ケイケイの映画日記
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2024年05月14日(火) 「鬼平犯科帳 血闘」




偉大な先達を受け継ぐのは、本当に難しいもんだなぁと、痛感しました。この作品単体なら、何の不足もないのに、どうしても吉右衛門版平蔵と比べてしまい、物足りなさが否めません。藤田まこと版「剣客商売」と仲代達也版「三ツ矢清左衛門残日録」を、それぞれ北大路欣也が継いでいますが、それと同種の感覚です。監督は山下智彦。

火付盗賊改方長官の長谷川平蔵(松本幸四郎)。若かりし頃の馴染みであった居酒屋の娘おまさ(中村ゆり)が、平蔵の元にやってきて、平蔵の密偵になりたいと願い出ます。妹のような存在だったおまさを案じ、これを断る平蔵。諦めきれないおまさは、今追っている件で、自分が手柄を立てたなら、密偵にして欲しいと申し出ます。

私はドラマ版の「鬼平犯科帳」が大好きで、今もケーブルで放送していると、ついつい見てしまいます。そして吉右衛門亡き後、平蔵を演じるなら絶対幸四郎だと思っていました。それがこんなに物足りないとは。先に日本映画専門チャンネルで放送された「本所・桜屋敷」でも同じ感想でしたが、それから進歩はなかったかなぁ。人生の詫び寂びや、哀歓・情感が、足りないように思います。

先ず平蔵ですが、比べてしまうと、吉右衛門版にあった、懐の深さとか、清濁飲み合わせて浄化するような、そんな人としての奥行が、幸四郎版には乏しいです。これは演者より、演出の違いのような気が。賊の前で「火付盗賊改、長谷川平蔵である!」が、決まり文句でしたが、幸四郎版は「ある!」が無い(笑)。有る無しでは、こちらの気持ちが全然違う。「ある!」があると、気が上がるんです。この台詞は「水戸黄門」の、「この印籠が目に入らぬか!」ですよ。何でとっちゃったんだろう?

おまさは決死の覚悟で、平蔵が追う網切の甚五郎(北村有起哉)の盗人宿を見つけ出しますが、手下に暴行を受け凌辱され瀕死です。そこへ聞きつけた平蔵が、たった一人でおまさを助けに乗り込む。その時のドラマ版のセリフは、「だれでぇ、お前は!」に対しての平蔵の返事は、「おまさの色よ!」でした。

これが今作では、「お前はおまさの色か!」に対して「おお、そうよ」です。えぇ!何で変えるの?問われるのと、自ら言うのは全然違う。ご存じない向きに解説しますが、平蔵とおまさは、深い男女関係はありません。妹のような愛しさ⇔初恋の人のような淡い乙女の恋心、です。大人になった今、恋心は封印して、慕う気持ちだけを保とうとしているおまさ。梶芽衣子が、感無量の万感の思いの女心の表情を浮かべて、私はこのシーン大好きでした。中村ゆりも負けず劣らずの表情だったのに。おまさの色だと自ら宣言するのは、おまさの汚された身体を浄化してやりたいからなんです。だから、平蔵自ら言わなきゃいけないの。原作は一緒なんだし、別に新機軸で大胆な脚色もしないのなら、以前のままの方が良いです。幸四郎の起用は、吉右衛門を意識しての事でしょう?

久栄(仙道敦子)もなぁ。仙道敦子を観て、如何に多岐川裕美の久栄が素晴らしかったか、再確認しました。年を重ねても可憐で、どこか天然。だけど案外しっかり者の久栄は、仕事で疲弊する夫を癒すに充分だったでしょう。ところが今回の久栄は、なかなか手強く、夫の尻を叩いて出世させたい妻に感じる。仙道敦子は元々清楚な美人なのに、何であんな濃いメイクなんだろう?一瞬般若に見える時もありました。

「梅安」も私は緒形拳の印象が強いですが、小林桂樹や渡辺謙も観ています。これらの人にたちの梅安にあった愛嬌は、トヨエツ版梅安には全くなく、終始クールでニヒルだったトヨエツの梅安には魅了されました。なので新たな世界観で演じるのは賛成ですが、先達を踏襲しているはずの人物像で物足りないのは、残念でした。

新しい造形では、火野正平の彦十と中村ゆりが良かったです。同じ愛嬌でも、誠実だった猫八とは違い、食えない感じが良かった(笑)。長門裕之が演じた猫八には、申し訳ないけど拒否反応が出ましたが、今回の彦十は好ましく思います。お雅も梶芽衣子の印象が深く、ミスキャストかと思いきや、持ち味の儚げで脆い危うさを逆手に取り、芯の強さを浮かび上がらせて、中村ゆりのおまさ、私は大いに有りだと思いました。

前任者踏襲型では、佐嶋の本宮泰風と、木村忠吾の浅利陽介が良かったです。ゲスト扱いでは、引き込み女の志田未来、遊女の松本穂香が、意外なキャスティングだと思いましたが、二人とも好演。あばずれの純情や深情けを、的格に表現出来ていたと思います。北村有起哉は、仕事の出来る公務員からやくざまで、何でも出来る人ですが、今回も下衆な悪党を、憎々しくではなく卑小に感じさせて、良かったです。お父さんとはタイプが違いますが、私は素敵な俳優さんだと思います。柄本明の一人働きの盗賊九平も、いつもながらチャーミングで、とても良かった。彼のお陰で、作品に箔が付いたと思います。

セットや所作、セリフ回しなどは、流石に作り込まれており、チャンバラ場面もふんだんで、堪能出来ました。「鬼平犯科帳」は、幸四郎の祖父八代目幸四郎、丹波哲郎、萬屋錦之助版があり、それぞれのファンが思い入れのある作品。なんだかんだ言って、今の時代劇衰退の時代に、これだけの物を作ったのは、立派だと思います。日本映画専門チャンネルで続々新作が放送されるので、そちらも必ず観たいです。粂八や五郎蔵、伊佐治も出てきて欲しいなぁ。







2024年05月03日(金) 「辰巳」




8年前、「ケンとカズ」(私は未見)が評判を呼んだ、小路紘史の製作・監督・脚本の作品。自主映画の形を取っています。噂に違わぬ力のある監督さんで、やくざ映画として、大変楽しめました。ただ楽しめた分、う〜んと引っ掛かった箇所もあるので、それも書きたいと思います。

裏家業に身を置く孤独な男・辰巳(遠藤雄弥)。昔の恋人京子(亀田七海)の妹、葵(森田想)が起こしたいざこざのため、久しぶりに京子と再会します。しかし、程なく彼女は組の内輪揉めのため、巻き添えで殺害されます。葵は復讐を誓い、辰巳に援護を求めます。

シャブで死んでいく辰巳の弟(藤原季節)のショッキングな冒頭から、暴行で死に逝く者、モノクロの実録物風のオープニング、死体処理の場面など、のっけから、そりゃR15の場面の羅列です。お世辞にも美しいと言える風景など一切なく、汚いセット、汚い場面、暴力シーンの連続ですが、目を覆うかというと、そうでもなく、嫌悪感もない。唯一の嫌悪感は、自分が悪いのに、葵が相手かまわず、唾を吐く事。この子のキャラが、少年院入り寸前の19歳の設定で、傍若無人なクソガキでしたが、パパ活する輩より、ツナギを着て自動車の修理工をするのは、性を売りにせず大変よろしくて、好感が持てます。

「性」の視点で観ると、この手の作品に付き物の、捕らわれたら、女はレイプしてなんぼ、バストもはだけるのが常ですが、それが全くなかった事に感激でした。レイティングの加減で、今はその手のシーンがあれば、R15が難しいのかもですが、ここもポイント高し。

内容は、「レオン」でした。辰巳と葵は年が離れており、葵は辰巳を「おっさん」と呼ぶ。シノギの辛さに、やくざの面々は副業もしており、組と組との抗争ではなく、組内のシャブの盗みあいが元の設定も、世知辛い昨今のやくざの現状を物語っています。実は・・・の黒幕ありぃの、噛ませ犬ありぃの、ライフルの特訓ありぃのの中、迷惑がっていた辰巳が、次第に葵の心情に心寄せていく様子も、澱みがありません。

何故そうなるのかは、弟を見殺しにしてしまった悔恨があるのでしょう。葵に弟を重ねている。愚直で寡黙。しかし、温かい血が流れている男なのは、かつて愛した京子を、看取る場面で解かるのです。「お前の家族はあの娘か?俺達じゃないのか?」と、兄貴(佐藤五郎)に問われるも、葵を選んだ辰巳は、所詮やくざはクズなのだと、深々心に刻んでいたのでしょう。どこか自分に相応しい死に場所を求めていたのかとも、思います。

「風俗に売るぞ」のセリフもあったし、簡単に口封じも出来たのに、葵に対して誰もそうしない。それは彼女が不良でも堅気であったし、クズのはずのやくざにも、心の中に辰巳の弟のような存在があったのかも知れません。その感情を引き出したのも、辰巳です。

遠藤雄弥が、とってもカッコいい!時々見かける顔ですが、出ずっぱりにも健闘しており、堂々の主役っぷりでした。紛れもなくやくざなのに、ずっと清廉さを醸し出しているのは、彼の好演のお陰です。

森田想(こころ)も、とっても良かった!出だしは本当に腹の立つクソガキでしたが、後半からのピュアな心根を全面に出して、一心に姉の復讐を誓う姿は強く印象に残ります。

だからこそ、疑問の葵のセリフがあるんです。辰巳に京子のどこが好きかと問われて、姉のセックスを覗き見した事、男を寝どったのに、姉が許した事を語りますが、せっかくこの子に心を寄せ始めていたのに、ドン引きでした。あくまで私だけかも知れませんが。

そんな下品で下衆な事ではなく、親に早くに死に別れ、代りに育ててくれたとか、どうしようもない不良で、親に折檻されていたのを庇ってくれた等、平凡だけど、これで良かったんじゃないかなぁ。

人に人格があるように、例えヤクザ映画でも、映画には格があるものだと、私は思っています。それは登場人物のキャラに大いに関係があると思います。折角無名に近い俳優さんたちが頑張って、テンポよく面白く、行間もスラスラ読ませてくれていたのに、個人的に、とても残念でした。この作品には「格」があると思っているので。

とは言え、監督のポテンシャルは高く、とても手応えを感じています。早い次作を期待しています。「自分が今日死ぬって、知ってた?」と、銃口を相手に向けて言う葵。19歳の女の子の、このクールでハードボイルドなセリフに、痺れてしまった。今後もこんなセリフやシーン、期待しています。


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