天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

心の遠い日 - 2004年07月27日(火)

患者さん全部診終えてオフィスに降りると電話が鳴る。ジェニーからだった。雨が降ったら一緒にジムに行く予定だったけど、晴れたからローラーブレイドにする。今日は1時間半もやった。心地いい風の中走ってると汗が風に飛んで行く。気持ちよかった。背の高いブロンドのポニーテールの女の子が、わたしが1周回るあいだに3周は走ってく。速い速い。早くあんなふうに滑れるようになりたい。

暗くなりかけた公園のベンチで、ジェニーと向かい合わせにあぐらをかいて座っておしゃべりする。

教会仲間の話をしてるうちに、教会友だちの独身男たちがみんなどんなにガンコでセルフィッシュでチャイルディッシュかって話題になって、それから男全般の話になって、長いベンチのジェニーの後ろに座ってた男の人をしり目に、ゲラゲラ笑ってガンガン怒ってあーだこーだと大声で男談義を延々繰り広げた。

「結局女がかしこく大人になんなくちゃだめってことか」ってわたしが言うと、「女の方がかしこくて大人じゃん、初めから」ってジェニーが言う。それがわたしはなれないんだ、かしこくも大人にも。


今日はわたしから電話した。デイビッドはロードアイランドのおうちにプリンターを買って、それをセットアップしてるとこだった。あんまり話せなかったけど、でもいい。ピアノを弾いて、穏やかな気持ちをたもてた。

少し心の遠い日を、今日もロードアイランドまでの距離に紛らせてやりすごす。


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やめる - 2004年07月25日(日)

今日はダリルのバースデーで、教会が終わってからいつものメンバーでお祝いのランチに行く。ダリルはうちのわりと近くに住んでて、ダリルがリクエストしたレストランはうちとダリルんちの中間くらいのとこだった。入り口がボロくてちっちゃくてお化け屋敷みたいで、「何ここ?」って入ったらちょっと素敵なビア・ホールだった。小さなお店を通り抜けると裏に広い広いガーデンがあってびっくりした。ピクニック・テーブルが並んだガーデンには、屋根のついたステージがあって、ときどきライブをやってるらしい。グリークのお店だった。おもしろかった。

そんなとこがうちの近くにあるなんて知らなかった。ほんとにわたしは何にも知らない。

大勢でおしゃべりしながらの長い長いランチは途中でタイクツになって来て、早く帰りたいってちょっと思った。

雨のはずだったのに雨は降らずに、夕方の5時頃になって急に晴れた。ジェニーとローラーブレイドするはずだったのに、ふたりともバースデー・パーティでくたびれちゃってヤメにした。

昨日電話がなかっただけで、またイロイロ考えてはこころが塞いでた。表向きはいつものわたしを振舞ってただけど。お天気がよくなったのにどこにも行かずにうちに帰る。


電話してみた。携帯は切られてて、メッセージを残した。「どうしてるかなと思って電話したの。あなたもナターシャも」。

9時頃かかって来た電話は、やっぱりふつうだった。
ロードアイランドから今日は朝からマサチューセッツのお兄さんのところに行ってて、ロードアイランドのおうちへ戻る高速走ってるとこだった。週末どう過ごしたか聞いてくれる。

昨日タンゴを3時間踊ったって話したら、自分のことみたいに喜んでくれた。「ほら僕は言わなかった? 7月には踊れるようになるって。ぎりぎり7月に踊れるようになったじゃん。すごいよ。すごいニュースだよ」って繰り返してた。デイビッドは「9月」って言ってなかったっけ? 7月って言ったのは PT じゃなかったっけ、フィジカルセラピーの最初の日に。あとからそう思った。まあどっちだっていいけど。踊れたんだから。そうだ。わたし踊ったんだ。折り紙のこと話したら、笑われちゃった。わたしには大進歩なことだったのに。でも黙ってた。

それからデイビッドはオスカーのことを聞いて、あれから話してないって言ったら「なんで?」って言う。セラピーのことなら、もう必要ない。だってわたしはもう大丈夫だから。そう言ったけど、デイビッドは納得してないみたいだった。なんだか、どうしてもわたしの中だけに問題があると思いたいようで、どうしてもわたしをサイコセラピーで「治し」たいみたいだ。わたしは確かにオカシイ。だけど、誰でも少しはオカシクで、わたしの「オカシイ」言動はあなたの言葉や態度が引き金なのよ。わたしのオカシサは異常かもしれないけど。そういうことをうんと遠回しに柔らかく柔らかく言ってみたら、話変えようって変えられちゃった。

それもそれで、もういい。
もうムキになるのはやめたいから。
ちっちゃなことも大きなことも、ムキになるのはやめるんだ。


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折り紙 - 2004年07月24日(土)

木曜日も電話をくれた。夜からナターシャ連れてロードアイランドに行くって。行く車の中からまた電話するよって言ってた。

夜中にマジェッドが来た。マジェッドとおしゃべりしてると電話が鳴った。マジェッドが来てるって言ったら、「こんな時間に? もう新しいボーイフレンドの用意が出来てるんだ」って言われた。笑いながら言ってたけど、いつもそういうこと笑いながら言うからほんとのところがわからない。「まだずっと運転してるでしょ? あとでまたかけるね」って電話を切った。マジェッドが「言わなきゃよかったのに」って言った。

昨日は仕事中に携帯にメッセージが入ってた。ものすごく暑いって。ナターシャとレイクにいるって。ここは一日雨だった。夜にこっちからかけた。

ふつうに、ふつうに、まるで何事もなかったみたいに、ふたりでおしゃべりしてるけど、なんとなくわたしは自分がいい子でいようとしてる気がする。デイビッドはこれから、借りて来た「sex and the city」のビデオを観るって言ってた。「ほんと好きなんだ」って言ったら「そうかもな」って笑ってた。わたしは好きじゃない。でもアレを観て、クレイジーでバカな女心を少し分かってくれればいいなんて思う。

わたしはこれから何をするのか聞くから、ピアノ弾くって答えた。ショパンの新しいワルツ。すごく気に入ってる。早くマスターしたい。あなたに聞かせてあげたいなって言いかけて口ごもったら、「なに? 言いなよ」って聞き返す。だからそう言った。「聞きに行くよ」ってデイビッドは言った。「そんなこと言って、うちになんかちっとも来てくれないじゃん」って前なら言ってた。昨日は言わなかった。

話したかったこと言い忘れた。
今日、ロジャーが「折り紙」の本を持って来てて、ポーリーンと3人で夢中になる。ロジャーは日本の文化がなぜか大好きで、いつもわたしにいろんなこと聞く。ロジャーの方がわたしよりよく知ってたりするんだけど。折り紙も、いつかロジャーは奇麗な薔薇の花を作ってくれた。見たことない、ほんとに奇麗な薔薇の折り紙で、「どこで覚えたの?」って驚いた。折り鶴なんかのレベルじゃない。幾重にも花びらがほころんでて、それも柔らかな曲線の花びらで、ふっくらと丸い立体の見事な薔薇だった。

ロジャーの「折り紙」の本は、いろんな種類の鳥とか怪獣とか動物とかの折り方が載ってて、どれもみんなそれはほんとに奇麗で、わたしは折り紙を誇りに思った。それをデイビッドに話したかった。

日本のこと聞かれるたびに、いいことは答えられなかった。いつも日本を否定してた。日本語教えて欲しいって言われても、拒絶し続けた。今は受け入れたいと思ってる。そして日本のいいところも日本の美しい文化も日本の言葉も、誇りに思って教えてあげたいと思ってる。そうしなきゃ克服出来ない。わたしのこの異常な「自分拒否症」。


デイビッドと過ごさない土曜日だった。
それは先週のはずで、先週ロードアイランド行きの予定をやめたデイビッドといつも通りにあって、そして「危機」が訪れた。予定通りにデイビッドがロードアイランドに行ってたらこんなことにはならなかったけど、これはやっぱり理由があってそうなったんだと思う。こんなことにはならなかったけど、わたしは自分の間違いに気づかないままだった。あのまま間違いが止まらなかった。神さまの計画。

夜、ロシア系さんを誘ってタンゴを踊りに行った。
ビレッジのダンス・スタジオのパーティに連れてってくれた。夜中の1時半まで踊って、ロシア系さんはわたしのダンスをちっとも劣ってないって褒めてくれた。ロシア系さんはものすごく上達してて、もうわたしはとうに追い越されてしまった。3時間も踊って、途中で膝が痛くて仕方なかったけど、ローラーブレイドと同じにそれを超えたら平気になった。


去年の夏、毎週のように日曜日の晩に一緒に出掛けたサウス・シー・ポートの外のタンゴにまた行きたいと思ったけど、ロシア系さんはあれからたくさんダンス友だちが出来て、もうわたしを誘わない。「明日僕は友だちと行くから、きみが来るなら僕はそこにいるよ」って言われた。まあいいかって思った。オスカーさんはあそこや今日みたいなパーティで踊れるほどまだ上手じゃないし、困ったけど。困った。週末にもうデイビッドと会わなくなった場合の過ごし方。


「明日も電話するよ」ってデイビッドは昨日言ってたのに、今日はかかってこなかった。携帯にもうちの電話にもメッセージはなかった。折り紙のこと、話したかった。

今、膝が痛い。踊り過ぎ。Dr.ローズに言ったら叱られるだろうな。




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ピアノを弾きながら - 2004年07月21日(水)

仕事を終えて、急いで車を走らせる。
ジェニーはもううちのそばの公園まで来てて、公園沿いに車を停めて待ってるって電話がかかって来た。公園で一緒にローラーブレイドする約束だった。ジェニーの車を見つけてウインカーを出して止まったら、車からジェニーがブレイド履いて降りて来た。1ブロックもない距離を、ブレイド履いたジェニーを乗っけてうちまで帰る。ジェニーが着替えたいって言ったから。

ドアを開けたとたんにうちの電話が鳴った。
デイビッドだった。「How are you?」「Good!」。思わず元気な声を出す。デイビッドはあのアップステイトのレイクにナターシャと一緒にいた。ナターシャは元気に元気に走り回って、このあいだ一緒に行ったときお母さんに連れられて泳ぎに来てた小さな女の子が今日はお父さんと来てて、ナターシャと遊んでるって。

今ジェニーが来ててこれからローラーブレイドしに行くんだ、って言ったら、ちゃんと二―パッドもリストバッドもつけるんだよ、道路は危ないからブレイドは手に持ってって公園で履き替えな、靴はどこか見えないところに隠しておくんだよ盗られないように、大丈夫だよきみはもうきっと上手く出来るよ、でも転ぶときは手から転びなよ膝からじゃなくて、って相変わらずこういうときデイビッドはお父さんになる。

ジェニーがいたから長くは話せなかった。デイビッドは前とおんなじで、でもおんなじはずなくて、それでもおんなじふうにしゃべってくれて安心した。安心したけど、見えない心が不安になった。

公園まで自転車を押してった。もしもローラーブレイドがまだ出来ない場合にわたしはバイクすればいいから。オスカーが買って来てくれたマウンテン・バイクはまだ一度も使ってなかった。

6ヶ月ぶりのローラーブレイド。足がぐらぐらして最初は怖かった。ジェニーが手を引っ張ってくれて、ゆっくりゆっくり滑る。後ろから後ろからローラーブレイドの人が追い越してくから緊張する。少し走ったところでジェニーが「もう平気でしょ?」って手を離した。一周滑るあいだに膝が痛くなった。でもそれもそのうちなくなってった。出来る出来る。大丈夫じゃん。ロジャーは「まだやっちゃいけないよ。膝がまだ全然しっかりしてないんだから。たのむよ」って昨日本気になってわたしを止めたけど。

だけどどうも危なっかしく見えたらしくて、ベンチに座ってた男の人に「気をつけな」ってからかわれちゃった。「今日はこれだけ。いきなりたくさん滑ったら膝痛めるって」ってジェニーに言われて、3周回っておしまい。

ジェニーは公園から道路に降りる急な坂道を挑戦して、みごとに転んだ。お尻さすりながら、ジェニーは帰ってった。日曜日に教会終わってからまたやろうって約束して。それから月曜日も火曜日もって。

わたしは自転車でうちと公園の間のブロックを何回か走って、公園の外をぐるっと回ってから中に入って30分くらい乗ったあと、高台になった公園を降りて道路を渡ったところで自転車ごとひっくり返った。止まろうとして悪い方の足を地面につけてしまったから。膝から転んだ。怖かった。また折れるのかと思った。立ち上がったら膝がガクガクしてた。痛かったけど大丈夫だった。もう乗らないで、自転車を押しながらうちまで帰った。

それから昨日とおんなじように、ずっとずっとピアノを弾いてた。


ゆうべ、神さまが止めてくれたんだって気づいた。
ジーザスが大丈夫だっていつも言ってくれたのにわたしはちっちゃなことですぐに不安になって、それを確かめようとしては自分の欲しいまんまの答えばかり求めてた。ジーザスがいてくれるのをいいことに何を言っても平気ってタカをくくって、言いたいこと言ってしまってはそのままどんどんエスカレートしてった。ジーザスに甘えてた。

あまりに度が過ぎるわたしを、ジーザスが止めてくれたんだ。


そして今日、ピアノを弾きながら、ジーザスが抱き締めてくれるのを感じた。
ごめんなさい、ジーザス。

ごめんなさい、デイビッド。


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You are somebody very special to me - 2004年07月19日(月)

教会がどうだったか聞いてから、「それからどうしてた?」ってデイビッドは聞いた。わたしはオスカーからサイコセラピーを受けたことを話した。オスカーの質問に答えながらいろいろ話してるうちに、自分のイヤなイヤな行動や言動がどっから生まれてくるのかわかったこと。どうして「日本人」と「ex- ガールフレンド」にあんなに異常に反応するのかわかったこと。どうして「I wanna kill myself」なんて繰り返してしまうのかってこと。話してデイビッドが分かってくれたかどうかはわからない。多分、分からないまんまだと思う。それに、「友だち」セラピストのセラピーなんて客観的であり得ないとも言ってた。

デイビッドはオスカーのことをよく思ってない。オスカーが買って地下鉄に乗ってわざわざうちまで持って来てくれた自転車にもケチつけてた。知らない相手なら正直になれるって人はよく言うけど、わたしはなれない。知らないセラピストにわたしの過去やファミリーバックグラウンドを根掘り葉掘り聞かれて一から答えるのは嫌だ。オスカーは、わたしのことを既に知ってる。事実だけじゃなくて、それと一緒に引きずって来たわたしの心の中のイロイロも。オスカーはいつも手の平に救い取るようにわたしの気持ちを汲み取ってくれてた。だから、プロフェッショナルなセラピーをお願いした。

デイビッドはたった一度のセラピーでお終いってのも納得行かないみたいだった。お終いかどうか知らない。だけどそれより、セラピーを受けたって言う努力を認めて欲しかった。認めて欲しかった? ああ、それもわたしの問題なのかもしれない。

それでもきみの気分が軽くなったなら僕は嬉しいよ、ってデイビッドは言ったけど、正直言って「軽く」なったかどうか分からない。だけどわたし自身分からなかったことが分かって、自分が変われる可能性に安心したのは確かだった。


あなたがもし本当にもうお終いにしたいと決めるなら、それでもいい。わたしはもうそれでも大丈夫だよ。あなたの好きなように決めればいい。

「僕はブレイクアップしたいとは思ってないよ。それにきみはいつも僕に全部決めさせる。よくないよ」。土曜日にもおなじこと言ってた。どこに行くのも何をするのも全部僕任せだ、って。わたしが提案したことはいつも却下して、結局自分が決めてるくせに。そう言った。また言ってしまった。だけど声を荒げないで、言った。


ねえ、リレイションシップって難しいものだとわたしは思うの。いつもどこかで問題にぶつかって、それをひとつずつクリアしてるうちにまた別の問題が生まれたりして、ふたりが本当にいい関係を作ってくのには長い長い時間がかかるものだよ。わたしは自分自身をフィックスしたい。そしてあなたもそう思ってくれてなければコレは無理だけど、わたしたちのリレイションシップもわたしはフィックスしたい。わたしは努力する。だって、わたしにとってあなたはとても特別なんだもの。

「僕にとってもきみはとても特別だよ」。

言い終わらないうちにデイビッドが続けた。知ってる。どんなふうにお互いにお互いが特別か。だけど知ってる。下り始めた「好き」の気持ちは元に戻らない。デイビッドはロジカルな人だから、どんなふうにわたしが特別であっても。

神さまが会わせてくれた人。わたしはまだ信じてる。そうじゃなきゃ、こんなに、こんなに、わたしもデイビッドも・・・。



今日は仕事が終わってから、そのまま前に住んでたアパートのある街に走った。いつもののようにチビたちのごはんを買って、ドラッグストアでローションとかボディジェルを買って、高速を戻りながらわたしは自分の中のイーブルな悪魔が消えて無くなりかけてる気がしてた。しばらく時間を置いてみよう。すっかり悪魔が消えて変われるまで。

なのにうちに帰って来たら、とたんに痛くなる。メールを探してる。電話を待ってる。痛い痛い痛い。痛くてイヤだ。心配してジェニーが電話をくれたけど、昨日の電話のことも何も言えなかった。神さまにお祈りしたかったけど、何をどうお祈りすればいいのかわからなかった。もう弾きたくないって思ったキーボードの前に、意を決するみたいに座って、痛みを堪えながらカバーをはずす。

まだ電話を待ってた。デイビッドのバイオリンとわたしのピアノで併せたクロード・ボーリングを弾きながら。バイオリンが最初に入るところで胸が痛くなる。途中のソロがやっぱり上手く弾けない。何度も何度も弾いた。ショパンも弾いた。モーツァルトも弾いた。一度だけ聞かせてあげたノクターン。「これ弾けるんだよ」って、たまたまラジオでかかって大声あげたコンツェルト。ショパンのまだ弾いたことないワルツにも挑戦した。みんな、またデイビッドに聞かせてあげたいって思いながら。

電話はとうとうかかって来なかった。


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危機 - 2004年07月18日(日)

よく眠れたのか眠れなかったのかわからない。夢ばかり見てたのは確かで、目が覚めたら体がだるくて頭ががんがんしてた。教会に行ったけど、ゲスト・スピーカーのお話に全然集中出来なくて、泣いてばかりいた。

クラリスに少し話して、お祈りをしてもらった。
終わってからジェニーがコーヒーに連れ出してくれて、たくさん話したけどすべては言えなかった。

オスカーに会いに行った。サイコセラピストの彼に、友だちとしてじゃなくてセラピーをして欲しいってお願いした。全部話せた。正直になれた。ここにも書けなかったいろんなこと。デイビッドと ex- ガールフレンドのことでケンカするたびに、わたしはその場を逃げ出そうとして、「I wanna kill myself」って口走った。今でもここには書きたくないクレイジーな行動にも走った。「日本人」にカテゴライズされるたびに異常に反応してデイビッドを「レイシスト」呼ばわりした。それらが英語の世界ではどんなに強い脅しや侮辱の言葉であるか知ってて、わたしは言わずにいられなかった。


土曜日。ブルックリンの橋を歩く途中で、おんなじケンカを繰り返した。おんなじ言葉を投げつけた。きっかけはいつも些細なことで、それが決まっておなじところに発展する。デイビッドもわたしも言葉がキツくて言い出したら止まらない。それでもいつもデイビッドが最後にはわたしを取りなしてくれて、仲直りした。昨日も、渡りかけた橋を来た方向にひとりで帰ろうとしたわたしをデイビッドは制したのに、その腕を振り切ってわたしは逃げ出した。携帯が何度も鳴って、何度も何度も鳴って、そのたびにわたしは携帯を切った。橋の入り口を数ブロック曲がったところで見つけたグローサリー・ストアでお水を買って一気に飲んだら落ち着いて、デイビッドに電話した。デイビッドは橋の真ん中のところのベンチで座って本を読んでて、「戻っておいで。待ってるから」って言ってくれた。わたしは橋をもう一度歩いて、デイビッドを見つけた。普通におしゃべりして地下鉄に乗ってデイビッドのアパートに帰った。

だけど違った。デイビッドが何もしゃべらずに作ってくれた晩ごはんを、二人で何もしゃべらずに食べて、それからデイビッドが言い出した。もうこういうケンカに耐えられないって。わたしの言葉や行動に耐えられないって。今日は一人になりたい。明日も一人になりたい。僕にはブレイクが必要だ。って。そしてわたしの行動を詰りはじめる。それには理由がある。それが何だか自分でもわからない。自分でも説明がつかなくて、デイビッドの言葉にアップセットして、ナターシャの背中を撫でて「バイ」を言ったら、ナターシャが怒ってわたしに吠えた。そんなことは初めてだった。アパートに戻ったときも、お留守番してたナターシャはわたしの膝にじゃれついてわたしのおなかに飛びついて大喜びしてたのに。


夜、デイビッドに電話する。しないでいられなかった。ちゃんとうちに帰ったことを安心してくれて、だけどそのあとデイビッドは自分の心にあることを全部、全部、わたしに言った。聞くのは辛かった。「きみを前よりずっと好きになってたのに、今はその気持ちが少なくなってる」っても言われた。「僕は今までガールフレンドと自分から別れて来た。きみだけが例外だなんて言えない」「僕たちがこのままずっと一緒にいられると思ってるの? きみはクリスチャンで僕はジューイッシュで、それは不可能だ」。そうも言われた。

悲しかった。悲しかったけど、ずっと黙ってデイビッドの言葉を聞いてた。デイビッドがそこまで強い口調でいろんなわたしのことを非難したことは今までなかった。バクハツ。そんな感じだった。デイビッドは今は先のことはわからないって言った。ただ、今は少しのあいだひとりになりたいって言った。それでもわたしのことは気づかってくれた。明日は教会に行って、それから自分でやることを見つけな。僕もひとりで過ごすから。お互いに別々に考えよう。ベッドタイムには電話するから。きみの一日がどうだったか聞きたいから。そう言った。わたしは眠れそうになかった。それでも精神的にくたくたで、いつのまにか眠った。


ケンカのたびにひどい言葉でデイビッドを罵って、「I wanna kill myself」なんて狂ったみたいなことを口走って、わたしはデイビッドを脅したかった? リアクションを試したかった? 止めて欲しかった? なだめて欲しかった? 怒らせたかった? アテンションが欲しかった? マニピュレイトしたかった? コントロールしたかった?

デイビッドが言ったことは全部、部分的には多分当たってる。だけど、オスカーに話してるうちに分かって来た。わたしがどんなにイヤがってもわたしの気持ちを無視して ex- ガールフレンドと会うことはやめないって言うデイビッドに自分の存在を否定されてる気分になって、それで消えてしまいたくなる。そして多分、わたしは日本を捨てたこと、家族を捨てたこと、結婚を捨てたこと、それらにどこかでギルティーを感じてて、自分の国も文化も日本で暮らした日々も日本に帰ってしまった別れた夫の悲しみや葛藤も忘れてしまいたいと思ってる。だから「日本人」を強調されるたびに拒絶反応を起こして、「レイシスト」なんて言ってはいけない言葉をわざと言ってしまう。


オスカーは、わたしたちの関係は危機の真っただ中なんだって言った。わたしがそういうことを口走るのをやめなきゃいけないって言った。やめる方法を教えてくれた。自分の問題を乗り越えてスピリチュアリーに成長することが神さまがわたしに与えた目的なんだって言った。そしてデイビッドはわたしのことをもっとちゃんと理解する必要があるって言った。デイビッドにその気持ちがあればだけど。そしてデイビッドもサイコセラピーを受けるべきだって言った。


晩ごはんを一緒に食べに行って、オスカーは「セラピスト」から「友だち」に戻って余計なことを言ってわたしの気分を損ねて、わたしは相変わらずイジワルく言い返したりもした。悪いクセ。それがわたしの悪いクセ。直さなきゃいけない。

それからオスカーのアパートでタンゴを一緒に踊ってみた。サルサも少し踊ってみた。忘れてると思ってたステップはあまり忘れてなかった。ときどきステップを崩したけど、オスカーこそ上達したのかどうか疑わしくて、笑っちゃった。膝が痛むステップはあった。だけど踊れた。前みたいにスムースにはとてもいかなかったけど。



うちに帰ったらデイビッドから「ゆうべはちゃんと眠れた?」ってメールが来てた。
それから12時半を回って電話をくれた。


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明日は金曜日 - 2004年07月15日(木)

木曜日は大好きな日だった。
タンゴを踊りに行ってそのあとデイビッドに会いに行って、そして「明日は金曜日」って翌日が一週間の仕事の最後の日なのが嬉しくて。

木曜日のタンゴ・クラブがなくなった。
タンゴを踊りたい人がレベルに関係なく集まって、教わりたい人には先生がカジュアルに教えてくれて、ワインとクッキーとトティーア・チップスとコーヒーを好きなときに楽しみながら、アルジェンティーナの素敵なインテリアがほどこされた広いハードウッドのフロアで自由に、ほんとに自由にタンゴを踊れたクラブ。

別のところで先生がちゃんと教えてるクラスの方が忙しくなったのと、趣味と殆どボランティアでクラブをやってた先生がビジネス志向により傾いたのが理由らしい。

先生のビジネスのためには嬉しいけど、先生と友だちのオスカーからその話を聞いたときは、大好きだったあのクラブがなくなるのがとても淋しかった。あのクラブでロシア系さんと一緒に自由に踊りながら覚えたタンゴ。だけど足がちゃんと治ったら、またロシア系さんとサウス・シー・ポートやアルジェンティン・レストランに踊りに行けばいい。それに、デイビッドに会う前に踊るダンスだったタンゴはもうデイビッドに会う前のダンスである必要がなくなった。足を折ってから行けなくなって、わたしは木曜日じゃなくて週末にデイビッドに会うようになった。

仕事に戻っても、仕事が終わってからタンゴを踊りに行かない木曜日。
雨があがって、涼しい晴れの日だった。
うちに帰ってからすぐにランドリーをしに行く。ランドリーを終えてメールをチェックしたら、ベイスボールの試合に行ってからナターシャとロードアイランドに行くはずだったデイビッドからメールが来てた。ロードアイランド行きはやめにしたって。それから電話がかかってくる。

会わないはずだった週末がいつもの週末に変わった。
やっぱり嬉しい。すごく嬉しい。ジェニーとビーチに行く予定の日曜日はまた雨になるみたいだし。「何したい? なんかアイデアある?」ってデイビッドが聞く。テレビを観すぎてバカになったみたいでもうディスコネクトしてテレビを捨てたくなった、って言うデイビッドに、「あたしがあなたをテレビから離すお手伝いしてあげるよ」って言った。ナターシャを連れて公園に行って、ローラーブレイドしてみたい。慌てて足首にウェイトをつけて、真面目にエクササイズしてみる。こんなに膝の自由が効かないんだから、まだ無理かもしれない。だけどデイビッドと一緒なら出来そうな気もする。


チビたちのかりかりごはんが切れて、買いに行ってない。
ミニミニミニミニドーナッツみたいな形がチェリオとそっくりだから、代わりにチェリオに缶詰めごはんを混ぜてやったら、ふたりともものすごい勢いで平らげた。

明日はちゃんといつものかりかりごはんを買いに行こう。デイビッドに会いに行く前に。


明日は金曜日。
一週間の仕事の最後の日。
そしてデイビッドに会いに行く日。


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My life - 2004年07月14日(水)

ゆうべマジェッドがやって来た。
地下鉄の駅のそばのバーに一緒に出掛けた。
マジェッドは先週の木曜日は夜中の1時半に電話をかけてきて、うちの近くのクラブにいるから出ておいでって言ったけど、わたしは5ヶ月ぶりに戻った「仕事する毎日」にまだ慣れなくて、ぐったりくたびれてて出掛ける気分じゃなかった。マジェッドがわたしに会いたいときは、なんかモヤモヤがあるときだって知ってたけど。昨日もわたしはくたびれてたけど、まだ10時半だったから出掛けることにした。

バーのパティオのテーブルで、わたしはコーヒーを飲んでマジェッドはビールを飲んで、やっぱりマジェッドは憂鬱だった。別れたガールフレンドはまだマジェッドが好きで、電話をかけてきてはマジェッドの居所を探って、マジェッドが誰かといると知ったら機嫌を悪くするらしい。それが男友だちであっても。馬鹿げてるって言ってしまえばそれまでだけど、なんとなく彼女の気持ちも分かってしまう。同じ会社の同じフロアで仕事をしてて、毎日顔を合わせて毎日仕事上であったとしても言葉を交わしてれば、ブレイク・アップの意味がわからなくなってしまうのかもしれないし。

わたしといる間にも、マジェッドの ex- ガールフレンドはマジェッドに電話をかけてきた。「友だち」と一緒にいるマジェッドに彼女は腹を立てる。そしてマジェッドはまた憂鬱になる。冷たくあしらえないのが優しさと言えるのかわたしには疑問だけど、わたしは敢えてそれを口にしなかった。

「My life sucks」。なんとなくふたりで悪態をつく。


ダンスはまだ踊れない。ローラーブレイドも出来ない。ヒールの靴も履けない。
雨が降ると膝が痛む。仕事は楽しいけど、一日が終わると膝が固まってる。
「5ヶ月も離れてたんだから、しょうがないよ」ってみんなが言うけど、仕事が終わると毎日信じられないくらいぐったり疲れてる。
踊りたい踊りたい踊りたい。
じれったいじれったいじれったい。
早く踊れるようになりたいのに、昨日も今日もジムに行かなかった。
周3回のルールはみごとに破られてる。
今日も昨日も足にウエイトつけて、囚人になるだけ。
My life sucks.


日曜日のビーチに、マジェッドを誘ってみた。
うちまで送ってくれたマジェッドは、玄関の前で大きなハグをくれてから、ほっぺたにキスしてくれた。デイビッドに見せてやりたいってちょっとイジワル思った。


デイビッドから電話があるってわかってて、わたしは携帯を持って出なかった。
留守電にメッセージが入ってた。「別のボーイフレンドと夜のデートかな」って。

「マジェッドが来たんだ」「こんな時間に?」「うん。外でコーヒー飲んで来た。うちに入れたくなかったから」「ただの友だちなんだから何もしないだろ?」「だけどこんな時間だもん。でも今度は入れてあげようかな」。デイビッドは面白くなさそうに笑う。

今日は仕事のパートナーのダンサーの カレン・D のダンスに招待されてクライアントと観に行って、そのあとブルックリンの昔の友だちに会って来て、地下鉄の中で携帯のゲームをひたすらしながら今帰って来たって電話をくれた。夜中の1時半。

電話を待ってること、デイビッドは知ってる。


My life doesn't suck.
It shouldn't be so bad.


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週末 - 2004年07月13日(火)

遊び疲れて、わたしは水着の上からドレスを着たままデイビッドのベッドで眠ってしまう。デイビッドはルーティーンの「寝る前のインターネット・ニュース読み」をやってて、デイビッドがベッドにやって来た時間をわたしは知らない。慌ててデイビッドの T シャツに着替えたけど、焼けた体が熱くて、裸になってシーツにくるまった。

ぐっすり眠った。

デイビッドがわたし用に合わせてくれた目覚ましで一人で起きてベッドルームの階段を降りると、ナターシャが寝てるベッドの横に空っぽになったアイスクリームのカートンが転がってた。帰る用意をしてからベッドに戻って眠ってるデイビッドに抱きつく。「I like you」。「I like you too」ってデイビッドが答える。まだ I love you が言えない。「I love you too」が返って来ないのが怖いから。


月曜日。ふたりで過ごす週末が終わって、ひとりの一週間が始まった。

大雨になった。久しぶりの雨が気持ちよかった。仕事が終わってからまたジムに行こうと思ってたけど、やめた。代わりにスポーツ・オーソリティに寄って、足首につけるウェイトを買った。ジェニーが電話をくれた。電話のそばで妹チビが「みゃあお」って鳴いた。「遊んでって言ってるよ、チビちゃん。アンタ最近週末うちにいないから」ってジェニーが笑う。いつものように「ちゃんと食べなよ」ってジェニーに言われて、たまごを焼いてサンドイッチを作って食べた。ウェイトをつけてエクササイズしてみる。そのまま左足首にウェイトつけて過ごす。囚人になったみたい。なんかそれが楽しくて、今日も囚人になる。

デイビッドは木曜日からひとりでロードアイランドに行く。ナターシャのために。「じゃあ今週は週末に会えないね」って言っても、淋しくなかった。そんな週末もいいかなって思う。木曜日にしか会わなかったころみたいに。

今度の日曜日にはちゃんと教会に行って、お天気がよければそれからジェニーとビーチに行こう。

会えない週末を想っても淋しくないのに、このやるせない気持ちはなんだろう。


少しずつ。少しずつ。少しずつ。出会ったころ、そうお祈りしてたのはわたし。
そうだ。神さまは「少しずつ」をちゃんと叶えてくれてる。
そして少しずつ、わたしの今の祈りはいつかきっと叶う。
週末が毎日に変わる日。なんの心配も不安もない日々。
今夜はジーザスの腕に抱かれて眠りたい。

大丈夫。

貴女も大丈夫だから。

神さまは愛に応えてくれる。無償の愛で守ってくれる。神さまは決して裏切らない。




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プールのある大きなお家 - 2004年07月12日(月)

金曜日。病院のスタッフ専用のジムに初めて行ってみた。フィジカル・セラピーに行ってたジムと違って、マシーンの種類が豊富じゃない。わたしの一番のお気に入りのレッグプレスがないし、うつ伏せになってやる方のレッグカールもない。スタッフ用のフリーのジムなんだからしょうがないけど、2時間エクササイズしてうちに帰ったらすっごいくたびれてうとうとする。

デイビッドが電話をくれて目が覚めた。メールでまた週末ロードアイランドに行くかって書いてきてたけど、土日しかいられないのがつまんないからここで過ごすことにした。

リンカーン・シアターに「Fahrenheit 9/11」を観に行く。
デイビッドは観たくないけど観とかなきゃいけないって前から言ってて、それでも何度も観に行きかけてはやめてた映画。わたしは違う意味でこの映画にものすごい不快感を覚えた。すべてが事実であったにしても、バカにしすぎてる。気持ちのいいジョークじゃなくて笑えない。マイケル・ムーアに頭に来たけどあの映画を観て笑う観客が信じられない。わたしはブッシュの支持者じゃないし、戦争には何がなんでも反対だ。でも反戦がテーマだというなら、あんな映画にわたしは何もメッセージを感じない。残酷なシーンも悲しいシーンも、何を今さらと思ってしまう。よく出来た映画だなんてとても思えない。たとえわたしが究極のアンタイ・ブッシュだとしても、あれではフェアじゃなさすぎる。とにかく、不快な映画だった。

帰り道で入ったダイナーで、わたしが注文したフレンチ・フライにデイビッドがどばどばケチャップをかけて、それだけ食べながら「Fahrenheit 9/11」を延々語る。くたびれ果てて、ベッドに潜ったとたんにふたりして眠りに落ちる。


土曜日は、セントラル・パークのコンサートに行く。デイビッドの自転車にふたり乗り。わたしがサドルに座って、立ちっぱなしで自転車をこぐデイビッドの肩にしがみつく。デイビッドがときどきサドルにお尻を乗っけると、わたしは落っこちそうになる。足を乗せる場所もなくて、わたしは斜め下に足をぶらんと伸ばしたままで、しがみつく腕と伸ばした太腿がキンニクツウになった。どこかのお店の前で子どもたちに配ってた風船を、デイビッドは自転車で走りながらひとつもらってくれた。

セントラル・パークのコンサートは、デイビッドが時間を間違えて見損ねた。待ち合わせてた弟のダニエルはほんとに出来た人で、ちっとも怒らずに「久しぶりにセントラルパパークに来られただけで充分だよ」って言った。コンサート会場のステージに行く途中で見かけたジャズバンドを代わりに見に行く。芝生に転がって3人でおしゃべりして楽しかった。ブルーの風船をわたしは放してしまって、高い木の重なる葉っぱたちのあいだをすり抜けて青い空に見えなくなった。


日曜日は先週行ったアップステイトのレイクに行く。友だちは3週間休暇で留守にしていて、そのあいだプライベート・シェアのレイクに行く許可をもらってる。レイクは誰もいなかった。わたしはナターシャとたくさん泳いだ。デイビッドはあまり泳がずに本ばかり読んでた。行く途中で買ったサラミとホールウィートのパンでサンドイッチを作って食べて、誰もいないから、デイビッドはうつ伏せに寝転んだ水着のわたしの背中から乗っかって抱いた。熱い熱い陽射しを浴びて、くらくらした。最近どこにでも持ってくデイビッドがくれたキャッチ用のグラブとデイビッドの普通のグラブでベイスボールもした。

それから、そこから10分ほど離れたとこに住むデイビッドの別の友だちのところに行った。大きなおうちにはプールがあって、可愛い子どもたちと一緒に遊ぶ。ナターシャはプールに入れてもらえずにフェンスの周りを走り回っては泣くから、わたしは可哀想になって何度も芝生に出てはナターシャと追いかけっこしてた。奥さんはシュガー・レイが大好きな人で、わたしもマークが好きだって言ったら興奮して話が止まらない面白い人だった。夏とプールとシュガー・レイは似合う。デッキでBBQ をして、楽しかった。

デイビッドは、子どものころ自分ちにプールのある友だちが羨ましかったって言った。自分の両親はプールのある大きなお家になんか欲がなくて、代わりに子どもたちに音楽をやらせてるような親だったって。プールのある大きなお家に育った友だちは、プールのある大きなお家を建てて暮らしてる。だけどわたしは誰にもは授からない音楽の才能を自由に伸ばせたデイビッドのほうがうんとリッチだと思う。

そしてわたしはそんなデイビッドと、ずっと一緒に音楽を楽しみながら暮らしたい。プールのある大きなお家なんかなくても、デイビッドは何でもキラキラ楽しむ生き方を知ってる。わたしはプールのある大きなお家なんかいらない。そんなこと、デイビッドには内緒だけど。


ナターシャは子犬に戻ったみたいに駆け回る。
癌なんか、嘘だったらいいのに。


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普通の毎日 - 2004年07月07日(水)

昨日。仕事に復帰した。
もう殆ど普通に近く歩けるようになって、夏が来て、だからもうあと1ヶ月お休みしたいなあとか思ってた。毎日ビーチに行って陽射しを浴びたいよって思ってた。朝、車を運転しながら、久しぶりの仕事にすごい緊張もした。でも5ヶ月ぶりの仕事は楽しかった。また患者さんたち診れるのが、ドクターやナースたちと仕事するのが、嬉しかった。

一日があっという間に終わって、オフィスからデイビッドに電話する。
携帯のバッテリー・チャージャーをデイビッドんちに忘れてきたから、取りに行くために。

まだ陽射しが眩しい7時。
デイビッドはナターシャとふたりでアパートの前の石の階段のところで待っててくれた。それから、今日のベイスボールのゲームでピッチャーをするデイビッドのために、公園で最近ふたりの大のお気に入りのキャッチボールをする。わたしはキャッチャー役で、デイビッドは本気でボールを投げてくる。ボールがバシッと入った瞬間にグラブの中の手がジンと痺れる感覚が好き。ボールを落とすと本気で悔しい。

日が暮れかけるまでやって汗いっぱいかいたあと、デイビッドんちから2ブロック半離れたとこにあるナーシング・ホームを見に行った。わたしの仕事のポジションを募集してて、見てみたかったから。カソリックの奇麗なナーシング・ホームだった。ナーシング・ホームはお給料がいい。仕事はずっとタイクツだけど。

病院を変わることを真剣に考えてるわけじゃない。でもちょっと変わりたい。もしもあのナーシング・ホームで仕事が出来たら。わたしはデイビッドんちの近くに引っ越して、仕事が終わったら日が暮れるまでこんなふうにキャッチボールしたりお散歩して、一緒にごはん作ったり食べに行ったり、今日はわたしんちで一緒に眠って明日はデイビッドんちで一緒に眠って、たまには自分ちで別々に眠って淋しいなあって思ったり。


このあいだパムんちのプールパーティに持ってくつもりで買ったけど気が変わってデイビッドに持ってったパイナップルが、とってもいい匂いに熟れてたから切った。それとチェリーとブルーベリーとバナナ&チョコレート・マフィンってヘンな晩ごはんを食べながら大統領選挙キャンペーンのテレビを観る。帰るつもりだったのに「泊って行きなよ」ってデイビッドが言った。朝早く起きてうちに一旦帰ってから、今日は仕事第2日目。

「おかえり、デイビッドのガールフレンド」ってDr. スターラーがわたしに言った。
「Dr. スターラー、あたしほんとにもうデイビッドのガールフレンドなの。デイビッドがそう言ったんだ」「へえ、そうか。やっと正式にガールフレンドか」。思わずすっごい笑顔になって「うん」って答える。「膝の傷痕、見せてごらん」って言うドクターに、パンツの裾をまくり上げて手術の痕の傷を見せながら「ヒドイ? そうでもない?」って聞いたら、「どっちでもいいじゃないか、きみにはもうボーイフレンドがいるんだから」ってドクターは笑った。


今日、デイビッドはナターシャを2回目のラディエーションに連れてった。
ラディエーションは効いてる。このまま効果があればいい。ずっと元気でいて欲しい、ナターシャ。今日は日本の七夕。わたしはナターシャのことをお願いした。そして、デイビッドとわたしのこと。


「あたし、明日も仕事に行くんだよ」って言ってから自分で笑っちゃった。
これからまた毎日仕事。普通の毎日が始まった。


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神さまがくれた休暇 - 2004年07月05日(月)

6月26日土曜日
ジャックが BBQ に誘ってくれて、夕方から 出掛ける。ジャックが BBQ をするといつも風が強くなって肌寒い。リズウォンが小さなぼうやのジェイコブを連れて来た。くりくりカーリーヘアが食べたいほど可愛かった。

6月27日日曜日
久しぶりの教会。ゲストスピーカーはサイ・ロジャー。素敵なお話だった。仕事で来られなかったジェニーにテープを買う。帰ってからランドリー。

6月28日月曜日
フィジカル・セラピーに行く。セラピーはあと2回。セラピーが終了しても自分で周3回ジムに通ってリハビリを続けるように言われる。「いつまで?」って聞いたら「ライフライム」って言われた。makes sense。お昼に病院に顔を出しに行く。マネージャーもスーパーバイザーも休暇中だから「遊びにおいで」って金曜日にポーリーンが電話をくれたから。5ヶ月ぶりのオフィス。みんながあったかいハグをくれた。

6月29日火曜日
今日もセラピー。終わってから、オフのジェニーとビーチに行く。ロードアイランドで焼いて真っ黒になった体にジェニーが驚く。驚かせたわたしは喜ぶ。気温は高いけどビーチの風は少し冷たくて泳げない。ビーチに寝転んで3時間と少し。また焼けて嬉しい。

6月30日水曜日
今日もオフのジェニーが、お姉さんのステファニーを連れてうちに来て、公園のプールに泳ぎに行く。ステファニーも真っ黒なわたしに驚く。来週ブライズ・メイドをやるステファニーは焼けるのを嫌がって、2時間だけ泳いでからジェニーと帰ってった。わたしはMAXWELL の新しい CD とデイビッドが貸してくれたアイザック・バシビス・シンガーの本とタオルとサンブロックを持って公園に戻る。カンカンの太陽の下で寝転んで、陽がほとんど落ちるまでまた体を焼く。気持ちいい。夜、オスカーと長いこと電話で話す。

7月1日木曜日
最後のセラピー。最後だからって思いっきりやりすぎて、くたびれてくたびれて帰って寝まくり。夕方にデイビッドが電話をくれて、4th of July の週末の約束をする。

7月2日金曜日
教会友だちのパムんちのプール・パーティに行く。水の中でバカな競争をいっぱいしておもしろかった。パーティを10時に抜けて、車の中からデイビッドに電話。帰ってからシャワーを浴びて、デイビッドんちに向かう。


4th of July の週末は、3日ともデイビッドと過ごした。今年は4日が日曜日だから、月曜日が代休のロングウィークエンドだった。4th of July の花火を、デイビッドの友だちのジョルティが誘ってくれたイーストサイドのパーティで観る。気取ったイーストサイドの高級アパートのパーティはつまんなかったけど、アパートのビルの屋上で観た花火は奇麗だった。あの街の花火ほどじゃなかったけど。

行く前に大きな大きなケンカをして、パーティがつまんなかったのはそのせいかもしれない。社交的なデイビッドはとても上手にわたしを扱って、わたしたちは誰の目にもとても仲のいい恋人同士に見えたと思う。デイビッドは、つまらないことにこだわるわたしをデイビッド式のロジックでたしなめる。そう。デイビッドが正しい。だけどロジックでは割り切れないのが感情。ケンカを始めるのはいつもわたし。わたしの中の悪魔がまだ殺されてくれずにくすぶり続けるのがいけない。「ケンカが嫌なのなら、ケンカになるようなことを言うのを自分からやめなさい。それだけのことじゃないか」。この間オスカーに言われた。「If you want it, get it」。そうも言われた。わたしが欲しいもの。確かな愛。気持ちのセキュリティ。そして・・・一緒に暮らせること。

今日は最後の休暇。デイビッドはアプステイトの、裏に小さな湖のある友だちの家に連れてってくれた。ナターシャと3人で過ごした森の中の湖。いつか遠い昔に本で読んだことのあるみたいなところだった。葉の生い茂る木々に囲まれた緑の湖。お魚が泳ぐあたたかい水。静かで穏やかな森の中の長い一日。それはほんとに、物語のいち頁のようだった。

日が暮れかけて、わたしたちは帰る支度をする。長かった5ヶ月の休暇のお終い。

きみはちゃんと乗り越えたよ。大けがも大きな手術もそのあとの痛い毎日も。ほんとによく頑張った。おめでとう。最初の3ヶ月は何も出来ずに大変だったけど、きみは子どものときにやったピアノをまた始めて、ふたりで一緒に演奏する楽しみが出来て、ふたりでキャッチボールする楽しみも出来て、ふたりでロードアイランドでたくさん過ごして、痛い思いはしたけどそんなに悪くなかっただろ? そう思わない? 神さまがくれた休暇だよ。僕はきみと過ごす時間が前よりもっと好きになった。

デイビッドは抱き締めてくれる。わたしは涙が溢れる。
わたしを抱き上げたデイビッドを、「あなたがもう少しエモーショナルになってくれればいいのに」ってわたしは茶化す。わたしにロジックは働かない。デイビッドは笑わずに「そうだね」って言った。


神さま。長い休暇をありがとう。
神さま。わたしは明日から仕事に戻ります。
神さま。すべてが上手く行きますように。
神さま。これからのすべてが上手く行きますように。
神さま。わたしに、わたしとデイビッドに、わたしとデイビッドとナターシャに、穏やかな幸せをください。

神さま。休暇をありがとう。

ありがとう。




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