇術師、キングアラジンを演じていたのが田口計なのである。偶然の符合ではあるが、「コロンボVSキングアラジン」の対決と思うと、なんとも楽しいではないか。
 これが当初予定されていたキャスティング通り、サンティーニ役をオーソン・ウェルズが演じていたとしたら、日本人にはあまり面白くなかったことだろう(トシ食って太ってからのウェルズは、随分大根になっている)。特に熊倉一雄あたりに吹替えられた日にゃあ……。
 

 夜、東京のこうたろうくんへ電話。
 掲示板に豊島区が江戸川乱歩展を開く予定だという報せを書いてくれていたので、その詳細を聞いてみたのだが、ファックスで送ってもらった今朝の読売新聞の記事にも、「来年1月下旬から2月上旬にかけて約十日間」とあるばかりで、詳しい日程や会場は書かれていない。
 区のやることだからショボイんじゃねーかとも思うが、それでも「貼雑年譜」を展示、なんて書いてあると心もそぞろになるのをおさえきれない。乱歩ファンなら先刻承知、乱歩自身が自らの経歴を新聞記事や批評文などを貼り付けていって作成した「自伝帖」であり、今までに出版されたことはたったの二度、しかも何冊もあるうちのほんの一部でしかない(廉価版を私は一冊だけ買った)。どの程度見せてくれるのかなあ。めくって読めるようにしてくれてたら嬉しいんだけど無理だろうなあ。
 乱歩が撮った8ミリビデオの上映もあるそうだ。映画・演劇にも並々ならぬ興味を示していた乱歩がカメラに飛びつかなかつたはずはないが、これも一部が『知ってるつもり』や『西田ひかるの痛快人間伝』などで一部が紹介されたことがあるに過ぎなかった。ウウウ、みたいぞ、くそう!(T∇T)
 「また上京するかい?」とこうたろう君は悪魔の誘いをしかけてくる。でも、今度はしげも連れてかないと、帰宅したら家の中の本とDVDが全て燃されているなんて事態になりかねないのだ(◎_◎;)。しげとの休みの予定は合うかなあ、オタクアミーゴスの公演も間近だしなあ。なによりボーナスカットのウワサもあるしなあ(^_^;)。事態は予断を許さないのであった。


 今日から始まった『BSマンガ夜話』、第一夜は『最終兵器彼女』。
 後半どんどん「マンガで描かれた詩」みたいになっちゃって、殆ど読まなくなっちゃってたし、アニメも斜め見だったんで結末がよくわかんなかったのだが、やっぱりあれ、最後は地球上にたった二人だけって話だったのか。
 「究極のラブストーリーを描こうと思ったらどうしてもそうなる」って話が出てたけど、他にも手はある気はするけどなあ。「二人だけの世界」という意味では心中と変わらんよ。回りが死んでるか自分たちが死んでるかの違いでしかない。愛の物語を描くのに後ろ向きな姿勢でいるのはどうもね。


 マンガ、城平京原作・水野英多作画『スパイラル 推理の絆』1〜3巻(エニックス/ガンガンコミックス・各410円)。
 この作者、二人とも女性だろうか? なんとなくそれっぽいんだけど。
 城平さんの『名探偵に薔薇を』は途中まで読んでたけど、どこか本の山に沈んでるな(^o^)。だもんで、原作のみの担当とは言え、一部にカルトな人気を呼んでるらしい城平さんの作品に触れるのはこれが初めてである。
 某掲示板でもアニメ版が散々からかわれてるので、こりゃ読んでみなけりゃいかんよなあ、と思ってとりあえず三冊買ってみたけど……。
 うーむ、まず作画が新人さん(っつーか見るからに同人上がり。『ガンガン』だものなあ)なせいもあるだろうけれど、デッサン狂いまくりの絵のせいでちょっと損してるよ、このマンガ。
 確かに、ストーリーやトリックについて突っ込もうと思えばいくらでも突っ込めるけれど、作画に力のある人が関わってたら、もちっと「誤魔化し」が利いたのではないか。
 たとえば、例の竹内理緒が「肋骨がないのを爆発で誤魔化す」というトンデモナイトリックである。死なない程度に爆発させるなんて、そんな調整が利くもんかい、という突っ込みはとりあえず置いといて、問題はそんな自殺行為を断行できる心理に、どれだけの説得力を与えられるかだ。
 恐らくは「ブレード・チルドレン」という存在そのものに、そんなことをさせるだけの「根拠」が秘められているのだろうけれど、今のところその謎が明かされる様子はないから、キャラクターの「演技」によって読者を納得させる必要が生じてくるのだ。
 ……アニメ絵じゃムリだよ(-_-;)。いや、役者だってシリゴミするわい。
 こういうバカトリック(貶し言葉ではない)は、そのままストレートに描いてもバカバカしくなるばかりなので、成立させるためには、例えば世界観そのものを「歪ませる」ような手練手管が必要になるのだ。泡坂妻夫や森博嗣はそこに一番腐心している。「ブレードチルドレン」という設定がいかにもこの世界の「歪み」を象徴しているようではあるが、いかんせん、まだそれが何なのかはわかっていない。
 けれどその謎が気になるほど絵に魅力がないことがやはりネックなんだよねえ。多分アニメ版はこのヘタレな絵を修正してくれてるだろうとは思うけれど、だからと言って、どれほどの説得力が生まれるものだろうか。やはりこれは、マンガネタではなくて小説向きのネタなんじゃなかろうか。

2001年10月28日(日) 至福の休日/アニメ『サイボーグ009』第3回『閃光の暗殺者』/『碁娘伝』(諸星大二郎)ほか
2000年10月28日(土) AIQってボランティアだったのね/CGアニメ『バグズ・ライフ』



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藤原敬之(ふじわら・けいし)