つらつらきまま


2008年11月30日(日)
桃太郎三昧


Amazonで注文したものの、(もしかしたら長谷川都名義でTSUTAYAやBOOK OFFにないだろうか)と、プリンターのインクを買いに行くついでにこれらの店を回ってみた。
 そう上手くは行かなかったが、一軒のBOOK OFFで昔昔桃太郎師の「金満家族/結婚相談所」のCDを発見。
 落語のCD自体あまり見かけないのによりによって桃太郎師のCDを見つけたのも何かの縁だろうと思い、購入。
 歩きながらブックレットを読んだが

 >ポンチ絵派落語家No.1と自負しております桃太郎

 >この噺(「結婚相談所」)は今まであちらこちらで1,000回ぐらいはやったでしょう。一度もすべったことはありません。もしすべったとしたら、お客さんの方に問題ありです。言いすぎかな。

 >趣味は一人旅、喫茶店めぐり、ビートルズ、ヤクザ、活字中毒、右翼思想、裕次郎

 と、もう何が何やら状態。
 帰宅後のお楽しみにする。

月末なので「東京かわら版」を売っている店に寄り、今月の東京での鶴瓶さんの高座情報をチェック。
 ぴあで取り扱いがないような小さな会にも出るような人だが、今年の東京での高座は25日の新にっかん飛切落語会が最後のよう。
 テレビ・ラジオ情報を見たら、ポンチ絵派落語家の第一人者による「ぜんざい公社」が今日のTBSラジオで流れるとのこと。
 そして、もう放送は終わったと思っていた2丁拳銃が出るNHKラジオは12日に放送予定のよう。
 この回、チョップリンも一緒だったようでお蔵入りにならないで良かった。
 しかし、随分日を改めすぎたと思う。

散歩ついでに図書館に寄ったら、衝撃の出会い。
 「『たちきり』/桂小文治(初代)」のCDが!

 何故にそんなに興奮したかというと、これがただの「たちぎれ線香の音源」だからではなく、<鶴瓶さんが参考にした「たちぎれ線香」の音源>だからだ。
 初代桂小文治師の音源は、落語好きの聖地であるミュージックテイトでも取り扱いは1枚しかなく、それに「たちきり」は収録されていない。
 私が初代小文治師の「たちきり」を耳にすることはないだろうなぁと思っていただけに、CDラックにひっそりとあったこれが目に入ったときは、腰が抜けそうだった。
 区民税を払った甲斐があるというもの。
 区民の特権を生かし、早速借りる。

 これまた歩きながらブックレットを読んでみたが、小文治師がやっていた頃(昭和30年代)の「たちきり」は悲恋物というよりは、「小糸はひかしまへん」のサゲが全てを語る系統に分類されていた模様。
 50年の間に噺の性格が変化したようで興味深い。
 落語は生き物だ。

帰宅後、まず「たちきり」を再生。
 昭和30年代の音源をCD化していることと、今耳にする関西弁と微妙に違うこともあり、ところどころ分かりにくいところもあったが、確かに「ひかしまへん」だった。
 鶴瓶さんはどうしてこの型を選んだのだろう。
 どちらかというと、米朝・文枝系統の世界を好みそうな方なのに。
 でも、「ひかしまへん」のサゲでもそれまでの情愛がいっぺんに色あせることはなかったしなぁ。
 それどころか(こんな凄い噺を聞けて、こんな凄い人を知ることが出来て、今日まで生きてて良かった〜!)と心の底から思ったしなぁ(^^ゞ。
 あぁ、奥が深い「たちぎれ線香」。

その後「たちきり」とは全く違う世界の桃太郎CDを再生。
 聴き終わった後、(「昔昔亭桃太郎」とは何ぞや?)と、「昔昔亭桃太郎」を片っ端からググる自分がいた。
 かなり意外なことに、本人がブログをやっていた。
 しれーっとした自慢や自画自賛と共に堂々とした苦言が入り混じっていて面白い。
 11月23日付「鶴ちゃんと桃ちゃん」は、素敵な笑顔が満載。
 あの日の「ぜんざい公社」はどうやらCD化されるそうでちょっと楽しみ。
 そして来年6月か9月の落語会に鶴瓶さんの出演が正式に決まったようで喜ばしい。 

 バックナンバーを見たら「我が良き友よ、笑福亭鶴瓶」と、何ともそそられる記事があったので読んでみたが...。
 「母べえ」に出ているから見てくれ、と鶴瓶さんに言われたので、桃太郎さんは家族3人で豊島園の映画館まで行っておきながら、「アメリカン・ギャングスター」を見て面白かったとあり、(そこまで行ったのに見てないんかーい!)とずるっとコケた。
 凄いわ。
 あの日はただの面白話の一つにしか捉えなかった「桃太郎夫婦でトークショー」が物凄く気になってきた。

TBSラジオも忘れず聞く。
 今日はかなり濃厚な桃太郎DAYだった。
 夢に出てきそう。



2008年11月29日(土)
ホーム?


池袋のインストアに行く前、naoさんと日本橋でランチ。
 鶴瓶さんが東京でやる今年最後(今のところ)の落語会に行くので、先に取っていた神保町花月のチケットをお譲りするため。
 古本市や劇場がないところにはあまり足を向けないので、日本橋周辺は殆ど初めて。
 鶴瓶さんが三越劇場で主役とか張ったら、通い詰めるだろう。

インストア会場のHMVに着くと、まぁまぁの人だかり。
 始まるまで「百式2008」がスクリーンに映し出されていたが、DVDで笑い声が起こるところで、見ているこちら側からも笑い声が起き、そこが何だか可笑しかった。
 「健康漫才」に行くあたりでイベント開始時間になったのでDVD上映が止まったのだが、近くにいた女の子が「あっ、今から面白いところなのに...」と呟いていて可愛らしかった。
 私も「チャンドンゴン」の件が好きなので、そこまで聞きたかった。

池袋式は連絡が行き届いたのか、割とスムーズな感じでイベント進行。
 鶴瓶さんのお膝元の西宮で行なわれたインストアイベントの購入者特典握手会の状況の凄まじさは、池袋の客も思わず「えーっ!」と驚愕の雄叫び。
 私が高円寺でほっこりした夜を過ごしていた時、西宮は嵐だったかぁ...。
 短いネタ全盛のご時世に100分も漫才やるのを見に来て、なおかつ買ってまた見る、というお客さん達に、“可愛さ余って憎さ百倍”の言葉を掛ける小堀さん。
 ここはホームだと。

池袋の購入者特典はチェキだったが、私はAmazonで買ったのでこの参加資格がないので、チェキ撮影が始まるとスーッと列を抜け、ハセガワ ミヤコさんのCDを探したが、タグすらなし...。
 新宿駅西口で古本まつりをやっているのを思い出したので、そこに行くついでにタワレコに寄ろうと、新宿へ移動。
 この古本まつりは大規模なので好きだが、あまり個人的にそそるものは見当たらず。
 めぼしいものは買われた後だったのか、上方落語関連の文献は殆ど見当たらず。
 そしてタワレコはタグはあれど現物がなかったので、ネットで注文することに。
 便利な世の中になったことよ。

帰りの駅で見つけた中刷り。
 
 「遼くん、林家一門に」

 恐らく、鶴瓶さんの先輩が会場に現れたのだろうと思うが、いい加減にしなさいよ東スポ。

 東スポで思い出したが、TBSでやっている安住さんとたけしさん(東スポの名誉編集長だか何か)の番組。
 たけしさんの肩書きが「フリージャーナリスト」であることに今頃気づいた。



2008年11月28日(金)
いつか行きたい「いつかの会」

今月の東西落語研鑽会で笑い死にするかと思ったほど爆笑した笑福亭仁智さんが来月2日に帝塚山無学で行なわれる「第2回無学の会・いつかこの一席〜いつかの会〜」のゲストに決まったそう。
 (行〜き〜た〜い〜、でもさすがの私でもこの日は無理〜、っていうかチケットも多分もうないわ〜)と、心中地団駄踏む。
 「つるべ、らくごのお稽古」デビューは果たせたが、帝塚山無学デビューは今年も果たせなかったなぁ...。
 しかし、鶴瓶さん関連で達成できていないことがまだまだあるのは嬉しい。
 夢が叶う日がこの先まだいくつもあるということだし。
 と思うものの、...悔しいものはやはり悔しい(^^;。
 東京‐大阪間が30分で行けるようになれば全て解決するんだけど。

昨日、鶴瓶さんがライブ前見に行ったという円楽一門落語会を報じた日刊スポーツの記事が配信されていたので読んだ。
 披露したという小噺の「スワン」は昨日鶴瓶さんが再現してくれたが、意表を突くバカバカしさがハマってしまい、お客さんもかなり笑い転げていた。
 
 昨日聞いた話で印象的だったのが「凄い人ほど普通」ということで話し出した吉永小百合さんとのエピソード。
 吉永小百合さんから、本名の「岡田小百合」で手紙が届き、最後には携帯電話の番号も。
 (掛けて良いものか、掛けざるべきか)と一晩悶々と悩んだものの、意を決して掛けてみたら留守番電話に接続。
 (まぁ、そうやろうなぁ)と思いつつ、メッセージを吹き込んで切ったら、すぐ吉永さんからコールバックが!

 「本当にすぐやったんやで。でなぁ、普通やねん。あの吉永小百合が普通やねん。凄い人ほど普通なんや。凄い人ほど、誰の前でも変わらへんねん。普通やねん」

 と、目をきらきらさせながら吉永小百合さんと電話で話した思い出を興奮交じりに話す鶴瓶さん。

 「今、俺の電話線と吉永さんとこの電話線が繋がってる、思うたら..くるくるしてんのをきれいに延ばしてラップ巻いてあの電話線、ホンマ保存したかったわ〜」

 と、返す返すも残念な感じで語っておられた。
 するとハセガワ ミヤコさんから、今朝鶴瓶さんが留守電に入れたメッセージを保存した、と可愛らしくカミングアウトされ、
 「そんなもん、いくらでも入れたるわ。留守電の(応答)メッセージも入れたるで。『ハイ、今、留守にしております(超ダミ声)』」
 と言い出したので、(あぁ、私、それ超欲しい。ダウンロードできるなら、月会費1,000円でも出す)と、一人で心中取らぬ狸の皮算用を始めてしまった。
 松竹芸能さん、いかがでしょうか。

世界のナベアツがR-1を辞退するとのこと。
 世界のナベアツを今年限りの一発屋扱いする記事やインタビューを読んだり見たりすると、
 (アンタは渡辺鐘を知らんのか!)
 と思う。



2008年11月27日(木)
素敵な一夜となった

酒が入るとおしゃべりになる。
 
 泣いたり暴れたり絡んだり脱いだりする訳ではないので、そんなに他人様に迷惑を掛けない酒飲みのつもりだが、楽しくなり、思ったことをぽろっと言ってしまう。
 本当に無意識的過ぎるほどに。

寒空の中高円寺HIGHへ。
 目的は「唄つるべ〜トーク&ライブ〜」。
 このライブ、気づいた時は売り切れだったりもう終わってたりして今まで気になりつつも行く機会がなく、4回目の開催でやっと初見参。
 先週月曜日の東西落語研鑽会、木曜日の落語会at練馬と、鶴瓶三昧だった1週間のシメとなるライブ。
 キャパは80人ほど。
 歌舞伎座を満杯に出来る人が高円寺のキャパ80人のライブハウスでトーク。
 素敵。

ワンドリンク制で、普段はノンアルコールを頼むのだが今日は気が変わり、カルアミルクをオーダー。
 時々薬のようにまずいカルアミルクを出すところもあるが、ここのカルアミルクは飲みやすかった。
 飲みやすいということは酔いやすいということで、始まる頃にはもう顔が暑かった。
 そして、スーッと舞台に出て来た鶴瓶さんが目に入った瞬間、本当に無意識的に

 「...カッコイイ」

 と呟いていた。
 呟いた瞬間、(あっ、今、確実に酔っ払ってる)と悟った。
 素面の時、鶴瓶さんが目に留まっても「あっ!」しか言えない私が「...」と溜め、「カッコイイ」と単語を発したのだ。
 酔っ払っていないわけが無い。

唄つるべはテレビでやってるものと同じで、鶴瓶さんのトークとトークの間にゲストミュージシャンの歌が入る。
 今回はハセガワ ミヤコさんと入倉リョウさん。
 歌うのはハセガワ ミヤコさんだが、彼女の歌が凄く素敵で、アルコールが入って感情がやや高揚ぎみだったとはいえ、ノスタルジックな曲調に泣きのツボを刺激され、何度か素で泣きそうになった。
 時間がなくて出入り口のところで売っていたCDは買えなかったが、どうせ土曜日に池袋のHMVに行くからそのときにでも買おう。

トークは、「円楽さんの近況」「不肖の弟子」「不肖の弟子その2」「紅白に振られ牛に足踏まれる」「笑福亭鶴瓶のテーマは『バランス』」「タモリ曰く『何代も続く炭焼屋になりなさい』」「上岡さんは軟化してきたが、それでも“パペポDVD”は出しません」「らくがきのおっさんに会う」「リーの迷惑な引出物」「ぼんやり顔の祖父にはっきり顔の孫誕生」「吉永小百合さんから電話!」「ずれてるNHK〜幻の“『家族に乾杯!』ゲスト:高倉健”」「30年以上サインを持ち続けてくれたファン」「山田洋次監督夫人のお葬式」「お母ちゃんのクリスマスツリー」etc。
 これらはもちろん凄く面白くて笑い転げたが、その合間合間に名言を挟んでくるのが鶴瓶さん。

 「人間は生きてるうちに会っとかな。いつ会えなくなるか分からんのやから」
 「人間が誰かにあげられるのは優しさしかないんですよ。お金が無い人も頭が足らん人も優しさやったらみんな平等に持っていて、分けてあげられる。人間が人間を傷つけることもあるけれど、優しさをあげることが出来て、救うことも出来るんです」
 
 鶴瓶さんはお客さん全員に話しているのに、客一人ひとりに話し掛けてくれてるような気になる。
 今年から毎年恒例の鶴瓶噺は「今までチケットが取れないから来れなかった人でも行ける機会が増えるように」と、青山円形劇場よりもキャパが広い世田谷パブリックシアターに移ったが、鶴瓶さんのトークは狭いところでやる方がよりハマる。

 素敵な歌い手さんを知り、久しぶりの鶴瓶さんのフリートークを存分に楽しみ。
 明日からまた頑張ろう、と思えた。
 素敵な秋の一夜だった。
 ありがとう、私の英雄(ヒーロー)。

ヒーローといえば、小堀ブログに随分と懐かしいものが。 
 会報にあれが載ってたのは5、6年前だから知らない人も多いかもなぁ。
 「出会いのストーリー」でやった時の山本太郎氏のナレーションまで連想で思い出した。



2008年11月25日(火)
3.5cmをじわじわと愉しむのだ!

忙しさの谷間のような日。
 溜まっていたルーチンワークや頼まれていたものを一気に片付ける。
 会社の組織はどうだろうと思うが、仕事自体は嫌いではない。
 ロスジェネ世代真っ只中なので、「くだらねぇ仕事でも仕事は仕事 働ける場所があるだけラッキーだろう」という思いはいつも消えない。
 
落magaで紹介されていた「上方演芸大全(大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方)編)」が気になったので、帰りにジュンク堂へ寄る。
 2940円はお得です、とメルマガにあったが、実際目にしたらかなりの分厚さ。
 漫才、落語、講談といった演芸はもちろんのこと、メディアや作家、劇場なども網羅されていて、まさにこういう資料集を待ち望んでいたため即購入。で、家に帰ってメジャーで測って見たら厚さは3.5cm!
 本自体もずっしりと重い。
 400P程度の文庫本なら1日で読み終える私なので、久しぶりこんなにも読み応えがありそうな本に出会えたことは嬉しくてならない。
 落語の部分だけぱらぱら読んでみたが、「たちぎれ線香」は「小糸はひかしまへん」の方が成り立ちとしては正しいよう。
 私は米朝師や文枝師がやる「小糸はひけしまへん」の方が好きなので、鶴瓶さんが「ひかしまへん」でサゲると少し興ざめしていたのだが、鶴瓶さんは一つやる噺が決まったら、それにまつわる資料を徹底的に読みこなすそうだから、「たちぎれ線香」を作った笑福亭松竹(作者は奇しくも笑福亭の元祖)が「ひかしまへん」でやっていることを突き止めた上でやってらっしゃってたのかもしれない。
 鶴瓶さんが「ひかしまへん」でサゲることを少し不満に思っていたことを詫びよう。
 そうなると、いつから米朝師や文枝師は「小糸はひけしまへん」でサゲるようになったのだろう。
 あぁ、知りたいことがまた一つ増えてわくわくする。

小堀ブログにあったテレビ局はCSだろうと思っていたのに、東京MXだったのか。
 小堀さんの携帯の“え”の予測変換一位はFMのよう。
 変な単語じゃなくて良かったようななんというか。



2008年11月24日(月)
雨男〜(以下略)


意地悪く24日の東京地方の天気予報を毎日チェックしていたが、どんなに他の日の天気予報が変わろうとも、24日だけは「雨。気温もぐっと下がり真冬並の天気となるでしょう」。
 そして予報は見事的中し、(これぞ、ニチョケンのイベントがある日だ!)と言いたくなるほどに曇り空はイベント開始時刻の15時が近づくにつれて雨空に変わり、気温も深々と下がりゆく。
 ASKAさんの昔のヒット曲ではないが、「♪君に逢う(今日の場合は会うではなく見に行くだが)日は不思議なぐらい雨が多くて〜」な2丁拳銃と天気の不思議な関係。

HMVに14時50分ぐらいに着くと、イベントスペースらしきところに結構人だかりがしているのが見えたので、(あらぁ〜!)と思ったが、近づいてみたら(あら?)というかなんというか(^^ゞ。
 私は距離や人数の目算が非常に苦手で、何人ぐらいいた、というのは言えないが、小堀さんに言わせると、サイン会含めた全ての予定が「7分あれば全部終われる」ぐらいの人数。
 そして集まった人のテンションがかなり似通っていて笑った。
 
 割引に引かれて早々とAmazonで予約・購入をした結果サイン会の参加権利は端から無いのにかぶりつきで見るのはどうかと思ったし、かぶりつきで見るほどのテンションも持ち合わせていなかったので、前から3、4列目ぐらいのほぼ真ん中ぐらいの位置にいたが、前の方にいた人達の間で位置の譲り合いが起き、その結果、私の前には身長が高い方が来ることになってしまい、物の見事に小堀さんは視界の外に。
 ん〜と思いつつも場所移動する気力が湧かなかったので、(小堀さんは副音声か電話の出演、という風に思い込もう)と無理矢理自分を納得させる。
 
予想より短く30分ぐらいの営業だったが、思ったことをつらつら書くと長くなりそうなので、メモ程度のレポートを後でアップしようと思う。

名古屋の落語祭で鶴瓶さんが何の噺を掛けたのか知りたくて色々ブログ検索をしてみたら、「Always お母ちゃんの笑顔」と「青木先生」だったよう。
 絶賛している方もいれば手厳しい方もあり。
 落語を昔から見続けて落語には少しうるさい私に言わせるとあれは...みたいに書いている方もいて、くぅ〜っ!と思ったが、私の落語の基準は鶴瓶さんなのだなぁとあらためて思った。
 落語に目を向けるきっかけとなったのは、まぎれもなく鶴瓶さんの落語会に行って、鶴瓶さんの落語に感動したからだ。
 どんな名人の落語を聞かされても、私は鶴瓶さんの落語が良い。

 青木先生の教えは当たっている。
「幸せは自分の心が決める」

 秋岡くんのようにノートを取らなくても毎度聞くフレーズなので覚えてしまった。
 「木の中に女の子が入ってしまった 水たまりの中に雲が入ってしまうように〜」と何度も板書する<かくれんぼ 嶋岡晨>の詩も同様に。
 解釈が難しい詩なので、この詩を青木先生はどう教えたのかその部分だけでも知りたいものだ。



2008年11月20日(木)
サンクス、奇跡のぴあ


「史上最笑の2人会〜笑福亭鶴瓶vs昔昔亭桃太郎」を見に練馬文化センター小ホールへ。
 東京在住5年にして、初めて練馬区に行った。

 この公演チケットは、チケット獲得率が尋常じゃないぐらい高いのでご贔屓にしているチケットぴあ某店に朝早くから並んで買った覚えがあるが、HPで座席表を見たら前から5列目以内とはいえやや端のブロックだったので、そんなに期待はしていなかった。
 しかし、いざ中に入ったら予想以上に舞台との距離が近い上に、舞台全体を見るには丁度良い角度だったので、(やっぱりあそこのぴあは良い仕事するわ〜。ありがとう!)とテンションが上がったこと、上がったこと。
 目の前は舞台だが、少し後方を見たら、ちょうど招待席だか関係者席だかが見える位置で、初めて入る劇場の物珍しさにきょろきょろしていたら、ちょうど小堀さんが入ってくるのが見えた。
 エライ時間におやすみなさいブログを更新していたが、少なくとも19時前にはおはよーだった模様。

桃太郎さんの会だし、桃太郎さんの方が鶴瓶さんより芸歴が長いので、桃太郎さんがトリだろうと思っていたら、前座の昇々さんの開口一番(「たらちね」)とお弟子さんの桃之介さん(「熊の皮」)の後に桃太郎さんは仲トリ(「ぜんざい公社」)で登場し、仲入り後は2人のトークショー、鶴瓶さんの落語(桃太郎さんのリクエストで「青木先生」)、という構成だった。
 「私服と着物の両方見てもらいたい」という桃太郎さんの配慮から、トークショーは57歳であの格好が似合うのはそうそういないと思う私服姿で登場した鶴瓶さん。
 落語をじっくりやりたいから5分ぐらいで切り上げて欲しいと言ってたのは鶴瓶さんだったのに、対談と言いながら30分以上ほぼ一人で喋り倒した鶴瓶さん。

 桃太郎さんの芸風は、ぼそぼそとした口調でだじゃれと時折小毒を呟くようなもので、海外に行く時の機内放送で初めて桃太郎さんの落語を聴いた時、鶴瓶さんははまらなかったそうだが、延々と聞いてる内に突如として「昔昔亭桃太郎」にハマってしまい、それからは「昔昔亭桃太郎」が出る高座を求めて都内をかけずり回ったり、落語家名鑑で顔を確かめたり、“桃太郎のオッカケ”状態になったそう。
 東京でなかなか鶴瓶さんの落語が聞けないことに業を煮やし、出演すると知った大阪府高石市の市民寄席に市民でも府民でもないのに新幹線と南海電車を乗り継いでまで鶴瓶さんを見に行ってしまった私は、その心情とても共感出来た(^^ゞ。

 高田文夫さんの会でやっと桃太郎さんとの初対面が叶った鶴瓶さんはテンションが上がり、色々話し掛けたそうだが、人見知りの桃太郎さんは鶴瓶さんが追えば追うほど警戒心全開。
 しかし“鶴瓶マジック”に掛かったのか、やっと心を開いてくれて、一旦開いたらその勢いは凄いそう。 
 また、人見知りだからか非常に人間関係に淡白で、落語会を主催した共通の知り合いの社長さんが亡くなったと聞いて驚いた鶴瓶さんは桃太郎さんに確認したところ、非常に淡々と「うん、死んじゃった」と告げられたので更にびっくりしたそう。

 初めて聞いた話は殆どないのに、何でいつ聞いても鶴瓶さんの話は初めて聞いたかのように新鮮な感じで笑えるのだろう。
 鶴瓶さんがやる新作落語は「私落語」と名付けられている通り、鶴瓶さんの身の回りに起きた出来事や知人のエピソードを落語調にしたものだが、身内話という主観的なものをあんなに客観的な笑いに変えられるのは、何度聞いても凄いと思う。

終演後、ロビーに向かっていたら、偶然小堀さんを見かけた。
 「青木先生」を聴き終わった後の高揚感もあいまって、バリケード突破する少しの勇気を出してみるか、と思い立ったが、私が一歩踏み出すよりも、人の流れも手伝っていたがあちらが喫煙室に向かう足の方が遥かに早かった。
 もっとも、仮に追いつけてもその次の行動はさして考えていなかったから、追いつけなくて良かったような気がする。

会場の外に出たら、会場前の広場のようなところで黙々とバッティングの練習をしている小学生ぐらいの男の子と父親?らしい2人に遭遇し、かなり驚いた。
 この寒さの中半袖で21時半近くにバッティングの練習。
 根性なしの私には考えもつかないチョイスのオンパレード。
 三度の飯より黒霧島の父にこの件を電話したら、既に出来上がった声で「お父さんもやらーん。野球より焼酎」というコメントだった。
 この親にしてこの子あり、ということをしみじみと思う。

来週は高円寺で唄つるべ。
 来月は25日に浜離宮ホール。
 今年の笑い納めはこの分だと鶴瓶さんになる模様。
 来年も今年のような奇跡が続くと良いなぁ。 



2008年11月19日(水)
「茶花(チャカ)」片手に約100分


佐川急便に配送の時間帯を遅らせてもらえたので、本日中に代引きで「百式2008」を受け取ることが出来た。
 毎回、初見はパソコンをしながらとかアイロン掛けをしながらとかいった「ながら見」はせずに約100分をDVD鑑賞に費やすことにしているので、場合によってはキム兄ではなくニチョケンにお鉢が回っていたかも知れぬ「健康緑茶 茶花(ちゃか)」をテーブルに置いて早速再生。

 漫才の全タイトルがこれで判明したが、一番最後のネタを除いたらまぁまぁ良い線行っていた。
 自信があった「パイレーツ・オブ・漫才」の正式名は「海賊漫才」、「妖怪獣コホラ漫才」は「怪獣コホラ漫才」だった。
 
 ライブに行った時にはそんなに思わなかったが、カメラを通して見える小堀さんの顔色の青白さにびっくり。
 そして、「百式2008」が始まって30分ぐらいまでの修士さんの髪型のフォルムが何かに似てるなぁと思ったが、それは文金高島田だった。

今年の百式で私のテンションが上がったのは、「海賊漫才」の「たまこ〜めて〜」の件(2丁拳銃の漫才の中で一、二を争うぐらい好きな「花火」に似たようなやりとりがあるため)だったが、DVDをあらためて見たらさほど似ていなかった。
 「たまこ〜めて〜」だけで脊髄反射的に(「花火」と似てる!)と思ったんだろうなぁ。
 
 「寿司屋漫才」はライブで見たとき、少しいらっとしたものを感じた覚えがあったが、DVDでこのネタが始まってしばらくはそんな感じがしなかったので、(あの時の私は特別いらいらしてたのかな)と思ったが、進むに連れて、たらたらとした口調の中に潜む独特の小憎たらしさが徐々に現れてきて、(あっ、これだ)と思い当たった(^^ゞ。
 ちなみに今の「寿司屋漫才」はこの口調でやっていないので、DVDでしか見ることは出来ない。
 百式2003に収録されている「コンビニ漫才」も見えない第三者が出てくるのはDVDでしかやってないと聞いたような覚えが。
 「変質者漫才」や「ライフセーバー漫才」のとある動きのように、時が流れようが場所が移ろうが、変わる(あるいは変える)気配が全くないものもあるけれど。

Fandango!でやったとはいえ、Fandango!がつぶれてしまった今となっては幻になってしまった「百式2002」がいつか陽の目を見る日がくれば良いなぁ。
 ピストルモンキーシリーズとか、懐かしすぎる「Pistols」とか。
 ピストルモンキーシリーズがたとえBOX発売となってもDVD化されれば、大人なので買うと思うが、Fandango!で流れた「ピストルモンキー」しかオリジナルが無いなら、あれは音声が絶望的に悪かったので躊躇うなぁ。
 Fandango!の初期のライブ映像は(家庭用カメラで撮った?)と疑いたくなるような画質や音声だった。
 あるライブなんて、カメラマンの笑い声や独り言まで入ってたので驚いた覚えがある。



2008年11月17日(月)
今までで一番笑った落語会


東西落語研鑽会を見によみうりホールへ。
 仕事関連で少々いらいらしていたので、良い気分転換になったし、何よりこんなに笑った落語会は初めてだった。

一番手だった銀瓶さんは、兵庫県を代表して「関東大震災がおきればラッキー」発言を謝った後(笑)、はちゃめちゃな正義感満載(某C原兄弟の兄と同類のような)お父様のエピソードをマクラに持って来て、「天災」。

二番手のたい平さんはスタバとの闘いをマクラに、「干物箱」。

 そして、今日の裏目当てだった月亭可朝師!

 カンカン帽を斜めに被った可朝師が出て来た時、客席から起きたのは沢山の拍手。
 逮捕の理由となった行為には呆れつつもこの不思議でハチャメチャなオッサンを突き放せないという絶妙な温かさみたいなものが不思議と感じられた。
 可朝師は、笑いを混ぜながら今回の出来事を振り返っていたが、「今日は家族の前に戻って来たような感じがして、ホンマありがたい」みたいなニュアンスで客にお礼を言っていた。
 今日のお客さんは全体的に肝が据わってるというか、どっしりと噺を聞いて存分楽しむ感じで、非常に居心地が良かった。

 カンカン帽は被ってきましたが...と言いながら可朝師がやったのは「餅屋問答」。
 着物の紋は米朝一門の紋だった。
 この紋に恥じない落語家生活を送って頂きたいなぁと心底思ったが、どうなんだろうなぁ。

仲入り後、笑福亭仁智師が登場。
 「源太と兄貴」は今日一番笑った落語だった。
 今更だが、こんなに一番弟子が面白いのなら師匠の仁鶴師はもっと面白いのでは?と思った。
 繁昌亭が東京からは遠いことが非常に悔やまれる。
 
そして、トリは鶴瓶さん!
 今年は紅白の司会のオファーが待てど暮らせど無いと若干嘆きモード。
 宇木マネが仕事を持って来たが、それは牛の格好をした鶴瓶さんが直に牛の乳を吸っている姿をカレンダーにする、というもの。
 撮影は終わったそうだが、撮影中、600kgある牛に足を踏まれる...。
 もうこれは折れたなと思い病院に行ったが、怪我をした理由を医師に伝えたら軒並み引かれ、中には「おいくつなんですか?」と可哀相な感じで尋ねて来た医師もいたらしい。

 吉永小百合さんと共演もすれば、57歳・芸歴35年以上でも牛のコスプレをして牛の乳を吸う素敵な鶴瓶さんの演目は「鶴瓶版死神」。
 去年のこの会で卸した時に不完全燃焼の終わり方だったので、是非リベンジしたい、と。
 今年はこの噺よく聞いたものだ。
 
 ところどころくすぐりを変えたりした「鶴瓶版死神」、多分リベンジは果たせた筈と客の私は思ったが演者はどうだったろう。

20日は昔々亭桃太郎さんとの2人会、24日は新宿で「百式2008」インストア観覧、27日は高円寺で「唄つるべ」、29日は池袋で「百式2008」インストア観覧、と、鶴瓶さんと2丁拳銃を交互に見るなかなか贅沢な10日間が始まる。
 しかしまぁ、10日で3回も鶴瓶さんを見るとは、相当だなぁ...と自分で自分に少々引いたりも。



2008年11月13日(木)
いいニクの日かいいフクの日か


「百式2008」インストアイベントはやるのだろうなぁと思い、タワレコとHMVのインストア情報をちょこちょこ見ていたら、11月24日は新宿、11月29日は池袋のHMVでインストアをやる模様。
 新宿は予想通りだったが池袋でもやるというのが何だか意外で、そういえば昔何故か池袋のHMVで2丁拳銃がインストアイベントをやったなぁ、そして見に行ったよなぁということを思い出したので昔の日記を見たら、5年前だった。
 浪商関連で吉本芸人の坊主率が一時的に上がった頃で、準主役の修士さんは多分坊主になっていた。
 「池袋は無差別に襲うカラーギャングがいるという情報が大阪に伝わってたから、恐い街というイメージしかない」という修士さんの偏った池袋情報に笑った記憶がある。
 日記を読み返したらこの当時からニチョケナーもとい被害者達のテンションは大人モード全開だったみたいだが、5年前の私は働き始めたばかり&上京したてでちょっと浮かれていたので、ちゃんと握手会参加引換券を貰うため池袋店でDVDを買って、握手会にも参加した模様。
 5年後の私は割引に引かれてAmazonでお買い上げ。

 ファンクラブイベント以外での握手会参加は久しくやっていない。
 自分が握手をするよりも、握手をして喜んでいるほかの人を見る方が好きなので、引換券を持っていたら持ってない人に譲ってしまう。
 舞台とかテレビとか、越えられない線の向こう側にいて触れることが出来ないのが当たり前と思っているので、一時的にせよその<当たり前>が崩れると何だか困ってしまうのだ。
 当たり前を自分から壊すことは滅多に無いので、入り待ちや出待ちをして且つ自分から話し掛けている人を見ると、(すげーなー)と感心したりする。

 相手にわかる形でのアプローチをするエネルギー分が、相手が分からない形でのアプローチを行なうエネルギーに変わってるのだろうと思う。
 名古屋の落語祭のチケットがもう少し安かったら新幹線使って行ってただろうという確信がある。
 早割&宿泊費ゼロという利点をフル活用したとはいえ、わざわざ福岡まで落語をする鶴瓶さんを追っ駆けたぐらいだし...。
 今年が終わるまで後1ヶ月あるけれど、振り返ってみれば今年も鶴瓶に始まり鶴瓶で終わる1年だった。
 鶴瓶さんのファンにならなかったら絶対に経験出来なかった、ある意味ミラクルと言っても良い出来事が続々あった。
 それらを思い返すだけでも、2008年はいい年だった。
 このまま行けば“偶数年はロクなことが起こらない”という個人的ジンクスを初めて覆すことが出来た年になる。
 どうかなりますように。



2008年11月12日(水)
夢気分でヤカラ声

偶々テレビ東京にチャンネルを替えたら、「いい旅夢気分」に寛平さんとほんこんさんが出ていた。
 どこかに車で向かってる模様。
 珍しい取り合わせだなぁと思ったら、画面には映ってないのにな〜んか聞き覚えのあるヤカラ声が。
 音に喩えたらガ行とバ行が似合うあの声。

 カメラ位置が変わり、真正面から車中を映す映像になると後部座席に千原せいじがバーン!!
 
 恐らく、<休業して世界一周マラソンに挑む寛平さんとそれを応援する芸人仲間達が繰り広げる「いい旅夢気分」>というのが今回のコンセプトだったと思うが、何故そこに呼ぶのか千原せいじを(笑)!
 
 後日BSジャパンで再放送されることだし、ちょっとお風呂に入ってこようと思い入浴してきたが、お風呂から上がったら、せいじさんの姿はどこにもなく、何故か波田陽区が代わりに出ていた。
 何だかがっかり。

しかし、せいじさんがピンで呼ばれると何となく嬉しい。
 ジュニアとは違う役割を請われているんだろうなぁという気がするから。
 時代の風が千原せいじにも吹いている。
 いつぞやのトークでせいじさんが言っていた「アホは死んだらエエねん。だけど、アホはなかなか死なへんねん」は忘れられない名言。

上岡龍太郎さんが桂雀々さんの本の出版記念パーティーに出て、開口一番「私が上岡龍太郎です」と、あのお馴染みのセリフを切り出したそう。
 某所におわす神のお蔭で、89年のパペポが9割5分揃った。
 88年下半期〜92年(この年は7割ほど)までのパペポを見たが、89年〜90年夏頃のパペポに大笑いすることが多かった。
 20年前の番組なのにわくわくする。

昨日の筑紫哲也さんの追悼特番を泣きながら見る。
 途中からは自分の母親と重ね合わせながらだったが。
 美味しいものを食べたり、漫才や落語を聞いて笑ったり、新しい洋服を買いに出かけたりと、当たり前の日常を過ごしているふとした合間に、突然“母がいない”という事実がいまだに押し寄せる。
 寂しさとか悲しさとかそういったありふれた単語では表すことが出来ない感情が次から次にこみ上げてくる。
 
 久米宏氏が「ご冥福を祈りたくない。また筑紫哲也に生まれ変わって欲しいんです」とコメントしていたが、数多く聞いた追悼コメントの中で一番共感する言葉だった。



2008年11月09日(日)
冬支度


コートを買いに新宿へ。
 色々回ったが、やっぱりどうせ買うなら好きなブランドが良いので、ベネトンで黒地に白の格子柄のコートを購入。
 試着の時は丈や袖の長さしか見なかったので気づかなかったが、帰宅して改めて着てみたら、ポケットの位置がありえないぐらい高いところにあることが判明。
 ポケットに手を入れながら歩くなんてことは絶対に無理なデザイン。
 イタリア人仕様か?と思いながらタグを見たら、「MADE IN Rumania」だった。
 エライところで作られたコートだが、ルーマニア製なら寒さを凌ぐには問題ないような気がする。
 何となくだけど。

帰宅後、溜まっていた米朝一門スペシャルや笑いがいちばんなどを見る。
 米朝一門スペシャルはYahoo!テレビに載っていた放映時間を信じて録画セットしたのに、最後の1分ぐらいが録れていなくてがっかり。
 私はどちらかというと枝雀師より米朝師の落語が肌に合う。
 今のところは一度だけだが、米朝師の高座に間に合えたことは本当に良かったと思う。
 大学のゼミ担当だった教官は、研究室には枝雀師の直筆サインの色紙を飾るほどの枝雀師の大ファンだったので、枝雀師が亡くなられたときはショックのあまり講義を休講して喪に服したほどだった。
 当時は(そ、そこまで落ち込むかぁ…)と若干引き気味だったが、今は分かる。

 こうして考えると、私の周りは<誰かの熱烈なファン>が割と多い。
 GLAYの大ファンだった友人はGLAYを学祭に呼ぶために学祭実行委員を務め、本当にGLAYを呼んだしなぁ。
 
 「笑いがいちばん」の2丁拳銃は一組目で登場。
 絵描き歌と07年の百式でやったライム漫才。
 間取りのところはもうちょっと笑いが来る場面だと思うんだけどなぁ。

日本シリーズは西武優勝。
 日本シリーズのクライマックスシリーズだかなんだかで飛んだNHKラジオの漫才は結局放送されたのかな。
 翌週聞いたら全然違う人の漫才だったけど。



2008年11月06日(木)
タッチ&ゴー


駅の改札を出ようとしたら、前にいた年配の男性が自動改札に切符を通した後
 (いや、オレも多分違うんだろうなぁとは思ってんだよ。でも“触れて下さい”って書いてるからさぁ)
 という風にいぶかしげに首を傾げながら、スイカやパスモをタッチさせるところに自分の掌をタッチさせて通過する場面に遭遇。
 何だか可愛らしく思った。

来週で仕事の山を一つ越える予定だったのに、再来週に延びてしまい、ヤマの前日が東西落語研鑽会という何だか嫌な予感がする事態が生じたので、ふらふらと来月25日の落語会を予約。
 神保町花月のチケットは譲る人が決まったので無問題となり、安心。
 持つべきものは元2丁目劇場出身芸人のファン友。

整体に行って判明した人体の不思議。
 私の右足の長さは左足より1cm短いらしい。
 236cmとかいうバスケの選手だったら、1cm短かろうが長かろうが大した問題じゃなさそうだが、150cmの人間には死活問題に等しい。
 どうりで、右側だけ妙に靴の磨り減りが早いし、右に傾いたような姿勢になりがちだった筈だ。
 それにしても、足の長さが合わなくても日常生活にはさして支障が無いというのも何だか凄い。

海原ともこさんのブログで久しぶりにランディーズのたーちんを見たが、随分ビジュアルが変わりまくっていたのでびっくり。
 新喜劇では火は飲み込んでないのだろうか。



2008年11月05日(水)
予知夢


神保町と何かのライブが重なって悶々とする、という夢を3日ぐらい前に見たが、今日、@ぴあで鶴瓶さんのスケジュールをチェックしたら、見事12月25日の「新にっかん飛切落語会」と神保町花月の「何者でもない〜花阪荘物語」が被った。
 それは見事に被った。
 何という予知夢と驚いたが、もう神保町のチケットは持っている。
 しかし、出るのを分かっていながらチケ取りに挑戦しない道理は無いわけで。
 取りたいのか取れない方が良いのかよく分からんが、ともかく挑戦するだけしてみよう。

肩こりが物凄くて泣きそうになり、帰りに整体に寄る。
 他の施術を受けている人の会話が聞こえたが、ここも小室容疑者逮捕の話題でもちきり。
 私は小室ファミリー全盛期世代だが、色んなところからの切り貼りで意味がつながらない世界の歌詞が好きになれなかったので、歌自体の思い入れは薄い。
 小室哲哉で思い出すのは、まだそんなにブームが起きる前だった頃、プロデュースした観月ありさとセッションするという企画があったので、何となく見ていたが、小室哲哉の歌声が(うそだろ!?)と思いたいほどのボヘラ〜声だったので、ひっくり返りそうになった。
 後日、従兄に会ったとき、「この間偶々歌番組見てたらさぁ、コムロが...」と話し掛けたら「兄ちゃんも見たよ、それ!フィギュア作りながらやったけん、画面は見よらんかったとに、思わず振り返ったもん!」と、私と同じ反応だった。
 その後、プロデューサーとして絶頂を極めたが、自分ではなく他人を歌わせるところは賢明だとあの頃は思ってたのに。

BS日テレで西川のりおスペシャルコント放映。
 よくよくメンバーを見たらハリガネロックが。
 ハリガネとのりおさんなんて、一時は絶対にありえない組み合わせだったのに。
 10年ぐらい前のオールザッツで、成り行きとはいえ客席にパイプ椅子を投げつけたのりおに、「お客さんに何てことすんねん!」と食ってかかって鼻フックをかました松口さんは凄く輝いていた。



2008年11月03日(月)
ほったらかしの8日間

前々から10月31日は休みを入れていて周囲にも伝えていたが、私のスケジュールと仕事の進行度は甚だ相性が悪く、直前になって変更や追加が加わったり(その意図をよくよく聞くと8割方思いつきだったりするし...)、デリカシーのないオヤジ社員が痰が絡みに絡まった咳をマスクもつけないでしまくった結果、体調不良者が続出したりして、かなりへろへろな1週間だった。
 私(というかおそらくうちの部の9割9分9厘)はこのおやじが大嫌いなので、(コイツからの風邪の菌だけは貰うんじゃない!)と自分の免疫系に強く言い聞かせていた結果、頭痛は取れないながらもなんとかこいつと同じ系統の風邪を引くことからは逃れられた。

31日に休みを取ったのは、11月1日にある「博多天神落語まつり」に行くため。
 開口一番が三遊亭王楽さんで、昇太師、談春師、鶴瓶師の三人会なんて、東京ではありえないし、実現したとしても恐らく物凄い勢いでチケットははけてオクで高騰するだろう。
 この三人会以外でも、この落語まつりは良い番組がたくさんあり、プロデューサーの楽太郎さんありがとうございますっ!とお礼を言いたくなる。
 まだ今年で2年目ということもあって、まつり全体に初々しい感じが漂っているのも微笑ましくて良い。
 大銀座ではない「お土産(スポンサーの辛子明太子メーカーから出ている和風だしサンプル)」があるのも素敵。

三人会の演目は
 王楽:「鼓ヶ滝」/昇太:「時そば」/談春:「宮戸川」/鶴瓶:「死神」(敬称略)
 だった。

 王楽さんは今年のNHK新人演芸大賞受賞者(落語部門)だが、人物描写の演じ分けが上手い方だと思う。
 以前、他の人がやった時は面白いと思わなかった「鼓ヶ滝」の面白みがやっと分かった。
 昇太さんの「時そば」はオーバーアクションや大げさなセリフ回しにめちゃめちゃウケている子供がいて、そちらにもウケた。
 談春さんは、「赤めだか」には書けなかった知られざる談志エピソードを喋って終わる、と最初の方に仰っていたので、(えぇ〜、福岡まで来て談春さんの落語聞けないの?)とがっくりしたが、かなり長めの談志エピソードまくらの後に「宮戸川」をやってくれたので、にっこり。
 鶴瓶さんもやっている演目。
 私は鶴瓶さんの「宮戸川」は聞いたことが無いので、どんな風にやっているのだろうとそちらの興味も深い。

 出て来た時、鶴瓶さんは最初から噺に入りたかったそうだけど、客の拍手が長いので入るには入れず、困ったようなお顔。
 それを見るとついつい調子に乗ってますます拍手をしてしまうお客達(含む:私)。
 やむなく(?)短いながら鶴瓶噺をやってくれた。
 鶴瓶さんの話を鵜呑みにするならば、「六人の会」はあまり好ましい状況ではない模様。
 今月の東西落語研鑽会の番組表に覚えた違和感はあながち外れていない模様。
 私は鶴瓶さんが落語をする場所や会がありさえすれば、それだけで良いのだが。

 鶴瓶さんの「死神」は独演会と同じサゲ。
 去年見た時にぐぐ〜っと心を掴まれたあの狂気溢れるサゲはもうやらないのか、それともあのサゲは私の思い込み・勘違いだったのか。
 いずれにせよ、二段オチの一段目であまり拍手はなかったので、この噺が二段オチであることは福岡にも浸透している模様。

ごぼう天うどんをお昼ご飯に食べ続けたプチ帰省を終え、お昼頃に東京に戻ってきたが、電車で隣に座っていた人の携帯が目に入ったので何とはなしに見たら、待ち受けが石井慧だったので驚いた。
 外見だけで判断すると、石井慧を待ち受けにするようなタイプの人には見えなかったし。
 (変わった趣味だなぁ)と思ったが、そんなこと、待ち受け画像が<落語をしている笑福亭鶴瓶>である私に言われたくないだろうな、と反省。



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