天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

指 - 2001年06月30日(土)

男の人の指ってセクシーだと思う。
わたしが男の人の体の中で一番色気を感じるところ。

指って、なんか顔にはない表情がある。
形にも、動きにも、くせにも。


あの人の指、好きだった。
なんだか、あの人そのものだと思った。

指先がちょっと外側に反って
鍵盤に当たらない指の関節がまっすぐに伸びて、
飛び跳ねるようにキーボードの上を踊るあの指。

お箸を持つときにひとつだけそっくりかえって
反対方向を向いちゃう親指。

たまらなくなって「指、ちょうだい」って言ったら
ちゃんとわかって、わたしの口に入れてくれた人差し指。

シーツに両手をついたあの人の右手の指を
あの人の下でわたしは左手できつく握りしめた。
あのときの指。
からだがバラバラになりそうで、ずっとしがみついていた、指。


もっともっと触れたかったよ、あなたの指に。
もっともっと触れてもらいたかった。あなたの指に。


せめてここに、あなたの指だけでもあったらいいのに。
・・・気持ち悪いこと言ってる?






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面接の帰り - 2001年06月29日(金)

今日も面接に行った。
先週行った病院の、別の病棟だった。
今日は車で行ったら、お約束通り道を間違えてしまった。
地図を持ってても、ちゃんと行き方を教えてもらってても、間違える。
でも街の中をぐるぐるドライブしたおかげで、そこがすごく素敵なところだということを発見した。
シティとボストンを足して2で割ったみたいなところ。
古い煉瓦のアパートが建ち並ぶ住宅街。煉瓦の赤に街路樹の葉っぱの緑が映える。
住宅街をはずれると、そこはシティと同じ喧噪。
マナーのひどい車がクラクションで喧嘩しながら行き交う。そういうのも好き。
橋を渡ればシティ。蚊トンボの足のような地下鉄の線でも繋がってる。

また素敵な街を見つけて、
また引っ越し願望が生まれちゃった。

実際には当分無理だろうけど。
とにかく先に仕事見つけなくっちゃ。
それに、国家試験の勉強も・・・。

「がんばれ〜、ほどほどにがんばれ〜」ってメールをくれた。
そうやって、いつもプレッシャーかけずに応援してくれるよね。
いつだったか、「落ち込んでる人を励ましてあげようと、明るい音楽ガンガンかけたりしたら逆効果なんだよ」って話をしたら、「あーわかる。病気の人にがんばれって言ったらよけいに辛くなるもんな。本人は病気っていうだけで頑張ってるんだから。」って言ってくれた。ちゃんとわかる人なんだ、そういうこと。

面接は受けるばっかりで、全部結果待ち。長いことかかる。ゆううつになる。
友だちともずっと会ってない。会いたくない。でも、そう言っても責めないでいてくれる。

「待ってるのってしんどいよね。ずっと何もしてなくて、今なんにもやりがいが感じられないんだろ? ひとりでいるし、よけい気が滅入ってるんだよね。」
「だから毎日電話くれるの?」
「そうだよ。最近ずっと元気ないもん。」
最近泣いてないのに。ちゃんと笑って話してるのに。
「無理してない? 電話。」
「してないよ。話がしたいし、電話してあげたい。」
「ほんと?」
「ほんと。」
元気づけてくれるため? わたしのため? それだけ? あなたは?
「・・・。」
「わかってるよ、きみが考えてること。大事だし、好きだから、そう思うんだよ。でも今僕が言ったこと、きみは5%くらいしかわかってないんだろうなあ。」
「どのくらい大事?」
「富士山くらい。」
おかしい。おかしくて、嬉しくて、笑った。
「じゃあ、どのくらい好き?」
「きみは僕のこと、どれくらい好き?」
「世界中で一番好き。」
思いっきり元気よく答えてしまった。今度はあなたが笑う。笑うけど、同じ言葉をあなたは返せない。わたしは返してもらえない。
「あなたは?」
「エベレストくらい。」
「うそ。うそだよ、それは。」
だってそれ、世界一高い山じゃん。わたしは絶対一番じゃないもの。
「ほらまたあ。そうやって暗ーくなる。」
「ほんとのこと言ってよ。・・・だめ。やっぱりうそでもいい。」
また笑う。笑ったあとで「よく聞いてて。いい?」、そう言ってから、囁いてくれる。
「好きだよ。」
「今のはほんと? うそ? どっち?」
「ほんとだって。」

子どもみたいな会話。それでも、飾り立てた言葉よりあなたのそんな言葉が好き。
そして言ってくれた。

「無理しなくていいんだよ。がまんしなくていいんだよ。泣きたいときは泣いていいよ。無理して頑張らなくていいよ。」

また崩れそうになった。


こんなにおんなじ感じ方できるのに。こんなにわかってくれるのに。あなたはわたしの彼じゃない。


面接に行くときはきちんとおしゃれしてくから、帰りにあなたに会いに行きたくなる。






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最後の日 - 2001年06月28日(木)

次の週には一緒に旅行に行くはずだった。「一緒に曲作ろう」とも言ってくれてた。「そんなのわたし、出来ないよ」「きみがこういうのがいいっていってくれたら、それを僕がメロディーにするから」。そんな素敵なことが出来るんだ、ってどきどきしてたのに。

「もう会わないでいよう」。
そう言ったのはあの人だった。わたしが日本にいる間にわたしの秘密を見つけた夫は、あの人を脅した。夫から送られてきたメールに、あの人は怯えてた。わたしの不注意だった。夫はわたしのあの人専用のメールアドレスを見つけて、「秘密の質問」の答えをいとも簡単に探り当てた。バカみたいにまじめに作った「質問」に、わたしはバカみたいに正直な「答え」を入れてたから。夫ならわかる答えだった。夫はわたしとあの人のメールのやりとりを全部読んでしまった。

「もう隠さなくていいよ。全部知ってしまったから」。夫から日本にメールが届いた。「彼からも連絡があっただろう? 僕がメールを送ったから」。
血の気が引いた。絶対あってはならないことが起こってしまった。すぐにあの人に電話した。あの人はまだ夫からのメールを読んでなかった。読んだあの人は、夫と話をするから電話番号を教えてほしいと言った。怖かった。「なんで? 何を話すの? なんて言うの?」「大丈夫だから。心配しないで」。あの人の口調は優しかったけど強くて、わたしはそれ以上抵抗出来ずに、番号を教えた。

ふたりがどんな話をしたのか、本当のところはわたしには今でもわからない。
「だんなさん、きみのこと心配してた。電話してあげて」。わたしは黙ってた。夫のことより、夫とわたしのことより、あの人が心配だった。夫がどんなメールを送ったのか、聞いてもあの人は教えてくれなかった。夫が脅したということだけはわかった。「心配しなくていいよ」。あの人はそう言ったけど、だいたいは察しがついた。夫のしそうなことだ。わたしにはわかる。「今電話してあげて」。もう一度そう言ったあの人の言うとおりに、わたしは電話をかけた。

「とんでもない男だったよ」と夫は言った。「もう忘れるね? きみは悪い夢を見てたんだ。取り返しのつかないことになる前にわかってよかったよ」。夫はあの人をまるで犯罪者のように言った。あの人は「とんでもない男」を装ってくれたんだ。

「もう会わないでいよう。僕は申し訳ないと思ったよ、きみのだんなさんに。」
気が動転した。いや。いやだ。いやだ。そんなこと言わないで。
「あたし、どっちか選べっていわれたら、あなたを選ぶ。」
そのときのわたしには、それが全てだった。わたしは泣きながら訴えるように言った。あの人はそれに答えなかった。
「これだけはわかって。このことで僕がきみのことを、きみとのことを、嫌になったっていうんじゃない。ただ今は会わないほうがいい。来週会う約束はやめよう。きみが日本にいるあいだはもう会わない方がいいよ。」

冷静な口調だったけど、あの人は怯えてた。話をするほどに怯えが伝わってきた。
「友だちや家族にまで迷惑はかけられない。それから、彼女もいる。」

最後の一言がきつかった。だけど、それよりもあの人の怯えを取り除いてあげたかった。あの人をこんなにも怯えさせた夫が許せなかった。わたしがあなたを守ってあげる。どんなことしてでも、アノヒトからあなたを守ってあげる。アノヒトに、あなたが心配してるようなこと、絶対にさせない。そんなこと、絶対起こさせない。会うことが怖いというのは、わかってた。それでも会わなくちゃ伝えられない。顔を見て、伝えなくちゃいけない。

「もう一度だけ、会って。少しでいいから、どうしても話したい。ちゃんと顔を見なくちゃ話せない。お願い。会って。」

あの人の街からはうんと離れた友だちのところにいたわたしは、すぐには飛んで行けなかったし、あの人もそれは望んでなかった。何日かおいてから会うことを、あの人はやっと承諾してくれた。突然訪れた最後の日だった。



日記が見つかる心配をしたからか、同じ季節がやってきたからか、あの人がこのごろ優しすぎるからか、ずっと思い出してる。優しすぎるから怖いよ。悪いことはいつも突然やって来る。




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怖くなった - 2001年06月26日(火)

昨日から胃がきりきり痛い。胸がざわざわする。胸騒ぎ?

夫から10日ほどまえにメールが来てた。また調子が悪い。今度はちょっとひどそうだった。「もう疲れました」なんて最後に書いてるから、不安になってすぐに電話したけど繋がらなかった。「心配だから、電話して」ってメールを送ったのに、ずっと返事がなかった。昨日やっと一文だけのメールが来た。「もう大丈夫です」。


もしかしたら日記読まれちゃったのかなと、ふと思った。そんなはずはないとは思うけど、もし読んじゃったら絶対わかる。一回バレてるからなおさら怖い。絶対わかるようなことしちゃだめってあの人から散々言われてる。夫はあの人に何するかわかんないから。前もそうだったから。


電話をかけた。もう大丈夫だからって言うだけ。でもなんか違う。「何かあったの?」って探ってみたけど、「いや、そういうわけじゃない」って言う。なんか違う。体調がもう大丈夫っていうのはわかったけど、様子が違う。「またこっちからかけるから」って夫は電話を切った。

全然根拠はないけど、不安が日記に繋がるよ。
やめた方がいいのかな、日記。どうしよう?

見つけないで、お願い。
取り上げないで。あの人も、この日記も。
ここに書いてると、救われるの。知らない人に読んでもらってることに救われてるの。あの人への思いも、胸の内の苦しみも、毎日揺れる気持ちも、秘密の思い出も、言葉にして書き留めたかった。そうしたら、ちょっと楽になれた。顔も知らない誰かに話を聞いてもらえて、聞いてくれる人がいっぱい増えて、上手く言えないけど、今はそれにすがりついてる。もう、ひとりで抱え込みたくないよ。





カウンターの数字がすごい上がってて、びっくり。
読んでくれてありがとう。ほんとに支えられてます。
おんなじように辛い人の日記も、元気な日記も、おもしろい日記も、救ってくれてる。
メールにもお返事くださってありがとう。
続けられるよう、見つかんないよう、祈っててください。
ちょっと今日は、突然怖くなっちゃった。


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娘の秘密 - 2001年06月25日(月)

結婚して15年、子どもが3人いるその人は、奥さんにはもう愛情がないという。一年以上セックスもないという。

インターンが始まって一ヶ月ほど経って、あの人も新しい仕事を始めたばかりで電話がほとんど出来なかった頃、日本語が恋しくて、時々ICQで会話していた相手だった。とにかくおもしろくてわたしを笑わせてくれた。話し相手が欲しくなると、ICQをオンにしてその人が呼び出してくれるのを待った。わたしから呼び出すことはなかった。ただ話し相手が欲しかっただけなのに、その人はわたしのことを好きだと言い始めた。それ以来遠ざけるようになってたけど、昨日の夢が辛くて、思い出したようにICQをオンにした。

「じゃあ、外でするの?」って聞いたら、風俗だと答えた。「今はいろんなのがあるからね」。浮気も何度かして、奥さんにバレたこともあるって言った。泣かれて鬱陶しかったとも言った。「奥さんにもいい人が出来るといいのに。もういるかもよ」って意地悪く言ったら、それならそれでその方がいいという。いなけりゃ不便だから別れようとは思わないけどね、と言う。「あたし、奥さん応援するよ。誰かいい人できて幸せになって欲しいな」って言うと、「女の味方だね」なんてとんちんかんな返事をした。そしてわたしのことを真剣に好きだと、歯の浮くようなことをたくさん言う。わたしには別居中の夫がいて、別に好きな人がいるって知ってるのに。「俺は略奪愛に燃える男だから」とか言って。

もちろんそんなことは真に受けないし、嬉しくもないし、そういうことを誰にでも簡単に言う人なんだと思った。なんだか人の家庭のことなのに悲しくなった。そんな男は別に特別じゃないのかもしれないけど。わたしがとやかく言うことじゃないし。

ただ、思った。あの人はこういう人じゃない。わたしには、わかる。あの人は奥さんになる彼女をずっと大切にする。ずっと愛し続ける。ずっと守る。それがなんだか誇らしかった。自分の恋人でもないのに、そんなあの人を誇りに思った。そんな人だから、なおさら好きなんだ。そして、そんなふうな自分が辛くなる。あの人が結婚しちゃうことが悲しいくせに。どうしようもないくらい苦しいくせに。結婚なんか、ほんとはして欲しくないくせに。


ICQの後味が悪くて、なんとなく母に電話した。こっちもものすごく久しぶりだった。とりとめのない話をしたあと、「また日本に帰りたい」とぽつりと言った。「何言ってんの、去年帰って来たばっかりじゃない。前のところでは一度だって帰って来やしなかったくせに」。そう言って母は笑った。「だって、ここ好きじゃないんだもん」「ちゃんと仕事を見つけてから、有給休暇で帰ってらっしゃい」。そう言う母の言葉が嬉しくなった。

母親っていうのは、娘の秘密がわかるらしい。初めてキスした日も、初めてセックスした日も、母には気づかれてた。離婚を決心したときに、ただ「元気?」って電話をしただけなのに、「一緒に旅行に行こう」と言い出してくれた。何も言わなかったのに。ずっと会ってなかったのに。

今日本に行ったら、もっと辛くなるかもしれない。あの人の彼女に距離が近くなる分、辛くなる。会えるかもしれないけど、きっとそれがもっとわたしを辛くする。会いたいけど、おかしくなりそうなくらい会いたいけど、あの人も、あの人とあの人の彼女が住む街も、きっと去年のようにはわたしを迎えてくれない。そんな気がする。

母は何も知らないけど、何かがあって帰りたいと言ったことを察したんだ。帰るとわたしが苦しむことも、嗅ぎ取ったのかもしれない。

「あんな母親だけにはなるな」と父は言ったけど、わたしは母が好き。お母さんみたいな母親になりたかったんだよ。


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わからない - 2001年06月24日(日)

腕の中にあの苦しそうなあの娘がいた。過去じゃなくて現在だった。戻って来た彼女がいた。逝く前の、続きだった。わたしの腕に頭をあずけたまま、あの娘は苦しそうに吐いた。ごぼごぼと白いミルクが小さな口から溢れ出た。全部吐き出したら、「おなかがすいた」とつぶやいた。

「なんか食べさせてやろうよ。せっかく戻ってきてくれたんだから」と夫が言った。
「どうしよう? 材料がないよ。あのトマトソースがない。普通のトマトソースでいいかな?」

彼女には特別な食事を作っていた。でもトマトソースなんか使ってなかったのに。

突然場面が変わった。映画のロケだった。
わたしはあの娘を抱いたまま、黒山の見物人の最前列にいた。撮影の見物人じゃなくて、エキストラをやっていた。あの娘がむずがるから、撮影は何度も取り直しになって、誰かがとうとうわたしとあの娘を後ろの方へ押しやろうとした。すると監督がそばにやってきて、片手を伸ばしてあの娘の頭を抱くと、あの娘のほっぺにキスしてくれた。それが嬉しかった。「ありがとう」。何度もお礼を言った。

また場面が変わった。あの娘は元気だった。黒いベルベットのドレスがかわいかった。あの頃のように、わたしのあとをついてまわって、足にまとわりついてた。抱き上げたら、「ママ大好き」と言ってわたしの首に抱きついた。せっかく来てくれたのに、わたしと夫は出かけなくちゃならなかった。いつもの友だちを呼んであの娘を見てもらうことにした。そんなことはしたことがなかったのに、夢の中には「いつもの友だち」がいた。あの娘をおいて出かけることなんかもしたことなかったのに。「あたしは大丈夫よ。ママも大丈夫だよね。ママは幸せだよね」。あの娘はそう言って、チビたちと戯れた。夫と一緒に帰りの飛行機の搭乗ゲートに並んでたら、友だちがやってきて言った。「あの娘は帰ったよ」。胸がはりさけそうだった。

隣りの列で女の子が誰かに何かをおねだりしているのが聞こえた。聞き慣れた声の返事が聞こえた。「結婚してからね」。あの人の声だった。わたしはそっちを見ないように、一生懸命列の前方を見ていた。ガラスの向こうにあの娘がいた。こっちを見て笑ってた。

目がさめた。あの人の声が耳に残ってた。

わたしは思い出した。ここにひとりで来たときに、聞こえたあの娘の声。

「大丈夫よ、ママ。そんなことはちっぽけなことよ。わたしは自分がどれほど幸せに生きたかって、今はとてもよくわかるの。病気であんなに苦しかったこともなんでもなかったと思えるくらいに。ママの人生も、いろんな苦しいことがあったとしても、とてもとても幸せな人生なんだよ。わたしが守ってあげるから心配しないで。ママは幸せなんだよ。」

わからなくなった。わたしは幸せなの? なんでこんなに苦しいの? それはなんでもないことなの? わたしはどうすればいいの? 昨日の夢で、何を言おうとしたの? 何が言いたかったの? あの人を連れ戻しに来たわけじゃないの? 

あの娘に会いたい。


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これを伝えたくて - 2001年06月23日(土)

「大丈夫よ、あなたのこと愛したりしないから」
初めて送ったメールの最後に書いた。
絶対困らせたり傷つけたりしないって,
初めて会ったときに決めた。

とっくに愛しちゃったよ。
困らせてばっかりいるし、もう何度も傷つけちゃったよ。

自分にルールをつくるのは、それを破りそうなのがわかってるから?


夏が近い陽差しの中でくるくる踊る天使を
見つめながら、追いかけながら、思ってた。

わたしを救ってくれたかけがえのない人だから、
今度はわたしが守ってあげる。
遠いとこにいても、いつでもちゃんと助けてあげるよ。


これはルールじゃないの。
見失いかけてたけど、絶対消えないわたしの思い。


翔ぶことに疲れたら翼を休めにおいでよ。
翼が傷ついたらわたしが直してあげる。
頭の輪っかが風に飛ばされそうになってたら
おしえてあげるから、
ちゃんとしっかりつかまえるんだよ。

ゆうべくれたメールを見て、またそんなふうに思えたよ。
わかんなくてもいいの。わたしはそう思ったの。

「今日はつかれているのでメールしないでおこうと思いましたが
 デュラン最高でした。これを伝えたくてメールを書いております」







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写真 - 2001年06月22日(金)

新しいあなたの写真。

「カッコイイー。あなたじゃないみたい。」

思わずはしゃいだけど、「あなたじゃないみたい」なんて思えるほど、わたしはあなたの顔を知らないんだ。


わたしの大好きなあの微笑みと、おしゃべりのときの笑顔。からかうときのいたずらっ子な顔。甘える顔と、わたしをなだめる大人の顔。下からじっと見上げる心配した顔と、下を向いて鼻を触る照れたときの顔と、考えるときに口を尖らせる顔。情熱を抑えるようにして真剣に話す顔。離れたところからわたしを探す顔と、見つけてくれた時の顔と、抱き寄せてくれる時の顔。並んで歩くときの横顔と、こっちを向いて話してくれる時の顔。振り向いたときの顔。歌うときの顔。たばこを吸う時の顔。雑誌を見る顔。おどけたときの顔。食べる顔。キスのまえの顔。抱いてくれた時の、いろんな表情の顔。それから、それから、それから・・・。最後の顔。いつまでもわたしを見てくれてたあの最後の別れ際の顔。

たった5日分のあなたの顔。たくさん見た。大切に、思い出してる。決して色褪せたりしないけど、もうそれは一年前のあなた。あれから声しか聞けないあなたの、電話の向こうの顔は、わたしにはわからないんだね。ずっと声を聞いてるから、わからないってことがわかんなかった。わたし、声しか知らないんだ、今のあなた。


新しいあなたの写真はまぶしかった。
じっと見ていられなくってクローズしたら、泣きそうになった。
黙っていたら、「すてきぃ〜とか思ってんだろー」ってあなたは笑う。

素敵だよ。素敵。また少し大人っぽくなったね。前の写真は半年以上も前のだった。あの写真もかっこよくって、「これ、絶対あなたじゃないよ〜。カッコよすぎ」なんて、誉めたんだか、からかったんだか。「失礼じゃん」って言いながら、嬉しそうだったよね。あの時も、大人っぽくなったなって思ったけど、こんな気持ちにはならなかった。

また黙ってるから、「どうしたの?」ってあなたは心配する。「写真見たら、会いたくなった」。少しだけ自分の気持ち、ごまかした。会いたいのはいつも。


「ねえ、あたしの顔、覚えてる?」
「覚えてるよ。こないだ写真も送ってくれたし。」
「写真じゃなくて。」
「そりゃあ覚えてるよぉ。きみは忘れたの、僕の顔?」
「忘れないよ。」

悲しいのか、嬉しいのか、わかんなくなっちゃった。
もう少ししたら、あの新しいあなたの写真、また開けてみよう。もう泣きそうにならないような気もする。


今日あの人は Duran Duran を見に行く。最終公演を選んで。
「いいなあ。」
「コーフンして失禁するかもしれないよ。」
「あたしの写真、持ってって? あたしにも見せて。」
「『これがきみが見たかった Duran Duran だよ』って? 死んだ人じゃん。」
「いいから。持ってって。ね? いいなあ。」

誰にも邪魔されたくないから、ひとりで行くって言ってた。ひとりのあなたをわたしの写真が占領するの。「いいなあ」っていったのはね、そんなに嬉しそうなあなたがいい、ってことなんだよ。どんな顔して見るのかな。わたしのまだ知らない顔。


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淋しいと痩せる - 2001年06月21日(木)

痩せた。

見た目には多分かわらないんだろうけど、痩せてる。
唯一サイズが合ってたmaviのジーンズが、久しぶりに履いたらウエストにグーが入るくらい大きくなってた。腕時計はちょっと前からゆるくなってたけど、サンダルまでゴソゴソ。足も痩せるんだ、って驚いた。

ゆうべベッドの中で自分の体に手を這わせてみたら、肋骨がものすごいゴリゴリしてて恐くなった。背中の方までゴリゴリだった。鳩尾もごっそり落ち込んでた。「解剖学」って言葉が頭に浮かんだ。


だから今日はちゃんとごはんを作った。だけど、自分のためだけにごはんを作って自分ひとりで食べるくらい、味気なくって空しい食事はない。
「僕が作るサンドイッチはおいしいよ。ちょっと特別なんだ。」
「オムライスも作ってあげる。」
そんなこと言ってたあの人の言葉を思い出す。

よくみんなを家に呼んで、パーティしたな。夫はそういうの、あんまり好きじゃなかったけど、お料理は喜んでくれた。あの娘はお客さんが家に来るのが大好きだったから、それも喜んでた。

勉強が嫌になるとキッチンに立っては、マフィンやクッキーやケーキを焼いた。夫はわたしが焼くチーズケーキがどこのよりおいしいってベタ誉めしてくれた。ブルーベリーをいっぱい入れたのが一番好きだったっけ。摘んできたブラックベリーを代わりに入れて焼いたら、「ブチブチしてて気持ち悪い」なんて言われたな。

そんなことも思い出す。


あの人はわたしを抱きながら、「痩せてるね」って言った。「それがかわいいけど」って。わたしの存在を腕の中で感じてくれてるのが嬉しかった。

初めて抱きしめられたとき、夫もおんなじこと言ってた。「それがかわいい」とは言わなかったけど。夫は体が大きくて、自分がちっちゃくちっちゃく感じるのが、なんか幸せだった。


淋しいと痩せるんだよ。それで、痩せると淋しくなるの。
そばに誰もいない。ごはんを作ってあげる人も。夫の温もりさえなつかしくなる。
ひとりぼっちなんだなあって、つくづく思った。





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「ねこふんじゃった」 - 2001年06月20日(水)

電車に乗って、一緒に楽器やさんに行ったね。
車がビュンビュン行き交う道路をあなたは平気でジェイウォークするの。
手を引いてくれないから、わたしはひとり道路のまん中に取り残されて、
車の流れが切れるまで、泣きそうになりながら待ってた。
歩道にたどり着いたあなたは、わたしを振り返ってちょっと驚いた顔したけど、
わたしが道路を渡り切ると、にっこり笑って、またひとりでさっさと歩き出した。

ーなんで? タクシーを降りるときには、手を貸してくれたのに。

あなたは器用に人の合間をぬいながら、どんどん早足で歩いてく。
わたしは人波に上手く乗れなくて、誰かとぶつかりかけてばっかり。
立ち並ぶお店の一軒に、突然あなたが吸い込まれて消えた。

そっか、ここに来たくて気がはやってたんだ。大きなビルの楽器やさん。
エレベーターでふたりっきりになったすきに、あなたはほっぺたにキスしてくれた。


何を買いに行ったんだっけ? 何か大事なものが要ったんだよね。
なのにあなたはキーボードに釘付け。
あなたの指から手品みたいにメロディーが生まれる。
「何の曲?」って聞いたら、「今僕が作った」って笑った。

「きみも何か弾いて?」「弾けないよ。」
「『ねこふんじゃった』でもいいよ」「あ、じゃあ、あなたが弾いて」。
わたしが違うパートを弾いて、楽器やさんで『ねこふんじゃった』連弾しちゃった。
でもあなたって、『ねこふんじゃった』を途中までしか知らないの。
「それ、教えてよ。どうやって弾くの?」。
わたしが弾いたパートのメロディーを、あなたはすぐに覚えて弾く。
だけどそのあとパートを変えて連弾したら、上手く行かなかったね。
わたしが、覚えたてのちょっとぎこちないあなたの指の動きに合わせようとしたから。


今わかった。勝手に合わせちゃいけないんだ。
そういえば、あのときあなたは言った。
「だめだめ。ちゃんと普通のテンポで弾いて。僕に合わせちゃだめ」。
ちゃんとどっちかが常にしっかりしてなくちゃ、両方ともダメになっちゃうんだ。

あなたはいつも強い人。決して自分のペースを崩さない人。
だから続けられてる。
やめたほうがいいかなって時々思う関係、あなたの強さに守られてる。


わたしを置いてきぼりにした、あなたのジェイウォークも。
あのときあなたがわたしの手を取ってたら、恐がるわたしが足手まといになって、きっとふたりで道路の真ん中から動けなくなってた。
あなたはひとりで行ってしまったけど、あとからわたしが渡り切るのをちゃんと向こうで見届けて、微笑んでくれたよね。「もう大丈夫だね」って。

あのジェイウォークは、あなたの結婚?
ひとりで行ってしまうね。
でもまたちゃんと、振り返ってくれるの? 大丈夫かどうか、確かめてくれる?
そして、あなたにもう一度追いつけた時には、「ほらね」ってキスしてくれる? あのときみたいに。


『ねこふんじゃった』、この次はきっと上手く行くよ。
曲のつづき、教えてあげる。今度は、最後まで一緒に弾きたい。

いつかまた一緒に弾けるのかな。








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ごめんね - 2001年06月19日(火)

「『声聞きたい病』になった」ってメールを送った。
「『声忘れた病』が併発しかかってるんだって。先生に言われた」って書いた。

そしたら電話をくれた。

外から帰ってきて留守電のメッセージを聞いてたら、電話が鳴った。
あの人の声だったから驚いた。「どうしたの?」なんてはしゃいだ声出したら、笑って「病気になったの?」って言った。

一週間経ってないのに、声が聞けた。
「よかった。今ちょうど帰ってきたとこだったの。」
「2回かけたんだよ。朝の4時頃から起きて仕事の作業してたんだけどさ、ふと、いるかなと思って。で、メールチェックしたら来ててさ、病気になってるっていうじゃん。」
そう言って、また笑った。
 
嬉しくて嬉しくて、電話を持ったまま子どもみたいにベッドに飛び乗ったり、枕を抱きしめたり、チビたちの顔をむちゃくちゃに撫で回したり。突然の電話ってこんなに嬉しいものだったんだね。

嬉しくて嬉しくて嬉しくて、声の調子まで違うわたし。

なのに、自分から泣くようなこと言って、お決まりのように泣いてしまった。

いつもあの人が話してくれる「あのこと」。
わたしがしたあることを、あの人はものすごく感謝してくれてて、いつかお返しをするってずっと言ってくれてる。それは少しお金のかかることだから、今すぐは出来ないけど、ずっとずっと少しずつお金を貯めて、いつか絶対わたしのためにしてくれるって言う。「言葉じゃ表せないくらい感謝してるから。きみがいいっていっても、それだけは絶対僕はしたい」って、計画してくれてること。

嬉しいけど、結婚したらもう無理だとわたしはあの時から思い始めてた。そして、あの人がその話をするたびに、胸の奥に引っかかるようになってたことがある。言わなかったのは、結婚のことを自分から話題にしたくなかったから。あの人と彼女が一緒に決めたふたりの生活の方法なんて、知りたくなかったから。

今日あの人がその話をした時、なぜかわたしは言い出してしまった。
「結婚したら、どうなるの?」
「ちゃんと、実現できるまでお金貯めるよ?」
「だって、どうやって? 結婚したらひとりじゃないんだよ。ふたりで生活するんだよ。」
「なんで? 僕が働いて稼ぐお金だよ。おこづかいから少しずつ・・・」

ほらね。聞きたくなかったでしょう? バカなんだから。バカ。ほら、もう泣き出した。

「無理だよ。出来っこないよ。いやだよ、そんなの。だからいいよ。」
「・・・わかった。じゃあ、結婚するまでにできるだけ頑張ってそれから・・・」
「違うの。そうじゃなくて、そうじゃなくて・・・。」
いやなの。あなたひとりのことじゃなくなる。間接的にだって、ふたりの生活になんか触れたくないの。関わりたくないの。

「泣いてない」なんて言ってもバレてる。理由を聞かれても「言いたくない」の一点張り。なだめたり、笑わせたり、囁いてみたりしながら、あの人はわたしのこころの扉を叩いてる。ーごめんね。バカなこと言い出さなきゃよかった。そう思いながら、内側から自分でそっと扉を開けてみた。

「あのね、お返ししてくれるなら、あなたからしてほしいの。
 あたし、あなたにしてあげたの。あなたのためにしてあげたかったの。あなたのためだけなの。」

自分のプライドを守る精一杯の言い方。遠回しなイヤな言い方。それなのにそんな言葉で全部わかってくれたあの人は、開いた扉から腕を伸ばして、わたしのこころを抱きしめてくれた。

「ごめん。きみのそんな気持ち、考えてあげてなかった。ごめんね。もう一度方法考える。きみを悲しませないで、決めてることちゃんと出来るようにする。ごめん。」

なんでそんなに優しいの? 悪いのはわたし。あなたがそうやってわたしの気持ちの全てを認めようとしてくれるのをいいことに、わたしは甘えすぎてる。自分の気持ち、ぶつけすぎてる。それに、せっかくのサプライズの電話、台無しにしちゃった。

謝ったら、「きみは悪くないよ。きみは全然悪くない。だから、ごめんねって言わないで。メールにも書いちゃだめだよ」って。


だから、言わない。メールにも書かない。
そのかわり、ここにいっぱい書く。
ごめんね。ごめんね。ごめんね。言っちゃいけないことだったよね。きっと傷つけたよね。ごめんね。ほんとに、ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。
ごめんね X 1万回。 手抜きじゃないんだよ。


「電話ありがとう。すごくすごくすごく嬉しかった」ってメールを送った。


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父の日 - 2001年06月18日(月)

最初の結婚を反対されて家を出て以来、父には殆ど会ってなかった。結婚式にも父は来なかった。というより、式の日時も父は知らなかった。一度だけ、父が倒れた時に病院に行って、会った。ベッドの中から手招きしてわたしを呼ぶと、父はわたしの手を握って涙を流した。それが嫌でたまらなかった。それでも、生命への危険性があるという検査を受ける日に、朝早くからもう一度会いに行った。ベッドはもう空っぽだった。エレベーターの中で真っ青な顔をしてベッドに横たわってる人が、父に見えた。必死に目を凝らして探った。父ではないとわかるまでにものすごい時間がかかったような気がした。看護婦さんが訝しげにわたしを見てた。それから、10年前に、もう一度会った。父に会いに行ったわけじゃないけど、母に会いに行くと必然的に父にも会わざるを得なかった。離婚したことと、再婚したことと、翌日日本を出て外国で暮らすことをいっぺんに報告した。しばらく沈黙してから「今度の相手は外国人か?」とだけ父は聞いた。

去年の父の日。わたしはプレゼントを贈った。父のところに泊まってた。一時帰国の理由が父にお金を借りるためだったから。ひどい娘だと思った。でもそれよりほかに方法がなかった。ひとりで生きていくために、どうしてもすぐにインターンをして正規の資格を取りたかった。インターンの費用はわたしには莫大で、それだけの自分の貯金なんてなかったし、これから別居する夫に借りるわけにはいかなかった。

10年ぶりに会った父は、わたしの帰国を喜んでくれた。優しかった。とてもとても小さくなってた。それでも、好きになれたわけじゃない。自分の妻を妻として認めず、娘の母として認めず、家庭を顧みなかった父。それなのに母の離婚の申し出を頑なに拒否しつづけて、母を苦しめた。父にも言い分があったのかもしれない。だけど、わたしには関係なかった。「あんな母親にだけはなるな」と育てられたわたしは、その言葉だけで父を憎み続けた。

父の日のプレゼントを買うのに、あの人がつき合ってくれた。わたしは父に対して、とても優しい気持ちになってた。あの人といると、優しい気持ちになれた。父のことも家族のことも何も話してなかったし、「お父さんにプレゼントしないの?」なんてあの人が言ったわけじゃない。あの人といると、ただ優しい気持ちになれた。

弁護士を立てて、4年前にやっと母は、父から、辛い結婚から、解放された。幼いときからずっと、こんな結婚だけは嫌だと思ってた。父が嫌いで、家が嫌いで、とにかく早く出たかった。家を出るには結婚しかなかった。結婚して自分は幸せな家庭を築くんだ、と決めていた。

今の夫と上手くいかなくなり始めた頃、わたしの頭の中にはセオリーが出来上がってた。「幸せな家庭に育たなかった人は幸せな家庭を築けない。なぜなら、幸せな家庭がどういうものか知らないから」。

間違ってるかもしれない。でも少なくともわたしには正論だった。幸せを求めすぎて、愛情を求めすぎて、相手の言葉や態度に異常に神経質だった。夫に少しでも父が母に対して取ったと同じような言動を見つけただけで、異常な反応を示した。「幸せな家庭」はいつもわたしの「課題」だった。考えて考えて、答えを見つけようとしてた。未だに答えは見つからない。当然だ。幸せな家庭がどういうものか知らないから。そして、それは考えて築けるものじゃないから。

昨日の父の日。わたしは電話さえしなかった。インターンが始まってから、父は週に一回必ずメールをよこした。医療に携わってる父はアドバイスらしきものを毎回並べ立てた。日本とこっちじゃ医療システムも違うし、日本語の難しい医学用語が分からないわたしにはあまり役に立たなかったけど、あの人がわたしにくれた父への優しい気持ちはまだ残っていた。わたしはちゃんと返事を送ったし、お金を貸してくれたことにはずっと感謝してた。

あの人から結婚することを聞かされて、インターンの課題がたまりにたまってて、目前に卒業試験を控えてて、自分にむち打ってむち打って泣きながら這い上がろうと苦しんでたあの頃、父からのメールに返事を書けなかった。放って置いたら電話がかかってきた。話したくなかった。そんなわたしの気持ちなんか知るわけもなく、父は反応のおかしいわたしを責めた。あげくの果てに、もうすぐインターンが終わるわたしに、この先どうするつもりなのか問い詰め、自分の将来の不安をほのめかした。いわゆる「面倒を見て欲しい」を、遠回しに言おうとしてた。腹が立ったわたしは言った。「お父さんの将来とわたしの将来が、どう関係あるの?」

お金を借りといてそれはないかもしれないけど、自分の生き方を父からとやかく言われることは、とりわけ我慢できなかった。

それからメールは来ない。電話もない。わたしも連絡しない。父の日を迎えて、去年のその日のことを思い出した。少し胸が痛んだけど、あの人の魔法はもう消えてる。ひどい娘だと思う。だけど、父だってずっとひどい父親だった。わたしはお父さんを利用したの。そう思って。お願いだから、勝手に創り上げた父と娘の愛情物語にわたしを巻き込まないで。お金はちゃんと返すから、ちゃんとひとりで生きて行って。お母さんだって、そうしてるじゃない。わたしもひとりで生きてく方法見つけるから。これはしっぺ返しなの。それぞれが家族を大切にしなかったことへの。「幸せな家庭」を築けなかった人へのペナルティーなの。

年老いていく淋しさも不安もわからないわけじゃない。こういう仕事をしているとなおさら、ひとりぼっちの老人の悲しみが引き起こす悲劇を目の当たりにもする。だけど今は優しくなれない。ごめんなさい。


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変わらないで - 2001年06月17日(日)

きっと、
あの人が安心して好きな仕事に打ちこめる環境を作ってくれるひとなんだ。
きっと、そうなんだ。
安らぎを与えてくれるひとなんだ。
だからいつもそばにいて欲しいんだ。
きっと、そうだ。素敵なひとなんだ。
そういう素敵な彼女なんだ。


わたし、嫉妬してないよ。
だって、はじめから、わたしたちはどうにもならないってわかってるじゃない。

そうじゃなくて、そういう人なら、わかる。
きっと、しあわせになるね。
その人と、その人のいる家庭を守る、しあわせなあなたの姿が見える。
あなたはずっと、そのままのあなたで、
ずっと変わらずに、ずっと愛情を大切にするよ。


正直で、自分にうそをつけない人。
だから、わたしのことがずっと大切で、ずっと大事にしたいって言った。
そして、そんなふうに思いながら結婚することが苦しいって言った。
それでも、わたしを失いたくないって言った。
わたしが自分の世界からいなくなることなんて、考えられないって言った。

たとえ、彼女のことを愛していて、大事にしていても。

自分でもわからないって言ってたね。
きっとわからないことが真実なの。どれもみんな真実なの。
わからなくていいんだよ。それが全てなんだから。
苦しまなくていいんだよ。あなたが自分に正直でいるかぎり。


その人が愛してるのは人間のあなた。
わたしが愛してるのは天使のあなた。
あなたのなかにふたりいるわけじゃなくて、
その人にとってあなたは人間で、あなたはわたしの天使なの。それだけのこと。




変わらないで。今のまま。
わたしだって、失いたくない。



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眠る時間もないくらい? - 2001年06月16日(土)

少し遅れてやって来たあの人が言った。
「ごめん。今彼女につかまってるんだ。就職の相談って。1時間くらい、時間潰しててくれる?」
わたしは、反射的に笑った。不意をつかれた自分の気持ちの対処に困ったら、うふっと笑ってしまう変なくせがある。だけど微笑ましいと思ったような気もする、あの人と彼女のこと。

知らない街をひとりで歩いてみた。DPEのあるお店を見つけて、2日前にふざけて撮ったあの人の寝起きの顔のフィルムを現像に出した。所要時間が15分だったか、30分だったか、とにかくあの人が戻ってくるまでにはちゃんとプリントが出来上がることになってた。

出来上がった写真を手にしたら時間を持て余して、言われた喫茶店に行った。1時間と少し経ってからあの人が現れた。「彼女、大丈夫なの?」。そう言ったら、人差し指でわたしの頭をこつんと叩いて、「気にしないの」ってあの人は微笑んだ。くちびるの両端をきゅっとあげて上目使いをする、ちょっとセクシーなあの人の微笑み。不意をつかれて、下を向いて、またうふっと笑ってしまった。顔をあげたら、心配そうなあの人の顔があった。妬いてると思ったの? ほんとに彼女のことが心配だったのに。でも、2日前の別れ際に「会わなくても、わたしが日本にいるあいだはわたしがあなたの彼女だからね」なんて甘えたのはわたし。

あの人は、夢中になって音楽のことや自分の夢の話をしてた。「なんでだろ。きみには何でも話したいよ」。そう言ったあと、素早く辺りを見回すと、まわりの人の目を盗んでテーブル越しに短いキスをくれた。そして、「こんなとこでキスしたのなんか初めて」って照れた。

「彼女とはそんなに会ってないんだ。時間があんまり合わないし。」
「きみと会うことのほうが、ずっと楽しみだったよ。」

あの人がそんなふうに言うから、彼女のことなんて平気だった。手を繋いで歩いたわけじゃないけど、ときどきわたしの髪に触れたり、頭を自分の肩に抱き寄せたりする。「彼女に見られたら、どうすんの?」って聞いたら「親戚のおねえちゃんが外国から遊びに来てるって言う」なんて、少しも悪びれない。「外国にいる親戚のおねえちゃん」が通用するほど、彼女はこの人のことまだよく知らないんだ。そう思った。つき合ってまだ4ヶ月って言ってたものね。

「4ヶ月っていったら、一番楽しいときなんじゃないの、ふつう?」
「そうなのかな。でも僕はほかにやりたいことがいっぱいあるし。」
なんだか不思議な気がしたけど、そんな、ちょっとクールな関係なんだと思った。


それなのに、それから一年もたたないうちに、あの人は結婚を決めた。いつのまに、どうやって、それほど気持ちが深くなったの?

きっと何かを見つけたんだ。彼女のなかに、あなたのこころを動かすもの。結婚したいって思うほどに。いつ? なんで? なんで・・・?

だめ。だめ。だめ。もう、もとの「ぐじゃぐじゃ」に戻ってる。一年前の今日を思い出したら、きっと声が聞けなくてもだいじょうぶって思ったのに。思い出してたら、気がつかなかったことに気がついてしまった。昨日のわたしはどこに行ったの?


昨日も「頑張って」の Eカードを送った。バカバカしすぎておかしいアメリカンジョークのカード。ピックアップ通知は来ない。

どこにいるの? どこにいるの? 誰といるの? 
「元気が出るように、笑えるジョーク送ってよ」って言ったくせに。
眠る時間もないくらい忙しくなるって言ったくせに。






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You're lucky - 2001年06月15日(金)

luckyって言葉が好きじゃなかった。
「Youユre lucky」って言われると、そこに妬みや皮肉が混ざってるようで嬉しくなかった。日本語のラッキーみたいに「得したね」「救われたよね」って言われてるよう気がしてた。

今日、lucky のほんとの意味がわかったよ。


あなたの CD 聴いてたの。電車に乗ってるあいだも、歩いてるあいだも、ずっと。バッグの中に Sugar Ray も Duran Duran も weezer も入れてたのに、ずうっとあなたの CD だけ聴き続けてた。


去年の今頃もそうだった。わたしは日本にいた。日本に着いて何日目だったのかな。あの人と初めて会って、3日経ってた。会えないあいだはずっとずっと聴いてた。寝るときも離さないで、聴いてた。会える日も、待ち合わせの場所までずっと聴いてた。

帰りの飛行機の中でも、ここにアパートを探しに来たときも、引っ越してくる飛行機の中でも、ここで暮らし始めてからも、いつもいつも聴いてた。いつからか、辛くて聴けなくなった。それでもお守りみたいに、あの人の CD を机の上に立てて置いてた。


なつかしいなんて、思わなかったよ。初めて聴いたときと一緒だった。幸せが胸いっぱいに広がるようじゃなくて、温かい雨にずぶ濡れになって立ってたら遠くの方の空で雲が切れて細い光りが差すのを見たような、そんな気持ちになった。そしてわたしは光に吸い込まれた。初めて聴いたときと、おんなじ。

でもね、新しいこと発見したんだ。間違いなくあなたの指から生まれた音楽だって。あなたをもっと知ったから、わかったこと。


街の違う顔を見つけた。また輝いてる人たちに出会った。道を尋ねた警備員のおじさんが優しかった。プラットフォームの番号を教えてくれたおばあさんがあったかかった。電車の窓に差しこむ夕方の陽がまぶしかった。

目を閉じて、聞こえてくる音にあの人を重ねてたら、涙がにじんだ。悲しいからじゃなくて、切ないからじゃなくて、何だろう。ビーチではしゃぎまわるあの娘が時々立ち止まってこっちを振り返ったときみたいだった。


苦しむために、悲しむために、あなたと出会ったんじゃない。あなたを待つために、ここにひとりでいるんじゃない。

わたしね、「Youユre lucky」って自分に言ってあげた。
あなたがそこにいてくれること。あなたの音楽に会えたこと。わたしがこの街で生きてること。


どこかであの娘がウィンクしたような気がしたよ。


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今日からあなたは - 2001年06月14日(木)

今日からあなたは
眠る時間もないくらい
忙しくなる

声も聞けない
一週間が始まる

「ちゃんと体に気をつけるんだよ」
なんて、
逆じゃない

言い忘れたことが
いっぱいありそう

恋人の旅立ちを
送り出したような気分


思い出した
わたし、恋人じゃないんだ



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お願いお願いお願い - 2001年06月13日(水)

おととい、あの人の夢を見た。もう何ヶ月も見てなかった。やっと夢に出て来てくれた。なのに、顔が見られなかった。夢の画面いっぱいがコンピューターの大きなモニターで、ほかにはなんにもなかったから。夢の中でひとりキーボードを叩いてるわたし。カチャカチャ音は響いてたけど、キーボードが夢の画面にあったのかどうか、覚えてない。

あの人とチャットでHしてる夢だった。
あの人がいっぱいいやらしいことを書いてくる。モニターにどんどん生まれてくるエッチな言葉。わたしもそれに答えて一生懸命打ってる。頭がふわふわして、夢なのに体が疼いてた。夢のなかではちゃんとわかってたけど、覚えてるのはあの人の最後の言葉だけ。

 ーもう我慢できなくなった? 電話しておいでよ。

ものすごくどきどきしながら電話を探してたら、目がさめた。

昨日電話で話したら、あの人は思いっきり声をあげて笑った。

「もう、悲しかったよー。せっかく久しぶりのあなたの夢なのに、顔も見れないしさ。」


前に一度、したことがある。「淋しいから、ときどきチャットHするんだ」。あの人が、最近ヒマな時何やってんの? なんて聞いたときに、くやしいからそう答えた。その頃は病院の仕事と課題と毎週ある試験の勉強に追われて、ヒマな時間なんかなかった。時間を探してはあの人に電話してたのに。わたしのちっちゃな嘘に、あの人は拗ねた。

「ほかの男とするんだったら、僕としてよ。ね、ね、今度しよ。」
「うそ。してくれるの?」
「するする。いつする?」

そう言って決めた日と時間に、わたしが電話する。ふたりが知ってるあのチャットのサイトに一緒に行く。電話で話しながら、キーを打つ。はじめはバカみたいにふざけっこしてたけど、だんだんあの人がキワドイことを書いてくる。「電話、切るよ」。そう言われて声がなくなると、すごく心細くなって緊張した。モニターの文字を見てるしかない。エッチな返事をする。なんだか笑っちゃいそうなのに、たかぶってくる。あの人がいやらしい言葉を言わせようとする。

 ーやだ。言えないよ。
 ーなんで? 言ってごらん。
 ーだめ。やだやだやだやだ。言えない〜。やだ よ〜。
ガラにもなく照れちゃって、だめ。
 ーしょうがないなあ。ちょっと電話してきな?

声を聞いたら、なんかほっとした。
「だめじゃん。恥ずかしくなったのか。」
「恥ずかしいよー。ほかの男となら、いくらでもエッチなこと書けるのに。」
「僕には言えないの?」
「言えない。だめ。やだやだやだやだ。会う前は平気でなんでも書いたのにね。なんでだろ。」
「まあ、いいよ。今日は勘弁してあげるよ。」


その時のことを思い出して、あの人が言った。
「ひとりコーフンしたまま取り残されて、欲情したオッサン状態だったよ。」
「うそ。知らなかった。笑ってからかってたじゃん。」
「違うよー。あのあと電話でしようと思ってたのにぃ。」
「ほんとー?」
なんだ、わたしだってしたかったよ、ほんとは。電話でしたかったー。
「ねえ、じゃあ今度して。」
「恥ずかしがらない?」
「恥ずかしがらないよ。絶対。だから、ね? お願いお願いお願い。」

だって、ずっと前に、してくれるって言ったじゃない。もう一回聞かせてよ、どきどきして体が震える言葉。せめてせめてせめて電話で、もう一度アノトキの素敵なあなたに会わせて。抱いて抱いて。声でいいから抱きしめて。

あのね、あなたに言わなかったけどね、夢から目覚めて自分でしちゃったよ。


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やっぱり戻れない - 2001年06月12日(火)

今日もなかなか電話がかかってこなかった。ゆうべ、Eカードを送った。てんとう虫が雨に濡れてしょんぼりしてる。その横でお花がしおれてる。クリックすると、お日さまが照って、満開の花たちのなかでてんとう虫が笑う。
「生きてる間には雨が降らなきゃならないときもある。だけど、雨があがったらあなたのためにお花がいっぱい咲くように、お祈りしてあげる。今はツライ時だけど、愛されて支えられているからね。」
メッセージをわたしの言葉で訳して、仕事とおかあさんのことが大変なあの人にエールを送った。Eカードは好きだ。ピックアップの通知が来るから。夜中にあの人はちゃんとカードを見てた。

夜中に一度帰って来て、それから彼女のところに行ったの? またそんなこと考える。それともまた具合が悪いのかな。

雨が横なぶりに降り出して、雷が鳴りつづける。雷を怖がるようなしおらしい女じゃないのに、不安と重なって、やまない稲妻と雷鳴の連続が怖くなった。

やっと、電話が鳴った。「あ〜、一週間ぶりくらいにぐっすり眠ったよ」。あくびなんかしてる。人がこんなに心配してたのに。でも昨日よりずっと元気そう。よかった。ずっと待ってたことなんか、どこかに飛んで行ってしまった。

今朝履歴書をファクスで送った病院から、夕方に面接の日時を知らせる電話があった。あの人はものすごく喜んでくれた。面接を受けるってだけなのに。でも、場所がわたしの通いたいところで、あの人はそれも知っている。それからわたしの仕事の話をいろいろ聞いてくれた。愚痴は聞いてもらったことがあるけど、具体的にどんなことをしているのかまで、あの人は知らなかった。そんなに熱心に仕事の内容まで聞いてくれたことはなかった。嬉しかった。「ちゃんとバカにもわかるように説明してよ。難しいよ」なんて言いながら、途中で質問したり、わたしの意見まで聞いてくれたり、体や病気のことや食事のこともいろいろ聞く。「もっと教えてよ。患者さんにあげるプリント、送ってよ。勉強したい」なんて、かわいい。

おんなじだね。自分がやってることをいつもわたしにちゃんと教えてくれるのと。難しくてワケのわかんない専門的な音楽の話や機材のことを、わたしにもわかるように一生懸命話してくれるのと、おんなじ。おんなじように、わたしのやってること、わたしが考えてること、ちゃんと知りたがってくれる。

「面接、頑張るんだよ。そこ、行きたいんだろ?」
「うん、行きたい。行きたいよー、絶対。」
「僕も行ってほしいよ、きみが行きたいとこ。」
「応援しててくれる?」
「応援するよぉ。当たり前じゃん。きみの仕事、応援したい。」

夫がこんなふうに支えてくれたことはなかった。忙しく走り回るわたしを嫌がってたし、仕事の話を始めると止まらなくなるわたしにうんざりしてた。大学の勉強にも仕事を始めてからも時間に追われて苦しんでたわたしに、「もう、やめたら?」って夫は言った。インターンのあいだ、あの人はいつも頑張れって言ってくれた。僕も頑張るから一緒に頑張ろ?って。愚痴なんかいくらでも聞いてあげるからって。

「カード、届いた?」
知ってるのに、聞く。
「かわいかったよ。」
てんとう虫がかわいかったのかな。書いたことがかわいかったのかな。「かわいい」はあの人の好きな誉め言葉。

『頑張ってね。
 わたしがずっと応援してるよ。
 忘れないでね。
 いつもいつもあなたを応援してること。
 頑張りやさんのあなたが好きよ。
 仕事がうまくいきますように。
 おかあさんが元気になりますように。
 素敵な曲、いっぱい出来ますように。』

パーソナルメッセージの欄に書き込んだ、わたしの気持ち。Eカードが好き。送るたびに優しい気持ちになれる。既製のカードなのに、言葉を添えると、それが自分の気持ちをちゃんと上手に伝えてくれる。

あなたにしか持てないよ、こんな気持ち。ずっとずっと、支えていたいよ。ずっと、あなたにも支えてて欲しいよ。アノヒトのところになんて、やっぱり戻れないよ。戻れないよ・・・。


「明日は電話出来ないから、あさってかけるよ。いい?」
「・・・明日は彼女に会うの?」
こわごわ聞いたら、「会わないよ」って答えてくれた。








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何かが変わる - 2001年06月11日(月)

おととい、夫から電話があった。
「元気?」
「元気だよ。あなたは?」
「うん、まあ。ずっと忙しい。ネコたちは?」
「チビたちも元気だよ。」

なんだかお互いに、切り出したい言葉を呑み込んでる。
わかってる。彼が言いたいこと。

「昨日結婚記念日だったんだよ。覚えてた?」
「うん。思い出して電話したんだ。」

それでおしまい。言い終えて、義務を果たしたように、儀式を済ませたかのように、夫もわたしもほっとしてる。

結婚記念日って、何するんだっけ? 何してたっけ?

いくつ目からか、カレンダーを気にしながら、夫の様子を伺いながら、やるせなさを隠して素通りする特別な日になった。初めてその日をお祝いしなかった年は、悲しくてひとりで泣いた。「今日、結婚記念日だよ」って夫に言ったような気はする。でも彼がなんて答えたか覚えてない。いつから、どうして、そんなふうになっちゃったんだろう。

今年は、一緒にさえ暮らしてない。

「どうしてるの?」。夫が聞いた。
堰を切ったみたいに、わたしは夢中で話し出した。車をあてられちゃったこと。相変わらずぼうっと、何もせずに過ごしてること。まだ仕事探しもきちんと始めてないこと。先週ふたつの病院に履歴書をファクスしたら、インターン終了の年を2000年って打ってたことに送ってから気がついたこと。ゆうべ MTV の2001年映画賞の番組を最後まで見たこと。そのあとまた予告編が始まったと思ったら、またそっくりそのまま番組が最初から最後まであとに続いて、結局2回全部見ちゃったこと。

理由はわかってる。週末の辛さを紛らわせたかったから。話していて、嬉しかった。嬉しいからいっぱい話した。どんどん言葉が出てきた。安心してた。どんどん気持ちが落ち着いていった。なんであんなに安心して話してたんだろう。


あの人へのメールの最後に書いた。
「今日はうれしいことがあったよ。ディーから仲直りのメールが来たんだ。一ヶ月くらい前にちょっとケンカしたの。『もう怒ってないよ』って。それからアノヒトから電話がありました。」

「うれしいこと」が、ディーからのメールとアノヒトから電話の両方に取れるようなあいまいさは、わたしの気持ちそのままだった。

意地悪したんじゃなくて、ただ報告したかった。あの人の気持ちを確かめるためじゃない。自分の気持ちを確認するため。・・・やっぱり、あの人の反応も知りたかったのかもしれない。送信してから少しだけ後悔した。聞かれると答えるけど、自分から夫のことを言ったことなんかなかったから。


あの人から届いたメールを開ける。不安になる。何か心配したかもしれない。
「仕事終わって、今帰宅したとこ。これから今日トイレで思いついた曲を忘れないうちに作りますよぉ。」

なんだ、別に気にしてないんだ。そんなことグジグジ考えてるヒマなんかないものね。頑張って、素敵な曲作ってね。聴きたいよ、早く。ちゃんと今まで通り、一番最初にわたしに聴かせて。それが出来なくなるまでは、ずっとだよ。


あの人が夫のことを気にしてなくて、ほっとする。そんなこと、今までにあったっけ? そういえば、このあいだ夫のところに戻るのが一番いいのかもしれないって話したときも、自分の冷静さに驚いた。話し終わって、気持ちが軽くなりさえした。

ー近い未来に、何が起こるの? わたしの中の何かが変わる?


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もっと抱きしめてあげて - 2001年06月10日(日)

日本で起こった悲惨な事件のことを知った。
詳しいことがよくわからないから、誤解してるかもしれないけど、わたしは心の病ということがやっぱり気になって、しかたがない。

「精神障害者の犯罪」なんてひとことで片づけちゃっていい問題じゃない。日本の、心の病に対する理解にも対処にも、ずっとやるせない感情を抱いてきた。精神科医やそういった関連の団体の人たちが、研修とか視察と名付けてこっちの病院に来る。「いいですねえ、こういう環境があって。日本はだめだなあ」と言う。そう言って日本に帰って行くけど、たぶんそれだけ。何か変えようとしてるんだろうか。変えることなんて出来ないんだろうな、きっと。新しいことを受けれるのがものすごく苦手で、何かを変えることが難しい社会だから。ほんとはそんなに難しいことじゃないはずなのに。そしていつも、何かが起こってから大騒ぎする。大騒ぎしたあと、忘れてしまう。同じことの繰り返し。

確かにここにだって、まだまだ問題はあるし、何もかもが優れてるとは言えない。精神分析医とかカウンセラーが氾濫してて、それはそれで問題だとも言われてる。だけど、例えば、どんな病院にだって精神科があって、ほかの病気の人たちと同じように診察を受け、治療を受け、入院もする。精神科専門の病院もあるけど、決して患者さんを隔離するところではない。ちゃんと社会復帰出来るよう、リハビリもする。外に出れば、サポートしてくれるところがたくさんあって、同じ苦しみを抱えてる人と出会えるし、そこでも医療や心理学の専門家が助けてくれる。心の病なんて誰にでも持つ可能性があるんだからと、まわりの人の理解もある。

それは日本の社会の問題? 政治の問題? 医療制度の問題? もっと簡単なところにも、原因はあると思う。予防の余地があると思う。

抱きしめる習慣がいいんだって思ったりもする。このあいだもそうだった。久しぶりにあの病院に出かけたとき。「どうしてたの?」「インターン終了したんだ、おめでとう」。そういってみんながひとりずつ抱きしめてくれる。それだけで、ものすごく気持ちよくなる。胸に溜まってた悲しみが薄らいでいく。ずっとナンにもしてなくて、次の仕事見つける気力がなくて焦ってる気持ちをポロっとこぼしたら、「いいじゃない。ぼーっとしてることも必要よ」って、そんなことなんでもないって顔して笑ってくれる。そして帰るときには、「頑張って」って、また抱きしめてほっぺたにキスしてくれる。

彼女が死んだときも、夫とのことで苦しいときも、抱きしめてくれる習慣に救われた。「腫れ物に触るな」みたいなことはしない。様子が変だなと思ったら、「何かあったの? 話してよ」って言ってくれる。ちゃんと聞き出してくれる。そしてちゃんと聞いてくれる。「そっとしといてあげよう」なんて思わないで、助けてくれる。理解してくれようとする。一緒に考えてくれる。そして抱きしめてくれる。

習慣って言ってしまえばそれまでだけど、形だけの習慣じゃない。その習慣にどんなに救われて来たことか。

いつだったか、友だちのぼうやに前から欲しがってたベースボールハットをプレゼントしたら、ありがとうの代わりに「大好き」って抱きついてきた。どんなお行儀のいいありがとうよりも、嬉しかった。ぼうやはぎゅうっと抱きついて、離れなかった。わたしもいつまでも抱きしめてあげた。友だちは離婚したばかりで、大きな傷を背負ってるぼうやだった。

触れ合うって大事なこと。愛情を表すって大事なこと。愛情を触れ合って表現するって大事なこと。恋人にだけじゃなくて、友だちにも家族にもそうやって惜しみなく愛情を表して、抱きしめ合う習慣が好きだ。みんな優しさが欲しくて、淋しいこころを癒されたいのは同じ。誰かに思われていたい。それを確認できる習慣。自分ではどうしようもない不安や恐怖を取り除いてくれる習慣。

日本にも、もっとこんな習慣が生まれて欲しいな。

事件に遭遇して心に傷を受けたこどもたちを、いっぱいいっぱい抱きしめてあげてほしい。

差別をまた恐れてしまっている心の病に苦しんでる人たちを、うんとうんと抱きしめてあげてほしい。

誰かが「死にたい」って言ったら、放っておかないで、逃げないで、避けないで、目をそむけないで、抱きしめてあげてほしい。死にたい気持ちがどんどんエスカレートしていく前に。誰でもそんな気持ちになったことはあるはずじゃない?


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悲しませた - 2001年06月09日(土)

あのひどいこと書いて送った「いたずらメールみたいなの」を、あの人は読んでしまった。「読まないで」って言ったら、「じゃあ、『許してちょうだいメール』送って」って言われた。電話を切って『許してちょうだいメール』を書き終えたころに、また電話が鳴った。

「送ってくれた?」
「今から送るとこ。」
「あ〜あ、もう届いたと思って、それがそうだと思って、開けて読んじゃったよ。」
「うそ・・・。読んじゃったの? あのメール?」

「返してほしい?」
「・・・。」
「僕がしてもらったこと・・・。」
「・・・。」
「ごめんね、いろいろしてくれたこと。・・・どうしよう? 返してほしい?」
「・・・。」
「っていうか、返せないよ〜。」
「ちがうよ。ちがう。・・・あんなの、うそだよ。・・・ごめんね。・・・ひどいこと書いて。」

悲しそうだった。そんな声してた。
『許してちょうだいメール』をすぐに送った。

ごめんなさい。
わたしがいけなかったです。
ごめんなさい。
ずぅーっと待ってたのに電話かかって来なくて、
ほんとは心配したの。
なにかあったのかなって。
それで何かあったの?ってメール書いてたら
途中で悪い子霊が乗り移った。
悪い子霊が、書いたメール全部消して
ひどいこと書いちゃったの。
だけど
わたしが悪い子霊のやった仕業も
全部責任とって罪をかぶります。
わたしがいけなかったことにします。
だから許してください。
ごめんなさい。
大好きだから、許してください。
悪い子霊も許してあげてください。
悪い子霊が書いたことは全部うそです。
でも、読まないでね。
ごめんね。ごめんね。
大好きだよ。
大好き。大好き。大好き。大好き。大好き。
もう一回、こころから
ごめんなさい。
いい子のわたしより
愛をこめて

『許してあげますメール』が来た。

「ゆるしてあげましょう〜」
短い。それだけ? あんなに一生懸命書いたのにな。あの人は甘い言葉なんて、メールでくれない。長いメールもくれたことない。返事なのに、全然答えてなかったりもする。


「ねえ、送ったメール、全部ちゃんと読んでくれてる?」
昨日、電話で聞いた。
「読んでるよぉ。あ、でもさ、このあいだあのメール読んだとき、それまで読んだメールの内容全部ふっ飛んだな。いや〜な気分になったもん。」
「・・・コワかった?」
「コワくはないよ。・・・悲しませたなあって思った。」

嬉しかった。「ばか」も「うそつき」も「きらい」も「もうしんじない」も「だいきらい」も、「どうせあなたはけっこんしちゃうんだから」も、怒ってるせいじゃなくて、悲しかったせいだってわかってくれてる。わかってくれたのも嬉しいけど、「悲しませたなあって思った」って、言ってくれたことがすごく嬉しかった。


「悲しませたなあって思った。」
耳の奥にじんと染みた。胸がきゅんとなった。
余韻が残ってるあいだに、早く早く週末が過ぎてしまいますように。



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結婚記念日 - 2001年06月08日(金)

「ねえ、だんなとはどうなってるの? どうするの?」
「そこに来ないの? また一緒に住まないの?」

あの人が今日はやたらと夫とのことを聞いた。コンピューターの調子が悪くなった時に電話して以来、夫とは話をしていない。忙しいらしくてなんとなく機嫌が悪そうだった夫に、仕事中に何度も電話したお詫びと助けてもらったお礼をメールした。なくなった住所録のファイルと同じものを彼も持っているはずだから、送ってくれるようにもお願いしたけど、「探しておきます」って一言だけの返事が来たっきり。結局住所録は送られて来ないし、電話もかかってこない。

「なんでそんなにしつこく聞くの?」
「ん? ・・・なんか、いいのかなと思って。・・・こういうの続けてて。」
「・・・。」
「ま、いいか。割り切ればいいんだ。友だちって。こういう電話してるけど、きみのこと好きだけど、バレないようにするのもおんなじだけどさ、うん、友だちってことにすればいいんだ。心配しないでよ、今までと変わらないんだからね。」

ひとりで納得してたけど、なんだかよくわからない。そのあとまた聞いた。
「でも、どうするの?」

どうしたらいいか、わかんないの。だけど、アノヒトと元に戻るしかないのかなあってちょっと思ってる。もし誰かのこと好きになったとしても、その人とどうなるかなんてわかんないし、また苦しむかもしれないじゃない? わたしね、もう苦しいのはいや。それにもう好きな人なんて出来ないかもしれないし。ほんとはアノヒトとはもう、幸せになんかなれないってわかってる。ちゃんと離婚したいのがほんとかもしれない。でもね、離婚って、すごく辛いから。自分から離婚したのに、ものすごく辛かったから。あんな辛いのももういやなの。そしたら、アノヒトと元に戻ってまた一緒に暮らすのが一番ラクかなって。

「ちょっと待って、ちょっと待って。ちゃんと座り直して聞くよ。身の上相談だから。」
途中でそうやって茶化す。うん、うん、って返事をしながら、時々黙ってる。聞き終えるとまた少し黙ってから、「そうか。どうしたらいいのかわかんないんだ。」って言った。そしてもうそれ以上何も聞かなかった。よくわからない。自分が話してることも、よくわからなかった。ものすごくずるくてイヤな女だとは思った。

「あなたが結婚したら・・・」。何度かそう言って、次の言葉を呑み込んだ。あの人はわたしの言葉を繰り返して続きを促したけど、言えなかった。


あなたが結婚するとき、わたしは絶対ひとりでなんていられない。その日のことを想像すると、死んでしまいたい自分が見える。結婚してからだって、きっともっとひとりでなんかいられない。ひとりでどうやって耐えていける? 誰かのそばにいて、にせものの幸せにしがみついて、自分をごまかしているしかないよ。

そんなことして「誰か」を裏切るのは平気なの? 「誰か」が夫なのは本当にラクなの? 夫だって、もうわたしを愛してなんかいないかもしれない。元に戻るなんて考えてないかもしれない。答えが見つからない。わかってるのはひとつ。これ以上、苦しいことも辛いことも、いやだ。


今日は、結婚記念日。
どうすればいいの? 覚えてないふりするの? ずっと気になってたくせに。もう、自分の気持ちに全然説明がつかない。








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あの人と生きたいから - 2001年06月07日(木)

片道2時間ドライブして、前に2週間だけインターンをした病院に行った。ローテーションの中で一番好きだった病院。久しぶりにみんなに会ってものすごく嬉しかった。やっぱり人と会わなくちゃいけないんだ。最近は友だちからの遊びの誘いもずっと断ってた。外に出なくちゃ。そう思った。

海沿いの道。川沿いの道。目の前に山を臨む緑がいっぱいの道。
高速をいくつも乗り継いでがんがん飛ばしてると、気分がすっきりしてくる。毎日通ってたあの頃から、ずいぶん景色が変わってた。入り江にはヨットがいっぱい出てて、高い橋の上から見下ろす海が、嬉しくて笑ってるみたいだった。海が一番嬉しい季節が始まったんだものね。

お料理もした。
ガーリックとたまねぎのスライスを敷いてチキンをのっけて、いつか友だちが買って来た白ワインをどぼどぼかけて、火にかける。それだけ。火を止めてからベイビーキャロットとピーマンとまるごとのオリーブをいっぱい散らして、塩と胡椒を少しだけ振ってスティームする。それだけ。久しぶりにちゃんとした栄養分を与えてもらって、体が満足してるのがわかった。

1割をあの人への切ない気持ちでぐじゃぐじゃにしても、あとの9割は自分のための生活をしっかり充実させなきゃいけないんだよね。ドライブと簡単なお料理が充実なんて笑っちゃうけど、昨日よりもおとといよりも、進歩してる。

いつでも、どんなときでも、頑張るあの人。一生懸命なあの人。睡眠時間が足らなくても、曲作りに行き詰まっても、「充実してるよ。好きなこと仕事に出来てるから」って明るい声を聞かせてくれる人。輝いてるあの人の姿をこんな遠いところからは見られないけど、遠いところにいるから輝きがわかるのかもしれない。

わたしもちゃんと輝かなくちゃ。
追いかけてばかりいないで、ちゃんと追いつかなくちゃ。

どんなに離れていても、一緒になんかいられなくても、このままずっと苦しくても、
やっぱりわたしは、あの人と生きたいから。


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脱出 - 2001年06月06日(水)

車をアテられた。スーパーの駐車場で。久しぶりに買い込んだ食料品の袋を両手にいっぱいぶら下げて、ふうふう言いながら車に戻ったら、助手席側のドアがめいっぱいへこんでた。あーもう、なんてことなの。中古だけど一ヶ月前に買い換えたばっかりなのに。なんでこう悪いことばっかりなのよ。

怒りが悲しみに変わって、あの人に向けられちゃった。

「悪いことばっか。やなことばっか。もういいことなんかなんにもない。あなたはひとつだって約束なんか守ってくれないし。どんなに待ったって、どんなに我慢したって、あたしの気持ちなんか分かってくれない。言ったって、ちゃんと分かってくれてない。あたし悲しいばっかり。ずーっと辛いばっかり。あたしが大事なのは、あなたにいろんなことしてあげてるからだ。だからずっと約束引き延ばして、引き止めておきたいんだ。自分のことばっか考えてる。あたしの気持ち利用してる。離れてるから便利だもんね。あたしバカだよ。一生懸命助けてあげても応援してあげても、あなたがもっと成功して一緒に喜ぶのはあたしじゃないのに。あなたはあたしと一緒に喜んでくれないのに。こんなとこ、もう引っ越す。なんにもいいことないもん。それでもう、あなたに行き先教えない。」

もうすぐ電話がかかってくるから、そしたらそう言おう。ボコボコにへこんじゃった、自分みたいな車をぶっ飛ばしながら、考えた。

約束の時間が2時間過ぎても3時間過ぎても、かかってこない。なんで? 彼女と一緒なの?

「ばか。うそつき。きらい。もうぜったいしんじないから。だいきらい。だいきらい。だいきらい。だいきらい。だいきらい。もういい。どうせあなたはけっこんしちゃうんだから。してあげたこと、かえして。かえしてよ。かえせ。いますぐかえせ。わたしのことりようしないで。わたしのきもちりようしないでよ。」

メールを書いて、30秒くらいためらってから送信ボタンを押した。


「頭がんがんして、・・・苦しい。仕事休んだ・・・。」
夜中の1時過ぎに電話がかかってきた。日本はお昼。
「電話したんだよ。いなかった。」
買い物に行ってた時だ。

「大丈夫? お薬飲んだの? あたしが送ってあげたやつ。あれ、すっごく効くから。」
「赤い方? 青い方?」 
「青い方。ぐっすり眠れるから。」
「なんか食べたほうがいい?」 
「食欲あるの? 少し食べてから飲んだ方がいい。」
「うん。食欲はある。なんか食べて薬飲むよ。メルモちゃんみたいだなあ、赤いのと青いのとって。大きくなったらどうしよう?」 
苦しいくせにまたバカなこと言ってる。  
「あさっての朝、電話していい?  明日は朝早いから。それまでに元気になっとくよ。ごめんね。待ってただろ? また待たせちゃったよ。ごめんね。」

「あのね、メール送ったの。読まないで。ひどいこと書いちゃった。」
「また早とちりして、バカとかうそつきとか書いたんだろ。」
なんで信じないの? きみのこと大事だって言ってるだろ? あのね、急用が出来たりして電話かけられないこともあるんだから。だけどあとから絶対かけるから。早とちりしていたずらメールみたいなの、もう送らないの。わかった?

誰かが邪魔したの? 助けてくれたの? わかんないよ。でもなんか少し、すっきりした。それとも安心しただけかな。もう強くなろ。いつか言ってやるんだ。考えてたこと。だって、あれだってほんとの気持ちだもの。明日は元気が出そう。ごはんいっぱい食べて、お出かけして、イジイジからも脱出する。・・・とりあえず。




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雪のように - 2001年06月05日(火)

こころの傷に
涙が落ちるから
傷にしみて
しかたないけど
痛くても我慢すると
痛みながら癒えて
茶色いかさぶたが
できてくる

かさぶたが悲しくて
ひざをかかえながら
爪の先で
ほろほろとはがすと
傷ついたこころが
剥き出しになって
血さえ滲じませて
風にさらされる

潮風みたいな
風にさらされるから
傷が疼いて
しかたないけど
もう涙が
こぼれないようにと
貝のように
口を閉ざす

雪のように
息を止める

「泣かないことが
条件だよ」って
あの人が
言ったから



それは去年のクリスマス。約束信じて待ってたのに、会いに来てもらえなかった。「泣かないで。絶対絶対会いに行くから。ちゃんと、行けるときを探して会いに行くから。だから待ってて。泣かないで。もう泣かないで。きっと会えるから。会えるから。だから、会えるまでは、泣かないことが条件だよ。」

ー雪を見ながら書き留めた悲しみ。

それからもずっと、叶わない約束。
泣いてばかりだからいけないんだね。

昨日たくさん話した。2時間も話してくれた。雪が大好きなあの人は雪の季節に来たいって言った。9月に来てくれる約束はどうなるの? また泣いちゃった。

わかってるよ。そんなに簡単なことじゃない。わかってるの。
雪の季節は素敵だよ。いつもそう話したね。だから、待つよ。一番素敵な季節を見せてあげる。

「彼女はいいな。いつでもあなたに会えて。」
ちょっとだけ笑ってそう言ったら、何かがぽろっとこころから落ちた。






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しあわせと、ふしあわせ - 2001年06月04日(月)

長い長い週末がやっと終わった。
ちぎれそうなこころを抱えて、時が過ぎるのをじっと見ていた。デジタルの数字がひとつずつ変わっていくのを眺めて、わたしは一体何やってるんだろう。自分のことが何も出来ない。バカだね。ほんとにバカ。

あの人からの電話が鳴る。ワケがあって、最近はずっとあの人からかけてくれる。かけ直すのは同じだけど、決められた時間にかけるより、決められた時間にかかってくることが嬉しい。待つ意味が違うような気がする。「ワケ」が彼女には関係のないことっていうのも嬉しい。

ふしあわせの中の、ちっちゃなしあわせ。

ふしあわせなんて、思っちゃいけないのかな。
ちゃんと週末以外は電話で話せる。電話のキスもしてくれる。「好きだよ」って言ってくれる。「きみが大事だよ」って言ってくれる。「明日もまた電話していい?」って聞いてくれる。

「淋しい」って言うと「わかってるよ」って答えてくれる。

こんなにも自分の気持ちをぶつけることなんて、今までになかった。ありのままの自分をさらけ出すなんて、今まで誰にも出来なかった。悲しいこころも淋しいこころも辛いこころも、あの人には醜いほどにぶつけてる。「きみの気持ちを全部知りたいから。全部わかってあげたいから」って、あの人はすべてを受け止めてくれる。

きっとふしあわせなんかじゃない。


それでもまだ我慢してる。聞きたいことがいっぱいある。聞きたいけど、抑えてる。知りたくないけど聞きたいこと。答えがわかってるのに聞きたいこと。聞いたらきっと、わたしの少しのしあわせがみんななくなってしまう。なのになんで聞きたいんだろう。

彼女のことはもっと好きなの?
「愛してる」って言ってあげるの?
キスもいっぱいしてあげるの?
彼女が可愛くて愛おしい?
彼女といるとしあわせ?
なんで結婚するの? なんで結婚しちゃうの? なんで結婚なんかしちゃうの? 


夏に会いに来てくれる約束したとき、あの人が聞いた。
「ぼくとHしたい?」

「したい。なんで? あなたは?」
「したいよ。Hもしたいけど、それより一緒にいたい。ずっとそばに、一緒にいたい。」
「あたし、きっと泣いちゃうよ。」
「わかってるよ、泣くって。泣いていいよ。ずっと抱っこしててあげる。」


きっとふしあわせなんかじゃない。

だけど泣きたい。どうしようもなくてひとりで泣くけど、ひとりで泣いても出口がない。あの人の胸で泣きたい。聞きたいことを聞かないかわりに、あの人の胸に顔をうずめて全部涙にして流したい。あの人は答えるかわりに、涙の分だけわたしを抱きしめてくれる。そしたらわたしは、今よりもう少ししあわせになれる。


約束は、いつ叶うんだろう。






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天国に行きたい - 2001年06月03日(日)

「ムーランルージュ」を観に行った。

3月に閉館した近所の映画館が、先月の終わりにまたオープンした。
その時から公開をずっと楽しみにしてた映画。
「Lady Marmalade」の歌が好きだから。

この映画はきっと日本には行かないだろうな。
ちょっと期待はずれだったかな。
絵はものすごく綺麗だったけど。
サウンドトラックのCDも素敵だけど。

だけど不覚にも涙が出てしまった。
あんな悲しい体験をして
ずっと苦しい思いをしながら
どうして生きていられるんだろう。
わたしだったらきっと生きられない。


あの娘が死んだときに
わたしは死ぬのが恐くなくなった。
死んだらあの娘に会えるから。
あの娘が待ってくれてるから。

あの娘に会いたくて
どうしようもなくなるときがある。


いつかあなたに手紙を書いたよね。
百年か千年か二千年たって
またあなたに出会えたら
そのときには
あなたの恋人でいたい。
もう離れてることもなくて
淋しいときに
いつでも会えて
そばにいてくれて
優しく抱きしめてくれる
わたしだけの恋人でいてほしい。

わたしね
今すぐ天国に行って
あの娘と一緒に遊びながら
ずっとその日がくるまで待ってもいい。

その日が来たら
あなたのところに降りて行く。
そしたらわたしを見つけて。
誰かを好きになるまえに
ちゃんとわたしを見つけて。

天国に行きたいよ。
天国に行きたいよ。

天国であの娘とずっと一緒にいたら
きっともう淋しくないから。
きっともう悲しくないから。
あなたに会えなくても
声が聞けなくても
あなたの素敵な言葉に触れていられなくても
今よりあなたと離れていても。


わかってるよ。
こんなこと言うわたしはコワイんでしょう?



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ゆううつ - 2001年06月02日(土)

時間をちゃんと元に戻して、朝早くからセミナーに行った。
この一週間日本時間で生きてた。

インターン仲間も二人来てたし、新しい研究報告聞いて、なんかものすごく久しぶりに勉強したって感じがした。頑張らなくっちゃってまた燃えたのに。

メーターパーキングの時間帯より10分早く車を停めただけで、駐車違反のチケットを切られた。罰金35ドル。

帰りの高速は中途半端な時間帯なのにまだ渋滞。とろとろ運転してるところに突然時差ボケが来た。

車の中であの人の名前を叫ぶ。「助けてえ。眠たいよお。なんかおもしろい話して笑わせてよ〜」。運転中に睡魔に襲われたときに取る対策。でも今日は全く効果なし。あの人のジョーク思い出せない。FMをがんがんかけても効果なし。大事なファイルを失くしたゆううつ。違反チケット切られたゆううつ。それから・・・。

うちに帰るのがいやだった。
うちに帰るとまたひとり。
うちにいると、考えるのはおんなじことばっかり。
それに、月曜日まで声が聞けない。

「月曜日まで遠い・・・。」
「メールしてよ。待ってるから。」

ちゃんとわかってくれてる。メールがまた出来るようになって、前に戻ったみたいで嬉しいわたしの気持ち。だけど・・・。

「あなたもちょうだい。」
「うん。時間見つけて書くよ。」

ウィークデイは毎日忙しいのに、週末もフリーの仕事してる。頑張りやさんのあの人に刺激されて、わたしもずっと頑張れてたのに。今はだめ。今は週末は特にゆううつ。週末の夜は彼女と過ごすって知っちゃったから。絶対絶対わたしのものにならない、週末の夜のあの人のこころ。

来ないってわかってるメールを探して、あの人専用のアカウントにアクセスしっぱなし。
前に来たメールを何度も何度も開けて読んでる。

「お互いフリーじゃないんだから、苦しいのはしょうがないんだよ」って、最後に会った日にあの人が言った。

「彼の存在が生活の一部(一分)になってしまっていても、後の九分を充実させればいいんじゃないかな」って、ある人がメールで教えてくれた。

わたしの気持ちに終わりは来ないから。
あの人の気持ちにも終わりは来ないから。
そう言ってくれたから。
だから、ふたつの気持ちとちゃんと上手につき合っていかなくちゃだめなんだね。

なんでこんなに不器用なのかなあ。


うちに帰って、重たいこころを引きずりながらベッドにもぐったら、また日本時間に戻ってしまった。

起きたら、雨。

コーヒー豆を買いに行かなきゃ。

でも雨がゆううつ。





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悪い予感 - 2001年06月01日(金)

やってしまった。コンピューターの調子が悪くなって直してるあいだに、大事なファイルがいっぱい入ったフォルダーなくしちゃった。バックアップを取ろうとして、すでに無いことを発見。検索しても出てこない。捨ててしまったファイルの中にも見つからない。いままでものすごい時間かけて作ってきたテキストや資料や患者さんへのハンドアウトが全て消えた。病院関係や友だちの住所録も消えた。遊びで作ったびんせんやカードも全部消えた。履歴書も入ってた。書きかけのカバーレターも入ってた。今すぐ必要なものなのに。よりによってなんで一番大事なフォルダーが・・・。

こんなショックって久しぶり。胃がキリキリ痛くって、こんな痛みもあったんだー、なんて呆然としながらなんか感心してる。痛みはあの人への募る思いのせいばかりだったのに。

Duran Duran のせいだ。すっかり気に入ってしまったわたしはあっちこっちのサイトに行って、クリップや曲をダウンロードしてた。圧縮されたファイルを解凍するのに機能拡張マネジャーを触ってしまって、元の状態がわからなくなった。コンピューターはクラッシュしっぱなし。途中まで立ち上がってもフリーズ。仕方なく夫に電話して助けを求めた。ソフトをひとつずつテストして機能拡張ファイルの選択が間違ってるものを探すしかないって言われた。何度も電話して、一晩かかって修復できた。

こんなときだけ頼りにしてしまう。誰かがしてたっけ。新しい瓶のふたを開けるのをいつも男にお願いしてたけど、オープナーを買ったらもうその男が要らなくなったって話。わたしはそうじゃないと思う。声を聞くと胸がつまるもの。うしろめたいから? それもあるかな。「もう愛してない」って言ったくせに、別居すると「きみをどんなに愛してるかわかった」なんてメールが来た。そんな言葉に動かされるものかって思った。だけどそういうメールも一度っきり。ときどき、ほんのときどき電話もあるけど、体調が悪くなったときだけ。夫の気持ちがわからない。それでも最近ときどき思う。あの人を愛しながら、乾いた結婚生活に戻るしかないのかもって。そんな自分は許せないけど、ひとりでいるのは辛すぎる。あの人はもうすぐ結婚するのに。それに、それにわたしたちは紛れもなく、死んだ彼女のパパとママだから。それを思うと胸がつまる。

「Duran Duran のせいだよー。」
「ばーか。何いってんだよ。」
「じゃあ、あなたのせいよ。Duran Duran 好きになっちゃったから。」
「ハイハイ。ご愁傷様。」
「なんでそういうこと言うのぉ。あなたがねえ、作った曲のファイル全部なくしちゃったのとおんなじ心境なんだから。」
「あー今やっときみの気持ちがわかった。もうそれ、飛び降りたい心境。」
「そうだよ。もう飛び降りる。死んだらあなたに会いに行けるもん。」
「ゆうれいになって、ずっとくっついてる?」
「おんぶおばけになって、ずっとくっついてる。」
「背中におぶさって? やめてくれよー、それでなくても肩凝ってるのにさあ。」
「じゃあ、おんぶしながら肩モミモミしたげるよ。」

「履歴書作りなよ、取りあえず。」
「もうショックで元気出ないよ。そばにいてくれたら作れる。」
「そばにいたら作れないだろ、別のことして。」

みんな叶わないこと。おんぶおばけにだってなれない。この頃毎日電話をくれる。前みたいに楽しいおしゃべりが続く。だけどどうしても違うことがある。「明日は電話できない」って言われると、デートなんだって思っちゃう。メールもまた出来るようになったけど、返事が来ないと「彼女と一緒だから見てないんだろうな」って思う。彼女がいるのは前から一緒なのにね。でもこんなふうに考えたことなかったよ。

あの人は最近「僕が結婚したら」って言わなくなった。

ちょっとだけ、悪い予感。結婚のことあの人がわたしに話す直前も、こんなふうに楽しかったから。なくなったフォルダーのショックで、落ち込んで気弱になってる? わからない。でもこわいな・・・。




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