プラチナブルー ///目次前話続話

三上龍也との出逢い
プラチナブルー第2章 椎名龍正編
April,5 2045

「ロン」
「あん? なんだ、てめえ。また闇テンかよ・・・」

不機嫌そうに舌打ちをしながら、対面のチンピラ風の男が点棒を投げ出した。

「ったく、ついてね〜なぁ、今日も」
「・・・まあ、ぼやくな三郎」

対面のチンピラ風の男を三郎と呼んだのは、右側に座っている男だ。

その男は「ロン」と倒された牌を眼鏡の上からちらりと確認すると、
自分の手牌を手前に倒したあと、四方の山を崩し、目の前で洗牌し始めた。 

象牙で作られた牌がぶつかり合う特有の音が、バーの奥にある小部屋に広がる。

「上家の兄ちゃんの3連勝か・・・俺は三上龍也だ。下家のこいつは三郎。兄ちゃんの名前は?」
「シイナ・・・椎名龍正」

「シイナ? マスターの息子か?」
三上と名乗った男が、左側に座っているバー『雀(すずめ)』の店主に尋ねた。

「いや、三上ちゃん、この龍正は私の甥っ子でね。
兄が遼平っていって、ふたりが小さい頃に麻雀を教えたんだよ。
弟の龍正は飲み込みが早くて、今日みたいに人が集まらない時は、
時々、面子として呼ぶんだよ」

「ほ〜、マスターの甥っ子かい。どうりで筋がいいわけだ」

普段は無口な三上が、珍しく機嫌がいい。


「龍正か・・・俺と同じ龍の字がついているんだな。
気に入った。困ったことがあったらいつでも声をかけてくれ」

三上は、そういうと、胸ポケットから財布を取り出し、卓の上に札束を2つ無造作に置いた。

「マスター。これは今日のゲーム代と三郎の負け分だ。龍正に取り分を渡してやってくれ」
「三上ちゃん。ひと桁多いよ」

「いいんだ、マスター。しばらく野暮用で神戸の街をでなきゃいけねえ。
その金で、昔持ってかれちまった全自動卓のひとつくらい買い戻せるだろ」
「全自動卓かあ。もうここ10年みてないな」


マスターは、ひと束を無造作に分け、少ないほうの束を龍正の胸ポケットに押し込んだ。
そして残りとひと束を自分のズボンの後ろのポケットに入れた。


「全自動卓? なんすか、それ」

三郎が三上とマスターの会話に入ってきた。

「ああ、三郎も見たことがねえのか。便利だったぜ、ありゃ」


三上の話によると、

10年前の2,035年までは、麻雀に全自動卓というものが存在し、
なんでも、卓の真ん中がボタンひとつで開いて牌を中で混ぜてくれたらしい。
しかも18枚ずつ2段重ねで中から積みあがって出てくるというのだ。

ところが、70年前には全国に1,500もあった雀荘が10年前には30店を割りこみ、
その機械もいよいよ生産中止になったということだ。

一時期は中古品も出回っていたらしいが、現在は修理できる職人もおらず、
製造するメーカーもなく、骨董品としてレコードやビデオテープだとか、
そういう類のものとともに古物商の店頭や博物館に展示される存在になっているらしい。

そういう機械を何台も置いて営業をする、『雀荘』と呼ばれる店があったというのだ。
現在では、麻雀の概念はトランプやカードのようなものと同種である。

かつては麻雀プロという肩書きもあったらしい。

本来、麻雀プロは職業ではなく、正確には麻雀団体が承認し発行した免許証みたいなもので、
そういった団体の人たちも、麻雀自体での稼ぎでは生活基盤が安定せず、
業界自体が自然に肥大化したのち分裂を繰り返し、衰退していったとのこと。

雀荘のメンバーだった者たちは大量に失業し、
あるものはマンション麻雀、あるものはインターネット麻雀に、活躍の場を求めたが、
いずれにしてもその系譜は残っていないらしい。



「懐かしい話だな。インターネット麻雀が流行り始めた頃には、皆、馬鹿にしてたけど・・・」

上着の襟を正す三上の後からマスターが声をかけた。


「ああ、結局は、本物の牌を握ったこともない奴のほうが多くなりすぎちまったからな。
でも、麻雀はこっちのほうがいい。機械の世界の中の麻雀はプレイするもんじゃなく、賭けて稼ぐ世界だ」

三上は店の片隅にあるパソコンを指差しながら、その手で卓の牌をつかんだ。


「うんうん、そうさ。そういや龍正はネットで麻雀やってるのか?」

「うん、たまにね。でも俺、賭ける側の人間じゃなく、あの世界でプレイしてみたいんだ」


龍正の決意じみた言葉に、三上は帽子を深くかぶった後、振り返った。

「あと、半年待てれば、俺が連れて行ってやろう。その世界の賭けられる側にな」

神谷詩織との出逢い
April,29 2045

バー『雀(すずめ)』の2階にある6畳一間の部屋。
カーテンのない窓から、午後の日差しが射し込んでいる。

「龍正、しばらく店を空けるから留守番を頼んだぞ」

ぼさぼさ頭にヨレヨレのシャツ、無精髭が定番の椎名景次(しいな・けいじ)が、
珍しくブレザーに袖を通して、鏡の前で髪に櫛を入れながら声をかけた。
サラリーマンの出勤前というよりも、ヤクザの事務所の前にいるオッサンにしか見えない風貌。

「ん?景次さん、どのくらい?」
「そうだな・・・1週間位で、例の物が見つかるといいが・・・」
「例の?・・・ああ、三上さんの話していた全自動卓ってシロモノ?」
「おう。10年ほど前に全部持っていかれちまったからな」
「へ〜昔はたくさん持っていたんだ」

龍正は眠そうな目をこすりながら、興味深そうに体を起こした。

「ああ。三上ちゃんが博多に行くってんで、一緒に車に乗せて貰うことになった」
「博多か〜 俺も行きたいな〜」
「そうしてやりたいが、店も開けとかなきゃいけないからな。飲み物くらい作れるだろう?」
「うん。しかし何でまた、店の卓を持っていかれちまったのさ」
「ああ・・・お前がランドセルしょってた頃に、店にいた繭香って女、覚えているか?」
「うんうん。確か、長い髪の綺麗な人だったね」
「ああ」
「兄貴と遊びに来ると、いつもスパゲティを作ってもらったよ」
「そうだったかな」

景次は押入れのダンボールの中を物色しながら、ネクタイを選んでいた。

「その繭香が、店を出したいと言い出して、保証人になっちまったのが悪夢の始まりだった」
「・・・店がうまくいかなかったのかい?」
「ははは、店を出すどころか、男を作って借金だけ残して、どろんってわけさ」
「あ〜あ〜酷い話だ。で、店の物を全部、持っていかれてしまったんだ」
「ああ。その時に、店の権利書まで持っていかれちまうところを、三上ちゃんに助けてもらったわけだ」
「へ〜 怖そうな顔して、いい人なんだね。三上さんて」
「あはは、馬鹿ヤロウ。ヤクザにいいも悪いもねえよ」

苦笑いしながら、景次は青いネクタイを選んで身支度を整え終えた。

「ははは。景次さん、そのネクタイ似合わないよ」
「ん? そうか? じゃあ ネクタイは無しでいいや」

『ごめんくださ〜い』

階下から、若い女の声が聞こえてきた。

「あ、そうだ。今日、面接の予定だったんだ」
「店の?」
「そうそう。お前に頼むつもりだったから、すっかり忘れていたな」
「俺ひとりでも大丈夫だよ」
「まあ、そういうな。麻雀したい客が来たらお前が相手しなきゃいけないし、
店にもう一人いたほうがいいだろう」
「・・・そりゃそうだけど」

龍正は他人と関わるのが面倒くさそうに答えた。

「じゃあ、俺は店に下りて面接してくるから、お前も着替えたら降りて来い」
「・・・うん、わかった」

景次が降りていくと、龍正は煙草に火をつけ窓を開けた。
窓の下の路地裏では、学校帰りの学生たちが歩いている。

「制服組か・・・もう2年になるのか」

龍正は着替えをしながら、階下に見える学生たちを見て様々なことを思い出していた。

椎名龍正 19歳。
高校2年の時に、飲酒と喫煙による停学中に暴力事件を起こしてそのまま退学。
エリート官僚の父親とは普段から馬が合わず、その事件をきっかけに喧嘩し家を飛び出す。
もともと交友関係の狭いタイプで、友人も少なく、
1人暮らしの叔父、景次のところへ転がり込んで2年近くになる。

堅い家系の椎名家の系譜にあって、飄々としている景次にだけは幼い頃から気が許せた。



「じゃあ、神谷詩織(かみやしおり)さん。給料は月末に現金払いでいいね」
「はい。よろしくお願いします」
「ああ、それと住込みのスタッフが2階にいるから紹介しておこう」
「あ、はい」

「おーい。龍正、降りて来い」

景次に呼ばれ、龍正は2本目のタバコの火を消し階段を降りた。

階段は麻雀卓が1台おいてある1階奥の部屋に続いている。
その部屋には、店内のカウンターの後ろに通じる小さな扉があるだけで、窓はない。

「おまたせ」

龍正はカウンターから現れるように挨拶をした。

「こちらが、今夜から働いてくれる神谷詩織さん。19歳、学生さんだ」
「こいつは、甥っ子の椎名龍正。19歳、元学生だ」
「よろしくお願いします」

肩にかかる長さの茶髪に十字架のピアス。
オレンジ色のリップに同じ色のマニキュア。
少し切れ長の大きな瞳が年齢よりも少し大人びて見える。

「よろしく」

龍正は理由もなく、同世代の女性に対してぶっきらぼうになってしまう自分に気づいていた。


『パパ〜ン』

路地裏から聴こえるクラクションの音。

「三上ちゃんの車だな。じゃあ俺はしばらく出張だから、仕事のことは龍正に訊くといい」
「はい。いってらっしゃいませ」

詩織は入り口に向かう景次を笑顔で送り出した。

「じゃあ、詩織ちゃん。頑張って」
「はい」
「気をつけて」

龍正も声をかけた。

「ああ、次に打つ時は全自動卓だ」
「うん。楽しみにしている」

扉の前で振り返り、景次は笑いながら龍正に声をかけた。

それが景次の最期の言葉になった

Man Always Remember Love
May,4 2045

5月4日 18:30 博多

龍正の叔父、椎名景次はフロントガラスの向こうに見える青い海の水平線を眺めていた。
やがて、三上と景次を乗せたメルセデスは高速4号線から高速1号線へと合流し、
青い海原の風景は、三上の舎弟、三郎の運転する車の正面から後部座席の右側の窓の向こう側に移動した。

「マスター、博多は初めてかい?」
「ガキの頃の修学旅行以来だね」

三上がマルボロを口にくわえると、景次は左手で火をつけた。

「三上ちゃん、Marlboroってどういう意味か知っているかい?」
「いや?」
[Man Always Remember Love Because Of Romance Only]の頭文字の略でさ、
[男はいつも真実の愛を見つけるために恋をするんだ]ってことらしいぜ」
「へ〜、そりゃ初耳だ。いいことを聞いた。おい、三郎、知っていたか?」
「まさか・・・マスター、その外国語、紙に書き出して下さいよ。とても覚えられない・・・」
「全くだ。2枚書いてくれ」

三上が、スーツの内側からペンを取り出し、景次に渡した。


椎名景次(しいなけいじ)41歳 遼平と龍正の父の弟(異母兄弟)
兄とは母親が違う為に普段はほとんど交流がない。
が、政治家だった父が兄も景次もどちらも可愛がってくれたため、
兄の子、遼平と龍正は幼い頃から知っている。
BAR雀は亡くなった母親の遺物。独身。


三上龍也(みかみたつや)41歳 株式会社三上不動産代表取締役
不動産会社は表向きであり、実態は神戸の某暴力団幹部
所属する暴力団の組長が、政治家である景次の父と深い親交が有り、
景次には義理堅く接している。
組の代打ちの稼ぎ頭でもあるが、人材不足の為、継承者を探している。独身。
三郎(28歳)は三上の舎弟。建前は、会社の不動産部門営業主任の肩書き。



「しかし、探し出すのに時間がかかるかと思っていたけど、見つかって良かったな」
「本当だ、三上ちゃんには世話になりっぱなしだ」
「いいってことよ、何年つきあっていると思っているんだ」
「繭香(まゆか)の件以来だから・・・もう12年か・・・どの女よりも長いつきあいだ」
「ははは 違いない」

「社長、そろそろ取引先に到着します」
「おう、ご苦労。マスター、これから都市開発の件で打ち合わせがあるんだ」
「わかった、中州あたりでぶらついておくよ」
「女遊びするなら、ネクタイはしていけ。ほら」
「ありがとう」
「そういや、マスター。携帯端末機持ってないのか?」
「ああ」
「連絡が取れないじゃないか。おい、三郎、お前の左腕のソレをマスターに預けとけ」
「はい」

三上は、スーツケースからブルックスブラザースの黒のネクタイを取り出した。

「200年物のネクタイブランドはこいつと、エルメス、ティファニーの3社だけだぜ。メモしとくか?」
「ははは 頼むよ」

今度は、三上が得意そうな顔で目を細めた。


5月4日 20:30 博多

「社長、お疲れ様でした」
「おう、さて、マスターを迎えに行くか」

二時間弱の打ち合わせが終わり、料亭を出た三上がメルセデスに乗り込んだ。
景次に連絡を入れようと携帯端末を開くと、留守番機能の着信ランプが点滅している。
三上は、再生用の青く光るランプを押した。

『三上ちゃん、戸田だ。今夜の約束、8時じゃなかったっけ?連絡まっているぜ』

「あ、しまった」
「どうしたんですか?社長」
「いや、出張続きだったから、戸田社長達との麻雀の約束を忘れていたな」
「例のオンラインカジノに絡んだ連中ですね」
「ああ、困ったな・・・神戸には接待打ちができる舎弟がいないぞ」
「・・・あ、そうだ、社長。接待麻雀だけなら、例のBar雀の若造はどうですか?」
「おお、それは妙案だ。たまには頭を使うじゃないか三郎」

三郎は、バックミラーの中の三上に向かって微笑んだ。




5月4日 20:35 神戸 

独りきりの晩飯が終わって、22時からの仕事前に喫茶店でコーヒーを飲んでいると、
俺の携帯端末に見知らぬアドレスからアクセスがあった。
先日、Barに来た三上さんからだった。

「おう、龍正か。久しぶりだな、今、どこに居る」
「三上さん、その節はありがとうございました。今、三宮の茶店です・・・」

『景次叔父貴からアドレスを聞いて連絡を入れた』という三上さんに、
俺は先日、勝ち分以上の金を受け取った礼を伝えた。
『全自動卓が見つかって明日到着予定で送った』ということを聞いた後、
三上さんが矢継ぎ早に本題に入った。

「利権の関わらない兄弟分だから、万が一の金の心配はしなくていい」
「三上不動産からの送迎の車が、10分後にその場所へ到着する。ナンバーは・・・」
「出来れば、誰かを一人勝ちさせず、場を平たくしろ」
「お前の腕が、戸田社長の目に止まれば、オンラインデビューが早まるぞ」
「先方には、お前が堅気の世界の人間だということは伝えておく」

どうやら、オンラインカジノの麻雀に関わる連中との約束をすっぽかしてしまったので、
三上の代わりに顔を出してくれと言う。
もちろん、俺が断ることはできない、ということを前提に会話は一方的に途切れた。

俺は、迎えの車を待つ間、Bar雀に連絡を入れた。

2コールで繋がった。

『はい、Bar雀でございます』

「詩織さん。龍正です。・・・客はまだ来てないかい?・・・そうか、急用が出来ちまって・・・
今夜は欠勤するから、・・・9時になったらClosedのボードを出して鍵をかけておいてくれ」

『・・はい・・・かしこまりました。・・・出しておきます』


(ヤクザの送迎っていう位だから黒塗りの車で、恐持てのおっさんが来るのだろうか…)

俺は、火の点いた煙草をくわえたまま、ガードレールに座り、両手を手すりに置いた。
黒塗りのそれらしき車は何台も目の前を通り過ぎるが、どれも聞いていたナンバーとは違った。

(三上さんの行くはずだった接待麻雀っていう位だから、強烈な面子なんだろうな・・・)

色々な想像が織り成す動画が、あれこれと頭の中に浮かんでは消える。

左側のウィンカーを光らせ、ゆっくりとスピードを落とした白のセダンが、右手5m位の所に停車した。
運転席からは、仕事中のOLらしき女性がドアを開けている。

(おいおい、後続車がすぐ後ろに来てるよ。危なっかしいな〜。というか、その場所に停めるなよ)

白いブラウス、制服らしき上下黒のスーツを着た女性の慌てぶりを心配をしつつ、
三上の指定した時間から、既に10分が経過している。

車から降りた女性は、歩道まで来て辺りをきょろきょろと振り返っている。
その女性の様子を眺めながら、何気なくセダンのナンバープレートを見た。

(げ、まじ? この車だ)

俺は、靴の裏で煙草の火を消し、その女性に声をかけることにした。

「すみません。三上さんの所の方ですか?」
「え、ええ。三上不動産の立花と申します。椎名様ですか?」
「はい。」
「お、遅くなってごめんなさい。道に迷っちゃ・・・いえ、渋滞してて・・・」

(なんだか、ひどく落ち着きのない人だな。パッと見、可愛いのに・・・)

「どうぞ、乗ってください」
そういうと、立花と名乗ったその女性は、助手席のドアを開けるわけでもなく、
自分が運転席に乗り込み、エンジンをかけた。

俺は、ドアロックされたままの助手席側のドアの静電気にビリッと来て、思わず手を離した。
その姿を見てハンドルを叩きながら大笑いしている女性。
が、自分の任務を思い出したのか、慌ててドアロックを開けるために運転席側から助手席に、
体と手を伸ばしている女性。

(この人・・・シートベルトしているから、手が届いてないし・・・)


そんな、お笑い劇場のようなヒトコマも、車が動き出し、しばらくすると
これから戦う麻雀を想定し、意識を集中させようと沈黙の中で俺は目を閉じた。

5分ほどすると、目的地に着いたらしい。
地下駐車場に車が滑り込むと、女性がエンジンを止めた。

「さあ、着きました。椎名様、頑張ってくださいね」
「ええ、やれるだけ頑張ってみます」
「椎名様、絶対、絶対、勝ってくださいね」

(え?俺、接待麻雀って聞いてるんだけど・・・)

「だって私が・・・私自身が、今夜の勝者への景品なの・・・」

俺は、その場に立ち尽くした。

On-line Casino Bar Freedom
May,4 2045

5月4日 21:10 神戸 
 
地下駐車場から階上へ向かうエレベーターのボタンを立花が押し、
まもなく扉が開くと、立花は先に入り、椎名龍生を誘導した。

「さあ、いきましょう」

立花さんの声に悲壮感はない。
だが、先ほどまでの明るい表情は影を潜めていた。
その筋の人達との麻雀は、初めてではないものの、目的の場所が近づくにつれ、
俺は、いつしか緊張のあまり、鼓動の高まりを感じていた。


三上さんからの話を思い出しながらまとめると、
『誰かを一人勝ちさせずに平たくしろ、金のことは心配しなくいい』
ということ。

自分は勝たなくても、他の3人が、『程よく競い合える状況を作れ』
ということなのか?・・・。
果たして、接待麻雀なんてものは、そういうことなのか?
たくさんの疑問符が脳裏をよぎる。

本来は三上さんが打つはずだった訳だから、
彼ならば・・・『他の3人を競い合わせながら、自分が最後はほんの少しだけ勝つ』
というシナリオで打つんじゃないのか?

(ああ、わかんねえや。)

俺は、三上不動産の立花と名乗った女性の後姿を、瞳に映しながらも、
頭の中では、これからの戦うスタイルを考えていた。

エレベーターの扉が俺達二人を乗せ、ゆっくりと動き始めると、
立花は、肩にかけていたバッグを床に置き、何かを取り出そうとしている。

その時になって、ようやく頭の中でごちゃごちゃと考えていた思考回路が、
目の前にしゃがみこんでいる立花の動きとシンクロするように、現実へのスイッチに切り替わった。

「はい、これが今夜の軍資金」

立花から手渡されたのは、ティッシュペーパーの箱の大きさの木箱。
それを受け取ると、見た目よりも遥かに重く、両腕が一瞬5cmほど下がった。

(この重さからすると、硬貨か?それともメダル?)

「中には、4種類のコインが入っているの・・・」

(ああ、コインか・・・)

「そのコインは、点棒代わりね。
1/10オンス金貨は1,000点棒、1/4オンスのプラチナコイン5,000点棒
1オンス金貨は10,000点棒、1オンスのプラチナコインは、半荘精算の時に使って。
ラスがトップに3枚、3位が2位に1枚。ルールは店に入れば、説明を受けるわ」
「はあ」

よくわからないまま、俺は立花の説明に生返事をした。
1オンスのプラチナコイン1枚の価値は、俺の1ヶ月分の給料とほぼ同じだ。
Bar雀で椎名景次から、初めて受け取った給料が、まさに、それだった。

37階でエレベーターは止まり、扉が開いた。
目の前には真紅の豪華な絨毯が奥の部屋まで続いている。
一歩、足を踏み出すと、いつの間にかサングラスをかけた男が左右に立っている。

「失礼ですが・・・」
「三上の代理の椎名です」

俺より先に返事をしたのは立花さんだった。

「椎名様、ようこそ、お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ・・・」

黒スーツに黒のネクタイ、一瞬で、一流の接客をうかがわせるその雰囲気に、
鉄火場というよりも、カジノに近い感覚を俺は受けた。

2人の男に続いて、立花さん、俺の順に奥の部屋の正面まで歩いた。
扉の上には『On-line Casino Bar Freedom』のプレート。
男達は立ち止まると、2人が両脇にそれぞれ立ち、同時に扉を開いた。

「どうぞ、中へお進みください」

案内された店の中は、歩くには不自由しない程度の明るさではあるものの、
店全体の広さや、座席数が推し量れないくらいの薄暗さだ。

天井には光がない。
足元には空港の誘導灯のような青い光が小さくちりばめられている。
右手には、バーカウンターの黄色い照明。
左奥には200インチほどのプラズマ画面の青白い光が輝いている。
その青白い光は瞬きするように、時折、画面の明暗が切り替わり、明るくなった瞬間には、
手前側に3人の男と1人の女性のシルエットを映し出していた。
彼らが、オンラインカジノの麻雀に興じ、BETしているのは遠目でもわかった。

「いらっしゃいませ。こちらへ」

視界の外側から突如現れた女性に声をかけられた。
その女性は右手をバーカウンターの椅子を指し、そこに座るよう促した。

「お連れ様には、別室で待機していただきます」

目の前の女性の言う『お連れ様』が、麻雀相手ではなく、
立花のことを指していたことに気づいたのは、椅子に腰を下ろしてからだった。

いつの間にか、先ほどまで一緒だった立花さんの姿が見えない。

「今夜のルールを説明いたしますので、先にメニューを・・・」

女性が差し出したのはドリンクメニューだ。
俺は一寸、受け取ったものを開いたが、すぐに閉じ、ミネラルウオーターをオーダーした。

目の前の女性は、手際よくテーブルセットを済ませると、ルール説明を始めた。

「点数のやりとりは100点棒のみ通常の点棒を使用します。が、他はコインを使用します。
1/10オンス金貨は1,000点棒、1/4オンスのプラチナコイン5,000点棒
1オンス金貨は10,000点棒として使っていただきます。
25、000点持ちの30,000点返し、差額の5,000点分はトップ総取りです。
24,000点分のコインを卓上左側のボックスにお入れください。
本日のレートは全てコイン精算となっております。
食いタン有り、字牌の後付有り、赤ドラは各5に一枚ずつ計3枚。
一発、裏ドラ、カンドラ、カン裏有り。パオの場合は責任払いです。
役満祝儀はツモ時、1オンス金貨1枚オール。ロン時は当事者間2枚移動です・・・ここまでで、ご質問は?」



「いえ、何ゲーム制ですか?」

俺は細かいルールよりも、一体いつ解放されるのか・・・それが気がかりだった。

「回数に制限はございません。ただし・・・
スタート時には皆様、1オンスプラチナコイン12枚をお持ちです。
それが残り3枚以下になると精算ができなくなりますので、
どなたかが残り3枚になった時点で次の勝負の結果如何にかかわらず、次節が最終戦となります。

「・・・ということは、最短で4回?」
「おっしゃる通りでございます」
「喫煙は?」
「結構です。他の方もお吸いになります」
「休憩は?」
「1回戦終了ごとに、お申し出があれば10分間設けます」
「・・・イカサマや積み込みは?」
「ご遠慮願っております。・・・4名の女性を採譜者として置きますのでご安心ください」


5月4日 21:25 神戸 

1回戦 東1局 南家

開幕戦の配牌



(俺が、あがってもいいのか)

トイツ落とし
May,4 2045

5月4日 21:25 神戸



思わぬ配牌を手にした俺は、開幕早々、仕掛けてもいいものかどうか迷っていた。
初対戦の面子、しかも三上の代打としての接待。
主役は他の3人だということもあって、一回戦は、様子を見ながら打とうと決めた。

他の3人の関係はわからない。

左の男が起家で始まった一回戦。

その男は、グレーのシャツに白髪混じりのオールバック。
50歳代前半で背丈は低いもののがっちりとした体つき。
慣れた手つきで、西、3ピンと牌を河に並べる。

右の男は、銀縁の眼鏡を掛けた気難しそうなタイプの男。
40歳代半ばといったところか、ストライプのシャツに茶系のネクタイ。
少し強い打牌で、9ピン、白と河に置く。

対面の男は、40代前半の色黒の小太りの男。3人の中では一番若そうに見える。
中ジョッキを左手に持ったまま、
1枚目の北を静かに河に置き、2枚目の北を叩きつけた。

「あちゃ〜俺の風だ。畜生め」
「いいツモしているじゃないか。清原君」

手の中から、3枚目の北を河に置きながら、左の男は笑った。

「戸田社長、今日は負けませんよ」

清原と呼ばれた対面の男が、息巻いて山に手を伸ばすと、

「なんだ、こりゃ」

清原はさらに、強く牌を叩きつける。
対面の河には、北が3枚並んだ。

「相変わらずの豪腕なツモだな。清原君にはいつも四暗刻でやられるからな」
「くっそ〜ついてねぇな〜」

そんな二人のやり取りを見ながら、右の男が眼鏡の中央に中指をあて、口元を右に動かした。

俺は4順ツモ切りが続いた。

「鳴けるものなら、鳴いてみやがれ」

対面の男は、ドラの東を叩き付けた。

一鳴きするつもりはなかったものの、無意識に体が反応した。

「ん?兄さん、鳴くのかい?」
「・・・いえ」
「そうか・・・まあ、兄さんも気楽に打て」

戸田は俺の河をちらりと見て、山から引き寄せた9ソウを横に向けた。

「リーチだ」





一発目に掴んだのが4ピン。

(うわ、なんて牌を持って来るんだよ。・・・手が全く進まないし、回ろう 親のリーチに対して選んだのは・・・トイツ落とし)



「ん?・・・ロンだ」

戸田は意外そうな顔で俺の河を見て、手牌を倒した。





(おいおい、ツモ切りなら、清原って男の東で当たりじゃねーか・・・最悪だ)


「倍満、24,000点だ」
「あらあら、対面の兄さん、トイツ落としか? ついてねーな」

対面の清原が身を乗り出した。

「戸田社長も人が悪い・・・しかし、君、三上君の紹介とはとても思えないな」

そう言ったのは、右の男だ。

「まあ、そう言うな、池本。現物が無かったら、落としたくなるところだろう」


残り1,000点 俺は東に手をかけた自分を呪った。

「頑張ってよ、椎名君」

右後方で牌譜をつけていたのが、立花だということに初めて気づいた。
不安そうな顔で見つめている彼女の視線が痛い。

俺は、途端に家に帰りたくなった。

1/10オンス金貨
May,4 2045

5月4日 21:30 神戸 

東1局 1本場 南家 持点1,000点

思わぬ形に放縦した俺は、残り1/10オンス金貨1枚となって失意の底にいた。
オンラインゲームだと『イライラする感情』が生まれるものの、
牌を握っている時には、『怒の感情』は生まれず、『哀の感情』に抱きしめられる。

どういう形であれ、あがった相手に対しての感想よりも、
振り込んだ自分を激しく叱責したい気持ちに包まれていた。

重たい気分で1本場の牌を4枚ずつ取り、理牌した。ドラは9ソウ。



仕掛けても、南・ホンイツ・ドラ2のマンガンが見える配牌。

(1,000点が9,000点に増えたところで状況は変わらない・・・)

自分を戒めるように面前で仕上げることを決めて打つことにした。

親の1打は南、無反応でスルー。
ツモ7ソウ、下家、白。対面、西。

2順目、親は、発。
ツモ4ソウ、下家、発。対面、西。

「ちぇ、またカブリかよ・・・」
「清原君は、よほど、字牌に愛されているらしいな」

先ほどと同じ展開に清原の打牌が強くなる。

「そういえば、戸田社長、最近、好きでもない女に付きまとわれてるんですよ」
「ほほう、清原君も隅に置けないな」
「勘弁してくださいよ、使えない字牌と同じっすよ。全く」

戸田が大きな声で笑った。

「誰彼に、愛想振りまいて、勘違いさせているんじゃないのか?」
「そりゃ、女性に優しくがモットーっすから」

下家の池本の皮肉っぽい言い方にも、清原は笑いながら切り返す。

3順目、4順目とツモ切りした後、
5順目に親の戸田が、一瞬手を止めて左端の1ソウを捨てる。

俺のツモは南。



闇でも低めハネマン、高めバイマンの聴牌。
普段なら当然、闇に構えるものの、ノータイムで右端の牌を横に向ける。

「リーチ」



「へ〜、ここでなけなしの1/10オンス金貨(1,000点)を使ってくるのか」
「ええ、迷わなくていいですから」
「なるほど、ある意味潔いな」

戸田と清原と一言交わした後、池本の2ピン、清原の白と続いた。

戸田が山に手を伸ばすと、一番左の牌に手を掛けた。

(左端から出てくるのは、1ソウのトイツ落としか、ペンチャン外しの2ソウか・・・)

「ほう、こう来たか・・・俺も親だし、追っかけるか・・・」

戸田は、俺の河をチラッと見た後に、
左側のコインケースの外側に積み上げられている1/10オンス金貨を一枚取り出し卓上に置いた。
俺は、膨らむ期待のすぐ後に、戸田のリーチ宣言に嫌な予感がした。




「リーチ」

「ロン」

無意識に13枚の手牌を倒した俺。

「げっ」
「あっ」

卓上に零れた清原と池本の声。


裏ドラに手を伸ばし、全員に見えるように置いた牌は 東。


「3倍満、24,000点です・・・」


部屋が一瞬にして静まり返った。
無言の戸田が、俺の目の前に、24,000点分のコインを置いた音で、再び時間が流れ始めた。


「やるな、若いの・・・名は?」
「椎名・・・椎名龍正です」
「うむ、その名前、覚えておこう」

俺は自分の上がった手よりも、戸田の振る舞いに感動を覚えた。

祖父の伝説
May,4 2045

5月4日 21:35 神戸 

東2局 東家 持点25,300点

前局の、まさかの3倍満の上がりに内心興奮を隠せずにいた。
洗牌しながら、他家のかき混ぜる指先には注意していた。
上家の戸田と下家の池本が早い。
散らされた牌を俺と対面の清原が積むといった具合だ。

イカサマ技はご法度と受付で聞いてはいたものの、こういう展開の後は何が起こっても不思議ではない。
俺は高ぶった気持ちを抑えよう抑えようと、スローな動作で親の配牌を取り出した。


東家 龍正 配牌


配牌はまずまずの手。ドラは中。
ここから マンズが伸び、順調に一向聴(イーシャンテン)まで伸びる


東家 龍正 5順目


そして5順目、八萬を引き、4ピン待ち、タンヤオ(2,000点)の聴牌。
345の三色目もあり、闇テンに構えた。
2順ツモ切りが続いたあと、池本からリーチ宣言。


南家 池本 8順目 捨牌



ドラは場に1枚も見えていない。
対面の清原も、上家の戸田も動きはなく、捨て牌に色の偏りも感じられない。
ドラの在り処も池本の待ち牌も絞れない以上、聴牌を維持しながら様子を見ることにした。


東家 龍正 9順目


一発目に持ってきた牌は赤の5ソウ。
池本の現物でもあり、筋牌の2ソウを切れば、345の三色(7,700点)の手になる。
普段なら、2ソウを切って闇に構えるところだが、池本という男の手筋がわからない為、
一寸、考えた後、赤5ソウをツモ切ることにした。

「親は現物の5ソウのツモ切りか、堅いな」
「池本さんのリーチってのも珍しい・・・」

戸田の他意のない声に、清原の池本へのリーチの感想。
額面通り清原の言葉を受け取れば、池本は役作り中心の闇テンの麻雀がいつものスタイルなのだろう。

あれこれと、考えている間に10順目のツモは4ピン。


東家 龍正 10順目


「ツモ・・・。1,000点オールです」
「なんやそら、2ソウと赤5ソウを入れ替えれば、4,000点オールやないか」

赤5ソウを指差しながら、清原が嘲笑した。
全員が1/10オンス金貨1枚(1,000点分)を卓上に置き、

「その手で、2ソウが止まるのか・・・」

戸田は感心したように呟き、池本に視線を合わせた。

「池本、手を開いてみな・・・」

戸田に言われ、不本意そうに手を開いた池本の手は、




2ソウ待ちだった。


「あ」

清原が、素っ頓狂な声を上げた。


(闇なら2ソウをホウジュウしていた・・・)


本来、この手ではリーチを掛けないであろう池本がリーチ宣言したということは、
十中八九、俺を値踏みしたリーチなのだろう。
身が引き締まる思いで、俺は卓上の4枚のコインを拾い上げた。

「椎名君だったかな。君のところは代々麻雀打ちの家系か?誰に教わった。」
「祖父と伯父に教わりました。」

「祖父? ひょっとして、椎名権蔵(しいなごんぞう)さんという方か?」
「ええ、権蔵が祖父ですが・・・ご存知なんですか?」

戸田の口から祖父の名が出て、俺は驚いた。

「権蔵さんといえば、神戸の街で知らない者はいないだろう・・・この街の名士だからな」
「ええ?あの爺さんのお孫さん?」

対面の清原は別の意味で驚いているらしい。


椎名権蔵・・・2,037年まで神戸市長を勤める傍ら、地元の建設業の取りまとめ役でもあった。
政財界から、裏社会まで顔が広く、黒い噂も絶えなかったが、その敏腕により3期市長を勤めた。
2,038年、心筋梗塞で他界。享年85歳。龍正と遼平の祖父。景次の父。



「若かった俺や三上がこうして神戸の街で根を張れたのは、権蔵さんのお陰だからな」
「・・・そうなんですか」

「そういや、権蔵さんには2人の息子さんがいたな」
「ええ、父と、伯父がいます」

「2人の息子達に、それぞれ男の子が産まれて喜んでいた姿が懐かしいよ・・・」
「そういや、戸田社長の社長就任祝いの時に・・・」
「ああ、もう20年近くになるのか・・・」


俺は戸田と池本の昔話にある種のひっかかりを感じたものの、
話の内容からすると、伯父の景次にも子供がいたことになる。

(景次伯父さんに男の子が? そんな話、聞いたことはないぞ・・・)

動揺
May,4 2045

5月4日 21:45 神戸 

東2局 1本場 東家 持点29,300点 ドラ七萬




池本の大きな手を交わした後は、二向聴(リャンシャンテン)の軽い配牌が入る。
だが、俺は自分の手のことよりも、戸田達の会話の『景次の子供』の件に意識を支配されていた。

第一打に、手なりで西を切った後、

(あ、平和の手なのだから西より、白が先だ・・・)

と、気づいたのは第2順目のツモが西だった時だ。
河に西が2枚並んだ。


(ふ〜集中しろ!)

俺は、心の中で強く自分に語りかけ、河に捨てられる他の3人の牌を注意深く見ようと心がけた。
しかし、河を見ているというよりも、漠然と眺めているような感覚。
ツモ切りなのか、手出しなのかを判別することすら忘れていた。

4順ツモ切りが続いた後、8ソウツモ。
一向聴(イーシャンテン)の形を手拍子で捨二萬。





(あ、また、やっちまった。三萬の受け入れがなくなってしまう…
白なんて残してもしょうがないだろう。なにやってんだよ俺は・・・)



さらに、3回のツモ切りを続けた後の7順目。
俺の欠けた集中力を嘲笑うかのような三萬ツモ。
自分の頭を卓に叩き付けたい様な気分になった。





フリテンの二萬、そして五・六・八萬・4.7.8ソウ引きにも対応できるように打白とした。

「ポン」

この白を対面の清原が仕掛けてきた。
そして清原が、7ソウを手の中から捨てた。

(あ〜、手順通り打っていれば、それでロンだった・・・)

あまり、恨めしそうに河を見ていても他家から注目されてしまう。
俺は、そ知らぬふりをして、8順目のツモのために山に手を伸ばした。

ツモは八萬。




結果的には当初のイメージ通りの聴牌。闇で5,800点。
2回続けてのアガリの後の聴牌に、俺は結果オーライとばかりに左側のテーブルからコインを1枚用意した。

「リーチ」

俺は、心を落ち着けるかのように、三萬を静かに横に向け、リーチ宣言をした。
全員が自分の手牌から、俺の河に捨てた三萬に視線を移した。


「お、三萬。それロンだ」

そう手牌を倒したのは、対面の清原だった。





「え〜と、白ホンイツだから、3,900? あれ?5,200だっけ?」
「あはは、清原君は、まだ点数計算を覚えてないのか?」

戸田が自分の手牌を手前に倒して、清原に語りかけた。

「ええ、符計算がまだ・・・苦手で・・・」

俺は、清原の目の前に1/4オンスのプラチナコイン1枚と1/10オンス金貨3枚、
そして1本場の積み棒分の300点分の小さなメダルを3枚重ねて置いた。

「白、ホンイツ、ドラ1のマンガン。1本場は、8,300点ですね」
「あ、ドラがあったんだ。儲けた」


七萬を指差しながら無邪気に喜ぶ清原の声を掻き消したくなるような気分の中で、
白と三萬の切る順番、いや、数順前のニ萬切りをした自分に激しい苛立ちを覚えた。

俺は、精算が終わると、山を崩し、洗牌をし始めた。


「椎名君。飲み物を持ってこようか?」


雰囲気を察してか、後方から声をかけてきたのは、立花だった。

(そういや、負けた時の立花さんの立場を忘れていたよ・・・)

「ありがとう。コーヒーをブラックで・・・」
「うん」

洗牌から手を離し、胸ポケットから煙草を取り出し口にくわえる。
他の3人が洗牌しているところを見ながら、火をつけ大きく息を吸い込んだ。


「ふ〜」


俺は天を仰ぐように煙を上空に吐き出すと、白煙は同色の天井に吸い込まれるように消えていった。

まもなく、山が積み上がると、下家の池本がサイコロを振る。
サイの目は11。池本は対面の戸田の山の右側を4枚残し、4枚を取り出した。
その後、それぞれが4枚ずつ牌を手元に並べ始めた。


東3局 北家 持点21,000点 ドラ北

「頑張ってね」

立花がサイドテーブルにコーヒーを置きながら話しかけてきた。
俺は無言で頷くと、手牌を開き理牌した。


(まだ、東3局だ・・・よし、行くぞ)

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