sasakiの日記
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2010年05月26日(水) 恋抱きしめて

 「AFTER DARK」
 ロンドンシリーズは最初から2枚リリースすることに決めてあった。
 次の年には再びロンドンに行く。
 「JEALOUSY」の時には、シングルがなく、ただいきなりアルバム発売になり、プロモーションも薄かった。
 ただ、駅用にとアルバムのジャケ写を引き伸ばした大きなポスターが作られた。今回のためにホールの入り口にでも出そうと思っていたのだが、いくら捜しても出てこない。ロンドン3RDの時に録った記念のポスターにもならない、ただやたらとでかいポスターはあるのだが。もう一度捜すことにする。
 「恋抱きしめて」はこのアルバムをリリースするためにと、WEA(レコード会社)のうめがきさんに東京の六本木のスイート(曲を作るためだけにだよ。後にも先にも歌を作るために缶詰になるなんて初めての経験だったぜ。)を1週間近く取ってもらい出来た曲。確かにこのアルバムに並べてみると明らかに異質な感じがする。どうせイギリスのミュージシャンに録ってもらうんだったら日本っぽいものにしようと最初から決めていたのでそれらしい曲にはなっている。かな?
 がちがち、ギトギトに行く方向が決まっているので、思いのほか日本テイスト満載に仕上がっている。でも、よく聞いてみると、やっぱりロンドン演歌。面白いよ。
 このころはもう完全に日本食一辺倒。もう、どこに国だろうが日本食。日本食料が売ってる店に入り浸り。これが高い。インスタントラーメンの果てまで売ってるんだけど高い。けど、もうご飯炊いて味噌汁作って、街角からにおってくる日本テイスト。近所の人はもしかすると迷惑だったかもしれない。三浦君はハムエッグとトーストが得意だった。
 外国は玉子事情(どんな事情かと言うと、玉子を生で食べたらいかんらしい事情)がご飯に厳しく、玉子賭けご飯が出来ないのが残念だった。

 ようやく、コンサートのメンバーも曲の区別が出来るようになり、それぞれが慣らし運転状態になってきて、本当にいい感じ。のりも出てきて、さあ、お楽しみになってきたよ。
 ギターの吉田肇と曽山良一はそれぞれプレイスタイルがまったく違い、その違いがステレオになっている。ベースの木村K子はようやくおじさんたちになれてきたのかリラックス。オンピアノのいずみちゃんは笑い方を変えたらしく「おーほほほーー」と言いながらピアノ弾く。そしてドラムスののりさんは相変わらずの摩訶不思議筋肉痛みたいなものに悩まされ、「あいててて!てて!」といいながらシンバルをこすり上げている。コーラスの稲村さんは手の内を明かさず、どうやらこのまま本番になだれ込むみたいだ。時々ほんのりとにおってくるラインは流石メインヴォーカリスト、すばらしい。さて!どうなるか?
 稲村さんに「コンサート29日に変更なったんだっけ?今日ブログ見たら29日と書いてあるから。」、いずみちゃん「あっ!メンバー気に入らなくてこっそりやるんだ。ああーー!」、ジョニー「弾き語りやるつもりですね?さては?えっ?」。色々言われたので、家に帰って早速直す。
 そんなわけで、28日ですので本番。間違って29日の夕方新札幌に来てもコンサートはとっくに終わっていますので。すみません。ほんと。
 そんな人はいないと思うけど。

 そろそろ、こっちも左腕の関節辺りの筋肉が悲鳴を上げはじめている。
 針を打ってもらいたいんだけど、時間が取れないのだ。今日はギター休もう。
 もう、7時になる。ご飯食って寝ないと。

 あと、7曲あるけど、このままではどう考えても当日まで終わんないなあ?まあ、それはそれ。
 
 徹、何時までも起きていないで早く寝るように。

 
 
























う.........


2010年05月23日(日) SEPTEMBER VALENTINE

 久しぶりに毛用に行った。
 稲村さんが来ていて、鉄釜にお湯をわかしていた。
 このところ人の出入りがなかったせいか、虫たちの天国になっていて、毛虫やダニが空から降ってきていて、それはそれでなるほど山というのはこういうものなんだな?と感心し急いで帰って来た。
 途中からIさんが訪ねてきて、今夜人を呼んで飲もうと言う話がまとまっていた。
 天気はいいんだけど無茶苦茶に強風が吹いていて昨日ほど快適と言うところまでは行かない日だった。

 稲村さんに28日のコーラスはどう?と聞いたら、日々精進しているという答えが帰って来た。かなりいけると思う。是非皆さん、友人を誘っておいで下さい。ということです。

 セプテンバー・バレンタインをどうして「JEALOUSY」に入れることになったかよくわからないのだ。
 多分、何かセルフカバーをと言われたような気がする。
 君は風、にするか、元気ですにするか?じゃなければセプテンバー・バレンタイン。結局この3曲はロンドンバージョンには入ることになったんだけど。
 
 ストリングスシンセがソウーっと入ってきて、ギターのCadd9のアルぺジオが加わり、Gm7それを繰り返してからFmaj7、B♭7+11と何だかよくわからないコードに展開し、概ねBm7辺りをのたうって愈々Dmaj7、C♯m7、Bm7、Bm7/Eとイントロが終わりAでスタート。
 「ワン・オン・ワン」のセプテンバーは今は亡き羽健こと羽田健太郎さんがピアノを弾いていて、ロンドンはジェフ・ベックグループのピアニスト、マックス・ミドルトン、どちらも御大。まったく違う曲になっているので面白いです。
 なんだか、とても大きな曲に変身しています。
 この曲を録音している時、夜中の2時過ぎだったと思うんだけど、ミニキャブ(白タクみたいなんだけど白タクじゃなくれっきとしたタクシーで、黒い、一般的にしないで見かけるものと何が違うんだかよくわからないんだけど、夜中に乗ると怪しさ全開)を呼んで帰る途中、空き地で燃えてた乗用車。パトカーが来るようでもないし、消防車が呼ばれているようでもなく、ただ漫然と燃えているのを見たとき、国によって色々な事情があるんだなあ?と感想が電光掲示板みたいに頭の中を走った。テロみたいなものも時々地下鉄界隈であるみたいで、それはそれで国と言うものなのだ。若い奴は基本的に金持ってないし、人のタバコだったら吸うけれど自分ではどうもなあ?も多かったかもしれない。
 ギターソロもとても素敵だ。

 今週、愈々、本番。
 がんばんべ。
 
 


2010年05月20日(木) SHADOW LADY

 今年も家の近所に咲く桜は一段と見事に、艶やかに並んで踊っている。
 ほんの一時なんだけど、気持ちまで桃色になるからいいねえ?
 毎年毎年、植物は育っていくからいい。特に花咲く季節はそう思う。
 松は一日じゅう外を見ている。猫は猫なりに季節に耽溺しているのかもしれない。思い出したように、絶妙のタイミングであくびをする。
 かなり好きなものの一つになるかもしれない。猫のあくび。

 ロンドンの貸家事情は、部屋を借りると自分の自由に改造できるみたいだ。
 内部を勝手に改築して好きなようにやっている。
 日本みたいに壁に釘を打ったらいけないとか、色を塗り替えるなとか、そういうことは言わないみたい。なんだか愉しそうだ。
 一人身のおばさんが住んでいたと思われるフラット借りたときのことだ。
 日常生活に困らない、まあ、居抜なんだろうなあ?家財道具一式完備、の家で、室内の装飾がイギリスの雰囲気そのまま、どう見ても女性の趣味だろうと思われるたたずまい。玄関開けてリビング、そこから廊下に抜けて、ベッドルーム、続いてキッチン、そこを通り過ぎてサンルーム、そして庭に出るサンデッキ。庭には花があって、レンガの塀があり、その向こうにまた別のフラットと思しきものがあり、街になっている。
 あんまり日の差さない家で、日中でもリビングは灯りが要る。
 最初の日から何かいる、感じはあったんだけど、まあ、それはそれで仕方のないこととどっかで諦めていた。
 どういう人かは日本に帰る日までわからなかったけれど、変わった共同生活が始まった。 
 時々、視界に入ってくる。その、おばさん。
 そよそよと家の中を横切ったり、廊下を歩いたりする。
 毎日、きちんと服は着替えて現れる。
 まるで、向こうもこっちが見えていないみたいに無関心。
 僕は僕で、関れるものでもないので無視。
 昼間はまあ、昼間なのでそうびくつくことはないんだけど、流石にスタジオが押して、夜中に帰ってくるときはあんまりいい気持ちはしない。
 いい人みたいで、夜はそんなに気配がなく、多分消してくれるのだとも思えるんだけど、怖いことは怖いんだけど、そして、そこしか寝る場所がなかったので帰る。
 クマに「部屋にどうも、おばさんが毎日服装を変えて出るんだけど、どうにかならないんだろうか?」と聞いたら、「ロンドンはもともとそういうところで、歴史的にゴーストストリーのふんだんにあるところなんであきらめたほうがいい。」、諦めるしかないみたいと納得する以外に方法はない。クマには別のフラットを捜してくれる意志はまったくないみたいだし。
 気のせいとか何とかじゃなく、本当にいるのだから仕様がない。そして向こうがこっちにまったくの興味がないと言うのはもう、怖いとか何とかと言う問題じゃなく、テレビみたいなものになってしまう。
 振り返ってみると、よくいたなあ?と思うけど、本当に不思議な経験、体験だった。多分、まだあのフラットが無事にあったとしたら、あのおばさんはまだふわふわ家の中歩いているはずだ。
 これは「after dark」を作っている頃の話。
 もうロンドンには慣れていた。
 
 キーはG。 
 いつーもーー♪Cmaj7 おれのーそばにーーBm7
 寄り添うーーーAm7, おんなーーーがいるーD7
  
 シャドウ・レディはおばさんのことを歌ってるわけじゃない。
 歌のことでぇ、といまさらことわることでもないか?
 つくずく、バンドの曲だと思う。
 今回は特に、きっちりとピアノがフィーチャーされてるので充にいけるところまで行き着ける。ついでにおばさんのことも思い出してあげよう。
 コンサート、もうすぐだからね。

 今日、芝居見に行った。「ナンシー」
 舞台ってこんなにいろんなことが出来るものなんだと、感心する。
 音楽とはまた別の世界あるのだ。

 こら!松!重い!脛が折れる。
 


2010年05月14日(金) ミス エルジーの悲劇

 五平さんと6月の打ち合わせ。久しぶりにススキノに出る。
 刺身の盛り合わせ。北寄貝の刺身、刺身の盛り合わせ。イカごろのみそ焼き。鮭の塩焼き、もろもろ。本州からの人もいたので圧倒的北海道、どうだ参ったか?系。
 正直、まいった。
 何かやろうという事は以前から話していたのだけれど、どうせなら、気分が変わる沖縄で改めてアレンジしようと言うことになり、本日は穏やかに散会。家に着いたのが10時30分。今、日記更新中。

 松は終始ラブリーな目でストーキングの最中。
 兎に角、穏やかな日々を送っているみたいで嬉しい。このまま元気でいて欲しいものだ。スポ太郎の墓掃除に行き、建設途中の小屋をなんとかしなくてはと思い続けて早5月。伴さんに相談に行かなくてはと思い続けてもう5月。柱だけでも購入しようかと思っているんだけど、それも改めて相談ごと。

 「ミス エルジーの悲劇」はとても不思議な曲。
 コード進行はG7、C7、D7のスリーコードの組み合わせでできている。終わりのころにA♭に強引に転調、更に強引にG7に戻ってくる。
 とっても野蛮に、簡潔に出来ていて、愉しいのだ。
 歌詞もどうなんだろう?という突っ込みどころ満載で、そっち方面からクレームがきてもおかしくないことになっているけれど、もう知らん。
 体重を横から覗き込もうとして、ヘルスメーターの目盛りを足で隠されたと言うことを唄おうとしたわけではないのだ。人にはそれぞれチャッカマンで火をつけると一気に点火され、思いがけないところで大火事になると言う事を言おうとしたわけかもしれない。けど、もう、知らん。責任もてないからこれについては金輪際もう触れないでおこうと思った。
 それにしてもAメロがG7一本槍というのはなかなか渋い。
 この感じのコード進行はこの曲一曲なのでセッション向きなのかもしれない。やったことないけど。Bメロから動き出す。どうもジッとしていられない性分。
 どうやって今回やろうか?がまだ決まらない。多分減らす方向に行く気持ちなっていることだけが決まってる。
 
 ブーメラン♪ブーメラン♪きっとあなたはーーーー♪
 さっきから西城秀樹が頭の中で歌っている。
 だいたい、僕の頭の中ではひっそりと何かの曲が流れている。
 それも歌謡曲が多い。
 
 鈴木さんの家の畑には今年8本のアスパラが植えてあって、そろそろ食べごろだと言っていた。素朴な疑問なんだけど、どうしてもっとたくさん植えなかったんだろう?人にはそれぞれいろんな事情があるんだろうけど、8本のアスパラが鈴木さんの家の畑にひっそりと立っているというのもよくわからない風景だ。今度、もう一度きちんとその理由を聞いてみよう。聞いたような気がするんだけれど。
 ホッケを55匹釣ったとも言ってた。それも、大きい奴で、45センチくらいもあり、沖よりも岸辺のほうが良く釣れるらしい。だんだん漁師みたいになっていく。このままいくともうすぐ、網と舟も買うかもしれない。
 最近の鈴木さんはなかなか面白い人に変身中みたいなので目を離さない方がいいよ。朝の5時半から8時まで、釣ったホッケを食べているらしいと言ったのか、それとも、朝の5時半から8時まで釣ったホッケの数が55匹だったのかも確かじゃないんだけど、多分、釣ったほうが正しいんだろうなあ?
 
 帰りにタクシーに乗るとき、緑のジャケットと、緑のうさぎみたいな耳をつけたまゆちゃんが友達数人と通り過ぎるのを見た。
 突飛な格好をする子なんだけど、今度会ったらそれも本人だったかどうか聞いて見ようと思う。たまに街に出るといいことがある。

 さて、明日はラジオ昼の1時からと、早いのでもう寝る。
 野球がナイトゲームになると、いきなり午後の早い時間に引越しになる。
 暇な方は是非お付き合い下さい。
 HBCです。


2010年05月13日(木) I'm Lonly christmas Bell

 一昨日、徹さんの誕生日だったことを何かの拍子に思い出した。そうめったやたらと人の誕生日を思い出したりしないんだけど、もしやとお思い、徹さんのブログを覗いてみたら、ビンゴだった。せっかくなので、携帯のメールで「お誕生日おめでとう(ケーキとろうそくの絵文字つきで)」と打ったら、暫くすると、「ありがとうございます(ハートマーク)」のメールが帰って来た。喜んでるみたいだったので嬉しい。
 
 「JEALOUSY」のレコーディングでロンドンに始めて行ったときが5月だったと思う。プロデュースをしたクマのスケジュールがなかなか取れず、向こうについてから随分と待ち時間があって観光客に変身するのにそんなに時間がかからなかった。まったく知らない街でその町を方々散策する時間をもらえたのはある意味非常に贅沢で有意義なことだった。毎日地下鉄に乗り、各町を気まま歩くことが出来、レコーディングが始まるころには市内のおおよそ地理が理解できるところまで行ったから立派なものだ。とにかく地下鉄には乗り倒した。AtoZを買い、活用しまくる。ベィカールー、セントラル、ディストリクト、ジュビリー、ノーザン、ハマースミス&シティ、ピカデリー線がそのとき使っていた線で、フラットを引越しするたびに路線の数が増えていった。とりあえずスタジオの場所だけを覚え、後はひたすら反復。途中でスーパーやコンビに、あとは普通の雑貨屋などに寄り、日用品やタバコ、菓子、酒、飲み物、缶詰などを買う。この前に書いたけどスタジオが始まるのがだいたい午後の3時くらいからなので、基本的には昼間はかなり暇になっている。
 博物館、美術館、それに各街を歩くだけでも観光客よりも圧倒的に物知りになっていたと思う。東京とおんなじで交通網は愉しいほど完備している、それにバスに乗れればよかったんだけど、東京とおんなじで、バスはどこに行くか地理をきちんと抑えていないと沿う簡単には乗れない。最も地元の人だってきちんと乗れるかどうかはわかんないけど。
 こうやって書いていると、もう長い時間飛行機乗って遠いところに行くのなんか真っ平だと思い続けていたけれど、今は、ああ、あの底の深いエレベーターに乗ってトンネルぎりぎりの地下鉄の変な形の握り棒(今どんなになってるか知らないけれど、当時は車のシフトレバーみたいな握り棒がつり革の変わりに並んでいる)をしみじみ握りしめたいなあと思っている。
 そんなわけで、1枚目はかなり時間がかかっている。オケを録るのに結構時間がかかり、3,4箇所のスタジオを巡った。ピンからキリまでを見せてもらったかなあ。ピンは昔領主様のお城だったと言うところをスタジオに改築して、寝るところ、食事どころ、全て完備のところで、それぞれ各部屋をあてがってもらい、まかないのおばさんがいて、伝統の英国の料理と言うのまで味あわせさせてもらった。
 朝起き、窓のカーテンを開けると全面広い草原で、飼育されている羊の群れ。これでいいのだろうか?と言うくらいすごかった。なんだか。
 今まで黙っていたけど、こういったいい目に僕はあってたのだ。
 曲数は結構録っていて、ダビングなども順調にいって、それでもスタジオはいくら時間があっても足りなくなる。
 2回目に行ったのが10月過ぎか?歌入れやトラックダウンで終わったのが12月。そろそろ日本に帰らなければいけなかったんだけど、飛行機に乗る人達もみな同じ気持ちの人たちで溢れかえり、なかなか便が捕まえられないことになってきて、もしかしたらロンドンで年越しか?その頃はもう、英語生活に疲れてきていて、もういい加減帰りたいなあ状態だった。今思えばなかなかもったいなかったんだけど、慣れというのは本当に恐ろしい。
 街は地味にクリスマスのにおいがし始める。よっぽど街のなん中に出ない限りはただ、ぱらぱら雪が舞い始めるロンドンの帰り道。町全体が石で出来ているのでなんだかとっても寒い。フラットに帰っても派手な電熱器があるわけじゃなく、なんだかとっても寒い。ピッカデリー(ピカデリーと地下鉄の切符売りのおじさんに何度言っても通じない。ピに激しくアクセントを置かないといけないらしい。この前にニューヨークでオレンジジュースが通じなくて往生して経験がある私なのだ。)にある日本食屋で買ってきた恐ろしく高いインスタントラーメンを後生大事に抱え歩道を歩くわたしだったのだ。
 それにしても、僕は偉いね?見ず知らずのところで外人相手に日本人の歌レコーディングしてね?酒飲んでアレックスやクマにからんで。なかなか出来ることじゃないよ?実際。
 この歌にはまあ、ほとんど関係ないことなんだけど。
 ふと、思い出した。
 テレビではスヌーカーとクリケットの中継がやたら多かった。
 
 この曲は、キーがF。
 コーナー♪F−−雪の舞うーーーAm7 みーーなとをCm7、F7
みおろせばーーB♭、E♭9ーーーームニャムニュ♪

 昨日はバンドリハ。
 1、2回目とまた趣が変わり、なかなかすごそう。
 ジョニーのギターと肇のギター、それぞれまったく違うタイプで非常に興味深い。のりさんはいたたたと悲鳴を上げながら太鼓叩いていて、これはこれで興味が尽きない。いずみちゃんは相変わらず譜面にガン飛ばしていて、思い出したように微笑む。今度機会があったらその内訳を聞いてみようと思う。ベースのケイコちゃんは幾分前がかりでおじさんの集団になじむにはもう少し時間がかかりそうだ。がんばってね?
 御大、稲村さんはまだ手の内は見せない。
 
 小樽の練習に今日からはいる。

 「JEALOUSY」は残り3曲。「AFTER DARK」にまで無事たどり着き、本番まですべて書き込めるのだろうか?次は明日。?

 

 
 


2010年05月07日(金) 想い出にJEALOUSY

 20年前にロンドンから戻った時に、クマのスタジオで友達なったコーちゃんという不思議な日本人のことを書いてあった原稿があった。そのころは何に使うかと言う目的もないままこんなことを書いていた。昔、この、ブログにはまっていた時、いちど抜粋して書いていたかもしれない。
 昨日、久しぶりにロンドンの写真を見ていて懐かしくなって捜してみたらあった。

 コーちゃんは長いこと絵描きだった。絵描きになったきっかけはあまり詳しくは話してくれなかったけど、嫌なことがあって、日本を離れ、ロンドンに住むことになったらしい。
 細い目に、短く刈り上げた髪、鼻筋がしゅっと通っている顔は日本人と言うよりもチャイニーズに見え、本人も良く間違えられると言っていた。「間違えらっれても別にどうっていうこともないけれどね?奴ら、中国人、韓国人、日本人の区別つかないから。」、コーちゃんは英国人を呼ぶときには必ず奴らという。13年間のロンドン生活でそう呼ぶようになったのかどうかわからないけれど、観光客の知らない英国をたくさん知っているようだ。
 僕はコーちゃんの完成した絵を一度も見たことがない。でも、時々、スタジオに集まるミュージシャンの姿をソファに座り、、エンピツで描いたラフなスケッチは見せてもらったことがあった。その絵は僕が想像したとおりに暗く、幾分かコーちゃんの秘密も入っているように感じさせるものだった。大抵は夜の9時ころからふらっとやってきて、僕らのために飲み物を作ってくれたり、上のラウンジにあるキッチンの掃除を黙々とやり、それからスタジオのほうに顔を見せにやってくる。
 「NICE SOUND ISN’t IT?」挨拶代わりに言ってくれる。
 僕が英国に滞在している間はほとんど毎日遊びに来てくれて、一緒にご飯を食べたり、ロンドン事情を話してくれたりといろいろきを使ってもらった。もっともコーちゃんは気を使うなんて日本的なことは全然してないよと言い、「ただ、ユキオ一緒に話すのが好きだから、毎日来ているだけだよ。」と、札幌にいるとき、男同士ではまず交わされない優しい言い方で訪問理由を教えてくれた。イギリスはなんといってもホモやゲイの本場だと思っていたから、もしかしたら、コーちゃんもそっちの人なんじゃないかとクマに事前に聞いていなかったら不安があったと思う。
 ある日コーちゃんが僕らのレコーディングを見ていて突然、「僕は絵を描くのをやめた。明日からミュージシャンになる、それも、ギタリストになる。ついてはクマ?相談なんだけど、僕にギターを教えてくれないかな?」、僕とクマは顔を見合わせ、「コーちゃん?絵はどうするの?明日からやるったって無茶だよ。それに僕はギタリストじゃなくベーシストだよ?まあ、コーちゃんみたいな素人だったら教えるのに苦じゃないけれど、でも、
僕はそんな暇ないよ?」、コーちゃんは意に介さずシレっと言う。「絵はいいんだ。10何年やったしもういい。先が見えた。ギターを教えてほしいと言うのは別にクマに頼んでいるわけじゃないんだ、クマの友達にギタリストたくさんいるだろう?その友達から本格的に習いたいんだ。」、最前線でプレイしているミュージシャンにギターを教えて欲しいと頼むピカピカの素人のコーちゃんはすごいなあと思った。
 1年後に2枚目のアルバムを作りにイギリスに行ったら、コーちゃんはモードがどうの、Fのスケールがどうの、ウエスの曲は甲弾いてといっぱしのミュージシャンになっていた。実際に目の前で弾くのを見せてもらったがどうしてどうして、一年前は素人以前だったのに、フレーズまでもが外人だった。センスなのか日本的音楽土壌にまったく汚染されていなかったのが良かったのか、僕はすっかろ感心してしまった。
 ギターって本当に面白いよ、音楽、最高だね!今36だから後10年練習したらメンバー集めてギグやるんだ、そのときはユキオも見においでよ、と言ってくれた。相変わらず普段何やってるのかわからない不思議な人だった。
 スタジオにはコーちゃんだけじゃなく、入れ替わり立ち代り、いろんな人が訪ねてくる。近所にデザイン事務所のカップル、クマのバンドの仲間、自転車乗りの兄ちゃん、僕の英語のアクセントに文句をつける怖いシンディ、喧嘩して鼻を折られるアリスティア、飛ぶのが生きがいのジャマイカン、エロル、ロンドンフィルでファーストバイオリンのメタル好きのマイケル。
 クマはそんなわけで一日じゅう喋っている。僕と同じ歳なのに疲れを知らない。
 「ユキオ、紹介する。この日とカムデンの市場で野菜売ってるおじさん。僕が行くといつもまけてくれるんだ。いい、オジサン。」、ハンチングをかぶり。短いベストに茶色のズボン。典型的なロンドン下町のおじさんというスタイル。「この人は今日、自分達のバンドのテープを持ってきたから聞いてくれって。ちょっと聞いてみようよ?」
おじさんたちのバンドはオールドスタイルのR&Bに命を懸けているみたいで、スタジオの立派なスピーカーから思わず優しく微笑みたくなるような愉しい音が流れ出てくる。おじさんは僕らにどうだと言うような嬉しげな顔で聞いてくる。
 クマと二人で「なんかいいねえ?普段野菜を売ってるおじさんたちが暇を見つけてバンドやってる姿想像するだけでハッピィになれるね?」
 僕が日本に戻る日が近づいたころだった。コーちゃんが「ユキオ?観光バスに乗ってみない?僕、考えたら今までロンドン観光したことないんだ。このあいだジャネットと話したら、彼女もないって言うし。一緒に行かない?ユキオだって札幌にいるときは市内観光なんかしないよね?ジャネットも乗り気なんだ。」
 ダブルデッカーのジャネットはとても幸せそうだった。ロンドン塔やトラファルガー広場を見て本当の観光客になったとコーちゃんは言う。何か取っても深い意味があるように聞こえた。
 「今、全然絵を描く気がしない、飽きたんだね、きっと。・・・差別?あるよ、この国ではね。日本より露骨だから暮らしやすいんだ。嫌がられるところにはいかなければいいだから。・・・日本には帰ったみたいなあとは思うよ、時々ね?でも、日本に帰ってもハッピーな気持ちにはなれない・・・仕事なんてそんなにない、でも僕にはジャやネットがいる。僕は彼女と仲がいい、それで充分じゃないかなあ?・・・ジャネットが寝てしまい、夜が静かになる。ギターのスケールを眠くなるまで続けるんだ。・・・僕はこのままロンドンに残ってどこかのパブでメンバー集めてギグをやるよ、きっと、何時になるか判んないけど。」ミステリアスな13年だったんだろうな。
 屋根なしのダブルデッカー二階席、僕はコーちゃんとジャネットの前の席に座り、気持ちのいい緑の風を本当の観光客になって楽しんでいた。そして後ろの話し声を聞いているとコーちゃんは本当のイギリス人で、ジャネットに優しかった。

 あれから20年近くかあ。コーちゃんには一度も会っていないし、消息もよくわからない。元気に暮らしてるといいなあ。僕はここで元気にしているよ。また、夜遅くまで話せることがあるんだろうか?愉しい時間だったね?

 只今、目黒君、タバコ禁止月間になっております。
 もしどこでもいいので、万が一彼が煙草を吸っているところを目撃したならば是非、ご一報下さい。殴ってやりますので。
 一応禁煙宣言をしたので、助けてやろうと言う親心みたいなものです。
 もし面倒じゃなかったら、僕の代わりに殴っておいて下さい。
 後日お返ししますので。
  


2010年05月06日(木) ボート・ピープル

 J・T&C・Cの時に隣に座られ、昔にフォーク時代の話を聞かせてもらい、あと2、3年したらギターを弾いて人生を楽しむと言われていたWさん、お元気でしょうか?ユーチューブ拝見しました。見知らぬ人とのほんのひと時楽しませていただきました。今度自慢のマーティンを見せてください。
 2ヶ月ごとにコンサートライブをやっているのですが、まだ、趣旨が上手く伝わっていないみたいなので、改めて、説明させてもらいます。
 デビューした時の初めてのアルバムから、順繰りに、曲順も同じ進行で、ステージが進行するという、やっていいのか?どうなのか?わからないまま、還暦を迎えるということを口実に大胆不敵にコンサートを開いています。
 1月は、(ほーぼー)、(ワン・オン・ワン)の2枚。1部(ホーボー)、2部(ONE ON ONE)の2枚。曲構成もアルバムのまま。
 3月は、(Tの青春)、(YES)と、無事に続き、
 今月、5月は(JEALOUSY)、(AFTER DARK)という、世間にあまり出回っていないCDからやります。ということで、微妙にどうなんだろう?感を漂わせながらやるのです。リハーサルをやっていて思うことは、デーハーということなのだ。ベース、ドラムス、ギター、ギター、キーボード、わたしのアコギ(やっぱり所々で弾くことにした。人が弾いてるのを見るとやっぱりなあ?一緒に弾きたいぜ!)、それとコーラスにまだ参加してもらっていないけれど稲村さん。なんだか、メンバーもそうなんだけど、とても賑やか、豪華。
 三浦氏、今日事務所から写真届いたよ。丁度いいタイミングでした。
 ロンドンの街や公園、地下鉄での僕のスナップ、それにクマのスタジオでのディンディンタイム。もう、きっちり20年になるんだなあ?と写真を見ていて思いました。半年くらい住みながら作ったアルバムで、フラットでの生活や、スタジの往復、いろんなことが懐かしかったよ。
 この5月のアルバム2枚は個人的に一番色の強いアルバムなのです。
 夕方から朝にかけて毎日、毎日夜仕事になってしまい、クマも僕もクールダウンできずついつい朝方まで話してしまう、と言う生活の連続でした。
 僕は酒が入ると英語が上手くなるらしい、というのをこのときにはじめて知った。普段は必要なこと以外は喋らない男が、夜も更けて、ジムビームを持つと、突然話し出す。どうもそういうことになってたらしい。
 
 このころボートピープルという言葉が世間を地味に騒がせ、日本にもベトナムから脱出してくる人たちが増えて、大変なことになる。と、生齧りの思考で作った歌なんだけど、僕はアメリカの事を考えていた。
どこもかしこも落ち着かなく、世界は情緒不安定になってきている。
 このCDを作る前の僕は、ロサンゼルスでスタジオ強盗にあい、4時間も監禁されたというのがトラウマになり、精神的ボートピープルだった。
 大海原をちっぽけな舟でよその国めざして行く人たち。誰も愛してくれないと知っていてもエクソダス。なんだかしぶいなあ。
 
 自転車に今年度の空気を入れる。
 黄色の空気入れを買う。風水では黄色はラッキーカラーらしい。
 この期に及んでまだ頭の隅を風水が飛ぶ。
 要らない情報に限って脳味噌にこびりついて、時々脈絡もなく飛び出す。
 連休に山にも登ったし、自転車にも乗った。
 やっぱり人生は健康だな?

 木谷は東京で元気に暮らしているみたいだ。
 こっちの心配は要らないから。ネクストバターズサークルには木村が控えている。それよりも益々上手くなることを願ってるから。
 今日は夕方から雨降り。サクラの花が気の毒だ。
  

 
 


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