心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」

たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ過去へ未来へ


2005年03月31日(木) ドライドランクな日常

1月半ばから休職して、1月・2月は病状が好転の兆しを見せなかったのですが、「そのうち良くなるさ」とまあ半分開き直っていました。3月に入って、花粉症の人には申し訳ないけれど、暖かくなったせいか、なんとなく「やる気」が出てきました。
ニュース検索のスクリプトをいじったりし始めたのもこの頃です。
いろんなことがやりたくなって、「これは4月には復職できるかも」なんて自分で勝手にスケジュールをたてたりしていました。

でも、子供が春休みになったあたりから事態は暗転を始めます。医者とも「波はあるから焦らないで」と話し合っていました。

ことの起こりは兄からの電話でした。彼は僕が昨年まで勤めていた会社のお客さんとの間に入った商社に勤めています。その顧客の一社がまた同じような機械を大量に入れたいので、仕入れ先を探してほしいと言い出したのです。でも、僕のいた会社は倒産してしまったし、今は休職中とはいえ別の会社の社員なので、そのもうけ話に乗ってあげることができません。
「だから、代わりの会社を探してくれ、頼む」
身内でなかったら、こんなわがままな話はすぐに断るところですが、僕も婚家を追い出されたら実家を頼らざるを得ない身の上です。

明け方に寝たばかりなのに、10時前に電話でたたき起こされた僕は、極端に不機嫌でしたが、妻がそこへ「せっかく起きたのなら、片づけと掃除がしたいから、どいてくれ」というので、僕は布団をたたみパソコン部屋に移動して、毛布にくるまってまた寝たのでありました。

起きてみるとすでに午後3時でありました。
「昼飯はどうなったんだ! どうしてそのときに起こしてくれなかったんだ」と、僕は腹を立てて妻を責めたのですが、相手の返事は「私だってお昼も食べずに、一生懸命片づけをしていたので、私はふらふらなのよ」というものでした。
この「昼飯抜きで、一生懸命で、ふらふら」という主張に、僕はむかっ腹がたってしまいました。

オークションの発送のために郵便局に寄る用があったので、食事もせずにでかけ、よせばいいのについでにディジタルカメラで撮った写真のプリントに写真屋に寄りました。ぐっすり寝ているところをたたき起こされた上に、「一生懸命」の人のせいで空腹でクラクラの僕は、すっかり恨みの虜になっていました。

そしてすっかり「仕事モード」になって電話をかけ続け、なんとか仕事の引き受け手を見つけた時にはすっかり夕方になっていました。「一生懸命」がんばっていた妻は、体がだるくて辛いと言っていましたが、「俺もハンガーノックで倒れそう」と言って、家事の手伝いを放棄した結果、「どうして男も女も辛い時に、女だけが家事をしないといけないの」と恨み言を言われる羽目になりましたが、黙ってそれを聞き逃すしかありませんでした。

「一生懸命」の人は、いつも一生懸命になった翌日そうなるように、翌日は倒れて寝ていました。毎度同じことが繰り返されることに、またむかっ腹がたったものの、しかたないので子供たちのために昼食を作り、夜のことはジジババに頼んでAAミーティングに出かけました。

ミーティングで司会を頼まれてしているときに携帯電話が鳴ったので、出てみると一生懸命の人が「体中が痛くてたまらない、すぐに帰ってこい」という用件でした。ミーティングを最後まで済ませ、それから兄にあって仕事の件をすませ、買い物をして帰ると10時過ぎでありました。

「昼飯抜きで一生懸命になるから、結果としてそうなるんだ。いつも同じじゃないか、反省しろ!」と言ってみたものの、相手は反省する様子も謝る様子もありませんでした。熱を測ってみると38度あったので、風邪だろうということで風邪薬を飲んで寝て貰いました。

僕ももうなんだか疲れ果ててしまったので、寝ることし、その前にちょっとだけDVDでも見ようとテレビのリモコンを探したのですが、みつかりません。「一生懸命片づけて、なんでテレビのリモコンも見つからないぐらい散らかっているんだ」と思うとなんだかやりきれません。意地になって40分ぐらい探し続けていたら、妻が起きてきてすぐにみつけました。

なんだか興奮して眠れないので、コンビニに食べ物を買いに行ってきて、冷蔵庫に買ったアイスクリームを無理矢理つっこもうとしたら、冷凍シャケの袋が破れてしまいました。ラップでくるんで入れようとするものの、今度はラップがみつかりません。悪態を付いて探し続けた結果、また妻が起きてきて処理してくれました。

「いつも一生懸命になってそして倒れているおまえは、気が狂っているよ」と言ってみたものの、気が狂っているのは自分のような気がしてきました。酒を飲んでやろうかと思ったものの、ソブラエティがもったいなくて、実行する気になれませんでした。いっそ死んでしまおうかとも思いましたが、親が自殺した子供の自助グループの話が思い出されて、それもかないませんでした。

風邪を引いた妻の世話は放棄して、一日寝ていました。それでも、夜になって自分が風呂に入るついでに、子供も風呂に入れてやる役回りは避けられませんでした。洗ってやるのに、自分の体がだるくてきつかったです。

世の中は灰色なのだ。白や黒に決着をつけようとするから苦しくなる。妻も反省している(白)でもないだろうし、していない(黒)でもないだろう。自分のやっていることも、良いこと(白)でもなければ、悪いこと(黒)でもないだろう。そう思うと少し楽になりました。

娘に「ひげを剃っていない」と怒られたので、ひげそり・歯磨き・緑内障薬の点眼と、自分の体のケアをすると、すこし気分が良くなってきました。

いま、子供たちを寝かしつけて、そしてこれを書いているところです。確かに飲んでいない時間は長くなっても、回復なんかしていないです。回復していないから、AAにつながっているのです。「アルコール依存症からの回復者」なんて言葉だけは使えないと思うこのごろです。


2005年03月30日(水) PDF化

「心の家路」を始めた頃(というか今でも)、新聞の切り抜きというのがコンテンツの大きな柱になっています。昨年から新聞を取らなくなってしまったので、今後新しい記事が触れることはあんまりないとは思いますが・・・。
(でも依存症関係の重要な記事は、コンビニで新聞を買ってきてでも続けたいような気もします)。

で、せっかくだからその記事をプリンターで印刷することができるようにする、ということを考えたわけです。Web上ではGIFファイルの低解像度で表示していますから、これをそのまま「印刷」しても、あまりきれいにはプリントされません。

いろいろ手段は考えたのですが、TIFF形式という画像フォーマットを使うことにしました(GIF画像をクリックすると、TIFFがダウンロードされるようになっています)。Windows標準付属のソフトだけでも、なんとか元の新聞と同じサイズにプリントできる形式というとTIFFぐらいしか思いつかなかったのです。

昨年末、祈りのファイルをPDF形式にしようと、1,980円のPDFファイル作成ソフトを買ってきました。こいつは、Wordからの変換なんかでは結構きれいな出力を出してくれるので、コストパーフォーマンスという点ではなかなか優れていました。
が・・・、新聞記事をPDFファイルにしようと、グラフィックの出力を出すと、どうも容量が大きくなりすぎたり、ジャギーが出たりと、今一歩でありました。

そんなとき、とあるブログで無料のPDF変換ソフトが紹介されていました。英語である点が難点ですが、それを乗り越えれば、なかなかきれいな出力をだしてくれます。

で、3月はいままで掲載した新聞記事を、TIFFからPDFに変更するという作業を、一日記事ひとつずつ地道にこなしてきました。今日ようやく、ギャンブル依存症関係の記事を変換し終わって、その作業が終わったところです。

「90の道具」も3分の1で止まってしまっているし、まだまだ載せたい記事はあるし、12ステップの祈りも載せたいし・・・・。アイデアはいっぱいあるんだけど、3月に上向いたうつが、最近またちょっと落ち込んでいるので、あまり期待しないで待っていてください。

ではでは。


2005年03月29日(火) 低調

仲間の1年のバースディミーティングで写真を撮りました。
こいつを引き延ばして、フレームに入れてプレゼントにするのです。
僕の使っているヒューレットパッカードのカラープリンタは、決して安物ではないものの、やっぱり写真を印刷すると、印画紙にはかないません。ちゃんとフォト用紙をつかって、印字も時間をかけてやったのに、結果は思わしくありません。

というわけで、近所の大きな写真屋さんに行きました。
パソコンの端末にメモリーカードをさして、これを何枚、これを何枚と指定するだけで、あとは伝票を持って待っているだけで、焼き上がりです。一枚三十数円。こんな低価格で店舗を維持していけるのでしょうか?
ディジカメからのプリントだと、六切りもわずか500円でした(フィルムから六切りにのばすと普通千数百円かかります)。この値段だったら、プレゼントは六切りにすればよかったと思いましたが、フォトフレームのほうを先に買ってあるので、それに合わせたサイズになってしまいました。

オークションの出品を続けているので、発送手段について調べています。郵便局のEXPACK500というのは、郵便受け投函ではなくて、手渡しなので、そこそこ重要な品を送るには安価な手段でよいかもしれません。

クロネコメール便というも、特別な手続きなしで送れるとは知りませんでした。コンビニで受け付けてくれるのは便利です。委員会の議事録を送るには郵便局より便利かもしれません。でも、本当は信書(つまり手紙類)を送っちゃいけないことになっているので、議事録を送るのは規約違反なんでしょうね。
セントラルオフィスから来る封書も、JSOから来る封書も、どちらもクロネコメール便なんだけど・・・。

最近レギュラーコーヒーや、濃いインスタントコーヒーを飲むと、気持ちが悪くなることがつづいています。飲んでいる薬と相性が悪いのかもしれません。ミーティングではなるべく薄いのを入れて飲むことにしています。


2005年03月27日(日) 「失踪日記」を読む

ネットオークションで落札されたレーザーディスクを発送しにいきました。
ついでに、BOX-916(AAの月刊誌)のバックナンバーをセントラルオフィスに送りました。これはオフィスから矯正施設委員会に送られ、刑務所で服役しているアルコホーリクにメッセージを運ぶのに使われるのだそうです。

なにもする気がおきないので、先日買った吾妻ひでおの『失踪日記』を読むことにしました。

中身は3部に分かれていて、1989年の失踪騒ぎ、1992年の失踪騒ぎ、1998年の精神病院への入院のみっつの話であります。

まさか吾妻ひでおのマンガでAAとか、ソブラエティとかいう単語が出てくる日が来るなんて思いもしませんでした。

失踪編は、過酷な体験がシュールな笑いに昇華されていて、ギャグ系マンガ家の本領発揮といったところであります。入院編は、アルコール治療プログラムのある精神病院に入院したことのある人なら、まあ「ありふれた体験」かなぁと思われます。その治療プログラムの一環として、彼は病院外部のAAミーティングへと行くのであります。

そこに描かれているAAミーティングの様子は、まさに「・・・・・」としかせりふでは表現できないような、ちょっと不気味で気持ち悪い感じであります。それを見て僕は、うんうん、わかるわかると頷いてしまいました。客観的に見れば、AAミーティングは「異様」な雰囲気を持っていると僕も思うのです。

入院編は(失踪編と比べて)なんだかうまく笑いに昇華できないなぁ、という気もしました。それがなぜなのかはわかりませんが。

本は退院する前に終わってしまいます。続きは続編だそうですので、それが出たらまた買うことにしましょう。奥付をみたら第2刷でした。amazon.co.jpでだいぶ待たされたので、「マイナーな出版社だからかな」とか思っていたのですが、増刷待ちだったとは。結構売れているのかもしれません。

掲示板でこの本のことを教えてくれた仲間に、感謝したいと思います。


2005年03月26日(土) 新顔登場

主のいないモルモットのケージを見るたびに淋しい思いをしていました。

だから、また新しいモルモットを買うと決めたのに、家族の反対はありませんでした。
というわけで、今日はホームセンターの一角にあるペットコーナーでモルモットの品定めをしていたのです。

犬は可愛い。できるならハスキー犬みたいな大型犬を飼ってみたいです。でも食費も大変でしょうし、散歩も大変でしょう。でも、犬の目を覗き込んでいると、何か深い思考をしていそうな気がして気になります。

猫も可愛い。だが、猫様の気まぐれにつきあうのは大変です。猫につきあうエネルギーがあったら、猫のような気まぐれな性格の女性とおつきあいする方にエネルギーを注いでみたいものです。

さて、そこには合計5匹のモルモットがいたのですが、どれも娘たちのお気に召しませんでした。

先日の診察の際、「モルモットが死んでしまったのです」という僕の話に対して、精神科医は「テンジクネズミですな」と答えました。「そう、たしか英名はギニアピッグとかいうんですよね」。「マーモットとは別なんですよ」。このように問答はしばしば診察の本質からそれてしまいます。おたがいに、こうしたくだらないトリビアをひけらかす相手がいないせいなのかもしれません。

さて、ホームセンターの中で途方に暮れた僕は、ふと思いついて携帯電話を取り出し、GPS測位を行い、近くにあるペットショップに片っ端から電話をかけました。ケータイにGPSが付いている意味がいままで分からなかったのですが、こんな場合には便利なものですね。僕も最近の若い連中みたいに携帯電話を使いこなしているじゃないか、と内心けっこう得意になっていました。
が・・、しかし結果は惨憺たるもので、10件以上電話をかけたのですが、「犬猫専門」「繁殖専門」「ペットの美容室」「ペット用品店」などなど、つれない返事ばかりでした。電話代もパケット代も無駄になったというわけです。

しかたないので、ホームセンターの別店舗まで高速道路で移動して、そこで購入しました。2500円でありました。

最近ネットオークションにいくつか品を出品しています。1月に休職してから、ずっと不要品をオークションで処分することを「やろうやろう」と思っていたのでしたが、うつのせいで行動に移せずにいました。やっとそういう面倒ごとを片づける根気も出てきました。
仕事にいつ復帰できるかわかりませんが、うつは良くなってきているようです。


2005年03月25日(金) 10年いろいろ

昨日次女が卒園式を迎えたということは、これからしばらくは、二人の娘が一日中家にいるということであります。
昨夜、というよりはもう今朝でありました。僕はなかなか眠ない頭で考えていました。

「もう外は明るくなってきてしまった。これからもし眠れたとしても、あと2〜3時間すると娘たちがおきだして騒ぎ出すだろう。そうすれば、ゆっくり寝ることもかなわない」

そこで、僕は布団をたたんで押し入れにしまうと、毛布だけをもってパソコンの稼働している部屋に移動しました。
座布団とクッションの上で寝るのは、体がどうも休まりませんが、家族の騒音にじゃまされずにぐっすりと寝ることができました。そして、もうそろそろ昼かなと思って起き出してみると、すでに午後3時半なのでありました。

実は昨日ミーティングから帰ってくる時に、車のヘッドライトが切れてしまったのです。右側が(スモールも一緒に)切れたのが1月でした。3月には左側が切れるとは・・・品質管理が良いんだか悪いんだか。そういうわけで、僕はあわててディーラーに向かったのでありました。
先日スモールランプを交換しに来た時は、ほとんど客はいませんでした。あのときは雨でしたから、出足が悪いのかもしれません。今日は天気が良かったせいか、ディーラーはすこし混み合っていて、ランプの交換作業もちょっと待たされました。
その間に読んでいたのが、長野県内の日帰り温泉案内です。
ディジカメを持っていて便利だなと思うのは、こうして読んでいる本のページを、いきなりマクロモードで撮影して持って帰ることができることです。これを書店の店頭でやると「ディジタル万引き」などと呼ばれて問題になるのですが、こうした場所なら問題ないでしょう。
コピーを取ってもらう必要もないし、メモ書きの必要もありません。実に手軽だし、後でいらないと思えば削除すればいいだけです。

IP電話のアダプタの不良交換の話しを先日書きましたが、以前の症状がまた発生してしまいました。こうなるとルーターとの相性を疑ってみないといけません。安物のルーターを購入して交換してみることにしました。

家族は僕が朝からAAの用事で不在だったと信じていたようです。まさかパソコンの部屋で寝ているとは思っても見なかったようで、「仕事だと朝から出かけられないのに、AAだと出かけられるなんて勝手な人だと思っていた」そうであります。
まったくの誤解であります。

さて、ホームページの最下段に新しいアクセスカウンターを設置したのが昨年の3月20日でありました。さきほど見てみましたら、カウンターの数字は3万ほどになっていました。この一年間でのべ3万人の方が「心の家路」を訪れてくださったということであります。ありがたいことであります。
日別アクセス数のグラフをみますと、「溺れる人」の放映のあった翌日にアクセスがどんと増えていることがわかります。テレビの力とはすごいものですね。
(そういえば以前、ラーメン屋をやっている仲間が「テレビでラーメンを取り上げた番組をやると、その日は店が混む」と言っていました)。

いろいろ書くついでに、もうひとつ。
1995年3月26日。つまり10年前の3月の第4日曜日。
僕が生まれて初めてAAミーティングに出席した日であります。

「あなたが、いてくれたから・・・」


2005年03月24日(木) 新会場

新しくできたAAミーティング会場へ行ってきました。
案内地図を書くためであります。

最近はCD-ROMの地図が発売されていたり、Mapfan.netなどのオンライン地図サービスもあるので、実際現地に行ったことのない地図を書くこともあるのですが、やっぱり現場主義でないと、現実から乖離した地図になりかねません。道の太さとか、一方通行とか、そういうのは行ってみないとわかりません。

明るいうちに行くつもりだったのに、昼寝をして起きたら午後5時でした。おまけに3月下旬だというのに雪まで降ってきてしまいました。こんなときは裏道を知っていて良かったなと思うものであります。

おかげでミーティングの45分前についたので、こっくぼーいで夕食を取ることにしました。ダイエットすると決意したばっかりなのに、ハンバーグ和風セットを頼んでしまいました。おまけに、ビタミンC不足になるといけないからと、イタリアンブラッドオレンジジュースも頼んでしまいました。収入もない身だというのに、僕はいったい何をやっているのでしょうか。

でも、コックボーイの入り口にこの町の案内図が置かれていたので、その後の調査にはとっても役に立ちました。だから体重の増加と、財布の中身の現象には意味があったということにしておきましょう。

会場はなんと仲間の住居でありました。おそらくアメリカでAAが始まった頃には、こうしたハウスパーティ形式(?)のミーティングが主流だったのでしょう。けれど、僕が仲間を自分の家に呼ぶことは、将来もまあたぶんないだろうと思います。

そういえば今日は次女の卒園式でありました。

本日の走行距離:110Km。有料道路往復1000円。


2005年03月23日(水) 痩せたい

水曜日は医師の診察と、ホームグループのミーティングの日であります。

医師「どのぐらい太ったんだっけ?」
僕「昨年の11月から2ヶ月で10キロ太りました」

まあ、これは科学的事実を述べているだけなので、それほど心には響きません。

さて、話しはかなり回りくどくなります。
以前、駅前留学で有名な英会話教室に通っていた時のこと、Instructor が、
"You have to remember ten or twenty instructors, but we have to remember thousands of students." と言って、生徒の顔を覚えていないエクスキューズをしていたことがありました。

で、僕も同じ場所でAAをやっていると、thousands of alcoholics に出会うことになるわけです。だから、僕が久しぶりに会った相手のことを忘れていたとしても、どうか僕のことを責めないでいただきたいのであります。

AAミーティングや病院内でのミーティングでは、出席証明にはんこをつくという作業があります。これはAAが義務としてやっているわけではなくて、ボランティアの一環であります。ま、意味はともかく、僕は要求されれば積極的にはんこをついてあげるタイプの人間であります。

以前は「柊」というはんこをわざわざ用意するという周到なことをしていたのですが、ニックネームを一時期本名にした時に、はんこも本名の名字のやつに変えました。その後ニックネームを元に戻しても、はんこはそのまま本名のを使い続けております。

今日のミーティングでも求められてはんこをついたのでしたが、そのはんこの名字をみて「あら、○○さんですか? 気がつきませんでした。変わっちゃって」と言われました。僕はその理由に思い当たったので、

「ええ、10キロほど太りましたからね」

と(おそらくは陰鬱な表情で)答えたのでありました。

これが相手が女性でなかったら、さして気にならなかったのかもしれません。おまけに、ミーティングの後で寄った実家で母に「俺、そんなに太ったかな」と愚かに尋ねて、その答えが「あごのあたりが特にな」でなければ、そんな出来事はスルーしてしまったのかもしれません。

とりあえず決めたこと。

・夜食のカップラーメンは、多少コストが高くても低カロリータイプにする。
・あんこやチョコのものは食べずに我慢する。
・毎晩寝る前に腕立て伏せをする。


2005年03月22日(火) 些事いろいろ

午前中にamazon.co.jpから小包が届いていました。掲示板のほうで紹介していただいた、あじましでおの『失踪日記』であります。
残念ながら今は読んでいる気力はありません。

80年代には、吾妻ひでおとか、フィリップ・K・ディックとかは僕の大のお気に入りでありました。ディックは日本語に訳されたものは(アマチュアが訳したものも含めて)9割以上は読んでいるはずです。生涯名声と富を求めながら、それを得ることなく死んだディック。薬物は使っていないと明言しながら、どうみても薬物中毒としか思えなかったディック。
それだけに、映画『ブレードランナー』の完成を待たずに死んでしまったのが、あまりに不憫に感じられました。それにその映画がハリウッド的商業主義的ハッピーエンドに変えられてしまっている切なさも味わったものでした。その後は『トータル・リコール』『マイノリティー・リポート』と有名作が続いたのでした。

しかしもはや僕はSF者ではないし、本棚に並んでいるのはティプトリー・ジュニアだけであります。

昼飯がカップラーメンだったことに腹を立てて、一万円札を握りしめて外出しました。春休みの長女もついてきました。

最初は、NTT。エリアプラスとスーパーケンタくんを解約して、イチリッツ1を契約しました。最近のNTT地域会社の割引サービスは、よく読まないとどれが得なのかさっぱりわかりません。

次は、ペッパーランチで食事。一番安いメニューを子供とシェアしました。そんでもって、10枚500円のDVD-Rを買いました。

一月に車のヘッドライトとスモールランプが切れまして、ヘッドライトはすぐに交換したのですが、スモールランプのほうはたまたまディーラーに在庫がなかったおかげで、メーカーから取り寄せになりました。「一月末までには交換に行きますよ」とディーラーに約束したっきり、そのままほったらかしで、本日やっとディーラーを訪れることができました。
メカニックの方に「やっときたかー」と言われてしまいました。
なぜか無料でありました。保証修理でもないでしょうに。

眼科へ行って、緑内障の処方箋をもらいました。先延ばしにしていた視野検査の予約も取らされました。

帰宅して、モルモットを家族全員で雨の中埋葬。

ネットオークションにいくつか出品しました。これも1月からペンディングになっていたことです。捨ててしまえば、すぐに部屋が広くなるのに、わずかな金銭のために部屋の狭さを我慢する生活も、少しは改善されそうです。

技術書はネットオークションで売っても大した金にならないので、はじめてamazon.co.jpの古書のコーナーに出品してみました。はたしてどうなることやら。

もう明日は水曜日。医者へ行く日であり、ホームグループのAAミーティングの日であります。なんて一週間の経つのが早いのでしょうか。


2005年03月21日(月) モルモットの死

実家の母がお彼岸には子供を連れて遊びに来い、是非にでも来いと言うし、子供たちは行くのを楽しみにしているしで、計画を中止にはしづらかったので、体調は良くなかったものの1泊二日で親子3人帰省をしてきました。

地元の大学(いわゆる駅弁大学というやつだ)一本槍で受験した甥が、まあ一浪は確定だろうと周囲全員が覚悟していたのに、後期日程で合格通知がもらえたという良いニュースがありました。

帰る日の夕方までいて、お風呂に入って夕食も食べてくるというのが、僕の子連れ帰省のパターンであります。だから、帰ってきた頃はもう子供はすぐに寝ていい時間でありました。

実家からノートパソコンとPHSで自宅へダイアルアップして、サーバーに接続しようとしたのですが、うまくいきませんでした。ルーターの設定がおかしいのだろうと、深夜になるまで、自宅から自宅へダイアルアップして実験をしておりました。

作業も一段落して、トイレに行った後、ふとモルモットのゲージを見ると、「ハムちゃん」が横に寝そべっています。まるで夏の暑くてうだっているときに、すのこの上に寝そべっているかのような姿勢であり、寒い季節にそんな姿勢をすることはありません。
そういえば、1月あたりから鼻水を垂らしていたりしたこともあり、ホッカイロで暖房をいれたり、新聞紙を入れてやったりしたものでした。そのおかげか最近は具合が良くなって、鼻水もなく、息がヒューヒュー言うこともなくなっていました。
「また具合でも悪くなったかな」と触ってみたら、すでに硬く冷たくなっていました。

あわてて妻を起こして、ここ一両日モルモットの具合はどうだったのか聞いてみると、「元気だったと思うけど」というような曖昧な返事でありました。調べてみると、水をやるウォーターボトルの出口が詰まって水が出ない状態でした。こうなることはたまにあって、「喉が渇いたよ」とケージをガジガジとかむので様子を見てあげるのですが・・騒ぐこともなかったと言うし・・・。
子供があげのでしょう、ニンジンが一口もかじられずに置かれたままであります。乾き死になのかどうかはわかりません。

ネコほど知能は高くないけれど、ハムスターよりはよほど知恵があって、なかなか楽しいヤツでした。

いまGoogleで調べてみたら、モルモットの寿命は3〜5年とか、4〜6年とか書いてありました。そうすると寿命だったのかなぁ。あんまり老年期にさしかかっていたようには思えませんでしたが・・・。

僕が大学に受かって上京する前日に、車に轢かれて死んだ飼い猫のことを思い出しました。今僕の心の中には、立花ハジメの「会うは別れのハジメなり」という曲が流れています。


2005年03月19日(土) 予備校(充電池)

何年前であったか、いわゆるホームセンターという店(アメリカではDIYショップとでも言うのでしょうか)で乾電池の充電キットを見つけました。
これは専用充電池を使うタイプではなく、普通に売っているアルカリ乾電池を再度充電するというタイプです。
当時僕の家では乾電池の消費量がかなり多かったのです。理由は子供のおもちゃであります。どうして子供のおもちゃは電池を使うものが多いのでありましょうか? そして、子供は電池の切れたおもちゃには関心を持ってくれないものでありました。
よほど専用乾電池とバッテリーチャージャーのセットになったものを買おうかと思ったものでしたが、数千円という値段に気圧されて、買いませんでした。

しかし、アルカリ乾電池が再充電できるというのは朗報でありました。その機械は値段も千数百円と安かったので、買って帰って使ってみました。マンガン乾電池はまったく充電できないのですが、アルカリ乾電池は数時間で充電終了します。コツは乾電池を完全に使い切らないうちに再充電することであります。同じ電池を10回も再充電すると、メモリー効果でもあるのか、容量が少なくなってきて使い物にならなくなります。何回充電したか電池にマーカーで線を引いて記録したりなんかして・・・。

欠点としては、充電した電池を使わないでおくと、液漏れを起こして粉を吹いてしまい、残量がなくなってしまうことです。かといって未充電の電池を放っておくと、完全に放電してしまって、再充電できなくなります。
つまり、このアルカリ乾電池のリサイクルは、電池をコンスタントに消費している状態でないと維持できないわけであります。

もう子供も電動のおもちゃで遊ぶ年齢ではなくなってきた(かつ、まだポータブルゲーム機を買い与えてはいない)ので、中古の電池のストックも充電器もゴミとして捨てられることになったのでありました。


2005年03月18日(金) 最近の出来事を網羅的に

僕の部屋に電話工事が来ることになって、あわてて掃除などをしました。
「僕の部屋」という名前の、パソコン部屋兼家族の物置には、親族以外は電話工事の人しか入ったことがありません。例外は、長野にオリンピックが来る時に英語でAA会場案内図を作るために打ち合わせに仲間が訪れたこと(ほんとに英語を話す人が来たんだよね、あのときは)と、その次の年のラウンドアップの打ち合わせをAAメンバーとした、この2件だけであります。
そのように他人が来ることを前提にしていない部屋なので、すごい散らかりようなのであります。

電話の工事は、実際にはインターネット接続の光ファイバーを100Mbps共有から1ギガ共有へと品目変更をするための配線替えであります。今までだって十分高速回線だったんだから、それ以上にする必要なんてないだろう・・・などと言うと「必要ないからやらないだぁ? をたくの風上にも置けない奴」となじられてしまうので、必要なくても高速化したのであります。まったくオタッキーの世界も大変であります。
これを申し込んだのは、まだうつで休職するなんて考えもしなかった12月でした。それっきり忘れていたのですが、2月になって正式の申し込み確認が来た時に、工事の人が部屋にやってくると思っただけでうんざりと思い、断ろうと思ったのですが、工事費がタダ同然とう勧誘に負けてしまいました。

そんなわけで、今週の木曜日が工事日でありました。前日の水曜日はとても頭が痛かったのですが、がまんしながら部屋の中にとっちらかった段ボール箱をつぶしたり、パソコンソフトの箱を捨てたり、本を売って間が開いた本棚に書類を詰め込んだりしてから、やっとAAミーティングに行ったのでした。

木曜日の工事なんて、実際には1時間ぐらいで済んでしまったし、僕はただ部屋の隅っこで待っていただけなので疲れる要素はないのですが、終わってみると、ここ2〜3日「自分としては久しぶりにがんばった」結果、どど〜っと疲れが出てしまって、精神的にうすらぼんやりした状態になってしまいました。

自分ではうつもだいぶ状態が良くなってきたつもりでいたのですが、医者に言わせれば「やっとすこし上り坂になってきたってところですかね」とたしなめられてしまう程度のものであります。考えてみれば、抗うつ薬を限界量ぐらいまで飲んで、やっとこの生活を維持しているわけですから・・・。

木曜の夜には、なんか頭の真ん中に鈍い固まりがあるような感じで落ち込んでいました。そんなんでも助かっていたのは、この6日間のうち(委員会やメッセージも含めて)5日はAAメンバーと顔を合わせていたからでしょう。偉大な力は仲間を通して僕に働きかけているのは疑いのないところであります。

今日は昼に起きて、何をしようか考えたのでしたが、「まず自分のやりたいことをしよう」と思い、雑記&NEWSのニュース検索のスクリプトの修正を一日かけてやっていました。プログラミングの軽いリハビリと自分に言い聞かせながら・・・。

朝日新聞のサイトがリニューアルしたので、検索する側も対応しないといけません。これは「他人のふんどし 検索にも対応しました。朝日・読売・毎日・日経・Yahooニュース以外のサイトも表示されるようになりました。どうしても同じ内容の記事があちこちの新聞で重複することになります。なるべく重複ははじくようにしていますが・・・。ビジー・ジョエルの入院記事でいっぱいになってしまいました。

「ウィーンは君を待っている」と教えてくれたのは、ビリー・ジョエルあんたじゃないか。長い人生何ヶ月かのんびりしたって大丈夫だよん。やりたいことをやらなくては、ウィーン(人生の終着駅)はすぐにやってきてしまうんだから。

まあ、やりたいことを見つけることが先決だったりするんだけどね。


2005年03月15日(火) 古本を売る

結婚した時に、僕は婿入りであったので、本を大量に持ち込むのはまずいと思い、たった数冊の本を携えてきただけでありました。それが今では本棚二つにスチールラックひとつ、あとカラーボックスふたつに増殖しています。
最近ではそれに入り切らなくなったので、床に平積みになっている本がだいぶありました。
木曜日には光ファイバーの工事がある予定なので、いくらなんでも散らかりすぎているのはまずいのであります。

しかたないので、B○○K ○FFに本を売るべく持って行きました。
紙袋みっつに本を詰め込んで持って行きましたが、買い取り値は1700円あまりでした。持って行った本の4割ぐらいには値が付かない状態であります。値段の安さにがっくりしないように、いつも自分に「ここに本を売りに来たのではない、捨てに来たのだ。金銭はその行動に対するお駄賃である」と言い聞かせることを忘れません。
売れなかった本は儀礼的に「持って帰りますか?」と聞かれるのですが、持って帰って他の古本屋に持ち込んだことはありません。その中には、クラウディア・ブラックのACの本や、『Itと呼ばれた子』などの読みかけの本もあったのですが、すっぱり諦めないと収拾がつきません。

査定の間に本棚を眺めていたら、『ちょこッとSister』を見つけたので、1・2巻を買って帰りました。
小さい頃にサンタさんに妹をお願いしたら、思春期になって「妹」がプレゼントとして届けられて・・・という荒唐無稽な設定であり、なおかつかわいい妹と二人暮らしという話でありながら、ストーリィがエロに走らず、という馬の背中に乗っているような微妙なバランスのマンガであります。

レンタルショップで『紅の豚』『海かきこえる』『少林サッカー』を借りて帰りました。これを選ぶのに1時間も立ちつくしてしまいました。多少は運動になったことでしょうか。


2005年03月13日(日) 自己責任

病院メッセージに遅刻してしまいました。
理由は道が通行止めになっていたからです。

ウソです。すみません。

途中で「ラーメンぐらい食べていく時間があるだろう」とたかをくくってパーキングエリアに入り、なおかつそこで「お、ソースカツ丼がうまそうだな」と選択を変更してしまい、おまけに店のおばちゃんに、「揚げるのに5分以上かかるけどいいかい?」と聞かれて、文句を言い返せなかったのです。
病院メッセージは仲間がちゃんと司会・進行をしてくれていました。

ひさしぶりにスポンサーに会いました。
相変わらず病気が出ているそうで、この前会った時はベンツに乗っていたのに、今回は軽自動車になっていました。この車で最後にするといういいわけはもう言われませんでした。
一時期太ってしまったそうで、10キログラム以上痩せたそうです。
おもわず「どうやって?」と聞いたところ、「一日2食にして運動するんだ」というしごくまっとうな答えでがっかりしてしまいました。(ああ僕も「楽して痩せたい」人間の仲間入りをしてしまったわけです、いつのまにか)。

終わったあと少しAAの仲間と話をしました。
AAに限らずに、心の問題は結局のところ「自己責任」なんだということです。
そりゃアルコール依存症になったのは、遺伝とか環境とか運が悪かったとかあるかもしれませんが、それを解決する責任は自分自身にあるわけです。
対人関係だとか、仕事のことで悩んでいる人も、自分の問題(自家製の問題)としてとらえることのできない人は、結局は問題を乗り越えられないんだという話でした。
「誰かが何とかしてくれる」のをただ待っているだけだったり、自分以外の「誰それが悪い」と嘆いているだけでは、乗り越えるエネルギーは生まれてこないのです。

そういえば、何年か前に主治医に「21世紀は自己責任の時代ですよ」と言われたのですが、こういうような意味だったのかもしれません。


2005年03月12日(土) WHEN A MAN LOVES A WOMAN

ようやく『男が女を愛する時』を見ました(DVDで)。
寝る前にちょっとさわりだけ見ようとしたのですが、引き込まれてしまって、結局夜更かし&寝不足ということになってしまいました。

アンディ・ガルシア演じる夫のでるミーティングは Al-Anon となっていて、「献金で運営されているので・・・」という言葉と共に袋が回っていきます。メグ・ライアン演ずる妻のほうのでるのは meeting となっていて、はっきりAAという言葉は出てきません。このミーティングが、字幕では「セラピー」「治療」「断酒の会」というふうに様々言葉で訳されていました。まあ、かの国でのAAのマーケットシェアは現在4割だという話でありますが・・・。

酒を止めた妻は、すっかり断酒仲間と仲が良くなってしまって、旦那がそれに焼きもちを焼いて・・・、というのはどこでも変わらぬパターンなのでありましょうか。

男は女を深く深く愛していたのであるが、その愛では彼女の依存問題を救うことはできないのでありました。言ってしまえば、ただそれだけのストーリィであるのですが、最後はすがすがしい終わり方であります。

物語のあちこちにちりばめられたのは「謝罪」であります。夫が妻に、妻が夫に、そして子供に・・・。それはパイロットというスペシャリストな職業に就いている白人の夫が、ろくに英語もしゃべれないようなコミュニティにいる中国人のベビーシッターの小娘に頭を下げに行くシーンに象徴されているのかもしれません。

日本にアル中が230万人というのは、アルコール消費量から計算式で推算した数字であります。同じ式をアメリカに適用すると、アメリカのアル中人口は3000万人になるのだとか。実に人口の1割が依存症という国のストーリィであります。

夜は地区委員会に出席。明日は雪が降るのだとか。病院メッセージだというのに。夜更かししないで早く寝る「努力をしよう」っと。


2005年03月10日(木) ハンダ付け

ヘッドセットを使って音声入力をしようとしたら、マイクからパソコンに音が入りません。
いろいろ調べた結果、パソコンの中でマイク信号を回す配線が切れているのに気がつきました。ハンダ付けで直すことにしました。

ハンダごてとハンダは工具箱の中ですぐに見つかったのですが、熱くなった半田ごてをおいておく台と、部品を固定する万力がみつかりません。

そういえば昔はそんな台は持っていなくて、タバコを吸いながら灰皿を台代わりにして使っていたんだっけ・・・と探したら、冷蔵庫の上から灰皿が出てきました。

タバコを吸わなくなってもう何年も経つのに、年に何回かやっているハンダ付けのための万力が見つからないのはなぜでしょう・・・。

結局本棚の奥の方から、半田ごて台と万力は無事発掘されました。

ハンダ付けはすっかり下手になっていましたが、マイクは無事使えるようになりました。


2005年03月09日(水) 飲酒運転

郊外の居酒屋に広大(?)な駐車場が完備されていたりする土地柄であります。
AAミーティングからの帰りに車を運転していると、どうも前を走っている車が飲酒運転なのではないか、というような気がするときがときおりあります。
そりゃ僕も飲酒運転の経験がないこともないこともないこともないわけですが、見ていて気が気でない感じであります。

まず車線内を右へ行ったり左へ行ったりふらふらとし、場合によってはセンターラインをはみ出していたりします。妙に速くなったかと思うと、こんどはずいぶんゆっくりになってみたり・・・。一つ前の車との車間距離も縮まったり開いたりであります。

居酒屋に言わせれば、駐車場は運転者本人のためのものではなく、運転して帰るのは酒を飲まない同乗者であり、はたまた世の中には運転代行業者というのもあるので、必ずしも運転者に酒を飲ませる利便を図っているわけではないんだよ、ということになるんだそうであります。

そうは言っても、忘年会なんかの会場となった居酒屋には、会社から乗り合わせていくんだけれど、散会後に会社から自宅へ帰る車は、各自自分の車を運転して帰るのがさも当然という世の中であったりするわけです。

僕は飲まないともう皆がわかっているので、慎重派の方々からは「自宅まで送ってくれ」と頼まれることにはもうなれてしまいました。

さて、飲酒運転(?)でふらふら走っている車の話に戻るわけですが、そうした車のあとをついて行くと、どうしても苛々してしまうのですが、ここで無理に追い抜いたりして、あとで追突されたりするのもかなわないので、しかたなく車間距離を十分にとって、おとなしく後ろをついて行くぐらいしか策がないのであります。


2005年03月08日(火) 住所録

お正月にパソコンで管理している住所録のデータが吹っ飛んでしまいました。
僕は紙の住所録というのを使っていないので、パソコン上のPIM(個人情報管理)ソフトのデータが壊れてしまうと、電話一つかけるにも、メール一つ書くにしても、名刺やらメモ書きが乱雑につっこんである箱をひっかきまわす羽目になるわけです。

データのサルベージ作業などという面倒なことをする気にもなれずにいたのですが、ここ2〜3日やっとそれにぼちぼち取り組んで、ようやく住所録が元に戻りました。いただいた年賀はがきには住所変更のお知らせが書いてある人も何人かいたので、それも反映されました。

話は変わって、『世界の中心で愛を叫ぶ』の映画DVDをやっと見ました。レンタルで借りてきたのはずいぶん前なのですが、ダビングしておいたまま見る気になれずに放っておいてしまいました。DVDの便利なところは、字幕表示ができることです。
日本映画なんだから字幕なんかいらないだろうとおっしゃられるかもしれません。でも、最近の映画はなんだか声がぼそぼそ言うばかりで聞き取りにくいものが増えた気がしませんか? いや単に僕が年を取って耳が悪くなってきているせいかもしれませんが。
ともかく僕は日本語の音声に日本語の字幕をつけてDVDを見る習慣があるわけです。

原作を読んでいたので話の筋は分かっていたのですが、それにしてもストーリーが冗長すぎてつまりませんでした。高校時代のきらめくような純愛がこの話のメインテーマで、そのほかのものは枝葉にすぎないわけであります。大人になった主人公の現在の婚約者であるとか、思い出の残るカセットテープというガジェットだとか、そういった枝葉が茂りすぎて、原作では読んでいてこっちがはずかしくなるようなクサい恋愛話という太い幹が、隠れて見えなくなってしまっているような気がしました。


2005年03月07日(月) 減免?

地区委員会のために借りている市の公民館から、来年度の利用料の減免申請書を出せと言う手紙がやって参りました。毎年3月の恒例行事であります。

公民館というのは税金で建てられた公共の施設でありますから、誰にだって無料で使わせてもいいのでしょうが、そうすると「無料なら」という理由で大して公益性のない目的に使う輩が押し寄せることになりかねません。そこで利用料というのを徴収することにして、敷居を高くしているわけでありましょう。
しかし、公共性のある催しであるならば、その利用料というのをまけてあげたり、あるいは無料にしてあげてもいいよ、というのが「利用料の減免処置」であります。

AAにどれだけ公益性があるのかの問題は、この際脇に置くとして、公民館などを定期的に使っている団体は、たいていこの減免処置というのを受けてほぼ無料で使っているわけです。

しかし、AAには伝統7というのがあって、「外部からの寄付は辞退する」ということになっています。一応利用料金が定められているものを、無料で使わせてもらっているということは、その料金ぶんを「寄付してもらっている」(AA流の用語で言えば献金してもらっている)ということにならないのだろうか、という問題提起がありました。

以前にBOX-916(AAの機関誌)にアメリカでの事例が紹介されていて、たとえほとんどの団体が無料で使わせてもらっている会場であっても、名目上の利用料があるならばAAはそれを支払うものだとされていました。利用料を受け取ってもらえない教会などへは、椅子や机などの備品を寄付することで利用料の支払いに代えているという例も紹介されました。

一方で、AAが何かのイベントのためにホテルを借りるような場合に、他の団体が通例受けるような割引を受けることは伝統7には違反しないという話もありました。

まあ、とりあえず地区委員会の財政はつつましく貧しくやっているので、会場費用がかからないということは大助かりであります。断酒会さんと同じように暖房費も減免してもらっています。

僕の顔を出しているグループの会場には、会場費を払っているところもあれば、減免を受けているところもあります。

結局のところ、グループの良心に任せられる問題だということなのでしょうか?


2005年03月05日(土) IP電話

IP電話というものを使っています。
ヤフーBBを契約している人は、IP電話のサービスも同時についてくるので、使っている人も多いのではないかと思います。

僕はNTTのフレッツの契約なので、IP電話の機器はNTTからレンタルして、サービス自体はインターネット接続プロバイダーから受けることになります。

IP電話を導入したのは去年の8月で、ある事情から電話番号がもう一つほしくなったというのが理由です。かといってNTTの固定電話を一本引くには(今はともかく、当時は)7万円もの負担金を支払う必要があったわけです。そこへ行くと、IP電話は特に申込料金も必要なく、050で始まる電話番号が付与してもらえるので、無難な選択であったわけです。

一般の固定電話へは全国どこへでも3分8円程度、携帯電話へも1分20円弱という料金的なメリットも魅力でありました(ちなみに、同じIP電話システムどうしだと通話無料)。NTTから借りたアダプタのレンタル料金は月額400円ほどですが、なぜだかプロバイダーが200円の割引をしてくれるので、実質的な基本料金の負担は200円ほどであります。

その後、その電話番号の必要はなくなってしまったのですが、解約するのが面倒なのでそのままにしてありました。

興味を失ったのにはもうひとつ理由があって、NTTから借りているアダプタの不調であります。セットアップして3日ぐらいすると、発呼も着呼もできなくなってしまいます。このときUPnPでつながれているルーターの通信ランプは激しく明滅して、負荷がかかっていることを予想させます。悪いことに、この状態になるとルーターに接続したPCのインターネット接続もできなくなってしまうということです。
これでは困るので、IP電話を使わないときはアダプタの電源を切っておくという対症療法で対応してきたのですが、これでは発信にしか使えないので、電話としてはあまり意味はありません。

今年の正月に暇があったので、NTTのメールアドレスに症状を訴えるメールを送っておいたら、ちゃんと返事が来ました。それにのっていた故障担当の電話番号に電話したところ、「アダプタの設定ミス」だの「一時的な回線不調」だの、いろいろと疑われたのですが、結局アダプタを交換してもらえることになりました。

以来2ヶ月ぐらい、まったくアダプタを交換したことは忘れていたのですが、実家に電話する用があったので、ひさしぶりにIP電話の受話器を取り上げてみたら無事に使えました。
やっぱりアダプタが不良品だったんじゃん。


2005年03月04日(金) ドラマを見る

だいぶ状態も良くなってきて、部屋の片づけなどもぼちぼちと始めたりしているのですが、「すこし調子がよいからといって飛ばしすぎないように」という医者の忠告を守って、自制を効かせるようにしています。

本も活字の本は気力がまだ続かないので、マンガを読んでいる程度です。

それよりも、レンタルビデオ屋で借りてきてダビングして、そのまま見ていないビデオを消化しております。僕のビデオの見方は、本の読み方と似ていて、途中でストーリーの展開について行けなくなったり、気力が萎えたりすると、そこで読むのをやめて(見るのをやめて)、ページを閉じてしまう(ビデオを止めてしまう)のです。そして、しばらく別のことをやって、また続きを読む(見る)という感じです。

だから、ケーブルテレビなどで放送されている映画なんかは(途中で止められないので)あまり見る気がしませんし、家族と一緒に見るということも(他の皆が嫌がるので)あまりしません。

最近お気に入りで見ているのが、「ビューティフルライフ〜ふたりでいた日々〜」であります。木村拓哉はドラマではパイロットになったり、アイスホッケー選手になったりと忙しいのですが、この番組では表参道にある美容院の美容師を演じています。対するヒロインは常盤貴子で、病気で下半身不随の車いすという設定であります。

常盤貴子は他のドラマでは、気の強い生意気な(とは言い過ぎか)役を演じていることが多かったような気がしているのですが、この番組での役どころは「意地っ張りながらかわいい女」であって、そこが見ていて好ましい感じであります。この人はあごの形がいいですな。

木村拓哉のタバコの吸い方がまた「カッコつけ」で、くわえタバコで話すところとか「おまえそんな吸い方じゃとっても煙いだろう」とか思ってしまったり、タバコの手の持ち方一つにしてもやっぱり「カッコつけかた」ってあるんだなぁと思ってみております。
僕の場合には、タバコも完全なる依存で吸っていたので、人からどう見られるかなんて気にする以前の話でした。


2005年03月03日(木) 「溺れる人」を見る

Windows Encoder 9がクソタコで、何回エンコードをかけても途中で止まってしまうので、ちっとも終わりゃしません。

ま、それはともかく、「溺れる人」をやっとみました。

やっぱ午後10時45分て「魔の時間帯」ですよね。11時になると自動販売機が酒を売らなくなってしまいます。酒を買いに行くべきか、行かざるべきか、悩みに悩んで、けっきょく財布を片手に出かけてしまう・・・。
僕はやらなかったけど、水洗トイレのタンクの中に酒を隠しておくのは定番だと仲間が言っていました。
重症のアル中でも幻聴幻覚を見るのは4割ぐらいにすぎないのだそうです。逆にそれほど進行していないアル中の人でも、幻聴を聞くこともあるわけであります。

で、感想ですが・・・。
妻がアルコール依存症になっても、あんなに献身的にしてくれる旦那がどれだけいるのでありましょうか? 「おまえの問題なんだから、おまえが自分で解決しろよ」という態度で逃げちゃう人のほうがずっと多いんじゃないんでしょうか。
たとえば妻が内臓疾患とかで2〜3ヶ月内科に入院することになったとして、主婦を失った家庭の夕食のおかずが毎日毎日コンビニのものであっても、「やむを得ない」として了解してくれる家族は多々あるに違いありません。でも、「酒の飲み過ぎ」が原因で精神病院に入院するのを「致し方ないこと」と納得してくれる人々はなかなか少なかったりするのが現実ではないでしょうか。

まあドラマは退院するところで終わってしまうわけですが、それは依存症の治療という観点から見ればほんの「序章の終わり」にすぎないです。「男が女を愛するとき」もまだ見ていないのですが、チャプターリストから推測すると酒が止まったところで映画が終わってしまっているみたいであります。小説の「今夜すべてのバーで」も同じであります。どのドラマも真のシナリオが始まる前にストーリィは終わりを迎えてしまっているわけでありますね。
「酒とバラの日々」は、まあ「解決方法が見つかったよ」というところで終わっているところが救いがあると言えなくもありませんが。


2005年03月02日(水) 例のドラマ?

例のドラマですが、まだ見ていません。パソコンにテレビチューナーボードが挿してあるので、ファイルに録画はしておきましたが、まだ見ているだけの余裕がありません。

ホームグループのミーティングへ。
AAグループを始めるときは、会場の準備も、コーヒーバスケットの用意も、司会も、会計係もぜんぶ限られた(ひとりとか)メンバーの手でやることになります。運が良ければ、そのうちにメンバーが集まってきて、そのうちの幾人かは会場の準備や後かたづけを手伝ってくれるようになるものです。しかし、司会であるとか、会場を予約する係(住所や名前が必要なことが多い)、会計係という役割は、あまり積極的に引き受けてもらえることはありません。
そういった役割につくと、毎回ミーティングに確実に来ることが必要になるわけで、束縛されることを好まないアルコホーリクには歓迎されないのでしょう。

ミーティングに通って来てくれている人に、グループの運営を手伝ってもらうよう、どうやって頼んだらいいのでしょうか。ある人に相談してみたところ、「今私がやっている役割を、将来あなたが手伝ってくれると、私はとてもうれしい」という言い方が良いと言われました。

2月にうつで入院になるかもしれないと医者に言われたときに、僕がいなくなってもミーティングが続いていってくれるように、「誰かやってくれないか」と相談したところ、チェアマンの役割はある男性メンバーが、コーヒーバスケットと会計係は女性のメンバーが引き受けてくれました。今日は2月の会計報告が行われていました。僕がやっていたころにはなかったことで、ずいぶんきちんとしたグループらしくなったものです。

今後のことはどうなっていくか分かりませんけれど、奉仕(サービス)をする者には、かならずぞれに見合った報いも分かち与えられることは、今までの経験上よくわかっていることです。みんな仕事の都合があったり、健康状態に変化があったりして、輪番制がベストとわかっていても、なかなか現実には輪番を維持するのは難しいことであります。

ミーティングのあと実家に寄ったのですが、母が昨日のあのドラマの話をしていました。撮影された場所は、ちょうど僕の住んでいる地方都市であるらしく、母の知っている風景もたくさん出てきたのだそうであります。そして母は、原作を書いた人もこの土地の人ではないかと勘違いしてしまったらしく、「おまえの知っている人ではないのか」と問いつめられてしまいました。


2005年03月01日(火) はたしてドラマは?

今時、自分の運転する自動車に自賠責しかかけていない人もいないとは思うのですが、あちこちの日記を読んでいると、もらい事故をした相手が任意保険に入っていなくて・・・という話を目にしたりします。

僕は自動車の任意保険は農協に入っています(つまり保険じゃなくて共済です)。理由は損害保険会社に比べて安いからであります。こう書くと、「どこの保険会社と比べても安いのか?」という質問を食らうことになるのですが、まあゴールド免許割引やら、ペーパードライバー割引やらの特殊な例を除けば、一般の損保よりは2割ぐらい安いのではないかという気はします。
もともとは農家の福利のための保険であるので、保険本業の会社と比べると、事故時の交渉力が弱いなどと噂されていますが、本当にそうかはわかりません。損保と比べて明確なデメリットは、修理の際の工場が農協の指定工場に限られるということです。市内に5〜6カ所あるその工場以外で修理して請求書を持ち込んだ場合に、支払ってもらえるのかどうかは、まだ試したことがないので不明であります。

さて、その自動車共済の更新の危険が近づいていたのですが、うつで昼間は寝伏せっている時期だったので、家の者に頼んで契約更新に行ってきてもらいました。そして先頃届いた契約書を見てみると「家族限定割引」の文字が書かれていました。
どうせ窓口で、「お得になりますよ」とか言われて、家族限定割引をつけてしまったのに違いありません。「家族限定」の契約の場合には、家族以外のものが運転していたときの事故には保険金は支払われないということになります。
まあ確かに普通に考えれば、自動車を家族以外のものが運転する機会などほとんどないのかもしれません。

ただ僕の場合には、遠くのAAのイベントにメンバー同士乗り合わせていくという可能性があります。その際に、自分以外の誰かに運転を代わってもらうこともあり得ることでしょう。まあ、現実には僕は最近遠くのAAイベントにはあまり行かないし、車内を禁煙にしてしまったおかげで乗りたがるメンバーが少なくて、そんな事象は滅多に発生しそうにありません。が、事故というのはそういうときに起きるとマーフィーの法則が教えてくれます。

農協に電話してみたら、4000円ほど追加で支払えば家族限定割引を解除してくれるというので、市内の農協の本庁まででかけてきました。

話は変わって、高速道路のサービスエリアで買い物をしているときの安心といえば、「そこで酒を売っていないことが確実」であることです。以前、とある政治家がサービスエリアでも酒を売ればいいと発言してひんしゅくを食らったことがありました。彼曰く、ドライバーが飲むんじゃなくて同乗者が飲むってことだってあるだろう、という理屈でしたが、もしサービスエリアで酒を売れば、長距離トラックドライバーの飲酒運転問題なんかがもっと酷くなるだけでありましょう。彼らの間にも隠れ依存症は多いのでしょうね。

夜11時過ぎから、サーチエンジンで「アルコール依存症」で検索して、こちらにたどり着く人がぐっと増えました。例のテレビドラマの影響でしょうか。パソコン操作しながら見ていたので、あまり真剣には見てませんでしたが、何年か前の昼の連続ドラマよりは真に迫っていた感じでしたね。とりあえず録画しておいたので、あとでゆっくり見ます。
それより先に、『男が女を愛するとき』のほうを先に見たいのですが・・・。


もくじ過去へ未来へ

by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


My追加