無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年02月11日(月) うまいぞもやしマヨネーズ/『ONE PIECE ワンピース』22巻(尾田栄一郎)

 寝床をよしひとさんに明け渡し、ソファはしげに占領、必然的に私は床で寝たので、起きてみるとカラダが痛い。
 実際、三時間ほどしか寝てないので、ちょっと吐き気もする。
 なんとか寝る空間を作らないとなあ。

 テレビを付けると『大岡越前』の再放送が。
 加藤剛の老け具合(あれほど刮舌のよかった人が、近年は聞き取りにくいこと)と、キャストを見ると、結構最近のやつらしいが、まだフィルム撮影だ。
 してみると、あの月曜ナショナル劇場のシリーズがビデオ画像に切り替わったの、そんなに古くないのだな。何しろ、もうあの番組枠を丹念にチェックしてないので、そのあたりの事情はよくわかんないのである。


 しげとよしひと嬢、早々に芝居の練習に向かう。
 その間、チャットで教えてもらった、ダイエットにいいという「もやしマヨネーズ」を作ってみることにする。
 茹でたもやしとマヨネーズを混ぜるだけ、という手軽なものだが、一味足りない気がしたので、胡椒を少々加えて、ご飯にかけて食べると滅法ウマイ。
 昨日、一足先にそれを作って食べていたしげは、「水っぽくておいしくない」と言ってたが、さほど「水っぽい」感じはしない。
 ……水切りが不充分だったんじゃないのー?
 なんだかなあ、インスタントラーメン作っても、しげが作ると私よりなぜかマズイんだが、結局はザツな作り方しかしてないからじゃないのか。自分の努力不足をあたかも食材の責任のような言い方をするのは潔くないよなあ。

 食ったら疲れ果てて寝る。
 夕べゆっくり眠れていなかったので、夕方過ぎまで熟睡。
 ああ、また日記の更新ができなんだ。


 カバヤから出ている食玩、『ゲゲゲのしげる妖怪絵巻』を四つほど買って組みたてて飾る。
 もうパソコンが2台あるから、古いやつの前や上に飾っても、しげに捨てられる心配はない。
 他にもキングギドラだのジェットジャガーだのロック鳥だのを並べていると、なかなかに壮観である。
 ……でも女っ気がないなあ。今度『あずまんが』のガシャポンでも買ってこようかな。
 この『妖怪絵巻』、水木画伯の画業満50周年を記念しての発売というのだから、結構気が入っていて、先行のフルタの『百鬼夜行』ほど精密ではないが、見ていて「楽しい」ものに仕上がっている。
 「大かむろ」はちゃんと扉の向こうから顔を出しているし(伝説では扉を開けるとそこに巨大な顔が……ということになっている。いわゆる「大首」ですな)、「砂かけ婆」の足元からはちゃんと砂が舞いあがっている。
 「塗り壁」を出すなら海岸か森の中だよな。墓場はちょっと……というのは民俗学的見地からだけど、そこまでやっちゃうと、凝り過ぎってもんか。
 よかったのは「死神」で、ちゃんと死体から魂取り出してるポーズ。
 この「死体」が、あのメガネの桜井昌一なんである!
 いやあ、長生きはするもんだなあ、まさか桜井昌一のフィギュアを手に入れることが出来ようとは(^o^)。

 さて、フィギュアの出来もさることながら、この食玩のもう一つの目玉は、水木しげる御大の「メッセージ」である。

 「この『ゲゲゲのしげる妖怪絵巻』という名前はわたしが付けたんですが、わたしは小さい頃『ゲゲ』と呼ばれていたんです。そのときに会ったのんのんばあというおばあさんから聞いた妖怪の話は、とても怖くて楽しいもので、今でも覚えていますョ。
 だからこの人形は子ども達に買って欲しいですね。そして大切にずーっと持っていて下さいね。
 カバヤさんもこれからずーっとシリーズを出し続けて下さい。ワハッハハ」

 「だから」がどう「だから」なのかよく分らないけれど、「ずーっと出しつづける」のは無理じゃないかなあ。「鬼太郎」はともかく。「死神」のフィギュア欲しがるやつがこのニッポンにどれだけいることか。
 ……結構いたりして(^_^;)。


 しげ、帰ってくるなり、ベッドで横になっている私に、「よしひとさんの布団に頬をスリスリとかしてないやろね?」と睨みつける。
 「するか、アホ! ちゃんと、布団は片付けとるわい!」
 「よしよし、少しは人の道を弁えとるね」
 「人の道ってなんじゃそりゃあ! おまえならスリスリして匂いをくんかくんか嗅ぐんやろ!」
 「するに決まってんじゃん!」
 ……あの、よしひとさん。あなたがウチに泊まったあと、しげは布団に頬をスリスリするそうですが、そんなことをさせててもいいものでしょうか。


 夜はまたまたチャット。
 もはや病膏肓である。明日は仕事だっていうのになあ。
 

 マンガ、尾田栄一郎『ONE PIECE ワンピース』22巻(集英社・410円)。
 折り返しのところに、「日本人の中でも読解力がスゴイのは漫画をよく読む人。スバらしくない?」なんて作者のコメントが載っている。
 うーん、それはその通りだけどねー、その「漫画」の中に『ワンピース』は入ってないよ、多分。つーか、さも自分のことのように書くのって、思いあがってきてないか、尾田栄一郎。第2の小林よしのりにでもなるつもりか。
 ……あ〜、そういやまだ出て来てなかったか、Mr.7。
 なんか音楽家みたいな格好してるが、こいつが実はルフィたちの仲間になったりしてな。そりゃないだろうけど。
 今更とってつけたように登場させるあたり、どーせしょーもないヤラレキャラなんだろうってのがバレバレなんだが、既にストーリー自体は破綻しまくりで、すっかりつまんなくなってる本作の中で、こういうキテレツなキャラが続々登場してくれるのだけが唯一の救いである。
 ……でさあ。
 この「ミス・ファーザーズデー」ってさあ。
 なんで「蛙」のコスプレしてるのかってことだけどさあ。
 「父の日」で。
 「父帰る」……「父カエル」……「父・蛙」って……もしかしたらそーゆーこと?
 まあ、何やってもいいですけどね、もう。
 でもようやく次巻で『アラバスタ編』も終わりだろうな。
 伏線張るだけ張りまくってるから、本気で30巻、40巻を狙ってるんだろうけど、だったらもう少しオリジナルなストーリーを作ってってほしいもんだ。
 だから何度も言ってるけどいい加減でシャンクス出せよ。
 

 俳優、原健策氏、7日午前7時、老衰のために死去。享年96歳。
 我々の世代だと、なんと言っても『仮面の忍者赤影/根来編』の根来十三忍の頭領、暗闇鬼堂のつけバナオヤジ。
 薄い唇から漏らすように喋る独特のセリフ回しがいかにも悪の頭領らしいカンロク出してたなあ。
 原さんはもちろん“プレ・赤影”とも言うべき映画『大忍術映画 ワタリ』にも出演していて、ワタリの敵、伊賀崎六人衆の一人、「トリコ」を演じている。
 相手の動きを封じて無数の蛾に襲わせる忍法「カカツツミ」でワタリを窮地に陥らせるけれど、この作画が当時の東映動画の精鋭、森康二、菊池貞雄、羽根章悦のお三方。……考えてみたら「合成」という形だとは言え、すごく豪華な共演だよなあ。赤影のときより濃い演技で(下っ端だからかえってハデ)金子吉延を圧倒する姿、印象に残っている。こいつも早いとこDVD化してほしい。
 後年は渋い脇役を演じることが多かったが、デビュー当時は白塗りの2枚目だったんである。
 伊丹万作の名作『赤西蠣太』(志賀直哉の原作と結末が違うところがよい)で、主役の片岡千惠藏が「醜男」という設定だったのに対し、その親友である青鮫鱒次郎役の原健作(当時の芸名は字が違う。このことに触れている記事は一つもなかった)の男っぷりが目立っていた。
 このころの顔は、今見ると、なるほど、ムスメさんの松原千明に似ているのである。……それにしても、おとっつぁんが五十ナンボの時の子供なんだよなあ、松原千明。不敬懇談会のときなんか、ちょっと恥ずかしくなかったかな。

2001年02月11日(日) 水の中の失楽/アニメ『も〜っとおじゃ魔女どれみ』1・2話ほか


2002年02月10日(日) 男が女に暴力を振るうワケ/『仮面ライダー龍騎』第02話「巨大クモ逆襲」/アニメ『サイボーグ009』第17話「決戦」ほか

 今日はよしひと嬢がお泊まりということだが、わざと部屋の片付けをしなかったら、いつもは汚い部屋でも平気で客を通すしげが、さすがに一部だけではあるが掃除をしていた。
 穂希嬢のときは全く片付けようって気を起こしてなかったけれど、よしひと嬢だけはさすがに別格なのか。客によって、掃除の質を変えてるってのもイヤらしいよな。どういう基準でランクつけてるんだよ。
 なんと、寝室だけでなく、トイレ、風呂も一応、磨いてはいるんである。こんなことは滅多にない。
 でもトイレのゴミは捨ててないし、まだまだ甘い。
 日頃片付けるクセをつけてないから、やっぱりどこか抜けているのだ。
 家庭を作るってことがどう意味を持ってるのか、少しでも自覚があれば、要領もだってよくなるだろうに。


 今日は日曜出勤。しげは一日芝居の練習なので、車で送ってもらうのは行きだけ。私は半日だけの拘束なので、先に帰宅する予定なのである。
 今日はそんなにキツイ仕事じゃない。
 合間に本も読めたりするんで、これくらいのペースなら余裕を持てる。
 けれどおかげで、朝の番組はほとんど見られなかった。
 1話も録画したし、『仮面ライダー龍騎』だけ、ビデオ録画をしかけておく。

 帰宅して、早速、『龍騎』第02話「巨大クモ逆襲」を見る。
 映像見てるだけじゃ、設定がよくわからんのだよなあ。これ、『ガンダム』以来の悪癖で、とりあえず映像の勢いで見せちまえばオッケー!って感じで、かえって視聴者置いてきぼりにしてる面もあるんだよなあ。
 あとでもう少し詳しい説明が出てくるんだろうけれど、ミラーワールドとカードデッキの関係くらいは、ちょっとくらい説明があってもいいんじゃないか。でないと、真司が「仮面ライダーになろう」と決心するモチベーションたりえないからだ。
 ……実際、どうして真司はライダーになろうって思ったんだよ。
 神崎優衣が兄・士郎を探すために戦っているから……って、つまりは女のためか? そんな風にしか見えないぞ。
 話には聞いていた、「仮面ライダー同士の戦い」、これの意味もまだ説明はされない。引くだけ引いて、「結局『イナズマン』じゃん」だったアギトみたく、もったいぶらないでほしいんだけどなあ。だいたい、そんなことやってたら、モンスターの影が薄くなっちゃわないか? 既に3話でそうなりかけてるぞ。

 遅れに遅れている日記をがんばって更新。
 けれど、休日でもなぜか書ける量はたった一日分。
 ……時間があると、一日の密度を濃くしたくなるんだよねえ。
 因果な性格であることだ。


 マンガ、モンキー・パンチ原作・監修、山上正月作画『ルパン三世y』12巻(840円)。
 10巻あたりから感想書いてなかったような気もするが、なんっつっても総集編の感想も書いてるから、ゴチャゴチャになるのよ。内容ダブってるし。
 主要キャラ以外の敵が弱いよなあ、と思ってたんだが、「1話では倒されない」月虎一族が登場。
 これが旧原作のネズミ一族とかシャードックとかシークレット7とかみたいに、コケオドシじゃなきゃいいんだけどね。たいてい、最後は悪あがきして惨めに死んでくから。
 本当に怖い敵は、死に方も美しくなきゃいけないのだ。


 アニメ『サイボーグ009』第17話「決戦」。
 感じとしては第一部完、と言ったところか。
 前回と合わせて前後編で時間もとってあるし、作画も整ってるしで、そう悪い出来でもないんだけれど、とうもストーリーに安易さが目立つ。
 ああ、なんだか前のアニメ化のときも『エッダ編』から始める、と聞いてウキウキしてたら、原作と似ても似つかぬ展開、そして場つなぎのエピソードのあと、ネオブラックゴースト編に入ったものの尻切れトンボで終わりという、なんともヘタレな結末を迎えてガックリきたもんだったけど、同じような感じになってきたなあ。
 
 死んだと見せかけて、ブラックゴーストの要塞・デーモンズロックの内部にサイボーグたちが潜入、そこまではいい。
 けれど、コントロールルームをあまりにあっさりと占拠しすぎる。
 そんなに防備がいい加減なのか? これまでの回でも、どこか軽々しく、愛嬌すら感じさせるような描き方すらされていたが(作画は悪かったが、まだ姿をあらわさずに003を操った『幻影の聖夜』の方が組織の底知れなさを感じさせていて怖かった)、ブラックゴーストの組織の卑小さがここでも悪いかたちで目立っている。
 基地が次々と殲滅されていくのに業を煮やしたスカールが、遂に自ら指揮をとり、ようやく、サイボーグの機能を停止させる特殊な電磁フィールドを発生させる新兵器・テスラによって、00ナンバー達とギルモアをとらえる。
 けど、ここでスカールのやつ、009に言うんだな。
 「どうだ? 一騎打ちをして勝ったらおまえたちを助けてやろう」
 ……仮にも世界のウラで暗躍する死の商人のボスが、今更そんなガチンコやってどうする。ジャッキー・チェンの映画じゃねえぞ(あの映画はそれはそれで楽しいが)。
 こういうベタな展開やってくれると、先がミエミエになっちゃって興味が湧かなくなるんだけどなあ。
 案の定、スカールは「たかが00ナンバーにやられるとはァァァァァ!」とかなんとか、負け惜しみの定番セリフを吐いて死んでいく……っつってもサイボーグだから、また復活するんだろうけど。
 ああ、陳腐。
 来週からは番外編かあ。
 「張々湖飯店」や「クビクロ」、「ディノニクス」あたりをやるみたいだなあ。もう、オリジナルはいいよ。キチンと原作を消化してくれ。
 場つなぎやるってことは、ちゃんと「ミュートス・サイボーグ編」のときにはキチンと脚本も作画も間に合わせますってことだな? ちゃんと1年付き合うつもりなんだから、途中で打ち切られたりするなよ。


 夜、昨日の余韻が覚めやらず、またもや某サイトのチャット室に顔を出す。
 でも昨日のように何十人も来るはずもなく、せいぜい四、五人。
 けれどその静けさもまあまあオツに感じられるのである。
 内容は例によって詳しくは書けないんだが、こういうチャットの常連に自分がなる日が来るとは感慨無量である。
 だって、昔は、文章の書きこみのやりとりで、心のこもった会話が出来るなんて思ってもみなかったからね。
 それどころか、気がついたら今日も昨日に引き続き、チャットでアニメカラオケやってしまってんだよ、バカだよねえ。
 「さぅあぁ、ぃよぅみぐわぁあえぃれぇ、るあぁいどぅいぃぃぃん、るあぁぁぁぁいどぅいぃぃぃぃん!」。
 ……神の御心は謎だ。


 しげ、よしひと嬢をお連れして、練習から帰ってくるが、ほぼ午前様に近い。
 はやくお休みしていただくのが本当なのだが、つい、話しこんでしまう。
 チャットの余韻が残ってるか(^o^)。

 しかもネタはもの珍しくも「恋愛論」である。
 言い出しっペは私。
 「こないだ貸した岡田斗司夫さんの『30独身女、どうよ!?』、どうだった?」
 考えてみたら、私が本をお貸ししたもともとの理由ってのが、実際に30(に近い)歳の女性がこの本をどう読んだか、ナマの声が聞いてみたい、という興味本意なものなので、よしひとさんにしてみれば、いささか失礼なハナシなのである。
 にもかかわらず、そのあたりを気にせずに喋ってしまわれるのがよしひとさんの「イイ人」なところだ。
 でもそういう「善人さ」が、かえって心配になっちゃう面はあるんだが。

 それはそれとして、しげが以前反発したような感想、よしひとさんは持たなかったらしい。
 「読んでみて、結構その通りなんじゃないかなって思いました」
 「その通り」というのは、おそらく「現代では、結婚は女性にとってはデメリットでしかない」とか、そのへんの記述のことだろう。
 続けて、よしひとさん、「私、実のところ、“恋愛感情”ってわからないんですよ」と言う。
 ふむふむ、それは女性からはよく聞くなあ。
 「性欲ならわかるんですけど」
 ……あ、そう? ちょっとコケそうになった。
 「女性って、あまり性欲ないって聞いてたけど」
 「ありますよ!」
 ……力説するなあ(^_^;)。
 「……付き合うって、結局ギブ&テイクじゃないんですか? 精神的なものにしろ肉体的なものにしろ、何かを与えて与えられて、という関係が成り立たないと、結婚なんて考えられないし」
 それはそうだろう。
 たとえ本人は「無償の愛」を与えているつもりであっても、たいていは「自分は無償の愛を与えている」という「満足感」を手に入れているわけであるから。
 「私はこれだけあるものをあげるけど、あなたは私に何をくれるのって言いたいんですよ。でも、別に相手との“生活”はほしくないんですよね」
 「ああ、だから“性欲”ってことか」
 確かにその図式ならわかりやすい。
 「んじゃ、例えば、“カラダだけの付き合い”でもいいってわけ?」
 「はい」
 おおっと、こいつぁ、またまた、大胆発言(^o^)。
 「でも、それって男にとって、ムチャクチャ都合がいい女ってことにならない?」
 「たぶん、そうなんじゃないですか?」
 「でも、男がよしひとさんに求めてるのは、そんな“都合のイイ女”像じゃないと思うけど」
 「そうなんですか?」
 「今までつきあった相手って、よしひとさんにやたら気後れしたりしてなかった?」
 「さあ?」
 「男から暴力振るわれたことはないでしょ」
 「ありますよ!」
 「……それは意外。オレもよしひとさんのこと好きだったって男、何人も知ってるけど、みんな『じゃあ告白すれば?』って言ったら、しないんだよね」
 「ああ……そう言われれば、最近、昔の男友だちから、やたら『実は昔、好きだったんだよね』って言われます」
 「どうしてみんな、はっきり言えないと思う?」
 「どうしてなんですか?」
 「みんな、『ボクなんかにはよしひとさんは釣り合わない』って言ってんだよ」
 「えええええええ!?」
 「自分が“マドンナ”に見られてるってこと、気付いてない?」
 「全然!」
 「よしひとさん、“癒し系”ってコトバ嫌いでしょ」
 「……大っ嫌いです!」
 「でもね、男がよしひとさんに求めてるのって、たいていそれなんだよ」
 「えええええええ!?」
 「一緒にいて安らげるとか、優しく包んでもらえるとか」
 「……それ、“私”じゃない!」
 「……でも、さあ、例えば、ここに、超オタクな、見るからにコミュニケーション不全なヤロウが勇気を奮い起こして、『ぼ、ぼ、ぼく、実はよしひとさんのこと好きなんです』と言って告白したとしましょう」
 「……はあ」
 「あなた、この人に、『ウゼえんだよ、オマエみたいなオタク、さっさと死んじまえ!』って言えますか?」
 「言えませんよう!」
 「たとえ自分のタイプじゃなくっても、『少し考えさせて』とか言って待たせない?」
 「……はあ。かも」
 「ほら、“癒し系”」
 「どこがですかあああああ!」
 「……あのさ、“癒し系”の女性には『優しい』とか『人の話を聞いてくれる』とかのほかに、一つの大きな特徴があるのよ。何かわかる?」
 「さあ?」
 「『めぞん一刻』の響子さんみたいなタイプだよ?」
 「そう言われても……」
 「“鈍感”ってこと」 
 「ななななな、何が鈍感なんですか!?」
 「よしひとさんを好きになるような男はね、よしひとさんが自分の気持ちに気付いてくれなくっても構わないわけよ。もともと自分にとっちゃ高嶺の花なんだから。告白しなくて遠くで見つめてるだけで充分なんだけど、仮に告白して振られちゃってもいいの。玉砕覚悟って言うより、『振ってくれたほうが嬉しい』んだから」
 「……なんだかわかりません」
 「わからないから、いいの。男はよしひとさんをマドンナと見なした時点で自己完結してんだから。それに気付かれちゃあ、かえって困るし」
 「だから、私、マドンナなんかじゃ……」
 「そう思うなら、はっきり言わなきゃ。『おまえなんか気持ち悪い』とか『近寄るな』とか。本心でなくていいんだよ、演技で言えりゃ」
 「演技でもそれはちょっと……卑怯だと」
 「よしひとさんを好きになるような男ってのは真性のオタクだからね。いっぺん、『気持ち悪い』とか言われて傷つく必要があるんだよ。『エヴァ』のラストシーンみたいにさ。
 それがオトナになるためのイニシエーションなの。
 男が、オトナなオタクになるためには、一度はそうやって女性に傷つけられる必要があるんだから、構わないの」
 ……スマンね、私も言われたことあるよ(-_-;)。オタクが一度は通る道だ。いてててて。心のキズが(^_^;)。
 もちろん、私もそんなことを言いながら、よしひとさんが決して、男に面と向かって「気持ち悪い」とは言えないことを知っている。
 知ってて「そう言え」と言ってんだから、それはそれでキツイ物言いではあるんだが、そうでもしてもらわないと、男って、自分自身の幻想から外へ出られなくなるのだ。
 「男はさあ、女に“幻想”しか持てないんだよ。
 だって、男は最終的に、どうやったって、女には勝てないから。
 だって、男は女から生まれたんだから。
 マザコンでない男はいないし、だから男は女の前ではいつだって分裂してる。女に甘えたい自分と、そんな自分を情けなく思ってる自分とにね。
 だから甘えたい自分を誤魔化すために逆に女に暴力を振るったりもする。
 でも、どっちも同じことなんだよ、結局、男は女の実像を見もせずに自分自身の“思い”だけで女に当たっちゃってんだね」
 「ああ、なんか『ホーリィ&ゴースト』みたいな」
 「……上遠野浩平の?」
 「はい」
 「……しまった。まだ読んでないや」
 とかなんとか喋ってたら、もう深夜の2時。すっかりよしひとさんの睡眠時間を削ってしまったのである。
 「いや、ごめんねえ、つまんない話で寝かさなくって」
 「いえ、いいんです。楽しかったから」
 そこで、そんなふうについ優しく言っちゃうもんだから、のぼせあがる男も出てくるってことに気付いてないんだからなあ(^_^;)。
 よしひとさんには『どうよ』を熟読して頂いて(あげてもいいから)、ぜひ「そのままいってよし!」のスピリットでがんばってもらいたいものである(何をだ)。

2001年02月10日(土) 「html」って、はいぱあ・てくのろじい・まきしまむ・ろぽ……じゃないよな/映画『狗神』ほか


2002年02月09日(土) ほーりつも人が作るもの/映画『まあだだよ』/『仄暗い水の底から』(鈴木光司・MEIMU)ほか

 あっ。今日から三連休か。
 っても、明日休日出勤があるんで全然そんな印象がなかった。
 三日休みがあって、最初か最後の一日が休みならまだ連休なのになあ、と一瞬思う。
 でも、一日休めて仕事の準備を整えて、仕事が終わればまた休める、と考えれば、合間の仕事もまたヨシ……なわけないじゃん。
 

 CSチャンネルNECOで映画『まあだだよ』を見る。
 もちろん、黒澤明監督の遺作で、公開当時は劇場まで足を運んだのだが、改めて見返してみると、日常ドラマにもかかわらずセリフ回しが妙に時代がかっている。
 特に香川京子のセリフの発声、どちらかというと舞台的でリアリティが感じられない。しばらくテレビにも映画にも出てなかったから、自然な喋りができなくなっちゃったのか? なんで注意しなかったかな、黒澤明。松村達雄の方は徹底的にしごいたくせに。
 ……と考えて、ハッと気がついた。
 いや、この映画、確かに内田百�里鬟皀妊襪砲靴討呂い襪�、彼の「伝記映画」を作るつもりなど黒澤明にはなかったのではないだろうか?
 『どですかでん』以降の黒澤作品に、今一つリアリティが感じられなくなっている理由の一つには、色調の問題もある。
 長年の撮影・編集生活ですっかり目をやられていた黒澤明には、「自然な色」をフィルムに再現することが不可能だった。
 だから逆に毒々しい色を塗りたくるように映像を作り、それが必ずしも日常のリアルを必要としなかった『乱』や『夢』ではプラスに作用した。日常描写が中心になっているために錯覚してしまうが、それと同じ感覚でこの『まあだだよ』も作られているのではないだろうか。
 『まあだだよ』の色調は『夢』などに比べると抑えられているが、かといって「リアルな」色調にはなっていない。霞んでいながらどこか明るい。部分的にその「色」が突出して現れるところもある。さながら『天国と地獄』の煙だけがカラーであったように、「突出」している。
 それは例えば、愛猫・ノラをなくして憔悴した百�寮萓犬侶┝茲鬚靴燭茲Δ粉蕁覆い筺▲曠鵐箸砲靴討鵑世韻匹癲砲妨修錣譴討い襦I當未隆篤弔覆蕁△△鵑僻鷂充妥�なメイクはしない。しかし、黒澤明は先生の悲しみを表すのに演技だけでは足りないと考えたのだ。あの隈取は、百�寮萓犬虜埜紊痢峇蕎陝廚任△蝓△修慮紂�逆に百�寮萓犬呂匹鵑匹鵝崘鬚�」なっていく。
 もちろんその「白」のイメージは、感情を殺ぎ落としていった果てにある「仙人」のそれであろう。
 その意味で、晩年の黒澤明の演出スタイルは、ファンタジーに近いものになっていたと考えるべきだろう。

 『まあだだよ』のファンタジー性を評するのに、ラストの夕焼け空を挙げる評論家は多いけれども、その少し前のシーンで、実はその「前フリ」のような奇妙なシーンが登場している。
 それはもちろん「まあだ会」の一同が会する「祝祭」的な空間である。
 集まった人々がただひたすら百�寮萓犬鮟吠,垢襪世韻痢�奇妙キテレツなシーン。そこに「誉められたい」黒澤明像を見出すのはやや浅薄な見方だ。
 あれは、『どん底』の馬鹿囃子の反転であるし、『赤ひげ』における「歓喜の歌」でもある。また、『七人の侍』のラストの田植え歌でもある。『夢』のラストシーンの村祭が一番近いかもしれないが、要するにミュージカルのラストナンバーなのだ。
 物語は、すべて最後の「祭」によってコトホギ、カムアガリさせられる。
 映画自体を「祝祭」と見る黒澤明の思想がどんどん純化されて行った果てにあったのがあの「まあだ会」のシークエンスなのだ。
 だとすれば、その前哨として歌われる『大黒様』のリフレインに、黒澤明が何らかの意味をこめないでいられるだろうか。
 「大黒さまは誰だろう。それは君たちだ」
 ノラを懸命に探してくれた弟子たちに、先生はそう言う。
 しかし、「大黒様」とはいったい本当は誰だったのか?

 以下に、『大黒様』の歌詞を引用する(多分もう著作権切れてるよな)。

 一 大きなふくろを かたにかけ
   だいこくさまが きかかると
   ここにいなばの しろうさぎ
   かわをむかれて あかはだか

 二 だいこくさまは あわれがり
   きれいなみずに みをあらい
   がまのほわたに くるまれと
   よくよくおしえて やりました

 三 だいこくさまの いうとおり
   きれいなみずに みをあらい
   がまのほわたに くるまれば
   うさぎはもとの しろうさぎ

 四 だいこくさまは だれだろう
   おおくにぬしの みこととて
   くにをひらきて よのひとを
   たすけなされた かみさまよ

 ここに「禊」のイメージ、あるいは「キリストの奇跡」のイメージを見ることもできようが、黒澤明が信じたのはおそらく徹底的な「善意」だ。
 黒澤明にとって「神」は、汚れをすべて取り去り、純化した「白」のイメージ、絶対の「善」の象徴だったのだろう。
 映画本編で歌われるのは四番の一節まで。
 「大国主命」の名は歌われず、そこで画面はフェードアウトする。
 もちろん、「大黒様」は「神」にほかならないが、それは「大国主」などという一人神に収斂されるものではない。だからそこで歌を切った。
 そして、「まあだ会」は、たくさんの「神々」が集うところとなるのだ。
 ただひたすらに美しく、優しい人々の。
 だから切ない。
 それは夢だから。
 まさしくファンタジーだから。
 ……やっぱり映画は二度三度、繰り返し見るもんだね。
 9年前、こんなふうにこの映画を見ることはできなかったから。

 公開当時も思ったことだが、百�寮萓犬魃蕕犬襪里肋沼蔀M困任呂覆�、黒澤明自身であるべきだった。少なくとも、松村達雄には「百�里魃蕕犬襪里任呂覆ぁ∋笋魃蕕犬討�れ」と演技指導すべきであった。
 なぜなら「先生」は「司祭」だからだ。
 そして、映画に司祭がいるとすれば、それは「監督」以外にはいないからだ。
 そこがちょっと惜しかったなって思うんである。


 何気なくテレビを見ていると、FBSの島田紳介の司会の番組で、『絶対に訴えてやるゾ! 芸能人VS最強弁護士団爆笑法律バトル第4弾』ってのをやっていた。
 こんなトラブルにあったらどうする? って、NHKの『生活笑百科』みたいな番組だけれど、アレを見てていつも思ってたのは、「この弁護士さんの判断ってホントに正しいの?」であった。
 その点、この番組が面白かったのは、弁護士を四人並べていたことである。
 つまり、どっちが勝つかってのが、弁護士さんの判断によって割れるのね(^^)。ある程度一致するんじゃないかって観測はほとんど外れて、全員一致の判断は数えるほどしかない。
 やっぱり、法律って、アナがありまくりなのだね。

 「夫が自分と結婚する前に整形していた。慰謝料は取れるか?」
 これが意見が割れるんだよねえ。
 「精神的苦痛を受けたんだから取れる」
 「イイ男と一緒にいられてハッピーだったんだから取れない」
 どっちがホントなんだよ、要するにウマイ弁護士に当たれば取れるってことかい。
 しかし、ゲストのえなりかずきをサカナにして「ヘンな顔だから訴えてちゃ、えなりくんの立場はどうなる」と弁護士が言ったのには、妙に説得力があったな(^o^)。

 「人に貸した車を、自分が使いたくなって、借主に黙って使ったので窃盗罪で訴えられた」
 これがなんと全員有罪。
 借主に一種の既得権が生じるらしいのな。
 マジメに考えると理不尽だけれども、そのへんを誤魔化すつもりだろうか、借主をグラマーなねーちゃんに仕立てて「色香に迷った男が悪い」風に演出してるんだよね。これはちょっと、テレビ的過ぎてアザトイなあ。

 「氷川きよしがコンサート中、最後の一曲を歌ってる途中で腹痛で退場。チケット代は払い戻してもらえるか?」
 「やだねったら、やだね」を歌ってない段階なら払い戻してもらえるそうな。
 ……ホントかよ。
 どっちかっつーとトラブル避けるためにあえて返却してるって気がするけどな。

 できれば「四人」じゃなくて「五人」にした方が奇数だからはっきり結論が出るのに、それをやらんのは「結局、法律はようわからん」ということだからなんだろう。
 結論。何か問題が起こっても、すぐに諦めない。
 ともかくゴリオシだろうが自分の主張を通せばなんとかならなくもない。
 キマリってその程度のものなのよ。


 ぼんやりしていて、アニメ『カスミン』を録画し損ねる。
 今まで1話も逃さなかったのになあ。
 チャンネル間違えちまったい。
 NHKの番組はなかなかDVDにならんので、再放送を丹念に調べとかないと、二度と見られなくなりそうだ。
 うー、くやしいよう。o(ToT)o


 夜、11時から、某さんに誘われて某サイトでチャット大会。
 今、その名前もサイト名もここで公表できないのが残念なのだが、時期が来ればこんな無意味な気遣いをすることもなくなろう。
 いや、もう、気がついたら総勢25人が集まってるというとんでもないチャット大会。
 ログが数秒置きにどんどこ下に流れて行くという凄まじさ、読むだけでも大変なのだが、参加している人たちはみな、気後れ一つせず、発言しまくり、ただの文字の羅列なのにまるでその場に人の姿が見えるほどの臨場感である。
 これこそチャットの醍醐味か。
 集まってこられた方も、中学生から四十過ぎのオトナまで、有名無名を取り揃え、多士済々、交わされる内容も、プライベートからオフィシャルまで、オタク話あり、えっち話あり(まあ♪)の、バラエティに富んでること。
 にもかかわらず始まったばかりのオリンピックの話は一切出ない。
 「メダル取りそこなった選手のコメントにしか興味はないですね」と書きこんだら、みなさんから至極同意を寄せられる。なんちゅーイジの悪い人ばかりが集まっていることか(^_^;)。
 でも、オタクはやっぱりオリンピックなんか無視しなきゃあね。

 中学生の女の子が「『ルパン三世・カリオストロの城』を知らない」と言えば、集まったオタクが一斉に教え出すし、「○○○ってなんですか?」と聞くと、その方面の方が懇切丁寧に教えるし。いいのか、オイ(^_^;)。

 あまり詳しく中味を書けないのが残念だが、これくらいチャットが楽しいものだとは思ってもみなかった。
 ときどきは今までもやってたのだが、おおハマリしそうな気配である。


 マンガ、鈴木光司原作・MEIMU作画『仄暗い水の底から』(角川書店・546円)。
 原作短編集から『仄暗い水の底から』『夢の島クルーズ』『漂流船』『海に沈む森』の四本をセレクトしてコミカライズ。
 最初はいろんな人にマンガ化させてた鈴木光司作品だけれど、ここんとこはずっとMEIMUさんの続投だ。
 確かに今までのマンガ家さんの中では一番うまくはあるんだけど、ホントに鈴木作品に合ってるかな? ちょっと表現が過剰だって気がするんだけど。
 ごくありふれた日常が反転してしまうのが「恐怖」につながるんだから、日常の絵がそもそも気味悪いんじゃ、全然怖くはならんのである。
 楳図かずおだって、普段の絵はごく普通の絵だぞ。
 同じような理由で私ゃ御茶漬海苔が全然怖くないんである。無理にこわがらそうってのが、まるで琴線に引っかかってこない。
 でも、「それなら日野日出志はどうなるんだ」って言われるとヨワイんだけども。まあ、あの人は特別特別(^^)。 


 『キネマ旬報 2月下旬決算特別号』、2001年度ベストテンの発表。
 その詳しい選評を見たくて……というより、『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』がどの程度まで食いこんでるかなあ、と思ってリストを見てみる。
 もともとアニメに偏見のある雑誌だから、たいした期待もしてなかったけれど、24位と意外な健闘であった。
 これはひとえに10点を入れた三留まゆみさん(早坂みけさんという名前を覚えておられる方はどれだけおられようか)のプッシュによるところが大きい。
 コメントなど、「これを見ずにベストテンを語ることは『人生捨ててる』といっていい」。
 いやあ嬉しいったらありゃしない(それにしてもこんなコメントを寄せるということはほかの評論家連中、見もしやがらなかったな)。
 それにしても腑に落ちないのがSF評論家・翻訳者の大森望、『アニメージュ』にも「いいオトナがノスタルジーに浸ってていいものか」みたいなことを書いてたけど、ただの1点も入れてない。
 じゃあ、何が大森さんの1位かっていうと、邦画が『千と千尋の神隠し』で、洋画が『アンブレイカブル』。
 ……はあ?
 『千と千尋』はまだわからなくもないが、全体でも66位(大森さんの10点がなければ130位。ほぼ最下位に近い)、読者投票ベストテンに至っては選外のあの愚作に満点を入れるぅぅぅぅぅ?
 あほだ。
 『キネ旬』誌では数少ないオタク系の評論家だと思ってたのになあ。
 『千と千尋』に一票も入れてない三留さんとちょうど真逆ではないか。
 ……この二人の間に何かあったんかな?
 けど、これでわかった。
 断言するが、大森望に映画はおろかSFを語る資質はない。
 石上三登志と見識はごっつだ。
 今後は大森さんの誉めるものは駄作、貶すものは傑作、そう考えて映画を見るようにしよう。
 ……問題なのは翻訳本だよな。大森さんだから読まないってわけにはいかないし。もしほかの人が訳してたらもっと面白くなってたはずだって観点で読むことにしよう。先に五目くらい置かせるわけやね(^^)。

 結果的に、邦画のベストテンは次の通り。

 1『GO』
 2『ハッシュ』
 3『千と千尋の神隠し』
 4『EURICA』
 5『風花』
 6『リリイ・シュシュのすべて』
 7『まぶだち』
 8『ウォーターボーイズ』
 9『光の雨』
 10『赤い橋の下のぬるい水』

 ……見てるの『千尋』だけやがな(-_-;)。
 いや、見たいと思った映画ばかりではあったが、ことごとくしげが嫌って見に行けなかったのだ。
 『キネ旬』の評論家連中も、ベストテンにこれだけ露骨に非エンタテインメントの作品ばかりを並べるってのは、偏ってるにしてもちょっと行き過ぎじゃないかって気はするが、それを避けまくるしげもやっぱり逆の意味で偏ってないか。
 ホントにこれらの作品がベストテンに値するのかしないのか、見てない以上は何も言えないではないか。
 「面白くもない作品を見たってしょうがない」と言い訳するかもしれないが、それこそ、そんなのは見てみなけりゃわからん。
 以前はここまで外したりはしてなかったぞ。
 どうも、しげの映画に対するアンテナ、最近鈍ってきてると言わざるを得ない。

2001年02月09日(金) お姫様を探せ!/アニメ『タッチ・CROSS ROAD 風のゆくえ』ほか


2002年02月08日(金) サルでもわかる『ハリポタ』/『パワーパフガールズ』2巻(クレイグ・マクラッケン原作)ほか

 岡田斗司夫さんのオタク日記に、映画『ハリー・ポッターと賢者の石』についての批評が書かれているのを読む。
 岡田さんがお気に召すほどのものではないよなあ、というより、ハナシのタネ以外にわざわざ見に行ったりはしないんじゃないか、と思って読んでみたら、予想通り、誉めてない。
 「定番通り」「わかりやすいだけ」って批評は岡田さんでなくてもできるが、『スタートレック』と対照させて、「SF及びファンタジーの発展の歴史を逆転させた」と切って捨てているのは、岡田さんならでは。
 今や、SFの歴史的俯瞰に関しては、岡田さんくらいしか語れる人はいなくなっているのではないか。知識的な権威はいくらでもいるが、歴史の批判的検証については、どの評論家の批評もすっかりヌルくなってしまっているからである。巽孝之さんの文章が物議を呼んだのももうだいぶ前だしなあ。
 もちろんそれは、SFやファンタジーの権威を高めようと、「なんでも誉める」池田憲章の戦略でもあった。けれど、現在の眼で見れば、その罪もやはり大きかったのだとは言えまいか。
 結果的に、SF、ファンタジーのフォーマット自体が適当かついい加減なものにしか認識されなくなり、オタクどうしの相互の会話がかえって不可能になる弊害が生まれちゃってるんである。
 簡単に言えば「『ハリー・ポッター』は果たしてファンタジーか?」という議論自体が成り立たなくなってるんだよね。「別にそんなんどうでもいいじゃん」ってことになっちゃってね。
 でもね、批評不在のジャンルに未来はないのよ。
 あえて「ハリー・ポッターは本当におもしろいのか?」ってのを読者論の観点からも見直して行くこと、必要になってくんじゃないかと思うけどね。
 ヌルい批評に馴れきってる若い人は、岡田さんの批評、的を射ているだけに、その舌鋒の厳しさに反感を抱きそうな気がする。なんたって岡田さん、ハッキリと「『ハリー・ポッター』見ておもしろがるやつはバカ」って言ってんだから。
 ……すんません、ちょっとおもしろかったっス。
 だってハーマイオニーかわいいし(^_^;)。
 とりあえず私も日本のSFと海外のSFと日本の幻想小説と海外のファンタジーには弱いので(全部やんか)、少しずつでも読もう。
 『ゲド』も『指輪』も、中学高校で読んだはずなのに、中味をスッカラカンに忘れてるし。


 アニメ『クレヨンしんちゃん』は、「サボテンの花が見たいゾ」「試験の前は眠れないゾ」の二本。
 映画の予告はもう始まってるけど、多分まだ絵コンテ全部上がってないんだろうな。でも作画にはもう入ってるはずである。
 こんなムチャクチャなスケジュールで毎年水準以上の作品を作ってんだから、シンエイ動画のスタッフ、すごいよなあ。
 「サボテンの花が見たいゾ」。
 園長先生ネタは毎回定番の「怖い顔」だけど、原作にあった頬のキズアト、アニメじゃ描かれないよなあ(原作でも最近は描かれてない)。
 もうすぐ花の咲くサボテンを見ながらニコニコ顔の園長先生だけれど、カザマくんが自転車にはねられそうになったのを、とっさにサボテンの鉢植えを投げつけて助けるという話。
 この投げるシーンの作画がまたスローモーションとコマ落としの組み合わせで凝っててさあ、こういう『しんちゃん』の作画研究、ファンはもっとアピールしてってほしいんだけどなあ。
 「試験の前は眠れないゾ」。
  極度のあがり性の四郎くんをどうやったら眠らせられるか、野原家があの手この手を考えるって話。これもよくある「眠るための方法」ネタだね。
 実際にはどうやっても眠れないって結末はわかってるんで、それをディテールでどう見せるか。
 しんちゃんの「レースクイーンを数えよう!」はそりゃかえって眠れなくなるわなあ(^^)。でも「かあちゃんを数えよう!」で四郎くんが吐き気を催しちゃうのはみさえさんに悪いぞ。
 うーん、みさえさんは美人じゃないってのがあの世界ではお約束なのかなあ。ムネなしケツでかはわかるが、みさえさん、美人なほうだと思ってたんだが。ならはしみきさんの声も好きだし。
 ななこおねいさんが黒髪だったけど、前からそうだったっけ?


 夜食(と言っても実質上の晩飯)、今日も、しげが「びっくりドンキー」に行きたいというのでつきあう。
 けれどさすがに今日は「びっくりコーラ」は飲まず。
 ハンバーグの種類が多く、最初はフルーツハンバーグを頼もうかと思ったが、迷ってスパゲティハンバーグに鞍替え。
 まあ、迷うっていっても、しげのように食ったあとまで未練たらしく「あっちのほうがよかったかなあ」とかブチブチ文句を言い続けることはしないので、あっさりしたものである。
 けど毎日夜中に20分もかけてハンバーグ食いに行かんでも、近場でどうにかならんものなのかね。


 夜中の3時ごろか、いきなりしげに起こされる。
 なんだか急に買い物に出かけたくなったらしいんだが、だからと言って、寝ている私まで起こさなくったってよう。そっと寝かしとくくらいの優しさがほしいぞ。もちろん「勝手に行け」と断るが、寝ている途中で起こされたので、また体調を崩してしまった。
 こういう迷惑かけるの、やめてほしい。マジで。


 マンガ、竹本泉『しましま曜日』2巻(エンターブレイン・780円)。
 リニューアル版完結編。
 でも後書きは新作なんでそれだけのために買う。
 だってよう、『あおいちゃんパニック』も『あんみつ姫』も元版持ってるからってリニューアル版買わなかったら、今になってほしくてほしくてほしくてほしくて、でももう手に入らないんだよう。
 「服に着られる女の子」って設定、確かにおいしーよなー。
 一幕の舞台劇にもできるしなー。でも一番向いてるのは連続テレビドラマだろう。とり・みきの『くるくるクリン』みたいな感じで、毎回キャラクター変えられるからねえ。
 一見SFとはなんの関係もないようだが、これ、ネタ的には『ねこめ〜わく』と共通してるのだ。人間はアイデンテイティを確立できないと「模倣」という行為に出るものだからね。
 だからして、『しましま』はそうは見えないかもしれないけど、ちゃんとSFなんですよ。
 知ってる人は知っている、今、日本でSF漫画の王道を描いてるのは竹本さんなんである。
 ……2巻ぽっちじゃやっぱり少ないぞ。もっともっとSFなゆかりとかSFなゆかりとかSFなゆかりとか描いてほしかったのにな。


 マンガ『コミックねこだけアンソロジー ねこミックス』vol.2(宙出版・730円)。
 まあ、『ねこめ〜わく』以外はパラパラとしか読んじゃいないし、多分、これ買ってる読者の大半がそうじゃないかとは思うんだが、とりあえず2が出て3の予告も載ってるってことは売れたんだろうな、よかったよかった。
 これで『ねこめ〜わく3』が出るのも早まるね。
 でも、今回の新作、『ねこめ〜わく……よりより』の「よりより」って何?
 お話はやっぱりマイヤーにだまされた猫たちが「サボテン市」をサボテンの仮想をする祭と勘違いしちゃうっていつものパターンなんだけど、やっぱりさりげなく竹本さんのSF魂はキャラクターのセリフなんかに現れてる。
 「自分たちがしていることが妙なことだと判断できるかどうかが知的生物かどうかの分かれ目になるのだ。その判断が自分でできなければ意味ないだろう」
 ハッキリとは書いてないが、これ、明確な宗教否定。
 「盲信は文明ではない」と、竹本さん断言しちゃってるのだ。
 そう考えるとこの地球上に、下等動物がどれだけ充満していることか。


 マンガ、クレイグ・マクラッケン原作『パワーパフガールズ<DCコミックス版>』2巻(小学館・788円)。
 オフィシャル・コミックも2巻目で、今回も5話収録、オールカラー。
 わざわざ「DCコミックス版」と銘打ってるのは、なにか他の版があるのかね? 日本だけで作ってるやつとか。
 でも今回は原作者のマクラッケン氏、1巻のときみたくストーリーの執筆まではしてない。向こうの連続ドラマも、原作者はフォーマットを作るのみで、実際の作劇は個々のライターが、ってことになることが多いみたいだから、しかたがないのか。

 でもギャグの過激さは特に薄まっちゃいない。
 第1話、「アブないテレビゲーム」で、モンスターに破壊されるタウンズビルの街を見ながらユートニウム博士のいうセリフがいい。
 「銀行が襲われた! ポーキーオークス幼稚園が襲われた! でもそんなことより許せないのはアンチョビ工場が襲われたことなんだ!」
 ……あ〜、そんなに好きですか、アンチョビ。
 解説によれば、アンチョビはアメリカじゃ人によって好き嫌いがすごく激しい食材らしい。塩辛くてサカナ臭くて。
 てことは、博士ってやっぱりちょっと偏ったシュミの持ち主らしいね。

 モジョが妖精に変装する話とか、ビジュアル的にすごい話も収録されてるんだが、圧巻は第4話の『おいでよハッピーランド』。
 バブルスが夢中になってる子供番組の『ドクターポッポのハッピーランド』、この番組が急に「おカネを送ってちょ! よい子のみんな!」とヘンなキャンペーンを始める。実はドクターポッポは悪人だったのだが、それに乗せられたバブルス、街中からおカネを盗んでスタジオまで運んで行く。
 それをたしなめるブロッサムのセリフが、ユメもチボーもないったらない。
 「バブルス!? ここにあるものは全部作り物なのよ! ドクターはね、俳優がお芝居してるだけなのよ!」
 あー、なんだかオタクに聞かせたいセリフですねー。『サタデーナイトライブ』でスタトレイベントに集まったトレッキーズに向かって、ビル・シャトナーが「夢から覚めろ!」って言ったギャグを彷彿とさせるねえ。
 「子供番組なんかいい加減で卒業しろ!」ってブロッサムに言われちゃコタエるよな。
 でも、この『パワパフ』のオチがすごいのは、そう言って説教したバターカップとブロッサムが、二人揃ってやっぱり子供番組の『カラテ・カルロのクラブハウス』にハマっちゃってるとこ。
 例えて言えば「『忍風戦隊ハリケンジャー』なんて見るなよ! オトナなら『仮面ライダー龍騎』を見ようぜ!」ってなもんか。……たいして進歩しとらんわ。
 コミカライズだからって馬鹿にしちゃイカンよ、『PPG』ファンならコミックすも揃えるべし。DVDボックスはいよいよ3月13日、『ブロッサム缶』がダッコちゃんつきで発売だ。


 マンガ、駒井悠『そんな奴ァいねえ!!』7巻(講談社・570円)。
 考えてみたらオタク系のマンガの多い『アフタヌーン』にこのマンガが載ってるって、違和感ないのかな。
 ギャグマンガとしても似たようなネタが増えてきてる感じで、ちょっと煮詰まって来てるし。
 ダジャレ率が増えてきてるのも気になるなあ。今更、ダジャレはダジャレ単体ではギャグにならないってのは誰しもわかりきってることだけど、それをギャグとして成立させるためには、そのしょーもなさを他のキャラにどう受けさせるかってとこに作者の技量が現われる。
 それがもう、みんな疲れ切ってるだけだし。

2001年02月08日(木) ザッツ・エンタテインメント!/2000年度キネマ旬報ベスト・テン


2002年02月07日(木) びっくりにびっくり/アニメ『七人のナナ』第5話/『なんだかコワレ丸』1巻(矢也晶久)ほか

 三日続けてしげが迎えに来てくれなかったので、さすがに金欠病。
 バス使えばいいじゃんと言われそうだけど、だからバス乗り継ぎだと2時間かかるんだってば。
 今日はさすがに切羽詰ってるんで、時間通りに迎えに来てもらう。
 アテにしてんだから頼むよ、もう。


 アニメ、TVQ『七人のナナ』第5話「決定!神近君の志望校?」
 受験生を主役にしてるせいか、なんだか設定が生臭くなってきたなあ。
 基本的にはお気楽アニメなんだろうけれど、なんたって今川監督だから、妙に「こだわり」が出て来て、のほほんと見過ごせないところが現れてくるのね。
 もともと、あこがれの神近君と一緒に特進クラスに入りたくて、なんとかしてテスト問題を事前に知りたい、って前回の展開からして、実写でやってたら結構リアルになっちゃいそうな設定だったんだけど、今回は、「神近君の志望校を知りたい!」。
 おいおいパターンが前と同じじゃん。しかもナナの妄想、ますますエスカレートッてか?
 もちろん、オリジナルのナナがその欲望を抑えてる分、他のナナがそれを代行しちゃうわけで、ナナぽんが、テレビで見て覚えた催眠術を使って神近君の志望校を探ろうとすることになる。
 あとの展開はアニメらしくドタバタになるんだけど、このアニメ、魔女っ子ものによくある「魔法の使い方を欲望のままに使ったら、大変なことになる」ってパターンを毎回やろうってハラなんだろうか。そう考えると、なぜ七人のナナの性格が全部違うのかってことも納得いくけど、そんな「欲望爆発アニメ」なんて、ヘタすりゃ際限なく暴走しかねんぞ、『エヴァ』みたく。
 どっかでうまいこと折り合いつけるとは思うけど、ヘンな方にねじまがらずにちゃんとエンタテインメントしてほしいよなあ。


 CSファミリー劇場『キャプテンウルトラ』第1話「バンデル星人襲来す」。
 ひっさしぶーりの再放送だなあ。
 なんかねー、我々の世代だと、今更『キャプテンウルトラ』について語ることなかったりするんだけど、多分若い人はもうぜーんぜんわかんないのよ、これも。
 ヘタすりゃよう、「知ってるかー! 『キャプテンウルトラ』ってさあ、光瀬龍と都筑道夫が監修してたんだぜ〜!」とか言ったって、誰それ? になっちゃうし。
 せいぜい「『キケロ星人ジョー』って、小林稔侍が演じてたんだぞー!」くらいしか通じなかったりするが、もうこんなネタも今更でよう、ホントは口にもしたかぁないのである。
 でも、若い人に、1950、60年代以降の特撮、オタクの歴史を語っていこうと思ったら、ほんのちょっとのベタなネタだって、疎かにはできないのだ。
 「いや〜すげーぞ、アカネ隊員の拷問シーン! もうあの表情とアエギ声聞いてるだけでちんちんおったっちまうぜー!」
 おっとイカン、この手のネタは唐沢なをき先生にお任せすべきであった(^_^;)。

 CSキッズステーション『サクラ大戦』第壱話「さくら帝都に来る」。
 テレビシリーズは福岡じゃやらなかったんで初見。
 しげが徹底的なあかほりさとる嫌いなんで、こればっかりはDVDは買えない。
 でもしげ、CDだけは買ってんだよな。
 だったらDVDだって……いや、今のは口が滑っただけだよ。

 ゲームのアニメ化、と言っても、ゲームは主役がプレイヤー本人なわけだから、そこをどうするのかなあ、と思ってたら、主役はあくまで「サクラ」なわけだね。横山智佐の声は、常々主役にゃちょっと向かんのじゃないかと思ってるんだが(本人が「声優声」にするのに苦労したって努力は理解できるけれども)、『プリティサミー』みたいな毛色の変わったキャラならともかく、こういうサクラみたいな普通の女の子役だと、どうも作り声っぽくて真実味っつーか切実感に欠ける。作画が意外に良かったんで、その違和感が目立つのだね。
 ……いや、逆にその作画が曲者なのかも。
 ムダに細かいっつーか、技術はあっても演出がチグハグだぞ、マッドハウス、ってのは私個人の印象だけではないと思う(『メトロポリス』を見よ)。オープニングなんかほとんどライブアクションでえらく動きが細かいんだが、アクションそのものは全然ハデじゃないんでライブにする意味が解らない。
 いや、ライブにあのサクラの藤島康介キャラの首が乗ってるもんだから、木に竹を接いだようで、気色悪い感じすらする。映画版のミュージカル演出は動いててもそんなに気持ち悪くなかったんだけどなあ。
 まあ、本編は普通のアニメでそこまでひどくはなかったが、今度は脚本がどうもイマイチでねえ。

 はるばる仙台から帝都・東京を防衛するために「帝国華撃団」にやって来た美少女、真宮寺さくら。ところが、目当ての住所が大帝国劇場のもので、そこが「帝国歌劇団・花組」であると知り、戸惑う。
 このへんの設定はゲーム版でプレイヤーが「大神」を演じるときにもあった展開だけれど、なんで予め入団者に、帝都の防衛上、「華撃団」を「歌劇団」にカモフラージュしてますって教えておかないのだ。
 おかげで、劇場内を困惑して歩き回るさくらが、公演中の舞台に入り込んでしまって公演をめちゃくちゃにしてしまうってお約束の展開になっちゃうんだが、責任はきちんと連絡してなかった米田司令にあるんじゃないのか。
 このドジが原因になって、さくらは団員みんなからスポイルされちゃうというベタベタな展開になるんだけれど、まあ、マリアやすみれが怒るのは分かるとして、自閉症のアイリスがぬいぐるみのシャトーブリアンに「あなたもサクラが嫌いなのね」なんて呟くシーンは気持ち悪いだけだぞ。
 いじめられてるさくらにアイリスだけは心を開く様子を見せる、くらいの展開、なぜ考えられないかな。どうせあとで仲間として理解しあえるようになると判っちゃいても、それなりの伏線は張っとくのが脚本ってもんだろ。
 そのへんの「中途半端さ」が、しげのお気に召さないとこだってのはわかるんだけど、『はいからさんが通る』とか、大正ロマンやら和服美人って好きなんだよ、オレ(^_^;)。
 多少のキズはあるだろうし、舞台版の『サクラ』はいくらなんでもアレだとは思うけど、そこまで毛嫌いせんでもいいじゃん。


 CSファミリー劇場『8マン すべての優しい夜のために』。
 あーあー、これがウワサの実写版『8マン』ね。
 ……宍戸開、アゴでか過ぎ。8マンはアゴ細くねーとよう。
 サチコさんも全然かわいくねーぞ。原作みたくショートヘアでもなかったし。
 まあ、どーせ低予算だろうとは思ってたけど、『8マン』と来れば「デーモン博士」なのに、外人さん雇うほどの予算はなかったと見え、これも登場はなし。
 キャスティングからして既に『8マン』じゃねーよなあ。
 ベースは原作の『決闘』で、谷博士の実の息子のケンと、8マンとの戦いを描くんだが、その谷博士が宍戸錠なんだから、いくらケンが「実の息子よりロボットを選ぶのか!」と怒ったところで、映画を見た十人中十人が、「いや、実の息子は宍戸開のほうだよ」とツッコミ入れたであろうことは想像に固くない(^o^)。
 まあ、それ以前に、脚本がどーにも橋にも棒にもかからんヘタレだから何言ってもなって気はするけど。
 8マン誕生の前半をすべて高橋悦史のナレーションで説明しまくるって、それ、脚本じゃねーって。


 しげ、今日は早帰りでまだ12時。
 ハラが減って辛抱たまらん、外食したいとわめくので、しげのオススメ、『びっくりドンキー』というハンバーグの店に行く。
 しげが今まで行ったことのない新しい店に行きたがるというのも珍しいと言えば珍しい。
 でもやっぱり「肉」の店だ(^o^)。
 ドアのところにやっぱり「ウチの肉は安全です!」と力説したビラが貼ってあって、ホントに今は大変なんだろうなあ、と同情。
 みんなちゃんと肉食えよ。今ならどこも安いぞ。
 メニューが木製ででっかくて、店員さんが、立てて観音開きのように見せてくれるのに驚く。チビの店員さんだったら、手が届かなくて苦労するんじゃないかって感じだし。
 ハンバーグ専門だけれど、ステーキもある。けど初めてのときにはスタンダードなものを注文するようにしてるので、300gハンバーグ定食を頼む(どこがスタンダードだ)。
 メニューに「びっくりコーラ」とあったので、「何がびっくりなんかね?」としげと相談して、二人で頼んでみることに。
 「すいません、食事より先に持って来てください」
 「かしこまりました」
 ……で、運ばれてきたコーラ、確かに「びっくり」だね。
 およそ高さは30センチ近くはあったかな、まあ、例えてみれば、オリンピックの優勝カップにコーラが入ってましたって感じかな。一応、カップは足つきなんで、容量はせいぜい1リットル程度だとは思うけれど。
 いや、飲むのにひと苦労。ゲップ出まくるし。
 でも肉はおいしかったなあ。
 しげが「また来る?」と聞くが、それは自分が「また来たい」ということだろう。だったら素直にそう言えよ。
 食い意地が張ってるのなんてもうバレてんだから、今更隠してどうなるかい。


 マンガ、矢也晶久『なんだかコワレ丸』1巻(集英社・410円)。
 どんな話か全く知らず、表紙に平安貴族風の3頭身キャラが書いてあったので、何となく面白いかも、と衝動買いした一冊。
 ウン、とりあえずハズれじゃなくて、ひと安心。
 主人公の中学2年生の少女、蘆屋ゆうりが、実家の骨董屋の蔵に仕舞われてた箱の中から、かつて天才陰陽師だった動く人形「壊レ丸」を発見、復活って、なんだかどこかで聞いたようなパターンなんだけれども(^^)。
 実際、話としては(『ヒカルの碁』+『うる星やつら』+『らんま1/2』+『犬夜叉』+『おじゃる丸』)÷5、あとちょっとだけ『陰陽師』風味って感じ?(なんじゃそりゃ)
 まあ、蘇えった過去のなんたらが、女三姉妹の家に同居して、現代の怨霊を退治するって話、確かにありきたりかもしれんが、人形のクセにこいつの目標が「すべての女体征服」って、おいコラ、それだけの能力をソノことにしか使わんのかい! ってところがGOODね(^_^;)。
 男が果てしなくスケベ、という生臭い設定をアニメ絵で緩和して、ファンタジーにまで昇華しちゃった高橋留美子の功績は大きい。
 このマンガは絵的にはやや硬質な線で、同じアニメ絵とはいっても『るろ剣』とかに近い感じだけれど、イヤミがなくて読みやすい。ジャンプコミックスでも月刊のほうだから、システムに取りこまれなくてすむ分、これから面白い展開も図れるんじゃないかな。

2001年02月07日(水) ♪それ行け、不倫不倫不倫、どこまでも♪/『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)