無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2005年01月23日(日) 時事ネタまでは手が回りません/映画『レイクサイドマーダーケース』ほか

 DVDを食ったまま修理に出したDVDレコーダー、昨日帰ってくるはずが音沙汰なし。
 どうなってるんだとサービスセンターに連絡してみたけれど、「よく分かりません」という返事。「分かんない」って、あーたねえ。修理に時間がかかってるなら、連絡の一本くらい入れてくれてもよかろうに、と愚痴ったら、電話口に出たねーちゃんも平謝りに謝る。イジメが目的じゃないからこちらも明日は必ず連絡入れて下さいよ、と頼んで電話を置いたけれど、言っちゃなんだがソ○ーの修理屋、以前もそうだったけれどアフターケアが今イチ杜撰なんだよなあ。ウチはしげが○ニー信者なのでほかんとこに頼むわけにはいかないのである。今やいい加減な仕事してるとネットですぐ叩かれる時代になっちゃったんだから、基本的な仕事はちゃんとしてもらいたいものである。


 今日も朝からテレビと映画と本三昧だったけれど、とても全部は書ききれないので一部だけ御紹介。
 ニュースの類の感想はもう全てカットせざるをえないけれど、悪しからず。最近は「暗いニュースリンク」とかも見てて、面白がってるんだけどね。
 http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/
 アメリカ合衆国の新国務長官となるコンドリーザ・ライスは「津波災害は米国にとって素晴らしい機会」とかほざいてるらしいぞ。

 『仮面ライダー剣』、一応飛び飛びでは見ていて今日の最終回も見はしたんだけれど、やっぱりよく分からない部分も多いのでコメントは避ける。来週からの『響鬼』は予告編だけ見るとなんかギャグっぽかったけど、ライダーでギャグ飛ばしてもズレちゃってファンから白けられるってのは、これまでのシリーズで経験済みだと思ってたんだけどねえ。


 DVD『下妻物語』を今日はコメンタリー付きで再見。
 監督、深田恭子、土屋アンナのお三方だが、素の喋りだと深田恭子と土屋アンナの喋り方がよく似ていて、気を付けないと間違えてしまう。つまりは二人とも“普通の女の子”なので、映画はやっぱり演技なのである。当たり前だが。土屋アンナが「これ見たら、みんなアンナのこと元ヤンだって思うよねー」と自分でシミジミとしていたのがおかしかった。樹木希林さんのことを「カッコつけてる女の人は多いけど、本当にカッコイイ人」と言ってた点も好感度高し。いい子だぞアンナちゃん……って、もうハタチにして一児のママなんだねえ。これもコメンタリー聞いて知った驚きの真実。
 CGっぽいところが意外に生撮り、ということも分かって、これもビックリ。地上15メートルくらいのところに女の子が吊るされるシーンがあるが、あれ、合成じゃなくてほんとに吊るしてたんである。女の子は怖がりもしないで喜んでたというのだからなかなか根性座っている。次の映画出演があるならこの子もチェックしておきたいのだが、いかんせん、名前が分からないのであった(^_^;)。


 夜になって、キャナルシティまでお出かけ。だもんで今週は『義経』を見逃したけれど、まあ、土曜日の再放送で見られるしな。いや、期待はもうあまりしてないんで、見るかどうかはわからんけど。
 AMCで映画『レイクサイドマーダーケース』。
 ミステリ映画を作ることはつくづく難しいと思う。それが「本格ミステリ」の場合は特に。犯人の心理とか、トリックの整合性とか、観客へのフェアプレイ精神とか、それらのバランスを取ってなおかつ傑作に仕上げることなど、殆ど不可能に近いんじゃないかと思うくらいである。けれど本作はそれに果敢にも挑戦し、ある程度は成功している。ミステリ慣れしてる人なら開巻5分、あるヒントとなる映像から「真犯人はコイツなんだろうな」と“殺人事件が起きる前に”分かってしまうと思うが、多分一般の観客の1/3くらいはその映像がさりげないために、ついうっかりと見逃してしまうと思われるからだ。
 少なくとも今日、見に来ていた観客はかなりみんな騙されてたみたいで、見終わったあとなんか悪態ついてた人もいました(^_^;)。ミステリファンにとってはワザとらしいくらいなんですけどね。
 もちろん上質のミステリの条件とは、たとえ犯人が分かっていても二度、三度と見返すことができなければならないことで、なぜコイツがこのときこういう態度を取ったのか、なるほどこういうことだったのかと頷きながら見ることができなければならないのである。その点でも、本作は役者陣の演技力が実に発揮されていて見応えのある出来映えである。役所広司、薬師丸ひろ子、柄本明、黒田福美、真野裕子、鶴見慎吾、杉田かおる、豊川悦司、みなさん実にスキがない。失礼ながらこの中には役者としてどうかなあと思ってた方もいらっしゃるのだが、なんとまあこんなに上手い役者さんだったとは! と今回は目からウロコである。えーっと、これもトリックに関わることなので誰がどうだとは言いませんが、ぜひその方の細かい表情まで堪能していただきたいのである。
 そういったディテールに凝っている映画の場合は、一回見ただけでは、あの映像この映像、役者の演技にどういう意味があったのか、などということがすぐには分からないので、特にトリックにみごとに騙されて真犯人が見抜けなかった観客の方は二度見ることをオススメしたい。これくらいはヒントとして言っとくけど、さっきも書いた通り、“事件が起きる前に”既にヒントとなる映像は「仕掛けられている」のである。
 ……二度見てもよく分からなかった方は、そうですねえ、多分あまりミステリ慣れしていらっしゃらないんでしょうから、“かなりミステリ好きな方”と一緒に見に行って、説明してもらって下さい。
 例えば、今日劇場でも、見終わったあと「証拠になる吸殻を片付けたのは誰だったんだ?」とか首を捻ってた人がいたけれど、そんなの「真犯人」に決まってるんで(^_^;)。ちゃんとヒントになるセリフがある人物から語られているのに、そのことに気づいてないのだが、ミステリファンでない人というのはこの程度なんだろうなと思う(何度も言ってるが、これは「慣れ」の問題なので、犯人に気付かなかった人をバカにしているわけではない)。結末も映画は“暗示”で終わっているけれど、当然、このあとの展開はこうしてこうなって、というのは全て読めるのである。
 全体としては実によくできていて、100点満点中、70点くらいは差し上げたい。もっとも、いささか饒舌な部分もあってそこがやや気に入らないのだが、具体的にどこがどう悪いのか、それを語るには真犯人が誰だかバラサなきゃいけないので、これも残念ながら具体的には書けないのである。ミステリは作る方も大変だろうが、感想を書くのも難しい。映画を見た人、こっそりメールで感想言いあいましょうよ(^_^;)。

2003年01月23日(木) アニメの実写企画って……/『ロケットマン』4巻(加藤元浩)/『はじめてわかる国語』(清水義範)ほか
2002年01月23日(水) 風邪まで引いちゃったよ、どうすりゃいいんだ/『西洋骨董洋菓子店』1〜3巻(よしながふみ)ほか
2001年01月23日(火) ハードな日/『時の果てのフェブラリー』(山本弘)


2005年01月22日(土) だから日記書いてる時間なんてないんだってば/DVD『下妻物語 スペシャル・エディション』ほか

 休日なので、DVDで映画見たり本読んだり。
 全部はとても書ききれないけど、一応一部だけ。

 DVD『下妻物語 スペシャル・エディション』。
 昨年、「見ときゃよかったかなあ」と心残りであった映画の一本だけれど、結局買ってみることに。しかも売れ残りの初回限定版買っちまったぜ。これでクソつまんなかったら6000円ドブに捨てたも同じだよなあと思っていたら、これがまあ実に堂々としたコメディの快作で、あっちこっちのベストテンで好評を得たのも充分頷けるのである。いやねえ、オタクとしてはねえ、劇中に挿入されるスタジオ4℃制作のアニメーション見るためだけでも見とかなきゃならなかったんだねえ。ああ、去年のうちに見ていれば、絶対キネ旬ベストテンの読者投票に入れていたのに!(+_;)
 ドラマは細部に至るまで目が行き届いていて、海外からのオファーも多いということだれど、これならかなりな評判を呼ぶんじゃないかと期待したくなる。「JUSCO」ネタがアチラの人たちに通じるかどうかは知らないけど(^_^;)。
 「下妻のジャスコはスーパーなんてもんじゃねーの。なんだってある。何もかも揃ってる。東京のパルコ以上だ!」……外人さん、信じたりしてな(^o^)。

 ロリータ街道まっしぐらの竜ケ崎桃子(深田恭子)は、新しい服を買う資金を調達するために、テキ屋の親父がでっちあげたバッタモンのベルサ○チ製品をネットで売りさばく。それを買いに現れたのがレディースの白百合イチゴ(土屋アンナ)。気が合ったのか合わないのか、なぜかつるむようになった二人だが、イチゴが「伝説の刺繍屋エンマを探しに代官山に行きたい」と言い出したときから、運命の糸車はカラカラと回り始めたのであった。

 ……ってそんなたいそうな話じゃないけど、他愛無い話をどれだけオモシロクできるか、コメディの成否はそこにかかっている。ファーストシーンをいきなり「終わり」で始めるセンスから、ウンコだのゲロだの屁だのの下品ギャグをカット割りのテンポのよさで全然下品に見せない編集の手腕まで、この映画はコメディ史上「画期的」と言ってもいいくらい、「手抜き」の部分が見当たらないのだ(ズッカー映画や『オースティン・パワーズ』の下品ギャグが笑えないのはテンポが悪いから)。いやあ、誉め出したらキリがなさそうだからやめとくけど、笑ったあとでジンと来て、その「ジン」の部分もしつこくなくて適度なのがいい。素材はダサいけど作りは粋。全体を通して言えるのはそういうことだ。
 「素材」と言えば主演の深田恭子だけれど、日韓合作ドラマ『フレンズ』やら映画『陰陽師�供戮里海蹐脇鷭泥▲瓦睫槊�つ激太りで、ちょっとアレはないだろうって感じでなんかパッとしなかった。それが、この映画でのフカキョンはまさに「フカキョン」、充分魅力的なのだ。ある程度はダイエットしたんだろうけれど、見てくれはいかにもロリータフリフリのブリッコで、“お人形さん”っぽくて、これならなかなかかわいい。滑舌も今回は悪くない。まさに“素材”を活かした設定、と言えるだろうが、その根っこにある性格が実は「兵庫県尼崎出身」のヤンキーってのが、ラストの大爆発に至る伏線として生きてるんである。……そうかそうか、関西人は老若男女、全てヤンキーなんだ。さすが犯罪発生率日本一、関西には一生涯住みたくはないものである(あと、尾崎豊のファンにだけは絶対なりたくないな)。同時にフカキョンに『富豪刑事』みたいなお嬢様役はムリなんだってことも分かるね。
 第26回ヨコハマ映画祭では、作品賞・監督賞・主演女優賞(深田恭子)・助演女優賞(樹木希林)・最優秀新人賞(土屋アンナ)と、殆どの賞を総ナメ。主演はもちろん、助演の樹木希林にちゃんと注目してくれてるのが嬉しいね。いやあ、樹木さんの無意味なアイパッチが最高! 去年は樹木さん、『半落ち』やら『IZO』やら、映画の出来はともかく、いい演技ばかり披露してたんだなあ。不世出の役者さんなんだから、ガンにも負けず、今後もたくさん映画に出てほしい。あとの助演陣は殆どチョイ役出演だけれど、阿部サダヲ、生瀬勝久、本田博太郎、荒川良々、みんな印象に残るギャグシーンを演じてくれている。「最近、笑ってない人に」って惹句も伊達ではないのだ。ああ、ホント、劇場で観客の反応見ながら見たかったぞ! ……今度加藤くんに映画館の様子がどうだったか聞いてみようかな。
 あと、特典映像の『一角獣発恋ものがたり』もファンには必見ですよ。


 マンガ、あだち充『KATSU!』15巻。
 『H2』ドラマ化、『タッチ』映画化と、ちょっとした“あだち充”ブームだけれど、まさに今現在連載中の『KATSU!』にはアニメ化の話とかも全然来てないのかな。15巻になっても話があまり進んでないから、というのはあまり理由にならない。『H2』だって『タッチ』だって、原作連載中にアニメ化されてるし。野球もの以外のあだちマンガが殆ど映像化されてないことを考えると、あだち充ファンって本当はたいしていないのかとなんだか寂しい気分になる。『虹色とうがらし』なんかもっと人気出てもよかったと思うんだけどね。あだちさん自身にもそういう思いがあるのか、『KATSU』のマンガの中に何度も『虹色とうがらし』のコミックスの宣伝が入ってるのがなんと言うか、もの寂しいと言うか。でも『KATSU』がアニメにならない一番の理由は、話が今一つ盛りあがってないからだろうねえ。ライバルがライバルとして機能しないでコロコロ変わるし。紀本なんか、いつの間にかイロモノになり下がってるもんなあ。今巻では活樹をなんとしても自分の翔拳ジムに入れたい南条理子の権謀術数が炸裂して、一見、活樹と香月の仲を脅かすように見えはするんだけれど、この理子のキャラが今一つ弱くて、紀本同様、数巻でリタイアしちゃうんじゃないかって気配が濃厚。あだちさんのストイックさはキャラ全般に渡って影響を及ぼしているので、どうしてもドロドロな人間関係にはならないのである。だから本当は長編よりも短編の方があだちさんの資質としては合ってると思うのである。

 イダタツヒコ『美女で野獣』6巻。
 女子高生による地下キャットファイトマンガ、定期的に新キャラ導入しながら6巻まで来ましたねえ。強いキャラが出れば出る分、主役のアカネがどんどん弱っちくなっちゃってるのはいささか問題としても、ストーリーはどんどん面白くなってきてはいるから、10巻くらいは続いてほしいものだ。つかさー、前巻あたりから鬼首流と八津墓流の争いに加えて、鬼首流自体も分裂抗争し始めてどんどん話が広がって来てるんだれど、これで収集が付くんかいなとちょっと心配。お気楽格闘マンガのままでもよかったと思うんだけどねえ。いや、お気楽な部分はちゃんと残っていくだろうけれど。
 新キャラの美音、いきなりアカネの脱糞(^_^;)写真を撮っちゃうあたり、かなりイカレたキャラっぽいけど、まさかホントにスカトロマニア? いや、リリカはバイだし、アイリーンはどうやら記憶喪失してる間に別のものも喪失してるみたいだし、ギャグマンガのくせに設定自体はやたらハードなんだけどね。でも、これだけイカレたキャラが続出していると、その程度の設定ではキャラの山の中に埋没しちゃうんでもう一つ二つは裏設定がほしいところなんである。アニメ化する際にはキャラが多い方が便利だろうけれどね(ならねーって)。

2003年01月22日(水) 役者が名前を出すということ/DVD『You Are The Top 〜今宵の君〜』/『一番湯のカナタ』3巻(完結/椎名高志)ほか
2002年01月22日(火) 探偵小説の終焉/渡辺啓助『亡霊の情熱』/『サトラレ』1巻(佐藤マコト)
2001年01月22日(月) 月曜の朝は仕事に行きたくないのよ/『キノの旅3』(時雨沢恵一)


2005年01月21日(金) やっと週末/映画『ネバーランド』ほか

 残業で退社が七時半。
 しげと合流して、ダイヤモンドシティへ映画を見に行く。今年もようやく映画鑑賞が軌道に乗り出したな。
 晩飯は寿司屋で一緒にしたが、そのあとの買い物は別行動。私はいつもの通り「フタバ図書」でマンガの買いこみ。
 しげはキャナルでもダイヤモンドシティでも「チャイハネ」に入り浸っていて、こないだからアクセサリーや服などがどんどん増えている。どうも何かに「目覚め」ちゃったみたいなのだが、いったいどこへ突っ走っていくのか、若干心配ではある。まあ、似合わないブランドものにハマるよりはマシだが。


 映画『ネバーランド』。
 『ピーター・パン』シリーズの作者、ジェームズ・マシュー・バリ。彼が戯曲『ピーター・パン』を生み出すきっかけになったデイヴィズ家との関わりを描いたもので、いわゆる「バックステージもの」ってことになるわけだが、史実に取材してはいても、物語自体はかなり脚色されているらしい。例えば、映画ではバリの戯曲は『ピーター・パン』以外は当たらなかったように描かれているが、そんなことはなくて、『小牧師』『屋敷町通り』『天晴れクライトン』など、どれも大ヒットを飛ばしている。
 原作はアラン・ニー作の戯曲『THE MAN WHO WAS PETER PAN(ピーター・パンだった男)』。残念ながら邦訳されていないので未読。だもんで、映画と内容にどのような違いがあるかは分からない。けれど、バリの人生全てを描くのではなく、あくまでデイヴィズ家との関わりを持った一時期にのみ物語を絞って人物、場所が整理されている点など、いかにも元は戯曲っぽいな、という気はする。けれど、現実と空想が錯綜するシーンなどはもちろん映画でしかできないことで、単なる舞台の引き移しになっていないことは確かである。似たような演出は同じく舞台の映画化である『笑の大学』でも見られたが、『ネバーランド』の方がはるかに洗練されている。彼我の差はやはり監督の才能の違いなんだろう。
 ピータ・パンとウェンディの関係や、ネバーランドについての解釈も、ディズニーアニメのように飛んだり撥ねたりするだけの、ファンタジーの表面的な楽しさだけを追及したものではなく、バリの事故死した兄がいる場所、そしてシルヴィア・デイヴィス夫人が旅だって行く先、すなわち「死後の世界」であることを明確に打ち出している。ピーター・パンが大人になれないのは死んでいるからだ。必然的に生きているウェンディは、ピーターを置いて先に大人になっていく。しかし、現実ではそれが反転し、全く逆の現象が起きている。バリは兄にもシルヴィアにも置いてきぼりを食らわされて、この世に取り残されてしまっているのだ。
 バリ(ジョニー・デップ)が、シルヴィアの母(ジュリー・クリスティ!)に向かって「彼女がいなくなってしまうなんて……」と言って俯いたその表情に、萩尾望都『ポーの一族』のラストでオズワルドが「みんな、みんな、私を置いていった!」と叫んでいたシーンがオーバーラップした。“残されたものの悲しみ”を乗り越えるところから人生は始まる。その悲しみからいつまでも癒されることのなかったバリは、だからこそ「永遠に大人になれないピーター・パン」だったのだ。
 まとまりのいい映画ではあるが、見終わって切ないというよりはやり切れない印象、後味の悪さのようなものも感じてしまうのは、「本を開けば、そこに母さんがいる」とピーターに語るバリの姿を見ても、彼が本心からそれを言っていないことが伝わるからだ。バリとピーターがベンチで寄り添う姿、それもつかの間の幻想に過ぎない。そして、映画を見終わって、観客である我々も、彼等に置いてきぼりを食わされてしまっていることに気付くからなのだ。
 ……で、イアン・ハートが演じるコナン・ドイルがどこかに出てたそうだけれど、いったいどこに?(バリとドイルは協力して合作劇『ジェイン・アニイ』を書いた仲である)


 松井今朝子『大江戸亀奉行日記』。
上野不忍池に昔から住んでいたイシガメたちと、上方から侵攻してきたクサガメに、アメリカ産のミドリガメとが三つ巴の大戦争、と、設定だけを聞くと『ウォーターシップダウンのうさぎたち』か『ひげよ、さらば』か、どっちにしろ動物に譬えた壮大なロマンをイメージしてしまう。けれど、何しろ大活字でやたらイラストが入るものだから、中身は実に薄い。30分かからずに読めてしまうって、絵本じゃないんだから(-_-;)。
 好戦的な石亀慎太郎とかフェミニストの亀野千鶴子とか出してこれでユーモアだ諷刺だとかいうのもどうだかなあ。もともと作者にそんなたいそうな小説を書く意図自体がなかったんだろうけど、それにしてたってみんなが戦争に倦み疲れたところで亀奉行が一喝したらそれで再び平和に、というのはなんだか映画『ハウルの動く城』みたいで、いくらなんでも終わらせ方が安易過ぎないか。イラストがカワイイと言えばカワイイかってのがせいぜいの見所ですかね。

2003年01月21日(火) 「アニメ」ってだけで通じるアメリカ人、どれだけいるんだ/『モーツァルトは子守唄を歌わない』4巻(完結/森雅裕・有栖川るい)ほか
2002年01月21日(月) 妻の寝相と丈夫な膀胱/『夜と星の向こう』(今市子)ほか
2001年01月21日(日) 日曜の夜は出たくないのに/『トガリ』(夏目義徳)1巻ほか



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