JERRY BEANS!!

2002年03月27日(水) 泥にまみれる勇気があるか。

好きな事だったら、泥にまみれても、地べたに這いつくばってでも。

そこまで君は思えるかい? 思えないなら夢を語るのはもうやめよう。

そうじゃないと、君はまた、同じ大きさの夢を、自分の大きさも見ずに

繰り返し語るだろうから。


同じ事、来年、再来年、再々来年、って聞かせて、僕をゲンナリさせないでね。

君の話、もう飽きたよ。何回目? 君の夢、もう飽きたの?何回目?

何年も経ってから、まだ同じ事を言っているようじゃ、君はそれだけの

人間だってことでしょう。そういう人を僕はもう何人も見たよ。

いつまでも夢を語って、その為の努力をひとつもしない人だ。


たまには何も言わずにやってみたら?大きな事ひとつ言うより、小さな

努力を何も言わずやってみたら?そして最後の報告だけ聞かせてみてよ。

そしたら、みんな君が好きになるよ。


泥にまみれる勇気も無いくせに、夢がなんだと語っても。

誰一人君についてこない。そのうち君は孤独のうちに消えるでしょう。

そしたら残りは夢の世界。君しかいない。ひとりだけの世界。



2002年03月26日(火) メッセージカード

昨日卒業式だった。それ故、部活の後輩たちにお祝い会を開いていただいた。
ウチの部活では、卒業する時に一人一人から貰ったメッセージを閉じて
ノート状にした「メッセージカード」がもらえる。不精な奴は書いてくれない
のだけど、ねだると本体に直接殴り書きしてくれるのがまた嬉しい。
とにかく、それが私の今回の一番の楽しみであった。つまり、皆がなんと
書いてくれるか、である。あんまり面識の無かった後輩(主に一年生である)
は、「卒業おめでとうございます」「がんばって下さい」等である。学年が
あがり、たくさん接した人は、文章も個人的になるし、量も増える。これは
相当嬉しい。で、その書かれた内容をそれぞれ読んでみると次のようであった。

女の子からのメッセージには「ナナさんは私にとってかっこいい人でした」
が多かった。下のコからはそんなふうに思われていたんだなぁ、と思った。
一応私の目標は「可愛い女性になること」だったんだけど、なんでかこういう
結果になった…。不思議だ。ちなみに男の子からのメッセージには「ナナさんは
僕にとってつかみどころの無い人でした。」と、「話を聞いてくれる人でした。」
と、「笑ってる姿が印象的でした。」が多かった。これはある程度妥当である。
ちなみに同期の子や仲良くしていただいた先輩からは一言のなぐり書きが多い。
そして意味は不明。でもこの人たちは卒業しても切れることなく接していける
のでこんなもんでも平気。というか、むしろ嬉しい。そのほうが゛いつでも
会える゛感があるじゃんね。うんうん。

さて、もらってとても嬉しかったメッセージカード。だけど、これはこれで、
記念の一部分として取って置こうと思います。すがったり後ろ向きにならない
ように、これを見返したりして泣く事のないように、みんなのメッセージに
恥じる事無い今後の人生を送って行こうと思います。その為の、メッセージ
なんだと思います。

皆からもらった言葉のひとつひとつが、私の血肉になりますように。そして、
皆と共有した過去と現在が、それぞれの未来に繋がる支えになりますように。
皆への感謝と感動を胸に、私はメッセージカードを、机の奥にしまいます。

ありがとう。私は大学から卒業します。大人になっても、みんなとのことが
全部身になって行くような人生を送ります。そのために、頑張っていこうと
思います。素敵な言葉をありがとう。



2002年03月25日(月) 正直者の理

今日は、ちょっとした節目の日である。
ひとつめは、卒業式。ながらくフラフラ学生やってた私も
本日をもってようやく大学卒業である。すったもんだもあったけど、
とりあえずこれで色々事切れるので大変感慨、ひとしおである。

で、もうひとつめは、恋人の事でまったく恐縮なんだけど、
彼は今日正式に大学の退学手続きを終了する予定なのだ。
もっとも、彼は2回生くらいから既にろくに授業なんて取ってない
のだから、もう実質辞めたも同然だったんだけど、今年に入ってから、
ご両親をようやく説得して、大学を辞める事にこのたびようやくあいなった
という訳だ。…折角入ったのに辞めるのは勿体無いとか、八年かけてでも
卒業すれば良いではないかとか、親に申し訳ないと思わないのか、とか、
まあ色々意見はあると思うのだけど、日頃わりかし側にいる私は、思う。

なんで、そんなに色々言われなあかんねや。と。

確かに色々面倒くさくて、だったらなんで最初から大学なんて来たんだよ、
と言われるかもしれないけど、入った当時は反論するなんて出来なかった
んだろうと思う。それまで、一生懸命だった両親に、色々思うところが
あったんだろう。けど、きっと親元を離れている間に、彼は彼なりに考えて
やっぱりここにそんなに大きな意味や価値を見出す事が出来なかったんだろう
と思う。それは、全然悪い事じゃないじゃないか。18歳なんてそんなもんだろ。
18の時に出来なかったことを、彼は大学に所属してた4年間で知ったのだ。

大体なんで、好き好んで気分の悪い事やらなきゃなんないのか?
無理してこのままだらだら大学生やってても、しょーもないし、それどころか
生きてくのに重荷にしかならないんだろうし。…だいたい、やりたくも無い事
を無理やりに続けさせても、本人には苦痛でしかないんだから仕様が無い。

学歴社会。確かにそうだね。当然、それを持たない人は、他に学歴に見合うだけの
何か、他よりも特出したものを持ってなきゃ光るものもないだろう。けどさ、
いいじゃん。されど学歴、けど、たかが大学じゃん。入りたくなったら、
学歴欲しくなったら、また入りゃいいんだからな。こんなもん。別に、人生
無駄なしでストレートで、トントン拍子に事が進んだからといって、なにか
得する訳でもなし。やりたくなった時にやればいい。だって、男だしさ。

きっと、学生じゃなくなって、いろんな不自由さも解るだろうし、そして
自由さも得るだろうし。リスクは覚悟でやるなら、それも良かろう。
私は、彼の両親でも兄弟でも何でもないので、自由気ままに、かつ、勝手に、
個人的に、彼を応援してあげようと思うのだ。それがさ、恋人なら恋人の、
友達なら友達の役割なんじゃないかなぁって、私は思うんだよね。

人生なんて人によって違うし、その価値なんて主観によってどうとでもなる
もんじゃないか。人生そのものに対する考え方にさ、そりゃ甘い、だの、辛い
だの言われたところで、じゃあ、あんたはそれを体験して「知って」て言ってん
の?と言えば、ただの聞いた話だったり受け売りの価値観だったりするじゃない。

それもまた一興だけれども、自身によって、甘いとか辛いとか、味わってみる
のもまた一興。そういう意味で、自分に対して全くバカなくらい正直者で
いたがる彼に、私はなんだかLOVEなのだ。だから、頑張って欲しいと思うし、
そのためだったら私だって頑張っちゃうのだ。

彼に対して、私はいつでも、「勝手にしろや」と言う感じでいたいと
思っている。決して「それはダメ」なんてダサいこと言わない女になりたい。
なぜなら、彼が私にそう言うことを一切強要しないからだ。だから格好イイ
という訳でもないが、それは私に一番心地いいのだからそれもまた仕方が無い。

まあとにかく、何はともあれ、今日は卒業式なのだ。
いろいろなことが、しがらみが、事切れてくれるのが一番嬉しい。



2002年03月24日(日) 彼と彼の彼女

ちらりと、前の彼に聞いた。その彼が今付き合ってる彼女、
私のこのHPのコラムを読んで、彼と喧嘩しちゃったらしい。
それで困ってると、彼が言った。

そ、そ、そんなこと言われても…。少し困る。

私はいつでも、思ったことを書いているだけだし、事実に即した事柄
を主観的に私が思うようにそのまま書いただけなんだし、
それは私のせいなんだろうか?と。

私と彼の間にあったことは、あくまでも私と彼の間にあったことであって、
彼と今の彼の彼女との間には何も関係無いことではないのだろうか?
だから、そんなことで喧嘩しちゃったり、しないで欲しいなぁと思う。
同じように、私と今の私の恋人との間に、彼のことは関係ないしね。

それまで、どれだけの人と付き合ってきたかなんて、誰かと付き合う
時には何の意味も無い事だと思う。恋愛の経験値なんて、相手が
変わればまた最初からはじめなきゃいけないものだから、それまでの
恋のノウハウが通じるなんて思わないほうが幸せだ。いつだってそうだ。

今になって、彼の事は好きだったけど、恋人だとは思わない。
だから、安心して恋愛して欲しいんだよね。その彼女にも。
今さらね、昔好きだった人に不幸になって欲しいだなんて思うほど、
私の中の彼は大きくないんだよ。今まで付き合ってきた人はみんなそうだ。
恋人じゃなくなって、特別じゃなくなって、そのうえで、残ってる他の
繋がりや、感情なんかで関係が消えないことはあるけれど、それはいつだって
恋や愛じゃないわけだから。

出来れば、皆に幸せになって欲しい。恋愛なんかで、人は個人的な幸せを
手に出来るなんて私は思わない。人は、個人がそれぞれ幸せな状態にひとりで
なる事が出来なかったら、二人でくっ付いてたって、幸せとは限らない。
だから、そんなことで喧嘩なんてしないほうが良いんだよ。

もっと幸せに。なって欲しいと思います。



2002年03月21日(木) 過去の男

昨日、前に付き合ってた人と会った。私の、過去の男。
嫌いで別れた訳じゃないけど、もう2度と付き合いたくない人。
彼が悪い訳じゃないけど、あんな思いはもうゴメン。

けれど、顔を見て隣りに座ったら、昔好きだったときの気持が
また少しだけ戻って、やっぱり完全に嫌いにはなれないことを知った。

私は、どんなに辛い思いをしても、やっぱりとても好きだった人だから、
その人を心の底から嫌いになれない性質なのだ。弱い心。それでも、
決してもう一度好きになったりはしないのだけど。

過去の恋人は、みんなそうして私の前で笑うけど、恋人で無くなった
人の涙はきっともう二度と見ることはない。…当然、私も、恋人の
前以外では、そんな涙は流さないから、彼らは私の笑った顔しか
見ないのでしょう。

過去の人とは、もう、そんな関係でしかない。それしか、残って
居る訳もなくて。私も彼も、待つ人の居る場所へ帰る。その顔のままで。



2002年03月20日(水) すきなもの

「すきなもの」というものがある。
そしてそれは、更に私の好きな他のものから
影響を受けていることも、それはそれでよくある。
結局、すきなものというのは、性質的にとてもよく似た
「多くのもの」ということなんだろう。それか、性質的に
よく似た「大きなひとつきりのもの」なんだろう。

すきなものは、たくさんある。いい所がたくさん見つかる。
けれど、それを自分に投影させるのならば、すきなものの
いい所は、必ず一度、全部分解して自分の中で消化して、
それからまた再構築する作業を怠ってはならない。

そうしないと、私は誰かのコピーになってしまうのだ。
誰かのコピーなら、私はもう、必要ないのでしょう?

それはとてもとても怖いこと。

すきなものはたくさんあるけど、それに溺れる自分にならない
ように、いつも気をつけなければいけない。

自分の中で。他人の中で。



2002年03月19日(火) 物に囲まれた生活

物を溜め込むのは東から北にかけての地方の文化的特色。
それは知っている。けれど。…物に囲まれた生活は、実は
不便で、かえって貧乏染みてるから、私は嫌い。

本当の豊かさは、不必要なものをすべて排除した所に
あると思っているから。だから、この家は好きじゃない。
母が物を次から次へと溜め込んで行くから。

必要な物は、本当はとても少ないのに、なぜそれに気付かないで
居られるのかしら。私は、安物買いの銭失いというのも嫌い。
結局いらないものを増やしても、ずっと使えない。その時だけの
満足感は得られても、それは永続しないから。使わないものばかり
集めても、最後にはごみになるのだ。全て。

物が増えて、ごみが増えて、自由と快適を失って、それで
得るものはなんだろう。…なんだろう?解らないのに、人は
買いつづける、作りつづける、増やしつづける。何故。何故。

きっとそのうち、人も使い捨てになるのかしら。そう思うと
少し怖い。



2002年03月18日(月) 私はあなたの此処が好き

先日、また彼を怒らせた。いや、よくしてしまうのだ、私は。
そして、ごめんなさいと謝ったけれど、彼はそのまま背中を向けて
眠ってしまった。

翌朝、「おはよう」と挨拶をした後「昨日はごめんね。」
そう謝ったら、彼、「なんのこと?忘れちゃった、僕。」と言って
にっこり笑った。私は、嬉しくて言葉をなくして、そのまま
少し笑い返した。

私、あなたのそう言うところがとても好きだわ。

いつも、そう。大きく心が揺さぶられるときって、彼がきっと
男でも女でも同じように感じるんだろう。

いつも一番強く心に浮かぶのは「こいつ、いいやつだな。」という言葉。
私にとっての恋愛感情って、意外とこういう事なのかも知れない。
私はあなたの此処が好きだ。



2002年03月16日(土) Repeat after…

出来るだけ、思ったことは直ぐに言うように心がけている。
そのうち上手に伝えようなんて思っているうちに、気持は
はかなく、消えて無くなるからだ。

「ああ、今、こんな気持。」

伝えようとすると、その気持を先に察したように、
君が僕の心を繰り返して、言う。ああ、今、こんな気持。

それが悔しいと、そう言おうとすると、君はまた僕の気持を
繰り返して喋る。悔しい?と。

そんなとき、僕は一番果報者。



2002年03月13日(水) 余白

日記を読む。
文章を読む。
そこに、余白がある。

一行、二行、三行。

その余白に、書き手は何を想うのだろう。
読み手は何を、思うのだろう。

その空白にこそ、人の思考すべき主たる部分は
詰め込んである気がする。

一行、二行。

改行する度、見えないものが重なる気持。



2002年03月11日(月) 好きという言葉で

好きな人がいる。

恋愛と言う意味の中で好きな人。
尊敬と言う意味の中で好きな人。
憧れと言う意味の中で好きな人。

色々、いる。

けれど、どんな「好き」も全て同一でなく、

そしてどんな「好き」も、結局言葉で表現できない気持で、

いつもそれがとても困って、わざわざ国文学まで専攻していた私にも、

結局何も出来ないことを思い知らされて、愕然とする。


ただ、好きなだけだ。

見返りも期待もなにもなく、ただ相手に伝えるだけなのに、

実はとんでもなく難しいこと。


口を開けば良くないイメージの言葉ばかり飛び出て、マイナス方向。

もっとうまく、もっとちゃんと伝えられたら。

そういつも思う。強く思う。好きな人の前では。



2002年03月10日(日) 辛い時の思い出ほど。

今日は大学を休学していた時にやってたイタリア料理店の厨房の
バイトをしていた時の同僚の子にあった。ひとりは年下の女の子で、
正社員。もうひとりは同じ位の男の子で同じバイト君。

私は朝9時半に店に来て、ひとりで鍵を開けてカードを押して、
ソースの仕込みから簡単な料理の仕込みを始める。…一段落する11時ごろに
社員は出勤し、11時に店がオープンするのだ。…男の子の方にはバイトの
仕込を教えてもらったり、休日の二人出勤の時にお世話になったし、
女の子の方は、彼女は社員だから仕事は少し違うんだけど、料理長の目を
盗んで生クリームを舐めたり、デザートを盗み食いする共犯者になったり
して、いろいろやったりしてた。厨房では、ホールの接客の仕事と比べると
きつい事も多いし、料理長はよく怒るし。ホント辛い。私は仕事もトロいのでよく
叱られたのを思い出す。…料理の仕方にも色々性格が出ると、私は思う。

料理長は調理も仕込みも接客も、速くて機敏で正確。私の憧れだった。
女の子の方は気分で仕事を進めるのにそつなく丁寧で迅速。さすが専門行ってる
だけある。おまけに可愛い。めっちゃ好み。
男の子は雑だけど仕事がすごく速い。口も速いが手も速い。好奇心旺盛。

私は。…仕事はトロいし不器用でどじなのでよく怒られたけど、厨房の
同僚はいつも庇ってくれて、そのうちよく助けてくれたのがこの二人なのだ。
今日は偶然ふたりに会った。…このバイト、キツイ事多くて、しかも復学するので
午前中の仕事が出来なくなったとたんにクビになっちゃったんだけど、
(午前の仕込をする人が欲しかったし、午後番はすでに大勢いたので。…あと、
私はトロくて“使えない”からなんだろうな〜。自覚してたから仕方ない。)
2年くらい前のことだったのに私のことを覚えててくれててすごく嬉しかった。

就職活動しながら、ずっと辛かった事を思い出したりしてて、そんな時
いつもこのバイトのこと、思い出してた。…ピザ生地が膨らまなくて
泣きながら作り直しさせられたこと、一日2升のライスコロッケを作って手首が
腱鞘炎になったこと、ピザ用のオーブンで左手首を焼いちゃったこと、
料理長にぼろくそに言われて泣きながらソースの仕込をしたりしたこと。
あとにも先にも、泣きながら仕事したのってこれくらいだろうな。…。
泣いててもソースは作んなきゃいけないし、客は待っててくれんからね。

でもね、今日このふたりに会って思ったんだけど、辛い時の思い出ほどちゃんと
記憶に残っていて、そういう時に側に居てくれた人ってやっぱりちゃんと
忘れないで居てくれるんだなぁってなー。久しぶりに会ったのに前と全然かわらず
あだ名で呼んでくれてホントに嬉しかったのよ。私、仕事は全然出来なかった
けど、全然いい加減な気持で仕事してなかったから、それをちゃんと解って
くれてて、じんとしたさ。今日は。

やってた時には何も考えてなくて、ただ毎日のノルマをこなすのが精一杯だった
けど、終わってみると思い出がたくさんあって、こういうのっていいなと思う。
やや月並みだけど、辛い時の思い出ほど自分を支える記憶になる事が多いから、
やっぱりこれからも辛い事在っても頑張ろうって思えるのだ。人の支えの中で
生きている限りはね。



2002年03月09日(土) 透明度

人に会うと色々触発される。

普段人嫌いであまり人とは必要に迫られない限り接しない方なんだけど、
そのくせ私は人一倍人の事を気にしながら生きているので
本当はたくさんの人と話したくていつもうずうずしているのだ。

今日は私がとても好きな人たちに会った。どの人もそれぞれの個性があって、
それぞれの生き方をしていて、それがとても素敵だと思う。
相手を尊敬できないと、私の場合、ほとんど人間関係が成立しない。

だけど、一度好きになると、ホントにトコトンのめり込む。頑張る人が好きだ。
好き嫌いはかなりはっきりしてるから、好きなら好き。好きじゃないものには
興味も無いという性格なのだ。こういうの、悪いところでもあるんだけど。

ずっと自分ひとりで居ると、どんどん人が嫌いになって行く。人が許せない。
けど、こうしてたまに私が好きな人に会って話せると、それだけで
人ってまだまだ捨てたもんじゃないな、と思える。もっと、話したくなる。
好きになりたいと思ってくる。そして、今日、好きな人たちの共通点に
ふと気付いた。それは、どの人も心の透明度がすごく高いということだ。

みんな自分のことに自然に一生懸命で、土を足で踏みしめてるのに
なんでそんなにまっすぐで奇麗なんだろうと思う。まるで茶色の透明な瞳みたい。

きれいな人にたくさん会うと、その度自分がひとりよがって濁ってたことに
気付かされる。だから、人と会うのはやめられない。



2002年03月05日(火) 聞く

「ツライ コイヲ しているのですか?」


そう聞く人は、悲しみを知っている人。

辛い恋をしてしまった人。


そして 今は安穏の 人。



2002年03月04日(月) 約束

この世に絶対などという言葉はない。

少なくとも人が人である限り、その絶対性は常に50%でしかない。


もし、あなたを一生愛すと言っても、嘘になる可能性が高い。

もしも一生側にいるといっても、うたかたの恋など、と言うかも知れない。


だから、愛してると言ってもらっても、心のどこかで信じちゃいけないと

思う気持ちが生れてくる。愛していると言っても、どこかで信じてもらえない

という自信が生まれる。けれど、それでいいのだと思う。


信じて泣くのは好きだけど、心のどこかでやっぱりね、と私は思うからだ。

だって、泣くのは楽しいでしょう?傷心に浸るのは楽しいでしょう?

傷ついたフリは得意でしょう?それが女というものだからだ。


もし、あなたが約束を交わしても、心に基づく約束など、ただの気休めにしか

ならないのに。どうして言葉で確かめ合わなきゃ、不安なのだろう。


言葉による不確かなものなど。


…それを確かめるよりは、今側にいる人を抱きしめる方が私はいい。

もしかして明日死んじゃうかもしれないのに、そんな事をためらってて

何になるというのだろう。言葉による永遠の約束より、私は、今此処に居る

自分自身をさえ愛してくれたら、それでもう満足なのだ。


そしてただ、それが続けばいいと願っている。  それだけ。



2002年03月02日(土) 青空

ああ、今日は突き抜けるような青空。

奇麗奇麗。でも目に痛い。

空の色は海の色。

大気圏に反射する、深い深い蒼。

焼けるような夕暮れは、堕ちる陽色。

紅い紅い月の色。


山際には紅い月。

頭上には蒼い月。


垂れた電線の向うには、欠けた猫目の二日月。


夜は満ちる。朝も満ちる。

毎日は、それを繰り返して、同じ軌道を周る。

寿命は砂時計。

恋も砂時計。

欠けると満ちるを繰り返す消耗体。



2002年03月01日(金) 手に手を

手に手を重ねると、優しい気持ち。

両手に両手を重ねると、

今此処に無い幸せがゆっくり体に滲む。


私の手に あなたの手を。

あなたの手には 私の手を。


それは体に染み込む水のように。


手に手を重ねて。


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