委員長の日記
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2005年10月02日(日) 共感するということ

〜ミラーニューロンについて〜


●心の成長は目に見えない
 「子ども達の心を豊かに育てるために、年齢に応じた文化体験を提供する・・」
これは、私たちが活動の大きなミッションの一つとして掲げている言葉です。

 その文化体験の大切な核の一つとして、前身の「おやこ劇場」の時代から、鑑賞事業に取り組んできたことは言うまでもありません。
 たくさんの仲間と、良質な生の舞台を鑑賞する空間を共有するという経験を数多く積み重ねていくことが、子ども達の感性を育み、そのことが他者への思いやりの心を育んでいくことができる・・・
 これは、40年近く鑑賞事業に取り組んできた私たちの経験から実感できることです。
 しかし、ビデオやDVDが発達し、簡単にバーチャルな世界で様々な情報が得られる現在、わざわざ、会場に足を運び、高い料金を支払って子どものために舞台鑑賞をする・・・ということがどれだけ子ども達の成長にとって大切なことなのかということを理解してもらうのは本当に難しいことです。
 鑑賞事業に取り組むたびに、「どうやって説明すれば、お母さんたちに分かってもらえるのかなぁ?」「鑑賞を積み重ねることで、成績が上がる・・なんていう、目に見える結果が出るわけじゃないからねぇ・・」「心の成長なんて具体的に見えるものじゃないしねぇ・・」
 そうなんですよね、目に見えないからこそ、大切にしたいのだけれど、それではなかなか納得してもらえないのです。
 そんなある日、スタッフの一人が「先日、テレビを見ていたら、ミラーニューロンっていう話が出ていたんだけど・・」と切り出しました。


●「ミラーニューロン??」
ニューロンというのは、脳の中の神経細胞なのですが、
 ミラーニューロンはその名前のとおり、ある状況の中での自分以外の周囲の人間の反応を“鏡”に映してみたときのように、自分自身に投影して、あたかも自分自身が同じ経験をしたかのように反応する…つまり共感する神経細胞なのだということです。
 たとえば、笑うことによって癌細胞が小さくなったり糖尿病などの病気の症状が改善されることがある…という不思議な現象についてはよく知られています。
 そのために、患者さんを集めて落語を聞く・・などという取り組みをしている病院もたくさんあるといいます。
 そのとき、自分だけではなく、一緒にその場にいる人達の反応(=笑い)に共感しあうことによって、患者さんたちのミラーニューロンが発達し、一人で落語を聞くよりも、より多くの効果があるということなのだそうです。
 発見されたきっかけは、2002年8月のことらしいです。サルの前で研究者がたまたまアイスクリームを食べたら、脳に電極を挿されているカワイソー(?)な猿の脳で、そのサル自身がものを食べたときに働くのと同じような脳の領域が活性化されていた。サルは実際は何も食べていないのに、他人の行動を見たことによって、まるで自分がその行動をしているときのと同じように活性化する、ニューロンの一群が見つかった・・・のだそうです。

 
●虐待の連鎖
 この話を聞いたときに、私の頭にすぐに浮かんだのが、虐待の連鎖でした。
 幼児期に虐待を経験した子ども達が、成長して親になったときに、自分では悪いと分かっていても、我が子を虐待してしまう・・・
 自分が辛い思いをしてきたのに、どうしてまた同じ事をしてしまうのだろう?
 私にとってこれは本当に不思議なことでした。 
 しかし、これもミラーニューロンだったのです。
 先ほど書いたように、ミラーニューロンというのは、他者と共感するニューロンです。
 子どもは、成長する過程の中で、日々様々な情報を取り入れ、積み重ねていきます。
 虐待を受けている子ども達は、虐待を受けて辛いという自分気持ちを感じると同時に、虐待をしている相手=親の気持ちに共感し、いわばマイナスのミラーニューロンが蓄積されていくのです。
 そのために、成長して自分が親の立場になって我が子を目の前にしたときに、子どもの頃の自分の気持ちではなく、そのときの親の気持ちに共感し、我が子を虐待してしまう…という連鎖が生まれるのです。
 「共感」という言葉の響きは、一般にはプラスのイメージで使われることが多いのですが、この場合はマイナスの共感ということができるでしょう。
 子ども達の心・・つまり脳の中では、眼に見えないところで、こんなことが起こっていたんだ!
 金田一少年ではありませんが、まさに「なぞはすべて解けた!」と叫びたい気持ちでした。

 そんなことが分かってから、改めて私たちの活動を見つめなおしてみると、気づいたことがたくさんあります。
 たとえば、乳幼児とその保護者を対象に実施している『親子で遊ぼう』の場合・・・
たいていの場合は、初めて参加されるお母さんたちは、初対面のスタッフに囲まれてちょっと緊張気味なのですが、その気持ちが伝わるのか、子ども達の表情も硬い場合が多いのです。
 しかし、親子で身体を触れ合いながらストレッチやシーツ遊びをしていく中で、徐々に笑顔になっていき、活動が終わる頃には会場一杯に、お母さんや子ども達の笑顔があふれているのです。

 これが、もしもそれぞれのお家で、子どもとお母さんと二人だけで遊んでいる場合だったら、ここまではじけるような笑顔にはならないのかもしれないな・・・
 終わってから書いてもらう感想にも「子どものこんな笑顔が見られるとは思いませんでした。」という言葉がたくさん並んでいます。


 ●共感の共有
 このように、子どもたちの心の中で日々育っている“ミラーニューロン”ですが、それではそのことが、最初に述べた、鑑賞事業とどのように結びつくのでしょうか?
 あたりまえですが、共感するということは、決して一人ではできません。
 同じ空間を他者と共有することによって、相手の反応を感じ取り、共感することができるのです。
 虐待の連鎖のようにマイナスのミラーニューロンを与え続けられた場合は、マイナスのミラーニューロンがどんどん増え続けます。
 反対に、楽しい空間を、多くの人達と共有し続けることによって、プラスのミラーニューロンは初めて発達することができるのです。
 このことを、一番手っ取り早く体験できる方法の一つに、鑑賞があるといえるでしょう。
 いうまでもなく、鑑賞事業とは、同じ会場に多くの人達が集まり、生の舞台に触れて、感動を共有することを目的にしています。
 ちょっと短絡的な言い方かもしれませんが、楽しい、悲しい、怖い・・・様々な感情を、自分ひとりではなく多くの人達と共有することにより、共感する心が育まれ、その結果として、思いやりの心が育っていくのだと思うのです。
 そして、プラスのミラーニューロンを育てるためには、そのような経験を積み重ねていく必要があるのです。

 「子ども達の心を豊かに育てるために、年齢に応じた文化体験を提供する・・」

 そうです!最初に書いたこのミッションは、まさに、子ども達の心にプラスのミラーニューロンをどんどん発達させていく…ということなのです。
 そして、子どもだけではなく、そんな子ども達の笑顔に包まれたときに、一番幸せな気持ちになれるのは、私たち大人なのです。


委員長