一人過食しながらの年越しか 2004年12月31日(金)




もうすぐ午前7時。
外は雪が降っていて、積雪のため都市高速も通行止めの様子。
今年の大晦日は雪か…。


毎年おせち料理を作っていた。
お母さんと私の2人で、筑前煮も田作りも伊達巻も昆布巻きも…。
お互いを無視し合っていた去年も一昨年も、この時だけは
何事も無かったかのように打ち解けていられた。
家族全員が揃ってテレビを観ながら年越し蕎麦を食べて、
お正月の日には皆でお雑煮を食べて、おせち料理を食べた。


でも今年は、私と妹だけが家に残って
お父さんとお母さんと弟は、新年をおばあちゃんの家で過ごす。
妹は塾はないけど、受験があるから勉強したいんだって。
私も受験だからって理由で今回も行かないんだけど、
本当はおばあちゃん達に合わせる顔が無いだけ。
ものすごく期待されている。
高校受験の時もそうだった…大学受験になれば尚更。
おばあちゃん達の前で堂々と受験の話なんてできない。
浪人したらどう思われるだろう。
悲しませるか、失望させるか…良く思われる訳がない。


おせち料理も今年は無し。
お雑煮も無しだ。
でも別にどうってことないか。
どうせ吐くんだし。
新年明けたって別に何かある訳でもない。
ただ2005年になるだけで、何かがガラッと変わる訳じゃない。




昨日の夜、いつものように夕飯を自分の部屋に運び込んで
食べていたら、部屋の外からお母さんが怒鳴った。
どうやら食べてはいけない物を私が勝手に部屋に持ち込んでしまったみたいで。
でももう私は食べてしまっていた。
お母さんは怒っていた。
『そうやって何から何まで食べてしまって…』
『少しは家族の事も考えなさいよ』
お母さんの言う事はもっともで、何も言い返せなかった。
外に行くのも怖くて自分で食べ物を買いに行くこともできずに
家にある物を手当たり次第に食べては吐いている。
そんな私に文句を言いたくなるのも当然だ。


もう食べたいなんて思わない。
毎日毎日、寝てるか食べてるか吐いてるか…こんな事もうやめたい。
なのに起きるとすぐに食べなきゃと思う。
本当は頭は痛いし、胃は重いし、やらなくちゃいけない事が山積みだ。
でもそのやらなくちゃいけない事の山が
あまりにも高くて大きくて、どこから手をつけたらいいのかわからない。
その山を目の前にして、怖くて不安で、耐えられない。
そして過食する。
目の前の山の存在を少しでも忘れられるように。
不安でいる時間を無くすために。
結局は何も解決されずに、山はどんどん積み重なるばかり。
逃げていても何も変わらない、むしろ悪化するだけなのに。


何をしなくちゃいけないのか、わかってる。
受験勉強すればいい。
クリニックの先生が言うような休息なんて、
今はとってる暇は無いんだ。
わかってる、頭の中ではわかってる。
常に自分に言い聞かせている。
でも実行できない。
食べ物に逃げる…そのためにしか身体が動かない。






相変わらず食べては吐く 2004年12月27日(月)




今週で2004年も最後。


前回の日記から毎日昼間から食べては吐いていました。
明け方まで過食していて、家族が起きてくる時間に眠って
起きたら夕方になっていた日もありました。
妹達の通っている中学校も先週の金曜日から冬休みに入りました。
とはいっても、妹は毎日塾に行っているし
弟は毎日部活があるし、お母さんも仕事があるので
家には私一人という事に変わりはありません。




24日のクリスマス・イブ:
お父さんが東京から帰ってきた。
夕方になってからお母さんと一緒に夕飯の用意をした。
ローストビーフ、カニ、クリームスープ、生ハム、チーズ、
フランスパン、シャンパン、ワイン…他にもいろいろ。
お母さんの機嫌も良くて、家族全員でテーブルを囲んで
お喋りしながら食べれた事がすごく嬉しかった。
妹が、高校受験についていろいろ相談してきた。
あんなに毎日勉強している妹でも、やっぱり不安なんだな。
今では完全にダメになっている私でも、中学の頃は別人のように
毎日勉強して成績も良かった。
今、妹と弟が通っている塾は私が以前通っていた所。
先生達は今私がどうしているか知りたがっているらしいが、
毎日勉強もせずに食べて吐いているなんて口が裂けても言えない。




25日のクリスマス:
プレゼントは用意しなくていいよとお母さんに言っておいたのに、
朝部屋を出るとプレゼントが置いてあった。
中身は私の好きなお店の洋服だった。
すごく嬉しいけど、少し申し訳ない気がする。
今の私がプレゼントをもらうなんてずうずうしいと思う。


弟はPSPが欲しかったみたいだが、うちではゲーム機は一切
購入・使用禁止なので当然違う物をもらっていたみたい。
ガッカリしながら寒い朝の中、部活に行った。
妹はバーバリーのマフラーが欲しいと言っていたが、
お母さんがブランド物なんてダメだと言っていたから
きっと何か別の物をもらったんだろう。


クリスマスだけど、土曜日だからクリニックに行った。
またお父さんと一緒に、いつもより1時間早く家を出た。
クリスマスだし、患者さんも少ないかなぁと思っていたが甘かった…。
いつもよりも多かった。
狭いクリニックにたくさんの患者さんが待っているのを見ると
今の世の中、病んでる人が多いんだなぁと実感する。
また待ち時間の間にお昼を食べに行った。
ピエトロでパスタと、デザートにカフェジェラートを食べた。
少し本屋に寄ってクリニックに戻ったが、それから更に1時間程待った。


今回も1週間の生活の報告をした後、何か話したいことはあるかと聞かれた。
『過食がひどくなる一方だ』という事を話すと、
先生は「今は冬休みなんだから、ゆっくり休めばいい。」とか
「あなたは自分を常に追い詰めている。」とか「散歩とかをして
身体を動かしてごらん。」とか言ってくれた。
薬を出してあげようかと言われたけど、断った。
たとえ薬で気分が落ち着こうが、過食しなくなるわけじゃない。
それに薬代をお父さんに払わせるのは申し訳なくてできない。


土曜日は妹と弟は塾だから午後10時まで帰ってこない。
だから夕飯は、お父さんとお母さんと私の3人で食べた。
この前みたいにお母さんが不機嫌になることもなく、
会話も弾んで楽しく食べる事ができて、安心した。
妹達が帰ってきてから、皆でクリスマスケーキを食べた。




26日:
学校のクラスの友達と一緒に遊んだ。
午前10時に待ち合わせをして、買い物をした。
お昼をミスドで食べた後、ゲーセンに行ってプリクラを撮った。
友達はその後もブーツやらスカートやらをバンバン買っていた。
私は余程気に入った物でないと買わない性質だから、
結局買ったのはスカート一点とチェーンベルト。
でも気に入った物が買えたから満足。
午後4時、それぞれバスに乗って帰った。
ヒールの高いパンプスを履いて歩き回ったせいで足が痛くなった。
でも楽しかったからそんなことにもお構い無し。
今は受験シーズンだから滅多に遊べる機会は無いけど、
また余裕のある時に一緒に遊ぼうと約束した。
いつも1日をこうやって満喫できたらいいのに。








冬休み 2004年12月19日(日)




金曜日に終業式があって、もう冬休みに突入です。
本当は休み中も補習授業が毎日あるんだけど、
私は申し込んでいない。
先生達は、冬休み明けも毎日登校できるように今は休んでと
言ってくれて、卒業することを第一に考えてくれている。
私も絶対に卒業しなければと思う。
でも受験勉強もせずに家にいるのが許せない。
もっとシャンとしろと殴って殴って殴り倒してやりたいくらい
今の自分は怠けていると思うのに、何一つ行動に移せない。
いっそ過食嘔吐という逃げ道を忘れるくらいに
自分を殴って殴って殴りたいよ。




昨日は土曜日で、またお父さんが東京から帰ってきてくれた。
そして一緒にクリニックに行った。
相変わらず人が多くて、2時間待ちと言われて
先週と同じように待ち時間にお昼ご飯を食べに行った。
もんじゃ焼きとお好み焼きをまた食べた。
店によってもんじゃ焼きの作り方が違うんだなぁ。


2時間待って、診察時間はたったの10分。
とにかく卒業のために通院しているわけだけど、
特に何をするわけでもなく、この1週間学校に登校したこと、
冬休みに入ったことを報告して、それで終わった。
何か話したいことはあるかと聞かれたけど
『わからない』と言うと『じゃあいいです』と言われた。
これだけでお父さんにお金を払わせている事が申し訳なくて堪らない。


何を話せばよかったんだろう。
この日記に書いているようなこと?
こんな愚痴、言ったところで何になるんだ。
話すことで落ち着く?
別に興奮はしていないし、話しても不安が消えるわけじゃない。
先生は『今は勉強なんかしなくていい』と言うばかりだ。
次の土曜日、クリスマスもまたクリニック。




周りの先生は、私に「一浪してもいいじゃないか」と言う。
お父さんも浪人でも東京に来て環境を変えてみろと言ってくれた。
だから、私も追い詰められてまで現役にこだわる必要は
ないのかもしれないと思い始めてた。
でもお母さんは、どうやら浪人することには反対らしい。
当り前だよね、そりゃ現役の方がいいよ。
それにお父さんも、考えが変わってきたみたいで
浪人するよりも現役で行ける大学に行った方が良いんじゃないかと言った。
私が浪人生活を乗り越えられるかどうか心配なのだ。
ああでも行ける大学あるのかな。
お父さん達に迷惑かけるよりは志望校なんて言ってないで
行ける大学に通った方が良い。
そうだから勉強しないといけない。
勉強しろ勉強しろ自分…なんでできないんだ…。






クリニック 2004年12月11日(土)




朝の9時頃、お父さんが東京から帰ってきた。
私は10時頃まで寝ていた。
クリニックは午後2時までだから、急いで用意して
午前11時半頃にお父さんと一緒に家を出た。


土曜日のせいもあって、クリニックには人がたくさんいた。
待ち時間は約2時間だと言われて、私とお父さんはその間に
お昼ご飯を食べに行くことにした。
先週来た時はお好み焼き屋に行ったけど、
今回は「ポムの樹」というオムライス屋。
私はSサイズのオムライスと、デザートのショコラパフェ。
お父さんはMサイズのオムライス。
私は胃袋が大きいからいくらでも入る気がしたけど、
お父さんはMサイズでも大きすぎた、苦しいと言っていた。
食べ終わった後もしばらくお喋りして、時間を潰した。


クリニックに戻って5分くらいで名前を呼ばれた。


先生が言うには、私は生真面目すぎるんだそうだ。
いろんな可能性があるのに、それを極端に狭めて自分を追い詰めている。
先生は、『勉強なんてしないと思ってしまえばいい』と言ったけど、
そんな事はとても無理だ。
大学に行くためには勉強しなくちゃいけないとわかっているんだから。
浪人だって極力したくないんだから。
私は、考え方は生真面目すぎるかもしれないが、
実際やってる事は怠けているばかりだ。
理想やプライドばかり高くて身動きがとれない。
もしこんな自分を変える事ができたら、過食嘔吐も治まるのだろうか。
外見に捕らわれる事もなくなるのだろうか。


イライラが抑えられないようなら薬を出そうかと聞かれたけど、
私は過食嘔吐することで不安を忘れようとしているし、
薬を飲んだからといって過食が治まる訳でもない。
短時間の診察だけでけっこうな額のお金を払わないといけないし、
その上に薬代なんて…。
だからいらないと言って断った。


2時間待って、約15分間の診察。
診察代も1000円以上するし、お父さんに申し訳ない…。
クリニックに来たって何も変わらないけど、今は卒業のために通院する。
卒業したらもう来ないと思う。




夕ご飯はおでんだった。
妹と弟は塾で、午後10時まで帰ってこないから
私とお母さんとお父さんの3人で食べた。
本当はおでんを食べながら楽しく喋りたかったんだけど、
何かの拍子でお母さんが不機嫌になって会話が無くなってしまった。
私が話を振っても反応してくれない。
何か悪い事を言ってしまったのかなぁと考えているうちに、
お父さんは食べ終わり席を立ってしまった。
お母さんは相変わらず黙々と食べ続けるだけで、
しばらくすると席を立ってしまった。
結局私一人がテーブルに残されて、なんだかすごくガッカリした。
何も楽しく話せなかったし、せっかくのおでんも台無し。
何が悪かったんだろう…。
私が一緒に夕ご飯を食べたのがいけなかったのかなぁ。


妹や弟がいる時は、お母さんもこんな風に不機嫌になったりはしないのに。
面と向かって何が悪かったのか聞けないから、
またメールで聞くしかないのかなぁ。
同じ家にいるのに、メールでしか素直に話せないのも寂しいかもしれない。




お父さんは日曜の朝、また東京に戻っていく。
来週の土曜日も帰ってくるらしい。
そして一緒にまたクリニックに付いて来てくれる。
一人で行けないこともないんだけど、なんだか悪いな…。
お父さんは『お昼ご飯を外で食べたいから』とか笑って言ってくれるけど。
もうホント迷惑かけてごめんなさい。






あと1週間 2004年12月10日(金)



やっと今週の学校が終わりました。
月曜は欠席してしまったけど、後は毎日出席。
今日は遅刻して4時間目から出席。
来週が終われば冬休みが始まる。
あともう少し…。




私は塾にも通っていないし、かといって家で勉強している訳でもない。
周りの同級生の人達はもちろん必死に勉強しているから
私はどんどん置いていかれる。
授業もセンター対策中心になってきて、
過去問やらを解かされているけど、私の出来は散々。
できるのは英語のみ…。
英語だけはアメリカにいた時の経験から勉強しなくても解けるけど、
それ以外は『本当に受験生か?』と思う程ひどいもの。
私は私立大学志望だからセンターは受けないけれど、
それでも勉強しないといけないことに変わりはない。
生物とか現代社会とか、必要ない教科の授業の時は自習しないといけないのに
私は勉強から逃げるように文庫本読んでたり。
勉強しなければ結果は出ないのに。




12月に入ってから、授業の時間割が変わった。
受験が近いから体育が週3から週2になったり、
現代社会が週1から週3になったり。
冬休みは周りの高校よりも1週間長い。
その間はもちろん補習授業があるんだけど、私は受けないことになった。
担任の先生もカウンセラーの先生も、冬休みにゆっくり休んで
卒業まで毎日出席できるような状態にしていくことを勧めてくれた。
私は、今でも十分怠けて休んでいるような気がする…。
確かに受験よりも卒業を優先しているけど、でもやっぱり不安になる。
周りの友達が皆前に進んでいるのに、私は逆に後ろに下がっているのではないか。
前を見つめながらも、踏み止まるどころか後ずさりしている気がする。




今日は久しぶりに体育に出席した。
卓球をやっているんだけど、今日はダブルスで試合をした。
久しぶりだったからボロボロかと思っていたけど、
ダブルスで友達と一緒だったからか、リラックスして楽しく試合ができた。
相手チームの人達が、私のあまりにも訳わからん球に右往左往して
終いには床に倒れ込んで笑い転げる始末…。
私とペアの子も卓球台に突っ伏して笑うし、よくわからない。
『普通に打ってるのに何でそんな変な球になるの?』と言われた。
そんなに変な球だったかなぁ…。




最近、化粧水を変えました。
今までは100均の安い化粧水を使っていて、
とにかくニキビができなければそれで満足してた。
でもやっぱりちゃんとした物は違うんですね。
今は『草花木果』のどくだみ化粧水を使っています。
私にはすごく合っているみたいで、すごく良いです。




明日はクリニックに行く約束。
どうやらお父さんがまた東京から帰ってくるみたい。
しかも明日1日だけ。
私が一人でちゃんとクリニックに行けるか心配なのかなぁ。
もしそうなら申し訳ないな、そこまで心配かけてるのは。
お父さんだって週末くらいゆっくりしたいだろうな…。





苦しい 2004年12月07日(火)




先週の金曜日に学校を休み、昨日も休んだ。
出席日数ももうギリギリなのに何やってんだ馬鹿馬鹿馬鹿…。




先週の土曜日、東京からお父さんが帰ってきた。
お父さんは学校に面談に行った。
教務主任・学年主任・担任・お父さんの4人の面談。
私の卒業についてが主だったらしい。
あまり詳しい事はわからないけど、学校側としては
病院の診断書や、通院の記録等の客観的な証拠があった方が
成績の面で考慮しやすいとのことだった。
あとはとにかく出席すること。
出席日数がアウトになれば、どうしようもなくなる。
期末考査を受けたものの全て白紙で提出した私は、
出席することで努力している事を示さなくてはいけない。


お父さんが面談から帰ってきて、すぐに
2人でクリニックに行った。
診断書をもらうためと、今後の通院の予定をたてるため。
久しぶりのクリニックだったけど、先生は
『よく来れたね。偉いよ。』と何度も言った。
診断書を書いてもらって、次の土曜にまた来ると約束した。
『薬のこともまた次の時に相談しましょう』と言われたけど、
私に必要な薬ってどんな薬なんだろう…。
っていうか今の状態に効く薬ってあるのかわからない。


帰りにお父さんと遅い昼ご飯を食べに行った。
朝から私もお父さんも何も食べてなかった。
行ったのはお好み焼き屋。
もんじゃ焼きとお好み焼きを1枚ずつ頼んだ。
あと厚焼き玉子(1本丸々出てきてビックリした)。
すごく美味しかったし、いろんな話をして楽しかった。
学校や過食の事は忘れて、映画とか世間話。
いつもこんな気分でいられたらいいのになぁ。




昨日の朝、お母さんが私を起こそうとしてくれたみたいだけど
私は寝ぼけて何か言って起きようとしなかった。
私が何を言ったのか、自分でも覚えてないけど
『お母さんにはわからない』とかなんとか言った気がする。
せっかく起こしてくれてたお母さんを傷つけてしまったかも…。
お母さんからのメールに、
『お母さんはどうすればみかの力になれる?』とあった。
今のままでも十分力になってくれてるよ…。
早くお母さん達に心配かけないような状態になりたい。
もう18なのに甘ったれてる自分が嫌だ。


早く高校を卒業したい。
でも卒業したら何か変わるだろうか。
今よりも何か良くなるだろうか。
とにかく不安で苦しい。
あいかわらず過食嘔吐は毎日続いて、体重が落ちてる。
もう痩せなくてもいいのに胃に食べ物を入れておくのが嫌。
イライラして気持ちが悪い。
早くこんな自分から抜け出したい。
食べて眠って、遊んで勉強して、自分に責任もって自立して、
元気に楽しく生活したい。
理想が高すぎる…?
それでもいい。
少しでもいいからこの理想に近付きたい。




PASTINDEXFUTUREMAIL





一言あれば、遠慮なくどうぞ。
大学生と過食症
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