無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年06月01日(火) まだ眼が痛いのよ(+_;)。

 今日は仕事を休んで、退院3ヶ月後の再指導に、入院先の病院まで行く。
 検査結果は、血糖値は108、ヘモグロビンA1Cは5.9、正常人と変わりない。中性脂肪も基準値の範囲内で、主治医の先生からも看護師、栄養師さんからも、「よく頑張りましたね」と誉められる。これなら、薬を一つ、減らしてもいいのではないか、とのこと。
 自分でも体調が徐々によくなってきているなあと感じられるのは、張り合いが出るものである。ここんとこ、雨と仕事のせいで運動ができなくて、腹がまたちょっと出たなあということまで自覚できるので、節制しないといけないなあ、というのが具体的にわかるのだ。次回の再指導は10月の予定だけれど、そのときまでに、なんとか70キロ代前半までは体重を落としておきたいもんである。

 眼科に回るまでに時間が空いていたので、しげと少し買い物。病院の近くのデパートの中に、ミッフィグッズの店があって、そこに無理矢理連れて行かれる。
 以前、キャナルシティにあったミッフィグッズの店が今年の頭に潰れてしまったので、しげはかなりショックを受けていて(ポイントカードが全てパアになってしまったのだ)、その当時は泣きの涙であった。福岡市内でもミッフィの専門店は数えるほどしかないので、ここを先途と、ええブツはないかと目を皿のようにして棚から棚へと移動している。でもって、物欲しげにあのグッズ、このグッズを手に取ってはこちらをチラチラと見るのである。なんだかその様子を見ていると、なんとなく、職場で飼ってるカメを思い出した。エサをほしがってこちらを見上げて目をしばたたかせているサマがソックリなのである。ついほだされてバッグを一つ買ってやったけど、我ながら甘いことである。

 眼科に回って、光凝固のレーザー治療。ところがこれが以前してもらったのとまるで感じが違っていて、痛みが半端ではない。私の場合、近眼が極度に進んでいるせいで眼球がかなり飛び出ているので、レンズを嵌めただけでもう痛みがひどいのである。「動かないで」と言われても、ショックで痙攣してしまうので、ちょっと継続できない感じになってしまった。途中で治療を中止して、後日、再治療することに。こういう面倒なことをしても視力が元に戻るわけではないので、こちらは何だか虚しいことである。
 ……視力は落ちないって説明に書いてあったけど、ちょっと落ちた気がするぞ。もうちょっといい医者っていないんかなあ。


 小学生による殺人事件が発生。
 今日の昼、長崎県佐世保市の大久保小学校で、11歳の女子が、同級生の御手洗怜美(さとみ)さん(12)をカッターナイフで切りつけて殺害。佐世保署に補導された少女は、「すまないことをした」と泣きじゃくってるそうだけれど、動機はまだわかっていない。でも勝手な憶測だけれども、事件の性質からいって、「痴情のもつれ」以外には考えられない気がする。
 まさか小学生が、と考えるのは、現実と隔絶した平和で幸せな世界に生きていらっしゃる方である。大人以上にドロドロした情念の世界に生きてる小学生だって、今日びはゴロゴロいるのだ。酒鬼薔薇事件以来、こういう事件は、早晩起こるだろうことは誰もが予想していたろうし、今まで起こっていなかったことが不思議なくらいだ(起こってたけど隠蔽されてたんじゃないか)。
 これでまた、「学校の指導体制はどうなっていたのか」とか、「少年法の更なる低年齢化を」とか、責任をどこかに転嫁させたい論調がはびこって、問題の本質が奈辺にあるか追及されないままに終わっちゃうんだろうけれど、まあ、本質が掴めたからって、犯罪の防止には糞の役にも立たないのである。殺したあとでなら「すまなかった」といくらでも言えるからねえ。
 事件は起きるときはどうしたって起きる。「命」の価値なんて、地球どころか、木の葉一枚よりも軽いという事実を、みんなはもう知ってしまっている。殺された女の子も、殺した女の子にとっては木の葉なみの価値しかなかったのだ。だったらその子も木の葉として扱ってあげるのが筋だって思うんだけれど、誰もハッキリとそのことを口に出せないんだよねえ。そんなにみんな、偽善が好きか?

2003年06月01日(日) 再開シンクロ日記(^o^)/映画『あずみ』
2002年06月01日(土) マトンウォーズエピソード0(^o^)/『ボンバーガール』1・2巻(にわのまこと)ほか
2001年06月01日(金) あえて美人殺しの汚名をきて/『「彼女たち」の連合赤軍』(大塚英志)


2004年05月31日(月) 思い返すことども。

 映画『キューティーハニー』について、今日になって、気がついた事実。
 冒頭で、ハニーは「海ほたる」に向かうのに、透明なゴミ袋を服代わりに、ほぼ半裸状態で商店街の中を突っ走る。エネルギーが足りなくて変身できない、という設定なのだけれど、「変身できないのなら、自前の服を着ていけばいいじゃん。この子は服を一着も持ってないのか?」と首を傾げていた。でも、考えてみたら、「Iシステム」でどんな服も纏えるのだから、わざわざ服を買って所有してたりはしないのですね。ただのサービスかと思っちゃってた(かもしれんが)。
 パンフレットのインタビューなどを読んでみると、今までよく知らなかったのだが、サトエリ、かなりなオタク少女だったのだな。『エヴァ』には完全にハマッていたそうだし、中学時代はオタク仲間しか友達いなくて、アニメ語で話したり、コミケ行ったりしてたそうだし。そう言えばメイキング映像で『式日』のギャグもトバしてたなあ。
 サトエリに関して「あんなのハニーじゃない!」とバッシングしてるオタクもいるようだが、「仲間」だと分かったら、少しは排他的な態度が、変わるんじゃないだろうか。もっとも「同族嫌悪」を示す可能性もあるけれども。
 「ヤフー」の映画評なんか見てると、やっぱりと言うか、脊髄反射しかしてないヒステリックなカミツキが見えるからねえ。「エヴァ嫌い」とか。『ハニー』の映画評で『エヴァ』持ち出してきてどうするんかね。
 ああ、でもホントにこの映画、ヒットしてほしいぞ。アラはあるけど、日本映画の中から、これだけ素っ飛んでるエンタテインメント映画が生まれたってのは、すばらしいことだと思うのである。今回も、パンサークローの真の首領、パンサー・ゾラは名前のみ語られてはいたが、未登場だった。次なるパート2でこそ、パンサー・ゾラとの最終決戦を見たいと熱望しているファンはきっといるだろう。で、ぜひとも実写版、イボ痔小五郎の登場を(無理だって)。

 『ハニー』でブラック・クローに扮していた及川光博、次は7月から始まるNHKアニメ『アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル』の第3話にゲスト出演するらしい。
 このアニメ、制作が『To Heart』のOLMだったり、ポワロの声が里見浩太朗で、マープルが八千草薫だったり、よく分らんがオリジナルキャラクターでメイベル・ウェストという小娘(名前だけだとハニー・ウエストをちょいと連想するね。声優は折笠富美子)とアヒル!( ̄∇ ̄ ;)が登場するとか、豪華なんだか貧弱なんだか、いったいどんなものが出来るのか、期待していいんだか悪いんだか全く分からない。とりあえずミッチーが出るなら、しげのために録画してやらんとなあ、とは思うけれども、全く、アニメの実写化よりも、実写や小説のアニメ化にも問題はないかってこと、もうちょっと議論されてもいいと思うんだけどもねえ(--;)。


 5月も終わりであるが、今月のシメの話は、やっぱりトンガリさん。
 日頃から私たちに対して仕事が杜撰だ、書類はきちんと出してくれ、やいのやいのとうるさかったので、仰る通りにきちんと書類を揃えて提出したのである。
 途端にトンガリさん、「こんなにしょっちゅう書類を出されても処理できません」と文句を垂れ出した。
 「ですが、書類を出してくれと仰ったのはあなたですよ?」
 「まとめて出して頂けないんですか?」
 「あなたが、一度にまとめて出されても困ると仰ったものですから」
 自分が言ったことも忘れている、と言うよりは、こちらに仕事を強要すれば、その分、自分の仕事も増えるのだということに全く気が付いていなかったのだ。阿呆である。
 仕事は仕事、引き受けないわけにはいかないから、またブツブツ口の中で悪態をつきながら、トンガリさんは引き上げて行った。結局、この人、仕事をしたくないだけなのである。脳の不自由な方だからと遠慮していたが、仕事が滞ってはどうしようもない。不自由だろうが何だろうが、その脳を使える限りは使って頂こう。
 

 今日も終日雨。こうも雨降りが続くと、運動療法が続けられずに困るのだが、同僚にはすっかり私が雨の日も運動をし続けているものと思いこまれてしまっているのだ。
 階段を登ってきただけで、てっきり私が運動してきたものだと思われて、「よく続いてらっしゃいますね」なんて言われてしまうのである。「いや、なかなか体重が減りませんで」と頭を掻くのだが、実際、体重がずっと微増しているので、ヤバイのである。食餌制限もそうだけれども、何とかして運動しなくっちゃなあ。


 ふと、気が向いて、栗本薫の『時の石』を読み返す。
 高校生のころ、これを読んで感動し、ボロボロ涙を流した記憶はあるのだが、何分もう20年以上も前のことだから、細かい内容は忘れている。さて、このトシになって読み返してみて、再び感動できるものだろうか、と思って読んでみたのだが、別の意味で何か切なくなってしまった。
 「時の石」というのは「精神的タイム・マシン」とでもいうものである。いつ、誰が、何のために「そこ」に置いたのか分からないが、偶然、現代の高校生がそれを手に入れ、再び帰ることのない「精神の旅」へと旅立ってしまう……。ラストに栗本さんらしく、ホモを匂わせるような描写もあるが、読んだ当時はまさか栗本さんが「筋金入り」だとは思いもせず、そのほのかな終わり方に胸が締めつけられるような切なさを覚えたのだった。
 今はさすがにそういうことはない。読み返してみて、「ああ、こんな“大甘”な物語だったんだ」と、その粉飾の過ぎる文章に閉口してしまうくらいである。
 では、何が切なかったか、というと、作中にほとんど何の注釈もなくオタクネタが散りばめられているところなのである。
 キャラクターの一人のガリ勉君が、「藤波」と仇名をつけられる。これは、柳沢きみおの『月とスッポン』というギャグマンガに登場するガリベンくんの名前なのだが、そんなことをいちいち説明しなくてもよいくらい、「藤波」というキャラクターのことは、当時のマンガファンならば誰もが知っている「共通言語」として機能していたのである。しかし、今や古本屋ですら入手困難であろうこのマンガのこのキャラは、もはや「わかる人にはわかる」というレベルでしか思い出されなくなってしまっている。『時の石』では、そのガリ勉くんが更に「フジっこ煮」とからかわれる。これは、江口寿史の『すすめ! パイレーツ』のギャグを踏襲しているのだが、もうここまで「超有名」なネタだと、江口の名前はおろか『パイレーツ』というタイトルすら紹介されない。それくらい、この「フジッこ煮」のネタは、「周知」の事実だったのである。
 もちろん、当時だって、「マンガを読まない人々」は存在していた。しかし、そんな人間を栗本薫は読者として全く想定していなかった。読者もまた、そんな栗本薫の態度に明らかに「仲間意識」を感じていた。今思えば、栗本薫にそういったシンパシーを感じていた読者は、まだそう名付けられてはいなかったが、まさしく「オタク」だったのである。
 今の栗本さんならば、こんな「濃い」と言ってもよいネタを堂々と振って、それでいて平然としていられはしないだろう。当時はそれが出来たというのは、まだマンガが今ほどには「拡散」していなかったからだ。
 あのころは、過去のマンガもまだ殆ど絶版になってはいず、ちょっと大きめの書店に行けば、昭和20年代、30年代のマンガだって遡って読むことができたし、売れているマンガ雑誌も限られていて、現在進行形のマンガの大半を読むこともまだ可能だった。マンガの裾野が広がりに広がってしまった現在、それは到底不可能なことである。
 だから、あのころのマンガファンたちは、マンガが世代間も越える「価値」を持ちえるだろうと、信じて疑わなかった。それはもう、今でははかない「夢」である。マンガファンどうしでも、話が通じない、意見が合わずに敵対する、そんなことは日常茶飯事になってしまった。同じマンガファンだというのに、どうして許し合うことが出来なくなってしまっているのだろう? だから私は切なくなってしまったのである。
 ……寒い時代だとは思わないか(これももう、誰のセリフだかわかんない人もいっぱいいるんだろうなあ)。

2003年05月31日(土) 追い込み日記/サボっていた男
2002年05月31日(金) 病気はハンデじゃないってば/映画『スパイダーマン』/『ミステリー民俗学者 八雲樹』1巻(金成陽三郎・山口譲司)ほか
2001年05月31日(木) 多分まだ20世紀は終わっていない/DVD『なぞの転校生�供�


2004年05月30日(日) 相手を選ぼうよって話と、韓国の『ヒカ碁』

 ここ一週間ほどは、なんとなく気疲れすることが多かった。
 あっちゃこっちゃ医者回りをしたり、しげと延々人生について語り合ったり(~_~;)、例によって例のごとく、トンガリさんの意味不明の言葉を解読したりと(したからと言って、何かいいことがあるわけでもないが)、平凡なんだか異常なんだかよく分らない毎日を過ごしていたからだろう。気がついたらまた食事の量がいつの間にか増えてもいる。3ヶ月検診が間近だというのに、ちょっとヤバイのである。

 休日くらいは、ゆっくり朝寝をしてかまそうと思っていたのだが、起きて時計を見てみるとまだ6時。枕元で話し声がしていたので、目が覚めてしまったのだ。
 こんな朝っぱらから、何なんだと、見てみると、しげが電話で誰ぞと話している。しげのちょっとエラそうでナマイキな口ぶりから判断するに、相手はハカセ(穂稀嬢)であるらしい。ウチのメンバーの中では穂稀嬢は最年少なので、しげのくせに威張っているのである。風呂に入って、上がってみると、まだずっと電話し続けていた。私が目覚めてからもかれこれ小一時間にはならないか。
 ようやく、電話が終わったようなので、いったい何を話してたんだ、と聞いてみると、「今日は役者がみんな都合で集まれないから、練習自体、中止しようって」
 「で、どうしてそんな長電話に?」
 「いつの間にか、話が“人生相談”になってた」
 「“人生相談”? 誰が誰に?」
 「ハカセがオレに」
 「……はあ」
 「間違ってると思わん?」
 「そりゃ、間違ってるよ」
 何をどう相談したのかは知らないが、何かを相談して、何の参考にもならないことしか言わないのがしげである。「お前に相談するくらいなら、便所のリケッチアにでも相談するわ」とバンコランに言われたのはパタリロだったが、しげに相談するくらいなら、確かに梅毒スピロヘータやクラミジアに相談したほうがマシかもしれない。
 ……だからと言って、ハカセ、本当に相談しないようにね(^_^;)。
 たいていの場合、自分の悩みというものは、他人から見れば殆ど悩みと言えないくらいに「軽い」ものだよ。


 練習がなくなったので、映画でも見てこましたろ、ということでキャナルシティまで『キューティーハニー』を見に行く。
 日曜なので、かなり混んでるんじゃないかと危惧していたが、雨降りのおかげなのか、駐車場もまあまあ空いている。到着したのは30分前、開演時間には余裕で間に合った。……つか、我々が今日の一番乗りだったよ。映画の詳しい感想は、コンテンツの方を参照のこと。サトエリがいいと思えるかどうかで、観る人の感想は180度違ってくるだろうね。
 しげはミッチーさえ出て歌ってくれりゃ、それで満足、映画自体は「まあまあ」だとか。『CASSHERN』は長くて後半が鬱陶しかったが、似たような回想シーンが『キューティーハニー』にもあるけれど、こちらは実にあっさりとしたもの。どっちかというと「物足りない」くらいだったので、中間が取れないものかと思ってしまった。
 1時間半という回転率のいい作品であるにも関わらず、AMCでの上映は一日たったの4回。前売りの売れ行きが芳しくなかったのかもしれない。公開二日目だというのに、客席も半分ほどしか埋まっていない。いかにもオタクって感じの一人ぼっちのお客さんもチラホラいたが、たいていは若いカップル。こういう人たちがたくさん来てくれないと、『CASSHERN』のようにヒットには結びつかないのだ。全体として、100人いるかいないか、というところで、この分だとちょっとヒットは危ぶまれそうな気配である。
 エッチなシーンは確かにあるけど、たいしたことないから、老若男女、こぞって見に行きなさい。


 帰りに、しげ、おでんの材料を買い込む。
 昨日、たっぷり作ったシチューを、腐っちゃまずいとばかりに一日で食い切ったので、もう次の食事を作らねばならなくなったのである。しげも、少し口をつけはしたのだが、「クリームシチューの具に豚汁の材料は合わなかった」と反省している。確かにゴボウやタケノコがシチューに入ってても、うれしかないわなあ。豚汁の具って言ってるわりに豚はおろか、肉自体、全く入ってないし。でも、ンなこたぁ、作る前からわかるだろう(-_-;)。
 そんなもんでも文句一つ言わずに私は食べてしまうくらい、好き嫌いがないのだ。感謝してほしいくらいである。


 アニメ、『ヒカルの碁』が、『ゴースト囲碁王』と題して、韓国でも6月1日からテレビ放映されることになったとか。けど、韓国の事情に合わせて、日本色の強いシーンは修正されるんだと。ヒカルもシン・ジェハに、佐為はチャランという名前に変えられるとか。
 著作権がどうのこうの、と喧しいわりには、こういう「国情に合わせた変更」というのはしょっちゅう行われてるのが不思議である。日本でも何の映画だったっけ、中国映画の南京大虐殺のシーンがカットされたりとか、ディズニーの『ノートルダムのせむし男』が原タイトルから『ノートルダムの鐘』と改題されたりとか、何だかなあな改変はいくらでもあるけれど、「向こうの国ではこう認識されてるんだから」と許容する心がなけりゃ、結局は文化交流は不可能だと思うけれどもね。だいたい、佐為を韓国人に見せかけるのは無理があるだろう。それともチマ・チョゴリを着た霊に全部作画しなおすのか? 向こうの番組見た人の感想とか、どこかにアップされないかな。

2003年05月30日(金) 追い込み日記/懐かしの男
2002年05月30日(木) タカリ女の言い分/『東亰異聞(とうけいいぶん)』1巻(小野不由美・梶原にき)
2001年05月30日(水) まるでNENNEのように/『帰ってきたハイスクール!奇面組』(新沢基栄)ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)