天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

インディアン・パンツ - 2004年11月20日(土)

ナターシャが歩いた。

昨日お昼休みに携帯をチェックしたら、デイビッドからメッセージが入ってた。
立ち上がることは出来ないけど、立たせてやると歩く。少し歩いてぺしゃっと座り込んでしまったらまた立ち上がれない。だけどそのたびに立たせてやりながら、公園を20分くらい歩いたって。それからごはんも食べるようになったって。信じられないくらい、前みたいにたくさん食べるって。

仕事が終わってからサルサのクラスに行って、それから6缶のサプルメントをナターシャに持ってった。朝うちにあった残りをバックパックに詰めて、ぎゅうぎゅう詰めの地下鉄の中多分人に嫌がられながら仕事に持っててたサプルメント。

デイビッドはバーリーのスープとバゲットとBBQサーモンと、アルグラとトマトとゴート・チーズのサラダを作って待ってくれてた。そんなことは珍しいからすごく嬉しかったのに、まだ止まらない咳が気になって、咳き込まないように咳き込まないように気をつけながら黙々食べた。「どうだった? おいしかった?」。食べ終えて食器をキッチンに運んでるときデイビッドが心配そうに聞くから可笑しかった。

ナターシャは赤い靴をひとつ失くしちゃった。残りのみっつをナターシャに履かせて、昨日お散歩に行ったっていう公園の小さな丘に3人で探しに行った。丘は枯れ葉に覆われてて、靴は見つかんなかった。ナターシャは、もう操り人形みたいじゃなく、しっかり地面を踏んで歩いた。

ナターシャは歩いた。

今朝はごはんもたくさん食べて、やっぱりひとりでは起き上がることが出来ないけど、一生懸命起き上がろうとした。お散歩のときはデイビッドを引っ張るくらいの勢いで歩いたし、おうちの中では前みたいにキッチンに立つわたしのそばをうろうろした。ときどきぺしゃっと座り込んでは立ち上がれなかったけど。

まだ生きたい。
デイビッドもナターシャがそう思ってることわかってる。
だから一緒に、もっとたくさん、出来るだけのこと全部やってあげる。
もういいよ、ってナターシャが訴える日まで。


わたしはデイビッドの仕事を少しお手伝いして、夕方からの教会のサンクスギビング・ダンス・パーティに行った。デイビッドは弟のダニエルと、お父さんのバースデーのお祝いに行った。

教会のダンス・パーティはバングラで、わたしはこのあいだ病院の近くの小さなインド服のお店で買ったかわいいインドのパンツを履いてった。紐でぐるぐる巻いて履くパンツはお手洗いのとき困ったけど、みんなにとっても褒めてもらっていい気分だった。クラリスは赤いチュニックのサリーを着て来てて、ものすごく可愛らしかった。わたしも欲しいなあって思ったけど、あんな素敵なのわたしには似合いそうにない。

バングラはプロのダンサーの先生が教えてくれて、ゲラゲラ笑ってワイワイはしゃいで踊って面白かった。真面目に踊るとセクシーで、エジプシャンのベリーダンスに少し似てるところがあった。ふざけてベリーダンス混ぜて踊ったら、ジェニーが教えて教えてって面白がった。デイビッドを教会のイベントに誘えないのがつまんない。来たらデイビッドもきっとバングラ面白がって踊ったのに。

デイビッドが「ジーザス」に異常に拒絶反応するのは、ジューダイズムに刷り込まれた先入観でしかない。だけどほんとのクリスティアニティを理路整然と説明出来るほど、わたしはクリスティアニティを頭でわかってない。心でしかわかってない。多分それは永遠にデイビッドには受け入れられないもので、それがわたしの小さな葛藤でふたりの大きな溝だと思う。悲しいけど。


来週はサンクスギビング。
デイビッドがゲイの友だちのパーティに連れてってくれる。
去年は別々のパーティに行ったけど、今年は一緒のパーティに出掛ける。
またあのインディアン・パンツ履いてこうって決めた。


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まだ生きたいよ - 2004年11月16日(火)

ナターシャに会いに行った。
デイビッドにもだけど。

ナターシャの靴と、足ケガしてずっとうちにいたときにジャックが持って来てくれたサプルメントを3缶と、アイザック・バシュヴィス・シンガーの分厚い本を入れたらバッグが重くてしかたなかった。こういうとき、車で通った前の病院がなつかしくなる。病院変わってから、やっぱ地下鉄通勤のがカッコイイなとか思ってたけど。

今週はずっとホスピタル・オリエンテーションで、アイザック・バシュヴィス・シンガーはたいくつしのぎに持ってったのに、今日のオリエンテーションは早く終わって3時過ぎには帰れた。

また重たいバッグ + 昨日持ってってオフィスに置いといたベリーダンス用の服のバッグとそのあとタンゴに行くかもしれないからダンス・シューズの袋を肩にかけて、アベニューの長い4ブロックを歩いて歩いて地下鉄を乗り継ぐ。


ナターシャは暖炉の前のベッドに横たわってた。
背中もおなかも足もすっかり痩せて力なく横になってる姿を見るとちょっとドキッとしてしまった。

ナターシャに話しかけながら靴を4本の足に履かせてやる。赤い靴がとても似合った。前足と後ろ足の両方にかけた赤いハーネスにもとても合ってた。今日もナターシャは歩けないってデイビッドが電話で言ってた。

「ほら可愛い。見て、すごく似合うじゃん」。わたしは少しはしゃいで言って、まだ仕事してるデイビッドに見せる。ナターシャは立とうして、後ろ足を腰から支えてやるとしっかり立ち上がった。だけど2、3歩歩いて自分で向きを変えようとしたら、へにゃっと座り込んでしまった。それでもデイビッドは喜んでくれた。「魔法の靴」とは言わなかったけど、靴の底の素材を確かめながら、ハードウッドの床はつるつるすべるからうちの中でもこの靴は助けになるんだよって。

「大丈夫だよ、ナターシャ。また歩けるようになるから」。何度もそう言ってサプルメントの缶を3分の1ボウルにあけてやると、少し頭を起こしてぺろぺろきれいに飲んでくれた。

デイビッドがジムのトレーナーのアポイントに出掛けたあと、わたしはずっとナターシャの歩けなくなった後ろ足をさすってやってた。痩せ細った足はなんの反応も見せずに、ただだらんと2本重なってた。

デイビッドが帰って来てから、一緒におしっこに連れ出してみる。デイビッドがやりかたを教えてくれて、わたしは後ろ足に掛けたハーネスを右手で持ち上げながら、前足のハーネスにつけたリーシュを左手で引っ張る。まるで操り人形みたいに。赤い靴を履いた4本の足はわたしの手に操られながら、自分でちゃんと歩いてるみたいに交互に地面に落ちては進んでった。ナターシャは上手にたくさんおしっこをして、戻るときにはもうわたしの腕は力尽きそうだった。デイビッドが慌ててハーネスとリーシュをわたしの手から取ってくれた。足がいつもみたいに両側に滑って広がらないのは靴のおかげだってデイビッドは言ってくれた。


ほんとに、どうして突然こんなふうになっちゃったんだろう。木曜日にはあんなにたくさん一緒に歩いたのに。わたしがあんなに歩かせたのがいけなかった? デイビッドは、そうじゃない、こうなる時が来ただけだよ、って言ってくれるけど。


「ベリーダンスのクラスに行っておいで」。デイビッドに促されてコートを着る。「ナターシャは大丈夫だよ。きっとまた歩けるようになるって」。そう言ったわたしの顔をちょっと驚いたような顔で見てたのは、わたしが泣きそうになったからかもしれない。

2、3日前から風邪を引いてわたしは時々ひどく咳き込む。デイビッドの前では咳き込まないように、キャンディーを口に入れたりお水を飲んだり深呼吸したりして咳を止めてた。咳き込んだりしたらキスはお預けだから。

デイビッドはバイのハグとほっぺにキスをくれたあと、くちびるにもキスをくれた。
ごめん、デイビッド。風邪うつっちゃうかもしれないよ。


「まだ生きたいよ」。ナターシャはそう言ってるような気がした。


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ナターシャの靴 - 2004年11月14日(日)

ぽってりとあったかいオレンジの満月も好きだけど、カリカリにとがった氷のような薄い三日月も好き。

教会が終わってジェニーとお昼ごはんを食べて、ひとりで前のアパートのある街までドライブした帰りの道はもう暗かった。昼間は抜けるような晴天で、日が落ちたあとの群青色の空に浮かんだお月さまを見ながらそう思ってた。高速を降りる頃には三日月はオレンジ色に変わってた。

月はいったい何回満ち欠けを繰り返し続けて来たんだろ。果てしなく限りなく遠い遠いその年月の中で、わたしが生きてる時間なんてまばたきほどに短くて、そんなまばたきほどの時間をもがきながら生きている。バカだな、人間って。って思う。


昨日、デイビッドとケンカした。ずっと穏やかな日が続いてたのに。ベテランズ・デーのお休みの木曜日にはまたハイキングに連れてってくれて、金曜日はデイビッドんちから仕事に行ってそのまま昨日ケンカするまで素敵に過ごしたのに。「出てけ」って怒鳴られて帰って来た。

教会は魔法の国だ。パスターのお話もゴスペルもお祈りもマジックだ。「昨日とうとうやっちゃったんだ」。ランチの間そう言って話を聞いてもらったあとのジェニーの言葉は、ジーザスのメッセージだった。わたしはすっかり心が落ち着いてた。


前のアパートのある街でナターシャの靴を買った。コンクリートの上を歩くのが辛そうで、前からデイビッドが「靴を履かせてやりたいよ」って半分ジョークで言ってたけど、いつも行くペットフードのお店でほんとに犬用の靴をわたしは見つけた。

オレンジ色に変わる三日月を見ながら、早く仲直りしてナターシャの靴を持ってってあげようって思ってた。


うちに帰るとメールが来てた。「hope you are feeling better」のタイトルのあと、ナターシャが歩けないって。「夜電話するよ。『もう電話しないで』ってきみは言ったけど」。そのあとそう書いてあった。そんなこと言ったのか、わたし。苦笑した。

夜、電話が鳴る。ナターシャは後ろ足が利かなくて立ち上がることすら出来ないらしい。爪を切ってもいつもみたいに痛がりも嫌がりもしないで、神経が麻痺してしまったみたいらしい。どんなに癌がすすんでも食欲だけは失くさなかったのに、今日は大好きなバナナさえ食べようとしないらしい。そう言えば、わたしが作ったごはんを、いつもならぺろっと平らげるのに昨日の朝は半分しか食べなかった。それでも、歩くたびに何度も何度も転びながら、支えてやると立ち上がって歩き出したのに。

ふたりでたくさんたくさんナターシャのことを話した。デイビッドの声は始終とても低くて頼りなげで、デイビッドは、もしもこの一週間ナターシャがもうハッピーじゃなくなったら来週の週末にはロードアイランでドに連れて行くって言った。それは、ナターシャの大好きなロードアイランドのおうちに獣医さんを呼んでそこで眠りにつかせる一本の注射を打ってもらうことを意味してた。痛みも悲しみもない幸せな幸せな天国に行かせてやるために。癌を診断されたときからデイビッドがいつも考えてたことだった。

「ごめんよ、昨日くだらないことでケンカしたこと」。デイビッドはそう言った。「あたしもごめんなさい」「僕のほうこそ、ほんとにごめん」「ねえ、今日あたしが何買ったか知ってる?」「何?」「ナターシャの靴」「売ってたの? そんなのほんとに。どこで?」。わたしはチェーンのペットフードのそのお店の名まえを言って、どういう靴なのか聞くデイビッドに素材とかデザインとか説明した。

歩けなくなったナターシャに、歩けなくなったことを知らずに買ったナターシャの靴。「悲しいね」ってデイビッドは言った。「でももしかしたら役に立つかもしれない。歩けるようになるかもしれない」。そのあと少し笑いながらそうも言った。

それがそんな魔法の靴じゃなくっても、2、3日経てばよろよろ自分で立ち上がって歩けるようになって、またたくさん食べるようになって、ハッピーなナターシャに戻って欲しい。いつか来ると覚悟してきた最期の日。それがほんのそこまでやって来てるなんて信じたくない。「あたしも行く。ロードアイランド」。そう言ったら「オーケー」ってデイビッドは答えたけど、イヤだ。来週末なんて、絶対イヤだ。

ナターシャのお芝居だったらいい。わたしたちを仲直りさせるための。
そして赤い靴を履いたナターシャが危なげだけど嬉しそうにに歩きながら、振り向いてわたしにウィンクするんだ。




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Take it easy - 2004年11月08日(月)

ジョージ・ワシントン・ブリッジを渡ってハイウェイをくるりと回りながら降りたあたりから、わたしは息が止まりそうになる。そのたびに空気を吸い込むから、ひゅーっという音が何度も口からこぼれる。「Take it easy」「Take it easy」。運転席のデイビッドが横からわたしの興奮を抑えようとする。

「ねえ見て」「見てるよ」「ほら見て」「だから見てるって」「ねえすごいよ」「ここは僕の一番のお気に入りの道なんだ」「ほらすごいよ」「ニューヨークとは思えないだろ?」「すごいよ」「期待してなかった?」「すごい」。会話とは言えないような会話を繰り返してた。

見事な、見事な紅葉だった。あの街みたいだった。あの街の少し端正でお行儀のいい背の高い木々たちに比べたら、そこはもっとワイルドでパワフルだったかもしれない。

ハドソン・リバー沿いに車を止めて、そこから河に沿って歩く。ナターシャはすっかり足が弱って、細くなった足を絡ませながら何度も転びそうになる。それでも枯れ葉の上を歩くのは道路を歩くよりは簡単みたいだった。

鮮やかに色を重ねるメープルやオークや名まえの知らない木たちの葉っぱを見上げながら、幾重にも色とりどりの枯れ葉が覆う細いトレイルを歩き続ける。暗くなるまえに戻れるようにUターンして、4時間は歩いた。薄暗くなり始めた水辺は風が冷たくて、気持ちよかった。一組のティーンズのカップルに会った以外、誰にも会わなかった。

「僕は秘密の場所をたくさん知ってるだろ?」って自慢げにデイビッドは言った。ほかの誰かをたくさん連れて来たことがあるに違いないけど、もうそんなことなんとも思わなくなった。停めた車が近くなった岩陰で突然ぎゅうっと抱き締めて「一緒にハイクに来てくれてありがと」ってデイビッドは言った。そんな、ほんのときどきしか見せてくれない愛情にも不満を感じなくなって、それがとても好きになった。

この街に来る前に恋いこがれてたオータム・イン・ニューヨークはまだ叶わないままだけど、黄金の葉っぱの雨にさらさら降られながらセントラル・パークの葉っぱの雨よりきっと素敵だと思った。

あれから一週間。日に日に寒さが増して、葉っぱはもう色褪せてきてる。


新しい病院に行き始めてからも、一週間が過ぎた。
ナースもドクターたちもとてもフレンドリーでケアリングで、多分わたしはこの病院が好きだ。とても好きになりそうな気がする。

明日は気温が43°Fしかない。
地下鉄の駅から歩くアベニューの4ブロックはとても長くて寒いけど、それも多分好きになる。

「Take it easy」。
ひとりでこの街にやって来たとき、何かが大変なたんびに人に言われて嫌いになった言葉。今、それも好きになった。

Take it easy.
いいことがあっても、悪いことがあっても。




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初めの一歩 - 2004年11月01日(月)

デイビッドのアパートから新しい病院に初出勤。
デイビッドはランチにベーグルとデザートにカノーリを持たせてくれた。

ゆうべ夜中にお散歩に行ったとき買ってくれたカノーリはアルミフォイルの箱の半分に遠慮がちに入ってて、箱の中でカノーリが動いて崩れるといけないからってデイビッドは箱を三角に折ってそれをまたアルミフォイルでくるんで輪ゴムで止めて、セサミのベーグルと一緒にスーパーマーケットのビニール袋に入れて。とんでもなく不細工な包みだったけどものすごく嬉しかった。かわいいランチバッグを買わなきゃなって思った。

「みんなが羨ましがるぞ」ってデイビッドは言ったけど、出勤第一日目の今日はひとりのオリエンテーションでお昼もひとりだったから誰にも見せられなかった。カフェテリアでスープとコーヒーを買って12階の広いラウンジの窓際に座って、ビニール袋を開けたら袋の底にハロウィーンのキャンディがふたつ入ってた。

12階の窓からはイースト・リバーが見渡せて、まるで病院が河の上に建ってるみたいで一体どうなってるんだろうって窓にへばりついて見下ろしたけどわかんなかった。


ひとりのオリエンテーションはたいくつで、でもメイン・オフィスに時々出入りする新しい同僚たちにひとりずつ初めて会って、みんなフレンドリーでいい人たちだと思った。ひとりを除いて。ああ、ふたりかもしれない。メイン・オフィスのセクレタリーのアウィルダはぶっ飛びそうな洋服を着ててものすごく陽気でちょっとお下品ぽくって、もう大好きになった。

おんなじタイトルのおんなじ仕事とはいえ、病院が変わればシステムもポリシーもプロシージャーも違うから、少しは緊張する。それでもインターンを終えて初めて就職した前の病院のときのような、怖さのくっついた緊張感はない。興奮もない。どこか冷めた目で周りを観察してた。にこにこしながら警戒もしてた。余計な期待もしないようにとストイシズムを保ってた。

でも、フロアに入って患者さんを診るとまた熱くなるに決まってる。それに、窓から見渡せるイースト・リバーを真ん中にしたあの風景にどきどきは抑えらない。新しい病院。新しい仕事場。新しい生活が始まった。


帰り道、地下鉄の駅に降りる手前で携帯が鳴った。
「どうだった?」って、デイビッドだった。

「うちに来る? 映画でも観に行く?」。そう言ってくれたけど、チビたちにとても会いたくて帰ることにした。明日はエレクション・デー。わたしには選挙権がないから、ただのお休み。デイビッドと、ハドソン・リバーの向こう側にハイキングに行くことになった。


今わたしにはデイビッドがいて、それからジーザスがいる。
デイビッドと過ごす時間は素敵になって、ダンスがあってピアノがあって、ひとりの時間をちゃんと上手に使えるようにもなった。だから大丈夫。しっかり初めの一歩を踏み出して、ゆっくり歩いて穏やかに進んでジーザスの光についてくよ。


うちに帰ってピアノを弾いたら、妹チビが横で一緒に鍵盤叩いた。



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