雑記帳
日々の感慨、経験、その他をつらつらと

2001年10月27日(土) 「諸行無常の響きあり」

それに、
「よどみに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし」
とか。
私みたいなのでもこんなこと思って泣きたくなる(ちょっと大袈裟だけど)程なのだから。秋ですよね(大爆発)。
気付いたら家の前の木も紅葉してた。去年より少し早くないかしら?

秋は好きだけども、どうしようもなく転がり落ちていく気がするし妙に感傷的になるしで困ってしまいます。あーぁ。

(*ごめんなさい、「かつ消えかつ結びて」で、浮かびてじゃありませんでした。あぁぁ恥ずかしい)



2001年10月23日(火) さえない。

だからってぶつぶつ言ったり何もしなかったりでいい訳じゃないんですけど・・・。

日曜日に、CHANCE!http://give-peace-a-chance.jp/という団体のピースウォークとやらに言ってきました。
アメリカの軍事報復に反対して云々・・・ということでジョン・レノンの曲とかを流しつつ、「できることからはじめましょう」とか何とか言って原宿辺りを一回り。シュプレヒコールも何もないのでお子さまも安心(実際赤ちゃんからお爺ちゃんお祖母ちゃんまで居たし)。300人ちょっとの小さな集まりで、途中右翼カーが通りかかったりして謎でしたが何事もなく終わりました。

いやそれはよかったんだけど、私が閉口したのは、曲と一緒にくさい上にわりときわどい詩を読み上げだしたってことで・・・。
「君は、夢なんか見てるんじゃない、っていうかも知れない」
「無力な人なんて、本当は居ないんです」
「国境のない世界を、宗教のない世界を考えてみて」
おいおいってとこですよねぇ・・・。
特に、宗教はない方がいいみたいな言い方は止したほうが。
色んな考えの人が集まるのはいいことですけど、それなら言いたいことを判りやすく(さしさわりなく)掲げないと収集つきませんやね。
でもきっと、シュプレヒコールも気にくわないんでしょうね。
あーぁ。
どうしたらいいんだかなぁ。


今日など、塾の小論文でやたらと筆が滑る感じだったのでさらさらと書いたら、
先生に「いつもよりまとまってない」と見事に突っ込まれてしまってあううぅ。
ちゃんと考えてから書かなくちゃならないんですよね。
文章の上手さ云々より、何を書くかですよね。
もう何度も言われてきた筈なんだけど・・・要するに今の私は頭が動いてない。
情報量が許容を越えてるとかいう言い訳はもうしつくされてきたと思うから、言いたくないんだけど。


例のピースウォークの最中に漠然と、
例えば、私みたいなのがちょっとがんばったところで戦争はなくならないだろうけど、それは何もしないでいる言い訳にはならないはず、とかいったことを考えてたのです。
bestが望めないのは判っていても、betterにするためにがんばらなきゃいけない、って。
でもねー、多分それってすごく難しいかったり辛かったりするんですよねー。
実際それがちゃんとできるなら、私はもうちょっと真面目に勉強してるし(爆)。いや少し違うかも知れないけど。


そしてどうでもいいですが、陰陽師の物語は好きですけど夢枕獏の文章は微妙なところだと思いました。
雰囲気は面白いんですけど、たまに細かい描写をうざったく感じるときが。右手でどうして左手はどうだとかはいいから!とか思ってしまったり。
まぁ好みですね。
あまり色んな人の文体知ってるわけでもないし。



2001年10月19日(金) 「陰陽師」観てきました。

これから観る予定の方やあまりあの映画をケナされたくない方は以下お勧めしませんが・・・。

白状すれば、この映画観たのはダ・ヴィンチに載ってた和服姿の伊藤英明にメロメロ(馬鹿)だったってのもあるんですが・・・。
なんというか、博雅(むしろ伊藤英明)ほとんど主役というか出ずっぱりでしたね(大笑)!
伊藤英明、雰囲気は私の博雅像にぴったりなんですがなにぶん演技と演出と脚本が。一人で恥ずかしいやら何やらで笑いをこらえて悶絶してました。げふー。
博雅にはもっと飄々としてて、恋にはとんと疎くて、鬼とかに遭っても慌てふためいたりしないで、しかも綺麗な音楽とかにはやたら弱くあってほしいのだー。
・・・いや、過剰に期待して行った私が阿呆なんですが・・・。
安心して観ていられるのは主に悪役、というよくあるけど微妙な事態になってるのは気のせいでしょうか。
伊藤英明はあと5年くらい経ってもうちょっと雰囲気が出て、演技が上手くなってたらファンになるんですけど・・・。

まぁさておいて、勿論、素直に面白いところもありました。
陰陽道や当時の風俗(?)については疎いので断言しかねますけど、結構気合い入っていた様子です。
陰陽師はちゃんと印切ってたし、色々とそれらしい紙の人形も出てきました。
衣裳はなかなかすてきです。博雅なんかには結構凝ってた様子。
劇中の笛も綺麗だったし。あの澄んだ音が「横笛」なのかしら。
そして安部清明役の野村萬斎の身のこなしが美しい。演技もいいのですが、もうちょっとクールな清明って演出がよかったなぁ・・・。

なんだか結局、演出と脚本の悪口にいってしまいそうだけど・・・。
うーん・・・やはり・・・くさい芝居は嫌です・・・。
例えば、腕の中で死ぬのはいいにしても、あまり長々と言い残さないで下さい。というか頸動脈切ったんならすぐに意識飛ぶような気がするし。
その後、悲しむのは当然だけども絶叫しなくてもいいと思います。呆然とするとか取り乱すとかこっそり泣くとかでもいいと思うんですが。

・・・ぶつぶつぶつ・・・。



2001年10月13日(土) 不思議な循環

今日、弟がなにやら講演会を聴きに行ってきまして。
話は、教育問題から生態系やら食物ピラミッドやらをどう子供に教えるか、
環境問題、その他かなり多岐にわたった様で、彼はかなり感銘を受けて(?)私に喋りまくってくれましてね。私は大体聞いているだけだったんだけど。

なんでも、「科学」に反感というか否定的な印象を持ってる女性は6割にのぼるとか。本当かどうか知らないけど呆れちゃいました。
私は、科学ってのは(儲からない研究はやらないって傾向はあるにしても、基本的には)えらく無邪気に積み上げられた、偏った故に大きな力だと思うのです。
一重に使い方次第で。
ただ目先の利益(こんな陳腐な言い方はしたくないんだけど)の為に使えば、相応に利益は出て相応に環境を壊したりなんだりする。
他の方向に使おうと思えば使えるかと(研究は進んでないだろうけど動機があれば進むよ)。
問題は、その動機付けはどうするのか、「他の方向」ってのは何なのか。
そして、その「他の方向」ってのが市場原理とか世論(?)とか60億もの人々の生活とかと対立しちゃったらどうするのか。
その辺だと思うのです。

なんだかね、思い切って縮めてしまうと
「人間いかに生くべきか」って問になる気がしたんです。それがちょっと不思議だったんですけど、まぁいいや。
やっぱり、きっと理想とかって要るんですよ。おかしな事を言うようだけど。
人が地球の上でどんな位置を占めるべきなのか・・・。それ以前に、人間って何なのか。
科学を使うには、そういうことを考えなくちゃならない気がしたんです。


・・・うーん。さっき弟が話していったばかりだし難しい。
矛盾の指摘・反論歓迎です。

前から、医学とか農学とかは一歩間違うとすごく危ない世界に行くなぁ、とは思ってたんですがそれがここまで飛躍してしまった・・・。
あ、でもここで言ってるのは主に地球環境のことについてと思ってくださると有り難いです。



2001年10月12日(金) 感傷的なおしゃべり

あっという間にキンモクセイも散ってしまって、まだカマキリなんかはうろうろしてますがどれもこれも弱ってて切ない季節です。
今日、学校に行くのはあと二ヶ月しかないってことに気付いてひどく(ハシタなく)動揺してしまいました。
二ヶ月なんてあっという間ですよ。
もっと色んな人とおしゃべりして仲良くなりたかったのに・・・。
みよ、さよ、あきちゃん、あらや、まなみ、はっとりとも全然話したりないし、
もぐろさん、たまちゃん、はなちゃん、はなしみん、しげこう、他にも色んな人に聞きたいこと、喋りたいことがほんとに沢山あるはずなのに・・・。
結局、あまり沢山の人とは言いたいことを言い合えなかった。それが私の性格だと言ってしまえばそれまでだけど、それにしてもこの二年半何をやっていたんだろう?
ほんと寂しいです。あと半年はあると思ってたのに。(3年生は2学期で授業は終わってしまうことをすっかり忘れてたって訳)。

そんなことを思っているうちに今日はひどく感傷的になってしまいまして。
早速真面目に英語をやってたあきちゃんにからんで、「すごいいい子ちゃん達が集まったこの学校でも、テロ事件は学級日誌にも載らないのね」といったようなことをひどくまとまりなくわめき立て(しかも何人も静かに勉強してる教室で)、その上こっそり教室で泣く始末(済みませんでした)。
塾でも「学校あと二ヶ月しかない!」としゃべりまくり、やはり友達の前で涙目(いい加減に馬鹿)。
帰りの電車でも、みよさんを捕まえて今度は「結局無力だね」みたいなことばかり喋っていてやっぱり泣き出してました(道徳に反する(爆))。

あのアメリカの同時多発テロのアンケートで、クラスメイトは沢山の意見を書いてくれて、私は本当に嬉しかったのだけど、所詮それだけだった。何もやらないよりはましってだけで、何も力を持たない、つまり無力なんです。分かってた筈だけど。
塾の先生は「知ることですね」とか言うけど、知ったところでどうなる?その後は?
寂しがってすがる友人にも、私はどうしたらいいのか分からない。

アンケートを集計してくれた一人は、感想に「みんなで考えること、それがテロを防ぐ最善の方法だと思います」と書き、私も「大丈夫、希望がないなんて言っちゃいけない」とか書いたんですが。
どうかどうか、これが机上の空論で終わりませんように。
私にも、何かができますように。

月に二回程血液製剤の国内需給に貢献するくらいじゃ、ちょっとみじめなんです。これは贅沢でしょうか。


(ニックネームだけど名前を出してしまって御免なさい。都合が悪ければ消しますね。)



2001年10月08日(月) 紅の豚。

英語の問題集をほっぽりだし、英語の宮崎駿サイトをせっせと辞書引きながら読むというダメダメっぷり。
紅の豚って、どうもフランスでちょっと人気出たそうで。ちょっとお洒落(といえばお洒落)で、すごく格好いいですものねぇ。フフフ。
もう、「きゃーっ、豚よぉ、豚さんよぉ!かっこいいーvv」って感じです。
他にも「ポルコ・ロッソとは、イタリア語でまんま『紅の豚』の意」とか、「マンマユートとは、Help!mammaの意」とか、ちょっとした収穫がありました。(伊和・仏和辞書がほしいな・・・。)

どうも私は、例えば面接試験とかで、強く影響を受けたものを訊かれたら、
「手塚治虫と宮崎駿と庄子薫ですっ!」と元気に答えそうな気がします。
つまり、マンガとアニメとベストセラー小説なわけですが。
どうなんでしょうねこれは。
庄子薫は今時珍しいにしても、手塚と宮崎は私の世代じゃディフォルトかしら。
しかし、小論文の困ったお題を前にして、ふとブラック・ジャックのセリフが浮かんできたりするのも事実ですからねぇ。
いいのかなこれで。こんなところで独創性発揮しなくてもいい・・・かな?


今更ですが、米・英軍のアフガニスタン空爆が始まりましたね。
どうも他人事でいけません。予想してたせいもあってそうショックでもなし・・・。
学校でテロ関連のアンケートを取って、集計が終わった辺りから、どうも私の手を大きく離れていった感じがしてまして・・・。「みんなはどう思ってるんだろう」っていう好奇心が満たされてやる気がなくなったというのもあるけど。
やっぱり、世界情勢は私にとって大きすぎたらしい。
一人一人の悲しみや怒りから、各国の軍事・外交・政治、果ては世界経済・世界宗教までは、ちょっと手に負えなかった。知識がないのはもちろんのこと、頭がまわらない。軍事アナリストの言う具体的な攻撃内容と、爆撃で死んでいく人たちやその家族達の感情と、宗教的な意味と、経済的な影響と、他にも並列して考えなきゃならないはずのことが沢山・・・。だって、どれが欠けても嘘だと思うのよね・・・。
あーぁ。


少し話はずれるけど。
クラスメイトの回答なぞ見てると、誰が頭がいいかってよくわかりましてね。
ほんとすごいと思うのです。素直に尊敬します。
すごく冷静で的確で、今後どうすべきか語れて、しかもそれに控えめでしっかりした理想があるっていう。(理想なんて言葉はすごく胡散臭いから使いたくはないんだけども、他に見つからなくて。ご勘弁をば。)

そして、この差はちょっと歴然としててどうしようもないところがあるらしいんですね。才能って奴だから。
ちょっとこちらが寂しくなってしまうこともあり。
あーぁ、結局劣等感に落ち着くなんて嫌な日記。ごめんなさい。



2001年10月07日(日) ♪およそ名も無き神々はぁ〜

「千と千尋の神隠し イメージアルバム」なるものがあるのを御存知でしょうか。
主題歌とはまた別に、BGMのメロディに歌詞をつけたような曲がいくつか入っているのですが、これがまた愉快だったりして。
で、ヤマハとかに行ってみるとちゃんと楽譜が何冊も出てたりして。
はぁーさすが、とか思いつつ私もしっかり買って貰いましたよ(某コーヒーを飲みに行こうと父親と一緒だったんだな)。
しかし編曲は子供向けなのかしょぼくて。ピアノだけだし。それでも私が弾けるわけはないのだけど・・・。スコアが欲しい、とか思ってしまいました。

話は飛んで。
文系と理系の差って何なんでしょうねぇ。
私はそれほど大きいとは思ってなかったんだけど、友人(文系)の小論文を見せて貰ったり、某哲学者と物理学者の対談をちょっと眺めたりするうちに変な感じがしてきましてね。
それを上手く説明できないんだけど・・・。

例えば、国語の問題文なんか読んでると、やたら「科学技術」や「科学者」が悪役になってる文章が多かったりしますね。
聞いた話だけど、「自然科学の対極は芸術で、それはきわめて個人的なものである」みたいな文章も出るらしい。
私は、ほんとにすてきな芸術って奴は、かなり普遍的だと思うんだけどどういうつもりなんだろう。
それに、科学技術やら科学者やらを悪役にしてどうするっていうんだろう?確かに近代科学の功罪はいくら論じられてもいいと思うけど、それを積み上げてきた科学者達は、きっと単純に知的(?)好奇心にひかれていたか、もしくは「いい薬を発見して誰かを救いたい」とかいったような使命感に燃えていたか、だと思うのです。

やっかみで科学技術を攻撃するのは阿呆くさいと思う。(だって、なんだかそう見えてしまうときもあるんだもの・・・。馬鹿な小娘が言うなってとこだろうけど。)
でも、ただただ好奇心に惹かれて研究するのは(ある意味すごく純粋だろうけど)子供っぽいと言われていいと思う。

あー全然まとまらないやぁ・・・。
本当は、「文系と理系(強引に分けることにして)で、『真理』や『認識』は共通か」ってのを考えなきゃならなかったのにぃ・・・。撃沈。



2001年10月04日(木) 侮り難し

塾の「医系小論文」とかいう講座で、今週のお題。
「『一度限りの人生、人は何を捨て、何を守らねばならないか』と問われたとき、あなたは何を捨て、何を守るかについて、800字以内で述べなさい。」
あんぎゃー。
侮り難し大学受験。
「自己関連課題」とかいうやつで、医療系の小論の特徴のひとつらしいんですが。

こういう問でも(こそ?)逃げ込まずにちゃんと書かなくちゃ・・・。
そうじゃなきゃ、こんなもの日々書いてる意味ないじゃない?

しかしどうしようかねぇ・・・。



2001年10月03日(水) ほんの少し残ったすてきなもの

書かなくちゃならないことがすごく多い気がする。
そもそもなんで私が日記なんぞをつけてるかっていうと、
誰かに自分の考えてることを知っていて貰いたい気がするのはもちろんだけど、放っておくと自分でも、日々感じた、ちょっとした感慨とか感動(?)とかを忘れ去っちゃうに違いないって思ってるからで。
だから、色んな出来事があると、書きたいことが・・・。
でも嫌なのは、ただ出来事だけ書いてもちっともおもしろくないってことで。問題は、それから自分の考えをちゃんとまとめて書けるかどうか、らしい。

さて。
文化祭で私と友人達は、「3年○組意識調査〜アメリカ同時多発テロ関連〜」などというものをこそりと出した訳ですが。
白状してしまえば、親に「おもしろくないおもしろくないと思いつつ、我慢して最後まで読みましたよ」とケナされて私はへこんじゃったわけです。
確かに集計結果の分析は無いしコメントもいい加減で発表としては手抜きでしょう。記述回答も、ほぼ全部を省略・切り捨てナシで載せるという暴挙に出たためひたすら長くて読みづらいでしょう。
でもね。
41人しか居ない自分のクラスメイトの意見なんだから、私は省略とか切り捨てをしたくなかったんですよ。新聞や学校の授業みたいに、集計結果からこっそりと自分の意見を誘導するようなことを恐れたから分析しなかったってのも本当なんですよ。
とまぁ、私が価値があると思っていたことが、あっさりと否定されてしまった訳で。他にも、私はまだちっとも親の影響から抜け出せないのだなぁとか、どうしようもない世代間(生きてきた年月の)の差って奴に気付いて引っ込めワレモコウめとか、30年後は私も向こう岸かぁとか、そんなことを考えて、その夜は(またまた恥さらしだけど白状すれば)泣いてたのですけど、例によって翌日にはケロリとしてました。
ケロリとしてちゃダメなのは判るんですが。


話は飛びますけど。
私は、生きることとか、人生とか、地球の存在とかの無意味さを怖がるつもりはないんです。(今のところ)
宇宙が生まれたときから、「存在」そのものに意味や目的は与えられなかった。なんだか妙なややこしい言い回しになっちゃったけど、「神がおつくりになった、だから意味がある」とは言い切れない、って思ってます。
地球ができたのも、素晴らしい偶然の産物だと思ってます(今のところ)。
そう、それでも。
(陳腐な例だけど)人と人との関わりにちらちらと垣間見える色々な心の動きとか、歴代の学者たちが積み上げてきた数学や物理の式とかは、ほんの少し残ったすてきな、意味のあるものだと思うのです。

うーん、まだ上手く言えないのだけど・・・。
よく小説なんかで、広い砂浜であるのかないのか判らない小さなものを探すってイメージがありますよね。
ちょうどそんな感じがしてます。
というか、そんなゴマ粒みたいなものがある、自分にも見つけられるって一生懸命に探していなければ、人は生きていけないんじゃないかしら。

なんだか妙に小説じみた表現になってしまって嫌だなぁ・・・。


 <<少し幼い頃  目次  少し時が経ち>>


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