委員長の日記
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| 2002年08月09日(金) |
57回目の原爆忌を迎えて |
今年も8月6日・9日がやってきました。 「あの日と同じように暑い夏の日差し…」と毎年、テレビやラジオのアナウンサーは同じ言葉を語ります。 けれども、あの日と同じ…と本当に感じられる人たちは、どんどん少なくなっているのです。 私たちは、数年前まで毎年夏になると「子どもたちと一緒に平和を考えよう」とさまざまな企画を行ってきました。 日本人の語り部の方のお話を聞いたことをきっかけに、被害の歴史だけではなく、学校では学べない加害の歴史についても学ぼう…と、在日朝鮮人の語り部のお話を伺ったり、朝鮮の人たちが強制労働でたくさん命を落とされたという、比婆郡高野町の高暮ダムの近くの小学校(廃校)でファミリーキャンプを行ったり、現在も訴訟が継続している中国人の強制連行で建設された発電所や工事の足跡をたどったり。ドキュメンタリー「夏服の少女たち」のモデルになった女学生の方のお兄様に、お話を伺ったり、貴重な遺品に触れさせていただいたりもしました。 また、「月光の夏」「ベトナムのダーちゃん」「月桃の花」などの映画にも取り組んできました。 その後、地域の小学校などでも、それまでは県外からの修学旅行生たちにしか聞かされていなかった「語り部」の皆さんのお話をPTCなどで子どもたちに聞かせてくださるところも増え、私たちの蒔いた種が、少しずつ芽を出し始めたかな…と思っていたのもつかの間、学校側からは授業時間数の現象を理由に、また、あろうことか「いまさら寝た子を起こさなくても…それよりもしっかり勉強をさせて欲しい」という保護者の声などを理由に、現在では子どもたちが語り部のお話を聞く機会がまたなくなってしまったということです。 平和都市という名の下、他の地域よりも子どもたちへの平和学習に力を入れていると言われている、広島のこれが現状なのです。 もちろん、教科書問題でも分かるように、加害の歴史について学ぶ機会などはまったくといってないでしょう。 ある高校の授業で、「日本にはなぜ韓国や北朝鮮の人が多く住んでいるのか?」という質問に「朝鮮人学校があるから」と真顔で答えた生徒がいるというくらいですから。 米国の同時多発テロもアフガニスタンへの報復も、決して対岸の火事では済まされないはずなのに、メディアを通じて流される映像は、まるでテレビゲームを見ているような錯覚を子どもたちに与えています。 そのどちらにも被害者がいると同時に同じように加害者もいるのだということを、きちんと子どもたちに伝えられる大人が何人いるのでしょう? そして、そのどちらの立場にもならない方法を考えることが、真に平和を考えるということではないのでしょうか? 大人として、私たちが本当に伝えていかなければならないことの意味を、もう一度考えて見なければならない時期に来ているのかもしれません。 当たり前のように享受している「平和」が57年前に亡くなった数え切れない人たちの犠牲の上にあるのだということを改めて心に留め、黙祷をささげましょう。
委員長

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