無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年08月15日(木) 母の呼ぶ声/『フルーツバスケット』5〜9巻(高屋奈月)/『神罰』(田中圭一)

 なんだか疲れが溜まっていて、午前中はひたすら寝る。
 どうせパソコンはしげと穂稀嬢が占領してて、日記の更新もできないし。
 それに、できるだけ寝て暮らさないと、書きたいことが溜まって、日記の量がどんどん溜まるのだ(^_^;)。

 夕方、父と姉と合流して、食事。
 初め八仙閣に行くが、団体さんが来ていて30分待ちということで、十徳やに移る。その席で親戚の誰か(顔も知らん)が、今度結婚することを知らされる。
 「お前たちの結婚のとき、お祝い貰ったんだからお礼せんとな」
 「そんなん貰ったかいな?」
 「忘れとうとや!」
 しげにも聞いてみたが、私以上に記憶力のないしげが覚えているはずもない。
 父、本気で呆れているが、本当に貰ってたとしても、当時から私がお礼のことなんか考えてなかったことはまず間違いないと思われる。
 そういう贈答だの親戚づきあいだの無意味な儀礼が大っ嫌いだったから、結婚式だって入籍以来5年以上も挙げなかったんである。それを母が死んで、墓前に結婚写真を捧げたいからと父に懇願されて、形だけということで親戚も呼ばず神主も坊主も神父も呼ばずに、父の弟子たちだけを呼んで挙げたのが我々の結婚式ってやつだったのだ。
 その程度のもんだから、私も職場からの祝いの申し出は一切断っている。そんなんにお祝い送る方もどうかしてると思うがな。断るより先に親が受け取っちゃってんだから、どうしようもない。
 まあ、放たっときゃ、親が勝手に包んでお祝いとやらを送るだろう。父はしきりに「育て方を間違った」と嘆いていたが、こーゆー性格、小学校のころから変わってないんですが、アナタ三十年以上も気付かなかったんですか。
 しかしその貰ったっていうお祝い、いったいいくらで何に使ったのかな。

 そのあと、父がすっかり酔っ払ってたので、しげの車に乗せて、マンションまで送る。
 初めは「一人で自転車で帰る」と言い張ってた父だが、歩いているうちに、こりゃ無理だと自分で気付いたらしい。5年前なら意地でも一人で帰ってたところだろう。意地っ張りで頑固者の父も自分の肉体の衰えには逆らえなくなっている。
 しげの車に父が乗るのは初めてだが、特に怖がってる様子はない。
 盆送りの場所の川岸にも車で乗り付け。道幅狭いってのに、こういう迷惑なやつはウチだけかと思ったらほかにも車が2台ほど。全くエゴイストが増えたもんだ。
 去年まではみんな自転車で出かけてたんだよなあ。
 私ももう自転車で何10キロも飛ばす体力も元気もなくなってきてるから、これからだんだんとしげに頼りっきりになってくんだろう。私が定年になってもしげはまだ40代だから、しげが先にくたびれ果てることはないと思うけど、もしもしげに見捨てられたらって考えたら、自分で自分の処置は考えないといけなくなるよなあ。そろそろそういうことも射程距離に置いとかないといけないトシになっちゃったね。
 父は母を送りながら、「あまり、はよう呼ばんでね」と呟く。えらく生に執着してるようだが、残された姉が心配なんである。私の生活のことは父は全く心配してないのだが(心配のしがいがないともゆー)、姉はまだ一人だちしていない娘三人を育てていかねばならないのだ。父の後ろ盾なしにやっていけるものではない。

 父には、母の声が聞こえているのだろうか。
 夢にでも出てくるか、と聞いたら「全然」と答えられたことがある。
 かと思ったら、気配を感じたようなことを言うこともある。
 恐らく、全ては錯覚だ。
 私は時々、母に声をかける。返事は、心の中に直接「思い」の形で響く。
 たいてい、母は怒っているし、恨み言を言うこともある。父やしげへの私の対応が優しくないからだと言う。責められて嬉しいはずもないから、たまにしか声をかけない。母に声をかけるときは、私が本当に疲れているときだ。叱られると解っていても、つい、「どうしたらいい?」と呟いてしまう。母は無言で答える。無言の感覚が伝わってくるのだ。
 母の声は、私の罪悪感の現れだろう。
 母を仮構しなければ、私は、私自身の罪すら自覚できないほどに傲慢なのだろう。ホントに霊魂になっているのなら、祟ってくれてもいいんだが。
 こういうことを書くと、母の声が聞こえるのだ。
 「バカが」と一言。 

 母が意地悪でなければ、あと10年は父を呼んだりはしないだろう。
 頼むよ、お袋。


 帰宅して、CSファミリー劇場で『快傑ズバット』の第2話「炎の中の渡り鳥」。
 こういうタイトル付けといて、「渡り鳥シリーズは意識してない」とか言ってのけてるんだから、脚本の長坂秀佳、鉄面皮と言うか厚顔無知と言うか、人間見えちゃうよな。20年前の脚本に文句付けるのもどうかと思うが、まあ今はもっとひどくなってるから構うまい。武上純希がどんなにヒドイ脚本を書こうが、長坂秀佳にはかなわない。
 ブラックハート団の用心棒、居合切りの達人風流之介を演じるのは天本英世さん。各話悪役の中でも一番ギャラが高かったんじゃないかな。テロップでも一枚看板だったし。けれど、身長がすごく高い方なんで、宮内さんとの背丈の差を誤魔化すのにカメラが苦労してるね。若いころから猫背で演技させられることが多かったけれど、居合切りの達人って設定も、腰を低くさせるための方便って気がしないでもない。でも天本さんの代表作はやっぱり背筋をピンと伸ばしたキャラに限るんである。
 みどりとオサムの二人、第2話にして、はやくもいてもいなくてもいいキャラに成り下がっている。早川がブラックハート団に入るフリをするのも30分の短い枠の中ではほとんど無意味。いいよなあ、いくら手を抜いても脚本として扱ってもらえるってのは。


 マンガ、高屋奈月『フルーツバスケット』5〜9巻(白泉社/花とゆめCOMICS・各410円)。
 途中で読むのをやめてた分を一気に読了。
 でも、まとめて読んでもあまり進展がないなあ。十二支なかなか全部揃わないし、慊人は思わせぶりな行動取るばっかりで、なかなか仕掛けてこないし。やたら回想シーンが入るとこも含めて、こんな展開どこかで見たなあ、と思ったら『ワンピース』だった(^_^;)。シリアスとギャグを適度にマゼコゼするあたりもね。人気がある理由もわかりはするが、なんだか今一つドラマの「幹」がないというか、盛り上がりに欠けてるよなあ。
 うおちゃん、はなちゃんの過去なんか、番外編で書きゃいいんであって、本編に差し挟んでも、ドラマの流れ中断させるだけだと思うけど、ファンの声に答えたんだろうね。あの二人、人気ありそうだし。
 はなちゃんとかあーやとか、コメディリリーフの役を果たすキャラって、ドラマツルギーから行けば狂言回し以上の働きさせちゃいけないんだけど、この作者、それを知っててワザと崩してるんじゃなくて、単に語り口がヘタなだけって感じだから、そのうちカベにぶち当たっちゃうんじゃないかなあ。
 それにしてもアニメはどこで結末つけたのかな。まだ9巻かけてもほとんど事件らしい事件起こってないんですけど。


 マンガ、田中圭一『田中圭一最低漫画全集 神罰』(イーストプレス・1049円)。
 この人のマンガを買うのって、『ドクター秩父山』以来だが(もう15年も経つのか)、こんなに絵柄が変わっていたとは(^o^)。
 いやね、『コミック伝説マガジン』に『グリンゴ』の後日譚を描いてた時点で、この人、手塚治虫の絵を随分本気で研究してるなあ、とは思ってたんだよ。だってねえ、普通、手塚治虫を模写しようと思ったらさ、『メトロポリス』や『来るべき世界』のころの描線か(スノウチサトルが描いてたね)、アニメ的に整理された『鉄腕アトム』後期のころの描線か、どちらかを選ぶ場合が圧倒的に多いんだよね。
 それを田中さん、ハッキリ手塚さんの表現力が落ちてきた80年代の線をベースにしてるんだよねえ。これがまた実によく似ているのよ。コイズミ首相の似顔絵にもよく表れてるけれど、田中さんは手塚さんの描線、デザイン能力を自家薬籠中のものとして、新しいキャラクターを作れる域にまで達しているのだ。これほどの能力、水木しげるの線をモノにした森野達弥と肩を並べるほどだ。
 本人の意図はどうあれ、結果としてこれはもうイヤガラセ以外の何物でもない。なんてったって、その内容ときたら、明確なパロディはほんの少し、ほとんどが単なるエロ・シモネタマンガを「手塚のキャラで描いた」だけのシロモノなんでねえ(^_^;)。
 装丁は『手塚治虫漫画全集』のまんまっつーか、ここまで似せてたら盗作と言われてもしかたないくらい。オビに踊ってる手塚るみ子の「ライオンキングは許せても田中圭一は許せません!」のコトバ、ちょっとマジ入ってないか(^o^)。
 いやまったく、手塚治虫を神様のように思ってる人にとっては、マジでこれ、噴飯ものではなかろうか。

 でもねー、これがねー、恐ろしいくらいに面白いのよ。いや、ギャグはつまんないんだ。ギャグだけを取り上げて説明したら、もうしょーもないというか、誰も笑わねーだろーってくらいにベタ。
 例えば、こんなギャグ。シスターが寿司屋を開いているが、海苔を切らしてしまう。主に祈ると、そこに中国皇帝が現れて、冠のてっぺんを剥ぐとそれが海苔。皇帝曰く、「だめだよ、きらしちゃ。」。
 ……面白い? これだけだと全然笑えないね。
 あるいはこんなの。
 愛するシモーヌが死ぬ。夫の脳裏に走馬灯のように浮かんでは消える彼女の思い出……。「あなたのいちもつを見ていると安心するの」「え!? 理由? あなたのいちもつが立派だったからよ」「よかった!あちこちケガしてるみたいだけどいちもつだけは無傷だわ!」「あなたのいちもつだけでいいの!! ほかになにもいらないわ!!」「あなたのいちもつのことで頭がいっぱいだから!」……。
 なんだか書き写してて人生が無意味に思えてきた(-_-;)。
 つまんないなー。とことんつまんないなー。
 これだけで笑えるという人がいたら、そいつのギャグセンスを私は思いっきり疑っちゃうぞ。

 けれど、これらの最低最悪なギャグが、カンペキな手塚治虫の絵で描かれるのですよ。これがどれだけすごいギャグだかおわかりいただけますでしょうか? え? 神様手塚をとことんコキ降ろしてるのが痛快だからだろうって?
 違います。
 何がすごいかって言うと、生前の手塚治虫のギャグセンスが、まさしく田中圭一と同レベルのどーしょーもないものだったからです! つまり、このマンガ、手塚治虫が描いたと言っても通用する作品になってるんですよ!
 あ、信じてませんね? でも、冷静になって考えてくださいな。ヒョウタンツギとかブクツギキュとか、あなた、ホントに面白いですか? ピノコのアッチョンブリケで笑った人いますか? 『新・鉄腕アトム』に出てくるロボット・アトラスなんて、おしっこ引っ掛けて敵を爆発させる仕組みになってるんですよ。これでギャグのつもりだったんですから、あの神様は。

 誰かをからかったり、バカにしたりすることを極端に嫌う人がいるが、悪口雑言には権威的なもの、抑圧的なもの、絶対的なものを相対化する作用もあるのである。手塚治虫を神棚に祭り上げて信奉するだけではその価値を冷静に判断することはできなくなるだろう。
 手塚治虫はいやらしい。手塚治虫はくだらない。だから面白い。田中圭一は絶妙の模写でそれを証明してくれているのだ。こうなったら『グリンゴ』だけじゃなくて『ネオ・ファウスト』も『ルードウィヒ・B』も『火の鳥 アトム編』も全部田中圭一に続きを描いてもらったらどうだ。全部エロにして(^o^)。
 ブラック・ジャックとロックが懸命になってギャルゲーの中の和登サンやサファイアやメルモを落とそうとしてる姿って、リアリティあるよな。手塚治虫がもしも生きてたら、ブラック・ジャックの新作で絶対に似たようなシーンを描いてたに違いない。なんたっていしかわじゅんと吾妻ひでおのキスシーンまで描いてた人なんだから。
 でも藤子・F・不二雄の模写は似てないぞ。永井豪はまあまあ。本宮ひろしと福本伸行は……まあいいか(^_^;)。


 DVD『パワーパフガールズ』をかけながら寝る。

2001年08月15日(水) 代打日記
2000年08月15日(火) 盆休みも終わり……なのに毎日暑いな/映画『シャンハイ・ヌーン』ほか


2002年08月14日(水) 魔性の女/DVD『プカドン交響楽』/『藤子不二雄論』(米沢嘉博)ほか

 朝方、突然、穂稀嬢が訪問。
 と言っても当然しげに呼ばれて来たのだが、これまで劇団で上演して来た台本をHPにアップするための打ち込みに来たのだとか。
 「別にハカセ呼ばなくても、自分でやればいいじゃん」としげに言ったが、穂稀嬢、「私がやった方が速いからなんですよ」とのこと。
 なるほど、確かに穂稀嬢のタイピング、しげの2倍は早い。
 けれど、穂稀嬢の雑談もしげの2倍はうるさい(^_^;)。
 イヤな男とどうやったら別れられるかとか、その手のどーでもいー話題を振られると私は途端にサドになるので、プライバシー無視で突っ込みまくる。
 「前の別れた彼氏ってですね、私が映画館だと息苦しくて堪えられないって言ってるのにぃ、ムリヤリ連れてくんですよぉ」
 「男にしてみれば、好きな彼女と一緒に映画見たいって願望、あるんじゃないの? それくらい許してやりゃいいじゃん。で、何を見に行ったの?」
 「『千と千尋の神隠し』」
 「……あ〜、そりゃヤな男だ。自ら『私を振ってください』って言ってるようなもんだな」
 「仕方なく付き合ってあげたんですけどぉ、やっぱり気分が悪くなったら『俺と一緒はそんなにイヤか』って逆ギレされたんでぇ、別れ話切り出したらまたキレてぇ……」
 「思い込みの激しい男っているからな。そんな子供みたいな奴じゃ、未練がましくてなかなか別れてくれなかったろ」
 「練習中に呼び出されて、暴力振るわれたんですよぉ。それでもうこんなやつど〜でもい〜なって思って」
 「別れてよかったじゃん。でも、穂稀さん、男見る目ないんじゃない? そんなガキじゃなくて、もっとオトナな男を相手にしてりゃよかったのに」
 「その前の彼氏はずっと年上だったんですよぉ」
 「じゃあ、なんで別れたの」
 「だって、○○○○○○○○ですもの」
 「……あほかあ!」
 そういやそんなこと前にも言ってたっけ。ほかにも穂稀嬢、ここには書けないようなムチャクチャなことを言いまくる(^_^;)。アンタそりゃ、自分からトラブル呼びこんでるって。男に弄んで下さいって自ら言ってるようなもんだ。
 話を聞いてると笑えるのだが、その間、穂稀嬢の手は止まったままである。
 しかもこいつ、台本の漢字が読めなくてやたら引っかかる。
 「おまえ、学校で漢字ぐらい習わなかったのかよ」
 「成績はよかったんですよぉ」
 「ウソだろ? 全然漢字知らないじゃん」
 「そんなの、センセーのところに行って、『センセ〜、成績お願い♪』って息吹きかけてあげれば一発ですよぉ」
 一発って何が一発なんだよ。こいつホンマモンの外道だな。
 しかしこんなのに落とされる教師もいるってかよ。情けないと言うかだらしないというか世も末っつーか。
 タイピングがいくら速くても、お喋りでスピードが相殺されて、しげとたいして変わらん進行状況(-_-;)。ったく、何しに来たんだオマエ。

 そんなこんなで、しげと穂稀嬢と二人で2台のパソコンを占領されてしまったので、パソコンが全く使えない。盆休みの間こそ、日記を更新しようと思ったのになあ。

 結局私は二人のメシスタント。
 エビチリ玉を作ってやるが、穂稀嬢の食事のスピードがまたえらく遅い。何でも一食にいつも1時間以上かけないと食べられない難儀な体質らしい。そんなのに付き合うのってめんどくさいだけって気がするが、そこが可愛いと勘違いするバカ男も世の中にはいるんだろうなあ。
 エビチリ玉、しげには好評だったらしく、一人だけオカワリする。予想してたので一人分余計に作っておいたのだ。しげ、それもペロリと平らげ、更に3杯目を要求する。「もうないの?」
 「材料はあるけど、カニ玉だよ?」
 目を輝かせて頷くしげ。
 仕方なく、穂稀嬢を送って出て行っている間にかに玉メシを作る。これも好評でしげ、ペロリと食う。けど片づけや食器洗いは全くしないのだ。
 ああ、私も外道に引っかかったクチか(-_-;)。


 Hくんに貸してたDVD『ファンタジア2000』におまけ映像として『プカドン交響楽』が付いてたことに初めて気付く。実はこの作品自体、見たの初めてなんですわ。こんな超有名な作品なのになのに。すみません私が悪いんです、石を投げないで下さい。
 作画・監督は先日亡くなったばかりのウォード・キンボール。
 さすがディズニーの異端児だっただけあって、ほかのディズニー作品と一線を画してるね。どっちかというと、ハンナ=バーベラ、テックス・アヴェリーのナンセンスギャグに近いな。
 音楽の誕生を原始時代から辿るという、発想は『漫画大学』みたいなもの(たとえが古くてわかんねーって)。短編なので、あっという魔に終っちゃってやや物足りないが、途中、日本人が琴を鳴らすシーンがアニメートされてるんだけれど、その擬音がカタカナで表示されてるんだがこれが謎の文字で全く読めない。まさか神代文字?(^o^)


 アニメ『ヒカルの碁』第四十四局「起死回生」。
 ここは原作でも難しいところだったよなあ。
 ヒカルがプロになるのは間違いないところだから、和谷はどうしたって負けることが決まっちゃってる。その和谷を簡単に負けないように描くのが大変なんだよな。森下先生と和谷とのやりとりを挿入するのは悪い工夫じゃないけれど、効果は今一つ。
 結局、和谷には順当に負けてもらうことにして、どちらかと言うと、ヒカルが佐為と同等の力量を身につけつつある描写の方に力点を置いた描き方になったのは、多少「逃げ」の演出ではあるけれども仕方のないところか。


 米沢嘉博『藤子不二雄論 FとAの方程式』(河出書房新社・1890円)。
 しげが車の中に持ちこんで、日に焼けちゃったせいですっかり本が歪んでしまってる。本好きのクセに全然本を大事にしないんだよな、こいつ。

 文芸評論家の手すさびじゃなくて、独立したマンガ評論家として、マンガを見てきたという意味では、米沢さんはまさしくオーソリティーであると言えると思う。
 何と言っても、これまで断片的に書かれたことはあっても、総論としては未だに語られることのなかった、「藤子不二雄論」である。本書に関して言えば、米沢さん以外には書けなかったろうな、と思える記述も多い。
 しかしながら、たいへんな労作ではあっても、本書を傑作だと評価しにくいのは、結局、「藤子不二雄とはなんだったのか」という肝心な部分が、霧の中に包まれたままだからだ。米沢さんが「藤子不二雄」を通して語ろうとしていることがなんなのかも、読んでも読んでもいっこうに見えて来ない。

 藤子不二雄論、特に藤本弘氏の著作について評論がしにくいのは、その初期作品が現在ほとんど読めない状態にあるからである。かつて「全集」と銘打って刊行された中央公論社の「藤子不二雄ランド」は、301巻を数えながら、『海の王子以前の著作は『UTOPIA』を除いてほとんど収録されなかった。そこには藤本氏の「古い作品はもう今の読者には見せたくない」という強い意志があったという話である。
 その姿勢は徹底していて、小学館漫画賞を受賞した『すすめロボケット』や『てぶくろてっちゃん』まで単行本化はされていない。いくら私がトシヨリと言っても、これらの作品が連載されていたのは私が0歳のときであり、読みたくっても読めるものではない。九歳年上で、当然学年誌でそれらのマンガを読んでいたであろう米沢さんが羨ましい。
 しかし、デビュー当時からリアルタイムで藤子マンガを追いかけていたであろう米沢さんですら、二人の姿を捉えるのに幾度となく誤謬を犯している。安孫子氏の描線が独特であるのに対し、藤本氏の描線が模写を前提としたアニメ向きの線、などと評しているのはいったいどこに目をつけているのか。数限りなく作られたアニメ作品で、藤本氏の描線を忠実に再現出来たアニメはただの一本もない。藤子プロのアシスタントによって描かれた『ドラえもん』は数多いが、ドラえもんは何とかマネできても、人間キャラになれば全く他人の筆になっていることが歴然としている。単純でありながら模写を拒絶しているのは、まさに藤本氏の線がキャラクターの心理表現であるからだ。
 F+Aの藤子不二雄という巨人は、米沢さんの実績を以ってしても、論ずるに手に余る存在だったんだなあ、ということを感じざるをえない。
 二人はなぜコンビを解消したのか、それを二人の資質の違いが顕在化とたと捉えるのならシロウトでも出来る。膨大な紙数を費やしながら、その真実に迫ることが米沢さんにはできなかった。初期作品の復刻が行われれば、また新たな藤子不二雄論が語られるときも来るように思うが、代表作『オバケのQ太郎』すらつまらん差別問題で絶版になっている現在、それは望み薄のように思える。 

2001年08月14日(火) 代打日記
2000年08月14日(月) せっかくいい気分だったのに……/映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』ほか


2002年08月13日(火) オタクの血/『アンダンテ』2・3巻(小花美穂)/『魔王ダンテ 神略編』1巻(永井豪)

 盆は朝寝。
 昼過ぎ、広島に住んでる友人のHくんが里帰りして来たのを、博多駅まで迎えに行く。
 それからどこかに出かけたのかというとそうではなくて、なんとゴミタメよりも乱雑な我が家にご案内したのである(^_^;)。
 年に1、2回しか会えないのだから、そんなときくらい部屋を片付けておけばいいのに、もう引っ越し以外に本の整理はムリだと諦めちゃってるので、ぐちゃまらにとっ散らかってる部屋にそのまま招き入れてしまったのだ。全く、いい迷惑だったろうなあ、申し訳ない。
 「床に敷いてあるフトンは絨毯だと思ってくれ」
 と、いきなりムチャを言う。
 Hくん、笑って頷くが、これで友達をやめないんだから、彼も相変わらず心が広い。夫婦でケンカひとつしたことないってんだから、全く、世の中に善人ってのはいるものだね。
 いつも来てもらうたびに要らなくなった本なんかを頂いてるのだが、今日は大野安之の『That'Sイズミコ』全巻をくれる。……って、それ、持ってんだけど(^_^;)。
 お礼がわりにいつもDVDなんかを貸してるんだけど、何しろオタク系のものが圧倒的に多いので、お子さんと一緒に見られるものがほとんどない。
 「やっぱりオタク度強いのは、ウチじゃ見られないか?」
 「まあな」
 Hくんも以前は私以上にオタクだったんだけれども、美人で素敵な奥様と、かわいく聡明なお子さんができてからというもの、自分の趣味をほとんど犠牲にして、ご家族との生活を第一に考えているのだ。煩悩捨て去り難い私には、とてもマネの出来ないことである。
 結局、今回貸せたのは『パンダコパンダ』1本きり。正月までにもう少し健全なものを買っとかないとなあ(^o^)。
 あまり滅多に見る機会はなかろうと、『DAICONFILM版 帰って来たウルトラマン』を見せる。
 「これ見たことある?」
 「ないけどアレか? アンノヒデアキが素顔でウルトラマンやったとゆー」
 なんだ、知ってるじゃん(^_^;)。Hくんからオタクの血が消えたわけではないのだな。そのことは、武田信廣さんが出演した途端に彼が「のーてんきー!」と叫んだことで確認できたのであった(^o^)。まあ、簡単にやめられないからオタクなんだろうけれども。
 帰り際、部屋を一瞥したHくんから痛いツッコミ。
 「あそこに置いてある○○○○(エロゲーのタイトル)はいったい何だ?」
 「しげのだよ!」
 しげよ、頼むから目立つところにエロゲーの空箱並べるのはやめてくれ。私が全部やってると疑われるじゃないか(T.T)。

 Hくんを再び駅までお送りしたあと、最近できたばかりのアジアンレストラン「バーミヤン」で食事。
 味はまあまあってとこだが、単品が安いのがなかなかいい。
 私はカレービーフン、しげはタンタン麺。だったんだけれども、辛いと言って私のと交換させられる。あと、エビマヨネーズを二人で分けるが、私が二個食べてるうちに、気がついたら残り5個くらいあったのを全部食われた。いくら好物だからって、一言くらいあってもいいんじゃないか。


 夕方、父のマンションで迎え火。
 小さな庭の、土の上で火を焚く。風が少しあって、下火に使った新聞の燃えさしが吹き飛ばされるのをしげが慌てて追いかけるが追いつかない。火事になる心配はないと思うが。
 チラチラと燃える火を見ながら、父が呟く。
 「もう、最近はこんなことする人も少なくなったってな」
 死後の世界を信じるか信じないかは別として、こういうしきたりは忘れずに続けていきたい、というのが父の考え方だ。
 しきたりなんて全否定したい私とは180度逆なので、私のことを牽制したつもりなんだろう。ここで私が余計なことを言ったりした日には、盆だってのに母の墓前でケンカをすることになりかねない。オトナになって、黙ってウンウン頷く。
 「さあ、これでお母さんが来たたい」
 蝋燭に移した火を仏壇に捧げ、少し肩を落として仏壇を拝む父。後ろ頭はすっかりハゲだ。二十年後には私もこういう運命か(^_^;)。
 私としげも、父に続いて手を合わせる。父と私は数珠を使うが、しげは使わない。何か意図があるんだろうか。単にめんどくさいだけかもしれないが。
 ふと、位牌を見ると、母の戒名の字数が祖母のものより少ないことに気付く。葬式んときにケチったからかなあ(^。^)。さて、オヤジんときにはどうするか。母と字数が違うのも座りが悪い感じだし。
 私は戒名なんて要らないけれど、死んだあと勝手に変な名前つけられそうな気がするな。もっとも私がマトモに墓に入れたならって話だが。

 母は、しょっちゅう夢の中には来てるように思う。うっすらと、そんな気はしてるのだ。けれど、目が覚めたら忘れてることがほとんど。多分、私のいろんなドジに呆れてるんだろう。 
 父はもう食事をしていたとかで、火を焚いたらすぐに帰宅する。
 なんだか疲れが溜まってたので、そのまま寝る。


 マンガ、小花美穂『アンダンテ』2・3巻(完結/集英社/りぼんマスコットコミックス・各410円)。
 えーっと、お兄ちゃんは、血のつながった妹と、血のつながってない妹と、どっちを選ぶか迷って、血のつながってる妹を選びました。マル。
 って、いーのか? 『りぼん』にそんなマンガ載っけて。私はいいんだけど、世間の反響はいろいろあったんじゃないかなあ。わずか3巻で終わり(と言っても一年以上は連載してるけど)ってのも、もしかして、どこぞから批判があったせい? とか邪推したくなる。
 もっとも、前作の『こどものおもちゃ』でも、相当シリアスな設定持ちこんでたから、これくらいなんということもないのかも。
 けれど、本当の人間ドラマってのは、ここから始まるんだよね。
 恐らくはもう長くは生きられないだろうメルと兄の那都との最後の日々、更にメルを失ったあとの那都の生き方はどうなるのかとか、洲に押し倒されたあと茗はどうなっちゃうのかとか(^o^)。ヘタすりゃドロドロする直前でシメちゃったのが、少女マンガの限界ってことなのかなあ。


 マンガ、永井豪『魔王ダンテ 神略編』1巻(講談社/マガジンKCZ・550円)。
 永井豪がいったいいつからつまらなくなってしまったのか、ということを真剣に考えてしまうと、それはどうしても『デビルマン』を頂点として、答えるしかない。もちろんそののちも永井氏は『バイオレンスジャック』『手天童子』『凄ノ王』と力作を発表していくのだが、作者本人がどんなに精魂込めて描いていようが、読者にしてみれば、燃え尽きたあとの「残滓」にしか見えなかった。いや、『デビルマン』以前はたとえギャグマンガであろうが、永井氏の若さとエネルギーの爆発が見られていたのに、それ以後は気の抜けたサイダーのような、はっきり「愚作」としか言えない作品ばかりを乱発するようになってしまったのだ。
 それは『デビルマン』の原型たる『魔王ダンテ』のリメイク版であるこの『神略編』を読めば特に感じることである。オリジナル版でメドゥーサによって語られた侵略者としての「神=人間」の起源。1巻を費やしてそれを描きながら、それは物語でもマンガでも無く、ただの「説明」にしかなっていない。作者本人は語り口が上手くなっているつもりなようだが、実際にはどんどんヘタになっている。魔獣ゼノンとの戦いの後、メドゥーサの涙とともに語られたからこそ、かつての神略に読者は衝撃を受け、悪魔たちの戦いに感銘を受けもしたのだ。
 『マジンガー』や『キューティーハニー』のリメイクもそうだが、どうして永井豪は自作を貶めるような新作ばかり描くようになっちゃったのか。描線が死に、キャラクターに深みがなくなり、アイデアも陳腐、ドラマも作れない、どうにも見るに堪えない状況がもう何年続いているだろう。なのに、どうして誰も永井さんに「つまんねえよ」と言ってやらないのか。本当に永井さんは燃え尽きてしまったのか。
 思うに、完全にシリアスに転じてしまって後、永井さんのマンガからは「伸びやかさ」が消えていったのではないか。
 『ハレンチ学園』『キッカイくん』『あばしり一家』『馬子っこ金太』『まろ』『ズバ蛮』『ガクエン退屈男』『あにまるケダマン』『ドロロンえん魔くん』『スペオペ宙学』『イヤハヤ南友』『おいら女番』『けっこう仮面』『迷探偵イボ痔小五郎』、かつて驚嘆と歓喜に打ち震えつつ読み耽っていた一連の永井豪ギャグワールド。ギャグかと思えばシリアス、シリアスかと思えばギャグ、その縦横無尽な自由さこそが永井豪の真骨頂だった。しかし、今の永井氏のマンガにはそういった驚きが毫も見受けられない。
 今、永井豪は何かに縛られている。
 それは、永井氏自身、長年かかって自ら身に付けたと信じているマンガのテクニックだろう。けれど、コマ割り一つ取ってみても、永井氏の技術は昔より後退しているのである。もはや昔に戻ることが出来ないのはしかたがない。けれどせめて、自分の遺産を食いつぶすマネだけはもうしてほしくないのだ。
 このままだと、『デビルマン ハルマゲドン編』なんてのを、いつか永井さんが描き始めるんじゃないかと心配で心配で……。

2001年08月13日(月) 代打日記
2000年08月13日(日) 盆がはよ来りゃはよ戻る/『明治快女伝』(森まゆみ)


2002年08月12日(月) ほしのローカス(笑)/『トライガン・マキシマム』7巻(内藤泰弘)/『コータローまかりとおる!L』4巻(蛭田達也)ほか

 今日も謎の出張(^^)。
 全くたいして立派な仕事でもないってのに秘密にしなきゃならんってのも理不尽な話だ。でも、不思議なもので、こうやって職業をボカして書いてると、それはそれで知ってる人には面白く読めるらしいんである。「私だけが知っている」(また古いネタを……)って快感があるってことなんだろうか。
 けれど知らない人にはいったいどんな仕事してるように見えてるのかね、私は。そこんとこ聞いてみたい気もするけれど、当たっちゃったら困るしなあ。
 世間的に偏見の強い職業でもあるし、この日記書いてる私は、本職の立場を離れて自由に書いてるのだけれど、どうもそこんとこを誤解されることも多い。ネットで知りあった人と親しくなって、つい職業を言っちゃった途端、疎遠になっちゃったって経験もあるしな(^_^;)。全くどんな職業なんだか。

 帰りに博多駅を回って、紀伊國屋に寄ったら、ちょうど宮部みゆきの『理由』が文庫化されていた。しげがつい二、三日前に、「『理由』はまだ文庫になっとらんと?」と言ってたので、買おうかと思ったが、うっかりしげも買ってちゃマズイので、念のためしげに電話を入れる。
 けれど全く応答がないので、さては寝てるものと思って、安心して『理由』を購入。ところが、帰ったら、しげも昼間本屋に寄っていてちゃっかり買っていたのだった。
 「何で電話に出なかったんだよ」
 「だってヒョウジケンガイだったから」
 携帯の電池が切れていたので公衆電話でかけたんだが、あれって、ナンバーディスプレイだと「ヒョウジケンガイ」って出るのな。うーむ、この行き違いはどうしようもない。
 余った一冊はしかたがないからよしひと嬢にあげよう、ということになったが、こんなダブり分を通算したら、多分、これまでで万単位で損してるのだ。これって、すれちがいが多い夫婦ってことになるのかな。


 マンガ、内藤泰弘『トライガン・マキシマム』7巻(少年画報社/ヤングキングコミックス・520円)。
 掲載誌の休刊で一回中断したときにはここまで続くとは思わなかったけれど、いよいよクライマックスが近いかな。ヴァッシュとナイブスがどうして別々の道を選択しなければならなかったのか、謎がようやく明かされていくんだけれど、ちょっと『エヴァンゲリオン』か『エイリアン4』っぽいな。
 考えてみたら、これも延々と続く『フランケンシュタイン』テーマの物語だったわけである。ある意味結末がわかりきっているこのテーマの物語に、なぜ人が惹かれ続けるのかってことも、考えていけば哲学的に面白い研究テーマになるんだろうな。私は面倒だからやらんが。


 マンガ、蛭田達也『コータローまかりとおる!L』巻之四(講談社/少年マガジン・コミックス・410円)。
 連載、最近は巻末ページに近くなってきてるけど、打ち切りになったりしないだろうかななあ。もっとも、今巻で通巻90巻になる連載が終わったからって、早過ぎるってことはないんだけれども。
 それでもこれが大長編の最終章だと考えれば、まだ敵のほんの一旦しか見えていないのに、尻切れトンボで終わってほしくはないなあと思う。もう一度復活してほしいキャラ、腐るほどいるぞ。個人的にはジェイソン(♀)が好きだったしなあ(そういうファンも滅多にいないと思うが)。
 コータローの父ちゃんだって出さないとね。

 今回新登場のいかにもヤラレ役なマール・スネーク、名前からして「大蛇丸」なわけだけれども、となるとあとは自雷也に綱手姫が出るのかね。自雷也はまんま「G・ライヤー」とかになりそうだよな。綱手姫は「プリンセス・ロープハンド」か?(^o^) ちょっとネーミングはも少し考えてほしいもんだけれども、未だに「シーノ・タッカー」の元ネタがわからない。誰か知らない?


 WOWOWで『エースをねらえ!』1〜4話の再放送。
 久方ぶりに見たけれど(最近そういうのが多いな)、よくお蝶夫人のキャラデザインなんかがからかわれるけれど、それ以前にセリフ回しがもう聞いてて恥ずかしくてしかたがない。当時ホントにこんな喋りかたしてた少女たちがいたのかね?
 大学時代、下宿先の学生が、私以外みんな、原作の『エース』にかぶれちゃって、アニメ版、劇場版を「原作の精神を全く解ってない」と憤慨してたが、いったい原作の『エース』にどんな思想があるというのか。私ゃ妄想しか読み取れなかったんだけれど。向上心も精神修養も、それが規範扱いされて人を縛れば宗教にしかならんと思うんだがねえ。


 夜中の3時頃、ペルセウス座流星群が北東の空に見えるとのニュース。
 あいにくの空模様なのだが、もしかしたら見えるかもしれない、と思い、仕事帰りのしげを誘って、須恵の岳城という山に向かう。
 街中では明る過ぎて見えないことは解りきっていたけれど、どの山に登れば条件がいいかは解らない。ニュースでは「雲が出ていますので、南の方に行かないと」と言ってたが、具体的な山の名前は言わなかった。
 岳城は南というより東にある。そこを選んだのは、そこなら道を知ってる、ということでしかない。
 山腹に公園があって、乗用車が何10台も並んでいる。てっきり我々と同じ空の観測に来たのかと思ったが、誰も外に出ていない。ただの駐車場がわりにしてるかと思ったが、側を通ると人が乗っているのである。
 ……こんなとこまで来てヤってんじゃねえよ(-_-;)。
 とてもこんなところで観測はできないので、行きつ戻りつ、山上の広場の側に車を停める。

 ずっと昔、中学生の頃、友達とみんなでキャンプをした。
 水を汲みに、山間の小道を歩いていて、ふと見上げたら、空一杯に天の川が広がっていた。
 そのころも目は悪かったが、まだ今よりはマシだった。どれくらい、そこで空を見上げていたろう。水を持って帰って、「どこまで行ってたんだよ!」と友達に叱られたから、結構な時間、ぼーっとしてたのだ。
 「もう、こんな星空は見られないかもしれない」
 そのとき、そう思ったのが、当たった。

 視力は年々衰えている。右目はときどき血管が切れるようになって、霞むことも多くなった。
 何年か前、同僚と雑談していて、「もう星を見ることもないかもって思いますよ」と言ったら、「まあ、そうでしょうね」と笑われたことがある。その同僚とは結構親しくしていたのだが、その一言がその人との絶縁の動機になった。思い返せば青臭い話なのだが、この人には「孤独」の意味ってのがわかんないんだよな、と悟ってしまったのだ。
 今日、星が本当に見えると思っていたわけではない。
 ただ、しげと一緒に星を見たことがなかったな、と思って、それで衝動的に行きたくなったのだ。
 
 暗い中、私は足元も見ずに広場に上がって行く。どうせ見たって見えないのだから同じことだ。しげの方が心配しているのか自分のほうが怖いのか、懐中電灯で私を照らしながら追って来る。
 「そんなん光らせてたら星も見えんよ」
 私の側に来て安心したのか、しげ、懐中電灯の光を消す。
 しばらく、流星雨が流れるという北の空を見た。
 しかし、山の上でも、平野の電気は空をそれとなく照らしている。雲間にチラチラと星が見えなくもないが、そこにもまたうっすらと雲が掛かってはいるのだろう。昔見た、あの星の群れには程遠い。
 しげが「何か流れた気はするけど、錯覚かも」と言う。
 しげの視力は1.0以上だろう。そんな錯覚すら私には見えない。
 もう、見えないな、と諦めたが、まだ帰るわけにはいかなかった。いつの間にか流れ出していた涙が乾いてくれないと困るからだ。
 「星が動いてない?」
 としげがバカなことを言う。
 「星は動かねえよ」
 と答える。
 「目がおかしいのかな、ほんとに星が動いて見えるんだよ」
 多分、雲が動いているので相対的にそう見えているのだろう。
 夜目に慣れて、何となく足元も見えるようになってきた。
 10分か、20分か、そこにいた。
 そして、帰った。

 多分、またいつかしげを誘って、星を見にいく。そのときも見えないかもしれないけれど、それでも見にいく。
 付き合わされるしげには迷惑かもしれないが、せっかく夫婦になったのだから、これくらいのワガママは許してもらいたい。

2001年08月12日(日) 代打日記
2000年08月12日(土) 地雷炸裂/『スヌーピー26 ぼくはどこへも行かない夜』(チャールズ・シュルツ)ほか


2002年08月11日(日) 島田賢志君、元気?(読んでねえって)/DVD『∀ガンダム�供〃邯�蝶』/『キカイダー大全』(岩佐陽一編)ほか

 今日もまた出張。
 車で送ってもらおうと思ってたのだけれども、しげ、めんどくさがる。
 『外、暗いよ。雨も降りそうだから送ってくれん?」
 「雨、降ってないよ。電車の方が絶対速いから行って来なよ」
 「電車は途中までじゃん。現地までの足がないし」
 「乗り換えのバスがあるよ。ちゃんと知ってるもん」
 しげの言葉を信用して、電車で現地に向かうが、駅を降りてみると乗り換えのバスなんてない。しかも雨も降り出した。しげの適当なウソに騙されたのだ。
 遅刻するわけにはいかないので、タクシーを拾う。この分のタクシー代はしげに請求してやるぞ。

 帰りにバス停で偶然、知り合いの女の子たちに出会う。
 「こんなとこで何してるんですか?」と驚かれるが、確かに、ここは「こんなところ」だ。仕事がらみなんで具体的には書けないんだが、普通、私のような職業の者がいる場所ではない。案の定「仕事で」と言うと目を丸くされる。
 すぐバスに乗らなきゃならなかったんで、たいして会話もしなかったが、実は知り合いと言っても顔をあまり覚えていなかっので助かったのである。ただでさえもの覚えが悪い上に、人の顔があまり見えてないせいなんだが、相手は覚えられてないとわかったら気を悪くするだろうなあ。すまんこってす。
 いや、努力はしてるんですけれどもね。若い女の子って、このトシになるとみんな同じに見えちゃうんでねえ。
 あの、道端で私と出会って無視された経験のある方、私、単に相手の顔が見えてだけなんで、許してくださいね。声かけられたらわかりますから。


 昨日に引き続きDVD『∀ガンダム�供〃邯�蝶』。
 宇宙編に入ると途端につまんなくなるんだよな、これが。と言っても、テレビシリーズ初期の演出が素晴らしかったんで、反作用的に後半のキャラクターのウスさが目につくってことなんだけど。
 テレビシリーズを見るのを途中でやめてたんで、この後半部分は実は今回が初見。だもんでテレビシリーズとの細かい比較は出来ないが、『地球光』と『月光蝶』との間には、相当カットがあるらしい。
 ディアナがいつの間にか埒されてるのは、映画版だけを見ていると確かに戸惑うのだけれど、不思議と説明不足じゃないか、という気が起こらない。やはり「勢い」の演出で見せてしまう点は評価しないとなあ。
 それにしても、どうして今回の敵方、バカばっかりなの?
 アグリッパ・メンテナー、一応オマエ黒幕だろう、ギム・ギンガナムみたいな
狂人と組んだら自分の身が危なくなるって気付けよ(-_-;)。「地球の重力に引かれて」云々のセリフも、「黒歴史」引きずってるしなー。思想に凝り固まったバカしか為政者にはなれないって皮肉のつもりか?
 こんな後半にステロタイプな悪役がゾロゾロ出てきちゃったっていうのは、キースを悪役にし損なった構成ミスじゃないかと思うがどうかね。石丸博也のちょっとおかまチックなアグリッパの声アテは好きだけどさ。
 テレビ放映終了時に論争となった「ディアナ様はラストで妊娠してたのかどうか」問題、いや、思い入れの激しいお方がネットでンなこと仰っていたのだけれども、富野さん、ロランとディアナを本気でそういう関係にしたいんだったら、もっと具体的な描写するよ。温かいスープと厚着だけでそう決めつけられたら、冬場の女は皆、妊娠してることになるがね(^_^;)。
 
 テレビ版のラストでちらっとだけ流れた「祭の音」、劇場版ではカット。ディアナ様のまどろみは、そのまま星空に沈んで行く。些細だけれどもテレビから劇場に移って、富野さんの心情に何か変化があったのかな。それがどんなものかはよく分らないんだけれども。


 夜、仕事から帰ってきたしげと食事に出かける。
 ふと、車の助手席から手を伸ばして、しげの肩に手を置くと、「うひょひょい!」と叫んで驚かれる。
 「……何、驚いてんだよ!」
 「だっていきなり手を置くやん! 誰か分からんでビックリするよ!」
 「誰かわからんって、オレ以外に誰がいるんだよ!」
 「誰かおったらって思うから怖いんやん!」
 「自分自身の妄想で勝手に怖がるな!」
 うーん、久しぶりにラブな雰囲気でも演出してやろうかと思ったのに、しげ相手ではムリなのであった。

 食事はガストで。
 そろそろまた金欠病が始まっているので、しげに奢ってもらう。となると高いメニューは選べない。スパゲティと目玉焼きハンバーグで千円以内。スパゲティもハンバーグもしげに分けてあげるので、これくらいの量ならなんとか納得してもらえる。自分がたかるときには二品も三品も頼んでデザートまでつけさせるのに、私に奢るときにはケチケチ値切るのである。これだから貧乏人は(以下自粛)。

 ガストのディスプレイ、以前はあった唐沢俊一さんの一行知識コーナー、消えてしまっている。利用者が少なかったのかなあ。準備期間が長かったわりには、実際の利用期間はえらく短かった気がする。
 仕方なくほかのコーナーを見たら、「夫婦の値段」を計るというのがあって、私はこういうのに目がない。試しにしげとやってみたら、「マイナス一億二百万円」と出た。千万の単位がないところが妙にリアルだ(^_^;)。
 どうやら、今日は我々、最悪に相性の悪いカップルらしい。さっきの「肩に手」が影響してるか? 以前、ジョイポリスで占ったときは「最高」だったんだけれど、やっぱりそのときそのときの気分で結果は違うもんである。


 マンガ、奥田ひとし『新天地無用!魎皇鬼』3巻(角川書店/角川コミックスドラゴンJr.・588円)。
 新シリーズになって、長編ばかりになっちゃったなあ。以前みたいなおバカな短編シリーズの方が好きだったんだけれども。
 鷲羽ちゃん中心の話になっちゃって、魎呼も阿重霞も影が薄くなったよなあ。ブラック鷲羽軍団との団体戦でも多分負けるだろうと思ったらその通りだったし(^_^;)。90年代版『うる星やつら』って雰囲気で始まったこのシリーズだけど、本来ヒロインになるべき魎呼・阿重霞より、砂沙美、鷲羽、美星の方に人気が偏っちゃったのが、ドラマを作りにくくした要因じゃないかなあ。ぶっちゃけた話、魎呼がラムで、阿重霞がしのぶなんだから、魎呼はもちっと露出度がないと、阿重霞との差異がハッキリしないんである。……じゃあ主役の天地はどうなるんだって話だけれども、天地があたるみたいに男の煩悩の塊になっちゃっても困るけど、品行方正で無個性すぎるのもちょっとね。そのへんも『天地無用』がオタク人気に留まっちゃった原因の一つかも。
 ブラック鷲羽改め多麻ちゃんの登場で、また新キャラ増えたけど(今更)、このネタ、新OVAシリーズには繁栄されるのかね。

 『天地』と言えば、これのテレビ版第1シリーズの動画を担当してた島田賢志君、昔の知り合いなんだけれど、最近ようやく原画に昇格したみたいだ。遅えよ(^_^;)。ビンボーしてるんじゃないかとは思うけど、アニメーターを辞めてなかったのはホントに立派だ。まだ三十歳にはなってないんだし、がんばって監督目指してほしいなあ。
 私信。よしひとさん、島田君は『アベノ橋魔法☆商店街』の10話の原画やってるので、その巻だけでも買ってあげてね(^^)。
 

 岩佐陽一編『キカイダー大全 人造人間キカイダー/キカイダー01の世界』(双葉社・2100円)。
 双葉社の大全シリーズはこの種のムックとしては資料的価値が高い方だが、以前に出た角川書店の『人造人間キカイダーTRIBUTE』の方が資料的に正確な部分も多く、そっちを参考にしておきながらどうしてウソ書いてるのかなって疑問に思う部分も多い。
 例えば「原作萬画は、原作者の石ノ森章太郎の筆で連載された」とか書いてるけど、石森さんは下書きを担当しただけで、実際には土山芳樹、細井雄二、山田ゴロが作画してたのは有名。そういうボカし方って、かえって石森さんを傷つけることになると思うんだけど、どうなんだろ。
 原作版登場時に名前のなかった服部半平の助手に、アニメ版に準拠して「猿飛悦子」って名前を記載するのも資料としてはどうかと思うけどなあ。……光明寺博士の名前、原作のときから「伝」だったっけ? 
 インタビューの類は充実。一人一人の思いが違っているのをつき合わせて見るのも、見方としては意地悪だけれど楽しい。ワルダーとビジンダーの恋など、平山亨プロデューサーや脚本の長坂秀佳は嬉々として語ってるのに、ジロー役の伴大介は、主役の池田駿介をないがしろにしてる、と怒ってる。
 どっちかと言えば、私は伴さんの意見に組したいところだな。路線変更と言えば聞こえはいいが、実質的にはテコ入れだ。元からギャグならともかく、途中からオチャラケになっちゃ、第1話から見てきたファンにとっては腹が立つのも当然だよ。もうビジンダーの「ムネのボタンをはずして!」だって、嗤うしかなかったし(すみません、私、志穂美悦子はそんなに好みじゃなかったんです)。ワルダーだって、いくらなんでもサムライロボットはねえだろと思ってたし。原作コミックでワルダーがただ単に「ミエ子の兄」と設定されてたのも、さすがにあれはない、と石森さんが考えたからじゃないかな。
 原作の精神に忠実に、と作られた新アニメシリーズが、「01編」に入って監督交代、ダイジェスト版になっちゃったのは残念でしかたがない。これで岡村天斎監督版のリメイクはまず作られなくなったってことだろうからなあ。アニメ版ワルダーも見たかったのに。

2001年08月11日(土) 代打日記
2000年08月11日(金) 小心者は女房に内緒で寿司が食えるか?/『冥王と獣のダンス』(上遠野浩平)ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)