enpitu



終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2006年03月31日(金)

えー、エアエッジのくせになぜか家からネットにつなげない状況です。
この際なので、ADSL導入を決意しました。
電話線から引かねばならんので大事です。
もちろんプロバイダもコース変更せねばなりません。

開通は4月7日予定です。

それまで桜でも撮っています。
あとは読みたい本と洗濯物がわんさかたまっているのと、部屋の掃除です。
風呂も洗うぜ! 縮毛矯正かけるぜ! 布団干すぜ!

そして4月も休めなさそうだ。
あの、2月3月あわせても休み1日なんですけど上司。

まあいいさ、仕事好きだもん。
でも更新は引き続き滞るんで、スミマセン。


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- 2006年03月24日(金)

 私はロマンチストだ。170センチという身長と、負けず嫌いというこの性格とは、なんとも同居するに難しい性質ではないか。
 私は傷つきやすく、打たれ弱く、しかも誰もあてにできないことを知っているから、傷を負っても、ひたすら前に進む。すると人の目には打たれ強く図太いと見える。妙な話だ。わたしは私がするべきことをただするだけだ。他のひとは私にそれを求めるくせに、私がそうすると、私が強いとかいう。生きることも死ぬことも、うまくはいかない。

 妙な話だ。そうだろう?

 それでも私は食っていかねばならない。自分で食っていかねばならない。誰もあてにはならない。親や兄弟すら、わたしはあてにはしない。あてにはならないものだ、誰も。死ぬ瞬間までは私は誰もあてにしない。その瞬間はわたしはもう、それより先に行く必要がないので、誰も疑わないだろう。
 だがそれまでは、私は砂漠を行くように町の街路を行くだろう。そのことによって歩むところすべてが砂漠になるだろう。

 そしてそれはそれでいいのだ。

 こういうことを考える夜は、あまり楽しくない夜だ。そうだ、私は何かを学ばないままここまできてしまった。それとも多く学びすぎたのか。
 ときどきそんなことを考える。


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- 2006年03月23日(木)

確かに私はロマンチストだ。
この世では流れ注ぐ川もない。

だがいったい何が、誰がこの世で報われることがあろう。
人間の願いは彼岸に属する。


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- 2006年03月22日(水)

 ククールは知っていた。思い知らされるだろうと知っていた。 それでもそこにいるのは、そうしているのは、ただ抑えがたい望みのせいだ。
 団長室は暗く、明かりはといえば窓の外、カーテンの細いすきまからこぼれ入る淡い希薄な水のような月光だけだ。床の青い敷き布の上を横切って、寝台にかかっている。その上に散る銀の髪を輝かせている。そうだ、白銀に真珠と蛋白石と月長石をあしらった優美な鎖のように。では音は。

 音は寝台のきしみ。喉からこぼれるあえぎと、淫靡な行為のそれ。

 ククールは寝台に這って、我が身を背後から貫く熱のあまりの熱さに身もだえし、のがれようとして果たせなかった。腰を抑える騎士団長の強い手のために。ククールはすすり泣いた。
 行為は、ククールがおそらくそうだろうと予期していた通りに始まった。いたわりの言葉も、むつごともなく。予期していなかったのは、自身がどれほど兄を恋い慕い、飢え乾くほどに求めていたかということだ。
 うつぶせに押し伏せられて、背に指を添えられただけで、体が芯から震えた。重なる体にすでに渦に引き込まれるような喜びに怯え、自ら準備を整えたそこにあてがわれたものの直裁な熱さに悲鳴じみた声を上げた。

 体のうちを行き来する熱い剛いものが与えるあまりの感動に、ククールはもはや身動きもならなかった。触れられもせぬものはとうに吐精を果たしたのに、鋭くなりすぎた神経が与える恐ろしいほどの喜びは少しも減らない。

 体はもう、熱そのものになってしまったようだ。力は少しも入らず、尻だけを高くあげてうずくまり、突き上げられるつどに大きく震えるばかり。頬には涙が、背には汗が伝って止まない。助けてほしいとさえ叫びたかった。
 そうだ、叫んでいただろう、それがけっしてもたらされぬと知ってさえいなかったら。この狂乱の時間にあってさえ、ククールは、いまこの身を貫いている男、血を分けた兄、聖堂騎士団の長についてよく知りすぎ、しかもそれを忘れることがない。
 いつしか身内を突く熱、寝台に押さえつける男の身体は、海の波のごとくまた天の果てから吹き寄せ来る風のごとく定かならぬ力となって、ククールを押し包み、翻弄し、流し去る気配であった。こらえようもなく目を閉じる。

「……たあいもない」
 激しい律動を小さなこわばりで終えたマルチェロは、まだ我が身を抜き去りもしないままに、ぐったりと力なく伏せた弟の背を見下ろした。感じやすい体は行為も半ばのうちに絶え入ってしまった。かしいで見える横顔は目を閉じて恍惚としているのか、それとも苦痛にゆがんでいるのか。
 だが結局、それはどうでもいいことだった。情愛を抱くことのない騎士団長には、女であれ男であれ同衾を望むものは娼婦にほかならない。そうとも、どのような猫も夜には黒く見えるものだ。そして、ならば娼婦の様子を気遣うものもないものだ。マルチェロは身を起こした。
 情交のあとのけだるい気分が身のうちにある。ゆったりとした夜着を引き寄せて袖を通し、マルチェロは窓辺に立った。月は酷薄な一つの目のごとく、世界の背後の光の射す天窓のごとく。
 マルチェロはしばらくそうして立ち、少しして、し残した用事を思い出して執務机の前に戻るまで身じろぎもしなかった。そしてまた、むき出しの肌で横たわり声もなく忍び泣く弟のことを思い出しもしなかった。




ちっともエロくないエロでした。
こんなにエロくないエロがかってあっただろうか。うーん、ないかも。

20日の続き。コメントくださったかたありがとう。
でももう寝よう。おへんじ明日でいいですか?


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- 2006年03月20日(月)

 私がマルクク書くとしたらこんな感じ。
 マルチェロが超鬼畜、ククールが超乙女。




「素晴らしい武勲でございました。国には平和が戻り、民は安らいでおります。我が王はこのご恩をけっして忘れることはございませんでしょうぞ」
 騎士団長は気楽に円卓で隣り合って座り、何度目かの礼を述べる大使ルベルに向かって微笑してみせた。その率いる聖堂騎士団が、西方の王国アスカンタの平野を侵していた魔物の群れをことごとく殲滅したのはわずかに二カ月前のことだ。
 騎士団長は手ずから器を取って茶を注ぎ、隠密裏の賓客に湯気の立つ椀を勧めた。マイエラの名産という茶葉は華やかな香りを浮き立たせている。
「我らは法王聖下のもと働いているにすぎません」
「いやいや。騎士がたお一人お一人の勇気に頭が下がります。特にあの、銀髪の若い方はククールどのとおっしゃいましたか。あの方のおかげで何人の民が命を助けられたか知れませぬ」
 わずかに、ほんのわずかに騎士団長の表情に影が差した。それとも何も怒らなかったのか。いずれにせよマルチェロは穏やかに答えた。
「あれの武功については、こちらにも報告が及んでおりますよ。望みの褒美をとらせることになっております」
「まことに、あの方は素晴らしい軍功をたてられました」
「その武勲に、その望みがふさわしいとは私は思わぬのですがね」
「ほう?」
 騎士団長の意図をはかりかねたよう、大使は頸をかしげた。
「つまりこういうことです。あれは私の寝所に今夜、参ります」
 聞かされた言葉に大使は眉をひそめ、聖堂騎士団長を見上げた。
「確かにあの方は美しい。しかし…血を分けた弟君を閨に迎えるとは」
 マルチェロはゆったりと座り、少しばかり意外なように、あるいは不快を覚えたように、いらだたしげな微笑を唇にのぼせた。
「あれがそう望んだのですよ。褒美にぜひ、とね」
「しかし、団長どのはどうお考えで」
 マルチェロは辛抱強く、両手の指を組んでまた笑った。緑色の目はもはや凍てつく北方の海の氷のように酷薄であった。
「どうでもよいのですよ、閣下。夜目にはどの猫も黒く見える」
 それから、あまりに端的すぎたと考えたのか、素っ気なく付け足した。
「それ以上のことではないのですよ」
 大使ルベルはもう何も言わなかった。老巧な政治家の常として、わずかもその内面の思いや知っていることを顔にあらわしはしなかった。だがさきごろ、回廊で会った美しい少年の切なる思いを秘めた眼差しを、ひどく哀れに思わずにはおれなかった。
 今にも泣きそうな薄青い目を罪の重さに耐えかねるよう伏せて、消え入りそうな細い声で彼は言わなかったか、たった一度でいいんだ、と。
 たった一度でいいんだ。それで俺は、命だっていらないんだ。地獄に落ちたって、かまわないんだ。たった一度、兄貴に――…
 ルベルは小さく嘆息した。




 娼婦でも抱くようにククールを抱くマルチェロ。
 というかこのマルチェロ、ヘマしないで法王になってるな、きっと。


都内潜伏中。ちょっといいことあった〜


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- 2006年03月19日(日)

私は基本的に、東京という町が嫌いだ。
ここにはなんだか、人間を小さくするものがある。
人間を去勢し矮小化し、また人間であることを邪魔するものがある。

だけどもし、東京に住みたいと思うとしたら、
それは多分、書物のあふれんばかりの豊かさのせいだろう。
読みたかったボルヘスの本がいっぱいある。
それに人類学や、ケルト関係も。幸せだ…。

東京の、「小さくする力」とは別に、ここは絵になる町だ。
それはその奇妙な力そのものに由来するのでもあり、
また、まったく別なもののせいでもある。なんといえばいいんだろう。
小さくする力、濃密に文字化された時空の記憶、強力な生と死。

だけど私は、奥日光の月もない夜の闇が好きだ。
朝の光や、木々の陰が好きだ。あの月影の、ひそやかな樹木のかたち。
あそこでなら、私は確かに人間でいることができる。
そこでなら、私は死体である自分が好きだ。
そうなんだ。東京では、犬ほども死ねない。それなんだよ。

死ねもしない場所では、生きれやしないんだ。


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- 2006年03月18日(土)

本日の教訓。

1:山手線は、1周するのに1時間かかる。

2:東京の春は宇都宮より2週間早い。

3:忙しい人にものを頼んではいけない。

4:球技会場では、常に周囲に目を配り、飛んでくるボールをよけること。
  間違っても下向いてカメラを調整していてはいけない。

5:高校生に監督者のいないところで話をしないこと。
  「結婚してるんですかー」とかきかれて「してねーよボケ」とか
  素で返さないこと。そして、くそガキをどつかないこと。

6:イラン人に道をきかないこと。これが一番デカい。



都内某所に潜伏中。
出せなかったゴミが留守中に腐りませんように(祈)


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- 2006年03月17日(金)

なんもせんうちに明日から出張だ…!!
ゴミも出せんとはなにごとだ!(木曜に寝過ごしたせいだ)
しかもその後に、ひひひひ…広島!? 聞いてないよ!
四月まではおうちに帰れない。しかもルーティンも…あのなあ…。





人間が友人を失う瞬間というのは、これはどういうときだろう。
例えば、もう長いこと交信していない人がさらにその圏外に去る。
あるいは、近づきすぎた人間がある決定的な間違いによって弾きあい、
互いの視界を遠く離れて、再び還ることのできる範囲の外に飛び出す。
それとも、感情がなにか暗い、忘れえずまた不可逆の化学的変質を遂げる。

不思議だ。人間の感情ほども不思議なものを、私は知らない。
友情を失った友人たちや、愛情を失った恋人たちが、
ただ互いを知ったことのない他人に戻れることはおよそない。
あったものはなかったようにはならない。それは愛も憎しみもおなじこと。
石のように堅固で、しかもそれはただ一代で尽きるのだ。

鳴り終った音楽が、そうとも、どこにもなんにも残さぬように。


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- 2006年03月15日(水)

http://tarouame31.nobody.jp/monnless.JPG
http://tarouame31.nobody.jp/monnless2.JPG
http://tarouame31.nobody.jp/woods2.JPG



んー…。
今年の桜はどう撮ろう。
魚眼レンズ買うかなあ(また使いようのないものを)
100マクロとかどうだろう(あんたそれ、幾らすると)

近所の枝垂れ桜チェーック、桜並木チェーック。
夜桜好きは桜見物に行くのに午前三時に起きだしていくのだ。
なぜなら午前二時までは酔っ払いが多くて撮影にならないから。

桜の写真を連ねて絵本っぽく物語作ろうかなー…。
あーでも、月に桜は撮れないんだ、今が満月ということは。
奥日光まで行くかなあ…?


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- 2006年03月14日(火)

夜半に写真を撮ってきた。
だって、月が丸い夜は、文章を書くのなんか、むかない。
右下側にオリオン座が入っている。



相変わらず著作権は放棄しています。
写真も文章も。加工も改変も自由。
だって、主張するほどたいそうなものではない。




*誤解を招きそうなので補足。

自分の作ったものを軽んじているわけではない。
およそ「物語」とは縁遠い断片的なものであってもそうだ。
私ほど自分の作ったものを愛している製作者も珍しいだろう、と
私は高村光太郎に対する智恵子のような、ある種の稚気をもっていう。

しかし他面、精魂を傾けつくしてニーズや企画にあわせた
そういう世間一般的な価値を与えたわけでもないとも思うのだ。


だから、まあ、そういうこと。


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- 2006年03月13日(月)

新しい物語の題名が決まった。

『密書』だ。

また悲惨な話だが…。
しかし珍しく、人間が死なないなァ。
『睡蓮』以来だ、光景が頭の中に、湧き出て止まない。
あとはどうやって、というか、どう時間をとって、語るか…かなあ。








あまりに輝かしい過去は、まるであなたから切り離されてしまったようだ。
そうだ、そうならなければ、あなたはそこに立っていられなかっただろう。

なぜならそれは――だからだ。

人は過去に支持されて生き、だが過去はときに人を殺す。
あなたの過去はあまりに輝かしすぎて、今をおびやかしかねない。
だからあなたは、それを遠くする。遠く、遠くする。

それは悲しいことか。それとも私が勝手にそう思うのか。
だってそれは、語ることができない悲しみに似すぎている。

ほんとうの幸福とは、ひとには耐えることができないものなのですか。


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- 2006年03月12日(日)

朝日が黄色い…。

ようやく後輩の指導が一段落した。
午前4時によーやく出てきた文書を徹底的に書き直したとこ(8時)だ。
まあこれから、死亡中の後輩をたたき起こして足りない情報をくっつけて、
今夜の締め切りまでに完成品に仕上げるという作業があるわけなんだが。

だいたい、一週間くらいか。いい経験になった。
私のときは誰も教えてくれなかったからなーあ…。
自分が経験した、孤独な戦いよりは、マシな指導はできたと思う。
後輩がんばった。よく弱音吐かなかった。ほんとに。

しかし、先輩として誰かにモノを教えるというのは難しいな!
自分でやったほうがなんぼか早い。でも手は出せない。
できれば後輩が気づいてくれるまで待つ。でもそうもいってらんない。
締め切りにヒヤヒヤしつつ出てくるまでひたすら待つ、その時間の長さ…。

「言ってきかせやってみせ、やらせてみて、怒って褒めて、またやらせて」
ほんっとにコレだな。この順番だ。
外野どもを排除してきっちり仕事に専念させてやれてよかった。
今回、やったことがきちんと身について、自信になるといい。

……あと30分だけ寝かせてやろう。










「階段の鳴るのが格子戸まで遠雷のごとく轟いて黒雲を捲いて」
                    泉鏡花『朝湯』より

面白いなあ!
直喩「遠雷のごとく轟いて」と暗喩「黒雲を捲いて」が畳みかけている。
しかも呼応している。この表現はいいな。いい。

「マルチェロの微笑は稲光のごとく唐突に閃き輝いて」

こんな感じ? イメージを強めて次を連想させる力が強い。
「閃き輝いて」→「ククールは目眩む不安な思いに襲われた」
いいなあ、いーいなあ。素敵だ。

明治の幻想文学は敬遠してたけど、いいかもだ。
ただあんまり繊細優美になると、読むのが辛いモノになる。
淡々とした叙述の中に、こういう要素を組み込んでいければいいなあ。

あとは服装だなあ。だけどことごとく興味がないから、わからん。
ちょっと研究でもしてみますか。


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- 2006年03月11日(土)

 城館には、表門から館の大扉をつなぐ続くきわめて長い石段のほかにも幾つもの急峻な階段があった。それはいささか太った中年の貴族であるあなたには幾分か辛いものだったが、しかし、美貌で陽気な遊び仲間のご婦人がたがそこに滞在を決めた以上、その騎士を自任するあなたもまたそこに留まらざるをえないのだった。
 髪粉をつけた見事な白いかつらを直し、あなたはふうふう言いながら階段を上っていく。ずっと上の広間からは誰が歌っているのか、美しい歌声がかすかに漏れてきて、あなたはときおり足を止めては汗を拭きつつ聞き入った。しかしその歌も、三つばかり曲がりくねった段を数え終えてようやく上階にたどりついたときにはもう終っていて、あなたは残念な思いで人気のない暗い広間の豪奢なカウチに座り込んだ。
「ムシュー、そんなところにいらしたの」
 ずいぶん遠くの扉が開いて、その向こうから白い光が長く射した。浮かぶ影は、どうやら婦人がたのうちでもとりわけあなたを気に入っている、つまりはその鼻面をやたらに引き回したがるカトリーヌ姫とみえた。
「だめよ、すぐにこちらにいらしてちょうだい。カード遊びをしますのよ」
 こうなれば仕方がない。あなたはまだ収まらない息を吐き、広い床を横切いて、巻いた髪に花を飾った姫に近づいていった。
「やれ、人殺しの階段のおかげで、えらいめにあいましたわい」
「早くいらして。のろまさんだったら」
「歌も聴きそこねて。どなたが歌ってらしたので?」
「いやな方、みなが退屈してたというのに、そんなことおっしゃって」
「はて、そう申しますと?」
「イレーヌが喉を痛めていますのよ。私やユリーアが一生懸命なぐさめて、アキテーヌ男爵が氷水を取り寄せてくださったり、手を尽くしているのに、歌なんてことを言って。ひどい方、悪い方だわ」
 あなたはどぎまぎしながら謝り、カトリーヌ姫はつんとしながらも鷹揚に腕を取ることを許した。あなたがた二人はカード遊びに加わり、ルイ金貨三枚ばかりすった。いつものことであったし、あなたは気にしなかった。だが判然としない思いは残った。

 歌はそれから折々にあなたの耳に聞こえるようになった。それはえもいわれぬ美しさであなたを恍惚に誘い、だが近づけばいつも消えうせた。不思議なことに仲間のいるときにはけっして聞こえてこないのだった。例えば明け方の夢、月影の見せる妖精の輪のようにあえかで憧れを誘った。同時に遠い昔に聞いたことがあるとでもいうような、奇妙な既視感をもかきたてて。
 しばらくは夜半に歌声の源を求めて、燭台を掲げて城館をさまよったり、古くからいる執事を捕まえていわれを聞き出そうともしてみたあなただったが、やがて諦めた。仲間に冗談半分話して面白がらせ、何度か謎の歌い手を求める勇ましいが滑稽な探索を行なったこともあった。しかし探索は不首尾に終り、仲間もその冗談に飽きて新奇な方向に関心は移った。あなたもまた、不思議な思いは消えないままに、元のように仲間たちのカード遊びやカトリーヌ姫の詩歌の朗読につきあいに戻っていったのだ。

 ある朝のことだった。夜明けまで酒宴に連なっていたあなたは、眠る前に一杯の水を求めようと寝室を出て階下への階段を下りた。広間の床を踏んだとき不思議な明るさを目にした。しょぼつく目を細めて見ると、広間の向こうの扉が開いており、そこから真昼のような光がもれているのが見えた。
 そこには誰かが立っているようだった。あなたは目をこらし、それが仲間たちの誰でもないことを見て取った。館の召使の誰かでもない。腰布だけを巻き奇妙なほどに細長い体をほとんどあらわにした老人のような顔つきの男で、ローマの古い神殿でぽっかりと口をあけている巨人とよく似た顔だ。
 それと認め、だが一言も発せずにいると、巨人は、これも奇妙なほどに細長くのびた扉の向こうに歩み去り、同時に扉は閉じて、光は失せた。

 そのときだ。あの歌声が、今度はこれまでになかったほど近く、はっきりと聞こえてきた。そうだ、階段のすぐ下の方からだ。あなたはもう何も考えず、一段飛ばしに駆け下り始めた。踊り場を一つすぎ、二つすぎ、歌声はいよいよ近く美しく耳を打ち、どこで聞いたものかさえ思い出せそうだ。
「どこへ行かれますの」
 三つ目の踊り場で激しく腕を捕まれた。焦る思いのまま見下ろせば、とりついているのはガウン姿のカトリーヌ姫で、その美しい眉は不安にひそめられている。その腕を振り解こうとしながらあなたはわめいた。
「離してくだされ、姫。わしは行かねば」
「どこにですの。そんなに息せききって」
「歌ですのじゃ。すぐ近くに」
「あれはみんなを面白がらせた冗談ではございませんか」
「行かせてくだされ、行かせて」
「だめよ、だめ。だめですわ。そんな物に憑かれたようなお目をなさって。わたくし、今しがた、あなたの求婚をお受けしようと考えていたところですのよ。素敵でしょう。さあ、お聞きになって」
「ああ、姫。すべては後、後ですじゃ。わしは行きます」
 カトリーヌ姫のやさしい腕を退けて、あなたは走り始めた。後ろからはまだ、涙ながらに呼び止める声が聞こえていたが、あなたは一心に走った。

 暗い危険な階段を飛ぶように下り、下り。あなたはそうしながら思い出した。この歌声、この甘やかな歌声はゆりかごで聴いたのだ。あなたはまざまざと思い出す。ゆりかごのへりには白い鳩が止まり、真っ白い羽を光に透かしていた。それともそれは天使だったのか、青ざめて翼を閉じた。まだ生まれて三カ月にならぬあなたは、光に透けた白い羽根を、生涯最初の驚きをもって見つめたものだ。
 美しく、抗いがたく、懐かしく。あなたは走りながら叫んだ。かつてない幸福が心の奥底からこみあげてきた。大扉を押し開くと、あなたは階段を下っていった。

 それからしばらくして、カトリーヌ姫に起こされたあなたの仲間たちは、階段の中ほどで首の骨を折って倒れているあなたを見出した。その顔には穏やかな喜びがあった。










今朝方、見た夢だ。美しいアリアはまだ私の耳に残っている。
終りにあたって以下の言葉をのせたい。

「病と死と狂気は、私のゆりかごを守り、
 それ以後もずっと私の人生に寄り添ってきた天使たちである」
                  エドヴァルト・ムンクの日記より


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- 2006年03月10日(金)

「汝が美は軌道を巡る星々を統べる極北星ならん。
 また海中の光、石の薔薇、流るる炎ならん。
 永劫の神秘にして世界の歓喜、詩人の夢見る幻の尽くるなき源泉ならん。

 娘よ、幼子よ。
 余はここに予言し、誓言す。

 汝ゆえに災いは来たり、汝ゆえに人々は愛に死なん。
 眼差しにて射殺す娘よ、微笑にて戦い招く娘よ。
 世界は汝のゆえに滅び、しかも悔ゆることなかるべし!」
             ニザーム・アル・ナスラーニー『鳩の夢』より


『鳩の夢』は邦訳されているうちでもっとも美しい散文だ。
内容については短く述べるに留めよう。

生まれてすぐに、流浪のダルウィーシュによって至上の美を予言された
希代の美女マルジャーナが原因となって起きる戦争や略奪、
天上から地の底まで巻き込んだ一大叙事詩だ。

ホメロスの『イーリアス』を思わせるが、イスラームの常として
比類ない美女は神の比喩であり、美男ハスンも海蛇ジューナールも、
信仰をめぐる諸力の比喩である。ある見方では錬金術の謎本だともいう。

イスラームの秘中の秘といわれる書物でありながら、ペルシャ的な
きわめて優美な語彙と二元論を思わせる含みも持つのが面白い。
とはいえ現れる表象は難解で、あまりにも奥深い。

作者についてはまったく何者ともわかっていない。
『ルバイヤート』で知られるオマル・ハイヤームの変名ともいわれる。
しかし、成立年代さえ謎に包まれているのが現状だ。

18世紀中ごろの不世出の研究者イザム・アリーはこう言っている。
「信仰の永遠性について、また宗教と神の概念の本質と源泉について
 この書物にはすべての謎が書き込まれている。
 秘められた謎のすべてを解くことに生涯を費やし、
 しかも報われなかった者は多い。私もまたその一人となるだろう」
イザム・アリーの墓はイスファハーンにある。この言葉が墓碑銘だ。
















以上、全部ウソだから『鳩の夢』を探さないように。
まだかー!後輩―――――!!!!
今日は日付が変わるまでに家に帰してくれ―――!!!!!


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- 2006年03月06日(月)

自分の仕事で詰まっていれば、もちろんただ黙々とやるだけだ。
しかし後輩の指導となると、これは歯を食いしばるだけでは足りない。

下っぱ兵士にたいする、鬼軍曹にならざるをえないな。
旧日本軍と違うのは、投げつけるのが拳じゃなくて、
言葉の長ドスだということくらいだな。

まあ、私もできのいい方じゃなかったから、のんびりやろう。
あせらず、さわがず、急いで。

そうだよ、私だって眠くて疲れているんだよ。
2年たったらきみにだってわかるから。
だから、がんばれ。ね。


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- 2006年03月04日(土)

『緋文字』:

 紫煙は暗い部屋に渦を巻いていった。マルチェロはビロウドを張ったソファに座り、組んだ両足を靴をはいたまま大理石のテーブルにのせて目を閉じている。白いシャツはボタン三つ分だけはだけられ、サイドテーブルの灰皿には燃え尽きたハバナ葉巻。
 ボルサリーノは戸口脇の帽子掛けにしわくちゃになって所在なくかかり、窓の外には眠らない町の灯が夜明け前の雨ににじんでいる。
 ノックの音がした。応答は部屋の中からないが、扉は開いた。それで闖入者が誰かは明らかだ。ボスの部屋に許可なく入れるのはたった一人だ。
「どうした」
 扉は廊下の光をいびつな四角にして絨毯に落としている。ベネディクトは扉を閉じて、暗い部屋を横切り、マルチェロに歩み寄った。
「ボスがバカンスから帰ってから一両日、一言も口をきかずに閉じこもってるんだがどうにかしてくれと、ダナエが、俺んとこに泣きついてきたぜ」
 マルチェロは目を開けたが、だが興味もないように顔も上げない。口元の葉巻をとると灰皿に押しつぶした。別の一本を開いたままの銀のケースから抜き出して、口にくわえた。ベネディクトはその先端に火をともすと、自分も骨ばった指を伸ばして一本取った。
「……私から盗みをする気か」
 暗がりに浮かぶ赤い小さな火が二つになって、マルチェロはかすれ声で呟いた。ベネディクトは煙を吐いて、ハ、と笑う。
「学校の宿題で、コイツを全部灰にしなきゃいけねえんだろ? 手伝ってんのさ」
「笑わんぞ」
「しかめっつらしてろよ、ベーベ」
 ソファが傾く気配がして、ベネディクトが座った。触れ合う気配もなく、ただ煙を吐き続ける。マルチェロは黙って頭を背もたれにもたせかけ、体から力を抜いた。サン・ペールのモテルからこのかた忘れられていた眠気が、ゆったりと、だが抗いがたく、深いめまいのように戻ってくる。
 そうだ、この男は、ベネディクトは、私の母親の葬儀のあともこうして横に座った、と、マルチェロはもう半ば眠りに沈みながら考える。あのときもやはり眠りは遠く、もう何を考えていたか、何を思っているかさえ定かでなかった。だがまだ煙草を知らなかったマルチェロは、ただベッドの端に腰掛けて、眠れぬ昼夜を三日ほども過ごしたのだった。それはもうずいぶん昔のことだ。
 最後に感じたのは襟元に落ちた灰の音と温度、唇から燃えさしの葉巻を取り去る指がかすかに触れた、そのかすかな感触だった。犬といるようには思わなかった。ただ穏やかな、眠たげな男の気配があったばかりだ。

 サン・ペールからの帰途は単調で、車も汽車も得意でないマルチェロにはおよそ耐え難いものだった。途中、何度か運転席からククールが何か話しかけてきたような気もしたが、よくは覚えていない。
 凱旋門脇でトゥインゴを降りたが、別れの挨拶さえしなかった。目をあわしもしなければ見ようともしなかった。そうと気づいたのもずいぶん後のことだ。真っ直ぐ『オフィス』に戻り、それきり外には出なかったのだ。

 眩しさに目を開く。開いたままのカーテンから、真っ直ぐに午後の光が顔にかかっている。マルチェロは顔を覆う。朝の風が涼しく顔に触れた。
「起きたのか」
 低い声はベネディクトのものだ。キイとかすかに蝶番がきしみ、やや乱暴にガラスの扉が閉まる音がした。
「……カーテン」
「世話のやけるやつだ」
 カーテンレールを樹脂のころが走る音がする。光が陰って、マルチェロはようやく顔を上げた。ベネディクトの大きな影が窓を背に立っていた。黙っているとその影は近づいてきて、頬にざらりと触れる。
「よく寝たな、無精ひげがセクシーだ」
 のろのろと手を伸ばして執拗に頬を撫でる手を押しやり、いっそう鈍重に体を起こす。体が冷えてこわばっていたが、不思議と頭はすっきりしていた。煙の匂いの染み付いた前髪を払いのける。見ればシャツは灰で汚れている。うんざりして、マルチェロは細かな灰を指で払う。
「三時半だ、シャワーを浴びるなら急げ」
「急ぐ?」
「五時からムーラン・ルージュに行くからな」
「誰がだ」
 ベネディクトが笑った。
「おまえと俺がだ。何をしに行くかも言ってやろうか?」
「言え」
「ムシュー・コステロとの打ち合わせにさ」
 思い出すまでもなかった。確かに、その予定は二週間も前から入っていたのだ。マルチェロは黙った。

 熱い湯は頭上から滝のように降り注ぐ。仰向いた顔と髪を濡らし、腕と胸の上を湯が流れる。ホルスターから引き抜いた短銃はシャワーの上のいつもの棚にある。
 浴室の前には頬傷のシモンが番犬よろしく護衛についてはいるが、護衛でさえあてにはしないことが暗黒街で長く生き延びるためのルールだ。シャボンの泡がシャボン以外の香りを含まないのも、タオルが白以外の色でないのもそのせいだ。
 熱い湯を浴びながら、マルチェロはククールのことを考えた。これまでにないほど注意深く考えたといってもいい。そうだ、こんなふうに。私にはあの子供を殺せない理由はない。私はあの子供をあるいは愛しているかもしれないが、近づく必要はない。私は今の生活をやめるつもりもないし、それなら必然的に殺しをこれからも続ける。
 理由と必要と必然を並べてみて、それでもこの件に関してはそれでは何も説明したことにはならない。マルチェロは白いタオルを取って体を拭う。自嘲する習慣があったとしたら、きっとこう言っただろう。それは神聖なことだったかもしれない。だが私はこう言うだけだ。それがどうした、と。しかしマルチェロは口に出して自らに物言う習慣もなかったし、そうした癖は望ましくないものだと心得てもいたから、何も言わなかった。

 黒塗りのセドリックが出発したのは午後4時30分のことだった。


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「けれど私たちがしたのは神聖なことでした。そうでしょう?」
アーサー・ディムスデール(ハーディー・オルブライト)『緋文字』



ようやく復帰しました。
ここまでは「銀幕の幻」と妙な題をつけてHPにアップ。

お気づきの方はいるんだろうか。
ベネディクト・オディーロさんです。(わあ!)




「でたらめに生きれば天が罰を下し、でたらめに食えば腹が罰を下す」

と、モンゴルの格言にある。そのとーりだ。
キットカットの抹茶チョコが気に入って一袋食ったら…もう…(涙)


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- 2006年03月03日(金)

子供のころからの疑問が氷解した。

「およそ28センチのフタツザオチョウチンアンコウが、
 39センチのソコダラの仲間を食べていた例があるが、
 このフタツザオチョウチンアンコウは死んでしまっていた。
 おそらく体内でソコダラの仲間が暴れたからだろう」
               『深海生物ファイル』(北村雄一著)

子どもの頃からの疑問は、
「自分より大きい生き物を丸のみしたらどうなるの?」
だったわけで。なんでそんな疑問を抱いたかは聞くな。聞いてくれるな。


さて、ようやく仕事が一段落した。
充実感と達成感と疲労感が全身にイイ感じです。
明日は整体に行きたいもんだ。右の肩がおもーい! でも幸せだ!
あとはかわいいかわいい後輩の面倒をみてやらんとな!フハハハハ!


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- 2006年03月02日(木)

ライティング・マシンのように元気に割り当て語数オーバーしてます。
明日でこんな日々も終りだ…終りのはず…終れ!(チクショウメ)

オオフルマカモメとゾウアザラシが愛らしい…。
死体掃除屋の凶悪さは、いっそ滑稽なほどだ。


 あなたは浜辺に上がる。八カ月ぶりの陸だ。海に慣れた体は重たい。だが胎の子がもう少しで生まれるということは、あなたにはもうわかっている。そこは夏だけ緑が点る小さな島で、その平たい、黒い浜辺があなたの出産の場だ。
 あなたはようやく到着した安堵に、長々と吼える。あなたは重い胴を長々と黒い砂の上に寝そべらせる。それは海の中とはまた異なる幸福感をあなたの体に染み渡らせ、あなたは短いひれで濡れた毛皮に覆われた体をはたく。夏の風は心地よく吹き渡る。
 そのとき、あなたは気づく。あなたよりも四倍も大きな体をしたオスが、大きな鼻から荒々しく息を吐き、豊かな胴を波打たせながら近づいてくる。あなたを自分のハーレムに誘い込もうというのだ。その求愛はおよそロマンチックとはほど遠い、力ずくの追い込みに等しいが、しかし昔からそういうものと決まっているし、逆らって相手をいらだたせるのも望ましくないことだ。あなたは導かれるまま、のろのろとオスのハーレムに入る。
 ああ、あなたの上に夏の日差しはめぐっている。胎の仔は幸福にのたうっている。波間で素早いタコを追いかける夢を見ているのだろうか。あなたはのびのびと砂の上に横たわり、仲間の尾の上に頭をのせる。そうだ、陽は高く、いまは長い午睡の時間だ。





倉橋由美子『暗い旅』の、二人称小説をかりてきてみました。
「あなた」はゾウアザラシのメスです。時期は夏の初め。出産時期で。
オリジナルで書くならこういうのがいいなーあ。


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- 2006年03月01日(水)

またしても一日分のわりあて語数オーバーにつき、仕事中のメモなど。


 彼女は人形作りを仕事とは呼ばない。話をしていても茶を飲んでいても、ただ席を立って工房に行き、黙って作業を始める。そうなるともう振り返りもせず呼びかけにも答えない。彼女はそれについて話さず、ただ行うのだ。
 だがまた彼女は、人形作りが芸術だと考えてもいなかっただろう。事実、作品はいずれも無個性な美しさ、彼女自身の意思や思想を含まない誰のものでもない美でしかなかった。毒でないものは薬にもならないものだ。
 私はいつのころからか、思うようになった。つまり彼女は、自分が宿りたかった理想の器、夢の美を陶土から作っているのだ。

 私は人形というものを身近に置きはしなかった。ぬいぐるみの類を置いたこともない。私の部屋に存在していいのは、すべて非人間であることが判然としたものだけだった。やむをえない事情により、私自身を除いては。
 その理由については、こういう事実を挙げることができるだろう。つまり私は引越しを繰り返した幼年期に、人形やそれに類するものを所有することを許されなかったと。そして子供として学ばなかった習慣を、大人になってから得ることは困難なのだ。私は人形とお近づきになったことがない。彼女を介して辛うじて知りあっただけだ。

 さて、それでは人形の話を始めよう。人形は動く。これは自動人形に限らない。対立項としては彫刻を与えることができるだろう。彫刻は動かない。これはどういうことか。彫刻は一定のポーズと表情を得る。それは絵画に似ている。一つの雰囲気、一つの所作の中に永遠に留まっている。彫刻はいわば、物語の「そのとき」「その場所」に生きているのだ。
 一方、人形は動き、そのことによって作られた物語や所作の枠には留まらない。人形は「いま」と「ここ」に属するものだ。人間と同じく。光はその上に刻々と影をうつし、朝や夕刻の光はその頬をばら色に染めるだろう。人形はポーズをとらない。人形は彫刻とは明らかに違うものなのだ。

 にもかかわらず、人形はあらゆる意味で、そうだ、一匹のアリほども「ここ」を過ぎっていくわけではない。一羽の鳥ほども「いま」を過ごしているわけではない。ここに、人形の奇妙なアンバランスさがある。
 人形は人間の形をとり、しかも彫刻ほども生気を帯びない。背景の中でポーズを取らされれば別だが、そのときそれは人形ではなく彫刻へとブレているといえよう。人形とは継続して在り、撮影の後に投げ出されるもの、取り外されて転がる青いガラスの目玉と木でできた顎だ。
 では人形とはなにか。彫刻でもなく生命体でもなく、継続して存在しながら投げ出された陶土でできた死体を思わせる、この人形とはなにか。人形作りの夢の結晶なのか? 人間の模型なのか? おそらくこの問いは無意味だだろう。多分、人形についてはこう問いかけることができるだけなのだ。


 人間はなぜ人形を作るのか、と。



関係ないが、映画『スキージャンプ ペア』が見たい!!


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