JERRY BEANS!!

2001年06月28日(木) 誰かを憎む事

誰かを殺したいほど憎く思った事、ありますか?
私はあります。考えただけで腹が立って、ハラワタ煮えくり返る
くらい憎く思うこと。…私が天涯孤独で、誰にも迷惑がかからない
なら、きっと包丁でずたずたにしてやるか、最強に陰湿な方法で
その人の幸せをひとつずつ消し去って、奪い取って、貶めてやりたいと
願うくらい。それを、誰にも止めて欲しくないと思うくらいに、憎いと
思った事が、ある。

だけど、そうして悩んでみても、苦悩するのは自分だけで
何の解決にもならない事を私は知っているから。人の倫理として、
「そう言うこと」は出来ないのであって、私にそんな勇気もなくて
それが許され無い事であることも、それをしたところで私の心の
闇ですら消えないことも、知っているから。

まるで怒りにまかせて割った皿の破片を、一人で片付ける時のような
痛切なる空しさが、きっと心に湧いて止まらないでしょう事も。

…そう言うことを考えると、人を憎む事や、その原因などきれいさっぱり
忘れてしまえばいいのかも知れないけれど。

マイナスの感情をいつまでも覚えている事が、解決にならない事を
知っていても、私が忘れたら、一体誰が覚えていてくれるのだろうと
思うと、果たして忘れる事が全てなのかと、考え込んで、やはり
動けなくなってしまう。弱いのか、強いのか。

誰かを憎んでも、はたして、しかるべき報復をしたとしても、
時は戻らないし悲しみも消えないのに、どうしてこんなに辛い感情が
湧いて出てきて止まらないのですか?

悲しいプログラムに憑り付かれて、離れられない悲しい気持ち。
普段は忘れているのに、ふとした事でその時の記憶が戻って、とたんに
気持ちが悪くなってしまう。人は忘れていけるから生きていけるのだと、
昔誰だったか、偉い人は言ったけれど、だとしたら私はもう生きては
いけないのかも知れないと思ったりもする。事実って、そんなに簡単には
消えないもの。だけど、死にたくないから、必死で忘れる努力をしようと、
昨日思った。

フリでもいいから、忘れよう。
もしもこの思いを引きずっていても、何も明るい光が射さないのなら、
忘れた方が良いんだよね?そう言ってくれた人が、いる。
その人のために忘れる努力をしようと思う。

不幸せよりも、幸せを。時が経てばきっと思い出に変わるでしょうから。



2001年06月25日(月) アンドロギュノス

誰かと私の人生は、ベクトルが同じであっても、
同一になることは絶対に、無い。

それは、家族だろうと恋人だろうと、旦那だろうと
そうだと思う。私は私。他人は他人。この間には溝がある。

この一線を踏み越えた時、人はダメになって行くのだと思う。
その溝の名は、『依存』と『妥協』と『惰性』である。

考えるのがメンドクサイ時がある。
人に流されれば楽な事もある。

だけど、NOとYESはしっかり言える自分でなくちゃ。
そう、言い聞かせている。

…彼が私を置いてパチンコに行ったら、それはそれで淋しい。
だけど、私だって私のやりたいことを邪魔されたくないから、
淋しいけど、OK。

私を全部、理解して、私の考えてる事が見透かすように、解ったら、
そこに恋はなくなるのでしょう。それが私にとって一番の悲しみ。

だから、時々行方不明になるから、私を必死で探して下さい。

私はバカのひとつ覚えみたいにあなたの人生にくっついて居たくは無い。

男と女は、昔ひとつの同じ生き物だったんだとか。
もしもその時“人間”が、「男」と「女」に分かれてなかったら、
今、出会って重なり合っても、何の感動も感覚も、満たされずに
居るのだろう。

誰かと触れ合って、摩擦で熱を感じたり、見詰め合ったりしたいのは、
そうして半身を確かめ合ってるからなのかな。

私たちは女と男だから、一緒になっちゃダメなんだ。
同じになっちゃダメなんだ。
それは、プライベートな部分。…それが一緒になっちゃったら、もうあなたと
居る意味はほとんど無いに等しい。

そうならないように、必死で逃げよう。抵抗しよう。

私があなたにならないように。あなたが私にならないように。



2001年06月23日(土) 誰かのせいに

何でもかんでも。
誰かのせいにしないように。
そう心がけて生きてるつもりだけど、
必ず何かを人のせいにする人というのが必ずいる。

自分の人生が上手く行かない事。
自分の日常が退屈でつまらない事。
自分の生活が上向きでない事。

他人のせいにして、自分には言い分けですか?

あれのせい、これのせい。
あの人がこう言うから。彼にこう言われるから。
親がこう言うから。都合が悪いから。運が悪いから。

何でも、そう。人のせいにすれば傷つかない。
けれど、そう言う人ほど、“本当の事”を言われると
傷ついたり人を逆恨みしたりするもので。

自分の未来くらい自分で責任もたなくちゃ、どうやって
生きていけばいいの?

誰のせいでもなくて、そういう人生を送っているのは
他でもない自分自身の、日々積み重ねた怠慢のせいでしょう?

そう言う人。私は嫌いです。

自分だって、少しでも気を抜いたらそう言う人になってしまうから。
誰もがそういう自分と背中合わせで生きてる中で、成功した人が
運だけでそれを手にしたなんて、思えるわけないし、思いたくもない。

世の中はそういう「不公平さ」で回っているものなのに、
それに気付かないふりをして、自分だけ守ろうだなんて、ムシのいい話。

そうして自分の姿に背中を向けてる人には、一生光は当たらないと、
私は思う。苦しい時ほど回りをみて、そう言うときほど努力する
人間でいたいと、思って生きていたい。



2001年06月20日(水) 眠れない夜に

眠れない夜に、布団の上で煙草を吸う。
隣には、私が愛する男。私を、愛する男。

綺麗な寝顔で寝息を立てる。
髪を梳いて、おでこを撫でる。少し、反応。
タオルケットをかけ直して、再び彼は眠りに入る。

煙草の煙を、見る。テレビのブラウン管に映る、
私と彼が、まるで小さな箱の中にいるようで、不思議。
白い壁を見る。

壁の向う。窓の向う。小さな箱の中の二人。
ああ、ビジュアル的にも、いい感じ。
暖かい手に少し、触れる。

時々びくっと痙攣する。
じーっと見る。すると、時々目を少し開けて、なんだー?と
一言話して、眠る。起きてるのかも解らないけど、
顔が少し綻ぶ。

もう一本、煙草を吸ったら、コーヒーを飲もう。
勿論電気は消したままで。彼の顔見ながらもう少し起きていよう。
掌を私の頬に当てて、起きるところを想像しよう。

そしたら煙草に火をつけて、そろそろ煙草辞めようかなぁ、とか
つぶやいてみようかな。さあボケろ!さあ突っ込め!とか。

朝に目が覚めたら、とりあえずおはようのキスして、笑おう。



2001年06月18日(月) 耳鳴り

気圧が急変すると耳鳴りがする。

耳鳴り。トンネルに入った時のように
圧力の変化で鼓膜が圧迫されて痛い。

同じ事が、一緒にいる人に移るとなんだか

親近感。

あくびも移る。でも、幸せな事が移るなら、
もっと素敵。…どうせなら幸せをあなたに。

嫌な耳鳴りは消えてなくなるといい。



2001年06月13日(水) 私を置いて行かないで

置いて行かれるのは、嫌い。

眠る時に、いつもそう思っていた。

父は眠ったまま、心臓が止まって、そのまま帰らぬ人となった。
それ以来、誰かと眠る時、夜中に目が覚めたら、その人が生きているか
どうか、必ず確認してしまう。眠るのが怖くなった。ぞっとした。
全身が凍った。おでこから血の気が引いて、焦燥にかられる。
くらくらする。指先が震える。

誰かを好きになって、その人が隣で、寝ている間に死んだらどうしよう。
…もう、置いて行かれるのは嫌。

もしも私を好きなら、そのまま一緒に連れて行って。

そう願いたい。息を確認する。心臓の音を確かめる。

そうして、少しだけ安心して、眠る。





2001年06月12日(火) 焦燥

私は、中学校の頃、自分はもう死んでもいいな、と思っていた。
くだらない事なんだけど、もう、生きてても面白い事はそうそう
無いのだろう、と、察して、何もかもを解った気になって、
この世を儚んでいた。

今になって考えるけれど、小学校高学年〜中学、高校くらいって、
きっと誰もが一度はそう考えるのでは無いだろうか。

“死にたい”なんて、考えるのは何故だろう。

もう面白い事は無い。だけど、死ぬのは怖いから死ねない。
そう思ううちに大人になって、人生に対する焦燥感も薄れていく。

勿論大人になっても辛い事は無くならないし、寧ろ悩む事だって
多くなるけど、それでも、来週のサンデーとマガジンは読んでから
死にたい、とか、来月封切りの映画を観てからでも遅くは無い、
とか、せめて○○をやってから死のう。とか思っているうちに

“何、いつでも死ねるんだ、別に今日じゃなくても良かろう”と
思う気持ちが大きくなって、どうでも良くなってくるのである。

…最も、私は大切な人を既に死別で亡くしているので、残される
人の事を考えたら自殺なんてとても出来ない。私は私だけの
物だけれども、誰かを困らせる為に死ぬのは、ゴメンだ。だから、
どんなに辛くても、天寿を全うするまで自分では死なない。

後に残る人の涙は、死んだ人には解らないから。
誰が一番悲しいかって、それは残された人だからだ。
ずっと、そう思って生きていかなければならないなんて、
そっちの方が辛すぎる。死ぬのは簡単だ。だから生きていよう。
生きるほうが辛いんだよ。人は。



2001年06月11日(月) 私に出来る事

私は無力。

誰かの為に出来る事は何も、無い。
人に対して出来る事は、何一つ持ち合わせていない。

だけど、こんな私にも出来る事というのがいくつかはあって、
それは、私に側に居て欲しいと願う人の側にいて
その人の横で眠る事だったり、ただ掌で頬を撫でる事だったり、
食後に一杯のお茶を飲む事だったり、とにかく結構、
誰にでも出来る事だったりする。

だけど、それを私がする事で、幸せを感じてくれる人がいる。
私がいるだけで、安心すると言ってくれる人がいる。

恋人もそうだけど、それは、小さな妹や、繊細な兄だったり、
弱い母親だったり、そういう、人たち。大事な人。

案外人一人に出来る事なんて、本当にちっぽけな事で、
意外と人の為にしようと思うことは、人にとって余計なお世話だったりも
するので、私は人に対して特別何かを働きかけたり、しない事にしている。

それは、誰かに不安を吐露したところで、現状は変わらないからだ。
本質的な悩みや不安は、自分の中で消化する意外に解決の術はない。
私にも、あなたにも、それは聞いてあげることしか出来ないでしょう?

だから大きな事を言わない。
出来ない目標は掲げない。

ただ、ここに居て、自分を好きになれるように努力してみる。
そうしたら、きっと誰かの事を、もっと好きになれるからだ。
もっともっと、人を好きになって、誰かを、人を信用したい。

そう思って、今日を生きる。



2001年06月10日(日)

心もあるけど、それだけでは相手には伝わらない。

だから私は、確かめる。言葉を使って、確かめる。

だけど不安で、

手を繋いで、指を絡める。

今、ここにある私の心が、この指先から滲み出ると良い。
今思う心が、掌から、伝わると良い。

そう願って、体を擦る。

指や、頬。額。髪。足。腕。背中。…どこでもいい。

私には、この躰しかない。伝える術も、これしか知らない。
だから余計にもどかしい。そしてそれが、好きって事なのか。

よく解らないけど、不思議な感じ。
そして、馬鹿な、私。



2001年06月08日(金) 闇雲に健全

体を動かして、とにかくがむしゃらに汗をかく。
野球、サッカー、マラソン、水泳。なんだっていいけど、
とにかくやたらと健全に汗を流すと、頭の中にあった
メンドクサイ感情や難しい事がすっかり消え去ってしまうから
不思議だ。これこそスポーツのなせる業だと、そう思う。

バカみたいに動いて、馬鹿みたいに、なりふり構わず動いて
汗を流す。…すると、頭の中が真っ白になって、嫌な事も
忘れてしまう。そんなことはどうでも良くなって行く。

だから、嫌な事があると、私は走る。ジョギング程度だけど、
とにかく走る。…そんで、泳ぐ。ずーーーーっと、泳ぐ。

無駄に痩せた体は、冬の間に付いた脂肪を燃やして
私をスッキリさせる。…もうかれこれ6キロ落ちた。

ぽっこり出てたお腹もそれなりに引っ込んで、顎についてたお肉も
とれてスッキリだ。…だけど、何の役にも立たない。

現状は変わらず、だ。

私を撫でる手の優しさも変わらないし、相変わらず笑わない
あの人も、変わらず。

何をしてるんだか解らなくなった私は、また、走って、泳ぐ。



2001年06月07日(木) 形状記憶×××

やっぱりそうなのかなぁ、と思う今日この頃。
何か解った人は、いちいち解答しないように。(笑)



2001年06月04日(月)

誰かが泣く時、それが、私の為だった時、
そしてそれが、同情ではない時、私は嬉しくて、哀しくなる。

私のことを愛してくれる“彼”は、私の目を見て、
「哀しそうな目をしないで」と、涙を流す。

どうして彼が泣くのだろう、と、不思議に思うものの、
それが何故かとても嬉しくて、優しくて、哀しくなる。

彼は言う。

私に何があってもいい。過去にも未来にも、今、他の人の事を
考えていても、それでもいいから、哀しい目をしないで。と。

私は、この人に何一つ出来ないけど、それでも彼は、泣くのを止めない。

ただ、泣けてくる。

それが痛々しくて、私は笑う。彼が泣き止むように。
涙が止まるように。



2001年06月03日(日) 警笛

カンカンカンカン…

踏み切りの警笛が聞こえる。

それは、何かに悩んでいる時だったり、何かを辛いと感じている時。
人ごみに埋もれて、波に飲まれているときは、聞こえない。

日の当たらない涼しい部屋の中で、昨日湿った布団の上に
大の字に寝転がる。腕を伸ばして、深呼吸して、
喉が渇いたら水を飲んで。…目を閉じると、聞こえる音。

頭の中に踏み切りが見える。そこを、通るのは、一体何だ?

自分は踏み切りのこちら側にいて、向うへ渡りはしないのだが、
いつも、何故か踏み切りを見ていて、警笛を聞いているのである。

何の為に?

解らないけど、何かがここを通るらしい。それを見詰めないと
不安になるのだろうか。確認したい。でも、見たくない。

そう思って、目を開ける。私は、現実に返る。



2001年06月01日(金) 脳みそのレシピ

頭の中身がぐちゃぐちゃで、何がしたいか良く解らない。
お腹が空いたような気がしたり、でも、何も食べたくなかったり。

たくさんの事があって、自分の今歩いている道が、正しいのかも、
どこへ続いているのかも、どこに向かって歩いているのかも
解らなくなってきた気がする。

ただ、この道を歩いている。ただ、本当にそれだけの事実が
足を伝って感じるだけで、何もしない、何も考えない、何もない。
そんな自分が、ふらふらと生きているだけ。

頭に、言葉も浮かばない。それは日記を書いてて痛切に感じる。
言葉を使って、胸の中身を、心の動きを、脳みその感情を、
表現する能力が、急激に低下している。

言葉が心に響かない。
鐘を鳴らすように、水辺を伝うように、光が通るように、
何事も、反射しない、呼応しない、連鎖しない。

それなのに、今日の夕食の味噌汁の具は何にしようかとか、
煮物の味付けは砂糖にしようか、出汁を使うかとか…そんな
どうでもいい、くだらない事だけが頭を回る。

馬鹿馬鹿しい。くだらない。哀しいテレビが側頭部を締め付けている。


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