ささやかな独り言。...琴代 諒

 

 

黒輪さんの喪失−彼らは確かに24人いた− - 2014年04月30日(水)

 暦も晩秋に差し掛かり、朝晩だけではなく一日中肌寒い日が続くようになってきた頃だった。私は部の皆と一緒に、合宿と銘打った四泊五日の旅行に出かけたのだった。
 目的地は山の中にある公営の合宿施設で、鬱蒼と繁る森の中にある建物は年月を経て必要最低限に保たれていたが、やはり観光地にあるホテルや旅館のように華美な景観や寛げる施設を備えている訳でもなく、まさしく合宿所と言うのが正しい場所であった。だが部の友人達と一緒に4泊もの間共同生活を送るという事と、部の合宿であるので授業時間がないという事が皆を浮き立たせ、道中の電車やバスの中でひとしきり話したり歌ったりしながら盛り上がったのであった。

「やっと着いた!」
「あたし座りすぎてお尻痛ぁい」
「あ、携帯圏外だよ」
「仕方ないよ、こんだけ山の中なんだもん。建てた時には携帯電話が普及するなんて発想もなかったんだろうしさ」
「荷物置いたらすぐ練習するの?」
「そりゃ部活の合宿だもん。勉強しない代わりに練習漬けでしょ」
「明日からにしようよ、もう午後になっちゃってんじゃん」

 バスから降りるなり好き勝手話し出す部員達の声を遮るように、部長が打ち鳴らした手の音が響く。周囲を見渡す限り森なので、幸いにして良く響き部員達の注意は部長に向かう。
「皆長時間の移動お疲れ様でした」
「お疲れ様でした!」
「移動ですっかり体が固まっちゃってると思うから、各自荷物を部屋に置いたら、大会議室でストレッチから始めててちょうだい。部屋割りは今副部長が玄関入ってすぐのホワイトボードに掲示しに行ってるから、自分で確認するように。古い合宿所なんで部屋に鍵はないし、一人部屋じゃないけれど我慢してね。では解散!」
 きびきびと指示を飛ばした部長の声に後押しされるように、バスから降りた当初は気だるげだった部員達がそんなそぶりも見せずに合宿所内へと移動を始める。流石に大会では毎度良い成績を収め、見事な協調性と熱意を見せている部活なだけあって、切り替えも早い。

「ねぇのぞみちゃん何号室だった?」
「9号室だった。まいちゃんは?」
「7号室だったよ。一緒じゃなかったねぇ」
「残念だぁ。でもあとでちょっと遊びに行ってもいい?」
「うんうん。練習終わったら来て来て」
「これって名前の順なの?」
「あぁ、それっぽいね」
「じゃあゆきちゃんとも別な部屋だ」
「結構ばらばらな部屋割りになっちゃったね」
「いいじゃん、色んな部屋に遊びに行けてさ」
「合宿所なんだから何処もそんなに変わんないでしょ」
「確かにぃ」

 ドアを開けると入り口から見て左右に2段ベッドが配置された畳の部屋で、ベッドの他は2畳分ぐらいの床が見えるだけという、潔いまでの寝るためだけの部屋であった。一応プライバシーのためというか、そんな間取りでは着替えする場所もベッドの上になってしまうため、ベッドにはそれぞれ目隠しカーテンがついている。入り口正面には窓があり、窓の下には古めかしい空調機が設置され、部屋の設備はそれだけという、和室とも洋室ともつかない部屋であった。
 同室の皆が来ないうちはベッドの割り当ても出来ないため、共有スペースともいうべき畳部分の空調機の前に荷物を置き、そのまま私は大会議室へと向かった。幸い自宅から部活用ジャージで来ていたため、ストレッチするとはいえ着替える必要もない。

 大会議室とプレートのかかったそこは、無人であった。部員皆より一足早い行動を常に心がけているはずの部長も副部長も、まいちゃんもゆきちゃんものぞみちゃんもいない。なかなか体験の出来ない一番乗りに少しはしゃぎながら、念入りにストレッチを始めた。

 しかし、いくらストレッチをしながら待てど暮らせど誰も来る気配がない。場所を間違えていただろうか。いや、大会議室とプレートがかかった部屋に入ってきたはずだ。では指示が変わったのだろうか。
 不安に駆られて部屋を出ると、部屋の外にはたくさん居た。
「え!?」
「いつからそこにいたの!?」
「そこで何してたの!?」
 驚いた様子の彼女達に矢継ぎ早に質問を浴びせかけられる。私が聞いた指示がやはり間違っていたようだ。
「えっと、部長が部屋に荷物置いたら大会議室でストレッチ始めててって言ってたから・・・」
「部長?部長って誰の事?」
「部長は・・・あれ?部長は・・・」
 おかしい。部長はなんと言う名前だっただろうか。普段部長としか呼ばないから忘れてしまっている。
「普段部長ってしか呼んでないから名前忘れちゃって・・・ほら、うちの部の凛々しい部長だよ」
「・・・うちの部、って何部の事?」
 おかしな事を聞かれる。何部ってそんなの・・・何部だっただろう。私はジャージを着ているから運動部なのだろうが、そういえばこの合宿所には体育館もないし、近隣にも運動の出来そうな施設はないから文化部なのだろうか。
 だんだん自分が当たり前だと思っていた事が崩されていくような気がする。当たり前だったはずの事が思い出せない。
「ねぇ・・・そのジャージどこの学校の?ここら辺じゃ見かけないけど」
「今日この合宿所は私達しかいないよ。部活じゃなくて、うちの高校の進学コースに進級した子の学習合宿」
 そういえば私は、どこから来たんだろう。電車とバスを乗り継いで来たけれど、何という駅から何線に乗ってどの駅で降りてバスに乗ったんだろう。私の通っていたのはそもそも高校だったんだろうか、中学校だったんだろうか、大学だったんだろうか。
「学習合宿・・・って」
「荷物置いたって言ってたけど、何号室に置いたの?私達の荷物あったりしなかった?」
 目の前の見知らぬ女の子達に訪ねられて、弾かれるように駆け出した。私が荷物を置いた部屋まで。後ろから、ちょっと待ってだとかいう声や、ついてくる足音がするけれどかまっている余裕なんてない。ひとつでも何か確認したい、私の記憶と同じものを。

 そうして荷物を置いた部屋にたどり着いて、呼吸を整える間も惜しんでドアを開けると、中はホワイトボードや椅子や段ボールが詰め込まれ、宿泊出来る部屋ですらなかった。
「ここに荷物置いたの?」
「ここ、物置だよ?」
「間取り図でも、宿泊部屋とは全然違う作りしてるじゃない」
「物置って書いてあるよ」
「電気は通ってるけど窓も空調もベッドもないよ」

「ねぇ・・・貴方、誰なの?」

「私、私は・・・私は黒輪・・・」

 私は、私は黒輪。黒輪、誰だったんだろう。


...




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