無責任賛歌
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| 2004年06月10日(木) |
チャイナってそういうイメージか? |
しげと鴉丸嬢の、昨日の撮影時の裏話を聞く。 鴉丸嬢、今回は中国人の役なので、チーパオ(中国服)を着用しているのだが、彼女のバイト先の近くの公園で、朝もはよから撮影をしていたところ、偶然、そのバイト先の店長さんが通りかかったのだそうな。 しげが鴉丸嬢に、「挨拶したら?」とか何とか言ったのだが、格好が格好でもあるし、鴉丸嬢は遠慮したとか。てっきり自分のことには気づかれてないものと鴉丸嬢、思っていたらしいが、さにあらず、あとになってその店長さん、トンデモない勘違いをしていたことが判明した。 店にいた奥さんに会うやいなや、店長さんが叫んだとか。「おい、あそこの公園で、本妻と愛人が痴話ゲンカしてるぞ!」 ……チーパオって、そういうイメージで見られているのかねえ。でもしげの服は例のドギツイ色のアロハだったんだが。
今日は何とか仕事を定時までに片付けて、しげとキャナルシティに回る。 しげが、もうすぐ父の日なので、今年は「靴を買ってあげたい」と言い出したのである。父も糖尿で、今、家から店まで歩いて通勤しているので、プレゼントには運動靴がちょうどよかろう、ということなのだが、連日の仕事で私の方はフラフラ、「スポーツオーソリティー」でしげが靴を選んでいる間、椅子に座りこんで船をこいでいた。
帰宅して、WOWOWで映画『スピード』。実は今回が初見なのだが、劇場公開された時には、あらすじを聞いて、「スピードを落としたら爆発」云々のあたりが「よくあるネタだなあ」と思って食指が動かなかったのである。本邦の『新幹線大爆破』も同様のネタだが、あれもアイデアはいいものの、「人間ドラマ」の部分が鬱陶しくて、映画の流れをかなり損なっていた。日本製のアクション映画は、どうしてもアチラの映画のように、理屈抜きで畳みかけるように作るってことができない。『スピード』はそういう愚は犯してはいなかったが、無理矢理サスペンスを作り出そうとする展開が多く(バスの裏に入りこむシーンなど、タルイばかりであまり効果がない)、全体としては大味な印象で、出来はそこそこといったところか。主演のキアヌ・リーブスもここでは感情的で魅力に乏しく、サンドラ・ブロックもまあ、誰が演じてもかまわない、と言った役どころ。ジョー・モートンやデニス・ホッパーは実に楽しそうに演じているが、「これだけいい役者使ってるのに、見せ場をもうちょっと作ってやれないものか」と言いたくなるくらいに脚本がフツーで、「決め」のシーンというものがない。使いどころを間違えてる感じで、なんか「もったいない」のであった。
しげと、ネット上をダン・エイクロイドの情報を探して回る。今年、久しぶりに彼の映画が2本連続して日本公開される予定なので、新着情報などはないかと思ったのだが、『50 First Date』の方、既に本国で見た人の感想を見ると、映画の出来はそこそこ面白いものの、主演はあくまでアダム・サンドラーとドリュー・バリモアで、ダン・エイクロイドはチョイ役らしい。主演映画が数年に一本の割合に減っているので、ちょっと寂しいことである。 あちこち散策していると、淀川長治が『ブルース・ブラザース2000』を絶賛している記事を見つけた。晩年の淀川さんは、かなりカラクチの批評家になっていて、『タイタニック』などはケチョンケチョンに貶していたから、これはかなり本気で誉めているのである。あのシツコイまでのカー・クラッシュシーンを、お定まりのカーチェイスに対する皮肉、と看破しているのはさすがに慧眼である。第1作に比べて、ジョン・ベルーシがいない、とか、スジが1作目と同じ、とか、ないものねだりな批判で不必要に貶められることの多い『2000』だけれども、決して引けを取ってはいないのである。ストーリーがヘン、と言うなら、第一作目のころからありゃデタラメな映画だったぞ。JBが啓示を与えるシーンで既にこりゃマトモじゃない、と見抜けなきゃなあ。
読んだ本、チーム・ティースリー『思いもよらない疑問に鋭く答えた本』、、マンガ、尹仁完原作・梁慶一作画『新暗行御史』8巻、阿部川キネコ『wakiwakiタダシさん』1巻。続きもので読んでるやつはもうコンテンツにも感想を上げていないが、『暗行』は一時期流れが停滞してたけれども、映画化が決まってからはまた盛り上がって来た。個人的にはもっとミス・黄を活躍させてほしいのだが(^.^)。
2003年06月10日(火) 遠くなった人たち/『きみのカケラ』1巻(高橋しん) 2002年06月10日(月) 騙されて騙されてどこへ行く/『ありえない物語』(ポール・ジェニングス)/『マンガ狂につける薬21』(呉智英)ほか 2001年06月10日(日) ハカセ、負傷?!/『少女鮫』2〜5巻(和田慎二)ほか
| 2004年06月09日(水) |
『ハニー』、苦戦!(+_;) |
長崎の小6同級生殺人事件関連で検索をかけてきた通りすがりさんたち、昨日まではまだ200件近くいらっしゃっていたのだが、ようやく今日あたりになって50件程度に落ちついてきた。来て頂いた通りすがりさんに恨み言を言うつもりは毛頭ないが、正直な話、この程度の回り具合の方が、私としては落ちつく。 日記にカウンターを付けるかどうか、日記を開いた当初はおよそ30秒くらい(^.^)迷いもした。「ためらい」の原因は、日に何人お客さんが来てくれるものか、いちいち気にかけるのも気苦労だなあ、と考えたからだが、付けないなら付けないで、あえて来客数なんか気にしてないよって感じのポーズを取ってるみたいでみっともない気もした。まあ機能があるなら使わにゃ損かと思い、さして深くも考えずに結局は付けてみたのだが、こんなふうに何かの事件に対するネットでの反応の仕方が分かるようになるとは思ってもみなかった。いや、面白い。 もっとも、この怒涛の一週間のおかげで、アッという間にカウンターが76000、77000、78000と回ってしまい、キリ番をゲットしたのが誰なんだか分らないばかりか、まだまだ随分先だろうと思っていた80000ヒットが意外に早くやって来そうな気配になってしまった(それでもまだひと月くらい先にはなりそうだが)。80000ヒットまでにはもちっと面白いコンテンツの企画が立てられないものかと思っていたのに、アイデアを練る前に数字が追いついてきそうである。
事件後の報道も、一週間も経過すれば、「こんなことまで現段階でいちいち掘り起こして報道せんでも」という類の情報も増えてくる。「事件直後、教師たちがどのように動いたか」なんてのはその最たるもので、気が動転した教師たちが、現場に群がろうとする生徒たちを一部制止しきれずに、凄惨な状況を覗かれてしまったことをさも重大な「過失」のように報道している新聞があったが、そんな追及は、ジャーナリストか作家があとでレポートを1冊にまとめる際にコメントすればよいことである。昨日の加害者女子の作文に、識者とやらに無理矢理コメントを付けさせたりするのもその一例で、総合的な分析がなされない段階でのそういった報道は、情報の精査が全く行われていないどころか、何をどう何のために報道したいのかが全く見えなてこない。「ともかく報道」というほどに世間は情報に飢えちゃいないと思うのだが。当該の女子は、精神鑑定されることが正式な決まったようで、この事件についてまた何かを考えるのならば、その結果を待ってからで充分だろうと思う。
映画『キューティーハニー』の興行成績が振るわない。 先週、初登場でなんとか7位に付けてはいたものの、同時期公開の『クリムゾン・リバー2』『下妻物語』の半分以下の成績で、しかも今週は早々と圏外に消え去ってしまった。一般客がつめかけた『CASSHERN』とは好対照で、劇場に足を運んだのはオタクばかりということか。いや、最近のオタクは「どうせDVDを買うし」とかで劇場に足すら運ばないヤカラも多かろう。パート2が作られるためには、ホントにDVDが売れてくれなきゃしょうがない、という事態になりそうだ。 どうにも実感せざるをえないのは、やはりオタク的趣味ってのは決して一般的には好かれちゃいないということである。今、40代を越えるオタクたちはこぞって「かつてオタクがいかに迫害されて来たか」を語って、「現在、これだけオタクが認知されてる状況は幸せだ」と主張しているが、表だった批判が減っただけで(そりゃあ、社会の中枢に少なからずオタクが存在していれば、批判はしにくかろう)、一般の反感や嫌悪感は潜在化しているように思う。表だって現れる弾圧に対してならば、正面切って戦うこともできようが、潜在化した勢力に対しては、オタクたちがいかに理論武装し、論陣を張ろうとも、暖簾に腕押しだ。 なにが悔しいって、『踊る大捜査線』以降、『トリック』、『木更津キャッツアイ』など、オタクテイストの高いドラマのヒット、映画化が続いているにも関わらず、それはどこか適当にオタクネタを散りばめただけの、「上澄みを掬っている」作品にすぎないという印象が拭えず、肝心のオタクの心臓ど真ん中ぶち抜きな『ハニー』などが苦戦を強いられていることなのだ。 ……なんだか、女性の社会進出が認められ始めた80年代、「一応、女性が働くのは認めてやるけどさあ、会社に花を沿えるのが目的で雇ってんだから、経営にまで出しゃばって口出しなんかするなよ」って態度取ってた会社が多かったことを連想してしまって、癪に障るのである。『キネ旬』の批評でも、「映画派」の批評家たちには、『ハニー』の評判は頗る悪く、誉めているのはオタクな轟夕起夫くらいのものなのだ。……いやね、あの雑誌のどこがイヤかって、「一応、オタクも認めてやるけどさあ」な姿勢が子飼いの評論家連中に蔓延しているところなんだよね。かと言って、『映画秘宝』は『映画秘宝』で、あの、編集者やライターどうしが実は毛嫌いしあってるような誌面の余裕のなさ、ギスギスした雰囲気もちょっと馴染めないのだけれども。 『ハニー』は確かに絶賛するには痛い、シロウト臭さを感じさせる演出が多々見られはするが、かと言って、フツーの映画を庵野秀明が撮ったって、そりゃもっとつまんなくなると思う。オタクしか支えるファンがいない映画を、オタクが支えようとせんでどうするかと思うのだが。 ……早い話が、オタクなら打ち切りに会う前にとっとと『ハニー』を見に行け、ということなのよ。『下妻』ですらまだ圏内にいるってのによう(あれも「オタクの上澄み掬い映画」っぽいよなあ)。
早朝、鴉丸嬢がいきなり来訪。チラシ撮影の帰りにしげが連れて来たのだが、素っ裸で寝ていた私は焦った。見られて恥ずかしがるようなトシでもないが、見せたらセクハラである。部屋も相変わらず乱雑極まりないというのに、しげも時と場合を考えて案内してほしいものだ。 撮影後であるから、鴉丸嬢、当然チーパオのままである。しげが私を職場まで車で送った時も、もちろんそのまんまの格好である。チーパオ姿の妙齢の女性に見送られるというのを職場の誰ぞに見られたら、どんな噂が立つやら、見当もつかないが、幸いにも私が到着した時、職場の玄関には誰もいなかった。天はまだ私を見放してはいないようである。
仕事は昨日にも増して苛酷、残業はまた8時過ぎまで。 パソコンの前で目を血走らせていた(のだろう)ところ、同僚から「魂詰め過ぎじゃないですか? 少し休まれた方がいいですよ」と心配されてしまった。実際、どんどん眼が見えなくなって、キーボードを打つスピードもどんどんのろくなっていくのである。 だからこの仕事だって、例のトン……もう、いいや(+_;)。
帰宅して、BS2で映画『シャレード』。映画自体はかなり昔に見たので、細部はかなり忘れている。オードリー・ヘプバーンとケーリー・グラント主演映画であることはかろうじて覚えていたが、ウォルター・マッソーが重要な役で出演していたのを失念していたとは、いったいどういうことか。記憶力減退にも程があるなあ、と、しばし落ちこんでしまう。
読んだ本、今日も少なめ。 大槻ケンヂ『オーケンのめくるめく脱力旅の世界』、マンガ、あだち充『KATSU!』12巻、高橋ツトム『スカイハイ 新章』2巻、たかの宗美『白衣な彼女』1巻。 でもなんか情報が眼から脳にまで到達してないような気がする。
2003年06月09日(月) いや、落ちこんでるわけじゃないんだが/『なんてっ探偵▽アイドル』12巻(北崎拓)ほか 2002年06月09日(日) チキュウは狂気で回ってる。/『全日本妹選手権!!』1・2巻(堂高しげる)/『おごってジャンケン隊』5巻(完結/現代洋子)ほか 2001年06月09日(土) イカレポンチ天国/映画『大菩薩峠 第一部』(1957東映)ほか
| 2004年06月08日(火) |
食えるものなら食うのだが(-_-;)。 |
終日曇り。ちょっと雨が降ったような形跡もあり。職場の亀が今日は何だかやたら暴れていたけれども、何か予知でもしたのかな。 倒れた同僚、どうやら長期入院、ということになりそうである。代理の仕事が山のように来ることになったが、こちらまで倒れることにならないように気をつけないといけない。でも「元凶」であるトンガリさん、今日も今日とて、何だかよく分らないことを持ちかけてきては、私の頭を混乱させようとしてくるので、疲労は弥増すばかりだ。 どうやらトンガリさんのパソコンがイカレたかどうかしたらしいのだが、そんなことを私に持ちかけられたって、管轄外なのである。しかも、何が言いたいのか分らないので問い質そうとしたら、「歯医者に行かないといけない」と言って、さっさと帰ってしまった。ヒトがアンタの仕事まで引き受けて働いてるのを邪魔しといて、それで自分の都合だけは通そうとするんだから、自由に生きてる人は、ほんなこつ、幸せやね。 そんなこんなで今日もまた8時まで残業。連日の残業で、また疲労が澱のように溜まりつつあるが、他の同僚はもっと居残っているので、愚痴はこぼせないのである。イナカのバスは8時を過ぎると殆どないので、仕方なくタクシー。ハードワークで体調も崩すかもしれないが、それより先に金欠で死にそうである。
帰宅すると、伝言版にしげが「なべ、ボール」と書いている。つまり「鍋とボールに食事が用意してあるよ」という意味なのだが、冷蔵庫を覗いてみて目を疑った。 確かに食事は用意されてある。しかし、鍋いっぱいに溢れるほどの水餃子って、これはなんだ。こないだ、大量に作っても食えないし、今の時期、冷蔵庫に入れてたって、長持ちはしないから少しずつ作れ、と言ったばかりだったのに。 けれどこれはまだマシな方で、ボールに2つ、山盛りだったのは、全部糸コンニャク。しかも、ポタージュスープに漬けてある。見た目も気持ち悪かったが、恐る恐る味見をしてみて、吐き気を催した。最悪も最悪、糸コンに絡みついたポタージュがドロッとして気持ち悪いのなんの。どんなバカ主婦だって、こんなグロテスクなものは作るまい。なんでしげは普通に食事を作らないで、こういうみょうちくりんなものばかり作るのだ。……そう言えば、結婚当初も、しげがあまりにキテレツな物ばかり作るので、しかたなく料理は私が作ることにしたのであった。 いくら「普通のものを作れ」と言っても、言われた先から忘れて、次の「創作料理」とやらに挑むのである。しかも自分では「不味いから」と言って食べようとしない。しげの心の病気は、やっぱり全く治っていないのである。 こんなふうに食材を大量にムダにするくらいなら、作ってもらわないほうがいい。いや、カロリー計算をハナから考えてないしげに食事を作らせていたら、また体調を崩すのは火を見るよりも明らかである。今度から食事はやっぱり私が作ろう。
くたびれていたので、あまり本などは読めず。 『キネマ旬報』6月下旬号を読んだあと、CS「アニマックス」で『萌えよ剣』第2話、『ギルガメッシュ』最終話、『天地無用GXP』第8話、「キッズステーション」で『ゆめりあ』第2話を見たあと、DVD『鋼の錬金術師』第5巻を見返す。このあたりで体力が尽きて寝た。
以前から話が出ては消え、消えては出を繰り返していたハリウッド版『鉄腕アトム』、監督候補に『サムライ・ジャック』『パワーパフ・ガールズ』『スター・ウォーズ/クローン大戦』のゲンディ・タルタコフスキー監督が浮上してきた。製作会社であるソニー・ピクチャーズは、脚本もオファーしているということだが、まだその程度の段階にしか到達していないのなら、実際に映画が日の眼を見るのはかなり先になリそうである。つか、結局立ち消えになると踏んでるがな。「あくまでロボットより人間が上」の西洋人に、『アトム』が本気で受け入れられるとは思えない。かつて『アストロボーイ』がヒットした時だって、アメリカ人はアトムをロボットだとは認識してなかったらしいしな。 この映画企画自体、当初はCGと実写を合成する予定だったものが、『トイ・ストーリー』や『シュレック』のヒットを受けて、全編CGにすると企画変更、それが今回、タルタコフスキー監督が登板するとなるや、また実写とアニメーションをミックスする形に変更と、もう二転三転を繰り返している。実質的に暗礁に乗り上げてると考えた方がいいと思うがなあ。
子宮がんで子宮を摘出したため、アメリカ人女性による代理出産を行って話題を呼んだタレント、向井亜紀の双子の子供が、法律的には実子として認められないことになりそうだ。法務省が、向井さんとその夫の子として提出された出生届を不受理とする方針を決めたからである。 受精卵が向井さんのものである以上、遺伝子的には双子は間違いなく亜紀さんの血を引いている。代理出産を危険視して、国内での代理出産を認めていない日本の立場も理解できないではないが、生まれてしまったものはもう元に戻すってわけにもいかない。一方で親子の認定を出生地主義ではなく血縁主義を取る日本が、向井さんの子供を子供として認めないというのは、どうにも腑に落ちない。結局は、「子を産んだ女性を母親とする」というこれまでの法解釈そのものが、有名無実なものだったということだ。 一応、そのあたりの法整備の不備も法務省は自覚しているようで、「子供の日本国籍は認める。養子とする方法もある」ということで、向井さんらに出生の経過についての書類の提出を求めているそうだが、実の子供を養子にしなきゃならないなんて、そんなバカな話があるものか。こういう小手先のゴマカシで事足れりとしようとするあたりが、クニに対する信頼感をどんどん失わせていっているのである。とっとと法を改正して、「両親の遺伝子を受け継いだものが子である」とかなんとか、認定基準を変えろって。 向井さんは、代理出産を目指し受精卵を米国人女性の子宮に移植。昨年11月下旬に双子男児が生まれた。米国では州によって代理出産を依頼した女性も母親になれる。 法務省によると、向井さん夫婦は米国の裁判所から夫婦が実の両親との判決を受けたという。しかし日本では、最高裁判例がある。
長崎県の小6同級生殺害事件で、加害者の女子が作ったホームページの詩や小説を、精神科医が分析した記事が掲載されたが、これがまあ何ともお粗末なシロモノ。 まず、HP全体の印象を「他人の目を意識した文章が多く、人に見せるために書いているようだ」と語ってんだけど、それ、全てのホームページが基本的にそういうものでしょう。逆に他人の眼を意識しなかったら、「一人よがり」って評価を下されちゃうと思うんだけど。「他人への不信感と、認められたい願望が共存し、批判にものすごく傷つきやすい印象を受ける」と分析も、11歳という年齢を考えたら、たいていの少年少女がそうである。つか、例外を探す方が難しくないか。 同じように「傷つきやすい」少女が膨大に存在しているのに、なぜ、加害者の少女だけがあのような残虐な行いをしでかしたのか、その原因が潜んでいるであろう心の深奥に、この分析はかすりもしていない。つか、こんな底の浅い分析でいいんなら、誰にだってできるだろう。ホントにこのヒト、「専門家」なんだろうか。 他の分析も同様で、女子の書いた「『バトル・ロワイアル』モドキ」の小説についても、「暴力的といってもどこかから借りてきたような表現ばかりで、内面の奥底が表れているとは思えない。むしろ、借り物の言葉で内面を形づくってしまったところに、危うさを感じる」だなんて、これで「分析」してるつもりになってるんだから笑わせる。この精神科医、イマドキの小学生の書いた文章、殆ど読んだことがないんじゃないか? この女子のものと殆ど区別がつかないくらい、そっくりの文章書いてるぞ? つまり、この年頃で「自分の文章」が書ける子ども、「借り物」に頼らない文章を書ける子どもなんて、皆無に等しいってことなんである。若者の「学力低下」は、知識的な問題なのではなくて、まさに内面的な問題になってるんだね。まあ、イイトシをしたオトナだって、「借り物」でない言葉をあやつれる人間ってのははきわめて少ないんだけれども。 実際、あの程度の内容が「危険」だと言うのなら、現代の小学生の8割は「危険人物」に認定されてしまうと思うぞ。……まあ現実に危険なのかもしれないが(^_^;)。 私は何度も書いている通り、女子は「異常者」ではあったが、我々とごく近い存在であったと思うし、誰でも何かのきっかけで、ああなることはありえると思っているのである。ちょっとみなさんも次の詩を見てみて、彼女が本当に我々から「遠い」存在であったか、判断してみたらいかがだろうか。
◇詩@嘆きの賛美歌 闇夜の空に沢山の星がちりばめられる、夏の空 心地良い草の香りのする草原、リンリンと鈴虫の鳴く音 田舎だが、私はこの環境がすきだ。 都会に無いモノがあるのだ。 人間は自分たちの生活が豊かになるために、 木を沢山切ったり、ゴミ、不燃物などを平気に捨てたり… そんな事をしているらしいが本当に豊かなのだろうか? 熱帯雨林、環境破壊、有毒ガス、生活が豊かになる一方、 数え切れないくらいの自然破壊が多数ある… 川が汚れ、魚たちが死にいたり、森も破壊され 生き物たちの生きる場を失っている。 聞いて欲しい、人間の生活が豊かになるのはいいが 私たち、生き物・自然に迷惑をかけないで、 この地球に住んでいるのは、人間だけではないのだから。 わかっているのでしょう? 自然や生き物のこのままでの未来が。 わかってよ… 今では人間が生き物を殺すと何もならないことが多いけれど、 私たちは人間が生き物と同じ、 虫も 魚も 動物も 木、花も たった一つだけのかけがえのない、 「命」をもっているのだから…… 殺さないで、沢山殺して殺して殺して殺して…… 森の木も人の手によって焼き払われたりしたよ。 「自然も生きているのだから、息をしているのだから」 木や花も動いたり、話したりはしないけど、 生きているのだよ……。 生きているのだから、全て生きているのだから。 神様はいるのですか……助けて下さい…
2003年06月08日(日) 別れの予感/DVD『八つ墓村』/『HUNTER×HUNTER』��17(冨樫義博)ほか 2002年06月08日(土) いろいろあって書ききれねー/『あずまんが大王』4巻(完結/あずまきよひこ)/映画『少林サッカー』 2001年06月08日(金) 子供の命は地球より軽い/映画『ハンニバル』
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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