無責任賛歌
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| 2001年09月29日(土) |
郵便ポストが赤いのも/『エクセル▽サーガ』8巻(六道神士)ほか |
オタアミ当日まであと56日!
はい、お気づきになられましたでしょうか。 本日より『オタクアミーゴス in 九州 2001』本番の日まで、この「無責任賛歌」は、期間限定でタイトルを変更させていただきます。 ……要するに販促なんですけどね。 オタアミが終わったら、また元のタイトルに戻す予定ですが、また1年立ったら改題するかも(^^)。 いやホント、九州近辺のみなさま、ぜひ一度おいでになってみてくださいな。もうとても公共のメディアでは発表できないアニメ、マンガ、特撮、鬼畜(笑)、その他もろもろのオタクなネタのオンパレードでありますからして。 絶対、損はさせません。 ただし、お子サマ連れはご遠慮下さい。 笑いのウズに巻きこまれて酸欠死することは確実であります。\(^▽^@)ノ
休日だけど、朝から晩までひたすら日記の更新。 ふと計算してみたんだが、最近は1回の日記で400字詰め原稿用紙にして10枚から20枚くらいは軽く書いちゃってるんだよね。 てことは、ひと月に換算すると、おおむね500枚くらいは書いてることになる。 ……分量だけはプロの作家並みだよなあ。 読書記録や映画の鑑賞記も書いてるし、結構夜更かししてることも日記に書いてるから、いったいいつ寝てるんだとか突っ込み入れられそうだけど、大丈夫です。職場のトイレは私のベッドです。 30分の仮眠で体力は充分回復するのです。 いつでもどこででも寝れるというのはウソでも誇張でもないんだけど、チト臭い話ですね。すみません。 食事もちゃんと取ってます。今日は昨日作り置きしておいた牛丼食ったり明太子丼食ったり。
「エンピツ」ネットの日記をあちこち覗くが、なかなか「お気に入り」に入れたくなるようなところが見つからない。 別に内容がつまらないということではなくて、若い女性が書いたものが多過ぎるのだ。 ……あのねアナタ、イマドキ、中年男が若い女性の日記覗いて喜んでたら、ヘンな趣味と間違えられちゃいまんがな。 って、黙って覗いてるのもイヤらしいかなあ。かと言って、ごくフツーの「今日はガッコ(カイシャ)でこんなことがありました」みたいな日記に、「それはよかったですね。あ、私は誰ですかって? やだなあ、通りすがりの日記読みですよ」なんて挨拶してたらますますヘンタイじゃん(^_^;)。 出来るだけオタクっぽい趣味のありそうなヒトをセレクトして(本人たちはそう思われるのがメイワクかも知れないが)、「お気に入り」に入れているのだが、それが見事なくらいに男性ばかり。女性はほんの数人だ。 やっぱり映画や本やアニメをまんべんなく見てる女性って少ないのかなあ。
逆にこちらの日記をどんなヒトが覗いてるかっていうと、最近は「特撮ヒロイン」で検索したり「トンデモ」で検索したりする人がよく飛んで来ている。飛んでくるのはいいのだが、果たしてこの膨大な日記の中で、お目当ての記事を見つけることができるのか、また見つけてもご満足頂けるのか、はなはだ心許ない。 検索された方、どんなことが知りたいのか、ヒトコト掲示板に書いていただければ、答えられることには答えますですよ。 『スーパーヒロイン図鑑』のDVDがいくらかくらいのことならお教えできます(^^)。ただ、柿崎澄子が今何をやってるかなんてことは知りません。
開田あやさんの「猫津波日記」、9月28日の分に、例の「きらら博」でヒドイ目にあった話の後日談が載っている。 大魔神のお怒りは未だ完全には収まっておられぬようだが、山口県の方々から「どうか山口を嫌わないで下さい」とのメールが届いて、少しは顔が穏やかになられたようである。 でも、肝心のきらら博関係者からの謝罪はどうやら正式な形ではなかった模様だ。開田さん、「萩や下関に行くことはあっても宇部には行かない」なんてこと書いてるし。 あの原画展示会については、客だって怒っていいと思うのである。 当日の日記にも書いたが、場所の案内はチラシにないわ、絵はプレハブの事務所の一角に適当に並べただけだわ、向こうじゃ係員がウロチョロしてるし、とても絵を鑑賞できる雰囲気じゃなかったのだ。主催者が客のことだって何も考えちゃいないってのがアリアリだった。 まさかあれで「見せてやってるんだ、ありがたく思え」みたいな態度は取るまいなあ。でも所詮は公務員の仕事だし、その辺は怪しいよなあ。 あのあときらら博関係者のホームページもちょっと覗いてみたのだが、なんの反省もした気配がない。それどころか「二度と来ない」とゲストの方々が怒ってらしたのに対して、「誰が呼ぶか、お前らの代わりなんかいくらでもおるわ」と嘯いてる始末。 いくらでもいるなら最初から呼ぶなってば(-_-;)。 私も別に宇部の人間がみんなこんなアホだとは思わないが、役人とかボランティアとかに自分がエライと勘違いした人間が腐るほどいるのは事実だからねえ。福岡も役所の類はみんなこんなもんだ。情けない話だけど。 須らく、公務員とはできるだけオトモダチにならないほうが無難であろう。
しげが起きたら買い物にも行こうか、映画にでも行こうかと思っていたが、夜になっても全然起きて来ない。 もう7時を回って、オイ、こいつまた12時間くらい寝てるぞと思って、ムリヤリ起こすが、まだ寝たりない様子。 これでしょっちゅう「最近寝不足で」なんて大ウソこいてやがるんだから、みんなでしげに石を小突けてください(「小突ける」は博多弁かな?)。
でもどういうわけだか、しげは最近どんどん鬱になっているのである。 芝居の演出がうまくいかない、ということもあるのだろう。 身を引く直前、私もしげに「役者をどんどんヘタにする演出してどうする」と批判したことがあったが、同じことを鈴邑君にも言われたらしい。 イメージはあってもそれをどう伝えたらいいか分らない、それで悩んでいるようだが、別に演出ってのは自分のイメージを役者に伝えるのが仕事じゃないんだがねえ。根本から芝居の演出ってのがなんだかわかっちゃいないのだ。 鈴邑君には「役者をもっと自由にさせたら」なんて言われたらしいが、まさにその通り。大リーグボール養成ギプスじゃあるまいし、束縛からドラマは生まれやしないのである。
「……ねえ、世界中が私を嫌ってると思わない?」
近所のベスト電器を回り、生ビデオテープを買いこんだあと、マルキョウに食料を買いに行く途中で、しげがいきなりこんなことを聞いてきた。 「なんだい、そりゃ」 「AIQのパティオにさ、書きこんだけど、レスが誰からも付かないの」 「挨拶しただけだろ? あれは言ってみりゃ業務用なんだから、用事がなけりゃ普通レスは付けんよ」 「でもアンタには付いたし」 「オレは挨拶だけじゃなくて、チラシの配布についていろいろ書いたからレスが付いたの。チケット売って、報告すりゃ、レスは付くだろ」 「そうかな」 「そうだよ」
しばらく、てく、てく、てく。
「……でもやっぱり世界中が私を嫌ってると思わない?」
あああああ、鬱陶しい! 鬱鬱するな! 鬱がこっちにまで移るわあ!
「……移るの?」
移らねえよ!
鬱のクセにしげには食欲だけはある。常にある。しょっちゅうある。 だからしげの鬱なんていちいち気にしてやるほどのことはないのだが、マルキョウで「カレー作って?」と聞かれた時、「レトルトのほうが安上がりだぞ」と言い返したら、すぐさましげは鬱モードに入りそうになった。 ああ、もう、まるで相原コージの「太宰治」のようだ。 仕方なく急遽カレーの材料を買い始める。
「肉は何がいいかな?」 「何でもいいよ」 「じゃ、ビーフにしよう」 「ウン、分った、じゃあこれ」 「……何それ。ブタじゃん」 「だって今、ビーフにしようって……」 「ビーフは牛じゃあ! ブタはポーク!」 「……え?」 「んじゃ何かあ! キサマは今までビーフカレーをブタだと思って食っとったんかあ!」 「……たまに」
実話である。
「カレーにコーンを入れたい」というしげの希望を蹴り(そんなのは邪道だ)、ビーフと馬鈴薯と人参、タマネギのシンプルなカレーで行く。それでもしげが「これだけはぜひ」と頼むので、マッシュルームホールとスライス。 カレー粉は「グリコ熟カレー甘口」、「S&Bディナーカレー中辛」、「S&B圧力鍋で煮込んだとろけるカレー辛口」の三つをブレンド。中辛だけだと、味が単調になるのだ。こうして何種類かを混ぜると、口に入れた瞬間は甘いが、段々辛さが伝わってくる、という感じになってよい。 あとは焼肉のタレ、野菜ジュース、牛乳を隠し味にする。先にこんなのでイモや人参を煮込んでおくと、口当たりがまろやかになるのである。 ……と、こういうレシピを書いてるってことは、この1年、全然カレーを作ってなかったってことかな。なんにせよ、適当に作ってる家庭料理のわりにはしげにはなかなか評判がよいのだ。辛いもの嫌いのしげがパクパク食うのだから、それなりの味にはなってるのだろう。 あ、それから肉は予めガラムマサラで炒めておくこと。これ必須ね。
日本でも発生したという狂牛病のせいであろうか。 何となく肉の量が少なく、そのクセ値段は高いような気がする。でも、1頭見つかっただけであれだけ大騒ぎになるなんて、潜在的にはもっと出まわってる可能性があるってことなのかなあ。 何となく、こんなのはいつぞやのカイワレ疑惑同様、ガセっぽい気がするんだがなあ。O−157もそうだが、どうも日本人ってやつは何か機会があるたびに、故意にパニックに陥ろうとしているような気がしてならない。 これも、日常を非日常に置き換えて見るという点では、形を変えた「祭り」なのだ。
しげの職場の「リンガーハット」のマネージャーさん、この人、以前からスゴイマジメ人間の青春一直線の森田健作野郎だと聞いていたのだが、その「青春性」が災いして、飛ばされちゃうことになったそうである。 ……いや、あんまり笑える理由なんで、ついここに書きたくなっちゃうのだが、さすがに全く知らない人のプライバシーを暴き立てるのは気が引ける。 でも、しげの鬱の原因の一つは、このマネージャーさんの配置換えにもあるようなのだ。 「あんなに笑かしてくれる職場もなかったのに」 ……オイ、それは仕事選ぶ基準が違うって。
テレビ『筋肉番付』。 体育会系の番組はあまり好かないのだが、この「サスケ」だけは別で、ついつい見入ってしまう。しげもやっぱりサスケに見入ってたので「お前がこんなん好きだとはねえ」と言ったら、「ケインのファンだもん」と言う。 ケインって……ケイン・コスギ? そりゃ今まで知らなんだ。 そのわりに私が『ウルトラマン・パワード』1巻見ただけで続きを買うのやめたのに、文句の一つもつけなかったなあ。『ザ・格闘王』とか見てたのかな? 今回のサスケ、結局、ラストの第4ステージまでたどりついたのが、オリンピックメダリスト(何の競技だっけ?)、ヨルダン・ヨブチェフと、ケインの二人だけ。しかしちょうど台風が吹き荒れてて、二人ともあと数秒というところでゴールならず。……あれ、天気さえよければゴールしてたよなあ。日を改めるくらいのこと、してやってもよかったろうに。 それはそれとして、このラストステージのBGMにかかってた曲が、押井守監督の『アヴァロン』。最近しょっちゅうかかってるのを聞くが、テレビ曲に隠れ押井ファンって多いのかなあ。
続けて『世界ふしぎ発見』、安部晴明特集。 夢枕獏・岡野玲子の『陰陽師』に影響受けたか、番組中で堂々と「晴明と源博雅は親友」なんてこきゃあがる。だからそれは原作の創作で、そんな証拠はないんだってば。 「陰陽道から生まれた遊びは?」ってクイズ、正解は「にらめっこ」なんだけど、「かごめかごめ」だって「はないちもんめ」だって「かくれんぼ」だって「鬼ごっこ」だって、全部陰陽道と関係があるぞ。 バラエティ番組のスタッフに文句つけたってしょうがないのかもしれないが、生半可な知識だけで問題作るなよな。
「ニュースステーション」 気になったニュースをいくつか。
自衛隊が派遣しようとしているイージス艦の「イージス」とは、ギリシアの戦いの女神、アテナが持っていた盾の名前から取ったのだそうな。……すみません。初歩的な知識なのかもしれませんが、今の今まで知りませんでした。 ……「盾」なら、防衛のみに専念しても別に文句を言われる筋合いはないなって思ったのと、もしその「盾」をロンギヌスの「槍」で突いたらどうなるのかという……すみません。多分このネタ、日本中で18万2502人くらい思いついてますね。
近鉄優勝の時、監督も選手たちも腕に木彫りの数珠をつけていたそうだが、これは実は福岡県粕屋郡南蔵院の御神木を削って作ったものだそうな。この南蔵院の住職の林覚乗さん、地元福岡では平成の一休さんと言われるくらい気さくなお坊さんで、私もこの人の公演、今までに3回くらい聞きに行っている。 ともかく語り口がうまく、ギャグに継ぐギャグで会場内は常に爆笑の渦、あまりに笑っちゃうので、あとで何を説教されたか忘れちゃうくらいなのだ。 いや、ホントは覚えてるんだけどね、私の商売がバレちゃうので具体的には話せないのだ。 まあ、基本的なポイントだけ言っとけば、「バカがリコウのフリするな」って話かな。 モラルなんて、守れるものじゃないと思うからこそ、人に優しくなれるのである。マジメくらい世の中を悪くすることはない。もっとフザケようって、お坊さんにこれ言われると、説得力あるで〜。
マンガ、六道神士『エクセル▽サーガ』8巻(少年画報社・520円)。 がはははは、げひひひひ、うへ、あひ、ぶしゃしゃしゃしゃ(なんか最近こんなんばっかりや)。 いやあ、すごい。 文句ナシに『エクセル・サーガ』今が旬の絶好調である。これはもう絶対にもう一度ナベシンにアニメ化してほしい、いや、映画化してほしいと言いたくなるくらいのハイ・テンション。 いきなり「ベター電器」(わはは)でバイトするエクセルとハイアット。やる気のない店長に「こーゆー地場ベッタリの大型店なんて客層がシケてる間はどーしたってシケッぱなしなんだよ」なんて言われてしまう。 違うぞ、お前んところが今、新興の「コ○マ」や「ヤ○ダ」に負けてるのは、今までやってきてた殿様商売してたツケだよ。……で、店員の客へのいい加減な対応までバラしまくってやがんの。……当たってるだけに、「ベ○○電器」から訴えられたらどうすんだよ、って読んでてハラハラ。 それにしても、こんな超ローカルなギャグネタ、福岡に住んでるやつ以外に解んねーよなー。 そしてついに出た三人目の構成員、福岡人の殆どが予想していたその名も「エルガーラ」。……ここのホールにはまだ行ったことないな。いや、最強のキャラだよ、こいつ。思ったことは全て声に出しちゃうし、巨乳だし(^^*)。 「エルガーラ的には殺すぞって思いましたけどね」って、本気で殺そうとするだろう、お前なら。ああ、でもこの押しの強いキャラ、誰かのギャグに似てると思ってたけど「小林よしのり」だよ! 小林よしのりと言い、安永航一郎と言い、六道神士と言い、どうして福岡のマンガ家は濃くて危ないギャグばかり飛ばしたがるかな。 今回は更に超強力なネタも用意されてるのだが、それは未読の方のためにヒミツにしておこう。 あ、カバー裏もちゃんと読もうね。
マンガ、椎名高志『MISTERジパング』6巻(小学館・410円)。 自分のホームページにうっかり「気乗りせずに描いてる」みたいなこと書いちゃった椎名さん。けれどじわじわと面白くなってきてるよん。 久しぶりにヒナタちゃんも出て来たし。 椎名さんの場合、ヘタに絵が美味くて、毎週毎週それなりに盛り上げてくれてるので、逆に1巻、2巻と通して読むと、どこが一番の見所なのか、分散して解りにくくなっちゃうのだ。 今巻も藤吉郎が幻術の薬を飲んでしまったことがどの程度あとに響いてくるのか、予測がつきにくいのである。引くだけ引いといて終わりって可能性もあるしな。 どっちにしろこのペースだと、本能寺の変までやるとして、あと20巻以上はかけないと終わりそうにない。 ……それまで人気が続くかどうかは微妙なんだよなあ。
マンガ、CLAMP『エンジェリックレイヤー』5巻(完結/角川書店・567円)。 正直言って、やっぱり、ダイジェスト版で終わっちゃったなあって印象。キャラクター詰め込みすぎな上に、数ページ毎にムリヤリ「タメ」をとって盛り上げようとするから、かえって中身が薄っぺらに見えてしまうのだ。 アニメ企画の方が先に立っちゃったんだろうから仕方がないのだけれど、これだけの物語を本当にドラマチックに描こうとしたら、短くても15巻は必要になるよ。 しかし、父親との関係を描くのがCLAMPはいつもヘタ(というか無視しまくってる)だが、脚本担当者(大川さんだろうなあ)には何かトラウマでもあるのだろうか。
2000年09月29日(金) Sashimiと震災の真実とバーブラと/『爺さんと僕の事件帖』2巻(しかくの)ほか
| 2001年09月28日(金) |
さらば長嶋/『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 始動編』�掘��検憤舵�良和)ほか |
オタアミ当日まであと57日!
ようやく今日で仕事が終わり、明日から二連休。 でもどうしてかなあ、今週は仕事に四日しか行ってないのに、なんだかむちゃくちゃ疲れているよ。 ……5月病か? 中二病ってのもあったな。ヽ(^。^)丿 退院してからこっち、体調もまあまあよかったのだが、1ヶ月しか持たなかったか。つくづく難儀なカラダをしているものである。
しげの免許取得が間近なので、マンションの駐車場に空きができるのを待って、場所を予約していたのだが、見事当選、その契約書が送られてきた。 これで月々駐車場料金を何千円か取られることになるわけだけれど、実際にしげが車を手に入れるのは何ヶ月も先のこと。それまでウチの駐車場は野ざらし状態になることになる。 もったいないので誰か車で遊びに来ないかね?
帰宅してみるとしげは留守。 何日か前からしげは、「気分が悪いカラダがダルい気持ちが滅入る鬱鬱鬱」と愚痴ばかりこぼしていて、鬱陶しくて仕方がなかった。 昨日あたりから「四連休〜」とか言って喜んでたから、おとなしく寝てるかと思っていたのに、いったいどこに行ったのか。 そう言えば、と思い出したが、今日は仕事場の宴会があるとか言ってたっけ。じゃあ早々とそっちに出かけたのかと思ってしげの携帯にかけてみたが、全くつながらない。 しげからは、今日、体調が良ければ映画に行こうと誘われていたのだが、考えてみたら宴会と映画とでダブルブッキングしてるじゃねーか。 ぼんやり待ってるのもなんだかもったいないので、買い忘れているDVDなどを買いに天神まで出かけることにする。
天神・ベスト電器の「LIMB」、もう最近はここと博多駅の紀伊国屋ばかりでDVD買ってるなあ。つくづく「アニマップ」がつぶれちまったのはイタイ。 品揃えがいいとね、まあ慌てて買わなくてもいいかな、そうそう売り切れもせんだろう、と思って、ボーナス日まで買い控えすることもできる。計画的に配分しての購入が可能なのである。 けれど、目録だけ配られて、「入荷するかどうか解りませんよ」じゃ、予約買いするしかないのだ。……でもこの「目録買い」ってのが難儀なもので、映画ファンならお分りだろうが、映画には同タイトルのものがけっこうたくさんある。『ふたり』だの『探偵物語』だの、思わず「どの?」と言いたくなるのである。
で、今月も再来月発売のリストに、『三毛猫ホームズの推理』とあるのを見てうなった。 これは土曜ワイドの石立鉄男主演版か、それとも大林宣彦監督の陣内孝則主演版か。それとも誤植で他の『三毛猫ホームズ』ものか(アニメ版で『三毛猫ホームズの幽霊城主』なんてのもあったし。出来はもう、アレだったが)。 もちろん、こんな細かいところまで店員さんに分るはずもなく、結局「とりあえず予約しといてください。でも要らなかったら買いません」なんて、いくら客だからって、スゲエワガママなことを頼んでしまうことになるのだ。 ……店員さん、笑顔で引きうけてくれるが、これも毎月ン万円の投資をし続けたおかげなのだ。私以外の人間がこんなこと言っても聞いてくれるとは限らないので、「LIMB」をご利用の方がいらっしゃったらワガママは仰いませぬよう。
予約注文しておいた『STACY』、昨日発売のはずが発売延期で10月になるとのこと。 こ、こ、これを買うためだけに、わざわざ天神まで出張ったと言うのに言うのに言うのに。o(ToT)o 。 『STACY』、福岡では公開されていないのだぞ(されてて気付かなかっただけかもしれんが)。DVDがこんなに早く発売されると聞いて楽しみで楽しみでたまらなかったのに。 ……仕方がない。加藤夏季のご尊顔を配するのは来月の楽しみとしよう。 でも新作コーナーを探して、いくつかDVDを購入。
じつは段々、DVDを見る時間も限られてきつつあるのだが(見ながらウトウト寝ちゃうこっちも悪いのだけれど)、この日記の更新がひと区切りついたら、一気に耽溺する予定である。 DVDレビューも本当ならもっと内容を充実させ、かつ読みやすく整理していきたいのだ。理想はあの、故・長岡鉄男さんのように、内容・画質・音質に至るまで細かくチェックしたいのだが、ウチにあるオーディオ機器がしょぼいのと、色弱の身の上が災いして、客観的で解りやすい評価を下すことがなかなか困難なのである。今も批評のスタイルをいろいろ模索してはいるのだが、何か一点、批評のポイントになるものを見つけないといけないなあ、と考えてはいるのだ。 そのためにはどうしてもホームページを立ち上げる必要があるが、休日も仕事ぶちこまれることが多いのでなかなかままならない。しかし確実に少しずつ、コンテンツの内容は増えてきているのである。中身が薄いのが一番のネックなのだが(^_^;)。
福家書店を回って本を買いこんだあと、もう一度自宅に電話をかけるが、しげが帰宅した様子はない。これはもう、今晩は帰ってこないなと思い、映画を見にいくのは中止する。 荷物も増えて重いし、今日はもうさっさと帰って、遅れている日記を更新することにしようかな。 夕食は「マルチャン」で一人淋しく「エビ天うどん」トッピング「イカ天」。……どうでもいいが、この「トッピング」って言い方はちょっとやめて欲しいかな。 ああ、今頃しげは飲んで騒いで周りに迷惑かけまくっているんだろうなあ。どんな恥を晒してるかと思うと心配でうどんもノドに……まあ、通らないことはないが。 しげが腹を減らして帰ってくるかねしれないと、マルキョウで牛丼の材料を買う。この間からちょっと牛丼に凝っているのである。 私は昔から常々牛丼のタマネギは細く切れば細く切るほど美味くなると思っているので、実際に試しているのだが、これだとタマネギの甘さがまんべんなく肉に絡みなおかつタマネギを齧った時の草を噛むようなイヤな歯応えが少なくなるのだ。 しげにも評判がいいようなので、奮発して牛肉をたっぷり買い込む。明日は牛丼デーだ!
帰宅は8時。テレビをつけると、ジャイアンツの長嶋監督が退陣のニュース。 まあ、還暦過ぎてるし、もう二度と復帰はないだろうなあと思いながらよく聞いてみたら、「終身名誉監督」になるんだと。 ナベツネ日和ったか(☆▽☆) 。 若い人はもう知らないんだろうなあ。長嶋が巨人の監督を退任するの、これで二度目だってこと。 前の会見は「涙」の会見だった。戦力不足で球団史上初の最下位すら喫し、それでもひたすら長嶋は世間の罵声に耐え、少しずつ若い選手を育てていった。 それが身を結ぼうとした矢先に、突然の解任劇。 あれには巨人ファンでなくとも怒った。それまで長嶋を罵倒していたファンですら起こったのだ。 あとを継いだ藤田監督は再び巨人を常勝チームとしていったが、それは「長嶋が育てた選手達」の貢献が大きかったとは、誰もが思っていたことだった。 そして再び長嶋が巨人の監督に返り咲いた。そのときにはもう、長嶋を罵倒する者はいなくなっていた。
誰もが長嶋を愛していたのだ。
今度の退任、ニュースは「円満」を強調していた。「解雇」ではなく、「後進に道を譲る」、あくまで「禅譲」であることを強調したいのだろう。 でもどんなに誰もが納得する形での引退であろうと、「名誉監督」になろうと、巨人軍のベンチに長嶋がいなくなるという事実には変わりがない。 長嶋は現役の選手のときも、監督時代も、いや、監督でなかったときも、「ミスター・ジャイアンツ」だった。 ……若い連中、気楽にこの「ミスター」って言ってるけどよ、昔からのファンにとっては、長嶋がミスターなのは当たり前のことなんで、いちいちそんな呼び方しないんだよ。 チョーサンなんて呼び方もしない。「長嶋」は「長嶋」だ。 「不世出」ってコトバを安っぽく使うやつ多いけどよ、その意味を噛み締めてほしいんだよな。そりゃ、王だって野村だって衣笠にだって名選手だよ。そのコトバ使うことは出来なくはない。 けど、やっぱり「長嶋」は違うんだ。 長嶋は「時代」だった。 昭和は、20世紀は長嶋の時代だった。教科書に昭和の後半を「長嶋時代」と載っけたって文句はないくらいだ。 そして「時代」は終わったのだ。
……いかんなあ、まるで長嶋が死んだみたいだ。 でももうお歳だし、長嶋が死んだらオレ、本気で泣くかもなあ。 それから、私は王・長嶋のファンではあるが、巨人軍のファンではないので、来年以降はますます野球中継を見ることが少なくなると思いますが、巨人ファンのみなさま、悪しからず。 新監督は原辰徳がヘッドコーチから昇格だってね。お袋は原の大ファンだったけど、私には全く興味がわかない。……三年で江川に交替に一票(^^)。
しげに電話したら、やっと通じた。でも電話の向こうの様子でもハッキリと分るくらいに相当デキあがっている。 「あはははは、ウン、も少し遅くなる。うふふふふ、2次会にも誘われちゃってさ。きゃははははは、でもそこまでは付き合いたくないし。くくくくく、適当に帰るから」 帰れるのか? オイ(・・;)。
『ニュータイプドットコム11月号増刊 ガンダムエース 2001 Autumn No.002』。 やっぱりメインは、安彦良和『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 始動編』�掘��検� ……ああ、生きてて良かった生きてて良かった生きてて良かった生きてて良かった生きてて良かった。
ちょっと背中を貸して? (* T-)(;^_^) 背中ないんですけど……。
ストーリーは知っている。 大きな変更はない。「オリジン」と謳ってはいるがこれがアニメの「コミカライズ」であることには違いがないのだ。 なのになぜ私はこんなに感動しているのか。 ほんの少しの脚色が、かつて見逃していたあの演出の意味を、キャラクターたちの心の動きを改めて私たちの目の前に披露してくれる。 ガンダムが立つ。 しかしそれは「大地に立つ」という勇壮なものではない。その姿はまるで幽鬼にも似て、これからアムロ達を翻弄して行く運命を暗示するかのように不気味だ。 シャアが語る。 「認めたくないものだな。自分自身の若さゆえのあやまちと言うものを……」 しかしそう言うシャアの口もとはやや微笑んでいる。 そしてムサイから音もなく発射されるメガ粒子砲。 このセリフはこんなに淋しいセリフだったのか? セイラが嘯く。 「宇宙のチリになってしまえばいいんです」 ああ、あのカイに浴びせた「軟弱者」というセリフ、あれはキャスバル兄さんを唯一の「男」と見ていたセイラのトラウマから逃れられない叫びであったか。 セイラの強さと、冷たさと、優しさは、みんなキャスバル兄さんを追い求める心から発していたのだ。 アムロが呟く。 「また……だ」 白い闇に一瞬とらわれるアムロ。ニュータイプへの発現はもう始まっているのだろうか? そして再びシャアが笑う。 「見せてもらおうか……連邦軍の新モビルスーツの性能とやらを……」 赤い彗星が迫る。 ひとコマ目、小さく。 ふたコマ目、やや大きく、星の粒子を背後に流して。 さんコマ目、赤いボディに単眼がピンクに輝く。 ああ、アムロは、ホワイトベースは、シャアの猛攻を防げるのか!? 結末を知っているのになぜこんなに燃えるんだ!
やはり本作には「オリジン」の名が相応しい。 シェークスピアの戯曲が時を経て幾度も様々な演出で再構築されるように、これは「安彦演出」によるアニメシリーズとも劇場版とも違う、唯一無二の『ガンダム』なのだ。
『ガンダム』読んでて興奮したせいか、風呂に入って上がったらドッと疲れが出てきた。横になっていたらそのままガクッと熟睡。昨日も寝たの8時ごろだったけど、なんだか夜遅くまで起きてられなくなっちゃったんだろうか。 目を覚ますともう午前3時。 しげはまだ帰ってきていない。相当遊んでるなと思い、電話をすると、「今からカラオケ、3次会〜」だと。 うひゃあ、私もしたことないのに先に女房に朝帰りされてしまうとは。私と言うものがありながら浮気だわ浮気だわ浮気だわ。
……しげのまねして「不幸な夫ぶりっこ」しても全然つまらんな。どうしてしげはワザとジェラシってみせるのかなあ。
テレビを付けると、NHKで萩尾望都の『トーマの心臓』の舞台を中継していた。でもいくら美形の俳優使っても、日本人が「ユリスモール!」なんて言ったって所詮はゲテモノにしか見えないのであった。
結局、しげの帰宅は朝の5時。 「きつい疲れた気分が悪いカラダがダルい気持ちが滅入る鬱鬱鬱」と愚痴ばかりこぼして、鬱陶しくて仕方がない。 「風呂入って寝ろ!」と言ったらホントにそのまま寝やがった。 ああ、遊んでるか寝てるかしかおまえの生活にメニューはないのか(TロT) 。
2000年09月28日(木) 百鬼夜行とヤオイSFとデクノボーと/『イミューン ぼくたちの敵』(青木和)ほか
| 2001年09月27日(木) |
「檸檬」って書ける?/『BLACK JACK ILLUSTRATION MUSEUM』(手塚治虫)ほか |
オタアミ当日まであと58日!
チケットは要らんかね〜。 可愛いチケットだよ〜。 大きくなんないよ〜。
なんだかなあ、掲示板に案内だしてるけどさ、今んとこ「チケット買います」って言ってきてくれる人がいないんだよね〜。 劇団メンバーが今一つアテにならないから、ちょっと販促の方法考えないとなあ、と思うんだが、どうも平日は仕事に追われていてアタマが働かない。 できるだけアタマを使わないほうが捗る仕事だから、それはそれでいいのだが(おいおい)。 実家の床屋のネットワークが使えんかとも考えたが、親父は「オタク」系が大嫌いだからなあ。 私の「オタク」的傾向のベースは、映画マニアの死んだお袋に仕込まれてるものなので、親父には通じないのである。 ……すみません、エロさん。まだノルマ分(ではないんでしょうけど)、一枚も売れてません。 (;_;)( ;_)( ;)( )(; )(_; )(;_;)(T-T)うるうる〜。
なんだか急に仕事が押し始めて、合間にこっそりと便所で本を読んでるヒマが取れない。 いや仕事はサボってませんよ。 本当です。 シメキリが来週なのでまだ慌ててないだけです。 本当にサボってませんってば。 ……誰に向かって言ってるんだ?(=^_^=)
梶井基次郎の小説に『檸檬』というのがある。 いや、こんなヒョーロンカみたいな前振りしなくったて有名だけどさ。 この日記の読者の中には、「漢字が多くって、ムズカシーイ」なんて脳天から声出してるようなバカ女(あっ、そこのアナタではありませんよ)もいたりするので、一応、説明しているのだ。 ……ちなみに、「檸檬」って漢字、変換で出しただけだからホントは書けないと思ってるだろうが、ちゃんとソラで書けるからな。 閑話休題。
ある若い男の子(10代。お稚児さんではない)と会話していて、ふと、この『檸檬』のことが話題になったと思いねえ。 筋の説明はめんどくさいのでしないが、その中の一節に、「びいどろという色硝子で鯛や花を打出してあるおはじきが好きになった」ってのがある。 ……どうですか? 読者のみなさん、私が何を書こうとしているか、解りますか? 気がついた人もいるでしょうね。 そうです。 その子は「おはじき」を知らなかったのです! 「おはじきって何ですか?」って聞かれたときゃ、アタシゃ硬直しましたね。 そりゃね〜、男の子だから遊んだことないっていうのはまだ解るけどね〜、存在も知らないってのはどういうことよ。 いくら今と昔と、時代が違うとは言え、女の子は今でも「おはじき」で遊んだりしてるぞ? 何か大事なものをどこかに置き忘れてるやつ、増えてないか? 私ゃ子供のころは男の子とより女の子と遊んだりすることの方が多かったからね〜。「おはじき」も「あやとり」もしょっちゅうやってたけどね〜。 幼稚園とかでは今どき「おはじき」なんかやらないのかな? だとしたら、やっぱり今の教育、「やらなきゃならないこと」をほっぽらかしてんじゃないかって疑惑がフツフツと沸いてくるぞ。
「遊び」は全て悪いものって感覚が今の学校を支配してるように思えてならない。 文部科学省はしょっちゅう「ゆとりの教育」だの「個性の教育」だのとコトバだけはリベラルなこと言ってやがるが、さて、そんなことが実践されたことがどれだけあったか? 昨日読んだ『ドンキホーテのロンドン』に、「イギリス人はジャンケンを知らない」という記述があった。揉め事が起こっても、徹底的に話し合う。「時間がないから」最後にジャンケンで、なんてことはしないのだ。 でもな〜、日本の場合いくら時間かけて話しあったって、ディベートの土壌となる「個性」自体が認められてないから、意味も実りもないんだよな〜。 結局、「まあ結論が出ないようならこの件はまた次回検討するということで」みたいなことになっちゃうのである。 ひどい場合は、討議の前に結論が用意されてたりしてな。「会議が出来レース」って、話し合う意味がどこにあるってんだ。 何のCMだったかなあ、「最近の若いヤツらはイエスマンばかりでいかんねえ」「お言葉ですが社長」「口答えするな!」「なぜだ〜っ!」ってのがあったよな。……シャレになってないって(-_-;)。 「遊び」も「悪」も、それを排除してマットウな人間が出来るかっていうと、そんなことはない。 『檸檬』だって、「ムシャクシャするから現実逃避して幼児退行して、丸善にバクダン置いた気になって、ああスーっとした」って小説じゃないか。イタズラの一つや二つやってこそ人間ってもんだ。 なのに『檸檬』を評論する連中って、たいていその「スーっとする方法」よりも、「何が彼をそこまで追いつめたか」って、それまでの人生とか、環境とか社会状況とかの方ばっかり重視するのな。 そんなことより、たとえフザケてるように見えようが、モラルに反していようが、「みんなで幸せになる方法」を考えた方がよくはないか? 「虚構」ってのはそのためにこそあるんだよ。
芥川龍之介の『羅生門』、あれを「怖い小説」だって思いこんでるやつも多いみたいだけど、なんで素直に「貧乏したら人のもの盗んだっていい」って額面通りに解釈しようとしないかね。 昔、高校の授業で「人間のエゴイズム」がどーのこーのって、教師が教えてたの聞いて、「日本の教師はバカばっかりか」と思ったことがあったが、「『羅生門』は、モラルからの解放の物語である」って的確な批評を教えてもらったのは、大学に入ってからだったよ。 要するに日本の小・中・高校までの授業ってのは全て、「偽善者」としての考え方を仕込む場であって、それ以外の、自分の頭で考える人間を淘汰していくシステムになってるわけだ。
「勉強ばかりで遊ばない。今に子供は気が狂う」
……もう、狂ってるかな?
仕事の帰りに「ミニストップ」に寄って、弁当を買う。 ウチの近所にあるコンビニは「セブンイレブン」と「ポプラ」くらいしかないので、ちょっと珍しいコンビニがあるとつい寄ってしまうのだが、売ってるものにそう違いがあるわけではない。 ミニスト、以前はけっこう弁当にチカラ入れてくれてたんだが、最近は幕の内に毛の生えた程度のモノがちょこちょこっと並んでるだけで、他のコンビニとたいして区別がつかなくなった。 というか、オニギリの種類では「セブン」に負けている。 それでもしげが食うのは弁当の類だろうと、オムレツっぽいのとか、のり弁っぽいのをいくつか買う。 あとは飲み物程度、そんなにオカネを使うつもりはなかったのだが、ふと見ると、インスタント麺で、「黒スパ」「白スパ」というのが目についた。 珍しいものはとりあえず買ってみなければ気がすまないタチなので、早速、両方を買う。
帰宅して、まずは汗を流そうと風呂に入る。 湯船に使っていると、しげがいつの間にか忍び寄ってきていて、こちらをじっと見ている。 「なんだよ、どうしたんだよ」 「……いま、鬱なん」 「……は?」 「淋しいとよ」 いきなりそんなこと言われてもなあ。 「何かあったのかよ」 「……さあ?」 どうやらただ単に狂っただけらしい。 「なんかまた、変な夢でも見たんじゃないのか?」 「……アンタがね、ひどいんよ」 「ひどいって、何が」 「浮気したとよ」 「……夢だろ?」 「夢でもひどいんよ。私の目の前で浮気するもん」 「……だから、おまえが勝手に見た夢でどうして俺がやつあたりされなきゃならんのだ」 「知らん」 「……おまえ、内心、俺に浮気してほしいとか願望もってないか? そうやって自分を悲劇のヒロインに仕立て上げるのヤメロ」 「……悪男(わるお)」 わしゃ西川浩司か。
どうせ腹を減らしているからロクな夢を見ないのである。 しげに弁当をやって、私は例の「黒スパ」を作ってみたが、その正体はイカスミラーメンであった。 まあ、予想はしてたが、そんなに美味くない。珍しいものって、そのときだけでどんどん消えていく。結局後々まで残ってくものって、スタンダードだけなんだよね。
あまりしげが淋しがるので、しげと二人でDVDを見ることにする。 『ハレのちグゥ』の続きも見たかったのだが、しげの希望に合わせて、ジャッキー・チェンの『プロジェクトA』セットを見ることに。 テレビで見たのももう随分古い話なので、筋は殆ど忘れていて新鮮。 ただ、声が北京語と広東語、どちらもジャッキー本人の声ではなく他人のアテレコなので、どうにも違和感がある。 それならいっそのこと石丸博也の吹き替えで聞きたいのだが、このDVD、アチラのストレートなコピー版なので日本語吹き替えが付いてない。 セットで割引になってるのはありがたいのだが、「ジャッキー=石丸」ってのは日本ではほぼ定着してるので、それくらいのサービスはしてくれてもいいんじゃないかって思う。『ゴージャス』にはちゃんとついてるんだし。 十数年ぶりに見返すと、ジャッキーの代表作と言われながら、まだまだ演出などに荒削りなところがあるのがわかる。アクションの見せ方も、もっとアングルに凝ってほしいなあ、と思うところしきり。 見ているうちにコテッと落ちて寝入ってしまった。 おかげでこの日は相当な早寝。8時くらいに寝たかな。 ……当然、朝は2時ごろに目覚めてしまったのであった。 まあ、寝惚けながら日記を書かずにすんだけどね。
マンガ、佐藤竜雄原作・滝沢ひろゆき漫画『学園戦記ムリョウ』4巻(NHK出版・500円)。 最近、出版ペースが早いなあ。来月にはもう5巻が出るって言うし、月イチくらいで出してるじゃん。 そのワリにNHK、出した単行本、たいてい初版だけですぐに絶版にしちゃうのな。『飛べ! イサミ』を復刊するくらいのことしてみい。 で、今巻はなんとその「イサミ」の孫たちがゲスト出演。「三代目しんせん組」だと。名前はやっぱり「イサミ」「トシゾウ」「ソウシ」。……あの一族は代々同じ名前を踏襲させてるのか(^_^;)。てゆーか、三人の名字が違うってことは、じいちゃんのトシゾウもソウシも、イサミをモノに出来なかったってことかい。情けないぞ。 更に言えばイサミはやっぱりスパッツ。……学生服やセーラー服がアンティークになってる時代だっちゅーのに、スパッツだけは生き残ってるってか。ううむ、恐るべしスパッツ。 ああ、でもこうなると本編のアニメのほうにもイサミたちを出してほしいぞ。そしたらたまにしか見てないアニメ版のほうも毎週見てやるのに。
手塚治虫『BLACK JACK ブラック・ジャック ILLUSTRATION MUSEUM』(秋田文庫・950円)。 うわああ、文庫だってのに千円近くするなんてメチャ高。 けれど、今まで単行本に収録されたことのなかった『ブラック・ジャック』の扉絵だけを完全収録しているこの本、カラーページも全て再現、それどころか、BJが他の手塚作品にゲスト出演しているぺージまで特別収録していて、編集者のこだわりがヒシヒシと伝わってくるツクリになっているのだ。 手塚さん自身、ブラックジャックの過去はあとから考えたとか言ってるが、カラーページを見ると、第4話の段階で既に顔の皮膚の色がツギメから黒かったりしている。これは「黒人の友達の皮膚を移植してもらった」って設定のためなんだけど、「全てあとづけ」ってのは手塚さん流の「照れ」であって、ホントは相当量の設定を考えていたのだろう。 けれど、一読して、よくもまあ、これだけバラエティに富んだ雰囲気の表紙を書き続けられたものだと感心する。怪奇ムードあり、メルヘン調あり、ギャグ調あり。 ご子息の手塚真さんの絵を表紙に使ったものや、アニメ『バンダーブック』のセルをそのままトレスした珍品もある。 何より目玉なのは、手塚プロ製作のアニメ『S09』に手塚さん自身が描き下ろしたイラストが全て収録、ストーリー解説付きでその筋を楽しめるということだ(ブラック・ジャックはチョイ役だけど)。 惜しむらくは、その当時しか分らない時事ネタを表紙で使ってるのに、解説が付いてなくて全く解らなくなっていること。223話で、手塚さんがなぜペンを投げつけられてケガをしてるのか、意味が全く分らないぞ(何かの抗議を受けたのかな?)。これだけが唯一、画竜点睛を欠くことであった。残念。
2000年09月27日(水) とろける膵臓と行きずりの恋と膝小僧と/『おもいでエマノン』(梶尾真治)
| 2001年09月26日(水) |
彼岸の人/ドラマ『ブラック・ジャック�掘戞拭悒疋鵐�ホーテのロンドン』(鴻上尚史)ほか |
オタアミ当日まであと59日!
一昨日24日、作家、中岡俊哉氏が異ガンで死去。74歳。 唐沢俊一さんの裏モノ日記に、「心霊研究家としての肩書きに触れてなかった」と書いてあったが、読売新聞、ちゃんと「超常現象、心霊現象に関する多数の著作がある」と記載してる。 まあ、これを書かなきゃウソだよなあ。 昔はしげ以上に怖がりで、心霊写真なんて見ることもできなかった私ですら(隔世の感があるなあ)、中岡氏の著作を何冊かは所持している。 怪作『新・世界の怪獣』もしっかり持ってるし。 ああ、地球は怪獣バグンによって滅ぼされちゃったんだよなあ。それまで「怪獣」というのは必ず倒されるものだと思っていたのに、人間の兵器を全て寄せ付けず、世界各地を荒らしまわる大群獣バグン。 しかも各国は自分たちの利権ばかりを考えていて、ともに怪獣に当たろうとしない、その結果、人類は自滅とも言える滅亡を遂げる……。あの崩壊のイメージは、映画『ノストラダムスの大予言』以上に、今でも私のトラウマの一つになってるのだ。 もちろん、氏の「どう見てもウソ」の心霊写真を、「ホンモノ」のように見せかけた「罪」は大きいとしても、そんなのはオトナになれば自然と判断がつくものであったし、何よりコドモに「得体の知れないものに対しても興味を持つ」視点を与えてくれていたことは、大いに評価していいのではないか。最近はたいした著作を書いてはおられなかったろうが、その死はやはり惜しい。
……ちょっと本棚から『クロワゼットの超能力』(笑)を引っ張り出してみたのだが(心霊関係のはどこかに紛れこんでて解らん)、中岡氏がどの程度超常現象を信じていたかは分らないが、その「筆力」には頷かざるを得ない。 「超能力を頭から疑っている人に理解してもらおうというのは、盲人に血の赤さをわからせようとするくらいむつかしいのではなかろうか」なんて、今なら一発で削除をくらいそうな表現まであるが、この人の文章、同じことを二度三度と畳みかけるように訴えるところに特徴があるのだ。 「私は超能力の実在を信ずる。 私はまた、超能力は誰にでも潜在している可能性を信じている」 こんな具合。つまり「アジテーションの文体」なのだね。クサイが、この表現に私はけっこう騙されていた。かなりトシをとるまで「ユリ・ゲラーはニセモノだけれど、クロワゼットは本物」なんて言ってたのだ。 言葉は決して真実ではない。メディアが真実を伝えることは不可能に等しい。だとしたら、「真実だ」と思いこましてくれるものがそこにあり、たくさんの人々がそれを受け入れれば、それは畢竟、「真実」としての機能を果たしだす。……いやねえ、なんつーか、読み返してみて、結構「自分の文体」と似通ってるところ見つけちゃったわけですよ。 私も知らず知らずのうちに中岡さんの影響を受けていて、この日記の読者をアジってたのかもなあ。
今週はお仕事が始まったのが、火曜日なので、まだ二日目なのだが、体が異常に疲れている。 職場でもウチでも椅子に座ってる時間が長いせいかなあ。腰にはっきりと痛みがあって、捻ると一瞬、激痛で立往生する。 日記の更新で夜更かししてるから、という理由もあるのかもしれないが、それにしたって5時間は寝ているのになあ。もっとも入院中は8時間、9時間は寝ていたわけで(つーか消灯されてちゃ寝るしかないわな)、やはり人間は位置に血の1/3は寝ないと体調が万全にはならないものらしい。 布団が固いせいもあるのかな。そろそろ新しく布団を買おうかなあ。
帰宅してみると、しげ、20時間の睡眠からやっと目覚めている。 ……臭い。言っちゃあなんだがマジで臭い。20時間でこれなのだから、イバラ姫も100年の眠りから目覚めたときにはさぞや臭かったであろう。 しげには、日曜日に「休日くらいは洗濯しろよ」と言っておいたのに、途中でほっぽらかしていたので、「まだ洗濯もの残ってるだろ」と言ったら、「ちゃんと干したよ、見えんの?」とこきゃあがった。 「ウソをつくなよ、やってないだろ!?」 「ウソなんてついてない! 後から出したんじゃないの?」 「お前がそう言うと思って、昨日から着替えてない!」 ……あ、臭いのは私もだった。 どっちにしろ、しげが洗濯をサボったせいでこういう事態に立ち至っているのだ。自分のやったことを確かめもしないで意地だけ張るのがあまりに業腹なので、怒って洗面所にしげを追い払う。籠の中に洗濯物が残っているのを発見して、しげはやっと自分のボケに気がついたらしい。ブツブツ言いながら洗濯を始める。 多分、しげの脳細胞は寝ている間にどんどん死滅しているのだ。
テロップで近鉄優勝とのニュースが流れる。 ああ、ダイエー勝てなかったか……とちょっと気落ちしちゃったのは、別に私が福岡生まれだからではない。 多分、私の野球の知識は、岡田斗司夫さんか虹森多佳子さんナミなので、見ていてそう面白いものではない。ゲームの「面白がりどころ」がどこだか見当がつかないのだ。 まあ、虹森さん曰く「ホームランだけは解りやすいんですけれど」。 『スタジアム 虹の事件簿』を読んでて思わず頷いちゃったのは、虹森さんのこのセリフだったりするのだ。実際、王選手の現役時代は756号や800号の瞬間をか見たくてテレビにかじりついてたけどね。それ以降はサッパリ。 西鉄ライオンズの3連覇も生まれる前のできごとだしな〜。親父とお袋は二人揃って徹底的な巨人ファンだったから、地元球団に対して思い入れできる材料自体がなかったのだ。
それでも今まで、あの福岡ドームの中に5回ほど出かけてはいる。 1回目はコミケ(多分ドームができて2年目くらい)、2回目はオヤジに連れられて試合観戦(ダイエーは見事に負けた)、3回目は家電製品の即売会、4回目は2年前のダイエーの日本シリーズ優勝の中継観戦、4回目は去年の5月ごろ、ペナントレース観戦(やっぱり負けた)。 自分から出かけて行ったのは、家電製品を買ったときだけで(あの時は何を買いに行ったんだったか)、後は全部、知り合いとのつきあいである。 福岡県民が全てダイエーのファンってわけじゃないのだ。 じゃあ、どうして残念だったかっていうと、「もう一度ON対決」が見てみたかったって、それだけ。
八百長、とはちょっと違うが、スポーツだって人間のメンタル性の影響が強い以上、勝負になにかしら「時代の要求」みたいなものが関与してくることはありえるだろう、と思っている。 去年は日本全国の誰もが「ON対決」を望んでいた。そんな中で他チームが「巨人」や「ダイエー」に勝つことがどれだけムズカシイか。まさしく「20世紀を締めくくる対決」をみんなが待ち望んでいたのだ。 けれど今年はどうだろう。昨年の覇者でありながら、巨人戦の視聴率は全く振るわず、話題は殆どマリナーズのイチローだ。人々が野球にゲームとしての面白さではなく、「時代のヒーロー」を求めているのだということがよく解る事実ではないか。
9時からRKB毎日放送、『ブラック・ジャック�掘“畄爐療刑洋鼠�人』。 画面に出て来たタイトルはこれだけだけれど、新聞を見ると「舌から味覚が消えていく? 鬼の頑固シェフを襲う脳のガン“俺を今すぐ殺してくれ”」とサブタイトルが。 ……これ見て、この番組面白そうだ、と思うやつがいるのかね(^_^;)。 前二作を見逃しているのでどんなものかと思ったが、これがもう、楽しいくらいの珍品。 マンガの実写化がそもそも不可能だってこと、演出の堤幸彦は熟知しているのだろう。最初のテレビ化が『加山雄三のブラック・ジャック』てあったように、ここでは『本木雅弘のブラック・ジャック』をひたすら描く。 もちろん、それは正しい。 本当にリアルな医者のヒューマンドラマを作ろうと考えるなら、そもそも欺瞞だらけの手塚原作に頼る必要はない。……『ブラック・ジャック』って、そんなに「名作」か? 作者自身、あとづけで設定やらテーマやらを考えていったシロモノだぞ(まあ、手塚作品は全部そうだが)。
とにかく今回のドラマ化も頗るデタラメ。 一応、ブラック・ジャックとドクター・キリコの「医者は何のためにあるのか」論争が交わされる。まあ、BJもキリコもとうの昔に警察にとっつかまってなきゃおかしいという至極マットウなツッコミは置いといて(^o^)。 「医者が体の病だけを治してもしかたがない。心の病も救えねば」というのと「医者が人間の命をどうにかしようなんてのはおこがましい」というのは理念上、矛盾しまくってるんだけどねえ。 蟹江敬三のシェフが、ガンそのものはBJに治してもらったんだけれど、味覚を失って絶望し、飛び降り自殺する。 ところが落下地点に飛び出した弟子の池内博之のおかげで一命をとりとめる。感激したシェフは死ぬことを思いとどまったけれど、今度は弟子が大ケガして命が危ない。しかも外国の首相の晩餐用に料理を作らなければならないのに、味覚は戻らない。 で、BJに弟子を治療してもらって、料理を作るのはシェフ、味を見るのは弟子という二人三脚でこの難関を乗り越えるのだ。 ……ちょっと、ムリヤリドラマを作りすぎてるよなあ。BJのやってることって、結局自分の失敗の尻拭いだしね。 で、BJが苦悩するたびにキリコがどこからともなく現れて、「お前は間違ってる〜。安楽死させろ〜」って幽霊みたいに囁くのよ。
これに、ヒューマンなものを感じろって、そりゃちとばかしむちゃな話だ。展開的には「ホラーもの」と全く変わんないんだよ? あっ、だから、ピノコが双子になってるのか。まんま『シャイニング』じゃん。 ……つまり、『BJ』のコミックスに、かつて「怪奇コミックス」とサブタイトルが付けられていたように、これは現代の「奇談」として見たほうが面白い作品なのだね。
鴻上尚史『ドンキホーテのロンドン』(扶桑社文庫・650円)。 『SPA!』連載の『ドン・キホーテのピアス』の文庫化第4弾。 連載、単行本化、文庫化という過程を辿るので、実際に鴻上さんがロンドンに1年間の演劇留学に出かけたのは、1997年の9月から7月まで。もう4年前だ。 鴻上さんとは4つ年が離れているので、留学したときの鴻上さんは今の私と同い年、ということになる。 わあ、ロンドンに留学できたんだ、いいなあ、という感覚は私にはあまりない。鴻上さんの「将来、英語圏で自分の芝居を上演する」ことの意義を認めるに吝かではないが、伝統的なシェークスピア演劇が、日本の伝統芸能、例えば歌舞伎や能とよりもはるかに優れている、とは思いにくいからだ。 ちょうど今月の『言語』10月号が「シェイクスピア学の楽しみ」特集号なのだが、実はイギリスの伝統演劇、一端、17世紀に途絶している。王政復古により、初めてシェイクスピア研究が行われるようになったのであって、例えば『ハムレット』が初演時においては筋肉隆々、ヘラクレスのような知性と肉体を兼ね備えた男として演出されていた、なんてことは、近年の研究でようやく解ったことだったりする。 鴻上さんも書いていたが、1年間の留学で鴻上さんが知ったことは、「なんでい、みんな変わらないじゃないか」ということだったとか。 でも、そんなん行く前からわかりきってることだと思うが。というか、「文化的に劣った国日本」と思いこんでる連中の方がはるかに多い国から、何を学ぼうと言うのか。 実際には現場で経験しなければ分らないことも多かったかと思う。でもそれって、「反面教師」的なもののほうが多かったんじゃないかなあ。
けれど、鴻上さん個人に学ぶものがあったにせよなかったにせよ、結果的に鴻上さんの留学のおかげで、日本の演劇界の閉鎖的な雰囲気が少しは壊されていくのだったら、これは嬉しいことだ。 マスコミは、日本人が海外で成功している例をあまり嬉しがらない傾向がある。あるいは逆に過剰に評価しすぎるかの両極端だ。どちらの場合も、肝心の「芝居の中身」が置き去りにされているのが特徴だ。 この7月の、野村萬斎『まちがいの狂言』(シェークスピア『まちがいの喜劇』の翻案)のロンドン公演についても、その内容にまで踏み込んで紹介しているニュースはごく少なかった。「演劇」という分野そのものが日本では異端視されているのである。 鴻上さんが未だに気がついていないらしいのは、たとえ日本に国立劇場が増え、世間的に演劇の存在が認知されていくようになっても、それは表面的な部分に留まって、決して普段の我々の生活に密接したような存在にまで演劇が認められることはありえないということだ。 なぜなら、日本の演劇と、社会主義活動は長く密接に絡みあってきた歴史がある。公共の場において、たとえば学校教育の中においては、お遊戯や部活動を越えた正規の形での演劇教育は、まず望み得ないのだ。 ……ヒカゲの存在でいいじゃん、とも思うのだけれどね。ヘタに光を浴びると、ヨコヤリガ上の方から入りまくるに決まってるんだから。
赤塚不二夫『アカツカNO.1 赤塚不二夫の爆笑狂時代』(イースト・プレス・2000円)。 『天才バカボン』と『レッツラゴン』の中から、いわゆる「実験マンガ」的なものを数ページずつだけ抜き出して、当時の雑誌インタビューなども交えて構成したもの。 「数ページずつ」だから、完全に一本のマンガが読めるものは一本もない。 伝説の「等身大マンガ」、ラストでコマが小さくなるところまで収録しないと、ギャグの効果が半減すると思うんだけどなあ。
子供の作り方を初めて知ったバカボンが、パパとママを「汚らわしい!」と怒る話なんか、これを『バカボン』でやったもんだから当時はむちゃくちゃ衝撃的だったんだが。 確かになあ、言われるまでパパとママのナニシーンなんて想像もしてなかったけど、バカボンにハジメまで作ってるんだものなあ。……やってるんだよなあ、あの二人。 ギャグキャラクターに「肉体」を与えたマンガ家って、赤塚さんが初めてなのではなかろうか? っつーか、当時私も「それ」を知ったばかりだったしさ、最初はバカボンに同情しながら見ちゃうワケよ。「そうだ、僕はオトナになったって、そんな汚らしいことはしないぞ!」とか思っちゃったりしてさ(^_^;)。 いや、小学生のタワゴトですから。 だから、オチでバカボンが「なんだ、これって自然なことなんだ!」ってスッキリしちゃうところが思いっきり肩透かしされちゃうことになるのよ。 なのに、そこがまたカットされてるから、これもギャグがギャグとして完結してない。 ……誰だ。こんな変な編集したの。
「山田一郎」改名事件も懐かしい。けれど、たとえ完全収録されたからといって、こういった実験作品を今の読者が楽しめるかというとそれは別問題だろう。 事実、しげなどは同じ実験マンガでも、唐沢なをきだと笑うのに、赤塚不二夫だと、白けた眼で見るだけなのだ。 時代と寝ている時、ギャグマンガは強いけれど、そこから一端リタイアすると、ただのつまらないマンガに堕してしまうんだろうか。
2000年09月26日(火) 泊まりの仕事で本も読めねえ
| 2001年09月25日(火) |
リアル・ホームズ/『トンデモ本の世界R』(と学会)/『けだものカンパニー』3巻(唐沢なをき) |
オタアミ当日まであと60日!
昨日、日記の「荒らし」について書いたことの続き。
なぜ「荒らし」がこうも横行するのかって考えたんだが、やっぱり人気のある日記って、女性の方が書いたものが多いからではないかな。 今から書くことは、女性にとってはちょっと申し訳ない表現になっちゃうかもしれないけれど、話を進めるために我慢して読んでもらいたい。
まず、女性の書くサイトの方がなぜ人気があるのか、ということから。 これはもう、ネタが圧倒的に「恋愛」沙汰だったりしてる点にあるからではないか、と思うわけだ。 もちろん、日々の出来事が全て恋愛がらみであるはずがない。 けれど、別に作家でもアイドルでもないごく一般の人の日記になぜ人気が出るかと言うと、これはもうその中身の「ドラマ性」にあることは明白なのであってね。で、男性と女性では、日常をドラマチックに虚飾する能力が圧倒的に違っているのだ(もちろん、女性の方が「上」)。 ミもフタもないことを言っちゃえば、「なんでもない日常のことがらを、むりやりドラマに仕立て上げる能力に長けている」と言ったほうがいいかな? 解りやすい例をいくつか言えば、女性はみんな清少納言よろしく、「春って曙よ!」って言っちゃえる存在なのである。男はああいう「それがどうした」的なことはそうそう言えないんだよねえ。 あるいは、『赤毛のアン』。「私、あの湖を『きらめきの湖』って呼ぶことにするわ!」……呼べよ、勝手にって男なら思うところだな。マシューも多分そうだったであろう。
女性の恋の対象は、実は「男」だけではない。もともと日常の様々なものに「恋」をしているのが女なのである。(「恋は女の本質」って言ってたのだけだったっけ?)。 「読み手」がワクワクするためには、まず「書き手」の方もワクワクしてなきゃならない。人気のある日記を読んでいて思うのは、やっぱり「みんなワクワクしてるなあ」ってことなのだ。たとえ、それが、「つらい恋」であっても。
で、「荒らし」が起きる理由も、その内容の如何に関わらず、「ドラマ性」の訴える力によるものだろう、と断言できるのだ。 もし、清少納言がただ単に「春はいいわね〜」程度のことしか書いてなかったら、彼女に対して紫式部が、「なに様のつもり!?」なんて噛みついたりすることも、ありえなかったであろう。 「春」を全て「曙」に限定して象徴する視点、それまでの誰にもできなかった見方でありながら、普遍性を持ちえた見方、「特殊を普遍化する」ということは、「少数派が多数派に受け入れられる」ということでもある。 つまりね、これって、「つまらないやつ」と差別されてた人間がみんなに認められるようになったってことと同じ図式なんだね。 これは、同じように「つまらない」人間の「嫉妬」を引き出すには充分の要素となるのよ。
おわかりだろうか? ややこしい書き方をしちゃったが、「荒らし」を起こす人間の心理って、「自分と同じか、それ以下のレベルだと思ってた人間が、他人に認められるなんて羨ましい妬ましい」ってジェラシーなのだね。 男がよく「女のクセに生意気だ」って思うのもこの心理。あれは「男の嫉妬」なのですよ、女性諸君。
荒らされたとき、男と女とでは反応が明らかに違う。まずそのことを「荒らされてる」人は充分に認識する必要があるのではないか。 同じように腹を立てたり、悲しんだりしているように見えはするけれど、相手のサディズムにより訴えかけちゃうのは、やっぱり女性の方なんだね。それだけ「ドラマチック」に反応しちゃうから。 意識的にか無意識的にか、そこで女性はまたしても自分を「特殊化」してしまう。「ウチは日本一不幸な少女や」って反応だわな。 だから「荒らし」は喜ぶのよ。自分の挑発に乗ってくれるんだから。 不思議なもんでねー、日記なんかで一切触れずに「荒らし」を問答無用で削除するってこと、女性はなぜかできないんだよねー。 必ず日記の中で「どうして私がこんな目に」って書くのよ。 ……書かずに消せや。たとえ何十回、何百回と「荒らし」が続こうが、冷静に対処してひたすら消す。 「冷静じゃないやつ=バカ」と見下されてるから「荒らし」も起きるのだよ。それに素直に反応してちゃ、やっぱり「バカ」なんだってことを自分で認めちゃうことになる。自分で自分を感情的なバカに仕立て上げてどうするの?
それにしても「エンピツ」の登録者が40000人を越した途端に「荒らし」が増えたってのも、一種の「スタンピード現象」なんだろうか?
天気予報が雨だったので(でも実際には降らず)、通勤はタクシー。 帰りの運転手さんが、ちょっとビックリした才能の持ち主であった。 「お客さんのお仕事、○○○○○でしょ?」 ……言っとくが、職場のすぐ近くでタクシーを拾ったわけではない。しばらく歩いて、何百メートルか離れた地点でだ。位置から断定するには根拠が薄い。 「どうして判ったんです?」 と思わず聞き返してしまったが、返事を聞いて納得。 「お客さん、○○○○○○○じゃないですか。それに○○○○○○○○だし○○○○○。だから○○○○○○○○だろうって思って」 ホ、ホ、ホームズ! こ、こんなところにシャーロック・ホームズが! 実際、この運転手さん、しょっちゅう、お客さんを拾うたびに「○○○○までですね」と行き先を当てて見せて、お客さんをビックリさせるのが趣味らしい。 性格歪んでるところまでホームズそっくりだな(^_^;)。 「どうしてそんなことができるんですか?」 と思わずバカな質問しちゃったけれど、途端に「苦労してますから」だと。 う〜ん、この反応はいかにも日本人的でちょっと興醒め。 やはりここは「初歩ですよ」と言ってほしかったな(^^)。
帰宅してみると、しげは寝ていて全く起きて来ない。今日も弁当を買ってきてやったというのに、モッタイナイ話だ。 一応、耳元で「飯食うかー」と声をかけてみたが、全く反応がない。 ああ、これは本当に熟睡している。ムリヤリ起こすのもなんだかなあ、と思ってほっておいたが……。 結論から先に言うと、このあと、翌朝私が出かけるまで、しげ、全く目を覚まさなかったのだ。 ……ってことは最低12時間、多分、20時間くらい連続して眠ってたのではないか。脳がどんどんバカになるのも当然と言えば当然であろう。
テレビ、『ハレのちグウ』最終回『おしまい・おしまい』。 原作のむちゃくちゃ中途ハンパなところで終わっちゃったなあ。一応ウェダとおばあちゃんの和解、というところでひと区切りついてる感じではあるけれど、これから先が本当の「物語」になるんだし。グゥの謎も解かれず終いだぞ。 思えらく、延長を期待して、スタッフはあとワンクール分、ウェダの結婚あたりまでやるつもりだったのではないか。 ……視聴率、取れなかったのかなあ。 原作をベースにしつつも、オタクなギャグを付け加え、細かい作画、絶妙なタイミングと声優のノリで爆笑に導く演出は最近では珍しく見応えがあったのに。 ハレがアニメに関してオタクなウンチクタレであったりするのも笑える。だいたいアニメを見ながら声優に触れずに作画に言及し、「第1話としてはまあまあかな」なんて嘯きやがるガキなんて生意気にもほどがあるってんだ……ってガキの頃の私か(^_^;)。 OVAで続編作らないかなあ。「第2回ウェダ争奪戦レース」のネタも残ってるし。
『人気者でいこう!』最終回スペシャル。 何気なく見たら最終回でやんの。 水野美紀、顔が変わったなあ。『ガメラ2』の頃よりずっと凛々しくなってる。『2』のころはまだどこかナヨっとしてて(アクション女優出身のクセに)、どうしても『1』の中山忍と比較されてワリ食っちゃってたけど、今ならけっこう対抗できるのではないかな。 途中から見たが、ちょうど、『恋に落ちたシェイクスピア』のジョン・マッデン監督が撮った映像と、そこいらのADが撮った映像とを見比べて、どっちが本物かを見分けるという問題。 ……まあね〜、確かに一目見て見分けられはするけどねえ。 何しろADの撮ったやつは「クサイ」から。 でも、それを「本物」「偽物」という観点で見るのはどうかなあ。巨匠の作品は確かに自然なんだけどさ、ADのそれとハッキリわかる未熟さってのも、シロウト戯曲家のハシクレである私にはどうしても共感を覚えちゃうのよ。 どう見てもB級、どう考えてもヘタレ、だからこそ「好き」だってものは誰にでもあろうし、ゲージュツだのアートだのより、そんなものの方が感性に訴えかけてきたからこそ、オタクになっちまったやつらって、世の中にはたくさんいるだろう。 たとえ「本物」がどちらか解っても、「好きなヘタレ」を選ぶ。それでいいのではなかろうか。 で、その「へタレ」を選んだのが浜田雅功と坂東英二。この二人、次の「ユトリロの絵を見分ける」でも外しやがった。 本物ばかり当てつづけてたのは、山咲千里と水野美紀。おお、奇しくも「ガメラ」女優の対決。でもラストの「エビチリ」と「ザリガニチリ」を食い分ける問題で山咲千里はどん底に沈んだのであった。……ザリガニってどんな味がするんだよ。
CS『こみっくパーティー』『マイアミガンズ』のことを書くスペースがまたなくなった。いやまあ、とりたてて書くほどのことはないんで、まあ「バカアニメ」は好きだよってことで。
『キネマ旬報』10月上旬号、例の「『キネ旬』、角川が買収!」の件について、詳しい説明。 てっきり、経営不振で身売りせざるを得なかったのかと思っていたら、そういうわけではなかったよう。 本当に存続が危ぶまれていたのは、1960年代の映画産業自体が斜陽化していた時期で、そのとき松竹の城戸四郎社長の知人だった上森子鐵が株を買って、経営を立て直した。 そして1989年に上森氏が亡くなって、株は「文化事業に理解がある」ということでセゾングループのSSコミュニケーションズが譲り受けた。 けれど、バブル破壊後、セゾンは文化事業の縮小を決めて、株を角川に再譲渡、という過程になったということだ。 今回のことはあくまで親会社のSSCの事情であって、『キネマ旬放射』には変化はない。まあ、元から提灯記事が多い誌面ではあったし、これで角川系のアニメなんかがより特集されたりするようになったからって、中身がよくなったとか悪くなったとか一概には言えまい。 ダサイ誌面をもちっとなんとかしてほしいとは思うが。
と学会著『トンデモ本の世界R』(太田出版・1554円)。 タイトルのRに意味はなく、来年は「S」に、再来年は「T」になる予定だそうな。3番目は「SS」、4番目は「スターズ」になるかと思ったのに(^^)。 ああ、これが某氏の日記で、某氏の原稿の入稿があまりに遅いので、某氏が代筆したという例の本なわけだね(←三つの某氏は全部別人です)。 でも代筆された某氏の文章、一読するとまるでホンモノ。某氏の描写力が見事なのか、それとも、ギリギリになって反省した某氏が原稿を差し替えたのか。 でもなあ、まさか私がこの某氏と『○○○○○○○○○』を通じて関わることになるとは夢にも思ってなかったからなあ。 実際、この事件を知っていて、某氏がこんな人だと知っていなけりゃ、いい加減な私のこと、きっと○○○○○○○○○○○○○○に違いないのである。
巻頭で俎上に上げられてるのが、わが博多の誇る(誇っていいのか)小林よしのりの『戦争論』。 先に書いておかないと絶対誤解を招くだろうな(^_^;)。 あのですね、『戦争論』の歴史認識がデタラメである、という点では、私も山本弘さんの批判を聞くまでもなく、その通りだと思ってるのよ。 「南京大虐殺が完全な捏造」ってのは絶対ウソだって“実感”できるしね。 いや、だってさ、「精神主義」が大好きな連中、今でも腐るほどこの日本にいるのだもの。そいつらが寄せ集まっててさ、戦闘で仲間をたくさん殺されてるんだよ? しかも敵は「三等民族」ってバカにしてる中国人だし。 復讐心に燃える日本軍が、敵が降伏したからって、虐殺を行わないわけがないよ。それに、数日後、陥落した南京を視察するために、皇族の入城が予定されていた。民間人の中に不穏分子が紛れこんでいたら、どんな事態になるか。 実際、民間人に偽装した便衣兵がいたことは小林さん自身、『戦争論』の中で書いてるしね〜、つまり、「虐殺」が行われた根拠を、小林さん自身がしっかり示しちゃってるのである(^o^)。
そう。「虐殺」は一部軍人の暴走としてではなく、日本軍の「義務」として行われた。その可能性が高いのだ。 「そんなのは感情論だ、証拠を出せ」と反論するやつもいるだろうが、その資料を曲解し、あるいは無視し、そして「無かったもの」にしていったのがこれまでの「虐殺なかった派」。 ただし、それは中国側も同じであって、これまた「民間人30万の虐殺」なんて大ウソをつきまくっている。それこそ一次資料に、陥落以前に南京を脱出して行った中国人がたくさんいると書かれているのに、なんで30万もいるのだよ。それ以前の住人数よりもはるかに多かろうが。 結局、「あった派」も「なかった派」も、目クソ鼻クソを笑ってるみたいに自分の都合のいいようにしか歴史を解釈していないのである。
もともと「中国べったり」の報道にハラを立てて『戦争論』をぶち上げた小林さんだから、真実がどうかなんて、実はなーんも考えちゃいないのである。場を引っ掻き回すのが目的だから、それにウカウカと乗っちゃあいけない。 「と学会」はトンデモ本を笑い飛ばすのがコンセプトなのだから、さて、面白い見方をしてみせてくれるんじゃないかと期待して読んだのだ。 でもねえ、執筆してるの会長の山本弘さんなんだけど、これがいたくマジメなんだわ。 山本さんは数々の一次資料を挙げて「これでも南京大虐殺はなかったと言えるのか」また、自己矛盾しまくりの記述をいちいち検証して憤慨されてるけど、あと先考えてないバカに論理で攻めたって効果ないってば。小林さん、「自分がデタラメ書いてる」って知った上で書いてるんだから。
小林さんのマンガを描く姿勢が基本的に『どとーの愛』に見られるようなムリヤリギャグだってこと忘れちゃいけないよ。でもあのギャグ感覚がわかるのって、見たところホントに博多人だけなんだよなあ。 「世の中にギャグにしちゃいけないものなんてない」 それは「戦争」もしかりだ。 「いや、小林よしのりは本気で戦争を賛美してるぞ」と言いたい方にはこう言おう。 「その通りだ」と。 だから、それが博多人のギャグ感覚なんだってば。 本気でそんなことやるから「ドン・キホーテ」になれるんでしょうが。演技でやったって、笑いは取れないって。 山本さんが「矛盾だ」と指摘している部分、例えば「国際法ではゲリラは殺してよい」なんて、ギャグ以外のなんだというのか。「んなわけね〜だろ」ってのをちゃんと読者に突っ込んでもらうのを目的としているのだよ。 よく読めばわかることだが、「虐殺はなかった」に結論を持っていく過程で、どんどん資料をデタラメに読み替えていく手順は、「爆笑問題」の太田光のギャグのふり方と同じだ。「確信犯」でやってるんだって。 だからね〜、小林さんをへこましたければね〜、「ギャグのふり方がヘタだ」と言ってやった方がずっと効くんだってば。 根がマジメな人ってさ、どうしてもそれができなくて、あの本を、からかえないのな。
『戦争論』の功績はもっと別の面で認められていいと私は思っている。 あれのおかげで、「大東亜戦争は本当は正しかったんだ!」って堂々と発言するやつが増えたからな。今まで「隠れキリシタン」状態だったクズどもが表面化してくれたのだ。もちろん、それに反発して「日本叩き」をしようって腐れた連中もアタマをもたげてくる。 たしか去年の「オタアミ」でも、唐沢俊一さんが「小林よしのりを支持するやつも反発するやつもみんなバカ」と仰ってたが、その通りの状況が生まれたわけだ。 私の近所でも、「実は私は……」とカミングアウトした右や左のダンナサマがゴロゴロ出て来てさ、「あ、こいつはバカだ」と判別しやすくなったこと(^^)。冷静にあの戦争を見ることのできる人間というのがこうまでこの国には少ないのかと思っちまったねえ。 山本さんも、真っ向から否定の文章を書くんじゃなくて、そういった「功績」を踏まえて、あの本を笑い飛ばしてくれた方が、読み物としてずっと面白くなったと思うのである。
他にもたくさん、面白い記事があるんだが、とても全部には触れられない。 で、補足的な解説をちょっとだけ。 唐沢俊一さんが執筆している『世界変書カタログ』、『オッド・デーツ・オンリー』(つまり、1年365日の各日に、これまでどんなバカな出来事があったかってのを記録してあるのね)に紹介されていた、唐沢さんの誕生日5月22日の出来事。 「1959年、アルバニアで黒いうさぎが白いうさぎと結婚する内容の子供向け絵本が発売禁止になった」 唐沢さんは「それがどうした」みたいな感じで書いてるだけだけど、これは有名な絵本で、邦訳も出ている『しろいうさぎとくろいうさぎ』(絵と文 ガース・ウイリアムズ/訳 松岡享子/福音館書店)のことなのだな。 作者のウィリアムズは、ローラ・インガルス・ワイルダーの『大草原の小さな家』シリーズの挿絵でも有名。 実は本作、絵本の世界で「世界で初めて」結婚をテーマに扱ったということで物議を醸した本なのである。もちろん「白と黒」ってのが「白人と黒人」に読みかえられたってことでもね。発禁の理由もその「異人種間の結婚」という点にあったことは容易に察しがつく。 出版されたのが1958年だから、翌年の発禁というのは反応としては早急で随分ヒステリックだ。 今、この絵本は「名作」としてその評価も高い。 多分その『オッド』は、「昔はこんな馬鹿げた偏見があってねえ」と、日本でもちょっと前まで『ジャングル大帝』が「黒人差別」の問題に引っかかって出版できなかったのと同じような例であるのだろう。 ……いい加減、藤子不二雄の『オバQ』や『ジャングル黒べえ』も再版出せ。黒人の絵を描きゃみんな差別か。
マンガ、唐沢なをき『けだものカンパニー』3巻(完結/集英社・840円)。 ぶはははは、うひひひひ、げひゃげひゃげひゃ。 いや、笑ろた笑ろた、笑かせてもらいました。 ただひたすら「下品」に徹した潔さ、ギャグはやっぱりこうでなくちゃ。 唐沢なをきさんのマンガで特に好きなのは『カスミ伝』シリーズだが、『BRAIKEN』他の「欲情」シリーズ(勝手につけるなよ)も大好きなのである。 このマンガのどこが好きかを語っただけで、私がどれほど下品なのかバレてしまうので書きにくいのだが(今更)、まあ、ゲイのイルカ兄弟とかね。イルカだから「ゲイ」をするという、もう腰砕けの駄洒落が最高ですわ。 ああ、でも、オタクをデブで臭くて欲情したブタにたとえられるのは、イ、イタイ。関係ないが、「同豚誌」の中でバックで攻められてるブタはマルチかな? 3巻で終わりというのも手ごろなところかな。多分2年もすれば絶版になるので(笑)、今のうちにまとめて買おう!
2000年09月25日(月) 日記のネタはどこにでも/ビデオ『労働戦士ハタラッカー』ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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