日々日記
いちらんふるいあたらしい


2010年06月24日(木) こういう種類の悪夢もあるのね。

寝起きグダグダ。。。さっきやっと起きたところ。
久々に疲れたので、木曜日を回復日にあててずっと寝てた。

そしたら久々にものすっごく(私的には)エグイ悪夢を見たのだ。


現実と良く似ていながら、ちょっと違う設定がいくつかあったな。

実家の隣が神社で、鎮守の杜に樹齢300年以上の巨木がごろごろ生えてるんだけど、
その木の一本が杜の隣の田んぼに移動して生えてんの。


それは杉の巨木で、中心の幹から横向きに生えた太い枝の先っちょに、
数日前の夢の中で私ったらクリスマスツリーの飾り付けをしたんだな。


飾りは、赤と金色のスクリュータイプのリボンとか、金銀のすんげー太いモールとか
金色のロープ、あとは丸とか星とかのバスケットボール大のオーナメントね。


はて、それいったいどうやって吊るしたんだっけ。。
そこは覚えてないけど、確かに夢の中でくっつけたんだ。
HAHAHA、キレイじゃないの!いいじゃないの!!とか絶賛しながら。


今回の夢ではですよ、実家地域にものすごい大きい低気圧がやってきて強風が吹き荒れ、
そのロープとかモールがすぐ近くの送電線に引っ掛かりそうにびゅおびゅお吹かれて、

これ、送電線にからまったら、燃えるよね。停電もするよね。。。

燃えたロープが落ちて来たら、下にある家燃えるよね。。。
停電させたら、関◯電力に賠償金請求されるかな。いったいいくら請求されるんだ。。

もちろんニュースになるよね。家族に迷惑かけるな。。



といったひじょーーーに社会的な次元でのなんともいえない恐怖を感じる悪夢でしたの!
お化けが恐いとかそんなん可愛いもんだわと心の底から思ったヨ。


いやー、肝冷やしたわ!

夢から醒める寸前に「あ、だいじょぶやわ。これ夢やし家燃えないし請求もないわ」
と気付いた時の安堵感ったら半端なかったーーーー!!!


社会的な立場(何もない。しいて言えば前科がないくらいか)を失う事を恐れてるのか、
それとも何か変化があるのか、何かを暗示しているのかどうか夢診断してみたくなる
そんな悪夢だった。

あーー。目が覚めてほっとした!


2010年06月20日(日) さぁいよいよ。

修士論文のテーマがはっきりと方向付けられた。

あとはもう己の実存を懸けて研究するのみですわ。
社会で起きている、ある宗教的な現象に肉迫するために。


人々が何を求めてその宗教を信仰するのか。
そしてその宗教団体がどこへ行こうとしているのか。
信者と教団の間で、運営面、活動面、教義面において乖離はあるのか。
あったとしたら何がどれくらいあるのか。

わたしは知りたい。

そして自分自身の立ち位置を再確認し、新たに確立する。そこが個人的な最終目的。
(よくここまで辿り着いたよね。ゆるゆる適当してっけど、やっぱ執念だろうね。)

自分はなんのために、30年、この信仰を続けて来たのか。
その意義と意味を問う心の旅路。

ついに歩き始めた。うん。

半年後、一体どうなっているだろうねぇ。。ひひひ。


2010年06月17日(木) 存在を喜ばれる

どうやらこの世界には、わたしにしか出来ない事があるみたいよ。

傾聴し、一緒に考え、相手の内面の整理整頓をお手伝いすること。
人によっては「交通整理」ともおっしゃる。

これ、誰でもできるんじゃないんだって。
「技能」なんだって。

そこを手放しで褒めていただいた。
存在を喜ばれたに近い。わたし、生きてていいんだ。居ていいんだ。


自分自身の深い所で、自分が自分を肯定するのとはまた別の種類の肯定。

圧倒的に自分とは分離した存在である他者からの肯定は
またちょっと重みが違うね。



胸はって、前を向いて、一歩一歩確かな足取りで歩いて行きましょう。

遠くの野にもきっと花が咲いています。大丈夫。


2010年06月13日(日) 映画というもの

きょう「映画体験」なるものを経験した。
とりとめもなく、思った事をつらつらと書く。


(ネタバレちゅうい)

今公開中の、松たか子主演の映画「告白」を見たんだけど、
すーごかった!ほんとーにすごかった!

そもそも映画ってほとんど観ない。
従って「わたしに訴えかけ、何かを呼び覚ますような存在としての映画」との出会いも
まず無かったから、この映画には心底びっくりした。


「告白」では、一見すると「愛する我が子を理不尽な形で失った悲しみがあんまり深くて、
犯人に最も苦痛を与える方法を用いて復讐した教師」が描かれているのだけど、
全篇を通して人間そのものの醜悪さとえげつなさが、これでもかこれでもかと描かれてて、
そういうところに本当に舌を巻いた。

これですよ。これ。
娯楽でもファンタジーでもない、こういうのが観たかった。
(と、観てから言い出すあたりは実にいいかげんなもんだが…)


あと、何が正しくて何が正しくないのかという価値判断が、
その時代によって、あるいは大多数の人の意見なり大衆の雰囲気なりによって
「つくられたもの」でしかないということをですよ、見せつけられた。

だいたい、人間のそういう感情を「醜悪」だと見なすのだって偏った判断なわけで。
確かに誉められたもんじゃないけどさ。。


「なぜ人を殺してはならないか」の答えは、
今のところ私の理由は「私が殺されたくないから」なんだけど、
そこもねー、うん。

少年達の判断は、そして主演の松たか子の行動は、間違っているのか?
人は弱いから、愚かだから、間違うのか?

そういう部分をかき回される映画だったねぇ。。


これが人間というもの。
誰の心にも去来するかもしれない感情。

奇異なようでいて、あまりにありふれた、
どこにでもある「人の心」というものを見せつけてくれた。

その描かれ方があんまりよくて、観終わった後笑みが顔から消えなかった。
(なんだか悪趣味よね。でも本当だから)


2010年06月03日(木) 日々の徒然

大学図書館にいる。

2月末の健康診断でまたしても引っかかった尿検査の潜血。
何回やっても+++で、毎度ぶっちぎりの数値である。

もうずーっとそうなんだよなぁ。
でも医者に診てもらってもどこにも何も悪いところがない。

でも、健康診断をきちんと受けて、白黒はっきりさせとかないと
卒業証明が出ないのできちんとしなくちゃならん。

元気で暮らすためにも、もちろん大事なことだけど。


そのほかに甲状腺の検査と、股関節の検査もせにゃならんわ。

この先生きている限り身体はどんどん経年劣化していくのだから、
定期メンテナンスがほんとに大事になってくるよね。

病院ってあほみたいに時間食うから好きじゃないんだけど、観念して行ってくる。



ゆうべ、妹がバイトしてる池袋の映画館に行ってきた。
第9地区を観てきたよ。

(ネタばれちゅうい:ヨハネスブルグにやってきて増えすぎたエビと、
そのエビを市街地から郊外へ立ち退かせる業務を請け負う会社員との
種族を超えたコミュニケーションの物語)

こじんまりしてて、観るからにあの子が好きそうな映画館だった。

落ち着いて観てこれたのでうれしかったなー。

おとといの夜から、例の出来事のダメージが肉体のほうに現れ、
ぐっと疲れてきて、さらに顔の筋肉も全然動かなくなったので
(無表情。声も感情も抑揚がない感じ)
これはやばいわと思って、ちょっと気持が上向いた時を逃さず外に出たよ。


正解だった。

誰かと予定をすりあわせて会って会話する気にはなれないけど、
まずは自分をどこか、あるいは何かに向かわせるよう仕向けるといいわ。

そう思うと、(ほっといてくれる友人たちも含めて)一切の事象が
私に優しいわけです。

こういうとき、人にかみついたり、けんかしにいったらいかんわ。やっぱ。

そんなことしても、いやな気分が増幅するだけだ。


というわけで、引き続きリハビリしていく所存。


今週末は「宗教と社会」学会で京都なんですの。

夜行バスとゲストハウスを利用することで、4泊2日(車中2泊)の
東京⇔京都の移動費+宿泊費を2万円以内で手配したった。

こんな落ちてるときに京都かぁとも思ったけど、
どこか、あるいは何かに自分を向かわせること大事だから、
行ってくる。

行けば何か楽しいことがあるし、自分のためになるから。


inu-chan